エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

199 / 221
後日談《姉と家族と天敵と(後編)》

 

 

~大切なもの~

 

 シイに呼ばれて司令室へ戻ったゲンドウとユイに、シイスターズは深々と頭を下げて謝罪した。そして自分達を家族として受け入れて欲しいと二人に頼み込む。

 そんな彼女達に、ゲンドウ達は幾つかの条件を出す。と言っても意地悪な物では無く、シイスターズを特別扱いしない事と、シイとレイに普通の姉妹として接する等、常識的なルールだった。

「これらを受け入れられるのであれば、私達は新たな家族を喜んで迎え入れよう」

「どうかしら?」

 断る理由などあるはずも無く、シイスターズは揃って頷いた。

「はぁ~良かった。お父さんとお母さんが怒ってなくて」

「ふっ、覚えておけシイ。親の愛情は海よりも深いと。あの程度で怒っていては、親は務まらない」

「それにこの子達はキチンと謝れたもの。怒る理由が無いわ」

 優しく微笑むゲンドウとユイに、シイは圧倒的な包容力を感じた。そして自分が二人の娘である事を、改めて誇らしく思うのだった。

 

「……すいません。疑問があります」

「ん、何だ?」

「……お姉様達はお二人を、お父さん・お母さん、司令・ユイさんとお呼びしてますが、私達はどの様に呼称すれば良いのでしょうか」

「あら、そう言えばそうね。貴方達の好きな呼び方で良いのだけど……」

「……パパとママで良い」

 ボソッと呟いたゲンドウに、この場に居る全員の視線が集まる。しかしゲンドウは気にした様子も無く、咳払いをしてから更に言葉を紡ぐ。

「お前達はリリスをお母様と呼んでいたな。だとしたら、ユイをお母さんと呼ぶのに抵抗があるかもしれん。だが家族である以上、堅苦しい呼び方は避けたい。妥協案だと思え」

「そんな事言っちゃって、ホントは呼んで欲しいだけだったりして~。ね、パ~パ♪」

「あんまり親をからかうものじゃ無いわ」

「は~い、ごめんなさい。でもパパとママか~。うん、何か良い感じかも」

「貴方達はどうかしら?」

「……問題ありません」

「……以後、パパとママとお呼びします」

「ええ。……その言葉遣いは今後の課題ね」

 何はともあれ、家族としての第一歩を踏み出せたことに、ユイは安堵していた。だから隣に立つゲンドウが、とてつもない程上機嫌だった事に、気づく事は無かった。

(……ふっ。良い。全てはこれで良い)

 サングラスを軽く直しながら、ゲンドウは緩む頬を必死に隠し続けるのだった。

 

 

~名前~

 

「それではあなた。この子達をみんなに紹介しに行きますか?」

「いや、その前にやっておく事がある」

「……名前、ですね」

 レイの言葉にゲンドウは頷いて見せる。少女達は認識番号こそつけられているが、まだそれぞれの名前を持っていない。だからか、シスターズの面々は何処か嬉しそうにゲンドウの言葉を聞き入る。

「そうだ。名は単に個体を区別するだけの記号では無い。全ての存在は名前を与えられる事で、初めて存在を示す事が出来る。命名という行為はそれ程大切なのだ……特にこの子らの場合はな」

「ええ、そうですわね」

 家族になる手続きこそ済んでいるが、彼女達の名前は仮のもの。これから家族として暮らしていく少女達に、キチンと名前をつけてあげるのは、大切な儀式でもあった。

「……そこで、だ。こんな事もあろうかと、密かに私が皆の名前を――」

「私、お姉様に名前を決めて欲しい~」

「「……私も」」

「「え゛?」」

 まさかの展開に、ゲンドウとシイの言葉が綺麗にハモった。ゲンドウは胸ポケットからメモを取り出そうとした姿勢で硬直し、シイも戸惑いから動きを止めてしまう。

「ねえねえ、良いでしょ?」

「そうね……大体は親が決めるのだけど、貴方達が望むならそれも良いと思うわ」

「やったね。じゃあお姉様、可愛い名前をお願いしま~す」

「「……お願いします」」

「う、うん。頑張ってみるね」

 期待の眼差しを浴びながら、シイは目を閉じて真剣に名前を考え出した。

 

 一人立ち尽くしていたゲンドウに、そっとレイが近づく。

「……司令」

「レイ?」

「……私は司令がつけてくれた、レイと言う名前が好きです」

「そ、そうか」

 シイはゲンドウとユイの共同命名だったが、レイはゲンドウ独自のネーミング。それを本人に好きだと言われれば、悪い気がする筈も無い。

 さっきまでの気落ちした様子も何処へやら、ゲンドウは自信満々の表情でサングラスを直す。

「すまない、レイ。余計な気を遣わせてしまったな」

「……いえ。本心ですから」

「あの子達はシイの行動の成果だ。ならばシイが決めるのが相応しい、か」

「……はい。なので司令が考えたその名前は、この先産まれてくる子供にとっておいて下さい」

「!?」

 ボソッと周りに聞こえない声量で告げるレイに、ゲンドウは驚きの表情を露わにする。

「……夜は静かですから」

「す、すまない」

「……司令とユイさんは夫婦なので、謝る必要はありません」

「だが」

「……因みにシイさんは就寝が早いので、気づいていません。安心して下さい」

 娘からの優しさ溢れるフォローに、ゲンドウは何とも気まずい表情で頷くしか無かった。

「……希望を言えば、弟が欲しいです」

「ん?」

「……姉と妹、それに……一応兄も居ますから」

 少し照れたように視線を逸らすレイの頭を、ゲンドウは苦笑しながら撫でる。自分のエゴが生み出した少女は、心優しく成長しているのだと、嬉しくてたまらなかった。

 

 

(名前……あ、確か前にゼーゲンの名前を決めた時、相田君が言ってたっけ)

 シイはまだ中学三年だった頃の会話を思い出す。

 

「そうそう、名前って言えばさ、ネルフの人達に意外な共通点があるのを知ってるか?」

「共通点?」

「はん。どーせ下らない事でしょ」

「相変わらず惣流は手厳しいな。まあ確かに大した事じゃ無いけど」

「へぇ、聞かせて欲しいね」

「実はネルフの人は旧日本海軍の船と同じ名前が多いんだ」

「ほ~。そら知らんかったわ」

「……彼以外に気づかないと思う」

「お船って、例えばどんな名前なの?」

「蒼龍級航空母艦「蒼龍」に吹雪級駆逐艦「綾波」だろ。赤城級航空母艦「赤城」と雲龍級航空母艦「葛城」もそうだね」

「ふ~ん、母艦ねぇ……駆逐艦さんはどう思う?」

「……今は碇だもの」

「そんなに一杯お船があるんだね。ねえ相田君、碇は無いの?」

「あ~それは流石に……」

「ふふ、シイさんは彼女達が暴走しないよう引き留める、船の錨を担っているのさ」

「お、上手いこと言いよったな」

「ねえ相田君。他にどんなお船があるのか教えてよ」

「おっ、碇も興味があるのか?」

「ううん。他にも同じ名前の職員さんがいるかも知れないから」

「そっか……同好の士が増えたと思ったんだけど……ま、良いか」

 

(うん、覚えてる。冬月先生も、マヤさんも日向さんも、青葉さんもそうだった)

 シイは自分の記憶が確かだと頷くと、わくわくした様子で自分を見つめる少女達と向き直る。そして声高らかに名前を口にした。

「じゃあ行くよ。まず貴方が天城ちゃん。貴方は飛竜ちゃん。貴方は三笠ちゃんで、貴方は時津風ちゃん。常磐ちゃんに、高砂ちゃん」

 全員の予想を遙か斜め上に裏切った、シイのネーミングに一同は思わず活動停止してしまう。何と言うべきか、とにかく全ての名前が無骨なのだ。

「…………で、貴方は金剛ちゃん」

「え、えっと……ねえシイ。その名前には何か由来があったりするの?」

「うん。実はね」

 引きつった顔で問いかけるユイに、シイは満面の笑みでケンスケとのやり取りを説明する。事情を理解したユイは、娘の記憶力に感心しつつも、やんわりと訂正を申し出た。

「そうだったの……。とっても素敵だと思うけど……貴方が言った人達はみんな名字が同じなのよ。例えば碇金剛とか、碇飛竜ってしてみたらどうかしら?」

「あっ……何だか変かも」

「碇と言う名字を前提に、考えてみると良いわ」

「うん」

 シイは少女達にもう少し待ってねと断ってから、再び思考を巡らせる。

 

(名前……あ、そう言えばミサトさんと加持さんが前に……)

 

「うわぁ~ちっちゃくて可愛い」

「……そうね」

「ねえミサト。この子男の子なんでしょ?」

「ええ。因みに名前はリョウトよん」

「リョウトちゃん……格好いい名前ですね」

「うふふ、ありがと」

「……由来は二人の名前から?」

「そっ。リョウジとミサトでリョウト。良い人に育って欲しいってのもあるけどね」

「何だか素敵ですね。あ、じゃあ女の子だったら……ミサジ?」

「シ~イ~ちゃ~ん。言わなかったかしら。思った事を直ぐ口に出しちゃ駄目よって」

「ひゅ、ひゅひひゃへん。ひゅひひゅひひゃひゅひぇひぇ」

「……すいません。つい口が滑って、と弁解してます」

「それが分かるレイも凄いわね。……って、アスカ?」

「…………十六才差か」

「なっ!? あ、アスカまさか、この子を」

「ち、違うわよ。別に何でも無いって」

「……青田買いね」

「青田買い?」

「……将来有望そうなものに、唾をつけておく事よ。この場合光源氏作戦とも言うわ」

「言わないわよ!!」

「だ、駄目よアスカ。まだこの子は子供。そう言うのはせめて……リョウジに相談した方が良いのかしら」

「あ~も~いい加減にしなさ~い!!」

 

(……そう、ミサトさん達は自分達の名前を、子供につけたんだった。でも私とレイさんは、名前が似てるからそれは無理だし、二十人分もつけられない。じゃあ……)

 ミサトの忠告を思い出し、口に出す前に今度はしっかりと頭の中で考えを纏める。そして問題無いと判断してから小さく頷くと、再び少女達へ向き直った。

「待たせてごめんね」

「何か浮かんだのかしら?」

「うん。色々考えたんだけど、やっぱり私達に繋がりがある名前が良いと思うの」

 シイの言葉にユイは成る程と頷く。

「でね、私達の名前って、みんな数字が関係してるの。レイさんは数字の零だし、シイは四。お父さんのゲンドウはドウをとうで十。お母さんのユイだけど、ユは百合とかで百って読める。どうかな?」

 レイとシイはともかく、ゲンドウと特にユイはかなり苦しいこじつけだが、言いたい事は分かる。だからこそ、ゲンドウ達は突っ込む事無く見守る事にした。

「ええ、良いと思うわ。それでどんな数字を名前にするのかは、決まってるの?」

「うん。……まず貴方はイブキちゃん」

 シイは順番に少女達の手を握りながら、命名という儀式を始めた。

「フタバちゃん」

「ミツキちゃん」

「イツワちゃん」

「ムツミちゃん」

「ナミちゃん」

「ヤエちゃん」

「クウちゃん」

「チカちゃん」

「マナちゃん」

「ナユタちゃん」

 宣言した通り数字を含む名前を、シイは少女達に伝えていく。先程の名前とは違い、少女達は自分だけの名前を噛みしめるように、満足げに頷いていた。

 ここまでで十一人。だがチカで千、マナで万、ナユタで那由多と数を重ねており、この後は一体どうする気かと、ゲンドウ達は固唾を飲んで見守る。

「……貴方はムツキちゃん」

「ヤヨイちゃん」

「サツキちゃん」

「ハヅキちゃん」

(成る程。陰暦を用いたか)

(……後五人。シイさん、頑張って)

「貴方はコヨミちゃん」

「トキちゃん」

「ヒヨリちゃん」

「ツキノちゃん」

(コヨミは暦、トキは時、ヒヨリは日、ツキノは月かしら。よく考えたものね)

 直接的な数字では無いが、それでも密接に関わっている名前をつけたシイに、ユイは苦笑しながらも感心してしまう。本気で少女達の事を想っていなければ、ここまで拘れないと。

 そして残るは一人、あの快活な少女だけとなった。

 

「うんうん、さっすがお姉様。これは私も期待しちゃっても良い感じかな?」

「あのね、貴方だけは私じゃ無くて、レイさんに名前をつけて貰おうと思うんだけど」

「……私が?」

「うん。だってこの子は……」

 レイの想いを反映させた少女だから、とシイは視線で伝える。

「……話したの?」

「いや~シイお姉様にだって、知る権利はあると思ったりする訳で……許して、お姉様」

 両手を合わせてぺろっと舌を出す少女に、レイはため息をつきながらも頷いた。そもそもこの少女の性格は、自分の願望が反映されている為、文句を言うわけにもいかないだろう。

「あ、ひょっとして余計なお世話だったかな?」

「……いえ、問題無いわ」

「じゃあ話もまとまった所で、さあレイお姉様。私に相応しい名前をプリーズ」

 両手を大きく広げて待ち構える少女を無視して、レイはあごに手を当てて悩む。名前をつける事など、今まで一度も経験が無かった為、改めて考えるとその難しさを実感する。

 暫しの沈黙の後、レイは小さく頷くと口を開いた。

「……決まったわ。貴方は碇金剛ね」

「ちょ、ちょっと待って!? マジでそのネタ……」

「……冗談」

「ま、真顔で冗談は勘弁してよお姉様。笑うに笑えないから」

「……トワ。碇トワ」

 改めて告げられた名前に、少女は一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐさま嬉しそうな笑みを浮かべる。

「トワ……私の、私だけの名前。えへへ、何か良いね」

「うん。とっても可愛いと思うよ」

「……ありがとう」

 自らの零に対して、時間という概念での無限を意味する永久。そこにどんな想いが込められていたのかは、レイの心の内に秘められる。

 

 命名と言う儀式を終え、シイスターズは正真正銘、碇家の一員として迎え入れられる事となった。

 

 

 

~交際は順調です~

 

 高校の休憩時間に、カヲルは教室でシイと携帯電話で通話をしていた。

「……勿論さ。ふふ、こちらこそ楽しみにしているよ。じゃあ放課後に」

「シイは何て言っとったんや?」

「今日の放課後、君と僕に本部へ来て欲しいそうだ。会わせたい人が居るらしい」

「ほ~。そらやっぱり、あいつらやろな」

 あの少女達が魂を宿して目覚めたと言うのは、カヲルもトウジも聞き及んでいる。このタイミングで自分達を呼ぶなら、十中八九間違い無いだろう。

「ちゅう事は、レイが鬼の形相で出て行ったんも、それ関連か」

「ふふ、おいたが過ぎたんじゃないかな。まあシイさんの口ぶりから、全て解決済みの様だけどね」

「なら一安心や」

 クラス中が凍り付くほどの怒気をまき散らし、無言で早退していったレイ。どの様な経緯でそうなり、解除されたのかは知らないが、胃痛の種が一つ減ったとトウジは安堵する。

「ああ、勝手に約束してしまったけど、放課後は空いているかな?」

「勿論や。わしもあいつらの事が気になっとったし、丁度暇…………」

「トウジ~。今日のお買い物、やっぱり繁華街の方へ行きたいんだけど」

 冷や汗を流しながら固まるトウジに、ニコニコとご機嫌なヒカリが近づいていく。その後ろには呆れ顔のケンスケが、何やってんだと言う視線を向けていた。

「おやおや、先約があったみたいだね」

「え? あ……ひょっとしてトウジ、何か急用が出来たの? ならお買い物は今度に」

「お、男が一度した約束を破れるかっ!! いくで、ヒカリ。何処へでも付きおうたるわ」

 大声でデートします宣言をしたトウジに、クラスメイト達はまたお前達かと、優しさと嫉妬が入り交じった視線を向ける。クラス中の注目を浴びた二人は、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「はいはい、ご馳走様」

「愛は良いね。リリンの生み出した感情の極みだよ」

「……すまん渚。悪いんやけど」

「ふふ、気にする事は無いさ。シイさん達には僕から説明しておくよ」

 恋人達の邪魔をシイも望む筈が無いと、カヲルは優しい微笑みで頷いて見せた。

 

 

~天敵VS天敵~

 

 放課後。カヲルは一人、ゼーゲン本部に訪れた。

(さて……僕の予想が正しければ、少し愉快なことになりそうだね)

 これから自分を待ち受けているであろう展開を想像し、カヲルの口元に笑みが浮かぶ。だがそれは普段見せる優しい物では無く、腹に一物を抱えたような黒い笑みであった。

 本部の中を進み、やがて指定された部屋へと辿り着くと、ノックをしてから入室する。中で彼を待っていたのは、予想通りの光景であった。

 

「あ、来てくれたんだね、カヲル君。急に呼んじゃってごめんなさい」

「ふふ、君の呼び出しとあらば、僕は地球の何処に居ても駆けつけるさ」

「……なら今度は宇宙に放り出すわ」

「君が言うと洒落にならないから止めて欲しいね」

「……そう」

「ああ、一応言っておこう。あの後先生には緊急招集と伝えて、早退扱いにしておいたよ」

「……ありがとう」

 部屋で待っていたシイ達と、カヲルはフレンドリーに会話を交わす。それは三人の様子をジッと見つめている、二十人の少女達への牽制だったのかも知れない。

「それで、僕に会わせたいと言うのは……その子達かな?」

「うん。実はみんな、私とレイさんの妹になったの」

「……名前も決まったわ」

「ふふ、なら紹介して貰おうかな。君達の自慢の妹達を」

 カヲルの言葉に頷くと、シイはシイスターズを順番に紹介していく。名前を呼ばれた少女達は、警戒心むき出しの様子で、カヲルに軽く会釈をした。

(やはり僕に対しては、警戒心、あるいは敵対意識を持っているか……)

「それでこの子がトワちゃんだよ」

「は~い、初めましてカヲルさん。碇トワです。今後ともよろしくね」

 トワと紹介された、明らかに他とは様子の異なる少女に、カヲルは僅かに眉をひそめる。

「……何か問題があった?」

「いや、とても魅力的な子達だと思ってね。少し戸惑ってしまっただけさ」

「も~お上手なんだから。でもカヲルさんだって、思ってたよりもずっと素敵だよ」

 表面上は極めて和やかに会話を交わす両者。現にシイは二人が早速仲良しになったのだと、安堵の笑みさえ浮かべていた。だが……。

(成る程ね。この子は少々厄介な存在になりそうだ)

(渚カヲル。お姉様にとって危険極まりない存在。予感は確信に変わったよ)

(この手のタイプは手段を選ばない。恐らく今この場所で仕掛けてくる筈)

(手強いのは百も承知。でもシイお姉様の貞操を私が奪うためにも、必ず排除する)

 穏やかな微笑みの裏では、激しい火花が散っていた。

 

 大きめの会議室にはカヲルの他に、シイとレイ、そしてシイスターズの面々が居るだけ。ゲンドウとユイは手続きのために、席を外しているとの事だった。つまり……この場にカヲルの味方はシイ以外に存在しない。

「ねえシイお姉様」

 猫なで声でシイに呼びかけるトワに、カヲルは動いたかと警戒を強める。

「どうしたの、トワちゃん」

「カヲルさんって、お姉様達のお兄さんなんだよね?」

「うん、そうだよ」

「それなら私達のお兄さんって事だよね。……ちょっと遊んで貰っても良いでしょ?」

 チラッとカヲルに向けられたトワの視線は、獲物を狙う狩人のそれだった。外堀を埋めてから、獲物の逃げ道を塞いだ上で、確実に仕留める。そんな計算高さをカヲルは本能で理解する。

「ん~カヲル君の迷惑になっちゃうし……」

「ふふ、僕なら大歓迎だよ。こんな可愛い妹達にお願いされたら、断れる筈も無いしね」

「さっすがカヲルさん、話がわっかる~。じゃあ、プロレスごっこしようよ」

(そう来たか……)

(これならお姉様に叱られずに、数で圧倒できる)

(でもまだ甘いね)

「分かったよ」

「オッケー。みんな、カヲルさんに突撃~!」

「「……了解」」

 こうして表向きは兄妹のじゃれ合い、実際にはシイを巡る真剣勝負のゴングが打ち鳴らされた。

 

 機敏な動きでシイスターズはカヲルを包囲し、有利な陣形を築いていく。一方カヲルはポケットに手を入れたまま、少女達の好きなようにさせる。

 その無防備さが気味悪く、シイスターズは中々飛びかかる切っ掛けを掴めない。

「ふふ、どうしたのかな? さあ、兄の胸に飛び込んでおいで」

「……やるしかないわ」

「……ええ」

「……カウントお願い」

「……スリー」

「……ツー」

「……ワン」

「……ステーンバイ、ステーンバイ……ゴー」

 カヲルの挑発を受け、シイスターズは意を決してカヲルに飛びかかる。圧倒的な彼我戦力差は、カヲルに抵抗すら許さないと思われたが……光の壁が戦力差をひっくり返した。

 全方位に展開されたATフィールドに、少女達は為す術無く弾き飛ばされる。

「……ATフィールド」

「……忘れてたわ」

「残念だけど、君達では役者不足さ」

 シイスターズは人の魂を宿しているので、ATフィールドを展開出来ない。今地球上でカヲルと対等に戦えるのは、碇レイただ一人なのだ。

「とは言え、まさか君も僕と遊びたいなんて言うはずがないね」

「……ええ」

「ならこの遊びはお開きかな」

「……いえ。貴方は私達の妹を、あまり侮らない方が良いと思う」

 レイの言葉にカヲルはすっと目を細める。ATフィールドがある限り、自分に負けが無いのは確実な筈。ではレイの自信は一体何処から来るのかと、思考を巡らせていた。

 そんなカヲルの思考を終わらせたのは、沈黙を守っていたトワだった。

 

「さっすがカヲルさん。アダムの器、タブリスってのは伊達じゃ無いね」

「お褒めに預かり光栄だよ」

「ATフィールドがある限り、私達に勝ち目は無いね。でもさ、もしそれが無くなったら……果たしてカヲルさんは私達を捌ききれるのかな?」

 意味深な事を告げるトワに、カヲルは言いようのない不安を感じた。そう、自分がATフィールドを持っている事を、この少女達は知っている筈なのだ。ならばその攻略法すらも考えているのでは、と。

「面白い意見だね。でも心の壁はそう簡単には失わないよ」

「モチのロン。そんなの百も承知だってば」

 赤い瞳で見つめ合う両者。プロレスごっこは最終ステージへと突入した。

 

 

 

~世界で一番優しい天敵~

 

 カヲルからの視線を受けながら、トワは事態を見守っていたシイの元へと歩み寄る。そしてポケットから取り出したメモを手渡し、そっと耳打ちをした。

「シイお姉様。お願いがあるんだけど……ごにょごにょ」

「?? 別に構わないけど、どうして?」

「カヲルさんと、もっと仲良くなる為に必要なの。ね、良いでしょ?」

「うん。よく分からないけど、そう言うことなら」

 イマイチ理解出来ていないシイだったが、仲良くなる為と言われれば断れない。渡されたメモに目を通し、不思議そうに首を傾げたが、それでも真剣に内容を確認していく。

「……何が書いてあるのかな?」

「あっれ~? ひょっとして焦ってたりする?」

「僕がこの世で恐れているのは、暴走したレイと……予想出来ないシイさんの行動だからね」

「ATフィールドってさ、生きようとする意志、つまりリビドーが原動力なんだって。って事はだよ、もしそれを失ったらどうなっちゃうんだろうね~」

「……まさかっ!?」

 トワの意図を察し、カヲルは赤い瞳を大きく見開く。だが時既に遅く、シイはメモに書かれている言葉を、大きな声で言い放ってしまった。

 

「あのね、私、好きな人が出来たの」

 何て事は無い言葉。だがそれをシイが口にした事で、とてつもない破壊力を持って周囲に伝わる。

「ぐっっ!」

 予期せぬ強烈な一言に、カヲルの身体がぐらりと揺れる。しかし真剣にメモを見ているシイはそれに気づかず、更に次の言葉を紡いでいく。

「ごめんなさい。これからもお友達でいてね」

「……うぅぅ、何だか歩きづらいよ」

「虫刺され? あ、これは違うの」

「……来ないの」

「来月式をあげるの。来てくれるかな?」

「大きくなってきたでしょ。もう四ヶ月なんだよ」

「ほら、この子の目元。あの人に良く似てて……えへへ」

 当の本人は、自分が何を言っているのかを理解していないだろう。巧妙に直接的な表現を避けた、トワの台本はシイに不信感を抱かせず、しかし絶大な効果を上げた。

 

「……ぐふっ」

 リビドーを根こそぎ奪われ、デストルドーを与えられ続けたカヲルは、力なく膝をついた。ATフィールドはとっくの昔に失われており、まさしく抜け殻の様な状態で動きを止める。

 トワの策は大成功。これで数による蹂躙が可能かと思われたが……彼女はある失態を犯した。シイの言葉を自分達も聞いてしまったのだ。

「「………………」」

 結果としてシイ以外に無事なものはおらず、シイスターズ全員とレイも、生きる気力を失った様に力なく床へと座り込み、負のオーラが室内に充満していた。

 

 

 そして、シイ達の様子を監視モニターで見ていた発令所もまた、同じ末路を迎えていた。

「あ、アンチATフィールドの発生を……確認」

「個体生命の形を維持……しなくても良いっすよね」

「……み、みんなのATフィールドが……消えていく」

「これが罰なの?……神様に手を出した人類の……罰」

 デストルドーに支配された面々は、抜け殻の様に光の宿らぬ瞳で、ただモニターを見つけるだけ。このまま補完されてしまいそうな彼らを、

『み、みんな! お願いだから返事をしてよ』

 シイの声が蘇らせた。

 

「変な事を言っちゃってたら謝るから……私を一人にしないで!」

「……し、シイさん……」

「……僕は……まだ、終われない」

 涙混じりに叫ぶシイの声に、レイとカヲルがふらつきながらも応える。アダムとリリス、始祖としての絶大な精神力と、シイへの限り無い愛情が二人の身体を突き動かしていた。

「……私は何時までも、貴方と居るわ」

「君が望む限り、僕はそれを裏切らないよ。約束する」

 微笑む二人を見てシイは心底安心したように頷くと、温もりを求めるようにレイに抱きつく。そんな二人の姿を満足げに見ながら、カヲルは首謀者の元へと歩み寄る。

「さて……何か言いたいことはあるかい?」

「こ、今回は……引き分けにしてあげる………………マジでごめんなさい」

「くれぐれも頼むよ。世界を終わらせたくは無いからね」

 謝罪を受け入れたカヲルは、苦笑しながらトワの頭を軽く撫でた。

 

 

 その後、カヲルとシイスターズの間に紳士協定が結ばれ、天敵同士の対面は幕を閉じた。

 

 




投げっぱなし気味ですが、シイスターズメイン回は一応終了です。
今後もちょいちょいと出てくるかも知れませんが……。


次からは日常編……の予定だったのですが、使徒復活編もやりたいなと思っています。
諦めていたのですが、良いアイディアを頂戴したので。
どのタイミングかは分かりませんが、可能なら投稿したいなと。
ただ『アダムとリリス』の様に長いシリアスには、ならないと思います。

五月は投稿ペースが少々不規則になるかも知れません。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。