エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《姉と家族と天敵と(前編)》

~存在価値~

 

 彼我戦力差は一対二十。普通なら勝ち目など無い無謀な戦い。正常な思考が出来るのであれば、回避するべき状況。だがそんな常識を碇レイと言う少女は、いとも容易く崩壊させて見せた。

 荒れ果てたゼーゲン本部司令室には、全身ボロボロで正座をしているシイスターズの面々と、全くの無傷で彼女達を見下ろすレイ、そして困った顔で両者を見ているシイの姿があった。

 

 姉妹水入らずで話がしたいと言うレイの希望通り、他の面々は席を外している。レイが居ればシイは安全であり、シイが居ればシイスターズが消される恐れが無いからだ。

 お通夜会場の様な空気の中、レイはそっと口を開く。

「……何か言い残す事はある?」

「も、もうお姉様ったら、こんな軽い冗談にマジになっちゃって……あ、あはは」

 スッと目を細めたレイを前にしては、賑やかな少女も引きつる笑みを浮かべるしか無かった。普段怒らない人が怒ると怖いと良く言われているが、今のレイはまさにそれだ。

 感情を爆発させる事も無く、怒声を浴びせる事も無い。だが、それが逆に怖い。

「あの、レイさん。みんなも反省してると思うし、その辺で……」

「……ええ、分かっているわ。でも一つだけ確認しておきたい事があるの」

 シイのフォローに頷くと、レイはシイスターズへと視線を向ける。

「……どうしてこんな事したの?」

「だから、シイお姉様と愛し合いたかったからで……」

「……本当は?」

 思いがけない問い返しに、シイスターズは気まずそうに視線を逸らす。その態度を見て、レイは自分の想像が間違っていなかった事を確信した。

「……不安だったのね」

「不安?」

「そう……自分達が他の人と違うのを理解しているから、受け入れて貰えるのか、愛して貰えるのか不安だった。だからシイさんを求めた。愛して欲しかったのね」

 淡々と言葉を紡ぐレイに、シイスターズは無言のまま頷いた。

 レイのパーソナルを引き継いでいる以上、彼女達は自分の置かれている現状を把握出来ている。世に認められていないクローンで、しかも同種の個体が二十体も居れば、どんな事態を招くのかも。

 ひたすらにシイを求めたのは、産みの親とも言える存在であるシイから愛して欲しかったから。自分達は生まれてきても良かったのだと、認めて欲しかったのだ。

 

「……気持ちは分かるわ。私も同じだったから」

 レイもかつては己の存在価値を見いだせず、人形の様に過ごしていた。だがシイと出会い、初めて人に必要とされているのだと実感し、アイデンティティーを確立する事が出来た。

 だからレイには少女達の気持ちが痛いほど分かる。

「……でも、今回の行動は見逃せない」

「そりゃ強引だったのは認めるけど、だって仕方ないじゃん。シイお姉様の特別な存在になるには、積極的にこっちが動いて、それこそ既成事実でも作らないと無理って感じだし」

「え?」

「……シイお姉様は誰にでも優しくて甘い」

「……平等に愛を向ける」

「……だから誰もシイお姉様の特別にはなれない」

「……シイお姉様は好意を区別しない」

「……LikeもLoveも同じ」

「……だから誰もシイお姉様の特別にはなれない」

 勿論シイにも特別な存在、例えば家族であるゲンドウやユイ、レイが居る。アスカやカヲル、トウジにケンスケ、ヒカリも彼女にとっては特別な存在だろう。

 だが男女の恋愛に見られるような、ただ一人をオンリーワンとして愛する事は無かった。シイスターズが自らの存在価値として欲していた特別な存在とは、まさにそのオンリーワンを指していた。

「……お姉様に好きと言われて、とても嬉しかった」

「……友達になりたい。家族になりたい。でも」

「我が儘なのは分かってるけど、私だけを見て欲しいって気持ちもあるんだよね~」

 親の愛を独り占めしたいと思うのは、子供が抱く当然の感情。だから彼女達は直接的な手段で、シイからの愛を独占しようとしたのだった。

「それでも私達の行動が非常識だってのは確かだし……お姉様」

「「ごめんなさい」」

 シイスターズは揃って頭を下げ、シイに心からの謝罪をした。

 

「ううん、謝るのは私の方」

「シイさん?」

 悲しげな表情で首を横に振るシイに、レイは少し驚いた様子で問いかけた。

「みんなの気持ちを考えもせずに、ただ自分がみんなを救ったんだって……勝手に自己満足して喜んで、浮かれててた。一番貴方達を理解して無くちゃいけないのに、何も分かって無かった」

「…………」

「不安なのは当然だよ。私だってお父さんに捨てられた時、自分が必要無い存在だって思って、凄く悲しくて怖かったんだから」

 誤解が解けてもなお、ゲンドウとの決別はシイの心の傷として残っていた。シイも少女達と同じく、自身の存在価値を求め、それが博愛主義に繋がっている面もある。

「……私は馬鹿だね。こんな大切な事に今気づくなんて」

「……なら、もう一度やり直せば良いわ」

「そう。今レイお姉様が良いこと言った」

 シイも少女達も自らの行動を悔いているのなら、出会いからやり直せば良い。そんなレイのフォローに、リーダー格と思われる快活な少女が即座に反応した。

「勿論みんなも良いよね?」

「……ええ」

「……望むところ」

「OK。それじゃあ早速行ってみよ~」

 レイに促されて立ち上がったシイの前で、シイスターズは礼儀正しくお辞儀をする。

「初めましてお姉様。私達は貴方に生きる力を貰った、名前も無い存在です」

「……私達はお姉様に感謝している」

「……お姉様のお陰でこうして生きていられるから」

「……でも、私達は不安」

「……ヒトでは無い私達は、誰からも愛されないのでは無いかと」

「……ヒトでは無い私達は、誰からも必要とされないのでは無いかと」

「……ヒトでは無い私達は、生きて良いのかと」

「……だから、安心したかった」

「……必要だよと、生きていても良いと、愛していると認めて欲しい」

「……他の誰よりも、お姉様に認めて欲しい」

 少女達の心の叫びを、シイは目を逸らさずに真っ直ぐ受け止める。

「……私達はレイお姉様と同じ身体を持ってる」

「……知識と記憶を引き継いでいる」

「……でも心は私達が持って生まれた、私達だけのもの」

「……お姉様を愛おしいと想う気持ちは、誰かに与えられたものじゃ無い」

「……私達は私達。レイお姉様とは違う存在」

「……だからお姉様。私達を見て」

「……レイお姉様のクローンでは無く、一人の人間として見て欲しい」

「……もっとお話をして、色々な事を知りたい。知って欲しい」

「……それが私達の望み」

「……こんな我が儘な私達を、妹として、家族として受け入れてくれますか?」

 二十名の少女達からシイに伝えられたのは、純粋な気持ちと願い。それを確かに受け止めたシイは、何度も自分の心を確かめてから、想いに応える。

「初めまして、私は碇シイです。弱虫で泣き虫で臆病で……みんなに助けて貰ってばかりの子供。情けないって思うかも知れないけど、私が私らしく生きていくには、みんなの協力が必要なの」

 微笑みを浮かべながら語りかけるシイの姿を、少女達の赤い瞳は一時も視線を逸らさず見つめ続ける。

「レイさんのクローンとか関係無いよ。私は今、目の前に居る貴方達に生きて欲しいって願ったんだから、貴方達がここに居る事を嬉しいと思ってるし、感謝してるの」

「…………」

「だからこれだけは胸を張って言えるよ。みんなを必要としている存在が、この世界には少なくても一人は、碇シイって言う頼りないお姉さんが居るって、二十人の妹が出来た事を喜んでるって」

 微笑みは満面の笑顔へと変わり、シイは少女達に右手を差し出す。

「もし良かったら、情けないお姉さんと一緒に未来を生きてくれる、妹になってくれませんか?」

「「……はい……お姉様」」

 自らを必要な存在として受け入れてくれたシイに、少女達ははにかみながら近づき、順番に小さな身体を抱きしめ、暖かく優しい温もりを確かめる。

 この瞬間、シイと少女達との間には仮初めでは無く、確かな絆が結ばれたのだった。

 

 少し離れた場所で見守って居たレイは、満足げに頷く。

「……良かった」

「いや~ホントだよね~。やっぱお姉様は凄いって感じ?」

「……貴方は良いの?」

「へへ、だって最後なら目一杯お姉様をハグ出来るしね。待てば海路の日和ありって言うじゃん」

「……微妙に違うわ、それ」

 レイは他のシイスターズとは一線を画している少女に、何とも言えぬ違和感を覚えていた。僅かに顔をしかめるレイの様子を見て、少女はからかうように笑う。

「あ、ひょっとして焼き餅焼いてるとか? なんならレイお姉様も混ざっちゃえば? 多分ばれないと思うよ~って、シイお姉様なら気づくかな~」

「……無理よ。私は制服だから」

「も~マジで答えないでよ。まあレイお姉様らしいけどね」

 楽しそうに笑う少女を見て、レイにある疑惑が浮かんだ。何故この少女だけは他の面々と違って、確かな自分を持っているのかと。

 そんな伺うような視線に気づいたのか、少女はにやっと口元を歪める。

「あれ、ひょっとしてレイお姉様ってば、私の事気になる感じ?」

「……ええ」

「あはは、そんなに魅力的かな~? って、それじゃあお姉様がナルシストになっちゃうじゃん」

 何処までも軽いノリの少女だったが、レイの真剣な眼差しを前にして、小さくため息をついた。

「ま、冗談はこの辺にしておいて……まあ気になる筈だよね。私は特別だし」

「……どう言う事?」

「OKOK。なら私がお姉様に説明してあげましょう」

 他のシイスターズがシイとの抱擁を続けている間に、少女はレイとの対話を続ける。

 

「本来魂って無色透明なもので、生きていく間にその人特有の色に染まっていくの。まあいわゆる人格とかそう言う感じの奴ね」

「……ええ」

「だから赤ちゃんは無色透明で、周囲の環境とか諸々の影響を受けて色が決まっていく。良い子悪い子普通の子、み~んなスタートラインは一緒なんだけど……ここまではOK?」

「……続けて」

 頷くレイに促され、少女は説明を再開する。

「それはあの子達も一緒。まあ、お姉様のパーソナルを持った肉体に宿った影響で、最初っからほんのりと色が付いちゃってるけどね。色物と無地のシャツを一緒に洗って、色が移っちゃった感じかな」

「…………」

「あ、でもまだ全然修正効く感じだから、お姉様が気にする事無いよ。スタート地点が少しずれただけで、これから自分の色を見つける事は出来るし」

 レイが少し落ち込んだ気配を察して、少女は笑いながらフォローを入れた。

「さてさて、ここからが本題だよ。本来無色透明な筈の魂だけど、神様のちょっとした気まぐれで、初めから色が付いてたとしたら?」

「……それが貴方だと言うの?」

「そう。シイお姉様が開けたガフの部屋から、私達に宿った二十個の魂。だけどその内の一つ、私に宿った魂だけは他とは違う特別製だったの。ま、ネタばらししちゃうと大して面白く無いオチだけどね」

 少女の説明は確かに筋が通っているが、レイにはどうしても納得出来ない点があった。

 

「……シイさんが気まぐれを起こしたと言うの?」

 少女達に魂を宿したのはシイ。ならば少女の言う神の気まぐれは、シイの意志という事になる。それがレイには信じられなかった。

 しかし少女は首を横に振って、レイの言葉を否定する。

「違う違う。シイお姉様はそんな事してないってば」

「……でも他に貴方達の魂に干渉出来た存在は居ない筈よ」

「も~とぼけちゃって。目の前にいるじゃん」

 まだ気づかないのかと、少し苦笑しながら少女はレイを見つめる。

「神の自我たるシイお姉様に、唯一干渉出来た存在。神たるリリスお母様の魂……まあぶっちゃけて言っちゃうと、私を産みだしたのはレイお姉様なんだよ」

「……私?」

「イエ~ス。シイお姉様はあくまで自我だから、実際にガフの部屋に干渉したのはリリスお母様な訳で、魂であるレイお姉様の意志だって反映されちゃう」

「……私は…………」

 何もしていない、と言いかけてレイは口を閉ざす。あの時、シイがガフの部屋から魂を取り出そうとしていた時に、ある事を思ってしまったのだから。

 自分と同じ容姿をした存在が、魂を宿らせて生を受ける。そこでレイは『もしも自分が生まれ変わるなら』と言うifについて想像していた。

 無口で無表情、気持ちを素直に伝えられずに居る自分が、もし今と違う性格だったら。大切な友人達の様に明るく陽気で、感情をストレートに表現出来れば、もっとシイと仲良くなれたのでは無いかと。

 本気で考えた訳では無い。それこそ誰もが一度は思ったことがあるだろう。自分がもし〇〇だったら、見えている世界は違っているかも知れない、と。

 

「……貴方は私が望んだ私?」

「や~っと気づいてくれたね。シイお姉様の意志に沿いながらも、それにほんの少しだけ干渉したレイお姉様の想いが、私の魂を彩ったの。だから特別。なんたって、お姉様二人分の魂だからね」

 レイが答えに辿り着いた事を、少女は満足げに笑いながら喜ぶ。だがレイの心中は複雑だった。

「ん? どうしたのお姉様?」

「……ごめんなさい」

「ちょ、ちょっと待って。何でいきなり謝ったりするの」

 突然頭を下げて謝罪したレイに、少女は面食らってしまう。

「……私は貴方を特別にしてしまったわ」

「あ~そう言う事」

 ようやく得心がいったと、少女は小さく頷く。本来自由に生きられる筈の存在を、自分が縛ってしまった。レイは悔いているのだ。

「あのね、お姉様は何か勘違いしてるって。生まれた切っ掛けはどうであれ、私は最初からこうだったんだから、別に辛いとも悲しいとも思うわけ無いじゃん。寧ろラッキーって感じだし」

「……ラッキー?」

「そっ。リリスお母様のお陰か知らないけどさ、私は自分がどうして産まれたのかを理解出来てたんだよね。だからお姉様達がどんな気持ちで私達を救ってくれたのか……それも分かってる訳。普通やらないよ? 折角の平和を壊すリスクを負ってまで、クローンの私達を助けようなんてさ」

「……そうね」

「だからそれを知ってる私はラッキーって訳。自分達がどれだけ望まれた存在か、分かってるんだからさ」

「…………」

「ホントに感謝してるよ。そして愛してる。シイお姉様もレイお姉様もね。これはマジだから」

 にかっと快活な笑みを浮かべる少女に、レイは安堵したように小さく頷いた。

 

「さ~て、そんじゃそろそろシイお姉様と、熱いハグを交わしに……」

「……待って」

 シイ達の元へ近づこうとする少女を、レイがその腕をガシッと掴んで引き留める。

「え、何々? あ~ちょっとしてお姉様ってば、自分もハグして欲しいって思ってたりする? も~言ってくれればいくらでもやっちゃうのに」

「……貴方は自分達が望まれて生まれた存在だと、知っていた」

「そうだけど」

「……なら、どうしてあんな事をしたの?」

 不安が暴走した結果、強引にシイを求めた。それがあの一件の回答だった筈だが、少女が全てを知っていたとなれば話は違ってくる。キチンとシイスターズに話しておけば、何も焦る必要など無かったのだから。

 そんなレイの指摘に、少女は冷や汗を流しながら目線を逸らす。

「あ~えっと、それは~……あわよくば既成事実を、な~んて思ってたり……」

「……そう」

「!? い、痛たたたた!! お、折れる。レイお姉様、マジで手が折れるって!」

「……平気よ。私の身体はそれ程やわじゃないもの」

 ある意味で本家本元の関節技を受け、少女は押し倒されながら必死に床をタップする。が、レイは絶妙な力加減で決して傷つける事無く、少女にお仕置きを継続した。

 

「あれ? 二人とも何してるの?」

 十九人との交流を終えたシイは、二人の様子を見て首を傾げる。他のシイスターズも同様に、不思議そうな視線を向けていた。

「救いの女神!? お願いシイお姉様。レイお姉様を止めて~」

「えっと……一体何があったのかな?」

「……問題無いわ。姉妹の愛情を確かめ合っているだけだから」

「ゆ、歪んでるって。その愛情は歪んでるってば」

 慌てて否定する少女だが、シイはあっさりとレイの言葉を信じてしまう。

「そっか。でもそれならみんな一緒の方が良いよね」

「え゛」

「私も混ざるよ。えいっ」

 少女とレイがじゃれ合っていると勘違いしたシイは、二人に思い切り抱きつく。そして姉の行動に十九人の妹達も続き……予期せぬ乱入者によって、レイが維持していた絶妙な力加減は崩れてしまう。

「……あっ」

「痛っっっっっっっ!!??」

「……ごめんなさい。こういう時、どんな顔をすれば良いのか分からないの」

「……レイお姉様。悲しい時は泣けば良いと思います」

「泣きたいのはこっちだって~のぉぉ!」

 少女の涙混じりの絶叫が響く司令室で、シイとレイに二十人の妹が誕生した。彼女達がこれから先、どの様にして未来を生きるのかは、まだ誰も知らない。

 少女達の世界は水槽と言う鳥籠から、母なる地球と言う大空に広がったのだから。

 

 そして。

「……引っ越しか」

「良い物件があると良いですわね」

 リツコが設置した監視カメラの映像を見ながら、ゲンドウとユイも新たな家族を迎え入れると言う、覚悟を決めるのだった。

 




区切りの関係で、前後編に分けました。と言いつつも、後半のノリがあまりに場違い過ぎたので、苦肉の策です。すいません。
注目のカードの、カヲルVSシイスターズは後半に持ち越しと言う事で。


次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※誤字を修正しました。ご指摘感謝です。

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