エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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再開します。


後日談《リリンと使徒(葛城報告書)》

~チルドレン再集結~

 

 とある日、ゼーゲン本部の会議室にチルドレンが全員集合していた。病院でリハビリ中のアスカも含め、全員が招集命令を受けたのだが、その理由を知らされなかった為、何があるのかと一同の表情に緊張の色が浮かぶ。

「うぅぅ、怒られるのかな?」

「あんた馬鹿ぁ? いきなりネガティブな事言ってんじゃ無いわよ」

「けどな、惣流。わしら全員来いって言われても、理由なんてそれ位しか浮かばんで」

 既にチルドレンを解任され、エヴァも完全に失われた今、五人はごく普通の高校生に過ぎない。それをわざわざ全員揃って呼び出す理由など、皆目見当がつかなかった。

「君は何か知っているかい?」

「……いえ。ただ怒られる可能性は低いと思うわ」

「どうして?」

 首を傾げるシイに、レイは視線をアスカに移して答える。

「……それなら、アスカだけ呼び出せば充分だもの」

「な、何ですってぇぇぇ!!」

「あらあら、相変わらず仲良しね」

 怒り心頭のアスカが怪我を忘れて、レイに飛びかかろうとした丁度その時、会議室のドアが開かれて白衣姿のユイが微笑みながら入室してきた。その後にはゲンドウ、冬月、リツコなど主要スタッフが続く。

「少し遅くなったわね。ごめんなさい」

「ううん、それは良いんだけど……」

 答えながらもシイの視線は、自分達の向かいに座るゲンドウ達へと向かっていた。これだけのスタッフが集まった以上、今回の招集は大事なのだと嫌でも理解してしまう。

「そう固くなる必要は無いよ。君達を呼んだのは、意見が欲しかったからなんだ」

「伊吹さん。例の物を」

「はい」

 ユイの言葉に頷くと、マヤは手に持ったファイルをシイ達へと配っていく。分厚いファイルの表紙には極秘の文字と『葛城報告書』と言うタイトルが記されていた。

 

 

~戦いの軌跡~

 

「これって、ミサトさんの報告書ですか?」

「ええ。作戦本部長を務めた彼女による、対使徒戦の戦闘記録よ」

「へ~。ミサトって真面目に仕事してたんだ」

 茶化すように報告書に目を通すアスカだったが、中身を見た瞬間驚いた様に感嘆の声を漏らす。ミサトの報告が自分の予想以上に綿密かつ丁寧で、これを作成するのに相当の時間が掛かった事を理解したからだ。

「伊達や酔狂で作戦本部長なんてやってないって事よ」

「……本当にミサトさんが全てを?」

「無論我々が修正した箇所もあるが、概ねはそうだ」

 冬月の発言にシイ達は改めてミサトへの評価を高めるのだった。

 

「では本題に入ろう。今日お前達を呼んだのは、この報告書に対して意見を求める為だ」

「彼女はあくまで観測者としての立場で、これを記録してるの」

「直接使徒と対峙した君達の意見も、是非取り入れたいと思ってね」

 観測者としての報告書に、当事者としての意見や見解を補足する。冬月達の説明を聞いて、シイ達はようやく自分達が呼ばれた訳を理解し、少しだけ安堵した。

「良かった~。怒られるんじゃ無いかったんだね」

「あら、シイは何か怒られる心当たりがあるの?」

「う、うん。私はエヴァを何回も壊しちゃったから……」

 申し訳無さそうに答えるシイに、一同は苦笑を浮かべる。確かに初号機は最も修復回数が多く、莫大な費用がかかったが、それは最初から最後まで最前線で戦い続けた証でもあるのだから。

「でもさ、今更過ぎない? 使徒との戦いなんて、もう大分前じゃん」

「ああ、そう言えば説明して居なかったね」

「先日のリリスの一件について、世界各国からゼーゲンに説明を求める声があがっているの。特別審議室とも相談して、正式に回答するつもりなのだけど、その為には使徒についての真実も明らかにする必要があるわ」

「その資料として、この報告書を提出する事になった。これで良いかしら?」

 纏めたリツコの言葉に、アスカだけで無く他の面々も成る程と頷く。

「疑問が解決されたところで、そろそろ始めましょうか。……マヤ?」

「はい」

 マヤが手早く端末を操作すると、会議室のモニターに報告書と記録映像が映し出された。

 

 

 

~葛城報告書・第三使徒~

 

 西暦2015年、第三使徒襲来。

 個体名『サキエル』は、戦略自衛隊とUNによる防衛線を突破し、第三新東京市市街地へと到達。

 同日着任したサードチルドレン『碇シイ』により、汎用人型決戦兵器『エヴァンゲリオン初号機』の起動に成功。そのまま実戦へと移行した。

 訓練経験無しのサードチルドレンは苦戦を強いられ、左腕部及び右眼部、頭部を損壊。

 初号機は完全に沈黙、後に暴走。左腕の自動修復、ATフィールドの発生を確認。

 サキエルに対し白兵戦を挑み、自爆へ追い込む。

 第三新東京市市街地A7区画からB5区画まで消滅。初号機は中破するも健在。

 後日の聞き取り調査により、サードチルドレンに戦闘の記憶が無いと判明。精密検査を実施したが、精神汚染の可能性は否定された。

 

「……何か補足はあるかしら? 今回はシイさんのみだけど」

「えっと……一つ気になった事が」

「何でも言って欲しい。どんな些細な事でも構わないよ」

「この暴走……ですか? これって、その、お母さんが戦ってくれてたの?」

 シイの言葉を受けて、会議室に集まった面々の視線が一斉にユイへと向けられる。パイロットの意識が無い状態で、エヴァを動かせるのは宿っていた魂だけの筈。

 その当事者の答えに期待が集まる中、ユイは静かに口を開く。

「私は貴方を守りたいと願っただけよ。そしてその思いにエヴァが応えてくれたのね」

「ふむ、ならあの戦いはエヴァ自身の、或いはリリスの本能的な行動と言う事か」

 それならばあまりに荒々しい戦いぶりにも納得出来る、と冬月はあごに手を当てて頷いた。娘を守る為に使徒を倒すと言うユイの意志を受けて、エヴァが殲滅行動をとったのだろう。

「母は強し、ですね」

「それに関しては全面的に同意するよ」

 マヤの言葉にカヲルは苦笑しながら頷いた。

 

 

~葛城報告書・第四使徒~

 

 第四使徒、個体名『シャムシエル』襲来。

 UNによる防衛ラインを突破し、目標は第三新東京市市街地へと到達。

 初号機によりエヴァンゲリオン専用重火器を初使用。ただし効果は認められず。

 戦闘区域へ民間人の侵入、外部電源供給線の切断とアクシデントが重なり、戦闘続行は困難と判断。

 民間人三名をエントリープラグへ緊急避難させ、一時撤退を試みるもパイロットは拒否。

 内蔵電源により戦闘を続行し、プログレッシブナイフによる白兵戦にて目標を殲滅。

 初号機は両手、右足首、腹部損壊するも健在。

 シャムシエルは形状を保ったサンプルとして、技術開発局に管轄を移行した。

 

「……反省しとります」

「私も……」

 トウジとシイは二人揃って頭を下げた。結果として使徒を殲滅する事は出来たが、自分達の軽率な行動で、下手すれば全てが終わっていたのだ。

「この件に関して、今更お前達を責めるつもりは無い」

「あくまで結果論だが、貴重なサンプルを得る事が出来たからね」

 そして後のフォースチルドレンを失わずに済んだ、と冬月は心の中で続けた。

 

 

~葛城報告書・第五使徒~

 

 凍結解除された『エヴァンゲリオン零号機』の起動実験と同時刻、第五使徒、個体名『ラミエル』襲来。

 初号機による迎撃を試みるも、発進直後を加粒子砲で狙い撃たれ敗退。初号機は胸部第三装甲板まで到達する損傷を受け、サードチルドレンは意識不明で緊急入院。

 目標は本部直上にて停止。ドリル状の物体にて地面を掘削、本部への直線侵攻を計る。

 加粒子砲と強力なATフィールドを有する目標に対し、作戦部は超長距離からの一点突破を提言。即時採用される。以後本作戦を『ヤシマ作戦』と呼称した。

 起動実験を終えた零号機とファーストチルドレン『綾波レイ』の実戦投入を決断。修復を終えた初号機との、初の共同戦線と相成る。

 戦略自衛隊より長距離狙撃用ライフルを借り受け、エネルギー源として日本中の電力を集める事に成功。

 双子山山頂より作戦を展開。

 初弾を外し使徒の反撃を受けるが、防御役の零号機の活躍により作戦は継続。第二射にて目標を殲滅。

 零号機は大破。ファーストチルドレンも負傷するが、大事には至らなかった。

 

「こりゃ……えらいギリギリの戦いやったな」

「うん。レイさんが居なかったら、負けちゃってたと思う」

 使徒の加粒子砲から、身を挺して自分を守ってくれたレイ。その後ろ姿は今でもシイの脳裏に焼き付いていた。

「勝算は8.7%。良くやってくれたと言うのが、私達の本音だよ」

「ああ。だが作戦立案をした彼女の功績も大きいだろう」

 エヴァの破損やチルドレンの負傷など、ミサトの作戦が裏目に出ることも勿論あった。だが追い詰められた状況下で起死回生の策を提示した彼女の功績は、決して軽んじられるものでは無い。

 

「ちょっと気になったんだけど」

「何かしら、アスカ」

「この使徒さ、あんな強力な加粒子砲があるなら、何でそれを下に撃たなかったの?」

 兵装ビルを飴細工の様に溶かしてしまう破壊力。それを使えばヤシマ作戦発動前に、本部へ侵攻することも出来たはずだ。

「それは使徒に聞いてとしか言い様が無いわね」

「……何故?」

「ふふ、やはりそう来たか」

 使徒に聞いての言葉通り、レイはカヲルに質問をぶつける。

「僕にも他の使徒の考えは分からないけど……仮説で良いなら話そう」

「興味深いわね。聞かせて頂戴」

「使徒は生命の実、君達がS2機関と呼ぶ永久機関を持っている。しかしリリンの様な知恵の実……そうだね、知性や何かを生み出そうとする力、あるいは心。そう言った物は無いのさ」

 繁殖も文明も持たないが無限の動力源を持ち種を存続させる使徒。限りある命だが知性と文明を持ち、繁殖する事で種を存続させる人類。

 姿形では無く、それこそが両者の最も大きな差違であった。

「データを見る限り、ラミエルは加粒子砲を自己防衛にしか用いていない。彼の中では加粒子砲はあくまで防衛手段であり、それを攻めに転用する発想が無かったのかもしれないね」

 あくまで仮説と念を押すカヲルだったが、反論する者は誰も居なかった。

 

 

~葛城報告書・第六使徒~

 

 零号機の全面改修を受けて、ドイツ第二支部より『エヴァンゲリオン弐号機』及び専属搭乗者である、セカンドチルドレン『惣流・アスカ・ラングレー』を本部へ招集。

 太平洋艦隊による護衛を受けての海上輸送中、第六使徒、個体名『ガギエル』の襲撃を受ける。

 艦隊指揮艦の許可を得て、弐号機による使徒殲滅戦を実行する。

 B型装備での水中戦闘に苦戦を強いられるが、海中にて使徒内部のコアを破壊。殲滅に成功した。

 なお本戦闘において、セカンド、サード両チルドレンの同時搭乗を確認。

 使徒のサンプルと共に、技術開発局『赤木リツコ博士』にデータを譲渡した。

 

「よ~やくあたしの出番ね。どう、この華麗な戦いぶりは?」

「……釣りのえさ」

「おっ。やっぱレイもそう思うやろ?」

 自分と同じ考えをしたレイに、トウジは嬉しそうな声を漏らす。口にこそ出さないが大人達も同じ事を考えており、上半身をぱっくり使徒に食われた弐号機は、やはり釣りのえさに見えて仕方なかった。

「あんた達ねぇぇ。ふん、B型装備で水中戦をやるなんて、あたし以外には出来ないわよ」

「ふふ、だろうね。そんな無謀で無茶で馬鹿な真似をするのは、君以外にはいないよ」

 からかうようなカヲルの物言いに、ヒートアップしたアスカが飛びかかろうとして、車椅子から転げ落ちそうになってしまう。それをそっとレイに支えられて、アスカは何とも気まずそうに視線をそらした。

 ある意味でいつも通りの子供達の中で、一人シイだけが何かを考え込むように黙っていた。

 

「あら、シイは何か気になる事があるの?」

「……うん。ガギエルさんは、何で私達を襲ったのかなって」

 使徒は第三新東京市を目指して居ると、シイはミサトから教えられた。そしてそれが、本部の地下にある巨人と接触する為だと、真実を追う過程で知った。

 だがこの使徒に関しては、その目的には当てはまらないとシイには思えてしまう。

「……碇」

「ああ。この海上輸送には、加持監査官にある物を輸送して貰う目的もあった。それを狙ったのだろう」

「ある物って何?」

「……南極で回収し、ドイツで復元を行っていた『アダム』のサンプルだ」

 何かを探し回るような使徒の行動も、全ては加持の手にあったアダムを求めての事だった。

「人類補完計画の要であったが、既に処分した」

「そうなんだ……」

「てかさ、このガギエルっての、どうやって第三新東京市まで来るつもりだったのかしらね」

「……空を泳いで」

「「…………」」

 レイの小さな呟きに、一同は大空を悠然と泳ぐガギエルを想像してしまい、同時に顔をしかめる。何と言うか、とてつもなく恐ろしい光景だったのだ。

 彼らの思いはただ一つ。そうならなくて良かった、であった。

 

 

~葛城報告書・第七使徒~

 

 セカンドチルドレン着任より間もなく、第七使徒、個体名『イスラフェル』襲来。

 零号機の改修作業は間に合わず、弐号機も修復後のフィードバックに誤差が認められた為、初号機による単独作戦を実施。

 同時に技術開発局は新型装備『マステマ』の実戦投入を決断。

 テスト無しでの稼働となったが、全領域兵器は実戦に十分耐えられる性能を示す。だが一時は使徒を両断するも、二体に分離する特異性に苦戦を強いられる。

 N2ミサイルにより使徒の構成物質の79%を焼却。しかし初号機も余波を受け中破。

 痛み分けに終わった戦闘は、六日後に再戦の機会を迎える。

 作戦部は二機のエヴァによるコンビネーション作戦を提案。副司令により承認され、ファーストチルドレン、セカンドチルドレンは即日訓練を開始。

 当初は両者のユニゾンを不安視する声もあったが、実戦において零号機、弐号機は見事な連係攻撃を披露し、使徒の殲滅に成功した。

 

「ふふ~ん。どうよ、あたしの本当に華麗な戦いぶりは」

「凄いと思うで……最後以外はな」

「そうだね。最後以外は素晴らしいと思うよ」

「無様ね」

「……ぷっ」

「何他人事みたいな顔してんのよっ! あんたも当事者でしょうが!」

 終わりよければ全てよし。逆もしかり。使徒を殲滅した後、無様に絡み合う零号機と弐号機の姿は、それまでの華麗な戦いぶりを忘れさせてしまう程のインパクトがあった。

 

 

 

~葛城報告書・第八使徒~

 

 浅間山地震観測所より、浅間山火口に正体不明の影を確認したと報告あり。

 報告者『葛城ミサト一尉』が現地へ赴き、それが羽化前の使徒であると判明。第八使徒、個体名『サンダルフォン』に対し、使徒捕獲作戦(A-17)が発令された。

 作戦担当の弐号機はD型装備にて火口へ侵入。バックアップに初号機を火口付近へ配備。

 予想深度を超え、搭乗者の生命に危機が及ぶも、作戦責任者である葛城ミサト一尉の指示により作戦を継続。限界深度間近で、休眠中の使徒を発見する。

 弐号機は一時使徒の捕獲に成功するも、羽化を始めた為に作戦継続は困難と判断。殲滅作戦へ移行。

 極限状況下での戦闘に苦戦を強いられるも、セカンドチルドレンの機転により無事殲滅。

 回収中に安全パイプが切断されるトラブルが起きたが、初号機により弐号機の救出に成功。

 初号機は中破。弐号機は小破するも、両チルドレンは無事だった。

 

「これって、使徒はまだ赤ちゃんだったんだよね?」

「私達の認識で言うと、そうなるわね」

「……何か気になるの?」

「うん。カヲル君から使徒はずっと昔に産まれてたって、教えて貰ったから」

 使徒の誕生は、地球に黒き月が衝突する前まで遡る。ならばサンダルフォンは、ずっと赤ちゃんだったのかと、シイは疑問だった。

「そう言やそうや。そこんとこどうなん?」

「おかしな事は無いさ。例えば蝉は、成虫としては一ヶ月程度しか生きられないけど、幼虫で居る期間は数年以上だよ。サンダルフォンも同じ性質を持っていたのかも知れないし、マグマと言う特異的な環境が羽化を遅らせていたとも考えられる。使徒はリリンの常識では計り知れないのだろ?」

「悔しいけど、その通りだわ」

 カヲルの流し目に、リツコは頷いて彼の言葉を肯定した。

 

 

 

~葛城報告書・第九使徒~

 

 ネルフ本部の全電源が落ちるという、未曾有の事態が発生。

 幸いにして技術局の『時田シロウ』により電源が確保された為、大事には至らなかった。

 電源復旧直後、第九使徒、個体名『マトリエル』の第三新東京市への接近を確認。エヴァンゲリオン三機による迎撃作戦を展開する。

 作戦行動を円滑に進める為、セカンドチルドレンをリーダーとするチームを結成。目標の溶解液に苦戦を強いられるも、三機による協力攻撃により目標を殲滅した。

 なお本作戦で命令違反を犯したセカンドチルドレンには、一日懲罰房入りを命じた。ファースト、サード両チルドレンも同じ罰を望んだため、作戦部長権限にてそれを認める。

 

「これって、時田が居なかったら結構やばかったんじゃない?」

「うむ。彼は赤木君の提案でネルフに引き込んだが、思いがけず働いてくれたよ」

「……自己顕示欲の強い男ですから、上手く煽てればそれなりの成果を挙げて当然です」

「姐さんは結局、時田さんを認めとるんやな」

「先輩は才能のある人は、個人的な感情を抜きにして認められる、素晴らしい人ですから」

「ふふ、ありがとうマヤ。でも別に嫌いじゃ無いの。ただあの人が活躍すると、無性に苛立つだけだから」

(対抗意識バリバリやな……)

(先輩、それって……)

 不敵な笑みを浮かべるリツコを、トウジとマヤは黙って見守る事にした。

 

「懲罰房か。寝心地はどうだったんだい?」

「……狭かったわ」

「あはは、でも暖かかったよ」

 この一件がシイ達の絆を深めたのは間違い無いだろう。そしてアスカの成長にも一役を買った。

 結成こそごり押しだったが、アスカをリーダーとしたエヴァンゲリオンチームが、最終戦まで誰一人欠けること無く戦い抜けたのは、成長した彼女の存在が大きかったのは間違い無いだろう。

 

 

~葛城報告書・第十使徒~

 

 衛星軌道上に突如として、第十使徒、個体名『サハクィエル』が出現。

 ATフィールドを攻撃手段に用いる目標は、身体の一部を地球に向けて投下。落下エネルギーをも利用したその攻撃は、N2兵器を凌駕する威力を我々に示した。

 数回に分けて行われた攻撃により、使徒は落下誤差を修正したと思われる。

 本体ごとネルフ本部へ向けて落下するとの予測に対し、現場責任者である『葛城ミサト三佐』は特別宣言D-17を発令。半径50km以内の民間人を退避させ、エヴァ三機による迎撃作戦を実行する。

 極めて成功確率の低い作戦であったが、落下直前で受け止め使徒を殲滅する事に成功した。

 本作戦で初号機は中破。サードチルドレンも両腕を負傷するも、大事には至らなかった。

 

「これは私と碇が不在時の使徒襲来だったな」

「ああ。彼女は独断だと詫びたが、最良の結果をもたらした」

 作戦成功率は1%未満。無謀と言われても反論できない作戦であったが、シイ達はミサトの期待に応えて見せた。人の意志の強さをリツコが思い知らされた戦闘でもあった。

「無謀と勇敢は紙一重とは言え、流石にこれは分が悪かったんじゃ無いかな?」

「そやな。ミサトさんは怖く無かったんやろか」

 自分の判断が大勢の命を、大切な人達の命を左右する。それがどれだけのプレッシャーなのか、トウジにはとても理解出来なかった。

「あんた馬鹿ぁ? 怖いわけ無いでしょ。あたし達が居たんだから」

「……ミサトさんは、私達を信じてくれたわ」

「だから私達も信じたの。ミサトさんの作戦なら、きっとやれるって」

 ミサトとシイ達の間に結ばれた強い信頼関係。それが奇跡とも思える可能性を引き寄せた。ミサトの判断に批判はあるだろうが、結果を残した以上英断と言う評価は覆らないだろう。

 

 

~葛城報告書・第十一使徒~

 

 チルドレン三名によるオートパイロットの実験中、本部内に謎の侵食が発生。範囲を拡大する侵食は、実験中のプリブノーボックスへ到達。

 責任者である赤木リツコ博士は実験の中断を決断。パイロットを安全区域へ強制射出すると同時に、侵食に対して攻撃を加えるが、ATフィールドによって防がれる。

 以後侵食を第十一使徒、個体名『イロウル』と認識。

 イロウルはサブコンピューターへハッキングを行い、MAGIシステムへの侵入を果たす。ネルフは本部全域を巻き込む自律自爆を迫られるが、赤木リツコ博士が自滅促進プログラムを送り込み、殲滅に成功した。

 なお今回の一件については碇司令の指示により、最終戦後まで秘匿事項とされる。

 

「思い出したわ。これ、あの最悪のテストの時ね……」

「最悪? そないきつかったんか?」

「……全裸でテストしたの」

 レイの言葉に、カヲルがガタッと椅子から立ち上がる。

「それはシイさんもかな?」

「う、うん」

「そうか……」

 気圧されるように頷くシイを見て、カヲルはあごに手を当てて思案顔になる。

「どうせ映像を探そうとでも思ってるんでしょうけど、お生憎様。当然カメラは全部プライバシー保護の為に、切ってあったのよ。だから映像も何も残って無いわ。そうよね?」

「え?」

「……え゛?」

 リツコに確認を求めたのだが、予想外の反応にアスカは困惑する。勿論よ、と言う返答がくるものだとばかり思っていたからだ。

「あ、あんた……まさか……」

「……赤木博士」

「ち、違うわ。急に話を振られて驚いただけよ。私はMAGIに細工なんて……あ゛」

 その瞬間、全てが終わった。

「赤木君。君には失望した」

「誤解です碇司令。どうか弁解の機会を」

「ええ、勿論ですわ。たっぷりと……お話を聞かせて下さい」

 満面の笑みを浮かべるユイに連れ出されたリツコが戻ってきたのは、数十分経ってからであった。

 

 

 

~葛城報告書・第十二使徒~

 

 第三新東京市直上に、突如として謎の球体が出現。

 富士の電波観測所は存在を観測できず、目標の移動経路等一切は不明。

 目標の波長パターンはオレンジ。使徒とは認識出来ず、攻撃の着弾を認められなかった。

 民間人の避難完了後、エヴァ三機による情報収集並びに迎撃作戦を展開。

 初号機による牽制射撃と同時に目標は消失し、初号機の直下にパターン青を確認。第十二使徒、個体名『レリエル』は漆黒の影を広げ、初号機と兵装ビルを飲み込んだ。

 以後の分析により、使徒の本体は影と判明。ATフィールドを内向きに展開し、極薄の空間を維持していると推察された。なおその空間を赤木リツコ博士は『ディラックの海』と呼称。

 零号機、弐号機のATフィールドと、現存する全てのN2爆弾を使用し、使徒の殲滅と初号機の救出を計画。

 実行直前で、初号機が内部より自力で脱出。同時に使徒の殲滅をも果たした。

 

「この件に関して、ユイさんに伺いたい事があります」

「何かしら?」

「これまで初号機が自律行動を取ったのは、全て電源が供給されている状態でした。ですがこの時、初号機の内蔵電源はほぼゼロ。動力源が無い以上、どんな生物も活動できない筈です」

 使徒のコピーであるエヴァだが、生命の実は持っていない。なのでその代わりの動力源として、外部から供給される電力を用いていた。

 それが無い状態で何故動けたのか。リツコは科学者としてユイに疑問をぶつけた。

「……あの時、確かに初号機に残された電力はごく僅かでしたが、動力源は残っていました」

「あり得ないわ。他に動力源なんて……」

「成る程ね。S2機関でも電力でも無い動力源……命か」

 カヲルの言葉にユイは小さく頷く。

「シイを一時的に初号機へ取り込み、その命を動力源として初号機を動かしたの」

「な、ならシイがユイお姉さんに会ったって言うのは……」

「私がシイを取り込んだから、姿を認識出来たのね」

 シンクロテストなどでシイは初号機に何かの存在を感じていたが、姿を見る事や声を聞くことは叶わなかった。だがあの時、シイは初めてユイの姿と声を確認した。

 それは二人が一時とは言え、エヴァの中という同じ領域に居た事を意味する。

「……だからお母さんは言ったんだね。良かったって」

「ええ。貴方が生きる事を望まなければ、あの空間を脱出する程のエネルギーは得られなかったから」

 動力源に加え、生への執着を得たからこそ、初号機はディラックの海を破壊する程の力を持つことが出来たのだろう。生きようとする意思は、何よりも強いのだから。

 

 

~葛城報告書・第十三使徒~

 

 『エヴァンゲリオン四号機』の実験事故により、ネルフ米国第二支部が消滅。

 同国で所有権を主張していた『エヴァンゲリオン参号機』は、所有権をネルフ本部へと移行する。

 参号機の本部輸送と時同じくして、マルドゥック機関はフォースチルドレン『鈴原トウジ』を選抜。参号機の専属搭乗者として、松代第二実験場で行われる起動実験への参加を要請し、受諾される。

 起動実験中に突如参号機が暴走。内部に高エネルギー反応を確認した直後、そのエネルギーが放出され、松代第二実験場は壊滅した。

 制御不能の参号機は第三新東京市に向けて侵攻を開始。碇司令により、エヴァンゲリオン参号機は第十三使徒、個体名『バルディエル』と認識され、殲滅命令が下された。

 野辺山にてエヴァ三機による迎撃戦を開始するも、パイロットは殲滅を拒否。エントリープラグを回収し、フォースチルドレンの救助を実行した。 

 作戦は成功するも、初号機の左腕損傷、サードチルドレンの左腕神経不全と言う大きな被害が残った。

 なおバルディエルは米国からの輸送中に、参号機へ寄生したと推察される。

 

「鈴原君……」

「はは、話には聞いとったが、こうして見るんは初めてや」

 トウジは当初、参号機の暴走事故だと伝えられていた。彼が事の真相を知ったのは、シイがサルベージされてからだ。その時は特別な感情を抱かなかったが、改めて映像を見ると複雑な気持ちになってしまう。

「えらい迷惑かけてもうたな。すまん」

「ううん、私達こそ嘘ついちゃてごめんね」

「……あん時聞かされてたら、わしはビビってエヴァに乗らへんかったわ。せやさかい感謝しとる」

 嘘をつかれた事を怒るつもりは毛頭無い。自分の気持ちの整理がつくまで、待ってくれていたとトウジは思う様にしていた。真意はどうであれ、その優しい嘘で自分は再び戦う事が出来たのだから。

 

 

~葛城報告書・第十四使徒~

 

 エヴァンゲリオン参号機の破棄命令は取り下げられ、正式にネルフ本部管轄となる。また同日、命令違反を犯したサードチルドレンに対し、入院先の病院にて無期限の謹慎が決定された。

 参号機の再起動実験は無事終了し、搭乗者は赤木リツコ博士考案の戦闘訓練を受ける。その最中、第十四使徒、個体名『ゼルエル』が襲来した。

 第三新東京市市街地にて零号機、弐号機、参号機による迎撃戦を展開するも、目標は地下特殊装甲板を突破。ジオフロントへの侵入を果たした。

 弐号機は両腕、頭部を切断され戦闘不能。シンクロカット処置により搭乗者は生存。

 使徒の攻撃を受け、ネルフ本部外壁装甲板は全て融解。使徒はメインシャフトへ侵入しようとするも、謹慎命令を解かれたサードチルドレンが搭乗した、初号機によって阻止。

 内蔵電源が切れ、初号機は窮地に陥るも突如再起動。使徒を殲滅した。

 なお本戦闘において、初号機はシンクロ率400%オーバーを記録。使徒を捕食すると言う特異的な行動を見せ、完全に制御下から離れた。

 

「まさかこんな方法で、生命の実を宿すとはね」

「この時初号機は生命と知恵を兼ね備えた、神に近しい存在になったと言う訳だ」

 冬月の呟きにアスカが反応する。

「ならあたし達のエヴァも、使徒を食べればS2機関を持てたって事?」

「理論上は可能だと思われるわ」

「でも恐らく、初号機以外には出来ないと思うよ」

「なんでよ」

 納得出来ないと、アスカはカヲルに視線を向けて答えを求める。自分とシイ、弐号機と初号機に何の違いがあるのかを確かめずには居られなかった。

「答えは簡単さ。エヴァは電力を動力源としている以上、本来捕食行為を行わない」

「わしらが電気で充電したりせんちゅうのと、同じ事か?」

「その通りさ。食事という行為は、命を持った生物だけが行うものだからね」

 S2機関を持つ使徒のコピーであるエヴァには、元来捕食すると言う性質は無い。だが、それならば初号機も同じだろうと言うアスカに対し、カヲルは更に説明を続けた。

 

「君達が食べ物を欲するのはどんな時かな?」

「えっと……お腹が空いた時?」

「そう。つまりは飢え。生物は活動する事でエネルギーを消費し、それを補うために食事をする。でもエヴァには飢えは無く、電力が切れれば活動を停止するだけだ。例外を除いてはね」

「何よ、例外って」

「命を動力源にした時さ」

 カヲルの言葉を聞いて、会議室の面々はようやく理解した。

 この戦闘中に、初号機は内部電源を使い切り活動を停止していた。S2機関捕食までの間動けたのは、先の時と同じ様にシイを取り込み、命を動力源としたからだろう。

 人一人の命では、エヴァの膨大なエネルギーを維持出来ない。だから飢えていた。獣の様に使徒を貪り喰らい、その飢えを満たそうとする程に。

「初号機以外は不可能と言うのは、他のエヴァに宿る魂は、ユイさんの様に身体ごと取り込まれていないからね。パイロットを引き込むほどの干渉が出来ないんだよ」

 子供を守ろうと、魂となった母親が暴走を引き起こす事はあるだろう。だが一体化、捕食と言った領域に達するには、魂の量がユイに比べて少ない為、干渉力が足りなかったと推察された。

 

 

 

~葛城報告書・第十五使徒~

 

 衛星軌道上に第十五使徒、個体名『アラエル』出現。

 出現以降動きを見せない目標に対し、凍結命令中の初号機を除く、三機のエヴァが地上より狙撃するも、アラエルは弐号機に対し可視光エネルギー波を照射。

 光を浴びたセカンドチルドレンは一時精神汚染危機に陥り、弐号機は活動停止。碇司令は零号機に『ロンギヌスの槍』の使用を命じる。

 しかしセカンドチルドレンは自力で弐号機を再起動。強力なATフィールドを展開し、使徒の可視光エネルギー波を完全に遮断。同時にATフィールドを用いて、衛星軌道上の使徒を殲滅した。

 なおセカンドチルドレンに精神汚染の心配が無い事は確認されている。

 

「何だか、この使徒は違う感じだったね」

「そうなのよ。出てきて動こうともしないし、本当にリリスを狙ってたのかしら」

「……使徒博士はどう思う?」

「妙な肩書きは止めて貰いたいね。……まあ僕の推測だけど、使徒は人類という存在に気づいたんだと思う。そして自分達以外の生命体に興味を持ち、理解しようとアプローチしたのかも知れない」

 以前の使徒は、自分の邪魔をするものを排除するだけで、エヴァも含めた人類に直接危害を加えては居ない。積極的に人類にアプローチをしたのは、レリエルとアラエルの二体。

 この二体に共通する特徴は、リリスへの接触しようとする行動を見せなかった事だ。なのでカヲルの言うとおり、目的が人類の理解であった可能性も否定出来ないだろう。

 

 

 

~葛城報告書・第十六使徒~

 

 第十六使徒、個体名『アルミサエル』襲来。

 強羅絶対防衛戦を突破した目標は、大涌谷上空にて定点回転を継続し、以後移動の気配は無し。

 凍結解除された初号機を加え、エヴァ四機による迎撃戦を展開。

 マステマのN2ミサイルにより大打撃を与えたが、残った身体の一部を用いてエヴァへの侵食を試みる。

 参号機の右腕に侵食を許したが、進行前に切断することで使徒の行動を封殺。

 零号機と弐号機により、右腕ごと殲滅に成功した。

 エヴァ零号機、初号機、弐号機の損壊は軽微。参号機は右腕損失するも、フォースチルドレンは無傷。

 

「これも……」

「アラエルが精神的、アルミサエルが物理的なアプローチをしたと、推測出来るかな」

「使徒は私達を知ろうとしていた……なのに私達は……」

「異なる生命体は滅ぼし合うようにプログラムされていた筈。気に病む必要は無いよ」

 落ち込むシイに、カヲルは優しく言葉をかける。気持ちは理解出来るが、この状況では既に相互理解を望む段階を過ぎていたのだから。

 

 

 

~葛城報告書・第十七使徒~

 

 人類補完委員会より、フィフスチルドレン『渚カヲル』が派遣された。

 搭乗出来るエヴァが無い為、予備パイロットとしてネルフ本部に着任となる。

 後日、本人の証言により第十七使徒、個体名『タブリス』と判明。

 意思疎通が可能な目標と、ネルフ本部職員による話し合いがもたれ、本人は人類との共存を望んだ。

 以後渚カヲルは、タブリスではなくフィフスチルドレンとして認識される。

 

「ふふ、やっと僕の出番だね」

「ミサトも相当頭を悩ませたんでしょうね。明らかに他の使徒に比べて報告し辛そうだもの」

「使徒と分類して良いのかも、難しいですから」

 待ってましたと言うカヲルに、リツコとマヤは微妙な表情で呟く。戦闘にすらならず、話し合いで仲間になりましたでは、素直に報告するのは憚られたのだろう。

「まあ渚は使徒っちゅうより、やっぱ渚の方がおうとるわ」

「ありがとうトウジ君」

 今この場に、カヲルをタブリスとして認識している者は居ないだろう。直接戦闘を行わなかった事もあり、彼らの中ではシイを狙う変態……一人の男の子としてカヲルを見ていた。

 

 この後、軽い意見交換を行い、葛城報告書は完全な形で公表される事となった。

 




長らくのブランク、大変失礼致しました。

『アダムとリリス編』の流れで、少しシリアスな『リリンと使徒編』が始まりました。
別名使徒救済編……そのままですね。
あまり長くならないように、4~5話で纏める予定です。



五月は出張や研修が多く、予定通りの投稿が出来ないとお伝えして居ましたが……作者の予想を遙かに超えておりました。
ただ執筆は続けておりますので、その点だけはご安心下さい。

次回もお付き合い頂ければ幸いです。

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