エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

19 / 221
4話 その2《夜、逃げ出した後》

 

 ネルフ本部を飛び出したシイは、あてもなく第三新東京市を彷徨っていた。勢いそのままにやってきた繁華街は遅い時間にも関わらず、大勢の人々で賑わっている。

 そんな中、暗い表情で一人とぼとぼと歩く制服姿のシイは、否が応でも注目を集めてしまう。

(……私、何やってるんだろ)

 俯きながら歩くシイは、冷静さを取り戻してからずっと自己嫌悪を繰り返していた。

(心配してくれてたのに……酷いこと言っちゃった) 

 ミサトに向かって発した暴言。興奮していたとは言え、あんな言葉を発した自分が信じられなかった。

(これからどうしよう……)

 この時間では電車で実家に戻ることは出来ない。ミサトに合わす顔もないから、家にも戻れない。飛び出してきてしまった手前、ネルフ本部に戻るのは論外。

 結局シイは行き先も決まらぬまま、第三新東京市を歩き続けていた。

 比較的治安の良い第三新東京市とは言え、制服姿の女子生徒が一人歩くのはあまりに物騒だ。それがシイのような容姿であれば尚更である。

 現に今も、物憂げな表情で歩くシイは行き交う人々の視線を集めているのだから。

 

「お、あの子可愛いじゃん」

「どうする?」

「へへ、ちょっと声掛けようぜ。何なら無理矢理でも」

 いかにも、な風体をした男三人組が、そっとシイに近づこうとする。

 だが、

「あの子に近づくには、まず我々を倒してからにしてもらおう」

 黒服サングラスの男達に囲まれ、ろくな抵抗も出来ずにあっさり撃退されてしまう。彼らの正体はネルフの保安諜報部。荒事のエキスパート達であった。

「こちら二十三班、サードチルドレンに近づく不貞な輩を処理しました」

『ご苦労。シイ君の動きは?』

「現在繁華街北エリアを移動中。行き先は特定できません」

『……そのまま監視と護衛を続けろ』

「拘束しなくても宜しいので?」

『必要ならば追って命令する。現状では手出し無用だ』

「了解」

 黒服の男は連絡を終えると、再びシイを影から護衛する。その姿はまるで、娘に悪い虫が付かないように見守る父親の様だった。

 

 

「……ふぅ」

「副司令、シイさんは?」

「第三新東京市内を徒歩で移動中だ。恐らく、行くあても無いのだろう」

 保安諜報部からの報告を、冬月はリツコに告げた。シイには知らせていないが、チルドレンは常に保安諜報部に見守られていた。その意味は護衛と監視。

 必要とあれば何時でもチルドレンの身柄は拘束出来てしまうのだ。今回のシイの家出も、あくまでネルフの手の平の上でしか無かった。

「保護はされないのですか?」

「必要無いと思うがね」

「何故です? 今のあの子を一人にしておくのは危険すぎます」

「それで無理矢理連れ戻してお説教かね? それでは何も変わらない」

「ミサト……葛城一尉の様な真似はしません」

 更衣室でのやり取りを、モニターで知っていたリツコはキッパリと反論する。何故更衣室がモニターされていたのかは、あえて言うまい。

 リツコの言葉に冬月はため息をつくと、司令室の椅子に腰を掛ける。司令不在の今、この部屋の主は副司令である冬月だった。

「私はこの出来事を幸運だったと思っている」

「え!?」

「シイ君の抱えるジレンマは、何時か彼女の命を脅かすだろう。だからこそ今この段階で、それを乗り越える機会があった事は、良いことでは無いのかね?」

「ですが……」

「もしシイ君が表面上だけで葛城一尉に従ってエヴァに乗っていたら……取り返しのつかない事態になったかもしれん。時には互いに感情をぶつけ合い、真に理解し合う事が必要なのだ」

「だから葛城一尉を処罰されなかったのですね」

「彼女もまた成長して貰わなければならない。あれを引きずるようでは困る」

「……シイさんの言葉、彼女には堪えたでしょうね」

「結果、二人は腹の内を出し合った。雨降って地固まると言う言葉を知っているかね?」

「ええ。ただ、降り続ければやがて地崩れしますわ」

「止まない雨は無いよ」

「止むまで、大地が持つ保証もありません」

「信じるしかあるまい。少なくとも私はシイ君を信じているよ」

 冬月の言葉に、リツコは呆れ混じりのため息をつく。

「気分はすっかりあの子のお父さんですね?」

「それも悪くないな」

「……本当の父親はどちらに?」

「出張から帰って直ぐに呼び出されているよ。あれは人気者だからな」

「ふふ、確かに」

「とにかくだ。この一件、私が預かろう。悪いようにはしないよ」

「分かりました。では失礼します」

 リツコは一礼して司令室を後にした。それを見送った冬月は立ち上がると、ガラス張りになっている司令室の壁から外を眺める。

(止まない雨は無いとは言え、せめて冷たい雨から彼女を守る、傘を差す者がいてくれれば良いのだが)

 既に外は暗くなっている。冬月は夜の街を彷徨っているシイを思わずには居られなかった。

 

 

 薄暗いとある部屋。六つの机が向き合う会議室の様な場所に、碇ゲンドウは居た。

「第三の使徒に続き、第四の使徒も現れたか」

「死海文書の予言通りだが、スケジュールには若干ズレが出ているね」

 ゲンドウの斜め右に座る外国人の男達が言葉を発する。

「こちらの都合など、奴らはおかまいなしさ」

「その為のネルフとエヴァだよ」

 斜め左に座る男達がそれに答える。

「しかし碇。もう少し上手くエヴァとネルフを使えないのか?」

「前回の初号機中破、そして今回の修繕費。国が幾つ傾くと思ってるのかね」

「……使徒の殲滅は果たしています。そして今回は貴重なサンプルも入手出来ました」

 男達の嫌味混じりの問いかけに、ゲンドウは表情を変えずいつものポーズで答えた。

「ほぼ原型を留めたままの使徒か。確かに貴重ではある」

「解析結果は?」

「明日より本格調査を開始します。詳細は後日報告を」

 ゲンドウの言葉に男達は一応の納得を見たのか、小さく頷き言葉を止める。

「いずれにせよ、使徒の襲来によるスケジュールの遅延は許されん。予算については一考しよう」

 ゲンドウの向かいに座る、バイザーを付けた老人が威厳のある声で告げた。この老人がリーダー格なのか、彼の言葉には誰一人反対意見を述べる者は居ない。

「だが碇。君には他にもやるべき事があるだろう」

「左様」

「人類補完計画」

「これこそが我ら人類に必要なものだ」

「使徒の殲滅は、その一端に過ぎない」

「ネルフとエヴァを君に預けた、我らの期待に背くことのないようにな」

 口々にゲンドウへ言葉を掛ける男達。

「分かっております。全てはシナリオ通りに」

 その答えに満足したのか、

「後は委員会の仕事だ。碇、ご苦労だったな」

 ゲンドウを除く男達の姿が一瞬にしてかき消えた。彼らの姿は特別な装置で映し出された立体映像で、実際に会議室があるネルフ本部に居るのはゲンドウだけであった。

「……碇」

 ゲンドウも退室しようとした時、バイザーを掛けた老人だけが再び姿を現す。予想外の再登場にゲンドウは僅かに眉をひそめるが、動揺を見せずに老人に尋ねる。

「キール議長、どうされました?」

「初号機のパイロット……碇シイの事だが」

「サードチルドレンが何か?」

 突然娘の名前を告げられたゲンドウは、あくまでネルフの司令として答える。

「……最近どうなのだ?」

「議長、貴方は子供との接し方が分からない親ですか?」

「それは君の方だろう」

「…………」

 痛いところを突かれてゲンドウは沈黙する。

「君も知っての通り、碇家は我々の理解者であり協力者だ……君の奥方の様にな」

「分かっております」

「その娘だ。気にならない訳がなかろう。碇家も彼女の動向を気に掛けている」

「問題ありません」

「……ならば良い。時間をとらせたな」

 そう言うとキールは先程と同じように一瞬で姿を消した。

 

「人類補完計画……確かに我々人類には時間がないな」

 一人の残ったゲンドウは、まるで自分に向けるように小さく呟くのだった。




冬月の言うとおり、止まない雨はありません。そしてリツコの言うとおり、雨が止む前に土砂崩れの様に大地が崩れてしまう事もあります。
シイが迎える運命はどちらになるのか……。

人類補完委員会初登場です。個人的にこの人達も好きだったりします。この面々にも幸せな未来があれば良いなと思っております。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。