エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《リリンと使徒(鋼鉄の天使達)》

~おかえりカヲル先生~

 

 シイ達の拉致事件解決から一夜明け、ゼーゲン本部の大会議室にはゲンドウを始めとする主立った職員と、カヲル率いる新生使徒達が始めて顔を合わせていた。

「ふふ、みなさんお集まりの様だね」

「……ああ。まず我々はお前達に礼を言わなくてはならない」

「渚君。それに使徒のみんな。シイを……シイ達を助けてくれてありがとう」

 席から立ち上がり、ユイは深々と頭を下げた。そんな彼女に続いて、この場に居たゼーゲン側の人間全てが、同じ様にカヲルと使徒達に感謝を告げる。

 ゼーゲンも戦自と協力して突入部隊を派遣したのだが、それすらもカヲルからシイ達の居場所について情報提供があったからこそ。今こうして居られるのは、間違い無く彼らのお陰なのだ。

「お礼は不要だよ。姫を守るのは騎士の務め。僕は当然の事をしただけさ」

「でもさ、何であんたはシイの居場所を知ってたのよ」

「私もそれを聞かせて欲しい。国内に居た我々でも掴めなかった情報を、何故ソ連に居た君が掴めたのかを」

「そうだね……折角の機会だ、始めから順を追って話をしよう」

 アスカと冬月からの質問に、カヲルは小さく頷いてから答える事にした。

 

「まず発端だけど、キールを始めとする特別審議室の面々はそれぞれ、独自の情報網と私兵部隊を持っていてね。シイさんを狙う連中を秘密裏に排除していたんだ」

「……それで?」

「そんな時、複数のテロ組織や傭兵集団なんかが、妙な動きを見せている事に気づいてね。それを詳しく調べていく内に、シイさんを狙う計画を掴んだのさ」

 世界の裏で動いていた者達は、これまで立場や目的の違いから共同戦線を張る事は無かった。だがそんな連中が突然足並みを揃えて動き出した事で、カヲルは何か大きな目的があるに違いないと更に情報を集め、シイの身柄を狙うと言う彼らの計画を暴き出した。

「ふむ……ならその情報を我々に伝えなかったのは何故かね?」

「あまり気分の良くない話をするよ。彼らは構成員を様々な組織に送り込んでいて、何処から情報が漏れるか分からなかったのさ」

「何よそれ。あたし達にスパイが居るって~の?」

「可能性の問題だよ。ゼロで無い以上はあると思って動く。事はシイさんの命に関わるから、悪いとは思ったけど極秘裏に行動させて貰ったよ」

 疑われていい気はしないが、それでもカヲルに不満をぶつける者は居なかった。彼の行動が全てシイを考えての事だったと分かったからだ。

 

「ただ肝心の計画の詳細までは、この時点ではまだ掴めていなかったんだ。けど危険が迫っているシイさんを放置出来ない。そこで万が一に備えて護衛役を送る事にしたのさ」

「……ふむ」

「既に教育を終えた使徒達の中から、飛行能力を持つサハクィエルとアラエルを、極秘裏にシイさんの護衛として第三新東京市に送り込んだのだけど……予想外の事態が起こってしまってね」

「まさかとは思うが……あの謎の侵入者の正体は」

「察しの通りこの二人さ。くれぐれも内密に行動しろと言ってあったのだけど、まさかいきなりドジを踏むとは流石に予想出来なかったよ」

 カヲルは渋い表情で失態を悔やむ。今回の件でカヲルが読み違いをしたのは、サハクィエルとアラエルの行動だけだった。ただそれが思いの外大きな失敗となってしまう。

「これは僕のミスだ。シイさんを守る筈の二人が、真逆の結果をもたらしてしまったのだから」

「ま、確かにゼーゲンは侵入者の捜索に力を割いちまった。その影響でシイ君を護衛する人数が減った事は、奴らにとって追い風だっただろう」

「当の二人も、ゼーゲンからの捜索から逃れる為に、シイさんの元を離れてしまった」

「見事なまでな悪循環だったって事ね」

「ああ。これがシイさんが拉致されるまでの、僕達の動きさ」

 情報を掴んで極秘裏に対策を打ったが、それが悪手となってしまい、結果的に敵の行動をサポートする形になってしまった。

 だがシイ達が拉致された事で、事態は急展開を迎える。

 

「彼らの計画の全貌が掴めた時には、シイさんは既に拉致されてしまった。もちろん直ぐに救出へ向かいたかったけど、僕の動向は監視されていたからね、表だっては行動出来なかった」

「刺激してしまう可能性がある、と?」

「その通りだよ。僕がシイさんの救出に動いたと伝われば、彼らも焦るだろう。下手をすれば本来の目的を諦め、シイさんに危害を加えるかもしれない。だから慎重になる必要があった」

 使徒であるカヲルは、彼らにとって最も警戒すべき存在。ソ連支部から日本に向かったと分かれば、計画を変更する可能性は充分にあった。

 その為、カヲルはソ連支部から迂闊に動くことを許されなかった。

「では渚。その状況下でお前はどう言った打開策をとった?」

「ゼーゲンがシイさん捜索に総力を注いだから、サハクィエル達が自由に動ける様になった。まずこの二人に、シイさんの居場所を特定させたよ」

「どうやってよ?」

「人の精神に干渉出来るアラエルに、空から探知させたのさ。国外に連れ出すのに空路はリスクが高いから、恐らく海を使うだろうと予想して、海に面した場所を中心にね」

 事前に第三新東京市を訪れていた二人は、テロリスト達の警戒から逃れていた。悪手と思われた一手が、思わぬ布石として力を発揮する。

「同時進行で、彼らの拠点を突き止めたよ。イロウルに情報戦で勝てる相手は居ないからね」

「ふむふむ、ならあいつらの計画やらを掴んだのも、そのイロウルさんの力ですかな?」

「その通りさ。電脳世界はイロウルの領域、ヒトの身で抗う事は叶わない」

 かつてMAGIへの侵入を成功し、ある意味でネルフを最も追い詰めた使徒。その常識外れの能力を知っているからこそ、リツコも険しい顔で頷くしか無かった。

 

「アラエルとイロウルが、それぞれシイさんの監禁場所と彼らの拠点を掴んでくれた。後は如何にして気づかれない様に、僕達がその場所へ赴くかが問題になる」

「まあそうよね。結局そこがネックで、あんた達は動けなかった訳だし」

「どんな魔法を使ったんです?」

「……夜が来るのを待ったよ。世界が闇に包まれる間、レリエルはディラックの海を自由に操る事が出来るからね。簡単に纏めれば、レリエルの力で瞬間移動したと言った所かな」

 カヲルの説明に、しかしアスカは納得いかないと反論する。

「ちょっと待ちなさいよ。確かあんたも、そのディラックの海を使ってたわよね? 四号機もそこから持ってきたって言ってたし、シイのプレゼントだって出したじゃない」

「僕とレリエルではレベルが違いすぎるよ。僕は使うことが出来るだけだが、レリエルは使いこなす事が出来る。その差は大きいよ」

「ふむ……ならば夜限定ではあるが、レリエル君は世界中を時間差無しで移動出来るのかね?」

「ディラックの海を出現させる場所が夜であれば、ね」

 地球には時差が存在し、仮にレリエルがいる場所が夜であっても、移動先が昼ならば移動は出来ない。世界中を瞬間移動出来ると言うのは、少々語弊があるだろう。

「それに、使徒達の力はリリスによって制限を受けている。その状態であれば、小規模なディラックの海を出現させてその場で物の出し入れをする位が限度かな」

 カヲル以外の全ての使徒に共通する制限として、リリスが抑止力を必要としない限り、本来の力を発揮する事は出来ない。

 だからこそ使徒達は人類の抑止力でありつつも、隣人となりうるのだから。

 

「全ての条件をクリアして、僕達は行動を始めた。ガギエルとサンダルフォンを海に送り、シイさんを連れ出そうとするテロリストの潜水艦を沈めて貰ったよ」

「潜水艦か……奴らもよく考える」

「目視が難しい潜水艦は、秘密裏に動くには適しているからね。イロウルがその情報を掴んで居なければ、後手に回ってしまう所だったよ」

 用意周到なテロリスト達の行動に、冬月とカヲルは呆れたように苦笑した。

「テロリストの拠点近くにこの子達を移動させてから、最後に僕をシイさんの元に送って貰った。後は君達も知っての通りさ」

「……あの子達を連れて行った理由は?」

「彼女達もリリスの抑止力だからね。作戦の成功をより完璧にする為に、参戦して貰ったよ」

 使徒の力は絶大だが、相手は実戦経験豊富な強者揃い。万が一にも失敗を許されないとあって、カヲルは万全を期した。

「僕から語れる事はこんな所かな」

「ふむ、お陰で事態の把握が出来たよ」

「ああ。渚、良くやってくれた」

 ゲンドウの労いに、カヲルは微笑みを浮かべると、恭しく頭を下げた。

 

 

 

~人類の隣人~

 

「さて、この子達の紹介をしたい所だけど……」

「遅くなりました」

 カヲルの呟きと同時に、頭に包帯を巻いたシイが会議室に姿を見せた。足取りも口調もしっかりしており、昨日のダメージは回復した様に見える。

「ふふ、グッドタイミングだよ。検査の結果はどうだったのかな?」

「異常なしだって。血も止まってるから、包帯も直ぐに取れるみたい」

 シイが笑顔で報告すると、会議室に居た全員が安堵のため息をつく。頭に強い衝撃を受けていたとあって、脳にダメージが残っていないかと不安だったのだ。

 この結果を持って、ゼーゲンは大切な宝物を無事取り戻したと宣言できるだろう。

「ったく、あんたはどうしてやることが極端なのよ」

「そうかな? 良いアイディアだと思ったんだけど……」

「まあ脱出の為とは言え、自傷行為は中々出来る事では無いですからな」

「人には防衛本能があるから、普通は血が出る程強く、頭を打ち付けるなんて出来ないわ」

 ミサトから当時の状況を聞いてはいたが、それでもシイの行動は一同にとって信じられないものだった。極度の興奮状態だったならばともかく、シイは冷静にそれを選択したのだから。

「シイ君は怖く無かったのかね?」

「怖かったです。もし失敗したら、ミサトさんとマナが危ないって分かっていたので。だけど私は演技が下手だってみんなに言われてたから、本気で頑張りました」

「あ、あんた……」

「……ユイ」

「ええ。少し考えなければいけませんわね」

 シイの自己犠牲精神は、エヴァでの戦いを通して改善されつつあった筈。だが根本的な部分で、大きな問題が残っているのではと、疑わずにいられない。

 そんな一同の反応に気がついたのか、シイは慌てて手を振ってそれを否定する。

「あ、でもでも自分がどうなっても良いなんて思ってないからね」

「……本当に?」

「うん。私が傷つく事で悲しい思いをする人が居るって、ちゃんと教えて貰ったから。だけどあの時は他に方法が無かったし、マナだって痛いのを我慢して頑張ってくれたもん」

 決して自分を軽視していたのでは無く、助かるための最善を追求した結果だとシイは告げる。本人にそこまで言われては、ゲンドウ達は信じるしか無かった。

「まあ後遺症が無くて何よりさ。……さて、主役も登場したところで、この子達の紹介をしようと思うけど良いかな?」

 全員が頷いたのを確認してから、カヲルは後ろに並んで立つ使徒達の紹介を始めた。

 

 シイスターズとは異なり、使徒達はオリジナルのカヲルと容姿が酷似していない。銀髪赤目という特徴こそ共通しているが、顔立ちや体つきなどは大分ばらつきが見られる。

 それがどの様な理由からなのかは不明だが、ゼーゲンの面々は内心安堵していた。正直、碇家以外はまだシイスターズの区別がついていないのだから。

「順に自己紹介と挨拶をしなさい」

「では僕から。……ゼーゲンの皆さん初めまして。サキエルと申します。色々とご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

 一番端に立っていた少年が、礼儀正しく一礼した。

「サキエルは使徒達のまとめ役を担って貰って居るんだ。少々問題児が揃って居るからね、彼のように落ち着いた存在は貴重だよ」

「そう言えば夢の中でも、サキエルさんは委員長っぽかったよね」

「ふ~ん。第三使徒だったから、やっぱ長兄って感じなのかしら」

「まあ今後リリンと交流をするにしても、サキエルは欠かせない存在さ」

「期待に応えられるよう頑張ります」

 使徒の中で最もカヲルに似た顔立ちのサキエルを見て、シイを除く全員が同じ感想を抱いた。渚カヲルがもし真面目だったら、きっとこんな感じなのだと。

 

「次に行こうか」

「はぁい。皆さん初めましてぇ、シャムシエルって言いますぅ。よろしくねぇ」

 シャムシエルの言葉に一同は思わず固まった。見た目はウェーブの掛かったショートヘアに、愛らしい顔立ち。声も男のそれでは無く、それが余計にゼーゲンの面々を惑わせる。

「お、女の子……かね?」

「性別の概念は無いのだけど、肉体で判断すれば女性だよ。ここに居る全員が、それぞれ自分が望む形へと肉体を進化させたからね」

 戸惑う冬月にカヲルが頷きながら解説を入れる。

「駄目ですよ冬月先生。女の子に女の子なのか、なんて聞いたら」

「む、むぅ、しかしだね……」

「それにシャムシエルさんはこんなに可愛いんだから」

「嬉しいわシイちゃん。でも私の事はシャムって呼んでねぇ」

 夢でのやり取りを再現するかの様に、シイは歩み寄ってきたシャムシエルと握手を交わした。暖かく柔らかい手の感触は人のそれと全く同じだ。

「彼女は特別優れた力を持っている訳では無いけど、何でも器用にこなすよ。特に昼間であれば、とても頼りになる存在さ」

「……夜は?」

「夜更かしはお肌の天敵だものぉ」

 シャムシエルはウインクを送りながら、レイの言葉に遠回しに返答した。

 

「……さあ、怖がらずに挨拶をしてごらん」

「は、はい……その……ら、ラミエルと……申します」

 小柄な少女は、見た目に負けず劣らない小さな声で、絞り出すように自己紹介をする。だが顔を赤くして俯き、一度もシイ達と目を合わせようとしない。

「ご覧の通り人見知りが激しい子でね、容赦して欲しい」

「何か似てるわね。あの山岸って子に」

「……そうね」

「ただ有事の際における力は、先の一件で証明した通り絶大だよ。だから今後は少しずつでも、リリンと接する事に慣れて欲しいと思っている」

 カヲルの言葉には、ラミエルに対しての思いやりに溢れていた。彼にとってラミエルは妹と言える存在であり、彼女が人見知りを克服する事を願っているのだろう。

「…………」

 ふと、シイは無言で立ち上がり、ラミエルの元へゆっくり歩み寄ると、少し離れた位置で立ち止まって右手を差し出す。

「碇シイです。ラミエルさん、よろしくね」

「あ……」

 始めて視線を上に上げたラミエルは、敵意ゼロの微笑みを浮かべるシイと目を合わせた。あえて距離を空けてくれたのは、自分を気遣っての事なのだろう。

 差し出された手を握り返すには、自分から一歩を踏み出さなければならない。ラミエルは恐怖心とシイの笑顔の間で暫く悩み、やがてシイと握手を交わした。

「……よ、よろしく……お願いします」

「うん。これから一緒に頑張ろうね」

 ATフィールドを溶かしてしまうシイフィールドを目の当たりにして、カヲルは嬉しそうに小さく頷くのだった。

 

「っと、なら次は僕の番だね。ガギエルだ、よろしく」

 カヲルに促される前に、加持の様に髪を短く後ろで束ねた少年が、快活な笑みを浮かべて挨拶をする。こちらはラミエルと正反対に、かなり社交的な性格らしい。

「ガギエルは水中での活動に特化していてね、水中では文字通り敵無しさ。海洋生物とも意思疎通が出来るから、地球環境の再生にも役立てると思うよ」

「ふむ。それは確かに力強いな。丁度海洋調査と環境改善に取り組む計画があるのだよ」

「餅は餅屋、海の事なら僕に任せて良いよ」

 冬月の発言に、ガギエルは自信満々な様子で親指を立てる。魚を司る天使に名を由来するだけあって、その分野には絶対の自信を持っているのだろう。

「それは良いけどさ……あくまで水中に拘るって事は、陸上じゃからっきしなの?」

「冗談じゃ無い。水陸両用に決まってるだろ」

「ふふ、まあ本人はこう言っているけど、活躍出来るのは水中に限るかな。普通に生活するには不自由ないから、その点は安心して欲しい」

 何かに特化すると言う事は、他が犠牲になってしまう。ガギエルは水中でこそ真価を発揮する、水のスペシャリストなのだ。

「何か文句があるのかな?」

「ん? 別に無いわよ。水中ならあんたが一番なんでしょ? ならそれを生かして貰えば良いんだし、寧ろそんだけ得意な事がハッキリしてる方が、分かりやすくて良いわ」

 馬鹿にされたとご機嫌斜めだったガギエルだが、あっさりとアスカが自分を認めた為、拍子抜けしたようにポカンとした表情を浮かべる。

「な、なら良いんだ」

「変な奴ね」

 アスカにしてみれば、純粋に水中以外でのガギエルについて知りたかっただけだった。ただ口調が相変わらずなので、少々誤解を招いたが、そこに悪意は欠片も無い。

 苦手な分野を把握しつつ、得意な分野で活躍してもらう。アスカがこれまでの経験で学んだ事であり、リーダーとして必要な素質でもあった。

 

「じゃあ次は僕かな。イスラフェルだよ、どうぞよろしく」

 男とも女とも判断が付かない、中性的な容姿のイスラフェルが挨拶をする。柔らかな笑みを浮かべるイスラフェルに、しかしゲンドウと冬月は厳しい表情を崩さない。

 一体何事かと首を傾げる一同に、二人のひそひそ話が聞こえてきた。

「碇、どう思う?」

「……間違い無い、男だ」

「私は女だと思うがね」

「冬月、奴は今僕と言った」

「呼称など当てにならんよ。子供であれば、自分を僕と呼んでもおかしくは無い」

「ふっ。歳をとりましたね、冬月先生。娘を持つ父親が男と言ったら男ですよ」

「年月を重ねた分、人は成長出来ると私は信じているよ。数多くの教え子に教鞭を奮ってきた私が女と言ったら女だ」

 実に下らない事で火花を散らすトップ二人に、会議室の面々は心底呆れたようにため息をつく。別に性別など気にすべき事では無い筈だが、どちらも意地になっているのか譲るつもりは無いらしい。

「お父さん……冬月先生……」

「はぁ、全くこの人達は子供なんだから。……渚君、ハッキリ言って貰えるかしら」

「ふふ、どちらも正解でどちらも間違いかな」

 ため息混じりに頼むユイに頷くと、カヲルはイスラフェルに合図を送る。すると次の瞬間、イスラフェルは二体に分裂して見せた。

「も、目標は二体に分裂しました!」

「見れば分かるわよ。少しは落ち着きなさい、マヤ」

「あ~そう言えばそうだったな」

 二体に分裂する特性に苦戦を強いられた過去を思い出し、一同は成る程と頷く。

「イスラフェルは両性だよ。こうして男女に別れる事も出来るけどね」

「改めてよろしくです」

「同じく」

「二人は音を操る事が得意でね、癒やしから攻撃まで幅広く対応出来るよ。音楽をこよなく愛するから、リリンとの交流も問題無いだろう」

 分裂したイスラフェルが再び融合するのを見ながら、ゲンドウと冬月は無言で頷き合い握手を交わす。ゼーゲン空中分解の危機は、何事も無かったかの様に去って行った。

 

「さあ、次は君だよ。ご挨拶出来るね?」

「は~い。はじめまして、サンダルフォンです。よろしくおねがいします」

 カヲルに促されて挨拶をしたのは、使徒達の中でも一際小柄な少女だった。その体躯はシイを比較してもなお小さく、舌っ足らずな口調と相まってサンダルフォンの幼さを強調する。

「ち、ちっさ」

「同時期に誕生したにしては、随分と成長度合いに差があるようですが?」

「ふふ、この子達は肉体の成長や変化を魂に影響されているからね。サンダルフォンの魂は、まだ成長途中だったと言う訳さ」

「ふ~ん。良かったじゃ無い、シイ。あんたよりちっこいのが出来て」

 軽くからかったつもりだったのだが、シイが予想外に深刻な表情で何かを考え込んでいるのを見て、アスカは少し戸惑う。

「ど、どうしたのよ」

「……カヲル君。サンダルフォンちゃんは、成長途中なんだよね?」

「その通りだけど、何か気になる事でもあるのかな?」

「……シイさんはこの一年で身長が伸びてないわ。後は察して」

 レイの静かな答えに、全員が同時に理解した。成長が止まった者は、成長を続ける者にいずれ追い抜かれてしまう。そうなればゼーゲン最小の称号は、再びシイの元に戻ってくるのだと。

「ま、まあそんな気にする事は無いってば。ほら、成長期なんて人それぞれだし」

「そうだぞ、シイ君。二十歳過ぎてから背が伸びる例だって、世の中にはあるんだ」

「成長期はあくまで目安。前後する事もありますよ」

 腫れ物に触るように、慎重にシイを励ます面々を見て、サンダルフォンは不思議そうに首を傾げる。

「ね~カヲルおにいちゃん。シイちゃんどうしたの~?」

「ふふ、彼女にも色々と悩みがあるんだよ」

「ん~」

 カヲルの答えに何かを理解したのか、サンダルフォンはトテトテとシイの元に近づき、俯くシイの頭をたどたどしく撫でた。

「シイちゃんはわらってたほうが、かわいいよ~。いいこ、いいこ」

「さ、サンダルフォンちゃん……」

「えへへ~」

 まさしく天使の笑みを見せるサンダルフォンを、シイは力一杯抱きしめる。そして真剣な表情でカヲルに向かってお願いした。

「カヲル君! サンダルフォンちゃん、私の妹にしちゃ駄目かな!?」

「……大歓迎だよ。まさかシイさんからプロポーズをして貰えるとはね」

「はぁ!? ……あ~そう言う事」

 間の抜けた声を上げるアスカだったが、一瞬でその意味を理解して呆れる。確かにシイがカヲルと結ばれれば、サンダルフォンはシイの義妹となる。ただそれをプロポーズと受け取るのは、相当無理のある曲解だったが。

「ん~? シイちゃん、わたしのおねえちゃん?」

「お姉ちゃん……えへへ」

「アホくさ。ほら、良いの? あんたのポジションが奪われるわよ」

「……お、お姉……お姉ちゃ……」

 カヲルへの突っ込みすら放棄して、必死にシイを姉と呼ぼうとしているレイに、アスカはもういいやと両手を挙げて匙を投げた。

 

 

「……突っ込まれるよりも、スルーされる方が辛いんだね。ふふ、勉強になったよ」

「そりゃ何よりだわ」

「まあこの件については今後の課題として、紹介を続けようか」

「ええ。初めましてみなさん。マトリエルと言います。どうぞよろしくお願いします」

 どことなく大人しい雰囲気の少年が、礼儀正しく自己紹介をする。使徒の中でも常識人の部類らしく、立ち振る舞いも落ち着いている。

「何か地味な奴ね。マトリエルってどんな使徒だったっけ?」

「……貴方が醜態を晒した使徒よ」

「思い出したわ。そう言えばあん時、銃弾を貰った借りを返して無かったっけ」

「……安心したわ。まだ呆けてなかったのね」

「お生憎様。こちとらリツコみたいに、若ボケしてないのよ」

 静かに火花を散らす二人から離れた席で、リツコは肩を震わせながら手にしたペンをへし折る。まさか自分に飛び火してくるとは、予想していなかったのだろう。

「お、落ち着いて下さい先輩。先輩はまだまだ大丈夫ですから」

「まだ? まだって何? ねえマヤ?」

「おいおい、そんな怖い顔するなよりっちゃん。軽いジョークだろ」

「……私への連絡が全てメモ付きなのも? 口頭報告で充分なのに、わざわざ文章にしてくるのも? 実験の前に確認の電話がくるのも?」

「……ごめんなさい」

「ホントに悪かったわ。ごめん、リツコ」

 過去に数回だけうっかりしただけで、広がってしまった風評被害に、リツコは苦しんでいたのだろう。それが分かるからこそ、アスカとレイも素直に頭を下げて謝罪した。

「……いえ、私の方こそ熱くなってしまったわ。進行を妨げてしまってごめんなさい」

「ふふ、気にする事はないさ。じゃあ次に行こうか」

「!? か、カヲル兄さん。まだ僕は全然紹介されて無いですよ」

 さらっと自分の存在をスルーされたマトリエルが、大慌てで待ったを掛ける。このやり取りだけで、彼の立ち位置を全員が理解した。

「溶解液で戦う事が出来るよ。ご覧の通りの存在感で、潜入任務もお手の物さ。以上」

「あ、あんまりだ……でもあまり時間を掛けるのもあれだし、これで良いのかな」

 おざなりな紹介にマトリエルはガックリと肩を落とすのだが、それも一瞬のこと。直ぐさま思考を切り替えて、けろっとした表情で一礼するのだった。

 

「じゃあ次は――」

「みんな~サハクィエルだよ。よろ~」

 カヲルの言葉を遮って、サハクィエルは片手を挙げて軽く挨拶をした。

「彼女は浮遊能力を持っていてね、空からの落下による大規模破壊が得意だよ。……いや、正直に言えば、それ以上の事を求められないのだけど」

「どう言う事かね?」

「何分大ざっぱな性格でね、細かな作業や複雑な指示を実行するのは、少々難しいのさ」

「そう言うのは、サキエルとかレリエルにお任せって感じかな。私はもっとこ~、ひゅーんドカーンって分かりやすい方が楽しいし」

 そんなサハクィエルの言葉が、ゼーゲンの面々にカヲルの説明が正しい事を理解させた。

「一つ聞いても良いかしら?」

「おや、何かな?」

「浮遊能力と言ったけれど、飛行能力とは違うの?」

「あくまで浮遊だよ。自分の意思でかなりの高度まで上れるし、ある程度は移動も出来る。ただアラエルの様に自由自在に空を飛行出来る訳じゃ無いのさ」

「成る程……ATフィールドを利用しているのかしら……ふふ、興味深いわ」

 分かりやすいカヲルの答えに、リツコは満足げに頷いた。科学者である彼女にとっては、空を飛ぶ使徒は強く興味を抱く対象なのだろう。

「出来れば戦い以外の分野で、リリンと共に平和の為に力を発揮して欲しいと思っているよ」

 カヲルの言葉には兄としての優しさが籠もっていた。

 

「では次に行こう」

「僕ですね。皆さん初めまして。イロウルと申します。よろしくお願いします」

 眼鏡を掛けた少年が軽く頭を下げて名乗った。切れ長の目と落ち着いた雰囲気から、理性的な印象を周囲に与える。

「彼はコンピューターに長けていてね、特にネットワークを介しての情報収集能力は特筆すべきものがあるよ。今回の一件も、彼が居なければこう上手くは行かなかっただろうね」

「兄さんの言うとおり、僕にはみんなの様な戦闘能力はありません。ただ電子世界に関しては、他の誰にも負けない自信があります」

 そっと眼鏡を直しながら語るイロウルには、言葉通りの自信が溢れていた。かつてネルフの職員達を圧倒し、MAGIの乗っ取りを成功させた彼の発言だけに、説得力は充分だろう。

「これはまた、随分と頼もしいですね」

「今後の世界情勢を考えれば、今まで以上に情報戦が重要度を増すからな」

「……一つ聞いても良いかしら?」

 イロウルが頷くのを確認してから、リツコは気になっていた事を問う。

「シイさんの誘拐前に、本部へのハッキングが多発したのだけど、貴方では無いのよね?」

「ええ。僕ならハッキングを一度で成功させるので」

「言ってくれるわね……」

「因みにそのハッキングは例のテロ組織の工作ですよ。恐らくそちらの監視システムを、少しでも邪魔する事が目的だったのでしょう」

 イロウルの冷静な分析はリツコの予想とほぼ同じであった。あえての確認で確証を掴んだリツコは、納得の表情を浮かべる。

「イロウルには世界中のネットワークを監視して貰い、今回の様な不穏な動きがあれば事前に対応出来る様にするつもりさ」

「どうぞよろしく」

 最後にもう一度眼鏡を直してから、イロウルは一礼した。

 

「では続けようか」

「畏まりました。ゼーゲンの皆様、お初お目に掛かります。私はレリエルと申します。以後お見知りおき下さい」

 恭しく自己紹介をするレリエルは、他の使徒達に比べて非常に大人びた雰囲気を纏っていた。長い銀髪と整った顔立ちは、深窓の令嬢の様な印象を与える。

「彼女もサキエルと同じ様に、この子達のまとめ役をやって貰っているよ」

「僭越ながら、サキエルの補佐を務めております」

「な、何か堅苦しい子ね」

「……礼儀正しいの間違いよ。貴方は少し見習った方が良いわ」

「……ええ、そうですわねレイさん。ワタクシも今後はレリエルさんを良き模範として、お淑やかな女性を目標に一層精進致しますわ。ご指導の程、よろしくお願い致します」

「…………ごめんなさい」

 まさかのカウンターを受けたレイは、全身に鳥肌を立てながら本気で謝った。

「ま、まあ……アスカ君にはアスカ君の良さがあると言う訳だな」

「ふ、副司令の言うとおりだわ。貴方は今のままで良いの。ううん、そうじゃなきゃ駄目よ」

「アスカ。……自分の色を大事にするんだ」

 他の面々も気持ちは同じだったのか、次々にアスカへ言葉を掛けた。暗に自分にレリエルの様な振る舞いは似合わないと言われ、アスカはこめかみに血管を浮かべて拳を震わせる。

「あんた達ねぇぇ、全員表に出なさぁぁい!!」

 やっぱりアスカはこうでなくては、とゼーゲンの面々は暴走するアスカから逃げつつ、全員が同じ事を思うのだった。

 アスカが落ち着くのを待ってから、カヲルはレリエルの紹介の締めに入る。

「レリエルに関してはさっきも言った通り、ディラックの海を操れる事に尽きるよ。普段は制限されているけど、それでも極めて有用な力だからね」

「微力を尽くしますので、なにとぞよろしくお願い致します」

 サキエルが長兄役ならば、レリエルは長女役なのだろう。途中でアスカの暴走があったにも関わらず、最後まで大人の対応を崩さなかったレリエルに、ゼーゲンの面々は関心と安堵するのだった。

 

「次は俺か。バルディエルだ。よろしくな」

 快活に笑いながら自己紹介をするバルディエル。使徒の中で唯一髪を短く刈り込んでおり、活動的な雰囲気を漂わせている。

「彼は見た目通り、身体能力に優れているよ。泳ぐ、走る、投げる、そう言った運動能力は飛び抜けていてね、ATフィールドに頼らなくても充分戦える存在さ」

「難しい事考えるのは苦手だけどよ、身体を動かす事なら任せろ」

「ふ~ん。何かあのジャージ馬鹿に似てるわね」

 口調こそ異なるが、バルディエルの立ち振る舞いがどことなくトウジに似ていると、アスカ達に感じさせた。

「バルディエルはトウジ君がシンクロしていた参号機に寄生したから、彼のパーソナルが魂に影響を与えたかもしれないね」

「ほほう、やはり魂というのは、まだまだ未知の分野の様ですな」

「ま、小難しい話は勝手にやってくれ。俺は俺の出来る事で協力するつもりだ」

 あまりこういった場が得意で無いのか、バルディエルはそれだけ言うと直ぐに後ろに下がった。

 

「じゃあ次はゼルエル、君の番だよ」

「……ゼルエルだ。よろしく頼む」

 使徒の中で一番大柄の少年、いや、青年と呼ぶに相応しい体格をしたゼルエルは、ゆっくりとした動作で礼儀正しく頭を下げた。

 がっしりとしたその姿からは、威圧感にも似た風格すら感じられる。

「…………」

「…………」

「…………」

「……あぁ~、何か喋りなさいよっ!!」

 無言のまま佇むゼルエルに、耐えきれなくなったアスカが叫びながら突っ込みを入れる。するとゼルエルは困ったように頬を掻きながら、カヲルに助けを求める視線を送った。

「ああ、すまない。彼はとても無口でね。必要な事以外は滅多に話さないんだ」

「だ・か・ら、今は必要な時でしょうが!」

「……兄。自己紹介は名乗れば良いのでは?」

「まあ最低限はね。そうだな、好きな物や趣味、好みの女性のタイプでも話したらどうだい?」

 カヲルからのアドバイスに頷くと、ゼルエルは暫し腕組みをして思案する。

「……小さな動物は好きだ。趣味は今の所無い。好意的な意思を持って接する女性は…………人を指ささない、やかましくない女性だ」

「へぇ~。何であたしを見ながら言うのかしら?」

「……分かりやすいからだと思うわ」

「え!? ゼルエルさんって……アスカの事が好きなの?」

 一触即発の空気を、本気で尋ねるシイがあっさりと打ち消した。言いようのない脱力感が漂う中、カヲルが苦笑しながら口を開く。

「ふふ、まあそれは今後の展開に期待するとしよう。ゼルエルは戦闘に特化していてね、制限が無い状況では彼に傷をつける事すら難しいよ」

「力を司る天使に偽りなし、と言う事か」

「そうだね。普段はご覧の通り温和な性格だけど、非常時には頼りにしてくれて良いよ」

「……戦いは嫌いだ。出来ればこの力、使う事の無い世界であって欲しい」

 使徒の中でも屈指の戦闘力を持つゼルエル。彼は誰よりも平和を望む、心優しき天使であった。

 

「さて、次は――」

「アラエルだよ。やっと私の番だね。みんなよろしく!!」

 待ってましたと、小柄な少女がカヲルの紹介を遮って前に飛び出した。両手を挙げて存在を全力でアピールする姿に、一同は面食らったように押し黙ってしまう。

「あれ? あれ? 何で黙っちゃうの? ほらほら、みんなみたいに色々質問とかしないの?」

「…………」

「えっとえっと、好きな物は空で、趣味は空を飛ぶことで、好きな女性のタイプは空を飛べる人! それから、何かあったっけ……」

 反応が無い事に焦ったのか、アラエルは顔を真っ赤にして必死にアピールを続ける。そんな彼女の様子を見ながら、ようやくゼーゲンの面々は理解した。

 この少女は注目されないと寂しいのだと。

「……ほら、あんた。何かフォローしてあげなさいよ。ちょっと可哀相になってきたわ」

「まあ見ての通りとしか言い様がないかな。若干目立ちたがり屋な面があるけど、飛行能力と精神介入能力と言う特異的な力を持っているんだ」

「精神介入?」

「!? はい、そうなんです! そうなんですよ!!」

 ボソッと問い返したリツコに、アラエルは本当に嬉しそうに反応する。

「色々出来ちゃうんです! 凄いんです!」

「渚君、お願い」

「ふふ、他者の精神に介入して情報を読み取る。あるいはこちらから情報を流し込む。レーダーの様に固有の精神パターンを探索するなんて事も出来るね。捕らわれたシイさんの居場所を特定出来たのも、その力のお陰さ」

 カヲルの説明を聞く限り、凄まじい能力を保有しているのは確からしい。ただ手を腰に当てて胸を張るアラエルからは、そんな凄さを欠片も感じ取れなかったが。

「使い勝手の良い能力だけど、如何せん本人がまだ幼い。色々と迷惑を掛けてしまうかもしれないが、よろしく頼むよ」

 アラエルの頭をそっと押して、共に頭を下げるカヲル。年少組の面倒を見る彼は、シイ達と接する時とは違う兄の顔をしていた。

 

「次で最後かな」

「アルミサエルよ。よろしくね」

 最後に紹介されたのは、セミロングの少女であった。一見清楚可憐な美少女に見えるのだが、全身から漂っている妖艶な雰囲気に、ゼーゲンの面々は戸惑いを隠せない。

「彼女は他者と一時的に融合を果たす事で、外傷などの治癒を行う事が出来るよ。先の一件でも加持さんや霧島さんに治癒を施したから、それは知っているかな」

「ああ、本人から聞いたよ。アルミサエル君、妻が世話になった。本当にありがとう」

「良いの良いの。こっちも美味しい思いが出来たし、ね」

 感謝の言葉を告げる加持に、アルミサエルは艶めかしく舌を唇に這わせた。ミサトからは詳細を聞いていなかったのか、加持はその反応を不思議に思いつつも追求はしない。

 どんな形にせよ、大切な妻の身体に傷が残らなかったのは、アルミサエルのお陰なのだから。

「ね~シイちゃん。傷跡が残ったら大変だから、今からでも治療しない?」

「自殺願望があるのなら止めないけど、一応忠告だけはさせて貰うよ。止めておいた方が良い」

 そんな二人のやり取りを聞いて、一同は不思議そうに首を傾げる。事情を知らない彼らは、どうしてカヲルがシイの治癒を止めるのかが理解出来ないのだ。

「……渚。お前がシイの治療を拒むのは何故だ?」

「場所が場所ですからね。女の子の顔に傷が残るのは、避けたいところですな」

「うむ。何か理由があるのなら教えて欲しいね」

「アルミサエルは融合の為に、相手の遺伝情報を必要とするんだよ。それに最も効率が良いのは粘液同士の接触……ふぅ、もうハッキリ言おう。相手と口づけをしなければならないんだ」

 カヲルが真実を告げた瞬間、場の空気ががらりと変わった。好意的だったアルミサエルへの視線は、警戒のそれへと変化し、シイを守ろうと緊張感が会議室に漂う。

「……渚。良くやってくれた」

「貴方が居てくれて助かりましたよ。ええ、本当に」

「何処の馬の骨ともしれん輩に、シイ君のファーストキスを奪わせる訳にはいかんからな」

 ころっと手の平を返し、一同はカヲルの判断を支持した。しかし状況を理解出来ないシイは、不思議そうに首を傾げて問いかける。

「?? 口づけってちゅーの事だよね?」

「……ええ。他にも接吻やキス、様々な呼称があるけど意味は同じよ」

「それっていけない事なの?」

「む、むぅ……」

 非常に答えづらいシイの問いかけに、ゲンドウは思わず腕組みをして悩んでしまう。親愛を示す行為なのでいけない事とは言えないが、かといって推奨する訳にもいかない。

「シイ。それは後でゆっくり教えてあげるわ。そろそろ知らないで済まない年頃だものね」

「うん」

 優しく語りかけるユイにシイは素直に頷き、どうにか場の空気は元に戻った。

「ふふ、全く無防備だね。だからこそ惹かれるのかも知れないけど」

「うふふ~同感。真っ白なシイちゃんを、私色に染めたいわ……」

「あんた、ちゃんとその変態の手綱を握っておきなさいよ」

「……万が一の時は、実力で排除するから」

「だ、そうだ。くれぐれも迂闊な行動をしないように」

「は~い」

 決して油断ならない。そんな危機感を一同に抱かせたまま、アルミサエルの自己紹介は終わった。

 

「これでこの子達の紹介は済んだね。因みに今後についてだけど……」

「抑止力部署の一員として、正式にゼーゲンに所属して貰う形になるな」

「ああ。ただ本格的に活動を行う前に、一度各支部と各国首脳達に顔見せが必要だろう。抑止力以前に、我々は使徒を隣人として迎え入れたのだから」

 使徒達に期待される役割は、単なる抑止力では無い。人類が精神的に成長する為に、隣人として共に生きていく事が、シイが全世界に提唱した平和への道標だ。

「それが良いだろうね。焦らず少しずつでも、僕達はリリンと相互理解を果たすべきなのだから」

「実はもう、使徒のみんなと会いたいって要望が、世界各国から寄せられているの」

「ふふ、それは嬉しいね」

 使徒が脅威となる存在か否か、それを確認したいと言う意味合いがあるのだろうが、興味を持っていると言う事実にカヲルは笑みを浮かべる。

 好意の対義語は無関心。相互理解の第一歩は、相手に興味を抱く事から始まるのだから。

「シイさん。君の望み描く未来へ向かって歩み出す準備は出来た。争いの無い、誰もが笑顔で居られる優しい世界……是非君と共に歩ませて欲しい」

「うん、ありがとうカヲル君。この先、大変な事は一杯あると思うけど、みんなで力を合わせればきっと出来ると思うから……これからもよろしくお願いします」

 固く握手を交わすシイとカヲル。人類と使徒の共存、そして優しい世界を目指す長い旅は、今この時第一歩を踏み出すのだった。

 

 




投稿間隔が空いてしまい、申し訳ありません。
リアルでのトラブルが全て片付いたので、投稿を再開させて頂きます。

新生使徒達も無事登場でき、これにて一件落着……とは問屋が卸さず。
まだやり残しがありますので、それを解決してシリアスの締めとさせて下さい。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。


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