エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《リリンと使徒(鋼鉄の刺客)》

 

~アスカ、登校~

 

 マユミとマナの転校も過去の話となり、生徒達の話題が夏休みへと移り変わる頃、シイ達に嬉しい出来事があった。アスカが長い入院と厳しいリハビリを乗り越え、遂に退院を許されのだ。

 朝の爽やかな空気の中をシイとレイ、そしてアスカが並んで歩く。一度失ったからこそ分かる日常の大切さを、三人は噛みしめていた。

「……何よシイ。ニヤニヤして」

「えへへ、アスカと一緒に居るのが嬉しくて」

「ほぼ毎日お見舞いに来てたじゃない」

「うん。だけどやっぱり、こうして並んで歩けるのって……凄く嬉しいの」

 本心から自分の復帰を喜んで居るシイの頭を、アスカは感謝の意を込めて軽く撫でた。

「ま、安心しなさい。あたしは最後まで、あんたに付き合ってあげるから」

「……最後まで?」

「一々拾うんじゃ無いわよ。どうせあんたも同じでしょ?」

「……ええ」

「大体シイは放っておいたら、何をしでかすか分かったもんじゃないわ。あたしみたいなブレーキ役が必要なのよ」

「……踏むと加速するブレーキね」

 レイの挑発にアスカは分かったと小さく頷き、恒例行事が始まった。ただそれは、あの時の様な悲しい物では無く、互いの信頼を確かめ合う様な優しい行為。

 あの出来事にケリをつける為に、レイはわざと挑発してアスカはあえて受けた。だからシイも笑顔で二人の戦いを見守る事が出来る。

(やっぱり二人は仲良しさんだよね。……うん、もう大丈夫)

 自分達の関係が変わっていない事を確信し、シイは大きく頷いた。

 

 

 教室に到着すると、アスカは直ぐにクラスメイト達に囲まれる。長期入院明けの彼女を心配する友人達だったが、アスカの変わらぬ様子に一様に安堵した。

「おっ、来よったな」

「やあ惣流。久しぶり」

「おはようアスカ」

「グーテンモーゲン、ヒカリ。それと馬鹿二人も」

 欠けていたパーツが嵌まるように、アスカは居心地良さそうにヒカリ達と挨拶を交わす。と、何時もの面々に見慣れぬ顔の生徒が混じっている事に気づいた。

「アスカ。この二人は……」

「大丈夫よヒカリ。シイから聞いてるもの。転校生が居るってね」

「あ、あの、山岸マユミです……その……よろしくお願いします」

「霧島マナです。よろしく」

 ジッと視線を向けるアスカに、マユミとマナはそれぞれ自己紹介をする。二人の事は入院中に聞かされており、アスカは戸惑う事無く右手を差し出した。

「惣流・アスカ・ラングレーよ。仲良くしましょ」

「っっ!?」

 しかし、何故かマユミは怯えたように身を竦ませ、握手を拒んだ。大人しい子とは聞いていたが、あまりに露骨な態度にアスカは表情を曇らせる。と、代わりとばかりにマナが握手に応じた。

「あはは、ごめんね。山岸さんって真面目過ぎるから」

「どう言う事よ」

「……惣流さんが右手を出したら気をつけろ。握手のフリをして腕を掴まれ、関節技を極められるぞって言われたのを、信じちゃってるみたいなの」

 ボソッと耳元でマナが真相を伝えると、アスカは納得したように頷く。そして元凶である人物を、無表情でピースサインをしているレイを睨み付ける。

「あんた……一体何を吹き込んでくれたのかしら?」

「……アスカの想像通りよ」

「へぇ~。人を危険人物扱いしたって訳?」

「……自覚はあるのね」

 予鈴のチャイムをゴング代わりに、再び二人のバトルが始まる。

 

「お~やっぱ、二人おると賑やかやな」

「騒がしいの間違いだろ?」

「二人とも。先生が来る前に止めなさいね」

「え? え?」

 激しい攻防を前にしながらも、全く動じていない友人達の姿にマユミは戸惑う。クラスメイト達も止めるどころか、被害が広がらないように慣れた動作で机を移動させている。

「どうしてみんな止めないの……?」

「そら、ガチでやっとる訳やないし、まあ久しぶりやさかいな」

「惣流とレイは、何だかんだで仲良しだからね。これもじゃれ合ってるだけだし」

「アスカが居ない間はレイちゃんも寂しかったと思うから、今日くらいは」

 ヒカリ達はマユミに、これが二人にとっての親愛表現であると伝える。にわかには信じられなかったが、確かにアスカとレイは何処か楽しんでいる様にも見えた。

「私が変なの……かな」

「ん~世間一般では、山岸さんの方が正常だと思うな。けど愛情の伝え方って人それぞれだし、これがあの二人にとってのそれって事じゃない?」

「……そうなんだ」

(惣流さんは訓練受けた動きね。レイちゃんはよく分からないけど、素人じゃ無いっぽいし……ひょっとしてシイちゃんも?)

 マユミと会話を交わしながらも、マナは己の任務を果たすのだった。

 

 

 

~正体不明~

 

 ゼーゲン本部発令所。かつて使徒との戦いにおいて、指揮系統の中枢であったその場所も、現在は世界各国との連携と各地の異変察知に役目をシフトしている。

 だが今、発令所にかつての緊張感が蘇っていた。

「情報は確かなのか?」

「はい。五分前に富士の電波観測所が確認しています」

「他はどうなっている?」

「強羅警戒ライン、駒ヶ岳警戒ライン、共に異常なしとの報告です」

「付近を観測中のヘリからも、それらしき物体は発見できずと連絡が入りました」

 少し前、事務作業中だった冬月の元に、緊急連絡が入った。正体不明の物体が、第三新東京市に接近するのを感知した、と。

 慌てて発令所にやって来たのだが、既に物体の反応は完全に消失しており、その後の足取りを掴むことすら出来なかった。

「観測所の誤察知の可能性もありますが……」

「ふむ、MAGIの判断は?」

「データ不足による回答不能を提示しています」

「誤認か、あるいは我々の観測技術では補足しきれない何かが存在しているか。いずれにせよ、ここが目的地である可能性がある以上、無視するわけにもいかん」

 エヴァは既に失われているが、ゼーゲン本部にはMAGIのオリジナルを始めとする、独占技術がまだ存在している。そして第三新東京市にはゲンドウやシイ等、重要人物も多く生活しており、万が一を決して起こしてはいけない場所でもあった。

「……各観測所、並びに警戒ラインへ通達。これより第二種警戒態勢へ移行し、二十四時間体制で周辺の監視と観測を継続させろ」

「了解!」

「保安諜報部は第三新東京市全域に探索網を形成。MAGIのバックアップを受けながら、不審な物体や痕跡を捜索しろ。護衛対象への警戒を一層強化するのも忘れるな」

「了解」

 声を張り上げて指示を出す冬月に、スタッフ達もまた打てば響く鐘のように答える。長らく実戦から遠ざかっていたゼーゲンだが、職員の能力は一級品。

 平和な時を過ごしていてもなお、彼らの業務に一切の陰りは見られなかった。

「……少し席を外す。何かあれば最優先で報告してくれ」

「了解です」

 冬月はそう言い残すと、ゲンドウ達への報告の為に発令所を後にした。

 

 

 

~水面下~

 

 ゼーゲン本部が警戒態勢へ移行する中、加持は執務室である相手と連絡を取っていた。通常回線では無く、盗聴不可の極秘回線を用いている事から、会話の重要度が推し量れる。

「……成る程。内通者が居る、と」

『ああ。情けない限りだが』

「そこまで分かっているなら、そちらで処理する事も可能では?」

『奴は狡猾だ。決して物的証拠を残さず、我々に尻尾を掴ませない』

「状況証拠だけでは追い詰められない相手……将官クラスですかな?」

『察しの通りだ。身辺調査すら簡単に許可を得られない。他の上層部も組織の浄化を望んでいるが、やはり自分の首が掛かっているとなれば、どうしても及び腰になってしまう』

 加持の電話相手の男は、とある組織に属している。その組織の上層部に、テロ組織と繋がっている内通者がおり、情報を流しているらしい。

 他の上層部はそれに気づいていたが、相手が相手だけに迂闊に追求出来ない。そこで内通者の部下である男に証拠を掴むよう命じたのだが、今のところそれは果たせていなかった。

 

「スパイを送り込んだ事は証拠になるのでは?」

『奴は自分の管轄下に居る少年兵を、各地に研修の名目で派遣している。たまたまあの子の研修先が第三新東京市であったと、言い逃れされてしまうさ』

「本人と貴方が揃って告発すれば?」

『……その素振りを見せた瞬間、あの子は不慮の事故に遭うだろう。奴は部下を駒としか、それも捨て駒としか見ていない男だ』

 男の沈んだ声に、加持は事態が不味い方向へ進んで居る事を察した。

「目的は世界の混乱ですか?」

『正直理解出来ないが、それが妥当だろう。元々奴はエリート思考が強く、かねてよりネルフに対して強い敵対心を抱いていた。使徒による抑止力部署が設立されれば、我々の組織の規模は縮小されるだろう。それを嫌って、各国が軍事力を保有し続ける世界を望んでいるのかもしれん』

「……だからシイ君を消すつもりか」

 自らの欲望を果たす為に、他者を害する事を躊躇わない相手だと理解し、加持は嫌悪感を隠そうともせずに吐き捨てた。

 

『いずれにせよ、碇シイの身に危険が及ぶ可能性は高いだろう。だが様々な事情により、第三新東京市に我々が部隊を送り込んで護衛する事は難しい』

「こっちでシイ君の護衛を強化します。ただ……ゼーゲンは元々使徒殲滅の専門機関。本格的な対人戦闘では、そちらやテロ組織には遅れを取るでしょう」

『テロ組織が動いていると分かれば、それを口実に即座に応援を派遣する。……情けない話だが、これが我々に出来る最大限の事だ』

 身内の尻ぬぐいをさせる事に、男は負い目を感じているのだろう。口調から伝わる申し訳無いと言う気持ちに、加持は男の苦悩を感じ取った。

「いえ、情報提供に感謝します。今後も情報交換を頼みたい所ですが」

『こちらこそ頼む。……やっと目指していた世界に手が届きかけているのだ。それを下らない連中の馬鹿げた望みで、潰されるわけにはいかない』

「ええ……ではまた」

 男との連絡を終えた加持は大きく息を吐くと、胸ポケットから取り出した煙草をくわえ、気を落ち着かせるように火をつける。身体に悪いからとミサトに禁煙を勧められていたが、この仕事を続けている限りは手放せそうにないと、加持は半ば諦めていた。

(状況は芳しくないな。例の件で人員を割かれている所に、テロ組織への警戒。どちらも重要だが、どちらもフォロー出来る程余裕は無い。……さて、どうしたものか)

 現状で打てる手を模索した加持は、煙草を灰皿に押しつけると席を立ち、事態の報告の為に司令室へと向かった。

 

 

 

~一時の平穏~

 

 昼休み、アスカと転校生組の交流を図る意味もあって、一同は第一高校の屋上で昼食を摂ることにした。そんな中、アスカは実に久しぶりとなるシイの弁当に舌鼓を打つ。

「ふ~ん。ま、腕は鈍ってないみたいね」

「……言葉と行動がかみ合って無いわ」

「そないがっついとって、良く言うでホンマ」

 余裕の発言とは裏腹に箸が止まらないアスカは、友人達が呆れ顔で見つめる中、あっという間にお弁当を平らげてしまった。

「ふ~。まあまあね」

「そ、そんなに病院の飯って不味いのか?」

「ちょっと薄味だけど、美味しく無いって事は無いよ。……はいアスカ、お茶」

 引き気味に尋ねるケンスケに答えると、シイは水筒のお茶をアスカに手渡す。どんな形にせよ、自分の作った料理を美味しいと言って貰えるのは嬉しい事だった。

「惣流さんって、良く食べるのね」

「でなければ、あんなナイスバディーしてないでしょ」

「確かに……凄い」

「羨ましい限りだよね~。あ、そう言えば惣流さんってハーフなの?」

 圧倒されるマユミと話していたマナは、何気なくアスカに問いかける。

「ん? あたしはクォーターよ。ハーフなのはママね」

「成る程」

「何か気になる事でもあったの?」

「ううん、やっぱりあの魅惑のボディーは、遺伝なのかな~って思っただけ」

 マナの発言を受け、一同は視線をアスカに集中させる。そしてヒカリ、マユミ、マナ、レイ、最後にシイへと視線は移ろい、やがて何とも言えぬ気まずい空気が流れた。

「うぅぅ……これから成長期がくるもん」

「せ、せやな。わしもこの一年で大分背が伸びたさかい、シイもこれからや」

「そうだよね! 私だってきっとお母さんみたいに、大人の女の人になれる筈だよね」

 トウジの励ましに、目を輝かせて食いつくシイ。だが他の面々は知っていた。男子の成長期がこれからなのに対して、女子の成長期はもう終わりに差し掛かっている事に。

(そろそろ教えてあげた方が良いんじゃ無い?)

(……まだ可能性は残ってるわ。成長には個人差があるもの)

(本気で思ってる?)

(…………)

(ごめん、あたしが悪かったわ)

 ほんの一瞬だが、レイの無表情が崩れたのを見て、アスカは素直に謝った。

 

 

 その後、成長に関しての話題を避けながら、一同は雑談に興じる。迫りつつある期末テストや、その先に待っている夏休みなど、とりとめの無い会話が続く。

「今年は海に行きたいわね。沖縄とかどう? あたしの華麗なスキューバを見せてあげるわ」

「あ~シイ達は修学旅行、行けへんかったもんな」

「うん。でもアスカはマグマに潜ったよね?」

「あんた馬鹿ぁ? あんなのノーカンに決まってんじゃん。このあたしに相応しいのはあんな暑苦しいマグマじゃ無くて、透き通る様な青い海なのよ」

「ま、マグマ……?」

 勿論生身では無くエヴァに搭乗してなのだが、事情を知らないマユミは、驚きの声を漏らしながらアスカを凝視してしまう。

 その視線に気づいたのか、アスカは苦笑しながら手を軽く振る。

「勘違いしてるみたいだけど、別に生身で潜った訳じゃ無いわよ」

「……特別な乗り物に搭乗してたわ」

「そ、そうだよね……ほっ」

 安堵したようにマユミは胸をなで下ろした。

「あ、でも近いうちに単独でも、マグマに潜れるかもしれないわね」

「どう言う事?」

「リツコと時田が協力して、局地作業用のスーツを開発してたのよ。低温高温高圧対応で、さらに防弾防刃、対衝撃に対核仕様とか言う巫山戯た奴。んで、あたしがリハビリを兼ねてそのデータ収集を手伝ってたんだけど、この間プロトタイプが完成したわ」

 天才の紙一重先を超えてしまったリツコと、秀才型の天才である時田。この二人が手を組んで生み出したスーツを想像し、シイ達は何とも言えぬ表情で唸ってしまう。

「……予算の無駄遣い」

「時田はその辺しっかりしてるわ。キチンと決められた予算内で、アホみたいな高性能のスーツを作り上げたんだから。……ま、作業用にしては無駄が多いのは認めるけど」

「どうしてそんなスーツを作ったんだろう?」

「元々はゼーゲンの月面基地建造に備えて、宇宙空間で作業する様だったらしいわ。けど予算縮小で無期延期になったから、せめて地球環境の調査なんかに役立てたいって」

「ん~流石赤木リツコ博士。特殊スーツは男のロマン。分かってるな~」

「姐さんだけやったら不安やけど、時田のおっさんも一緒なら安心や」

「……録音したわ」

「ま、待てやレイ! わしは別にそないつもりで言ったんや無い!」

「リツコに言っておくわ。あんたがまた特訓を希望してるって」

「勘弁してや~」

 青空の下で、トウジの割と本気な絶叫が響き渡るのだった。

 

 どうにかトウジの失言は闇に葬られる事となり、シイ達は置き去りにしてしまったマユミとマナに、ゼーゲンの職員について軽い紹介をした。

 機密情報に触れないよう、あくまで名前と公に出来る肩書き、それに主観が大いに入った人物像程度のものであったが、二人は興味深げに聞き入る。

「面白い人達ばっかりなんだね、ゼーゲンって」

「あはは……でもみんな良い人だし、凄い人達ばかりだよ」

「ま、それは否定しないわ」

 ゼーゲンのスタッフが皆優秀である事は、アスカも認めていた。それだけの人材が一致団結したからこそ、人類の未来は守られたのだから。

「ちょっと聞きたいんだけど、噂の渚君もゼーゲンの人なの?」

「一応ね。……もう一回言うけど、一応ね」

「惣流さんは、その渚君が嫌いなんですか?」

「別に嫌って無いわ。ただ好きにはなれないけど」

 相変わらずな物言いをするアスカに、シイ達は苦笑する。確かに相性などは決して良く無いが、アスカがカヲルを仲間として認めている事は、誰もが知っているのだから。

「興味あるな~。ねえ、その渚君ってどんな子なの?」

「ただの変態ナルシストよ」

「えっと、ちょっと変わった雰囲気の男の子で、歌が好きなの」

「碇の事を溺愛してる銀髪赤目の男子生徒さ。美形に分類されると思うよ」

「良い奴やで。ま、ちょいと変わっとるんは否定せんけど」

「女の子に人気があるわ。ファンクラブがあるって噂も聞いたことがあるもの」

「……敵よ」

 口々にカヲルに対しての印象を答えるシイ達。その情報を元に、二人は渚カヲルと言う少年のイメージを脳内に作っていく。

 銀髪で赤い目をした、ちょっと変わった男子生徒。歌とシイを好み、ファンクラブが出来る程容姿端麗だが、変態ナルシストの敵である。

 無茶苦茶な人物が出来上がってしまったが、実はかなり的を射ていた。

「あ、会ってみたいような、会いたくないような」

「うん……そうね」

「きっと直ぐお友達になれるよ。もう直ぐ夏休みだし、みんなで一杯遊ぼうね」

「その前に期末試験でしょ? 分かってると思うけど赤点だったらずっと補習よ」

「だってさトウジ。一人寂しく補習なんてならない様に、頑張った方が良いんじゃ無いか?」

「わ、分かっとるわい」

 からかわれるトウジに笑い声が起こり、賑やかに昼休みは過ぎていった。

 

 

 

~不穏の足音~

 

 それから数日、ゼーゲンは正体不明の存在について、重要な手かがりを掴む事に成功した。第三新東京市で、不審な人物を二名、保安諜報部が発見したのだ。

 人間離れした運動能力を見せる不審者達に翻弄され、捕まえる事はおろか、姿をハッキリと捉える事すら叶わなかった。だが間違い無く事態の鍵を握ると判断し、保安諜報部の総力を挙げて、その人物の捜索と身柄確保が今も行われている。

 

「くそっ、またか」

「例のハッキングか?」

「ええ。大した事無いレベルなんですが、こう頻度が多いと」

 青葉の報告に冬月は渋い表情を浮かべる。以前から本部へのハッキングはあったのだが、ここ数日でその件数が爆発的に増えていた。

 どれも浅いレベルで撃退出来るのだが、次から次へとひっきりなしに続いた為、MAGIも対応せざるを得なくなり、不審者捜索のフォローに影響が出ていた。

「ハッキング元は何処だ?」

「それこそ全世界からです。一般家庭のパソコンを経由してるケースもあり、正確なハッキング元の補足には時間が掛かりそうですね」

「組織的な犯行……不審者のフォローが目的か、それとも別の狙いがあるのか」

 失敗すると分かっているハッキングを繰り返す以上、その行為自体に何らかの意味があるのだろうと、冬月は顎に手を当てて思考を巡らせる。

「とにかく対応だけはしっかりしておけ。万が一にもMAGIへのアクセスを許すな」

「はい。現在赤木博士と伊吹二尉が、自動防衛プログラムの調整中です」

「各支部にハッキング元の探知の協力を依頼しろ。今はこちらにも余裕が無いからな」

「了解」

 自分の指示を即座に実行する青葉に頷くと、冬月は再び思案顔になる。

(謎の観測体に正体不明の不審者。そして急増したハッキング。……嫌な予感がするな)

 

 

 

~牙を剥く者達~

 

 アスカが退院してから初めての休日。碇家ではアスカの退院を祝うべく、パーティーの準備が進められていた。

 ヒカリとマユミがアスカを街に連れ出し、その間にシイとマナがご馳走の用意をする。レイは会場となる部屋の掃除をしており、トウジとケンスケは飾り付けの道具を買って合流予定だ。

 難しい手術と長いリハビリを乗り越えた友人の復帰を祝いたい。そんな思いが一つになり、準備は順調に進んでいた。

「うん、これは大丈夫だね。後はお肉と……」

「シイちゃん。ジャガイモの皮、むき終わったよ」

「ありがとう。マナが手伝ってくれて凄い助かっちゃった」

「私は下ごしらえ位しか出来ないって」

 謙遜するマナだが、シイ以外にヒカリしか料理が出来ない面々では、大切な戦力だった。

「じゃあ次はお野菜を切って貰える? ポテトサラダにするから」

「お安いご用よ」

「えっと、私はそろそろケーキを……あっ、生クリーム買うの忘れてた」

「……私が買ってくるわ」

 シイの言葉を聞いてレイが即座に反応する。

「え? でも忘れたのは私だから」

「……問題無いわ」

「れ、レイさん!?」

 呼びかけ空しく、レイは財布を手に玄関を飛び出していってしまった。あまりにアクティブなレイに、シイは戸惑いを隠せない。

「どうしたんだろう……」

「……買いに行ってくれたのはありがたいし、戻ったらお礼を言わなきゃね」

 マナはレイの行動が、自分に対しての嫉妬からだと察していた。だが本人が気づくべき事だと、あえて教える事はしなかった。

 

 二人が料理を再開すると、不意に玄関のチャイムが鳴る。モニターで来客を確認すると、そこにはミサトが笑顔で立っていた。

「ミサトさん」

「こんにちはシイちゃん。アスカのお祝いするんだって?」

「知ってるんですか?」

「鈴原君から聞いたのよ。んで、私からもちょっち差し入れをね」

 そう言うとミサトは、お菓子が詰まった袋をシイに手渡す。ビールで無かった事に安堵しつつ、シイはお礼を言いながらそれを受け取った。

「良かったらミサトさんも参加して下さい」

「ん~魅力的な提案だけど遠慮しとくわ。今日は若い子だけの会なんでしょ? 流石に赤ん坊を抱いて参加出来ないからね」

「むぅ~。ならお茶だけでも飲んでいって下さい」

「相変わらずね。……リョウトもまだ寝てるし、少しだけなら」

 半ば強引に誘うシイに苦笑しながらも、ミサトはその提案を受ける事にした。ダイニングへとやって来たミサトは、そこで料理をしている少女に気づく。

「あら、お友達?」

「霧島マナちゃん。この間転校してきたの」

「初めまして。霧島マナです。加持ミサトさんですよね?」

「ええ、そうだけど……」

「シイちゃんから色々と聞いています。優しくて頼りになる、姉代わりの女性だって」

 随分と美化されて伝わっているなと、ミサトは照れ臭そうに頬を掻く。

「そう言って貰えるのは嬉しいけど、ちょっち褒めすぎじゃない?」

「お酒さえ飲まなければ、ミサトさんは素敵な大人の女性ですから」

「ぐっ、痛いところを突くわね」

 珍しく皮肉を言うシイに表情を歪めながらも、ミサトは懐かしい日々を思い出していた。二人の妹分と過ごした、あの賑やかで楽しい時間を。

 

 シイが用意したお茶を飲みながら、料理をする二人とミサトが雑談をしていると、玄関のドアが開く音が聞こえる。

「レイちゃん帰ってきたのかな?」

「ん~それにしては早すぎるし……お父さんかお母さんかも」

 玄関のカードキーを持っているのは碇家の人間だけ。時間的にレイでは無いと判断したシイは、両親のどちらかが何かの用で戻って来たのだと予想する。

 だが、足音を響かせてダイニングに姿を見せたのは、ゲンドウでもユイでも、そしてレイでも無く、見ず知らずの大柄な男達であった。

 一目で分かるほど鍛えられた肉体を、ラフなシャツに包んだ五人の男。顔をマフラーの様な布で隠しているが、肌の色から外国人も混ざっていると思われる。

 彼らはダイニングの入り口を塞ぐように並び立ち、手にした機関銃をシイ達に向ける。そして男の中の一人が、くぐもった声で言葉を発した。

「……碇シイだな?」

「そ、そうですけど……」

「我々と一緒に来て貰おう」

 返事を聞くつもりは無い、と男達はシイに近づいていく。するとミサトが椅子をはね飛ばして立ち上がり、シイとマナを庇うように男の前に立ちはだかった。

「随分と礼儀知らずね。女の子の誘い方をちょっちは勉強してきなさい」

(……シイちゃん。私が隙を作るから、貴方は逃げなさい)

 ミサトは包丁を手に取って男達を威嚇しながら、小声でシイ達に脱出を促す。殺さずに連れ去る事が目的なのか、男達は銃を使う事無くミサトとの間合いをじりじりと詰める。

(で、でも)

(こいつらは貴方を狙ってるのよ。……お願いだから言う事を聞いて)

(私だけ逃げるなんて、出来ません)

(……霧島さん。頼めるかしら?)

(分かりました)

 問答をしている時間は無いと、ミサトはマナにシイの逃走を委ねた。そして男達が更に一歩近づいて来た瞬間、左手に持った包丁を投げつけ、男に向かって突進する。

 ゼーゲンでも屈指の白兵戦技能を持つミサトの反撃に、男達は包囲陣系を崩す。その隙を逃さず、マナはシイの手を取ってダイニングの出口へと駆け抜けた。

「マナ! ミサトさんが、ミサトさんが!」

「良いから逃げるの!」

 そのまま玄関へと向かう二人の耳には、ミサトと男達が争う物音がハッキリと届いていた。引き返そうとするシイに一喝して、マナはそのまま玄関を飛び出す。

 だが次の瞬間、玄関前で待ち構えていた男達の仲間に殴られ、力なくその場に崩れ落ちた。

「マナ、マナ……っっ!」

 倒れたマナの身体を揺さぶり、必死に呼びかけるシイだったが、首筋に強い衝撃を感じたのと同時に、意識を失いマナに被さるように倒れた。

 

「……こちらα。ターゲットの確保に成功」

『サブターゲットは?』

「両名とも確保」

『了解。ルート504を使い、直ちに帰投せよ』

「α了解」

 気絶したシイとマナ、そしてミサトを抱き上げると、男達はマンションの外へと移動する。そして宅配便の車に三人の身体を放り込み、自身は複数の車に分乗してその場から離れた。

 

 

 

~憎悪~

 

 碇家に戻って来たレイが見たものは、無残に荒らされた無人のダイニングだった。テーブルと椅子はひっくり返され、調理途中だった料理が床に散乱している。

 そして床に落ちている包丁と血痕、破壊されたシイの携帯電話を見つけた時、レイはここで何が起こったのかを察し、ツメが食い込むほど強く拳を握りしめた。

(……誰かが襲った。連れ去った。シイさんを……私の家族を)

 シイ達と触れ合い、レイは人間らしい感情を得た。だが今彼女の胸に渦巻いている感情は、これまで一度たりとも抱いたことの無い物。心からの憎悪と殺意。

(……ゼーゲンに連絡。犯人の場所を突き止めて……)

 携帯電話を取り出すレイの赤い瞳には、危険な色が浮かんでいた。

 




使徒救済編も佳境に突入しました。
この一連のエピソードをもって、完結の予定です。

嫌な引きになってしまったので、次話の投稿を早めに致します。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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