エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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1話 その2《特務機関ネルフ》

 

 灼熱地獄。正にそんな言葉が相応しい光景だった。先程まで怪物が居た場所には巨大なクレーターが形成され、爆煙と共に凄まじい熱が充満している。

「ふははは、勝った」

「N2地雷にはあの化け物も耐えられなかったな」

 爆発の余波の影響で映像が途絶えたスクリーンを見て、軍服の男性達は勝利を確信する。

「残念ながら、君達の出番は無かったようだよ」

 軍服の一人が、離れて見ていた男性二人に向けて、嫌みの籠もった台詞を突きつける。

 だが、

「映像回復します」

 オペレーターの報告と共に、再び映像が映し出された巨大スクリーンを見て、彼らは絶句する。

 真っ赤に燃えるクレーターの中心に、緑の怪物は立っていた。多少のダメージはあったのだろう。しかし、致命的にはほど遠く、払った犠牲には到底釣り合わぬ結果だった。

「化け物め……」

「街を一つ犠牲にしたんだぞ!」

 忌々しげに拳を机に叩き付ける軍服の男性。犠牲を覚悟してまで投じた切り札が、怪物に通用しない。

 もはや彼らに打つ手は無かった。 

「……はい、分かりました」

 軍服の一人が受話器を置くと、離れてみている二人の男性へと向き直る。

「現時刻を持って、本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを拝見させて貰おう」

「了解です」

 サングラスを掛けた壮年の男性がスッと立ち上がる。

「碇君。我々の兵器が奴に通用しないのは認めよう。だが、君達なら勝てるのかね?」

「ご安心下さい」

 男性はサングラスを軽くかけ直し、

「その為のネルフです」

 自信に満ちた声で答えた。

 

 

「うぅ~死ぬかと思いました」

 走る車の助手席で、シイは涙目になりながら頭をさする。

 先程の爆発による衝撃波は、爆心地から離れた場所に居たシイ達を車ごと吹き飛ばした。何度も回転を繰り返した車はスクラップ寸前、上下逆さまの状態でようやく静止した。

 それを車内から這い出した二人が必死に押し戻して、どうにか走行出来る状態にまでこぎ着けたのだ。

「良かったじゃない生きてるんだし。それに、文句は国連軍に言うべきだわ」

「国連軍?」

「そっ。さっきの爆発だって、無駄なのにあいつ等がぶっ放したのが原因よ」

 女性は不満そうに口を尖らせて答えるが、それは当然だろう。何せ命を脅かされたのだから。

「ったく……このルノー、後どれくらいローンが残ってると思ってんのよ」

 前言撤回。どうやら愛車をボロボロにされた事の方が、彼女にとって重大だったようだ。

「この服だっておろしたてなのに」

 吹き飛ばされたことに加え、逆さまの車を戻すために、女性の黒い服はすっかり埃まみれになっていた。

 テンションだだ下がりの女性に、シイは恐る恐る話しかける。

「あの……葛城さん」

「ミサト、で良いわよん。それで何かしら、シイちゃん」

「その~ご愁傷様です」

 がくっと女性がずっこけ、車が大きく左右にぶれる。

「ず、随分毒舌なのね……」

「ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて」

「良いのよ、気にしてないから」

 硬い笑いを返す女性……葛城ミサト。

 どうやら予期せぬ攻撃に軽いダメージを受けたようだ。

「本当にすいません。私を迎えに来なければ、こんな目にあわなかったのに」

「それはシイちゃんのせいじゃないわよ」

「怪我とか……してませんか?」

 心配そうに、上目遣いでミサトを見つめるシイ。その仕草に思わずミサトはドキッとする。

 

(こりゃ~反則ね。男なら確実に墜ちてるとこだわ)

 報告によると、この碇シイと言う少女は十四才。だが隣に座る彼女は年よりも大分幼く見え、可憐な容姿と相まって、守ってあげたいと言う印象を受けた。

(ほんと、どうしてあの無愛想な髭親父からこんな可愛い子が産まれたんだか)

 脳裏に浮かぶのは上司の顔。常に不機嫌そうな顔をした、あご髭親父。

(にしても、この子も無防備ね。私が男なら…………ああ、だから私なのか)

 ふと納得する。本来ならミサトは、人を迎えに行く様な立場ではない。だが今回は特別命令という形でこの仕事が与えられた。疑問に抱いていたが、その謎が解けていく。

 つまりは、こういう仕事を任せられる女が自分以外に居なかったのだろう。

 

「あの、ミサトさん。大丈夫ですか?」

「え、ええ。ごめんね、ちょっち考え事を」

「怪我は……」

「平気平気。っと、それよりもシイちゃん。貴方怪我して無い?」

 急にシリアスな表情に変わり、ミサトはシイに尋ねる。

 そんな気合いを入れて聞くことかと僅かに疑問に思うが、微笑みながら左肘の辺りを見せるシイ。

「私も平気です。ちょっと手を擦り剥いた位ですから」

 透き通るような白い肌には、小さな擦り傷と僅かな出血が見られた。

「ミサトさんが守ってくれたお陰です。ありがとうございました」

 お礼を述べるシイに、しかしミサトは答えない。

(やばいやばいやばいわ。傷を……傷つけちゃったわ)

 冷や汗が大量に流れ出る。

(減給……降格……ううん、下手すれば……)

 想像しただけで背筋がゾッとする。

 ミサトに与えられた命令は、

『碇シイを本部まで連れてくること。万に一つも、傷つけてはならない』

 と言うもの。

 前者は達成できそうだが、後者は完全にアウトだ。

 再びミサトの顔が青ざめていく。

 

「ミサトさん、ミサトさん」

「はっ。な、何かしらシイちゃん」

「いえ、何だか顔色が悪いので、ひょっとしたら怪我を隠してるのかと思って」

「……それだわ」

 ピンポーンとミサトの頭に豆電球が輝く。

「シイちゃん、向こうに着いたら直ぐに怪我の治療をしましょう」

「え、別にこれくらいなら……」

「駄目よ! 女の子なんだから、身体は大切にしなきゃ!」

「は、はい」

 鬼気迫るミサトの迫力に、シイは思わず頷く。

「よっしゃ~それじゃあ急ぐわよ~」

 ボロボロの車からの悲鳴は無視して、ミサトは更に車を加速させる。

(こんなに心配してくれるなんて。ミサトさんっていい人だな)

(バレる前に治すしかないわ)

 それぞれの想いを乗せ、車は道路を駆け抜けていった。

 

 

「国連軍はお手上げか。それで、どうするのだ碇?」

 白髪の男性が尋ねる。隙のない制服の着こなしと、落ち着いた物腰が理知的な印象を与える。老齢の様にも見えるが、凜とした立ち振る舞いは老いを感じさせない。

「……初号機を使う」

 答えるのは壮年の男性。短い黒髪と豊かな顎髭。そして茶色のサングラスが男の威厳を一層強めている。

「だが、パイロットが居ないぞ。レイはまだ動かせまい」

「問題ない。もうすぐ葛城一尉が予……シイを連れてくる」

 一瞬言いよどんだ男に、白髪の男性は呆れたようにため息をつく。

「乗せられるのか?」

「問題ない。例え訓練無しでも、実戦可能なレベルまでシンクロする筈だ」

「いや、そっちじゃなく、お前がシイ君を乗せられるのか?」

「も、問題ない…………と思う」

 途端に男の威厳が何処かに旅立った。

「写真を拝見したよ。随分と似てきたな」

「…………」

「碇、分かっていると思うが、計画の為には」

「くどいぞ冬月。私は問題ないと言った」

「……期待しないで置くよ」

 ため息をつくと、冬月と呼ばれた男性は席を外す。残された男は、机に肘をつき手を口元で結ぶ姿勢で動かない。だが、よく見ればその頬に汗が流れているのが分かる。

(逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ…………)

 沈着冷静に見えるポーズとは裏腹に、内心は大変乱れているのだった。

 

 

 ミサトの車は、ようやく目的地へとたどり着いた。巨大なエレベーターで、車ごと地下へと降りていく。

「あのミサトさん、ここは一体……」

「特務機関ネルフ。その本部よ」

「ねるふ?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げるシイに、ミサトは鞄から一冊のパンフレットを取りだして渡す。

『ようこそネルフ江』

 何とも気が抜けるタイトルだが、表紙の右上には極秘の文字が刻まれている。

「これ、見ても良いんですか?」

「勿論よ。パンフレットは見てなんぼだし」

「でも極秘って……」

「良いの良いの。気分出すために付けただけだし」

 笑いながら手を振るミサトに、シイは不安を抱きながらもパンフを捲る。簡単な紹介が書かれているだけのパンフだが、最低限の予備知識は得られた。

 

「そう言えば、シイちゃんはお父さんの仕事を知ってるの?」

「……人類を守る立派な仕事、と聞いています」

 父という言葉が出た瞬間、先程までの笑顔は消えてシイの顔が強張る。

「人類を守る最後の砦。それがこのネルフ。貴方のお父さんはここの司令なのよ」

「そう……ですか」

「シイちゃんはお父さんの事が嫌い?」

「……分かりません」

 シイの偽らぬ本心だった。何せ彼女は父親のことを殆ど知らないのだから。

「私がお父さんと最後に会ったのは、まだ本当に小さい頃が最後だったので」

 脳裏に浮かぶのは、自分を捨てて去っていく父親の後ろ姿。自分がどれだけ泣いても、声を張り上げても、父親は振り返る事すらしなかった。

 苦い思い出に、シイの表情が曇っていく。

「ごめんね。嫌な事を思い出させちゃったみたいで」

「気にしないで下さい。それよりミサトさん、これからお父さんと会えるんですよね?」

「そうよ。不安?」

「分かりません。ただ、色々話をしたいんです。その為にここに来ましたから」

 決意を決めたシイに、

(こりゃ……ちょっち可哀想な事になるかもね)

 ミサトは寂しげな顔を向けるしか出来なかった。

 




牛歩並のスローペースですが、少しずつ物語を進行させて行きます。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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