エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

200 / 221
後日談《ある日の出来事》

 

~ささやかな願望~

 

 京都大学への入学を目指すシイは、学校だけでなく自宅でも勉強に励んでいた。元々真面目な彼女にとって自習は苦にならず、寧ろ楽しんでいる位だ。

「うん、今日の分はこれで終わり。ん~もうちょっとやろうかな。でもヴァイオリンも……」

 パイロットの時とは比較にならない程、自由に使える時間が増えた事は、やりたい事が沢山あるシイにとって、嬉しい悩みだった。

 時計と睨めっこをしていた時、不意に部屋のドアがノックされる。

「……シイさん。リンゴを剥いたけど、入っても良い?」

「うん。丁度一息入れようと思ってたから」

 シイの答えを聞いてからレイは部屋に入ると、手にした皿を小さなテーブルに皿を置く。そこに乗せられた見事なウサギ型のリンゴに、シイは思わず感嘆の声を漏らす。

「凄い。これレイさんが?」

「……ええ」

「いつの間にこんなに包丁が上手くなったの? ひょっとしたら私よりもお料理出来るんじゃ……」

「……包丁は使ってないわ」

「?? ならどうやって剥いたの?」

 不思議そうに首を傾げるシイ。その問いかけに答えず、レイは一度部屋から出ると、剥いていないリンゴを持って戻ってきた。

「……まず、右手にリンゴを持つわ」

「う、うん」

「……後はこうして」

 レイが呟いた瞬間、不可視の刃がリンゴを八等分に切り分けた。それもご丁寧にうさぎさんカットで。

「えぇ!? い、今どうやったの?」

「……ATフィールドを圧縮して、刃にしたわ」

「はぁ~凄いんだね、ATフィールドって」

 感心したように頷くシイだったが、不意に何かに気づいたのか目を輝かせる。

「……どうしたの?」

「あのね、ATフィールドはみんなが持ってる心の壁なんだよね?」

「……そうとも言えるわ」

 解釈には色々あるだろうが、カヲルの言っていた心の壁は最も理解しやすい形かもしれない。自らの存在をリビドーによって支える、心の壁。他者の侵入を拒絶する、不可侵の領域なのだから。

 

「なら、私もレイさんみたいに出来るのかな?」

「……え?」

「だって私はレイさんのお姉さんだし、カヲル君の妹でもあるから」

 否定するのは簡単だ。群体生命と単体生命の違いを説明すれば良いのだから。しかし期待に満ちた眼差しを向けるシイを前に、無理だと切り捨てる事が出来るはずもなく。

「……そ、そうね。試してみたら?」

「うん! えっと……ん~ATフィールド全開!!」

 ばっと右手を差し出すシイだが、当然何も起こるはずも無く、微妙な沈黙だけが流れた。プルプルとシイの手が悲しげに震えるのを見て、レイはとある事を思いついた。

「……もう一度やってみましょう。今度は手を上に上げたらどう?」

「上に?」

 それで何が変わるのかは分からないが、それでもシイは言われた通りに両手を上に掲げる。そして精神統一の為に深呼吸をしてから、意を決して叫ぶ。

「ATフィールド全開!」

「……えい」

 その瞬間、シイの頭上に光の壁が出現した。オレンジ色の輝きを放つそれは、まごう事なきATフィールド。シイは目の前の光景が信じられず、惚けたようにそれを見つめていたが、やがて満面の笑顔に変わる。

「嘘……出来た。レイさん、私にも出来た!」

「……ええ、良かったわね」

「うん。今でも信じられないよ。だってまるで勝手に……」

 喜ぶ自分に慈しむ様な視線を向けるレイに、シイはある違和感を抱く。そして少し考えた末に、今起こった事の真相を理解した。

「……ありがとうレイさん」

「え?」

 照れたように微笑みながら抱きついてきたシイに、レイは一瞬驚いたが、直ぐに察した。今のATフィールドが自分の物だと、シイは気づいたのだと。

「レイさんは優しいね……嬉しかったよ」

「……シイさんは他者に対する心の壁が、弱いのかもしれない。けどそれは素敵な事」

「そうなのかな……」

「……どうしてATフィールドを使いたかったの?」

「もし使えたら、守られるだけじゃなくて、私もみんなを守れるのかなって」

「……もう十分よ。私はシイさんに心を守って貰っているもの」

 結局ATフィールドは出せなかったが、シイには周囲の人を笑顔にする、シイフィールドとも呼ぶべき物がある。それを確認し合った二人は、穏やかな時間を過ごすのだった。

 

 

 

~ゲンドウパパの初仕事~

 

 忙しい業務の間をぬって、ゲンドウは単身京都の碇本家を訪れていた。

「お久しぶりです、お義父さん、お義母さん」

「ふん。正月以来やっと来たかと思えば、お前だけか」

「あらあら、ゲンドウさんが来ると聞いて、あれだけ喜んでいたのに」

「メイ! 余計な事は言わなくて良い」

 応接間でイサオとメイと対面を果たしたゲンドウは、変わらぬ二人の姿に安心してしまう。数回しか訪れていないこの家が妙に落ち着くのは、この二人が本心から自分を受け入れてくれているからだと。

「それで、お前がわざわざ来たのだ。それなりの用件があるのだな?」

「……はい。お二人に報告すべき事があります」

 鋭い観光を向けるイサオに、ゲンドウは『女神からの福音騒動』について全てを語った。長い話になったが、イサオとメイは黙ってそれを聞き続ける。

 やがてゲンドウが語り終えると、イサオは腕組みをしながら小さく頷いた。

「成る程な。先の一件、そう言った事情だったか」

「全てに福音を……シイらしいわ」

「発端となったのは、私の浅はかな判断です。弁解のしようもありません」

 頭を下げるゲンドウに、イサオは片手を挙げてそれを制する。

「ふん、世界を巻き込む巨大な流れは、お前ごときがどうこう出来る物では無い。いずれは起こっていた事柄が、幾分早まっただけだ」

「……そう言って頂けると助かります」

「それにしても……シイスターズと言ったか」

「はい。ユイと相談して、私達の娘にする事にしました」

「うふふ、新しく二十人も孫が出来るなんてね」

「事後報告は気に食わんが、まあ良いだろう」

 生まれの事は気にしないと以前レイに告げたように、イサオにとって大事なのは、家族を愛しているかどうかだった。まだ直接会っていないが、ゲンドウの話を聞く限りそれは保証済みの様だ。

 ならば反対する理由は無いとイサオは、ゲンドウの判断に賛成の意を示した。

 

「時にゲンドウ。これだけ大所帯だと、住む家にも難儀するだろう」

「はい。現在ユイと共に新居を探していますが……苦戦しております」

「あらあら、それならみんな揃って家に来たらどうかしら?」

 この屋敷ならば、それこそシイスターズの一組や二組、余裕で住めるだろう。何処まで本気か分からないメイの提案に、ゲンドウが答えに窮していると、イサオが呆れ顔で割って入る。

「あまりからかうな。……まあいずれはお前に譲るつもりだが、今は仕事に支障が出るだろう」

「きょ、恐縮です」

「そこで、だ。お前達にちょっとした手助けをしてやろうと思う」

 イサオが指を鳴らすと、相変わらず神出鬼没の使用人が応接間に姿を見せる。そして手に持ったアタッシュケースを、そっと机に置いた。

「これは?」

「ゲンドウ。探して見つからなければ、作れば良い」

「……!?」

 イサオが開けたアタッシュケースには、まばゆい光を放つ金塊が敷き詰められていた。それがどれだけの価値を持つのかは、ゲンドウの頬を流れる汗が物語る。

「わしが持っていても使い道は無いが、お前達の家を作るには十分だろう」

「し、しかし……これ程の物を受け取るわけには……」

「あのね、ゲンドウさん。失礼とは思ったけど、貴方達の資産調査をしていたの」

「お前とユイならば、娘が二十二人になろうとも養う事は可能だろう。だがそれだけの人数が住む家を建てるとなると、厳しいのでは無いか?」

 イサオの言葉にゲンドウは反論できない。国際機関の上級職員であるゲンドウとユイは、相当の給与を貰っているが、それでも大勢が住まう新築物件を建てるとなると、かなりの痛手だからだ。

「子を甘やかすのでは無く、本当に困った時に手を差し伸べるのが親だと、わしは思っている」

「それにゲンドウさんには責任があると思うわ」

「責任ですか?」

「将来ゼーゲンのトップに立つシイ。リリスの魂を宿しているレイ。そしてゼーゲンの技術の結晶であるシイスターズ。わしの孫に手を出そうとする不埒な輩は多いだろう。それらから可愛い孫を守る為に、最高のセキュリティーを誇る家を用意する責任がお前にはある」

 イサオの言う事は事実であり、碇家には重要人物が集まり過ぎていた。レイとシイスターズを捉えて、未知の技術を得ようと考える人間も居るだろうし、シイに万が一があれば人類の未来は暗い物となる。

「家族を守る為なら、あらゆる手段を用いるべきだ。違うか、ゲンドウ?」

「……仰る通りです」

「決まりだな」

 ゲンドウは姿勢を正すと深く頭を下げ、イサオの好意を素直に受け取る事にした。

 

「これは家の者に、お前の家へ届けさせよう。ところで、お前の用件はこれで終わりか?」

「はい。お忙しい所をお邪魔しました。これにて退散しようと思います」

「……メイ。飯と風呂の用意を。酒も忘れるなよ」

「畏まりました」

 ゲンドウの言葉をスルーするイサオに、メイも心得ていると頷く。わざわざやって来た息子をそのまま帰す程、イサオは冷たくない。

「付き合え、ゲンドウ」

「……お世話になります、お義父さん、お義母さん」

 かくして京都碇本家で一晩を過ごす事になったゲンドウは、シイ達の近況報告などを肴に、愛すべき両親との安らかな時間を過ごすのだった。

 

 

 

~不屈の闘志~

 

 惣流・アスカ・ラングレー。『女神からの福音』騒動で両腕と右足首の複雑骨折という、大きなダメージを受けた彼女だったが、その視線は常に未来へと向いていた。

「はぁ~。流石に今日のはしんどかったわね」

「うふふ、お疲れ様、アスカちゃん」

 リハビリ室から病室までの廊下を、キョウコに車椅子を押して貰いながら、アスカは大きなため息をつく。

 彼女は先日、クローニングを応用した難易度の高い手術に挑み、周囲の不安を一蹴するかの様に見事それを乗り越えて見せた。その結果、骨折は早期の完治が見込まれていたが、手指に軽度の麻痺が残ってしまい、現在は元通りの動作をさせるためのハードなリハビリに取り組んでいた。

「でも、少しずつ戻ってきてるのが分かるわ。このまま行けば……」

「アスカちゃん完全復活ね」

「まあね。でもとりあえずは車椅子から卒業しなくちゃ」

 左足は無事だが、手の麻痺がある為に松葉杖は利用出来ない。短い距離の移動でも、こうして誰かの助けを必要とする現状に、アスカは内心歯がゆい思いをしていた。

「あらあら、アスカちゃんはママと一緒に居るのが嫌なの?」

「べ、別にそんなんじゃ無いけど……私のせいでママの時間を奪っちゃうのは嫌だし」

「ん~も~アスカちゃんったら本当に可愛いんだから~」

 照れたようにそっぽ向きながら呟く娘を、キョウコは花が咲くような笑顔で抱きしめるのだった。

 

「ん、あれって……」

「あら~、冬月先生ね」

 二人は休憩スペースでくつろぐ冬月の姿を見つけ、挨拶しようと近づいた。その気配を察したのか、冬月はそっと視線を向け、優しい笑顔を浮かべる。

「おや、アスカ君とキョウコ君か。奇遇だね」

「こんにちは」

「お久しぶりです~」

「……午前中に会議で一緒だったが……まあ良いか」

 相変わらずのキョウコに冬月は苦笑を漏らす。

「副司令は誰かのお見舞いですか?」

「いや、先日痛めた腰の経過観察だよ。もういい歳だからね」

「シイちゃんを抱え上げたんですよね~」

「……ママ」

 察してあげて、とアスカは何とも言えぬ視線でキョウコを見つめた。流石に女の子を抱え上げて、腰を痛めたと言うのは、男のプライドに関わるだろう。

 だが冬月は気にするなと軽く手を振る。

「まあ事実だからね。とは言えいい歳なのも確かだよ。昔はあれ位何とも無かったのだが」

「でも冬月先生は、あの時からずっと変わりなく見えますよ」

「……ねえ、ママって副司令と知り合いだったの?」

「私が大学の教授だった時に交流があったんだよ。論文を読ませて貰ってね、一目で天才だと分かった。ただユイ君ともナオコ君とも違うタイプだったが」

 セカンドインパクト以前に、冬月は京都大学と交流のあったドイツの大学から、優秀な学生が居ると聞いて興味を持ち、論文を読んでから単身ドイツを訪れ、キョウコと個人的な交流を持つに至った。

 ナオコやユイと言った秀才タイプの天才とは一線を画す、純粋な天才の彼女との交流は、冬月の価値観に大きな影響を与える事になる。

「あの頃は私もぴちぴちだったわ~。まだパパとも出会う前で…………」

「ママ……」

「うふふ、ちょっとお手洗いに行ってくるわね」

 笑顔で二人から離れていくキョウコだが、その胸中にどんな思いが渦巻いていたのかは、アスカと冬月には痛いほど分かった。

 

「すまない。無神経な発言だったね」

「いえ、副司令は何も悪く無いわ。悪いのは全部……あの男なんだから」

 親の敵を憎むように実の親を憎むアスカを、冬月は悲しげに見つめる。

 アスカの父親は、キョウコが自己で精神を病んで直ぐに、別の女性と再婚した。それを受け入れられずにアスカは家を飛び出し、ネルフで幼少期から過ごしてきた。

 今では完全に縁は切れているのだが、それでもアスカの心に大きな傷として残っている。

(無理も無いが、子が親を憎むと言うのはやり切れない物があるな)

 復縁することは不可能に近く、それはアスカも望んでいないだろう。ならばせめて、新たな幸せを見つけて欲しいと、冬月は祈らずにはいられなかった。

 

「……あ、そう言えば、聞いてみたいことがあったんだけど」

「ふむ、何かね?」

 突然なアスカの言葉が、嫌な空気を変えるためだと察した冬月は、否定すること無く続きを促す。

「どうしてミサトを作戦部長にしたの?」

「おやおや、これは予想外の質問だ」

「悪く言いたくは無いけど、正直ミサトには向いて無かったと思うのよ」

「そうかね? 彼女の功績は素晴らしい物があるよ」

「それは結果論だわ。割と無謀な作戦も……作戦と言えない様な物もあったし」

「……アスカ君。人にはそれぞれ求められる役割があると、私は思っている」

 冬月は一度立ち上がり、自販機でジュースを買ってから再び席に戻る。パックにストローを刺してからアスカに手渡すと、静かに話を続けた。

「ネルフには当然入職試験がある。それは全部署共通の基礎学力以外に、各部署で異なる専門的なものもあってね、作戦部はあらゆる状況を想定しての作戦立案がそれに当たる」

「……ミサトはそれの成績がよかったの?」

「逆だよ。受験者には五十通りの戦況を提示したが、彼女はその内八個に対して素晴らしい作戦を立案しただけだ。正解数ならば下から数えた方が早い」

「なら何で採用したのよ。それも作戦部長なんて」

 意味が分からないと眉をひそめるアスカに、冬月はお茶を啜ってから答える。

「彼女が正解した八つの戦況は、他の受験者達が全員ろくな作戦も立てられない様な、絶望的な物だった。だがミサト君は我々が想定していた答えよりも、遙かに高い勝算を期待出来る作戦を提示したよ」

「…………」

「使徒との戦いが厳しい物になるのは分かっていた。私達が求めていたのは、そんな絶望的な状況でも諦める事無く、不屈の闘志を持って希望を見いだせる才能の持ち主だ」

「だからミサトを選んだ」

「それだけでは無いがね。作戦部は優秀な人材が沢山居るが、自分の作戦が人類の未来を握っているとなると、どうしても尻込みしてしまう」

 ネルフの作戦失敗は人類の滅亡を意味する。そう思えば自分の作戦を押し通すには、相応の覚悟が必要なのだが……それが出来る人材は限られる。

「彼女は信念があった。それは使徒への復讐というネガティブなものかも知れないが、責任に押しつぶされない強い意志を持っている彼女こそ、作戦部長に相応しいと思ったのだよ」

 実の所、ミサトが単独で作戦を決定した事は多くない。大体が部内で提案された作戦を、彼女が自分の責任で承認するという形を取っていた。

 作戦部長に求められる資質は、作戦立案能力以上に強靱な精神力なのかも知れない。

 

「ところで、何故ミサト君の事が気になったのかね?」

「あの一件があってから色々考えたのよ。エヴァに乗れないあたしに価値があるのかって」

 彼女を特別な存在にしていた弐号機を失い、アスカは普通の少女になった。飛び級するほどの頭脳を持っているが、それでも以前の様な希少価値は無いと、自分で認めている。

「シイはアレだけど、組織のトップに相応しい求心力を持ってるわ。レイもあのナルシストも、シイを補佐するに十分な戦闘力と頭脳を備えてる。でもあたしは……ママの様な天才じゃ無い」

「確かに、科学者としてキョウコ君に並ぶのは難しいかもしれないね」

 キョウコにユイ、ナオコやリツコと言った面々は、常識外れの天才と呼べる存在だ。アスカも優秀ではあるが、それは常識の枠に収まってしまう。

 ゼーゲンの科学者として活躍する事は可能だろう。だがそれがアスカである必要は無く、彼女にしか出来ない事では無かった。

(……成る程。だからミサト君の話を聞いたのか)

 自らの価値に疑問を抱くアスカにとって、ミサトの話からヒントを得ようとしていたのだろう。

 

 

「……エヴァンゲリオンチームのリーダーとして、強いリーダーシップと統率力を発揮し、他のチルドレン達をまとめ上げ、一人の犠牲も出さずに戦い抜いた。熱い心と冷静な思考を併せ持ち、合理的な判断をしつつも人の心をないがしろにしない。それが私の君への評価だよ」

「買いかぶりすぎよ」

「なら君は自分を過小評価し過ぎているな。一番身近で共に戦い抜いたシイ君とレイは、君に強い信頼を寄せている。それが何よりも答えだと思うがね」

 補完計画等を度外視した場合、冬月がチルドレンで最も評価していたのはアスカだった。戦力としてもリーダーとしても、チルドレンの要であり続けたのだから。

「だから何よ。もうエヴァは無いんだし……」

「私は君にリーダーとしての資質を認めている。それはエヴァは無くても変わらない」

「は?」

「それこそ……ゼーゲンの支部長になれると思うほどには」

 アスカは目を見開いて冬月を見つめる。だが冬月の表情は真剣そのもので、決して冗談やお世辞を言っている様には見えなかった。

「驚く事はあるまい。優秀な頭脳と判断能力、強い統率力と弱い面を見せない精神力。その全てが人の上に立つに相応しい能力だ」

「…………」

「まあ老人の戯言と聞き流して貰って構わないが、これだけは覚えておいてくれ。人の価値というのは、一つの方向から見ては図れない。あらゆる方向からその人を知ってこそ、真価が分かるとね」

 冬月の言葉にアスカは答えない。だがその目には先程とは違う輝きが宿っていた。

 

「うふふ、お話は終わった?」

「ま、ママ!? 何時からそこに……」

 不意に背後から聞こえてきたキョウコの声に、アスカは思い切り狼狽する。

「ゼーゲンの支部長さんか~。なら将来はママの上司になるのね」

「ぐっ。がっつり聞いてたのね……」

「未来を選択できるのは若者の特権だ。贅沢に悩み苦しみ、羨ましいほど光溢れる未来を選ぶと良い」

 冬月の助言は何処までも優しく暖かい他人事であった。その気配りに感謝しつつ、アスカはキョウコに車椅子を押して貰い、短くも有意義な一時は幕を閉じる。

 

 人類の未来の為に、自分の能力をフルに発揮出来る使命が……あの弱く優しい少女の力になれる道が、アスカにはようやく見えてきたのだった。

 

 

 




短編集チックな話をイメージしてみました。

シイとレイのエピソードは、以前お蔵入りしていた物です。これからもこうした話を、ちょいちょい挟んでいこうと思っています。

ゲンドウのエピソードは、流石に扶養家族が多すぎると思ったので、名家と評判の碇本家に少し出張って貰いました。
シイスターズを家族として迎える為の、第一歩ですね。

アスカのエピソードは、大幅に改変予定の最終話への布石です。
それと……作者が思っているミサト像を出してみました。反論は沢山あると思いますが、冬月の言うとおり見方を変えれば、違った印象なのかなと。


ご報告を一つ。
日常編に入る前に『使徒救済編』をやろうと思います。
少し設定などが難しいエピソードなので、時間を掛けて話を練り込みます。
一度投稿を止めて……そうですね、大体一回分飛ばさせて頂こうと考えています。以前のアダムとリリス編の様に、長期間のブランクはありません。
連休明けくらいには、投稿を再開する予定で執筆を行っています。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。