~貴方に二十人の妹ができました~
パーティーの翌朝、シイは再びゼーゲン本部を訪れていた。パイロットを解任されてから、学校がある平日にこうして本部に来る事は無かった為、制服を着たシイの顔にも緊張の色が見える。
すれ違う職員達と挨拶を交わしながら、彼女は司令室へとやって来た。
「失礼します」
「おはようシイ君。急な呼び出しをして済まなかったね」
「いえ、気にしないで下さい」
詫びる冬月をシイは気遣う。あれだけの騒動後なのだから、自分が呼び出された理由も、重大かつ急を要する物だと理解していたからだ。
「……あの、ところで冬月先生お一人ですか?」
「碇とユイ君も直ぐに来るよ。少し準備に手間取っていてね」
「準備?」
「そうだね、まだ時間もあるようだし、軽く説明だけしておこう」
不思議そうに首を傾げたシイに、冬月は軽く咳払いをしてから話し始めた。
「レイのクローン達が魂を宿した事は聞いているね?」
「はい、お母さんに教えて貰いました。……ひょっとして」
「ふふ、察しの通りだよ。今日は君に彼女達と会って貰おうと思っているんだ」
「本当ですか!?」
予想していなかった嬉しい報告に、シイは顔を輝かせる。入院中に魂を宿した事は知らされていたが、自分があの状態だった為、彼女達と会うことは叶わなかった。
リスクを冒してでも救いたいと願った少女達と、遂に対面することが出来る。シイのテンションは否応なく高まっていった。
「楽しみだな~。あ、でもそれなら、レイさんも一緒の方が良かったのに」
「……いや。少なくとも今日に限っては、それは止めておいた方が良い」
「え?」
「……下手をすれば血を見るからね」
深刻な表情で呟く冬月の心中を察する事は、シイには出来ようも無かった。
「まあとにかく、これから彼女達が来るのだが……心の準備はしておいてくれ」
「そうですね。やっぱり第一印象が大事ですし」
「君の場合、それは不要だよ。彼女達はシイ君の事を良く知っているからね」
レイがあの事件の直前まで記憶などの抽出を行っていた為、クローン達はレイのパーソナルを引き継いでいる。今後生活していくにつれて、完全に別の個性が出てくるのだろうが、今はまだレイに近い存在だった。
「そう言えばそうでした。……あれ、じゃあ心の準備って何ですか?」
「うむ、実はだね」
冬月がシイに説明をしようとした丁度その時、司令室のドアが開かれる。その向こう側に居たのはゲンドウとユイ、そしてレイと同じ容姿をした少女達だった。
「……待たせたな」
「ううん、全然待って無いよ。それでお父さん、その子達が」
「ああ」
ゲンドウは小さく頷くと、少女達から離れて冬月の隣へと移動する。シイと冬月、ゲンドウが、ユイと少女達に向かい合う形になり、司令室に妙な緊張感が漂う。
レイと全く同じ容姿をした少女達に見つめられるシイは、大きく深呼吸をしてから一歩前へ出る。
「は、初めまして。私は碇シイです」
「…………」
まずは自己紹介をと頭を下げるシイに、しかし少女達は無言。ひょっとしたら自分は嫌われているのかも、と不安を感じながらも、シイは更に言葉を紡ぐ。
「えっと……貴方達とこうして会えて、凄く嬉しいです」
「…………」
数々の強敵を沈めてきたシイの笑顔にも、やはり少女達は無言。見れば握られた拳はプルプルと震えており、まるで何かを堪えているかの様だった。
(や、やっぱり怒ってる。私が勝手に魂を宿らせちゃったから?)
それでもシイは諦めずに、少女達とのコミュニケーションを図る。より距離を近づけるために、変に気取った口調を止め、普段と同じ様に接する事にした。
「あのね、私はみんなと仲良くなりたいと思ってるの。だからもし良かったら、私と友達になって下さい」
「…………」
握手を求めて右手を差し出すシイに、今度も少女達は無言……だったが、明らかに様子がおかしい。拳だけでなく全身を震わせ、全員が目を逸らすように俯いてしまう。
その態度を見て、シイは自分を受け入れて貰えなかったのだと、悲しげに眉を歪める。
「……ごめんね。私の事嫌いなのに……勝手な気持ちを押しつけちゃって……」
「っっ~~~!!」
シイのそんな姿を見た瞬間、少女達の中で何かが弾けた。全員揃って身を屈めたかと思うと、一斉にシイに向かって猛突進を仕掛ける。まるで敵を見つけたかの様な迫力に、シイは思わず身を竦ませてしまう。
少女達は赤い瞳を輝かせて、完全に無防備となったシイへ飛びかかった。
「「シイお姉様!!」」
ただそれは、シイの予想とは真逆の意味で、だったが。
大勢の少女達を受け止めるには、シイの身体はあまりに小さすぎた。次々と身体に抱きついてくる少女達の圧力に負け、為す術無く押し倒されてしまう。
(あ、柔らかくて……暖かい……でも息が……く、苦しい……うぅぅ)
全身を柔らかい身体で包まれ、呼吸を封じられたシイの顔色が、赤から青、そして白へと変化していく。薄れゆく意識の中にガフの扉がうっすらと見えかけたその時、救いの手が差し伸べられた。
「はい、そこまでよ。このままだとシイが潰れちゃうわ。一度離れましょう」
ユイが両手を叩きながら告げると、少女達はビクリと身体を震わせて動きを止める。だがシイを手放したく無いのか、一向に身体を離す気配は無い。
「あらあら、困った子達ね。私との約束……忘れちゃったのかしら?」
「「!!??」」
ほんの僅か、ユイの声色が低くなっただけで、場の空気が一瞬にして凍り付いた。少女達は焦ったように首を横に振ると、名残惜しそうにシイから離れる。
その隙を突いて、ゲンドウが倒れたシイに手を差し伸べた。
「大丈夫か、シイ」
「はぁ、はぁ、う、うん。ちょっとガフの扉と、怒ったリリスさんが見えただけだから」
「……何?」
「まだここに来るんじゃ無いって、扉の前で仁王立ちしてた……」
どうやら相当危機的状況だったらしく、ゲンドウと冬月は冷や汗を流す。折角生み出した娘が一週間も経たずに戻ってきたとあらば、当然リリスだって怒るだろう。
更にカヲルとレイも暴走するのは目に見えているので、それこそ世界の終局、ファイナルインパクトの危機であった。
「冗談と聞き流したい所だが、シイ君が言うと洒落にならんな」
「……ああ」
軽くスカートを払うシイを見ながら、ゲンドウと冬月はこの子を必ず守り通すと、固く心に誓った。
落ち着きを取り戻した少女達とシイは、再び向かい合う。ただ先程までとは大きく違い、少女達全員が隠しきれない好意を露わにしていた。
「ふぅ、驚いたでしょう。この子達も反省しているから、許してあげてね」
「全然気にしてないよ。嫌われてたと思ってたから、嬉しかったくらい」
「あれは私がお願いしてたのよ。キチンと自己紹介が終わるまでは、大人しくしてる様にって」
「……両極端なのはレイ譲りと言う訳か」
納得したように冬月は小さく頷いた。魂こそ全く別物であるが、身体にはレイのパーソナルが蓄積されている。影響を受けていても不思議では無い。
「では改めて。この子達が元レイのクローン体、通称シイスターズよ」
「……ごめんなさいお母さん。私の聞き間違いかな。シスターズだよね?」
「いいえ、シイスターズよ」
ニッコリと微笑むユイには、一切の反論を許さぬ迫力が宿っていた。それはすなわち、命名者がユイである事の何よりの証明であった。
「地球と一つに、星になったリリスと貴方によって生み出された子。だからシイスターズよ。因みにレイと同じく貴方の妹だから、シスターとも掛けてるの」
「……ひょっとしてお母さん」
「うむ、大学時代からネーミングセンスはこうだった」
「……ああ」
一人満足げにしているユイを余所に、シイ達は何とも微妙な表情を浮かべていた。
「ごほん。まあ名称は置いておくとして、この子達は戸籍上、正式に私とユイの娘となった」
「だからさっき、私の事をお姉さんって呼んだんだね」
「……いえ、お姉様はお姉様です」
沈黙を守っていたレイスターズの一人が、一歩前に踏み出して声を発する。すると他の面々も、その通りだと何度も頷いて同意を示す。
「え、えっと」
「ずっとこの調子なのよ。レイは貴方に信頼と愛情を持っているから、この子達にその影響が出てもおかしく無いわ。でもここまで極端になるなんて……」
「シイスターズの諸君。君達にとって、シイ君は姉と言う認識なのかね?」
状況を把握しようと問いかけた冬月に、シイスターズは揃って首を縦に振る。一切の迷いが無かった所を見ると、それは間違い無いのだろう。
「成る程。ではレイの事はどう思っている?」
「……レイお姉様です」
「碇とユイ君はどうかな?」
「……お姉様の父親と母親です」
「では最後に、渚カヲルは――」
「「倒すべき敵です」」
素晴らしく統制の取れたシイスターズの返答に、冬月は満足げに頷いて見せた。一連のやり取りで、彼は何らかの確信を得たのだろう。
「大体理解したよ。これは私の仮説だが……この子達はシイ君に対して、自分達を生み出した絶対の存在として、特別な感情を抱いていると思う。レイも同様だろう」
一方でゲンドウとユイの事は、あくまでシイとレイの両親として認識している。この事からシイスターズは、シイとレイの二人だけを特別な存在だと思っていると推測出来た。
「ところで君達の望みは、やはりシイ君と共に暮らすことかね?」
「……いいえ」
まず間違い無いだろうと思っていた問いかけは、しかしあっさりと否定される。ゲンドウとユイも冬月と同じ考えだった為、予想外の反応に驚きを隠せない。
「ならお前達は何を望む?」
「…………お姉様達と愛し合う事です」
その瞬間、司令室の空気が一変した。シイスターズの赤い瞳は、まるで獲物を狙う獣の様な輝きを放ち、意図を理解したゲンドウ達は、緊張した面持ちでシイの側へ歩み寄る。
一触即発の状況下で、しかしただ一人空気を読めないシイは、無防備にシイスターズに手を差し出す。
「?? 私はみんなの事好きだよ。だから家族として一緒に暮らそうよ」
「……愛し合ってくれますか?」
「勿ろ――っっっ~」
迂闊な返答をしかけたシイの口を、険しい表情のユイが慌てて塞ぐ。歪んだ碇家の教育を矯正しきれなかった事を悔やみつつも、脳内ではこの状況の打開策を巡らせていた。
「……お母様は反対するの?」
「それこそ勿論よ。娘が間違った道へ引きずり込まれるのを、黙って見ていられないわ」
「どうやらレイの影響は、負の側面もあったようだね」
「……ああ」
真っ向から対立した両者は、互いに臨戦態勢へと移行していく。
「け、喧嘩は駄目だよ。どうしてみんな怖い顔してるの?」
「貴方を守る為よ、シイ」
「そんなのおかしい。だってみんな私と愛し合いたいって言ってるのに」
「……お義父さん。ツケを払う時が来た様です」
当の本人がまるで危機感を抱いていない状況に、ゲンドウは遠く離れたイサオを思う。
「……邪魔をするなら」
「……例えお姉様のお父様とお母様でも」
「……殲滅します」
「こうなったら仕方ないわ。あなた、冬月先生。よろしいですわね?」
「ああ、問題無い」
「やれやれ、こうした荒事は久しぶりだよ」
こうしてゼーゲン本部司令室で、前代未聞の下克上が発生した。
数の有利を生かし、シイスターズはシイを確保するために行動を開始する。三方に人数を分けて、ゲンドウ達の各個撃破を試みた。
「こう見えても、護身術の心得はあるのよ」
「……碇ユイ」
「……お姉様のお母様」
「……京都の碇家の一人娘」
「……自称二十八才。実年齢三十八才」
「……もうばあさん」
「くっ! ま、まだ心は若いつもりよ」
実はこっそり気にしていたユイは、思わぬ挑発に心を乱してしまう。その隙をシイスターズが逃すはずも無く、数の優位を生かして一斉に飛びかかった。
いかに武術の心得があろうとも、ユイ自身はごく普通の女性。中学生複数人に力ずくでしがみつかれれば、それをふりほどく術は無い。
「……最大脅威を確保」
「……油断しないで。この人は魔女と評判だから」
「……了解」
「……紐で両手両足を縛ってから、三人で身体を押さえ込み続けるわ」
妙に手慣れているシイスターズは、鮮やかな手つきでユイを拘束する事に成功した。
シイを背後に避難させながら、ゲンドウは冬月と共にシイスターズとバトルを繰り広げる。こちらはユイの様な技量では無く、成人男性と言う体格差を生かして、どうにか迫り来る少女達を退けていた。
だが、やはり数に勝る力は無い。圧倒的な戦力差は、次第にゲンドウ達を敗勢へと導いていく。
「くっ! シイ、お前は司令室から離脱しろ」
「え?」
「こいつらの狙いはお前だ。ここは私達に任せて、お前は逃げるんだ!」
「やはりレイの技量を受け継いでいるか。厄介だな……」
やがて周囲を完全に包囲されたゲンドウ達。じりじりと間合いを詰める少女達を前に、敗北を悟ったゲンドウはある決断を下した。
「冬月先生……」
「ああ、分かっているよ」
「え? え?」
何故かわかり合っている二人に、シイは困ったように眉をひそめる。そもそもシイには、何故喧嘩が起きているのかすら理解出来ていないのだから。
「シイ。これから私と冬月が突進して、ドアまでの道を開く」
「君は振り返らずに、そのまま発令所まで逃げ込むんだ」
「だから喧嘩なんかしないで、もっと落ち着いてお話しようよ」
「……頼むシイ。理解しろとは言わない。だが今だけは私達の事を信じてくれ」
本気の心は相手に伝わる物。どうして自分を逃がそうとしているのか、シイには理解出来ない。だがゲンドウ達がその為に本気になっているのは分かった。
「う、うん。でも後でちゃんと理由を教えてね」
そんなシイの頭を軽く撫でると、ゲンドウは優しい微笑みを送った。
「……子供の未来を邪魔する壁を壊すのは、親の役目だ」
「お父さん……?」
「私はもう十分に生きた。後は若い世代に託す……それが最後の仕事だよ」
「冬月先生……?」
覚悟を決めた男の大きく頼もしい二人の背中を、シイは複雑な思いで見つめる。
「では行くぞ」
「準備は良いかね?」
「は、はい」
シイが頷くと同時に、ゲンドウと冬月の特攻が始まった。
「シイに手を出したかったら、私を倒してからにしろぉぉ!!」
「私のシイ君に指一本触れさせんよぉぉ!!」
雄叫びと共にシイスターズへと突進する二人。包囲陣形を取っていた為、場所辺りの人数は少なく、体格差で勝る二人は怒濤の勢いで道を開いていく。
そんな父と恩師に守られ、シイはドア目掛けて必死で駆け抜ける。だがその目前で、ゲンドウが足首を掴まれて転倒してしまった。
「碇!?」
「冬月先生……シイを……頼みます……」
「……分かった」
一人では突破できないと判断した冬月は、シイの腰を掴んで高く持ち上げた。
「ふ、冬月先生!?」
「ぬぅぅ、山登り好きを……舐めて貰っては困る!」
老体の何処にそんな力が残っていたのか、冬月はしがみつくシイスターズを物ともせずに、シイに文字通り指一本触れさせること無く、ドアまで送り届けた。
ただその代償は大きく、グキっと言う嫌な音を残して、冬月はレイスターズに確保された。
「行きなさい、シイ! 誰かの為じゃ無い、貴方自身の貞操を守るために!!」
「お母さん……よく分からないけど、分かったよ」
三人を残す事に罪悪感を覚えながらも、シイは司令室のドアを開けて廊下へと飛び出す。そしてそのまま発令所へ逃げようとしたのだが……。
「えへへ~。お姉様ゲット~」
ドアの前で待ち構えていたシイスターズに、あっさりと身柄を拘束されてしまった。
「わ、わわわ」
「は~い、お姉様。大人しくしててね」
思い切り身体を抱きしめられ、シイは身動きを封じられる。そのままゆっくりと司令室へ戻る少女に、ゲンドウ達は困惑を隠せない。
「まだ……居たというのか」
「始めから二段構えの作戦だった、と言う訳ね」
「ピンポーン大正解。万が一に備えて、ここに向かう途中に私だけこっそり抜けてたんだよね~。ま、二十人が十九人になっても普通は気づかないし、結果オーライって事で」
他のシイスターズとは様子の違う少女は、シイの身体を一層強く、しかし愛おしげに抱きしめる。
「会いたかったよ、お姉様。仕方ないって言っても、私だけ挨拶も出来ないし、何か損な役回りだ~って思ってたけど、これまた結果的には役得って感じだよね~」
「え、えっと……貴方もみんなと同じなんだよね?」
「モチのロンって、ちょっと古いか~。まあ私はちょっと特別だけど、大体同じかな」
妙にハイテンションな少女に、シイはペースを掴めずに困惑してしまう。
「ま、細かいことは気にしない気にしない。それじゃあ早速、愛し合いましょ」
「え? 愛し合うって……好きって気持ちを伝え合う事だよね?」
シイにとってそれは感情の交換であって、能動的に何かをすると言う発想は無かった。目を丸くして不思議がる様子を見て、少女は心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「も~お姉様ったら初心なんだから。ちょー可愛い。ホント、食べちゃいたいくらい」
「????」
怪しい光を放つ赤い瞳に見つめられ、シイは何故か背筋が凍るのを感じた。理屈や知識では無く、本能が危険だと訴えているのだ。
しかし身動きの取れない状況では、逃げる事すら叶わない。両親と恩師が見守る前で、ある意味で最悪の結末を迎えるかと思われたが……。
「「ちょっと待った!」」
彼女は神だけでなく、みんなに愛された子だった。
~シイちゃんファンクラブ参戦~
突如司令室のドアが開き、そこから現れたのは、リツコを始めとするゼーゲン主要スタッフの面々。そしてもう一つ、シイちゃんファンクラブ幹部会員の面々でもあった。
「これ以上私のシイちゃんに手を触れる事は許さないわ」
「何よこれからが良いところだってのに、邪魔してくれちゃってさ。あ~も~超むかつく~」
「れ、レイのクローンにしちゃ、随分と感情表現豊かだな」
不機嫌オーラ全開の少女に、思わず日向が怯む。それは他の面々の同様で、レイと全く同じ容姿でここまで性格が変わっていると、何とも言えぬ不思議な感覚にとらわれてしまう。
「そもそも何? あんた達いい年してお姉様を狙ってるの? 何、そう言う趣味な訳?」
「そうよ!」
「さ、流石先輩……」
「俺達に言えない事を平然と……」
力一杯言い放ったリツコの姿に、マヤと青葉は感動すら覚えていた。そして流石にこの答えは予想していなかったのか、少女は顔を引きつらせて動揺を見せる。
「う、うわ~。あんたやばいんじゃ無い? それって変態よ、変態」
「科学者にとってそれは褒め言葉よ。そうですよね、ユイさん?」
「コメントは控えさせて貰うわね」
「とにかく、お姉様は私のもの。あんたなんかに渡さないわ」
「……あらあら、貴方達はそれで良いの?」
少女の言葉に答えたのはナオコだった。彼女は挑発的な視線で、他のシイスターズを見回す。
「この子がシイさんを独占したら、貴方達はシイさんと愛し合えないわよ?」
「「!!??」」
それはまさに、起死回生の一言であった。共通目的の為に手を組んできたシイスターズだったが、ここに来て初めて互いへの疑心が生まれてしまう。
「ちょ、ちょっとあんた達。こんなばあさんの戯言なんて、聞き流しなさいって」
「……独り占めする気?」
「……それは駄目」
「……私もお姉様と愛し合いたい」
「……心も身体も一つに」
かくして、シイスターズによるシイ争奪戦が勃発した。全く同じ身体、同じ知性、知識を持つ少女達の戦いは、完全な泥仕合へと変わっていく。
言葉には力がある。それが実証された瞬間であった。
戦い続けるシイスターズを尻目に、ファンクラブの面々はシイの安全確保と、ゲンドウ達の救出を行う。色々と問題はあったが、どうにか無事に事態を収束できそうだと、誰もが安堵のため息をついた。
因みに腰痛を再発させた冬月は、青葉と日向によって病院へ運ばれている。
「ふぅ、助かりましたわ。危ないところをありがとう」
「君達の働きに感謝しよう」
「いえ、ゼーゲンの職員として当然の事をしたまでですわ」
「……ところで、君達はどうしてこの事態に気づいた?」
司令室は一切の盗聴盗撮を許さない、完全な機密保持を約束されている空間。外部からここでの出来事や会話を知る事は不可能だと、ゲンドウは眉をひそめた尋ねた。
すると何故かリツコは冷や汗を流しながら、そっと視線を逸らす。
「……赤木君、正直に言えば情状酌量の余地はある」
「そ、その……ちょっとした茶目っ気で、こっそり監視カメラを設置してたり……」
「君の独断かね?」
「はい。処罰は覚悟しています」
鋭い視線を向けるゲンドウに、リツコは観念したように小さく頷いた。
「ち、違います! 私も、私も協力しました。だから私も処罰を受けます」
「良いのよマヤ。全ては私の独断。それが真実なの」
「先輩はいつもそうやって、自分だけ責任を負って……私にも背負わせて下さい!」
「マヤ……」
「先輩……」
「そう。なら二人とも減給30%ね」
「「……はい」」
上手く誤魔化せたかと思えたが、残念ながらユイには通じず、二人は無念そうに頭を下げた。もっともそのお換えで助かったのはユイも認めているので、実際に処分を下すつもりも無かったが。
「後は、あの子達をどうするかだけど……」
「ら、乱暴は駄目ですよ」
「ええ、勿論よシイさん。ただ世の中には暴力よりも、もっと怖い物があるって教えてあげるだけ」
怪しく微笑むリツコに、この場にいる全員が少女達の末路を察した。
「……まあ良い。冬月の読み通り、ここにレイが居なかった事だけが救いだ」
「間違い無く暴走したでしょうからね」
ユイが苦笑したその時、小さな振動がゼーゲン本部を襲う。地震かと初めは気にする事も無かったのだが、次第に振動は大きくなっていく。
まるで……リリスの怒りを表すかの様に。
「これって、まさか……」
ゴクリと息をのむ一同。彼らの脳裏をかすめた最悪の予感は、残念ながら現実の物となってしまった。開かれた司令室のドアから彼らは見てしまう。長い本部の通路を悠然と歩く、残酷な女神の姿を。
血の様な赤い瞳に暗い光を宿し、全身から真っ黒なオーラをまき散らしながら、碇レイは司令室へと辿り着き、この騒動を終局へと導いた。
シイスターズと、この場に居た全員の心にトラウマを残して……。
何だか久しぶりにアホを書いた気がします。
レイクローン達にも、無事シイスターズとニックネームが付き、さあこれからと行きたい所ですが……実質的に出番は次回でラストを予定しています。
流石に二十人は多すぎるので……。
次でアダムとリリス編の後始末を終えて、日常編に移行します。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。