エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《リリンと使徒(世界首脳会談)》

 

~リリスの答え~

 

「はっ!?」

 目覚めたシイは、布団をはねのけて立ち上がると、着替えもせずに自室を飛び出した。そして隣にあるレイの部屋へと一目散に駆け込む。

「レイさん!」

「……おはよう、シイさん」

 既に着替えを終えていたレイは、ノックを忘れたシイのマナーを咎める事も無く、いつもと変わらぬ様子で彼女を出迎える。

「はぁ~良かった。レイさんが居てくれて……」

「……覚えているの?」

 リリスは夢という形で、人類に使徒と共存出来る可能性があるかを問うた。そして結果に関わらず、混乱を招かぬように、その記憶を失わせる筈だったのだが、何故かシイはハッキリと覚えているらしい。

「うん。あの夢はリリスさんが見せてくれたんだよね。最後にお話した時に、やっと分かったの」

「……そう」

 シイの答えを聞いて、レイは事情を理解したと頷いた。舞台だけ用意して見守る予定のリリスが、自分に一番近い子供であるシイにだけ干渉したのだと。

「……シイさんの想像通りよ。あれはリリスが人の可能性を確かめる為の夢」

「私達が使徒と一緒に生きていけるか、それとも同じ事を繰り返しちゃうのかを、だね?」

「……ええ」

 記憶が残っている以上、隠す理由は何も無い。レイは約束していたカヲルへの報告に、シイも同席して貰う事にするのだった。

 

 

 チルドレン御用達のファミリーレストランの一角で、シイはレイとカヲルから事の次第を聞いた。

 リリスは人類の未来を憂いている。その為の抑止力として、もしくは人類が隣人と手を取り合える生命へ進む為に、使徒の魂を宿した存在を生み出すつもりだと。

「……リリスは使徒を再びこの世界に存在させる為に、力を貸してくれるわ」

「勿論、新たな隣人として迎え入れられれば一番だけど、抑止力としての意味合いも持っている。どちらの存在になるかは君達リリン次第さ」

「リリスさんは、私達の事を本当に心配してくれてるんだね」

「ふふ、子供が可愛くない親は居ないよ。まあ、些か過保護にも思えるけど」

 カヲルは苦笑しながらチラリと視線をレイに向ける。リリスがここまで子供に干渉するのは、間違い無く魂であるレイの影響だろう。本来ならば、神は簡単に救いの手を差し伸べないのだから。

「えっと、それならあの夢みたいに使徒さんは生まれ変わるの?」

「……使徒の肉体は既に失われているわ。再構成するのは難しいと思う」

「だから彼らの魂の器には、僕と同じ身体を用意するつもりだよ」

 首を傾げるシイに、カヲルは自分にもレイと同じクローン体が存在すると告げる。

「ただその為には……キールを説得する必要があるけどね」

「キールさんとお話するにはどうすれば良いの? お父さんにお願いするとか?」

「……ゼーゲンを通さない方が良いわ」

「立場が立場だからね。下手に情報が漏れてしまえば、邪推する連中も居るだろう。時期が来るまでは、僕達だけで動いた方が得策さ」

 リリスの一件で、世界は使徒に対して敏感になっている。それはゼーゲンへの情報公開要求を見ても明らかだろう。この状況下において、迂闊な行動は命取りになりかねないのだ。

「ここは僕に任せて貰おう。極秘回線でキールと直接やり取りが出来るからね」

 自信満々に告げるカヲルに、シイとレイは素直に頷いた。

 

 

 

~キール・ローレンツ~

 

 ファミレスを後にした三人は、芦ノ湖のほとりへとやって来た。周囲に人が居ないことを確認すると、カヲルはキールとのホットラインを接続する。

 待つこと数十秒、シイ達の前に漆黒のモノリスが姿を見せた。

「……シイとレイ? カヲル。これは一体何事か?」

「ふふ、少し訳ありでね。構わないだろ?」

 カヲル専用の回線に同席者が居た事にキールは驚く。シイとレイならば、ゼーゲンを通して自分とコンタクトを取ることが出来る。それをしなかった時点で、この通信が極秘であると告げているのだから。

「それ程の案件と言う訳か……」

「まだ公にしたくないだけだよ。さて、簡単に説明させて貰おうかな」

 警戒するようなキールに軽口を叩くと、カヲルはこれまでの流れを話し始める。シイの望みとリリスの願い、そしてその実現には、使徒の魂を宿せる肉体が必要であると。

 カヲルが話終えた後も、キールは暫しの間無言を貫いた。漆黒のモノリスでは彼の姿を窺い知る事は出来ないが、何かを悩むような雰囲気は伝わってくる。

 返答を催促する事も急かすこともせず、三人はキールの出す答えをただ待っていた。

 

「……話は理解した。実現可能な事も認めよう。だが……私の一存では決めかねる」

「随分と弱気じゃ無いか。セカンドインパクトを引き起こした男の台詞とは思えないね」

「カヲル君!」

 慎重なキールへの挑発のつもりだったのだろうが、シイはカヲルに険しい表情を向ける。それは彼が自らの行為を悔い、償いをしている事を知っているが故の反応だった。

 だがそんなシイをキールはいさめる。

「いや、良い。カヲルの言うとおり、あれは私にとって永遠に背負うべき罪なのだから」

「でも……」

「使徒の覚醒前にアダムと白き月を処理し、人類の滅亡を回避した英雄。だけど同時に、セカンドインパクトによって人類の半数を殺した悪魔でもある。功罪がここまでハッキリとしているのも珍しいよ」

「…………」

「行動には常に責任が問われる。自分が正しいと思った行動も、取り返しのつかない過ちに繋がるかもしれない。これは今回の僕達にも言える事さ。……どうか覚えておいて欲しい」

 カヲルは意気消沈するシイの頭を軽く撫でながら、自分の思いを伝えた。

 

「……話が逸れてるわ」

「おっと、失礼したね。君の一存では決めかねると言う事だけど?」

「ああ。事は人類の行く末に関わる。リリス……神が例え望んでいたとしても、全世界規模に及ぶ問題を我々だけで決めるのは傲慢だろう」

 使徒の復活は可能としても、それを自分達だけで押し通してしまうのは、違うのでは無いかとキールは三人に告げる。リリスが確かめたのは人の可能性であり、意思では無いのだから。

「何か考えがあるのかい?」

「特別審議室は世界各国とのパイプを持っている。極秘裏に各国首脳と直接話が出来る場を用意しよう。そこでお前達が彼らを納得させられた時は……全面的に協力すると約束する」

 リリスのフォローがある以上、ゼーゲンが独断で使徒の復活を成し遂げる事は可能だ。だがそれを周囲が納得しないまま行ってしまえば、後々に禍根を残すだろう。

 そうなれば不満が不審へと繋がり、新たな隣人を受け入れるどころでは無くなってしまう。それは人類の未来を憂うリリスが望む形では無い。

「リリスの不安は尤もだ。私もそれに全面的に賛成しよう。ならば我々は使徒を受け入れる前に、それに相応しい心の土壌を用意する必要がある」

「だ、そうだけど、君達はそれで良いのかな?」

「……問題無いわ」

「うん。使徒さんと一緒に生きていけるって、みんなに伝えたいもん」

「それでこそ、だ」

 力強く頷くレイとシイに、カヲルは満足げに微笑む。

「日時は調整が付き次第、追って連絡をしよう。それで良いな?」

「朗報を期待しているよ」

 モノリスは頷くかのように一瞬瞬くと、その姿を消した。キールがやると言った以上、必ずそれは成し遂げられるはず。ならば自分達に出来る事は、貰ったチャンスを絶対に無駄にしない事だけだ。

 シイ達は決意を込めて頷き合うと、揃って芦ノ湖を後にするのだった。

 

 

 

~ゼーゲン特別審議室~

 

「……さて諸君。此度の案件、理解して貰えただろうか」

 暗闇の会議室で、キールは緊急招集に応じたメンバー達へ、事の次第を説明した。

 彼らは長い歴史で培った人脈やコネ、合法非合法を問わずに築き上げた莫大な資産、そして裏社会での地位等その他諸々含めた力で、世界を裏で操っていた。ゼーレという肩書きを失った今も、自分の国への影響力は強く残っている。キールの言うとおり、世界各国の首脳陣を集めることも充分可能であった。

「使徒の再生……いや、新生と言うべきか。何にせよ、我らの予想を超えた提案だ」

「それもシイちゃんだけで無く、まさかリリスの望みでもあるとはな」

「驚きを通り越し、情けなさすら感じるよ」

「左様。使徒を利用しなくては我らは存続できぬ。リリスにそう判断されてしまったのだからね」

「だが否定は出来ぬ。現に今も水面下では、戦いの火種がくすぶっている」

 特別審議室の面々は、それぞれが私的な特殊部隊を有している。かつては世界を操る為に用いていたそれは、今は世界の安定を目的に活用されている。

 だからこそ、平和に見える世界が脆く壊れやすい事を、誰よりも理解していた。

「これは神から与えられた試練であり、チャンスなのかも知れん」

「どう言う意味だ?」

「人類は進化の限界を迎え、互いに滅ぼし合う事で滅亡への道を辿っていた。それを阻止する為の人類補完計画であったが……シイとリリスは別の可能性を提示したのだ」

「使徒との共存か」

「うむ。行き詰まった人類への刺激、とでも言うべきか。我々の科学力は進化の終着点へと近づいており、肉体も同様だろう。だが心は、未熟な精神だけは進化の可能性を残している」

 使徒との共存によって、人類は他者を理解して受け入れられる心を持てるかも知れない。それは目に見えるものでは無いが、確かな進化と言えるだろう。

 不完全な生命体であるからこそ、無限の可能性を秘めている。シイとリリスはアプローチこそ違えど、どちらも人類を愛し、未来を生きる事を望んでいるのだ。

 キールの言葉を通してそれを理解した審議室の面々は、納得したように大きく頷いた。

 

 その後、特別審議室は各方面へ働きかけ、世界首脳会談の開催準備を整える。先の『女神からの福音』騒動で使徒への関心は強くなっており、その復活に関しての議題となれば、無視出来る国は無い。

 更に提案者である碇シイは名は、使徒殲滅の英雄、ゼーゲンの次期総司令、リリスに認められた神の子として、本人の与り知らぬところで広まっており、首脳達の参加に大きく役立った。

 そして一週間後、人類は選択の時を迎える。

 

 

 

~人類の選択~

 

 世界首脳会談の開催地に選ばれたゼーゲン本部は、警戒レベルを最大限に引き上げた警備態勢が敷かれていた。保安諜報部と警備隊だけでは無く、戦略自衛隊へ応援を要請して特殊部隊を派遣してもらい、あらゆる危険要素の排除を徹底する。

 そんな厳戒態勢の中、ゼーゲン本部の大ホール、かつてシイの誕生パーティーが開かれた場所に、首脳陣が集結した。円形に並べられた机は、全ての国が平等であると言う無言のメッセージであった。

 決して全ての国が仲良しな訳では無い。過去の因縁や現在の利益争いなど、険悪な関係の国同士もある。それでもこの場に集まったのは、シイや旧ゼーレの影響力だけでなく、議題が使徒の復活と言う人類共通のものであったからだろう。

 緊張感が張り詰める会場に、制服姿のシイとレイ、そしてカヲルが入場する。様々な感情が入り交じる視線を浴びながらも、三人はそれに動じる事無く席に腰を下ろす。

 シイは気持ちを落ち着かせる様に深呼吸をしてから、そっとマイクのスイッチを入れた。

「皆様、本日はお集まり頂き、ありがとうございます。議題提案者の碇シイです」

「……同じく碇レイです」

「渚カヲルだよ」

 まずは自らの呼びかけに応えてくれた面々に、三人は頭を下げて感謝の意を告げる。首脳陣から見れば、シイ達は子供、あるいは孫と言える年齢の為、明らかに見下す視線を向ける者も居た。

 だがほとんどの者は、この三人が議題を提案するに相応しい存在であると認めた。シイ達に共通する特徴である赤い瞳。リリンにあり得ないそれこそが、リリスの代弁者だと何より雄弁に語っているのだから。

「事前にお伝えした通り、本日は使徒の復活、そして私達人類との共存について、提案させて頂きます」

 シイが本題に入ると、会場の空気が一層引き締まった。誰もが理解しているのだろう。今日この日この時この場所で、人類の未来にとって重要な選択が行われるのだと。

 

 かつて地球に二つの月が落ちてきた。一つは白き月と呼ばれ、始祖であるアダムが存在し、使徒と呼ばれる自らの子供達を産み落とした。一方黒き月にも始祖たるリリスがおり、身体から溢れ出た体液から無数の生命が誕生し、進化の終着地点が人類である。

 本来は一つの星に繁栄する生命体は一つ。だが地球には二つの異なる起源を持つ生命体が存在してしまい、生存競争が起きる。それは生命の始祖を生み出した『何か』が定めたルールであった。

 そして人類は生存競争に勝利する。アダムの肉体は既に消失しており、リリスは真に神となり地球と融合を果たした。人類は地球で繁栄する生命に選ばれたのだ。

 

 確認の意味も込めて、配布した資料の内容をシイは首脳陣に告げる。ゼーゲンによる情報開示は既に行われており、これに関しては意見や反論は無かった。

『ふむ、報告の通りだが……これで良いじゃ無いか。あえて敵である使徒を蘇らそうなんて、まるで意味が無いように思えるが?』

『そうだ。折角殲滅した敵を、何故わざわざ蘇らせる必要がある?』

『このまま我々は地球で繁栄を続ける。何も問題無いだろう』

 数名の首脳が、予想通り使徒の復活に疑問を投げかける。それはもっともな発言で有り、口に出しこそしないが、会場に集まったほぼ全ての首脳陣は、同意するように頷いていた。

「使徒は私とは異なる進化の可能性を持った生命体です。生存競争の為に戦う事を決められていましたが、人類にとって純粋な敵ではありません」

『同じ事だよ。大体君はサードチルドレンとして、多くの使徒を殲滅したのでは無いのかね?』

『そんな君が使徒の復活を提案するなど……何か裏があると思わざるを得ないな』

 咎めるように、試すように、首脳陣はシイの答えを待つ。思惑と陰謀渦巻く政治の世界でのし上がり、国のトップに立った彼らには、シイの言葉をそのまま信じる様な事は到底出来なかった。

「仰る通り、私は使徒と戦い続けました。その時は皆様と同じ様に、使徒は敵であり、仲良く出来るなんて、思いもしませんでした。……でも、使徒と共に生きられると、私に信じさせてくれた人が居たんです」

 シイの言葉に、隣に座っていたカヲルがスッと立ち上がる。

「改めて自己紹介を。元フィフスティルドレンの渚カヲルだよ。ただこの場では『第十七使徒タブリス』と言う名も持っている事を伝えておこうか」

『し、使徒だと!?』

『あの報告書にあった最後の使徒か……』

 あっさりと自らの正体を明かすカヲルに、会場は慌ただしい空気に包まれる。先の葛城報告書によって、人類との共存を望んだ使徒が居る事は、彼らも知っていた。

 だがそれが、まさか自分達の目の前に居た少年だとは、誰も予想していなかったからだ。

 

「僕の身体は君達リリンと使徒の遺伝子で出来ている。ヒトと使徒のハーフと表現した子も居たけど、その特性によってルールの対象外となり、自らの意思で君達との共存を願ったのさ」

『本当に使徒、なのか?』

『話を合わせるために嘘をついている可能性もある』

『そ、そうだ。使徒であると証明出来るのかね?』

 疑ってかかる首脳陣達に、カヲルは小さくため息をつくと、自らの前にATフィールドを展開してみせた。使徒とエヴァのみが有するそれは、何よりも明確な証拠として効果を発揮する。

 勢いを失った彼らに、カヲルは自らの出生について説明した。南極でアダムと人の遺伝子を掛け合わせる実験が行われ、その結果が自分であり、肉体を失ったアダムの魂を内に宿していると。

「これから先は、僕が語る事では無いけど、一つだけ言っておくよ。『何か』が決めたルールが無ければ、人類と共存を望む使徒も居るんだとね。そして勝者が決まった今、その呪縛は解かれているんだ」

 カヲルは自分の役目は一端終わりだと、再び腰を下ろす。議題となっている使徒の存在がこの場に居る事で、会談のムードは大きく変わりつつあった。

 

「私達は使徒とも手を取り合う事が出来ます。お互いに理解し合い、共に生きていく未来を作れるんです」

『夢物語だよ、そんなのは』

『彼が例外であり、他の使徒が人類に敵意を持っている事は否定出来ない筈だ』

『大体だ、そいつが本当に共存を望んでいるかも怪しい。寝首を掻く機会を伺っているかも知れん』

「皆様もご存じの通り、ATフィールドは普通の武器では破ることが出来ません。無限に動けるS2機関も持っています。もしカヲル君がそのつもりなら……私達はもうこの世界に居ないでしょう」

 シイのこの話は半分嘘だった。確かにエヴァを失った人類を滅ぼす事は出来るだろうが、神であるリリスの魂を宿すレイがいる以上、実際にはほぼ不可能であった。

 それでもシイはあえてカヲルの力を誇示する。普段の彼女を知る者ならば、その口ぶりに違和感を覚えるだろうが、首脳陣が気づくはずも無い。

『だったらなおさらだ! そんな危険な存在を復活させる訳にはいかん!』

『その通りだ。彼が人類との共存を望んでいるのは認めるとしても、他の使徒は分からんだろう』

『敵意を持って復活したら、我々は滅びを免れないのだぞ!』

 ヒートアップしてきた首脳達は、使徒の脅威について大きな声で叫ぶ。だがそちらに意識が向かった為、彼らの中では既に、カヲルが本心で共存を望んでいると認識されていた。

 

「では、使徒が敵意を持たずに復活すると分かっていれば、受け入れる事は出来ますか?」

『そんな仮定の話に意味は無い!』

「いえ、とても大切な事です」

 激昂する一人の首脳へ、しかしシイは落ち着いた声色で答える。ここまでの展開は彼女も予想しており、この先こそがシイにとっての本題なのだから。

「私達人類は、戦いの歴史を繰り返してきました。どうしてでしょう? 相手は使徒では無く同じ人間なのに、どうして戦いは起こったのでしょうか」

『急に何を言い出すかと思えば……』

「……私達はみんな弱くて臆病なんです。だから正体や考えている事が分からない相手が、言葉が通じず理解出来ない相手が怖いから、自分を守る為に戦おうとしてしまうんです」

 静かに語るシイの真意を読み取ろうと、首脳達は鋭い視線を向けながらも耳を傾ける。

「だけど、戦いたいと心の底から思っている人は居ますか? 誰かを傷つけたいと願う人は居ますか?」

『『…………』』

「みんな本当は戦いたくなんか無いんです。仲良く平和に生きていけるなら、そっちの方が幸せだって知っているのだから。違うと言う方は居ますか?」

 繰り返されるシイの問いかけに、首脳陣は無言のまま答えない。現実にそれが困難であるのは百も承知だが、誰もが一度は夢見ただろう。戦いの無い平和な世界を。

「私が言っている事は、現実を知らない子供の夢見ごとかも知れません。この世界には沢山の国があって、大勢の人が生きています。時に対立する事もあるでしょうし、喧嘩もするでしょう。でもそれを戦い以外の方法で解決しなくちゃ、私達はいつまで経っても前に進めません」

『……何が言いたいのかね?』

「前に進みませんか? お互いを否定し合って、傷つけ合って生きていく歴史を終わりにして……銃を握っていた手は握手をする為に、冷たい言葉を発していた口を対話の為に使いませんか?」

『まさか使徒復活の議題で、平和論を説かれるとは思わなかったよ』

「それが私達のお母さん、リリスさんの願いでもあるからです」

 皮肉を口にする首脳にシイが答えると、隣に座っていたレイが静かに立ち上がった。

 

「……私はリリスの魂を宿しています」

 たったの一言で、レイは会場の視線を一身に集めた。それだけ『女神からの福音』騒動が世界に与えた影響は大きかったのだ。

 一挙手一投足を注目される中、レイは淡々と言葉を紡ぐ。

「……リリスは地球と同化して、人類の歴史を知りました。そして不安を抱きました。このまま年月を重ねていけば、人類は再び戦いの歴史を繰り返し、滅亡へと進むのではないかと」

 本来であれば、誰もレイの言葉を信じないだろう。だがカヲルが使徒であったと言う事実が明らかになった今、そんな彼と同じ赤い瞳を有するレイもまた、特別な存在であると認めざるを得なかった。

 実際にはクローン体の特徴であるのだが、リリスと融合を果たしたシイが、黒と赤のオッドアイになっている事で、赤い瞳は始祖と関わりのある証なのかも知れないと、彼らに思わせていた。

「……人類が滅ぶのを、リリスは望んでいません。だからその為に使徒を復活させようと思いました」

『何故だ?』

「……弱く未熟な人の心を、使徒と言う新たな隣人を受け入れる事で、成長させたいと願ったからです。そしてもしも滅びの道へと進もうとした時は、それを阻止する為の抑止力として」

『ふん。随分と物騒な抑止力もあったものだな』

『その気になれば、我々を滅ぼす事も容易な連中が、抑止に止まるとは思えん』

「……リリスが必要だと判断した時以外は、人と変わらぬ存在として使徒を蘇らせます。私達が誤った道を進まない限り、使徒は人類に危害を加えません」

 自分たちが責任を持って平和を維持すれば、シイが望むような未来を歩んでいけるのなら、抑止力である使徒は人類の友で在り続けるのだ。

 

 レイの話を聞き終えた首脳陣は、真剣な表情で思考を巡らせる。国を代表している彼らは、軽々しく結論を出すことを許されない。

 使徒が復活した場合、どの様な事が起こりうるか。それは自分の国に対してどんな影響を及ぼすのか。提案を受け入れた際のメリットデメリットを検討する。

 直ぐに賛成して貰えるとは思っていなかったシイ達は、黙って首脳達の答えを待つ。焦りは無い。取り付く島も無かった先ほどとは違い、彼らに悩んでもらう事が出来ているのだから。

 

 やがて、一人の首脳が口を開いた。

『……結論を出す前に、確認したいことがある』

「はい」

『仮に使徒を復活させた場合、どの様な対応をするつもりかを聞きたい。……いや、回りくどい言い方はやめよう。使徒と言う抑止力を何処が所持するのか、それが私の疑問であり不安だ』

 有事の際以外は発揮されないとは言え、使徒の力が絶大である事は周知の事実。もし何処かの国が保有することになれば、他国にとって脅威となるだろう。

「ゼーゲンで受け入れようと思っています」

『具体案を聞かせてくれ。我々が納得を、安心を出来る形でなければ意味が無い』

「はい。ゼーゲンに抑止力部署を設立して、使徒のみんなは有事の際にのみ力を振るって貰います。そして世界各国の代表の方を集めた査問機関で、活動を監督してください。見極めて下さい。使徒が人類と共存できるのか……ゼーゲンが祝福の名に相応しいのかを」

 最終確認ともとれる首脳の問いかけに、シイは自分の気持ちも込めて答える。会談が決まってから一週間の間に、多くの人から助言を貰い、考え抜いた末に導き出した結論だった。  

 

『……まだ詳細を詰める必要はあるだろうが、私は君の提案を飲もう』

 問いかけていた首脳は、シイに向かって大きく頷いて見せた。大国のトップである男の反応に、他の首脳達が驚いた様に真意を確かめる。

『本気で言っているのか?』

『全てを受け入れた訳では無い。だが彼女の提案は我が国にとって、デメリットよりもメリットが勝っていると判断した。ならば反対する理由は無い』

『ゼーゲンを信用するのかね?』

『少なくとも、今ここに居る彼女は信頼出来ると思った。ならゼーゲンが信ずるに値する組織か否か、見極める機会を持っても良いだろう』

 彼らも伊達に今の地位に就いている訳ではない。碇シイと言う少女が本心から、使徒との共存を望んでいる事は、これまでのやり取りで充分過ぎるほど分かっていた。

 他者を信じて受け入れ、純粋に人類の平和な未来を望む心。それこそがリリスの求めているものであり、自分達に欠けているものであり、それを持っているシイに彼らは人類の希望を見た。

 

 

 

~リリンの見る夢~

 

 使徒復活に賛成の空気が流れるが、まだ彼らの中には使徒への不信や不安が残っている。首脳達が信じようとしているのはあくまでシイであり、使徒そのものでは無いのだ。

 そんな首脳達の心中をカヲルは見抜いていたが、時間を掛けて理解を深めるしか無いとも思っていた。実際に使徒と接していない彼らに、シイと同じレベルの理解を求めるのは酷なのだから。

 するとレイが静かに立ち上がり、首脳達に声をかける。

「……使徒と共に生きる世界がどの様なものか、見てみませんか?」

『君は……何を言っているのかね?』

「……以前、リリスは使徒が人類の友として存在する世界を、夢と言う形で見せました。貴方達が望めば、それを今見せる事が出来ます」

『ほ、ほう。それは魅力的な提案だが……危険は無いのかね?』

「……ありません。白昼夢の様なものと思って下さい」

 冗談のような提案だが、レイは至って真面目に告げる。首脳達は暫しお互いに顔を見合わせ、どうするかと考えていたが、やがてそれを受け入れる事にした。

 リリスとレイの力を確かめてみたいと言う打算以外に、報告でしか知らない使徒を詳しく知る機会だったからだ。

「……では、目を閉じて下さい」

 レイの言葉に従い、首脳達は揃って目を閉じる。そんな彼らにリリスは干渉し、二つの夢を見せた。

 一つは客観的な夢。碇シイと言う少女が使徒と楽しそうに学校生活を送る姿を、まるで映画の様な感覚で彼らは見届けた。

 そしてもう一つは……主観的な夢。自分の生活に使徒が存在していたら、と言う『もしも』を彼らはリアルに体験する。人外の姿を持つ使徒に、初めは恐怖や嫌悪感を抱きつつも、言葉を交わして共に生活する中で、少しずつその気持ちは薄れていく。

 例えとしては適当で無いかもしれないが、彼らが持つ使徒への感情は、食わず嫌いに近いと言えた。与えられた情報や報告から『人類を滅ぼそうとしている正体不明の敵』と言う固定観念を持ち、既に生存競争の相手では無く、隣人として存在出来るのだと言われても、心の底では理解しようとしなかった。

 リリスの見せる夢はあくまで夢だが、彼らの固定観念を解すには充分な効果を発揮した。

 

 

 夢の世界では幾日も過ごしたが、現実の時間では十分程しか経過していない。だが夢から覚めた首脳達は、先程までとは顔つきが変わっていた。

 記憶がハッキリと残っているので、あれが夢だったと言う実感が沸かない程に、使徒との共存体験は彼らに強烈な印象を残した。

「……どうでしたか?」

『そうか……今のが夢か』

『何と言うか、随分と現実感のある夢だったな』

『ああ。まだこの手に……使徒と握手をした感覚が残っているよ』

 二つ目の夢は主観的であるが故に、それぞれ違う形だったのだろう。だが共通している事は、全員が何処か名残惜しげな表情を浮かべている事だ。

『君。もう一度見せて貰う事は出来るかな?』

「……その必要は無いと思います」

『何故だ?』

「……現実は夢の続き。貴方達が見た夢は現実となるから」

 レイの言葉に首脳達は成る程と頷く。今のはある種のシミュレーションなのだ。使徒は自分達の隣人として、共に生きていける存在。そう受け入れる事が出来たなら、夢の続きは現実で見る事が出来る。

 もうこの場に使徒の復活に異議を唱える者は存在しなかった。誰もがシイの言っていた、使徒と手を取り合う未来を、本心から望んだのだから。

 

『碇シイ。決を採ると良いだろう』

「……はい。それでは私達の提案に賛成の方は、起立をお願いします」

 シイの言葉と同時に全ての首脳が同時に立ち上がる。満場一致での決定に、シイは封印していた笑顔を解き放ち、深々と感謝のお辞儀をする。

 自然と沸き起こった拍手が鳴り止むまで、シイの頭が上がる事は無かった。

 

 

 使徒復活の詳細日程、特設部署についての取り決め等は、今後話し合いの場を持つ事で決定し、首脳会談は幕を閉じた。

 首脳達は帰路につくまえにシイ達の元へと歩み寄り、未来を共に作ろうと握手を交わす。解決すべき問題は山積みだが、彼らにとって大きな意味を持つ会談だったのだろう。

 そんな中、最初に賛同してくれた首脳がカヲルに声をかける。

『ところで君に聞きたい事があるんだが』

「ふふ、何かな?」

『君が人類との共存を望んだ理由、差し支えなければ教えて欲しい』

 興味深げに問いかける首脳に、カヲルは少し考えてから言葉を返す。

「……貴方は歌は好きかな?」

『ん? まあそれなりには、だが』

「音楽、絵画、風呂、リリンの生み出した文化は、どれも心を潤す優しいものばかりだよ。リリンの歴史は戦いだけでは無く、素晴らしい文化を築き上げてきたんだ」

 何が言いたいのかと首をかしげる首脳に、カヲルはくすりと微笑みながら答える。

「答えは簡単さ。僕はそんなリリンに好意を持っている。……君達が好きなんだよ」

『……ありがとう』

 男の差し出した手をカヲルは握り返した。

 

 

 

~仮面を脱ぎ捨てて~

 

 会談が終わり、三人は控え室代わりの会議室へと戻った。ドアを閉めた瞬間、緊張の糸が切れたシイはその場にへたり込んでしまう。

 真っ青な顔で身体を小刻みに震わせ、瞳からは意図せぬ涙が溢れ出る。それが彼女の感じていたプレッシャーと、責任の重さを何より雄弁に語っていた。

「立派な立ち振る舞いだったよ。本当に良くやったね、シイさん」

「……大丈夫?」

 優しく声をかける二人に、しかしシイは答えられない。口の中がからからに乾いて、唇が震えてしまい声が言葉にならないのだ。

「少し休んだほうが良いね」

「……医務室に行きましょう。掴まって」

 シイは小さく頷くと、レイに支えられて医務室へと向かった。

 

「……本当に良く頑張ったね。シイさんの頑張り、決して無駄にはさせないよ」

 あの小さな身体で、曲者ぞろいの首脳たちと真っ向からやり取りをし、自らが望んだ未来への道を切り開いたシイに、カヲルは心の底から賞賛を送った。

 あらかじめ決めていた段取り通りの展開だったとは言え、それを成し遂げるのは並みの精神力では、到底不可能なのだから。

 結果的にリリスからのフォローが決め手だったが、その段階まで事を運んだのは間違い無くシイの力だ。それを認めたからこそ、リリスもつい手助けをしてしまったのかも知れない。

(それにしても……思いがけず役にたったね)

 カヲルは苦笑しながら、手に持った端末を見つめる。それはかつてシイに赤木親子がプレゼントした物と同じ、高性能翻訳機であった。

 成績優秀の二人も世界中の言語を操れる訳では無いので、意思疎通の為には必要だと無理を言って、自分とレイにも用意して貰った。これが無ければ今回の会談は失敗に終わっていただろう。まさに影の立役者であった。

(ふふ、今度相田君に貰った秘蔵写真でも贈るとしよう)

 頼りになる眼鏡の友人を思い浮かべながら、カヲルは会談の結果報告をしに部屋を後にした。

 

 

 この日、人類は新たな隣人と歩む未来へ向かって、第一歩を踏み出した。それが二歩、三歩と続くのか、それとも足並みが乱れてしまうのかは、神も知らない。

 全ての未来に可能性があり、決めるのは他でも無いリリン自身なのだから。

 

 




使徒の新生は可能だけど、それがみんなに望まれる形で無ければ、人類にとっても使徒にとっても、不幸な結末しか残らないでしょう。
ただ今回の会談で、リリンは新たな道を見つける事に成功しました。

ゼーレが人類補完計画を望んだのも、進化に行き詰まった人類がやがて滅亡すると思われたからです。でも進化の可能性は、未熟な精神の部分で残されていたと言う事で。
目に見える形ではありませんが、これがトゥルーエンドえの条件でしたね。

※首脳達の台詞が『』なのは、翻訳機を使っているからです。読み辛かったら申し訳ありません。

さて、どうにか使徒救済編の山場を乗り越えました。
後日談ぽくないシリアスも、少しずつアホタイムにシフトして行く予定です。

使徒救済編は週一ペースで、その後は少しペースアップするつもりです。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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