エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《アダムとリリス(終局)》

 地球全土を巻き込んだ『女神からの福音』騒動から三日が過ぎた。

 突如降り注いだ生命の水に、当初こそ各地で混乱が見られたが、実害が無かった事に加え、ゼーゲンの情報公開の効果もあり、世界は再び安定を取り戻していた。

 

 

~あの後 その1~

 

「碇君。改めて言う事では無いが、君にはもう少し周囲への配慮を持って欲しいものだね」

「エヴァの無断運用、本部施設の半壊、非常事態宣言の発令、国連軍と戦自への避難補助要請。どれをとっても胃が痛くなる話だ」

「左様。我らが苦情処理係としてどれだけ苦労したか」

「耳にたことは、君の国の言葉だったな。まさか実体験するとは思わなかったよ」

 何時もの会議室で、何時もの面々から、何時もと同じ様に文句を言われるゲンドウは、これまた何時もの姿勢で堂々とそれを聞いていた。

「詳細についてはご報告した通りです。最善の行動を取ったと思われますが」

「無論承知している」

「あの規模の事態に対し、被害が少なかったのは確かだ」

「左様。サードインパクトを回避し、リリスの覚醒を終結させたのは、我らも評価している」

「負傷者はあれど、死者がゼロというのも特筆すべき事項だ」

「エヴァ、ロンギヌスの槍、そしてリリスと言う問題が全て片付いたのも、素晴らしい結果だよ」

「……褒めるのか叱責するのか、どちらかにして貰いたいものです」

 言葉面だけをとれば、老人達にしては珍しいべた褒めだ。だが彼らが全員苦虫を噛み潰したような顔で、しかも怒ったような口調で言われてしまうと、流石のゲンドウも対応に困る。

 一体彼らは何を自分に伝えたいのかと。

「碇。我らは別にお前を咎めるつもりは無い。ただ一つ、気になっている事があるだけだ」

「……何でしょうか、キール議長」

「事態の収束より三日が過ぎ、世界は既に落ち着きを取り戻している。ゼーゲン本部も修復工事が始まり、未来へと歩み出そうとしている。にも関わらず、何故シイは我らの前に現れない」

「……は?」

 真面目な口調で話すキールに、ゲンドウは思わず間の抜けた返事をしてしまう。

 

「彼女こそ、我らに新たな希望をもたらした存在。いわば女神だろう」

「左様。その女神を隠すのは頂けないね」

「あれだけの大仕事をした後だ。入院して検査と静養が必要だったのは分かる」

「しかし三日だ。もう我らの我慢も限界を迎えているぞ」

「「さあ碇君。シイちゃんを我らの前に!」」

 ピッタリ息の合った老人達に、ゲンドウは緊張していた自分が馬鹿らしくなり、大きくため息をついた。

「……仰りたい事は理解しました。言いたい事は山ほどありますが、一つだけ」

「発言を許可する」

「シイは精密検査が長引いている為、貴方達にお礼を述べる事が出来なかったのです」

 ゲンドウの発言は、審議室の面々に多大なショックを与えた。

「何だと!?」

「あの子に何があったんだ!」

「せ、精神汚染か? それとも負傷をしたのか? そんなのは報告に無かったぞ!」

「……その心配はありません。ただ、万が一にも不安要素を残さない為の処置です」

 奥歯に物が詰まったような言い方をするゲンドウに、老人達の苛立ちは募る。それを理解した上で、ゲンドウはこの時間を終わらせる手を打つことにした。

「その証として、シイから貴方達への音声メッセージを預かっています」

「「な、何!?」」

「どうぞメールボックスを確認して下さい」

「「そ、そうか。ではこれにて失礼する」」

 シイからのメッセージを聞くために、老人達は大慌てで立体映像を消す。残されたキールとゲンドウは、そんな光景に呆れ顔を浮かべた。

「やれやれ、彼らにも困ったものだ」

「キール議長はよろしいのですか?」

「……あの子の気持ちも分かるつもりだ」

 キールの言葉の意図を察し、ゲンドウは沈黙する。

「神に祝福されし子。恐らくあの変化はその証だろう」

「……ええ」

「だが碇シイである事に変わりは無い」

「私達もそう思っています」

「シイに伝えて欲しい。我々はお前の笑顔を楽しみに待っている、と」

「承知しました。では失礼します」

 重々しく頷くキールを残し、ゲンドウは会議室を後にした。

 

 

~あの後 その2~

 

「おや、老人達の愚痴は終わったのか?」

「以前収録しておいた、シイのメッセージであしらった」

 司令室に戻ったゲンドウは、冬月の問いに答えながら席へと腰を下ろす。

「今回は彼らにも借りを作ったからな。シイ君のメッセージはお礼代わりと言う訳か」

「ああ」

「本来ならシイ君に登場願いたい所だったが……」

「今は無理をさせるべきでは無い。本人もまだ戸惑っている節がある」

「気にしていた様だったからな……。あれはあれで、十分魅力的だと思うが」

「……手を出したら殺されますよ、冬月先生」

 思わず敬語に成る程、本気で忠告するゲンドウに、冬月は苦笑しながら頷いた。

「まあ良い。ところで仕事の話に戻るが……これを見てくれ」

「…………」

 冬月が机の上に広げたファイルに目を通した瞬間、ゲンドウの表情が引きつる。そこには本部の修復予算として、目を逸らしたくなる額が提示されていたからだ。

「因みにこれは、必要最小限の修復で掛かる費用だ。ターミナルドグマの処理、不要な施設の破棄などを考えた場合、数倍は見ておくべきだな」

「……冬月先生、後を頼んでも良いですか?」

「はぁ。元よりそのつもりだ。シイ君に余計な気を遣わせない為にもな」

 丸投げを決断したゲンドウにため息をつきながら、冬月は頷いて見せた。

 

 

 

~あの後 その3~

 

 病室のベッドで横になるアスカは、ベッドサイドの椅子に腰掛けているレイと会話を交わしていた。

「ふ~ん。シイはまだ出てこられないのね」

「……ええ。まだ検査が続いているわ」

「ったく、何をちんたらやってんだか」

 レイの言葉を聞いて、アスカは不満げに唇をとがらせる。

「仮にも次期トップなのに、随分と暢気なものね」

「……だから余計に周囲も気を遣っているの。それにシイさんもアレを気にしているわ」

「変なとこで神経質な子ね。……まあシイがあんたぐらい図太かったら、それはそれで気持ち悪いし」

 あの騒動の後、検査を終えたレイは直ぐさまアスカの元へ謝罪に訪れていた。一切の言い訳も無く、ただ自分がアスカを傷つけた事実だけを詫び続けた。

 普通は友人との関係が壊れてしまわないかと、少なからず対面を躊躇したりするのだが、レイにはそれが無い。あまりに潔く堂々としたレイの態度に、アスカは呆れながらもその謝罪を受け入れた。

「……リンゴを剥くわ」

「あ、うん。一応言っておくけど、ママが言ってた『傷物にした責任を取れ』ってのは気にしなくて良いのよ?」

「……私が食べたいから」

「そうよね、あんたはそう言う子だったわ」

 以前と変わらぬレイの態度に、アスカは悪態をつきながらも安堵していた。壊れてしまったと絶望したあの関係は、今もこうして途切れずに続いているのだと。

 

「あれ、あんた皮むきとか出来たっけ?」

「……問題無いわ」

 自分と同じで料理が出来ない筈だと問いかけた瞬間、レイはATフィールドによる不可視の刃で、リンゴの皮をあっさりと切り裂いた。綺麗に八等分されたリンゴを見て、アスカは呆れたようにため息をつく。

「ちっとは自重しなさいよ。てか無駄遣いにも程があるわ」

「……アスカも食べたいの?」

「どうしてそうなるのよ……まあ貰うけどさ」

 両腕が動かない為、自然とレイに食べさせて貰う形になる。あんぐりと開けたアスカの口に、レイはリンゴをそっと放り込む。その瞬間だった。

「アスカちゃ~ん。お見舞いに来たわよ~」

「!?」

「あらあら」

 最高のタイミングで病室へ入ってきたキョウコは、レイがアスカにあ~んをさせている光景に、何故か嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「うふふ、二人ともすっかり仲良し夫婦ね。ママ安心しちゃったわ」

「だ・か・ら、それはもう良いから!」

「……私にはシイさんが居るから、アスカは二号ね」

「あんたもさらっと、とんでもない発言してんじゃない!」

「レイちゃんったら、罪作りな女ね」

「……大丈夫。尽くすタイプだと思うから」

「どう考えても逆でしょ! あ~も~いい加減にしなさ~い!!」

 アスカの叫び声がゼーゲン中央病院に響き渡った。

 

 

~あの後 その4~

 

「は~。そんで三人揃って叱られとったんやな」

「病院で騒げば当然だね」

「……うっさいわよ」

 お見舞いにやってきたトウジとカヲルに、アスカは不機嫌丸出しの態度で答えた。

 結局あの後、叫び声を聞きつけた医師と看護師によって、三人は大目玉を食い、唯一の大人であったキョウコは責任者として、今も病院の事務所で説教を受けている。

「ま、大声が出せるのは元気な証や」

「骨折しても、じゃじゃ馬は治らなかったか」

「……だってアスカだもの」

「それで納得されるのも、何だかむかつくわね」

 レイの言葉に頷き合うトウジとカヲルを見て、アスカは不満げに呟いた。

「冗談はこん位にして、お前のそれはどない感じなんや?」

「精密検査の結果が出たんだろ?」

「……後遺症は覚悟しろってさ」

 アスカが告げた言葉は、レイの心を強く締め付ける。彼女の両腕と右足を徹底的に痛めつけ、後遺症が残る程のダメージを与えたのは、紛れもなく自分なのだから。

 改めて自らの行いを悔い、俯くレイ。

「……ったく、このあたしを誰だと思ってんのよ」

「惣流?」

「あたしは天才美少女のアスカ様よ。あんなヤブ医者の言葉なんて、あっさり覆してやるわ」

 当のアスカは全く悲観すること無く、真っ直ぐ未来を見据えていた。幾多の経験を積んで成長したのは、何もシイだけでは無い。アスカもまた、どんな困難にも立ち向かえる強靱な精神力を培っていた。

 何とかなる。きっと出来る。それがアスカがあの少女から学んだ事であった。

 

「惣流らしいっちゅうか、相変わらず自信過剰なやっちゃな」

「天才はさておき、美少女には疑問符が付くね」

「はん、言ってなさい。いずれあたしの美貌に、世界中が注目するんだから」

 話題を微妙に逸らしつつ、あえておどけてみせるアスカ。そこにはレイに対し、もう気にするなと言う無言のメッセージが込められていた。

 実際ゼーゲンの治療技術を用いれば、十分に完治する見込みがあり、決して虚勢を張っている訳では無い。

「それよりもあんた達、まさか手ぶらで来たわけじゃないでしょうね」

「当たり前や」

「最高級品のチョコレートを献上するよ」

 二人にしては珍しく、気合いの入ったお見舞いの品を見て、アスカは事情を察した。

「渡せなかったのね」

「やっぱ分かるか?」

「お見舞いにチョコレートなんて、あの子以外に無いもの」

「ご明察。シイさんには一切の干渉を許されなかったよ」

 普段通りの様子で答えるカヲルだが、そこには僅かな寂しさが混じっていた。せめて大好物だけでも渡したいと言う想いが届かなかったのだから、当然とも言えるが。

「シイの奴……寂しがっとらへんやろか」

「今は待つしか無いね。ただ少しでも隔離が緩んだら、揃ってシイさんに会いに行こう」

「そうね。てか、いい加減それが叶わないと、暴走しそうな連中も居るし。……ね、お姉さん?」

「……不可抗力よ」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべるアスカに、レイは冷や汗を流しながら答えた。

 

 

 

~あの後 その5~

 

 被害を免れたターミナルドグマの一区画を、加持と時田が並んで歩いていた。どちらも先の一件で大忙しなのだが、リツコからの緊急招集を断る程、薄情でも無かった。

「少しやせたんじゃ無いか?」

「ははは、メタボ対策には丁度良い位ですよ。そう言う加持さんも、顔に疲れが見えますね」

「徹夜なんて学生時代はざらだったが……歳をとったって事かな」

 たわいない雑談をしながら、二人は目的の場所である、管制室へと辿り着いた。

「よう、りっちゃん。元気にやってるか?」

「伊吹二尉もお疲れ様です」

「あらリョウちゃんに時田博士。随分と早いわね」

「加持主席監査官、時田博士。お疲れ様です」

 管制室に現れた二人をリツコとマヤが出迎える。先程の二人の会話では無いが、リツコとマヤにも一目で分かる程、疲れの色が浮かんでいた。

「どうやら相当苦戦してるみたいだな」

「正直、気が休まるときが無いわ」

「隙あらば、ですから」

「ふむ、成る程。この子達が話に聞いていた……」

 管制室のモニターをジッと見つめる時田。そこには二十人は居るであろう青い髪の少女達が、円を作って何かを相談している姿が映し出されていた。

 彼女達こそ、シイがリスクを冒してでも救いたいと願った、レイのクローン達であった。

 

「あの場所は?」

「レイが幼少期を過ごした場所を、超特急で改装したの。流石にまだ表には出せないからね」

「まあ、いきなり彼女達が出てきたら、流石に混乱を招くでしょうし、賢明な判断ですよ」

 少女達の容姿はレイと全く同じであり、それが二十人も居れば間違い無く周囲は混乱するだろう。記憶や知識をも引き継いでいるとなればなおさらだ。

「ま、状況は分かった。それで俺達を呼んだ理由を教えてくれるかな?」

「……実はあの子達、脱走を企てているの」

「ほほう、それは穏やかではありませんな」

「現在までに二十一回、全て未遂で済んでいますが……段々手が込んできてまして」

 困ったようなマヤの口ぶりに、時田と加持はその苦労を察した。

「始めは騒いだり力ずくなんて可愛い物だったけど、一番最近だと仮病まで使い出したわ」

「何が有効かを確かめていた訳か」

「ベース素体がレイなので、相当の知略知謀を兼ね備えていると思われます」

「ならば今も作戦会議をしていると。……喧嘩をしたりしないんですかね?」

 似過ぎた者同士は憎み合うと言う言葉があり、時田はそれを気にする。しかしリツコは何とも複雑な感情を込めた顔で、静かに首を横に振った。

「あの子達は自分と他の子の区別が、しっかり出来ているみたいね。見ての通り、協力する事こそあれ、喧嘩なんて一度たりとも無かったわ」

「そりゃまた……」

「まあ険悪になるよりは、よほどましですかね」

 微妙な笑みを浮かべる加持と時田。その時モニターを見ていたマヤが、驚いた様に目を見開く。

「え!? 先輩! あの子達が」

 マヤの声に三人がモニターに視線を移すと、そこには取っ組み合いを始める少女達の姿があった。大声で相手を罵倒し、胸ぐらを掴みあげ、関節技合戦を繰り広げる者まで現れる。

「おいおい、どう言う事だ?」

「これはいけませんね。早く仲裁に入らなければ」

「……成る程。今回は中々考えてきたわね」

 焦る加持と時田を余所に、リツコは落ち着いた様子で唇を笑みの形に歪める。そして呆気にとられる三人の視線を受けながら、端末の通信ボタンを押す。

「貴方達! 残念だけどその作戦は失敗よ。誰も仲裁に入らないし、ドアロックも外さない。それにこのまま喧嘩を続けるなら……シイさんに言いつけるわよ!」

『!!??』

 スピーカー越しにリツコの声を聞いた少女達は、ビクリと身体を震わせると、何事も無かったかの様に喧嘩を止め、直ぐさま全員が正座をして反省の態度を示した。

「そう、良い子ね。大人しくしていれば、ちゃんとシイさんに会わせてあげるから」

 コクコクと頷く少女達を見て、リツコは満足げに通信を切った。

 

「マヤ、二十二回目の脱走未遂。記録しておいて」

「は、はい」

「そんな訳で、いずれ脱走を成功させる子が出る可能性を否定出来ないの」

 ため息をつきながら肩をすくめるリツコを見て、加持と時田は自分達が呼ばれた理由を察した。

「万が一脱走を許しても、確実に身柄を確保出来る様に、手を打っておきたいのか」

「加持さんが人的な対策を、私が隔壁等の施設的な対策をと言うわけですな」

「話が早くて助かるわ。忙しいとは思うけど、お願い出来るかしら?」

 手が空いている訳では無いが、今の光景を見せられてはとても断れない。二人は苦笑しながらも、リツコの要請を受ける事にした。

「ありがとう。……まあ一番の対策は、シイさんに会わせる事なんだけどね」

「ああ。彼女達が脱走を企てるのも、あの子に会いたいからだろう」

「……まだ、時間が掛かるのですかね?」

「現在、赤木ナオコ博士と碇ユイ補佐官が専任で対応しています」

「神経質になりすぎ、とは言えないな」

「早く会いたいですな……笑顔のシイさんと」

 四人は寂しそうな笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

~あの後 その6~

 

 ゼーゲン中央病院の特別病棟。そこはかつてシイが軟禁扱いで入院していた事もある、特殊施設。全ての病室は外部からしか開けることは叶わず、一種の隔離施設とも言えた。

 保安諜報部によって、厳重に警備態勢が敷かれるそこを、白衣を着た二人の女性が訪れる。

「碇補佐官、赤木博士。お疲れ様です」

「ええ、お疲れ様」

「変わりは無いわね?」

 黒服の男が頷いたのを確認すると、ユイとナオコは病室のロックを外して、静かに入室した。

 

 広い病室に置かれたベッドで、一人の少女が身体を起こして本を読んでいた。ショートカットの黒髪と、左右で違う色をした瞳が印象的な少女は、ユイとナオコの姿を認めると、満面の笑顔で出迎える。

「あ、お母さん。ナオコさん。こんにちは」

「うふふ、今日も元気ね、シイ」

「退屈して無かったかしら?」

「検査だから仕方ないですよ。でもナオコさんがくれたこの本が凄く面白いので、全然平気です」

 ユイとナオコにオッドアイの少女、シイは手にした本を見せて微笑む。

「今日はシイさんに、検査の結果を報告に来たの」

「みんなに会えるんですか!?」

 あの件以降、二人以外との面会が許されなかったシイは、ナオコの言葉に身を乗り出して食いつく。レイ、アスカ、カヲル、トウジ、言葉を交わしたい人は大勢居るのだから。

「ええ。ただその前に検査結果は伝えておくわね」

「うん」

「まず肉体的な外傷は無かったわ。病気もしてないし、身体は至って健康そのものよ」

「精神面も問題なしね。記憶や知識の欠落も無く、こちらも正常だったわ」

 ユイとナオコの報告を聞いて、シイはほっと胸をなで下ろす。あれだけドタバタのサルベージだった為、何処かに異常があるかもと、正直不安ではあった。

 優しい人類の母にシイは心の中で感謝する。

 

「後はシイのそれだけど……」

 ユイは少し言いづらそうに、シイの左目を指さす。髪と同じ黒色をしていたそれは、リリスからの帰還後、レイやカヲルと同じ赤色へと変化していた。

 レイと比べてシイの検査が長引いてしまったのは、これが大きな要因だった。

「残念ながら原因の特定は出来なかったわ」

「うん、でも私はもう気にして無いよ。最初はちょっと怖かったけど……レイさんとお揃いだし」

 初めて鏡でそれを確認した時、シイは困惑と動揺を露わにした。自分の身体に何か異変が起きたのではと、気にせずには居られず、鏡を見るのを拒んだ事もあった。

 だが時が経つにつれ、少しずつ自らに起こった変化を受け入れていく。それは変化した目の色が、自分の大切な二人と同じであった事も、大きく影響していたのだろう。

 ユイとゲンドウの娘である証は右目に残り、カヲルとレイの兄妹姉妹である証を左目に宿した。そう意識すれば、何も怖い物など無かった。

「因みにこれはあくまで仮説だけど……遺伝子が変化したのかも知れないわ」

「え?」

「貴方はリリスの内部で一度肉体を失って、再構築されて戻ってきた。それはレイの肉体も同じだから、互いの遺伝子が反応、あるいは一部融合した可能性もあるわね」

「……そうだと嬉しいです」

 ナオコの言葉はあくまで推論に過ぎない。だがシイにとって、それが一番安心出来る理由であった。

「さて、検査が問題無かった以上、直ぐにでも退院出来るけど……」

「気持ちの整理は付いている?」

 オッドアイになった姿は、モニター越しに見たアスカなど、極一部の人間しか知らない。変わった自分を人前にさらす覚悟は出来ているかと言う問いかけに、シイは小さく頷く。

「うん。みんなには怖がられちゃうかもしれないけど、ちゃんと伝えたいから。……ただいまって」

 ニッコリ微笑むシイを見て、ユイとナオコは確信した。

 自分達が待ち望んでいた宝物は、何一つ変わること無く帰ってきたのだと。

 

 

~ただいま~

 

 その後、ゼーゲン本部ではシイの帰還を祝うパーティーが開かれた。後始末で大忙しの職員達だったが、驚異的な作業速度で業務を片付け、当日開催を実現して見せた。

 主要スタッフを始め、負傷した警備隊の面々まで加えたほぼ全職員が会場に集まり、アスカも医師の反対を押し切って車椅子で駆けつける。

 やがて壇上にシイとレイが登場した瞬間、空気を奮わせる程の歓声が沸き起こった。

「え、えっと、みなさんこんにちは。碇シイです」

「……碇レイです」

「この度はとっても素敵な会を開いて下さり、ありがとうございます。そして……私達が大変ご迷惑をおかけしまして、ごめんなさい」

「…………」

「ほら、レイさんもちゃんと謝るの」

「……ごめんなさい」

 シイに促され、ペコリと頭を下げるレイ。そんな二人の姿に、職員達はやっと何時もの光景が戻ってきたのだと、こみ上げる喜びを感じていた。

「色々な事がありましたけど、こうして私とレイさんが居られるのも、皆さんのお陰です。本当にありがとうございます」

「……ありがとう」

「だから今日は私達のお祝いでは無くて、頑張った皆さんにありがとうを伝える会って言いますか……」

「……慰労会」

「うん。そんな感じでみんなで笑い合えたら嬉しいです」

 シイの言葉に会場が拍手で包まれる。彼らにはシイの目が変化している事は分かっている。だがそんな些細な事など、気にする者は誰一人として居なかった。

「それじゃあ最後に…………みんな、ただいま!」

「「お帰りなさい!!」」

 全てが終わり、宝物が戻ってきた瞬間であった。

 

 




過去最長エピソード『アダムとリリス』編、完結です。

レイシスターズに関しては、次回に専用エピソードを用意しています。
本当はここに入れたかったのですが、思った以上に尺が……。

作者が予定していたシリアス部門、謎の回収は終わったかなと思います。
もし『あれが投げっぱなし』など気になる点がありましたら、お手数ですが教えて頂けると助かります。
次からはアホタイムに路線を戻し、碇シイ育成計画の後半ですね。
それ程長くならずに、ラストまで辿り着けると思います。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※一部表現を訂正しました。ご指摘感謝です。

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