エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《アダムとリリス(7)》

 

~夢の終わり~

 

 ゼーゲン本部の司令室では、ゲンドウ達が真剣な表情で言葉を交わし合う。議題となっているのは、一週間前に病院に運び込まれてから入院を続けている、レイの事だった。

「……もはや猶予は無い、か」

 冬月はユイから提出された報告書を見て、辛そうに口を開く。自覚してしまった事が切っ掛けとなったのか、この一週間でリリスの魂は急速に目覚めつつあった。

 不測の事態に備えて、検査入院の名目で身柄をゼーゲンの監視下においていたが、遂にリリス覚醒阻止の限界点を迎えてしまった。そしてそれは彼らにある選択を迫る。

「君の方は?」

「申し訳ありません」

「……そうか」

 始めから困難な研究だと分かっていたのだ。リリスの魂を眠らせる術を見つけられなかったユイ達を、ゲンドウは決して責める事は無い。

 だが、これでゲンドウが選べる選択肢は一つだけとなった。

「……冬月。赤木君に魂抽出の準備をさせろ」

「良いんだな?」

「私は責任を果たさなければならない。全ての憎しみは私が引き受けよう」

「……分かった」

 諦めたように頷くと、冬月は司令室から出て行く。それを見送ったゲンドウは、サングラスを外すと両手で顔を覆い天を仰いだ。

「私は……何もしてやれなかった」

「出来る限りの努力をしましたわ」

「あの子達に必要なのは結果だ。私は娘を二人とも傷つける、駄目な父親だ」

「……何時かは分かってくれる時が来ます。あなたの重荷と判断を」

 娘を守りたいと思う父親の気持ちはある。だがゲンドウにはゼーゲン本部司令として、人類の未来を守る責任もある。辛い選択を強いられたゲンドウを、ユイはそっと抱きしめた。

「一緒に背負いますわ。それが私達の……神に手を出した人の罪なのですから」

「そうだな、ユイ」

 こんな状況であっても、自分を支えてくれるユイに感謝しながら、ゲンドウは己の責任を果たすために動き出すのだった。

 

 

 ゼーゲン本部中央病院の病室で、一人窓から外を眺めていたレイの元に、ノックの音が聞こえてきた。

「……はい」

「私だ。入るぞ」

 病室に現れたゲンドウは、何か覚悟を決めた表情をしていた。それを見た瞬間、レイは彼がこれから伝えようとしている事を察する。

「……時間切れ、ですか」

「ああ。リリスの魂は、何時目覚めてもおかしく無い段階に来ている。もはや躊躇う事は許されない」

「……はい。私もお願いしようと思ってました」

 器であるレイが、誰よりもリリス覚醒の予兆を感じていたのだろう。自らの終わりを宣告されても、彼女は動揺を見せなかった。

「今、赤木君が準備を進めている。それが終わり次第、お前の魂を抽出する」

「……はい」

 それっきり会話が途切れ、蝉の声だけが病室に響く。その沈黙を破ったのはレイだった。

 

「司令。ありがとうございました」

「私は何も出来なかった」

「いえ、私を産みだしてくれて、ありがとうございました」

 ベッドから立ち上がり、ゲンドウと真っ直ぐ向かい合ったレイは、深く頭を下げる。

「……私は満足しています。学校で勉強出来ました。友達が出来ました。一緒に食事しました。一緒に遊びました。誕生日を祝って貰いました。娘と認めて貰えました。……シイさんと出会えました」

「…………」

「司令が私を産みだしてくれたから……私はレイとして生きる事が出来ました。もう私は人形ではありません。お……お父さんの娘として、精一杯生きました。だから、ありがとうございます」

「レイ!」

 感極まったゲンドウは、思い切りレイの身体を抱きしめる。恐らく今のは別れの言葉なのだろう。しかしゲンドウには、それに答える言葉を持たない。

 ただ自分の愛情を伝える為に、小さな身体を包むことしか出来なかった。

 

「……最後に、お願いがあります」

「ああ、聞こう」

「これをシイさんに渡して下さい。……私が居なくなった後に」

 レイはベッド脇の机においてあった封筒を、ゲンドウに手渡す。何かと聞くまでも無く、これがシイへの別れの手紙なのは分かる。ゲンドウには手にした封筒が、ずっしりと重く感じられた。

「……確かに受け取った」

「それと、赤木博士の準備が終わるまで、誰もここに入れないで下さい」

「良いのか? 準備は早くとも夜まで掛かる……シイ達と会う時間はあるが」

「……耐えられなくなってしまいますから」

 改めてゲンドウは己の迂闊さに気づく。自らの存在の消失を、レイは決して望んでは居ない。恐れない筈が無い。それでも気丈に振る舞っているのだ。他ならぬ自分達の気持ちを考えて。

「ああ、分かった。……では、準備が終わったらまた来る」

「……はい」

 自分の無力さに打ちのめされながらも、ゲンドウは必死に平静を装う。そしてレイに見送られながら、振り向くこと無く病室から外に出る。

(満足……な訳が無い。私は大馬鹿者だ……。すまない、レイ)

 唇を噛みしめながら、ゲンドウは病室に向かって深々と頭を下げた。

 

 ゲンドウが去った病室で、レイはベッドの上でシーツにくるまっていた。

(……これで良いの。これでみんな助かる。何も壊れない)

 自分が居なくなったら、シイ達は悲しむだろう。だが時間と共に、新しい自分がその悲しみを和らげてくれるに違いない。誰も傷つかず、何も壊れない結末。それが最善の選択の筈だ。

 だが……。

(……何故泣いているの?)

 赤い瞳から無意識に涙がこぼれ落ちる。何度拭おうとも、溢れる涙は止まらない。そしてレイは気づく。自分がまだ、生きていたいと願っているのだと。

 ミサトに言われたように、最後まで生きる事を諦めなかった。それでも状況は変わらず、もう自分が犠牲になる以外の選択肢は無い。それは分かっている筈だった……が。

「……ぅ……ぅぅ……」

 枕で声を押し殺しながら、レイは泣き続けた。

 

 

 

~覚醒の時~

 

 放課後、レイのお見舞いにやってきたシイとアスカは、病室のドアに張り出された面会謝絶の掛札を見て、同時に顔を引きつらせた。

「どど、どうしよう。まさかレイさん……」

「あんた馬鹿ぁ? 私達が動揺してどうすんのよ」

 口ではそう言いながらも、アスカは心の焦りを隠せない。レイは病気や怪我で入院している訳では無いので、面会謝絶は通常あり得ないのだから

「とにかく、その辺の看護師をとっ捕まえて、事情を聞くわよ」

「う、うん」

 二人は近くを歩いていた看護師に声をかけ、面会謝絶の件について尋ねる。

「ああ。碇さんは今夜大切な検査があるらしくてね。人と会わないようにしてるのよ」

「何よそれ」

「詳しい事は分からないわ。でも精神的な検査だからって。……もう良いかしら?」

「あ、はい。ありがとうございました」

 頭を下げてお礼を言うシイに手を振って、看護師は足早に去って行った。

 

「精神的な検査ね~。十中八九リリスの事だろうけど、何か気になるわね」

「うん。今までこんな事無かったのに」

 二人はじっと病室を見つめるが、流石に面会謝絶を無視する訳にもいかない。

「仕方ないわ。司令か誰かに詳しい話を聞きましょ」

「そうだね…………えっ!?」

 諦めて本部へ向かおうとしたその時、シイは驚いた様に足を止めて病室を振り返る。

「ん、何してんのよ」

「今……レイさんが呼んでた」

「はぁ? 空耳じゃ無いの?」

「ううん。聞こえたの。レイさんが……助けてって」

 シイの言葉を聞いたアスカは、途端に表情を険しくする。この一週間に何度も、レイが突然意識を失い、シイの呼びかけで目覚めると言う光景を見てきた。

 ならば今、病室の中で同じ事が起きていて、レイが助けを求めているのかも知れない。

「レイさん! 開けて! 私はここに居るよ!!」

「……黙りなさい。騒いだら邪魔されるわ」

 もしここに病院関係者が現れたら、シイの言う事など聞く耳持たずに、騒いだ自分達は追い出されてしまうだろう。アスカはシイの口を塞いで、病室のドアを睨み付ける。

「そこのカードリーダーでロックが掛かってるのね。何とかこれを解除しないと」

「もごもごもご」

「騒がないわね?」

 シイが頷いたのを確認すると、アスカは口から手を離す。何度も深呼吸をして酸素を取り込んだシイは、大急ぎで自分の鞄をさぐり始める。

「何してんのよ」

「あのね、このロックなら解除出来るかもしれない」

「はぁ? 何であんたが……」

 アスカから訝しげな視線を受けながらも、シイは鞄から電卓の様な機械と黒いカードを取り出すと、機械をカードリーダに触れさせ、数十桁にも及ぶ謎の数字を読み取った。

 そして機械にカードを挿入し、十秒ほどしてからそのカードを取り出してカードリーダーに通すと、認証を示す緑色のランプが灯り、ロックが外れる音が聞こえる。

「な、あ、あんた、何で……」

「前に加持さんから教えて貰ったの。出来るに越したことは無いって」

 ゼーゲンスタッフによる補習授業によって、シイは妙に専門的な知識と技術を習得していた。まさか実際に使われる事になるとは、加持も思ってはいなかっただろうが。

「加持さん……何教えてんのよ」

「レイさん!」

 呆れているアスカを余所に、シイは病室の中へと飛び込む。そこで彼女が見たのは、冷たい赤い瞳をシイ達に向け、病室に立ち尽くすレイの姿だった。

 

 

「……また貴方なの?」

『私は貴方。貴方は私。ずっと一緒に居る』

 夕日が差し込む電車の中で、レイはもう何度目になるか分からない少女との対面を果たしていた。少女の正体が、恐らく自分の中に宿っているリリスの魂だと察しているレイは、早くこの場から逃げようと試みる。

「……早く消えて」

『もう遅いわ。私と貴方は一つになるの』

「……いえ、もう遅いのは貴方の方。貴方はもう一度眠るの」

 うんざりする様なやり取りも、これで最後だと思えば耐えられる。再び元の世界へ戻れば、もう二度と少女に会うことも無いのだから。

『本当にそれで良いの?』

「……どう言う事?」

『シイ。碇シイ。貴方の大切な人。貴方に必要な人。貴方を構築している人』

「……何が言いたいの?」

『本当にお別れしても良いの?』

 ニヤリと笑みを浮かべながら、少女は揺さぶりをかける。どれだけ納得しようとしても、諦めきれない生への欲求。その本質を見抜かれたようで、レイは動揺を隠しきれない。

「……ええ。それがみんなの為だもの」

『ならどうして泣いていたの?』

「…………」

『碇シイが欲しい? 一つになりたい?』

 まるで悪魔のささやきのように、少女の言葉はレイの心へと入り込んでくる。願望と言うにはあまりに儚い思い、それを見抜かれた戸惑いがレイを焦らす。

『叶えてあげるわ。貴方の望みを。だから私と一つになりましょう』

「……違うわ。私はシイさんと共に生きていきたいだけ」

『本当に? 本当に? 本当に?』

「っ! 黙って」

 苛立ちをぶつけるように、レイは少女の腕を掴む。だが関節技に移行する前に、掴んでいた筈の手が少女の腕の中へと吸い込まれてしまった。

『一つになりましょう。あるべき姿に戻りましょう。貴方は私、私は貴方なのだから』

「……嫌。私は貴方じゃないもの」

『いいえ、貴方は私。だって……私達は……』

 少女とレイの身体が重なり合い、両者が一つに融合していく。これまではシイが自分を呼ぶ声が聞こえ、この空間から脱出できたが、今回はその声が聞こえてこない。

 当然だ。自分がそれを許さない状況をつくってしまったのだから。

(シイさん……助けて……)

『一つになりましょう。そして、私達の場所へ戻りましょう』

 救いを求める声は届くことは無く、レイの身体は少女の身体へと完全に飲み込まれてしまった。やがて目的地に着いたのか、電車はゆっくりと停車する。

『……戻りましょう。私達のあるべき場所へ』

 少女は瞳に冷たい光を宿しながら、静かに電車から降りていった。

 

 

 

~止められぬ歯車~

 

「勝手に入って来ちゃってごめんね。でもどうしても気になって……」

「ストップ」

 アスカは歩み寄ろうとしていたシイの肩を掴み、強引に自分の後ろに下がらせる。まるでレイからシイを守ろうとするかのように。

「ど、どうしたのアスカ」

「……あんた……まさか」

「…………」

 鋭い視線を向けるアスカに、しかしレイは全く反応を示さない。彼女の冷たい赤い瞳は、アスカの背後に立つシイにだけ注がれていた。

「最悪ね」

「え?」

「シイ。あんた今すぐここから離れて、司令達に連絡しなさい。……リリスが目覚めたって」

 強張った笑みを浮かべるアスカだが、その頬を伝う汗が彼女の緊張を物語る。

「な、何言ってるのアスカ? だってレイさんは……」

「それ、本気で言ってんなら怒るわよ。あんたもとっくに気づいてるんでしょ」

 アスカに言われるまでもなく、シイはレイを見た瞬間から理解していた。今自分達の前に立っているのは、レイであってレイで無いのだと。

「あたし達がやるべき事は、レイの信頼に応えて約束を果たすことよ」

「……でも、私は……」

「あたしはここで足止めをするわ。その間に状況の報告と応援の要請をしなさい。……もしあんたがレイの信頼を裏切ったら、絶対に許さないから」

「…………うん」

 シイは泣きそうな顔で頷くと、携帯電話を取りだして病室の外に出た。そんなシイを追いかけようと、歩き出したレイの前にアスカが立ちはだかる。

 

「こんな形は不本意だけど、ケリをつけましょ」

「……邪魔をしないで。貴方を傷つけたくは無い」

「へぇ~。随分とお優しい事ね」

「惣流・アスカ・ラングレー。セカンドチルドレン。クラスメイト。自信過剰。我が儘。自己中心的。赤い子。信頼できるリーダー。……大切な親友」

 まるで何かの資料を読んでいるかのように、レイは淡々とアスカを語る。それが自分に対してレイが抱いていた気持ちを、リリスが読み取ったのだと悟ったアスカは、ぎりっと歯を食いしばった。

「全く……褒めてんのか、貶してんのか」

「……逃げないの?」

「生憎と、約束しちゃってるのよ。あんたを止めるって」

「……無駄よ。あなたでは私を止められないもの」

「はっ、上等よ!」

 ぐっと身体を屈めたアスカは、渾身の力を込めて蹴りを放つ。だがそれはレイの身体に触れる事すら叶わず、光の壁に阻まれてしまった。

「え、ATフィールド!?」

「…………」

 レイは動揺したアスカの足首を掴むと、ATフィールドを圧縮して力任せに骨をへし折る。そこに華麗な関節技を操るレイの面影は欠片も見当たらなかった。

「っっっ~~~」

「……さよなら」

 床に崩れ落ちたアスカは、襲い来る激痛に声にならない悲鳴をあげた。そんな彼女を一瞥すると、レイは興味を失った様に視線を戻し、再び病室の外へと向かおうとする。

「……?」

「こ、この位で……勝ったつもり?」

 立ち去ろうとしたレイの足を掴み、アスカは脂汗が流れる顔で笑う。立ち上がる事すら叶わず、勝ち目の無い戦いであったが、それでもアスカは諦めない。

「負けられないのよ……あんたにはね」

「……そう」

「さあ、掛かってきなさい」

 這いつくばる姿勢ながらも、アスカは不適な笑みを浮かべてレイを挑発する。少しでも時間を稼ぐため、自らの命を賭けて足止めをしようと試みた。

 果たしてそれは成功する。ただ代償は大きなものとなったが。

 

 

 

「誰かに……誰かに……」

 病室から離れたシイは、震える手で携帯電話を操作していた。プライベートと兼用している為、彼女のアドレス帳はメモリ一杯の電話番号で満たされおり、ゲンドウ達の番号を探し当てるのに苦心していた。

 普段なら苦も無く出来る事が、焦りのあまり上手に出来ない。それが新たな苛立ちと焦りを産み、シイの思考と指先を鈍らせてしまうと言う、悪循環に陥っていた。

「助けて……誰か助けて…………っ!」

 そしてシイは気づいた。かつて自分のSOSを伝えた方法。ピンク色の携帯電話に搭載された、自らの危機を知らせる最終手段を。

 シイは震える指で、赤く塗られたボタンを長押しした。

 

 

「シイちゃんから緊急回線で通信が入りました!」

 青葉の叫び声に、ゼーゲン本部発令所が一斉に色めき立つ。

 かつて一度だけ用いられた時は、ミサトが産気づいたと言う、本来の用途とは異なる使用法だった。

 だがその時、本当に危険な状況になった時にだけ、この回線を使うようにゲンドウから釘を刺されている。だからこそ、今のシイがどれだけ危機的状況なのかが分かる。

「GPSの作動を確認。現在地を特定しました。……ぜ、ゼーゲン本部病院の特別病棟です!」

「何だと! まさか……直ちに保安諜報部を向かわせろ」

「了解!」

 最悪の事態が頭を過ぎった冬月は、即座に指示を下す。

「青葉! 早く回線を開け!」

「りょ、了解」

「シイ君! 冬月だ! 何があった!?」

 悪い予感が外れてくれる事を祈りつつ、冬月は大声で叫ぶ。だが返ってきたシイの言葉は、そんな甘い期待を裏切るものだった。

『冬月先生! レイさんが、レイさんが!』

「やはりか……」

『アスカと一緒にお見舞いに、でもアスカが今……』

「落ち着くんだ! 今そちらに応援部隊を派遣した。シイ君はそこから離れたまえ」

 シイの説明は要領を得ず、発令所のスタッフ達は首を傾げるしかない。だがただ一人だけ事態を把握している冬月は、シイの安全確保を最優先に考えた。

『でもアスカがレイさんと……私に連絡しろって……』

「その役割は十分果たした。だから君は早く――」

『……れ、レイさん……』

 呆然と呟くように発せられたシイの言葉が、冬月を絶望へと誘った。

 

 

「……れ、レイさん……」

「……何?」

 背後に気配を感じて振り返ったシイは、赤い瞳で真っ直ぐ自分を見つめるレイと向き合う。

「アスカは……?」

「……知らない」

「答えて。アスカは無事なの?」

「……動かなくなったから、置いてきたわ」

 レイが問いかけに答えてくれた喜びなど、一瞬も持たずに崩れ去る。彼女の口から告げられた事実は、シイの予想を遙かに超えていたからだ。

「嘘……だよね。だってレイさんがアスカを傷つけるなんて……」

「碇シイ。サードチルドレン。クラスメイト。初めての友人。気弱で泣き虫な少女。小さく幼い子。眩しい子。温もりをくれた子。家族。お姉さん。……大好きな人」

 質問に答えず、淡々と単語を羅列するレイに、シイは戸惑いを隠せない。

「何を……レイさんが何を言ってるのか分からないよ」

「…………」

 レイは何も答えず、シイに向かって一歩踏み出す。後ずさりするシイだが、背中に感じる壁の感触に、逃げ場が無いと悟る結果に終わった。

 手に持った携帯電話からは、冬月達が必死に逃げろと叫ぶ声が聞こえるが、もはやそれも叶わない。

(私が……私がレイさんを止めるしか無い……でもどうやって)

 アスカの様に戦闘訓練を受けていないシイが、素手でレイに勝てる可能性は零に近かった。必死に頭を回転させて打開策を考え、そして切り札の存在を思い出す。

(……ごめんね、レイさん)

 レイから見えない様に携帯を腰の後ろに隠し、そっとペン型のストラップを外す。それは日向と青葉からプレゼントされた、護身用のスタンガン。これならばレイを止められる筈だ。

 ぎゅっと右手で握りしめてロックを解除すると、荒い呼吸を繰り返しながらタイミングを計る。そしてレイが更に一歩シイに踏み出そうとした瞬間、意を決してレイに向かって突進した。

 

 だが、レイの前に展開されたATフィールドが、シイの抵抗を無力化する。

「ATフィールド……カヲル君と同じ……」

「……眠っていて」

 呆然と呟くシイの隙を逃さず、レイはシイの右手首を掴む。そしてそのまま力任せに、スタンガンをシイの身体に押しつけた。小さく身体を痙攣させ、シイは意識を失いその場に崩れ落ちる。

 暫し倒れているシイを見つめていたレイだが、そっとシイの身体を抱き上げると、冬月達の声が漏れ聞こえる携帯電話を思い切り踏みつぶし、静かにその場から去って行った。

 

 

 一連のやり取りを聞いていた発令所の面々は、顔面蒼白になって言葉を失う。

「ふ、副司令。一体何が……」

「……総員、第一種戦闘配置へ移行しろ。それと鈴原君と渚を直ちに本部へ招集するんだ」

「え?」

「本部警備隊は第七ゲートへ集結。レイを発見次第、全力を持って迎撃しろ」

 ショックから目覚めきれない職員に、冬月は冷静に指示を飛ばす。

「げ、迎撃ですか?」

「そうだ。レイは現時刻をもって目標と認識する。館内に警報を鳴らせ」

「し、しかし……」

「説明は後でする。今は一刻を争う事態だ。急げ!!」

「りょ、了解」

 珍しい冬月の怒鳴り声に、スタッフ達は金縛りが解けたように慌ただしく動き出す。本部中に警報が流れ、かつて使徒と戦っていた時と同様の、いや、それ以上の緊張感が発令所を包み込む。

「……それと、病院スタッフに連絡して、アスカ君の保護と治療を最優先で行わせろ」

「はい」

 一通り指示を出し終えた冬月は、心を落ち着かせるように大きく息を吐いた。副司令として平静を装ってはいるが、彼も内心は相当動揺していたのだ。

(始まってしまったか……。だが何故レイはシイ君を……)

 理解出来ぬレイの行動に頭を悩ませながらも、冬月はターミナルドグマで作業中のゲンドウ達へ連絡を入れるのだった。

 




レイリリスが目覚め、物語が大きく動き出しました。
正直止められる気がしません……どうしましょう。

状況が少し複雑になってますが、簡単に纏めるとこんな感じです。
レイがリリス&ロンギヌスの槍と融合=サードインパクト
レイがリリスと融合=リリス覚醒。レイの存在は消失。
レイとリリスの融合阻止=魂抽出により、今のレイの人格は消失。

果たして物語はどの結末へと辿り着くのか。
それとも新たな結末を生み出すのか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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