エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《リリンと使徒(使徒、新生)》

 

~変わる世界~

 

 先の首脳会談を切っ掛けに、世界は変化を見せていた。

 まずゼーゲンは世界各国の同意を受け、全世界へ向けて使徒の情報を公開した。全ての切っ掛けとなったファーストインパクトから、セカンドインパクトの真実と、避けられなかった生存競争。そして今、人類が未来を生きる為に、新たな隣人として使徒の復活させ、迎え入れようとしている事等、全てを明かした。

 突然の情報公開に加え、これまでの認識を翻させられる真実を知った事で、世界各地で困惑や動揺が見られ、ゼーゲンに多数の問い合わせや事実確認が相次いだ。

 ゼーゲンと各国首脳陣は協力態勢を敷いて、それらの声に丁寧に対応し、理解を求める事に尽力する。

 そしてそんな子供達の姿勢を認めたのか、半信半疑の人類達にリリスは手を差し伸べた。

 会談での首脳達と同様に、全世界の人々の夢へと介入し、共存する世界を体験させたのだ。『可能性の世界』を体験した結果、多くの人類は自らの認識を改めた。

 実際の所、使徒と直接対峙したのはシイ達を除けばごく僅か。特に日本以外の国に住む人達は被害を受けなかった事もあり、あくまで間接的な情報で使徒を驚異と判断していた。

 だからこそ、リリスの見せる夢は絶大な効果を発揮する。風評に左右されること無く使徒と向き合った結果、人類の大多数は使徒の新生に賛成の意を示すのだった。

 

 そして首脳達とゼーゲンは、使徒との共存に向けて世界各国が足並みを揃える為に、幾度となく意見交換の場を持ち、長い時間を掛けて慎重に議論を重ねる。

 その結果、ゼーゲンにリリスの抑止力部署を設立し、世界各国からの代表者で構成される査問機関を置くと言うシイの提案が採用される運びとなった。

 

 

 

~いざソ連支部へ~

 

 首脳会談から一週間後、ゼーゲン本部の司令室でシイ達はゲンドウと向き合っていた。

「……キール議長から連絡があった。お前達にソ連支部へ来て欲しいとの事だ」

「ソ連支部?」

「ふふ、以前話した僕のダミープラントがある支部だよ」

「あっ!」

 カヲルに言われてシイは表情を輝かせる。そこへ自分達を呼ぶと言う事は、キールが進めていた使徒復活の準備が整ったのではと察したからだ。

「お前の想像通りだ。魂の受け皿となる肉体が、ようやく準備出来たらしい」

「リリン達の反応はどうだい?」

「問題無い。全てはシナリオ通りに進んだ。……お前達のな」

 会談直前まで一切相談されなかったゲンドウは、シイ達の成長を感じ取っていた。特別審議室の助力こそあれ、各国首脳を集め提案を通した娘は、自分の想像以上に大きく育っていたのだと。

 秘密にしていた事を後日謝罪されたが、その必要は無いと三人の働きを褒めたのは、彼の本心だ。もし自分達ゼーゲンが最初から絡んでいたら、少なからず事態は拗れていたのだから。

「既にVTOLを用意してある。直ぐにでも出発出来るだろう」

「ありがとう、お父さん」

「ふふ、なら早速向かおうか。今から発てば休日の間に事が済みそうだからね」

「……ええ。でも」

 意気揚々とする面々を余所に、レイは一抹の不安を感じていた。すっかり記憶の片隅に追いやっていたが、そう言えば目の前の少女は確か、飛行機が苦手では無かったかと。

 そんなレイの視線に気づいたのか、シイは苦笑しながら頬を指で掻く。

「えっとね、私はもう飛行機大丈夫だよ」

「!? ……本当に?」

「うん。飛行機がどうして飛べるのかを、ちゃんと勉強したから」

 シイの恐怖癖の原因は、何故鉄の塊が飛行できるのかが理解出来ないと言うものだった。理解出来ないもの程怖い物は無い。彼女はその持論をある意味実体験していたのだ。

 だがここまで自信満々に言い切るからには、相当調べ上げたのだろう。今後の立場を考えても、最大の不安が取り除けたことに、レイは安堵した……のだったが。

 

 ソ連に向けて絶賛飛行中のVTOL内で、シイはシートの上で体育座りをして身体を震わせていた。

「……うぅぅ……揚力、揚力……エンジン、エンジン……うぅぅ」

「レイ。僕にはシイさんが、飛行機恐怖癖を克服してるようには見えないんだけど?」

「……理論と実践は違うもの」

 震えるシイの隣に座るカヲルの問いかけに、レイは予想通りだといった様子で答える。どれだけ理論武装していても、あれだけ苦手だった飛行機に直ぐ慣れるはずが無いと思っていたからだ。

「……回数を重ねて、少しずつ苦手意識を除くしか無いわ」

「これからのシイさんの立場を考えれば、飛行機恐怖癖はかなりの痛手だからね」

「……ええ」

「なら、少し手助けをしようかな」

 カヲルはシイの耳元に口を近づけると、そっと囁くように励ましの言葉をかける。

「シイさん。飛行機は良いね。リリンの生み出した文化の極みだよ」

「うぅぅ……そ、そう……だよね……こんな重いのが飛ぶなんて……凄いよね……はは」

(これは思っていたよりも重症だね)

(次、余計な事を言ったらたたき落とすから)

(分かっているよ)

 レイと視線で会話を交わすと、カヲルはシイを安堵させる為の情報を提供する事にした。

「ところで知っているかい? 飛行機が事故を起こす可能性は極めて低いと」

「わ、分かってるの。分かってるんだけど……」

「事故の原因は大抵整備不良だ。でもこのVTOLはゼーゲンの物だよね。技術局のスタッフが全力で整備をしてくれている。シイさんは彼らを信じられないのかな?」

「そんな事無い!」

 カヲルの挑発をシイはハッキリと否定する。エヴァで戦っていた時も、一度だって整備不良など無かった。大勢のスタッフ達の尽力があってこそ、今の自分が在るのだから。

「なら怯える必要なんて無いさ。君は大勢の仲間に支えられて、空を飛んでいるのだからね」

「……うん。ありがとうカヲル君」

 頷くシイの顔には、少しだけ余裕が生まれていた。勿論直ぐに改善される物ではないだろうが、それでもカヲルの言葉が彼女に良い影響を与えたのは間違い無い。

(ふふ、どうだい?)

(……たまには役に立つのね)

(酷い言いぐさだな。僕は何時だって、シイさんの為なら何だってするさ)

(……知ってるわ)

 三人を乗せたVTOLは順調な飛行を続け、無事ソ連支部へと辿り着くのだった。

 

 

~新生を待つもの~

 

 シイ達を乗せたVTOLは、ゆっくりとゼーゲンソ連支部発着場へ着陸する。開いたハッチから降りていく三人を出迎えたのは、まさかの特別審議室フルメンバーだった。

「み、皆さん!?」

「おやおや、キールだけかと思ったけど、意外と暇なのかな?」

「……こんにちは」

 老人達の登場に動揺しながらも、シイは順に握手をしながら挨拶を交わす。シイとの対面に喜びつつも、彼らは真剣な表情を崩さない。

 それが、これから先に待ち受けている事の重大さを物語っていた。

「良く来たな、シイ、レイ、カヲル」

「キールさん。色々とありがとうございました」

「お礼を言う相手が違うな。それにまだ事が済んだ訳では無い」

「……準備が出来たと聞きました」

「うむ。では案内するとしよう」

 レイの言葉に頷くと、キールは施設へと三人を誘った。

 

 ソ連支部。そこはかつてのゼーレにとって、お膝元とも言える拠点であった。ゼーレの発祥はドイツであるが、カヲルの誕生と生育、ダミープラグと量産機の開発など、ゼーレの公に出来ない闇を支える施設として、広大な土地を持つこの支部は重用されてきた。

 他の支部とは設立目的自体が異なり、正しく研究開発施設として特化されていた。因みに現在は、地球環境再生と食糧問題解決の為の研究が進められている。

 

 キール先導の元、シイ達は本部のそれと同等かそれ以上のセキュリティを通過し、地下へ地下へと進む。そして一行はソ連支部の最深奥へと辿り着いた。

 重厚な黒いゲートを前に、キールは立ち止まるとシイ達に振り返る。

「……ここがダミープラントだ」

「ふふ、懐かしいと言うべきかな。まさかもう一度ここに戻ってくるとは、思っていなかったけどね」

「カヲル君……」

「気にする必要は無いさ。僕という存在が君達の役に立てる。それは喜ぶべき事だよ」

 辛そうな顔を見せるシイの頭を、カヲルは微笑みながら優しく撫でた。決して良い思い出が残る場所では無いが、ここがシイの望みを叶える要となるなら、それ以上の事は無いのだから。

「では入るぞ」

「……ちょっと待って」

 カードをリーダーに通そうとしたキールを、ふと何かに気づいたレイが制止した。この期に及んで一体何かと、一同の視線がレイに集まる。

「どうしたの?」

「……この先に、彼のクローン体が居るのね?」

「うむ」

「……服を着てる?」

 その言葉を聞いて、シイ以外の全員がレイの意図を察した。つまりは、シイに男性の裸体を見せる事になる、とレイは危惧しているのだろう。

「ふふ、僕は構わないよ」

「……私は構うわ」

「君だって僕やトウジ君に見られたのに?」

「…………」

 軽い挑発を切っ掛けに、レイとカヲルは同時にATフィールドを展開し合い、一触即発の空気が流れる。魂のせいなのか、どうしてもこの二人の相性は悪いらしい。

「えっと、喧嘩は駄目だよ」

「レイが難癖をつけてきてるのさ」

「……この変態が悪いわ」

「おやおや。自分の事を棚に上げて良く言うね」

「……その台詞、そっくり返すわ」

「も~駄目だってば」

 シイは二人の間に立つと、頬を膨らませて場を治めようとする。これから使徒を迎え入れようとしているのに、自分達が喧嘩していては話にならないと、少し怒ったように二人を見つめた。

「カヲル君とレイさんは、使徒さんのお兄さんとお姉さんなの。二人が喧嘩してたら、使徒さんだって困っちゃうでしょ? だから……」

 真っ直ぐなシイの視線を受け、二人はばつの悪そうな顔で頷き合うと、仲直りの証の握手をして見せる。そんな二人の様子に、喧嘩にならずに済んだとホッと安堵するシイは気づかなかった。

 笑顔で握手を交わすカヲルとレイの手には、骨が砕けそうな程の力が込められていた事に。

 

「……そろそろ良いか?」

「あ、ごめんなさい」

「いやいや、シイちゃんが謝る事では無いよ」

「左様。そこの二人の問題だからね」

「……レイ。良いな?」

 こくりとレイが小さく頷くのを見てから、キールはIDカードをリーダーに通してゲートを開いた。

 

 

~可能性の子供達~

 

 重々しく開かれたゲートを通り、シイ達はカヲルのダミープラントへと足を踏み入れる。中央に無数のパイプが繋げられた円柱状の水槽が配置され、周囲の壁に埋め込み型の水槽があり、本部地下のそれと酷似していた。

「ここがカヲルのダミープラントだ」

「ヒトに在らざるモノを生み出す、我らの罪の証」

「ヒトの業、欲、悪意、それら全ての象徴」

「左様。しかし今、この場所は神の子の意思により、希望を生み出す揺りかごへと変わった」

「……では迎えるとしよう。我々人類の新たな隣人達を」

 キールはそう言うと、手にした端末を操作して水槽に明かりを灯す。壁に埋め込まれた水槽がオレンジ色に照らし出され、そこに存在する者の姿を露わにする。

 だがそれは、シイ達の想像とは少し違っていた。

 

「えっ!?」

「……これは?」

「おやおや」

 目の前に広がる光景に、三人は動揺を隠しきれない。だがそれも無理は無いだろう。カヲルと酷似した個体が居ると思っていたが、水槽の中で目覚めを待っていたのは、まだ小さな子供であったのだから。

「き、キールさん。この子達は……」

「カヲルと同じ遺伝子を持つクローン体だ。誕生したばかりだがな」

「……説明して」

「お前と違い、カヲルには魂の受け皿を用意する必要が無かった。いや、存在してはならなかった。故に必要最小限の個体のみしか生み出しておらず、此奴らは今回の話を受けてから用意した」

 レイとカヲル。どちらもクローン体が生み出されたが、その理由が大きく異なる。

 万が一の際に、リリスの魂を受け継ぐ器としてクローンを用意されたレイと違い、カヲルの場合はダミープラグ製造の為だけにクローンを製造された。

 第十七使徒として殲滅される予定だったカヲルに、バックアップがあってはシナリオが狂う。だからこそ、ゼーレはダミープラグに必要な数しかクローンを製造しなかったのだ。

「だが、理由は他にもある」

「レイのケースとは違い、カヲルの身体は使徒の魂の受け皿として、完璧では無い」

「左様。純粋な使徒の身体では無いからね」

「適応の可能性がある、と言ったレベルだろう」

「故に我らは、魂の受け皿として相応しい身体を用意する術を模索した」

「そして、この結論に達したのだ」

 老人達の言葉を聞いて、カヲルとレイは彼らの意図を察した。

「……僕と同じ道を辿らせるつもりなんだね」

「お前は赤子の身体にアダムの魂を宿し、成長する事で魂に相応しい肉体を得た」

「ならば使徒の魂も、同じ事が可能である筈だ」

 この世界で唯一使徒の魂を扱い、カヲルを誕生させた彼らの言葉には説得力があった。オリジナルの死海文書から得た知識と、莫大な資金を元にした研究成果は他の追随を許さないのだから。

 

「まあ言いたい事は分かったよ。それに魂を宿してしまえば、直ぐに成長するだろうからね」

「……そうなの?」

「サンダルフォンのデータは見ただろ? 使徒の成長速度は爆発的だよ。まあ僕の身体だから緩やかにはなっているだろうけど、それでもリリンとは比較にならないさ。経験した本人がそれは証明するよ」

 カヲルにそう言われてしまっては、レイに反論する余地は無い。ベースがヒトであるレイも、他のリリンに比べて成長が早かった事もあり、納得出来てしまったからだ。

「他に何かあるか? 無ければこの時この場所にて、リリスに新たな隣人を授けて貰うが」

「ふふ、僕からは何も」

「私もです。よろしくお願いします」

「ではレイ。頼む」

 キールの言葉に頷くと、レイは目を閉じて意識を集中する。碇レイという肉体を超えて、地球そのものと化したリリスの肉体へと、子供達の意思を伝えて力の行使を承認した。

 それを受けてリリスは、既に管理下に置いていた使徒の魂を、用意されたクローン体へと宿していく。魂を見る事は叶わない為、傍目には何の変化も起きていないように見える。

 だがシイには確かに見えた。淡い輝きを放つ光が、確かにクローン達へと吸い込まれていく様が。そのあまりに美しく神秘的な光景に、シイは感動と同時に決意を新たにする。

 どれだけ時間が掛かっても、産まれてくる全ての命が祝福される世界を目指す、と。

 

 

「……終わったわ」

「ふふ、お疲れ様」

 少し疲れた様な声色で告げるレイをカヲルは労った。時間にしてほんの数分程度の出来事だったが、途方も無い力が行使された事は、想像に難くない。

 如何に神と言えども、生命の生死に介入する事は容易では無いのだから。

「……さて、この後は僕に任せて貰えるのかな?」

「こちらから頼むつもりだった。我らが担当するのでは、問題もあるだろう」

「?? 何の話?」

「目覚めたばかりのこの子達を、直ぐに人類の隣人として紹介は出来ないからね。彼らの肉体には僕のパーソナルは移植されていない以上、少し育成期間が必要なのさ」

 首を傾げるシイにカヲルは微笑みながら答えた。シイスターズとは違い、今の使徒達は肉体的にも精神的にも未熟。だからこそ、彼らには親の役目を持つ存在が必要だった。

「リリンと使徒を繋ぐ架け橋役。僭越ながら務めさせて貰うよ」

「……そう」

 素っ気なく答えたレイだが、その役目にカヲル以上の適任者は居ないと確信していた。人類と使徒のどちらにも理解を示し、客観的な視点も持ち合わせ、何よりこの世界で誰よりも使徒に対し公平な存在なのだから。

「シイさんも良いかな?」

「うん。カヲル君なら……ううん、それはきっと、カヲル君にしか出来ない事だと思う」

「ふふ、ありがとう。どうやらコウモリにも役に立てる事があったみたいだ」

(…………あっ、そうだ。あのお話の続きは……)

 カヲルの言葉を切っ掛けに、シイは以前食堂で思い出せなかった昔話の続きを思い出す。裏切りを繰り返し、居場所を失ったコウモリのその後を。

「……ねえカヲル君。前に本部の食堂で、自分は昔話のコウモリだって言ってたよね」

「ふふ、今でもそう思っているよ。ただ同じ末路は辿りたく無いけどね」

「あのお話、私はお祖母ちゃんから教えて貰ったんだけど、続きがあるの」

 そう言ってシイはカヲルに思い出した昔話を語り始める。

 

 獣と鳥が和解し、居場所を失ったコウモリは寂しく森を去った。だがその後、行く当ても無く彷徨っていたコウモリは、人間達の会話から大きな嵐が迫っている事を知る。

 天気は穏やかそのもので、コウモリには嵐の気配は全く感じられ無い。だが 嵐に備えて家の補修などを行う人間達は、真剣そのものだった。

 森に住む獣も鳥は、嵐の訪れなど想像だにしていないだろう。ならばもし本当に嵐が来てしまったら、彼らは甚大な被害を被ることになる。

 直ぐにみんなに伝えなくては、と森に戻ろうとして、しかしコウモリは躊躇する。

 本当に嵐は来るのだろうか。もしかしたら、人間達の早とちりかもしれない。嘘つき呼ばわりされるリスクを負ってまで、自分を追い出したみんなに伝える必要があるのか、と。

 このまま逃げてしまえば良い。誰に咎められる事も無いのだから。

 そしてコウモリは決断し、全速力で空を飛んだ。仲間達の暮らす森へと。

 

 森に戻ったコウモリは、ふらふらの身体で獣と鳥達に事の次第を告げた。裏切りを繰り返したコウモリの言葉を、彼らは素直に信じられなかった。だが、飛ぶこともままならない程疲れ果てながらも、信じて欲しいと繰り返すコウモリの姿を見て、獣と鳥達は嵐に備える事にした。

 備蓄していた食料を洞穴に運び込み、自分達もそこに身を潜める。

 そしてその夜、次第に天気が崩れ始めて大きな嵐が……訪れなかった。軽い雨が降った程度で、コウモリが訴えたような大嵐など全く無かったのだ。

 騙された、嘘つきだ、と糾弾しようとする彼らだったが、『良かった。嵐が来なくて本当に良かった』と満足げに微笑むコウモリの姿にハッとする。

 裏切り者と追放した自分達を守る義理など、コウモリには無い。それでもコウモリは力を振り絞って、訪れるかもしれない危機を伝えてくれたのだ。それにどれだけの覚悟が必要だったのだろう。

 疲れて眠るコウモリに、彼らはただ感謝するしか無かった。

 翌朝、コウモリは黙って去ろうとしたが、獣と鳥は共に住もうと引き留める。彼らは気づいたのだ。共に生きようとする気持ちさえあれば、例え種族が違おうとも仲間であると。

 こうしてコウモリは仲間達と共に、末永く森で幸せに暮らした。

 

「カヲル君は卑怯なコウモリじゃ無くて、勇敢で優しいコウモリだよ。だから孤独な結末じゃ無くて、みんなと一緒に幸せに生きる未来が選べる筈なの」

「シイさん……」

「……私はカヲル君と出会わなければ、多分使徒さんと仲良く出来るって思えなかった。カヲル君が居なかったら、こんな素敵な世界は無かった。だから私はカヲル君に感謝してる」

「ふふ、ありがとう」

 カヲルの自虐的な発言の裏には、自分が孤独であると言う気持ちがあったのだろう。それを本能的に理解したシイは、それを少しでも癒やしたかった。

 果たしてストレートなシイの想いは、確かにカヲルの心に届いたのだった。

(……私の読んだ話とは違うわ)

(恐らくメイがシイの為に改変したのだろう。あれはそう言った気配りの出来る女だ)

(……会ったことがあるの?)

(それなりに長い付き合いだ。歳をとって穏やかになったが、若い頃はユイ以上に手に負えなかった)

(……そこを詳しく)

(やるべき事を全てやり終えたら語ろう。志半ばで倒れるのは本意では無い)

(……そう伝えておくわ)

(お前も碇の娘か……)

 レイとキールはひそひそ話をしながらも、親愛の抱擁をするシイとカヲルを見守っていた。

 

 

~さよならカヲル先生~

 

「さて、後の事は僕に任せて貰おう。君達は先に日本へと戻っていてくれ」

「……どれ位かかるの?」

「まだ何とも言えないけど、最低でも二週間は欲しいね。結局はこの子達の成長次第さ」

 使徒の親代わりとして、先生役としてカヲルはソ連支部に残らなくてはならない。長い間シイと離れる事になるが、それでもカヲルは嬉しそうに微笑んでいた。

 それは彼が、自分にしか出来ない役割を見つけた証なのかも知れない。

「次に君達と会う時は、新たな隣人を紹介する時さ」

「寂しいけど……楽しみにしてるね」

「その言葉だけで、僕はどんな困難にだって立ち向かえるよ」

 暫しの別れを惜しみつつも、互いの信頼を確かめる様にシイとカヲルは握手を交わした。

「……帰ってこなくても良いわ」

「そう言われると意地でもシイさんの元に戻ろうと思えるね」

「…………ノートはとっておくから」

「ふふ、ありがとう。シイさんの事を頼むよ」

 相性最悪な二人だが、根本では互いの力と存在を認め合っていた。カヲルが不在の間は、レイがシイを守る。小さく頷き合う両者には奇妙な信頼関係があるのかも知れない。

 

 そして、カヲルと特別審議室の面々に見送られながら、シイとレイはソ連支部を後にした。後に来るであろう、新たな隣人との出会いを楽しみにして。

 

 

 

~こちらはこちらで~

 

 新居完成まで本部の宿舎に仮住まい中のシイスターズ。今日も揃って食堂でご飯を食べていたのだが、その席で不意にトワが立ち上がった。

「ふむふむ、成る程成る程」

 まるで誰かと話しているかの様に、頷きながら声を発する彼女を、姉妹達は不審そうに見つめる。

「……呆けた?」

「……壊れたのかも」

「……ラーメン美味しい」

「……それなら元々」

「……それもそうね」

「……オムライス美味しい」

「……誰かと話をしている?」

「……それは誰?」

「……肉が入ってた……」

「……見えない誰かが居るのかも」

「……幽霊?」

「……幻覚と考えるのが妥当ね」

「……ピーマン嫌い」

「……あげれば良いと思う」

「は~い、言うとおりにしま~す。え? ええ、お姉様には迷惑掛けませんってば。それじゃ。……ってあんたら、好き勝手言ってくれちゃってさ、私を何だと思ってるのよ」

 何かとの会話を終えたトワは、言いたい放題の姉妹達をキッと睨む。何時の間にか自分の皿に、大量のピーマンが入っていた事も含め、ご機嫌斜めのようだ。

「……突然今の行動を取れば、誰だって変人だと思うわ」

「言ってくれるわね、イブキ」

「……それで何をしてたの?」

「そうそう、大ニュースよ。何とリリスお母様からメッセージが来たの」

 えへんと自慢げに胸を張るトワであったが、姉妹達の反応はイマイチだった。

「ちょっとちょっと、何でそんなにテンション低い訳?」

「……トワに伝える事なら、大した事では無いと思ったから」

「あんた達の中で私がどんな存在なのか、少し話し合う必要がありそうね」

「……リリスお母様は何を伝えたの?」

「もう少し言葉のキャッチボールをしなさいよ!」

 とことんマイペースな姉妹達に、トワはすっかり主導権を失ってしまった。

 

「はぁ、まあ良いわ。お母様から、お姉様達が使徒の新生を終えたって連絡があったのよ」

「……お姉様達なら当然」

「……それだけ?」

「まさか。何とあの渚カヲルはソ連支部に残って、お姉様達だけ戻ってくるんだって」

「……朗報ね」

「……吉報だわ」

「……祝杯を挙げましょう」

「「……乾杯」」

 十九個のグラスが澄んだ音色を奏でた。誤解の無いように言っておくと、彼女達は決してカヲルを嫌っては居ない。ただ自分達の姉に手を出そうとしている危険人物として、油断出来る相手でもない。

「気持ちは分かるわ。で、こっからが本題。……ゼーゲンに使徒達を集めた、抑止力部署を作るってのは知ってるわね。リリスお母様は私達にも参加して欲しいみたいだけど、どうする?」

「……構わないわ」

「……同じく」

「……お姉様達の役に立てるなら」

「……喜んで引き受ける」

 トワの言葉に、姉妹達は一斉に賛成の意を示した。母に望まれて姉の役に立ち、世界の為に尽力する。彼女達に反対する理由など何も無かった。

「オッケー。なら早速、この事をパパに言ってくるから」

 手早く食事を済ませたトワは、食堂から小走りで去って行った。

 

 

~大人達の仕事~

 

「失礼しま~っす」

 ノックもせずに司令室へと入っていったトワは、ゲンドウが誰かと電話中であったことに気づき、ばつの悪そうな顔で両手を合わせて謝罪した。

「……失礼しました。いえ、問題ありません。お転婆な娘がおりまして」

 ゲンドウはトワに軽く頷くと、電話の相手との会話を再開する。どうやら他の組織との連絡らしく、ゲンドウは丁寧な口調で話を進めていた。

「……ええ、受け入れは予定通りに。追って担当の者から連絡を入れますので。それでは」

「えっと……ごめんね」

 話を終えて電話を置いたゲンドウに、トワは舌を出して謝る。相変わらずの娘にゲンドウはため息をつくが、特に強く咎める事をしない。

「ノックをして、入室許可を得てから入れ。次から気をつければ良い」

「は~い」

「それで、私に何か用があるのか?」

 ゲンドウの問いかけに、トワはリリスから抑止力部署に参加を求められたと伝えた。自分達も全員揃って賛成しており、それを許可して欲しいと訴える。

「ねえ良いでしょ? 私達もお姉様の役に立ちたいし、ね?」

「クローンである事に負い目を感じていて、役割を求めているなら……」

「ちょっと、いくらパパでも私達を馬鹿にしすぎだってば。私達は人形じゃ無いんだよ? 自分で考えて自分で決める事くらい出来るから、それは分かって欲しいな」

「……そうか、そうだな」

 頬を膨らませて不満を露わにするトワに、ゲンドウは少し微笑みながら頷いた。

「シイとレイが戻り次第、抑止力部署設立の最終会議を行う。お前達もそれに参加しろ」

「へへ~ん、そう来なくっちゃ」

「時間になったら連絡をする。あの子達にも伝えてこい」

「了解! それじゃまたね~」

 トワはビシッと敬礼をすると、笑顔で手を振りながら司令室を後にした。まるで嵐が通り過ぎたかのように静かな室内で、ゲンドウは一人物思いにふける。

(子供はいずれ親を超えるものだが……ふっ、隠居の時はそう遠くないのかもしれんな)

 シイ、レイ、そしてシイスターズ。自分の娘達の成長と覚悟を実感したゲンドウは、何処か寂しそうな、そして何処か嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。

 




どうにか、使徒の新生まで辿り着きました。
とは言えまだまだ、本当に生まれたての子供。登場まで今暫くお待ち下さい。

アスカに続き、カヲルが一度シイ達から離れます。
使徒の再登場までの間に……あるキャラクター達に登場願おうと思っております。


次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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