エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《アダムとリリス(8)》

~リリスVSリリン~

 

『全職員に告げる。現在、碇レイが本部に向かって侵攻中だ。彼女はターミナルドグマのリリスに意識を奪われ、その封印を解こうと行動している』

 冬月のアナウンスが、本部全館へと響き渡る。突然の戦闘配置に動揺していた職員達は、事態を理解しようと放送に耳を傾けた。

『封印が解かれれば、サードインパクトが起きる可能性もある。よって、ゼーゲンは現時刻をもってレイを目標と識別し、全力をもって迎撃にあたる。最悪の場合……目標の生死は問わない』

「お、おい」

「生死不問って……レイは」

 冷酷な冬月の命令に、迎撃に備えていた警備隊は戸惑いを隠せない。直接関わった事はほとんど無いが、それでもチルドレンの少女達が人類を守り抜いた英雄だと、誰もが思っていたからだ。

『……なお、目標は碇シイを人質にしている。目標がシイ君を傷つけない保証は無い。彼女の身を守るためにも、諸君の奮闘に期待する』

「シイちゃんが!?」

「こりゃ、やるしかないぞ」

 病院から本部へと通じる第七ゲートに配備された警備隊は、覚悟を決めて装備の確認を行いながら、銃器から実弾を抜き、訓練用のゴム弾を装填する。

 生死問わずと指示されても、彼らにレイを殺すと言う発想は無い。数で圧倒し、無力化して抑え込めば良いと考えていた。シイが人質になっている事実も、彼らに殺傷兵器の使用を禁じさせた。

 

 そしてレイがゲート前に差し掛かったと通信が入る。緊急閉鎖されたゲートを突破するには、時間が掛かるだろうと言う予想は、いともあっさり裏切られた。

「「なっっ!」」

 分厚い金属のゲートが、紙くずのように吹き飛ばされた。衝撃的な光景に唖然とする警備隊は、腕にシイを抱いてゆっくりと向かってくるレイに目を奪われる。

「ほ、本当にレイだ……」

「隊長?」

「足を狙え。動きを封じるんだ!」

 迎え撃つ警備隊は、シイに当たらないように慎重に狙いを定め、レイの足を狙って銃を撃つ。だがそんな彼らの気遣いは、ATフィールドが全て無駄にする。

「あれって、使徒の!?」

「……さよなら」

 目視できるほど強力なATフィールドは、レイの呟きと同時に形を変えて警備隊へ襲いかかる。屈強な警備隊の面々も、ATフィールドの圧力に耐える事は叶わず、一撃で吹き飛ばされてしまった。

 あちこちから倒れた警備隊員の呻き声があがり、ゲート前は死屍累々の地獄と化す。もう抵抗する力は無いと判断したレイは、彼らを心配する素振りも見せずに、本部の中へと進んでいった。

 

 元々ネルフは使徒殲滅の専門組織であり、対人戦闘に関しては戦自や国連軍に比べて、遙かに劣る戦力しか保持させて貰えなかった。

 それは後継組織のゼーゲンも同様で、警備隊が本部を守っては居るのだが、実戦経験の少ない、あるいは全く無い者達が多数で、とても本格的な対人戦が出来るレベルでは無い。

 ましてや相手がリリスに覚醒したレイでは、後れを取るのも無理は無いだろう。

 

「目標は第七ゲートを突破後、B区画へ侵攻を開始」

「警備隊第六から第十一部隊は壊滅。生死不明」

 発令所に続々と入ってくる情報は、絶望的なものばかり。人類の力ではリリスを止める事は叶わず、いたずらに犠牲者を増やす結果に終わった。

「B区画及び居住区の隔壁を緊急閉鎖。時間を稼げ」

「了解」

「伊吹二尉。MAGIに目標の予想目的地点を出させろ」

「は、はい」

 絶望的な状況に加え、司令であるゲンドウも不在とあって、職員達はパニック寸前だった。それでもギリギリの所で指揮系統を保てたのは、冷静に指示を下し続ける冬月の存在があったからだ。

「目標は隔壁を突破。侵攻を続けています」

「ATフィールドか……やっかいだな」

「予想目的地点出ました! エヴァの格納庫へ向かっています」

「やはりか。だとすると……」

「……ああ。恐らくエヴァでリリスの元へ向かうつもりだろう」

 冬月の呟きに、発令所にやってきたゲンドウが答える。額に浮かぶ汗と乱れた呼吸が、彼がどれだけ大急ぎでここに来たのかを物語っていた。

「侵攻ルートはメインシャフトを選んだか」

「あそこには迎撃設備が無い。より確実なルートを選択したのだろう」

「ふむ。どうするね」

「先手を打つ。零号機を特殊ベークライトで拘束しろ。プラグも排出し、搭乗を許すな」

 威厳を持って告げられるゲンドウの指示は、スタッフ達に安心感を与える。状況が全く把握出来ない今、上官の命令が彼らにとって、唯一信じられる道標なのだから。

「はぁ、はぁ、歳はとりたくないわね」

「リツコさんは煙草の吸いすぎよ」

 遅れて発令所のオペレーターエリアに、リツコとユイ辿り着く。こっそりアウトドア派なユイとは違い、リツコはすっかりグロッキー状態だったが。

「間に合わなかったのね……日向二尉、目標をモニターに出せる?」

「はい。主モニターに回します」

 ユイの指示に日向は即座に対応する。端末を素早く操作し、本部内に設置されている監視カメラの映像を、発令所のメインモニターに映し出した。

 

 通路を塞ぐ強固な隔壁を、いとも容易く破壊して歩く少女。そしてその両腕に優しく抱かれ、ぐったりとした様子を見せるもう一人の少女の姿が映し出された瞬間、発令所は悲鳴ともつかない声に包まれた。

 モニターに映る少女達は見まごうはずも無く、碇レイと碇シイなのだから。

「……シイ」

「何でこんな事になってんだよ」

 青葉の悲痛な呟きが、発令所職員全員の思いだった。

「しかし、何故レイはシイ君を」

「……人質かもしれん」

「ATフィールドがある以上、シイ君を人質にする意味はあるのか?」

「リリスは既にレイを掌握している。我々に有効な術を知っていても不思議では無い」

 ゲンドウはモニターから目を離さずに、忌々しげに答えた。シイを人質に取ると言う行動が、ゼーゲンにとって非常に有効な手段だと認めていたからだ。

「成る程。渚か」

「ああ。リリスにとって、同種同等の力を持つ渚は天敵だろう。だから渚にとって大切な存在であるシイを使い、奴の行動を制限するつもりかもしれん」

「したたかだな。始祖にしては人間くさすぎる」

 皮肉な笑みを浮かべる冬月に、ゲンドウは答えなかった。

(だが、本当にそれだけなのか? もっと他の……何か重要な狙いがあるのか?)

 リリスの真意を掴めぬまま、ゲンドウは思考を巡らせ続けるのだった。

 

「鈴原君と渚はどうなっている?」

「現在本部に向かって移動中です。到着まで後五分」

「よし。参号機と四号機の起動準備を進めろ。両名が到着次第、直ちに発進だ」

「了解」

 零号機への搭乗を妨害してはいるが、イレギュラーは常に起こりうる。万が一エヴァに搭乗されてしまった場合に備え、冬月は最善手と思われる手を選ぶ。

 その間にも、レイは隔壁と警備隊を突破して格納庫へ侵攻を続けていた。ATフィールドによる圧倒的な攻撃力と防御力に、ゼーゲンは為す術が無い。

 そしてレイはエヴァの格納庫へと辿り着く。だがそこは零号機では無く、初号機のであったが。

 

 

 猛スピードで第三新東京市を走る黒塗りの車。その後部座席では、トウジとカヲルが本部への到着を今か今かと待ちわびていた。

「早よ、早よせな……」

「慌てるなとは言わないけど、少し落ち着こう。僕達はレイを止める最後の切り札なんだから」

 忙しなく身体を揺するトウジに、カヲルはいつも通りの様子で声を掛ける。発令所からの情報を聞いて、状況が最悪だと分かっているが、自分達が焦ったところで好転する訳では無いのだから。

「せやけど、惣流がやられてシイまで」

「……実は、ずっとそれが気になっているんだ」

「どう言う事や?」

「何でレイはシイさんを連れているのか。どうにも引っかかるんだ」

 報告によると、足止めしようとしたアスカを打ち倒したレイは、本部へ緊急事態を伝えようと、離れた場所に移動していたシイを、わざわざ気絶させてさらったらしい。

 無視すれば済むはずなのに、あえて時間をつかってまでシイを連れ去った理由は何か。カヲルはずっとそれが気になっていた。

「そらやっぱ……お前に対する牽制とちゃうか?」

「だとしたら、僕は相当見くびられてるね」

 トウジの言葉にカヲルは不適な笑みを浮かべる。

「シイさんを救い出してレイを止める。僕にそれが出来ないと思っているとはね」

「出来るんか?」

「多分ね。それにもし出来なくても、レイは必ず止めるよ。例えシイさんを傷つける事になってもね」

「マジ……なんやな」

 カヲルの顔を覗き見たトウジは、そこに一切迷いが無いと感じて思わず息をのむ。

「僕はシイさんの望みを叶えたいんだ。そして彼女が望んでいるのは、人類が自らの力で切り開く未来。僕が守るべきは彼女の命だけじゃない」

「……お前は凄いのう。わしにはそない覚悟が出来へん」

「トウジ君はそれで良いのさ。君は優しいからね。……こんな覚悟をするのは僕だけで十分だ」

 何処か寂しげにカヲルは呟いた。

 

「レイはエヴァでメインシャフトを降下して、そこから直接リリスに接触を図るつもりらしい。隔壁を閉鎖したとしても、エヴァなら強引に突破する事が出来るだろう」

「わしらはそれを追っかけるんやな」

「そう指示が出るだろうね。ただ僕達が揃って戦うには、メインシャフトは少し狭い。乱戦になってしまうのは避けたいから、レイの相手は僕に任せてくれないか?」

「言いたい事は分かるけど、そんならわしは高みの見物でもしてろっちゅうんか?」

「いや。トウジ君にはある事を頼みたいんだ」

 カヲルから告げられた役目に、トウジは複雑な表情を浮かべて考え込む。だがやがて自分を納得させたのか、覚悟を決めた表情で頷いて見せた。

 人類最後の切り札となる二人の少年を乗せた車は、ようやくゼーゲン本部へと到着した。

 

 

 

 レイはシイを胸に抱きながら、初号機の前で足を止める。ユイのサルベージが成功して以来、魂を失った初号機は一度も起動する事無く、ケージで眠りに就く時を待っていた。

 当然外部電源は供給されておらず、貯蔵されていた内部電源も既に無い。

「……行きましょう」

 だがレイがそっと呟いた瞬間、動くはずの無い初号機に再び力が宿る。そしてまるで主を迎え入れるかの様に、自動的にエントリープラグが排出され、レイの搭乗を促した。

 レイはふわりと身体を浮かせると、エントリープラグに乗り込む。インテリアに身体を預け、シイを膝の上にのせると、二人を乗せたプラグは初号機へと挿入され、起動シークエンスが開始された。

 本来であればMAGIのサポートを受けて行うが、アスカが海上で行ったように、エヴァには単独で起動できるシステムが搭載されている為、一切の問題無く準備が進んでいく。

 やがて起動が完了すると、初号機の両眼に鋭い光が宿る。そのまま拘束具を容易く引き千切ると、初号機は力任せに本部の壁を破壊し、メインシャフトへ向かうのだった。

 

 

 

~アダムとリリス~

 

「初号機はメインシャフト第四層を通過! 尚も降下中です!」

「隔壁はどうなってるの?」

「全て閉鎖されていますが、初号機によって破壊されてます」

 発令所のメインモニターには、隔壁を足で踏み破って下へ下へと進む初号機の姿が映し出される。停止信号を一切受け付けない初号機は、完全に制御不能状態であった。

「内部電源は?」

「残量ありません。初号機はS2機関で稼働していると思われます」

「まさか初号機を使うとは……迂闊だったな」

「……ああ」

 焦ったような冬月の呟きに、ゲンドウは両手を顔の前で組むいつものポーズで頷く。

 レイは初号機ともシンクロが可能である為、今回の展開は予想していなければならなかった。だがレイが零号機に搭乗していた事と、初号機は既に魂を失い起動できないと言う思い込みが、判断を誤らせてしまう。

 S2機関とリリスの魂を得た初号機。それは人類に福音では無く滅びを運ぶ、悪魔にも見えた。

 

「追撃はどうなっている?」

「参号機は起動準備中です。……四号機、シャフト入り口へ到達」

 マヤの報告と同時に、学生服姿のカヲルがメインモニターに映る。プラグスーツが無くても完璧なシンクロを行えるカヲルには、わざわざ着替える時間が惜しかった。

 そしてその時間分、彼の予定通りトウジよりも先行する事が出来た。

『こちら渚カヲル。これより初号機を追撃します』

「目標は第五層に到達した。何としてもリリスとの接触を阻止してくれ」

『ええ。ところでシイさんも初号機に搭乗していますよね?』

「……判断はお前に任せる。最善と思う行動を取れ」

『初めからそのつもりですよ』

 カヲルは小さく頷くと通信を切り、白銀のエヴァと共に巨大な縦穴に身を投じた。

 穴の空いた隔壁を飛行しながら通過していく四号機。対して初号機は飛行能力を持たず、隔壁を足場に一枚ずつ降下している為、両者が接触するのにそれ程時間は掛からなかった。

「初号機、第二コキュートスを通過」

「四号機。後20で初号機と接触します」

「……アダムとリリス。最後は始祖同士の決着となるか」

 少し悲しげに呟く冬月に、ゲンドウは無言のまま答えなかった。

 

 

 隔壁を踏みつける初号機の頭部を、上空から飛来した四号機は容赦なく蹴り飛ばす。尻餅をつきながらも鋭い眼光を向ける初号機に、カヲルは苦笑しながら通信を繋いだ。

 相手から拒否されてしまい、音声のみの通信だが、カヲルは気にせずに声を掛ける。

「随分とゆっくりだったね。僕を待っていてくれたのかな?」

「……渚カヲル。フォースチルドレン。使徒。アダムの器。変態。ナルシスト。理解出来ない存在。敵。嫌い。危険人物。……私と同じ。……邪魔をする敵」

 飛びかかってきた初号機と四号機が両手を掴み合い、隔壁の上で押し相撲の様な態勢でしのぎを削る。

「ふふ、随分と嫌われたものだね。仮にも兄妹だと言うのに」

「……知らない」

 初号機と四号機が展開するATフィールドに耐えきれず、足下の隔壁が押しつぶされる。それでも二機のエヴァは落下中も互いに一歩も引かずに押し相撲を続け、次の隔壁へと着地した。

「それとも、元夫婦の方が良いかい?」

「……冗談は嫌い」

「ふふ、残念だ。僕達はやはり相性が悪いみたいだ……ねっ!」

 カヲルは拮抗していた力をわざと緩め、初号機の態勢を崩す。そして前のめりになった所に、遠慮も容赦も無く前蹴りを初号機の腹へと蹴り込んだ。

「そこにシイさんが居るから、僕が攻撃を躊躇うと思っていたかい?」

「…………」

「生憎と覚悟は出来ている。まずは動きを止めさせて貰うよ」

 カヲルは四号機の右手にプログナイフを握ると、倒れた初号機へと襲いかかる。咄嗟にレイも初号機の肩からナイフを取り出し、二つのナイフが激しい火花を散らしながらぶつかり合う。

 激しいつばぜり合いは、少しずつ四号機が優位に立つ。

「早くシイさんを手放した方が良いよ。もう君の足かせにしかならないだろ?」

「……嫌」

「道連れにするつもりなら、遠慮はしない」

「……渡さない」

(ここまで強い執着を見せるとは……シイさんを求めるレイの想いが、リリスに影響しているのか? だとしたら……)

 心に疑念を抱きながらも、倒れた初号機を上から押し切ろうとしたカヲルだったが、隔壁がATフィールドで潰れてしまい体勢が乱れる。レイはその隙を逃さずに、前蹴りを四号機に叩き込んで距離を取った。

 

 

 態勢を立て直した初号機と四号機は、互いに手にしたナイフで激しく切り結ぶ。性能的には若干四号機が上だが、優勢に立てるほどの差は無い。

 そしてリリスのコピーである初号機と、アダムのコピーである四号機。レイとカヲルは互いの身体のコピーとシンクロしている為、どちらも搭乗者の意のままに機体を操る。

 隔壁を破壊しながら続く斬り合いは、両者一歩も譲らぬ互角の死闘となった。何度も互いの機体をナイフが斬り付けるが、動きを止めるには至らない。

(不味いね……そろそろ最下層に辿り着いてしまう……ん?)

 カヲルに僅かな焦りが浮かんだ時、不意に初号機の動きが鈍る。千載一遇のチャンスと、カヲルは初号機目掛けてナイフを振り下ろそうとして、

「レイさん! もう止めて!」

「っっ」

 突然聞こえてきたシイの叫び声に、思わず動きを止めてしまった。

 

「……離して」

「やだ! 絶対に離さない!」

「……大人しくして」

「駄目だよレイさん。このままじゃ、戻れなくなっちゃう」

 映像は無いが、聞こえてくるやり取りと物音から、カヲルは初号機のプラグで何が起きているのかを察する。意識を取り戻したシイが、必死にレイを止めようとしているのだと。

「シイさん、聞こえるかい?」

「カヲル君!? 私がレイさんを抑えてるから、今のうちに……」

「そうさせて貰うよ」

 非力なシイでは、レイを長く抑えこめないだろう。シイがくれたチャンスを無駄にしないと、カヲルはプログナイフで初号機の右腕を切り裂いて、まずは攻撃手段を奪う。

 そして行動力をも奪おうと今度は足を狙うが、突然動き出した初号機に前蹴りを受け、手からナイフをはじき飛ばされてしまった。

「くっ、シイさん!」

「……無駄よ。眠っているもの」

 呼びかけるカヲルに、しかしレイは冷たい口調で事実を告げる。

「レイ……シイさんを傷つけたのか」

「……眠っているだけ」

(気絶させただけ言う事か……。同じ様に邪魔をしたアスカはあれ程徹底的に打ちのめしたのに、シイさんにはそうしなかった。やはりレイの狙いは……)

 車中でアスカの容態を聞いていたカヲルは、レイの行動にある予測を立てていた。

 

 

「初号機、四号機、共に第十隔壁を突破!」

「参号機はリフトにて降下中。現在第六隔壁を通過」

「旗色が悪いな」

 苦戦を強いられているカヲルの様子に、冬月は険しい表情で呟く。苦戦と言っても互角以上に渡り合っているのだが、今回はそれでは不十分なのだ。

 レイがリリスに到達した時点で、全てが終わるのだから。

「……赤木君。ターミナルドグマのあれは使えるな?」

「ええ。こちらで遠隔操作出来ます」

 即答するリツコに頷くと、ゲンドウは司令席からすっと立ち上がる。

「現時刻をもって、第一種戦闘配置を解除する。全職員は直ちに本部から退避しろ」

「「!!??」」

 予想外の命令に職員達は一斉にゲンドウへ視線を向ける。だがゲンドウは威厳に満ちた様子を崩さず、今のが決して自棄になっての発言で無いと無言で伝えていた。

「し、司令。どうして」

「サードインパクトを防げぬと判断した時、ここを自爆させる。それに君達が付き合う必要は無い。自爆装置を起動させるのは、私一人で十分だ」

「しかし!」

「渚と鈴原君なら大丈夫だ。二機のエヴァがATフィールドを展開すれば、爆発にも耐えられる」

 食い下がる日向にゲンドウはサングラスを直しながら答える。事前にMAGIにシミュレートさせた結果、あの二人の命は守れると試算結果が出ていたからだ。

「諦めるつもりは無い。だが全員で危険な橋を渡る必要も無い」

「やむを得んな。青葉、全館に退避命令を出せ。今からならギリギリ間に合うだろう。それと第三新東京市全域に避難勧告も忘れるな。関係各省に非常事態宣言を通達。戦自と国連軍に避難を手伝わせろ」

「……了解」

 最悪の事態を想定して、大人達は動き出した。

 

 

 

 四号機が落下するナイフを掴むと同時に、初号機も自らの右腕を回収して即座に再生を行う。新たな隔壁に着地した二機のエヴァは、再び激しい斬り合いを演じる。

「レイ。君は全てを捨ててまで、リリスに戻るつもりなのか?」

「……ええ」

「ガッカリだよ。君は以前僕にこう言った。『貴方とは違う。自分は一人では無い』と」

 カヲルはリリスにでは無く、リリスに支配されているであろうレイへ語りかける。一枚、また一枚と潰れていく隔壁を通過しながらも、二人はナイフを振るう手を止めない。

「その言葉は僕にとって衝撃的な事だった。……僕と同じ存在である君がリリンとの共存を選び、それを成し遂げようとしていたのだから」

「…………」

「だからこそ僕も希望が持てた。リリンと共に生きられる、生きても良いと僕が思えたのは、シイさんの存在だけじゃない。君の言葉、行動、存在も僕を後押ししてくれたんだ」

 決して相性の良い相手ではない。シイと接近するのを邪魔する天敵でもある。だがレイが居たからこそ、カヲルは共存への一歩を踏み出す勇気を得たのだ。

 

「なのに君は何だい? リリスの意識に目覚めた位で、あっさりと全てを捨てようとしている。一人になろうとしている。それで良く共存なんて口に出来たね」

「……知らない」

「君は僕の、僕達の気持ちを裏切るつもりなのか」

「……貴方の気持ちなんて知らない」

 少しでもレイの意識を刺激できればと、カヲルはあえて挑発する様な語りを続ける。

「リリスに戻りたいと思うのは、君の魂に刻まれた本能だ。心の奥底から沸き上がる回帰衝動が、抗いがたい物だと言うのも理解出来る」

「…………」

「だけどね、君の帰る場所は本当にリリスなのかい?」

 二機のエヴァは、長いメインシャフトの終着点、ターミナルドグマへ到達しようとしていた。

 

 




レイリリス無双でした。漫画版のゲンドウを見る限り、恐らく戦自だろうが何だろうが、レイリリスを止めるのは無理でしょうね。
粒子すら遮断するATフィールド……チート過ぎです。

カヲルとレイの一騎打ち。決着は次回に持ち越しと言う事で。

結末が近づいて来ました。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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