エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《アダムとリリス(5)》

 

~不器用な男~

 

 ゲンドウ達が去り、レイも退室した司令室で、大人達は困り顔でため息をついていた。

「全く碇め。もう少し上手く出来ないのか」

「不器用にも程があります」

「ごめんなさい。あの人なりに頑張ったつもりだと思うのですけど……」

 彼らの話題は、ゲンドウがシイ達を連れて行く際の事だ。事情を知っている為、レイを連れて行けないのは分かる。だがそれならそれで、何か適当な理由をでっち上げる位はするべきだった。

「レイちゃん、すっごい不満そうだったわね~」

「ま、自分だけ仲間はずれにされたら無理も無い」

「……家に帰るまでに、何かレイが納得出来そうな理由を考えておきますわ」

 レイの精神状態が大きく乱れるのは避けたい。冬月達はユイの言葉に頼むと頷いた。

 

「さて、そろそろ仕事に戻るとしよう。やることが山積みだからな」

「そうですわね。エヴァの破棄はリツコさんに任せてしまっても?」

「ええ。ユイさん達はレイの方をお願いします」

「正直苦戦中だけど、やるしかないわね」

「大丈夫よ。ナオコさんとユイが一緒なら、出来ない事なんて無いもの」

 女神の微笑みを見せるキョウコに、一同は苦笑しながら頷く。ユイ、ナオコ、そしてキョウコと言う、人類最高峰の頭脳を持つ三人が揃っているのだから、きっと活路を見いだせると。

「それじゃあ俺はこれで。レイの監視について、信頼できる奴と打ち合わせますんで」

「ああ、頼むよ」

 加持の退室を機に、大人達はそれぞれの職場へと戻っていく。サードインパクトの阻止と、レイと言う存在を守る。その為に自分が出来る事を、全力でやろうと心に誓って。

 

 

~レイの疑惑~

 

 司令室を後にしたレイは、一人本部の中を歩いていた。大人達への追求は諦めたが、それでも自分が知らないところで、何かが行われているのは分かる。

(……モヤモヤする)

 以前なら気にもしなかった疎外感が、今のレイには耐えがたい苦痛だった。

「あれ、レイじゃないか」

「久しぶりだな」

 沈んだ表情で歩くレイに、聞き慣れた声が掛けられる。そっと視線を声の方へ移すと、そこには休憩スペースでくつろぐ、日向と青葉の姿があった。

「……こんにちは」

「ん、何か元気ないな」

「……いえ、問題ありません」

「そう言われても、俺達に分かるって事は相当だぞ」

 以前に比べて人らしくなったレイだが、それでも表情で気持ちを読み取る事はほぼ不可能だった。しかし今、日向達ですら一目で分かる程、レイのテンションは低い。

「あっ! ひょっとして……さっきのあれかな」

「……あれとは?」

「いや、さっきここを司令が通ったんだけど、シイちゃん達も一緒だったんだよ。だけどレイが居ないな~と思ってたら、丁度今来たからさ」

「おい、青葉」

 デリカシーに欠ける発言をする青葉に、日向が脇腹を小突いて叱責する。

「……構いません。それで司令達は何処に行きましたか?」

「何処かは分からないけど、そこのエレベーターで下に降りてったよ」

「……ありがとう」

 レイはペコリと頭を下げると、日向の指さしたエレベーターに乗り込んだ。

 

「……レイ、変わったっすね」

「ああ。初めて会った時には、あの子がお礼を言う姿なんて、想像出来なかったからな」

「人は変われる、か」

 ベンチに腰掛けながら、青葉はまるで自分に言い聞かせる様に呟いた。

「変わろうとすればだよ。自分から動かなくちゃ、何も始まらないさ」

「そうっすね」

「だからお前も、後悔しないようにすれば良い。俺は応援するよ」

「ありがとうございます、日向さん」

 優しい先輩オペレーターの言葉に、青葉は笑みを浮かべながら感謝した。

 

 

 碇ゲンドウと言う人間はとにかく目立つ。外見もさることながら、身に纏っている独特の威圧感が、周囲にその存在を印象づけるからだ。そんな彼がシイ達を引き連れて歩けば、人目に付かない訳が無い。

 そのお陰で、彼らが通ったルートを探る事は容易だった。

「……ありがとう」

 目撃情報を貰った女性職員にお礼を告げ、レイは本部の中を進んでいく。そしてある場所へ辿り着いた時、レイはゲンドウ達の行き先を悟った。

 職員が普段出入りしない区画に設置された黒いゲート。それはターミナルドグマへの入り口であり、チルドレンで唯一彼女だけが立ち入る事を許された場所である。

(……そう。司令はあそこに連れて行ったのね)

 先程聞いた予算縮小の件と、自分が除外された意味を加味して導き出された結論は、シイ達にあのプラントを見せて真実を伝える事だった。

 恐らくゲンドウは、予算削減の為にあそこを放棄するつもりだが、その前にシイ達に全てを話すのだろう。自分を同行させなかったのは、彼なりの配慮だとレイは推察する。

(……でも、行かなくては)

 例えあれを見られたとしても、シイ達なら変わらずに自分を受け入れてくれる。レイはそう信じていたが、同時にクローン達を破棄する事を躊躇ってしまうとも分かっていた。

 自分の事でシイ達を困らせたくない。そんな思いから、レイは自らのIDでゲートを開け、ターミナルドグマへと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

~誤算~

 

 ターミナルドグマの通路は薄暗く、初めて立ち入った者はほぼ確実に迷うだろう。だがレイにとっては、数え切れない程通った道であり、躊躇いなくプラントへの最短距離を進む。

(……居た)

 通路を歩くレイの耳に、シイ達とゲンドウの声が聞こえてきた。他に物音の無いこの地下では、離れた場所に居るレイにも鮮明に会話の内容が届く。

 急ぎ合流しようとしたレイだったが、ある単語を聞いた瞬間その足が止まる。

(……私が……リリス?)

 得も言われぬ不安が心に広がり、一度止まってしまった足は動こうとはしない。立ち聞きのような状態のレイに、ゲンドウとシイ達のやり取りが次々に聞こえてくる。

 リリスの魂とその覚醒。サードインパクト。魂の抽出と移植。そして新たなレイ。

 知らなかった。知りたくなかった。知ってはいけなかった。だが今、自分はそれを知ってしまった。レイはふらふらとおぼつかない足取りで、シイ達に気づかれる前にその場を離れる。

 

 

 そうして気づいた時には、レイは本部の休憩スペースでベンチに腰掛けていた。どうやってここに来たのかさえ覚えていないが、それを考えるのも億劫だった。

(……リリス。あの白い巨人)

 かつてレイは、ゲンドウの指示でリリスにロンギヌスの槍を突き刺した。その時に対面している筈だが、ほとんど印象に残ってはいない。

 あの時のレイは、シイに出生の秘密を知られたと動揺しており、他の事に意識を回す余裕が無かったからだ。

(……第二使徒。人類の母。始祖。……私)

 一度意識してしまえばもう止まらない。月が闇に食われてその姿を消していく様に、自分という存在を何かが包もうとしていると、レイの心を乱していく。

 こうして思考している自分が、本当に自分なのか。それとも既にリリスの意識が目覚めているのか。答えの出ない迷宮に迷い込んだレイに、予想外の人物が声を掛けた。

「おやレイさん。こんなところで会うとは、奇遇ですね」

「…………」

「はは、忘れてしまいましたか? 私です。時田シロウですよ」

 気怠そうに顔を上げたレイの前には、時田が爽やかな笑みを浮かべて立っていた。

 

「……何か用ですか?」

「いえいえ。丁度出張から戻ってきたばかりでしてね。そしたらレイさんを見かけたので、ちょっと声を掛けてみたんですが……ふむ」

 時田はレイの表情を見て一瞬眉をひそめたが、何も言わずに自販機でジュースとコーヒーを買う。そしてレイの隣に腰掛けると、缶ジュースをそっと差し出した。

「……いらない」

「コーヒーを買おうとしたら、間違ってしまいましてね。飲んで頂けると助かります」

 半ば強引に時田はレイにジュースを押しつける。手にした缶ジュースを見つめていたレイだが、やがて諦めたようにそっと口をつけた。

 冷たい水分が身体に染み渡り、さっきまでの不快感が和らいだ気がした。

「……ありがとう」

「私も二本飲まずに済んでほっとしてますよ」

 レイが少しだけ落ち着いたのを見て、時田は満足げに頷く。先程までのレイは顔面蒼白で、とてもまともな状態では無かったからだ。

 だが、何があったとは聞かない。ただ事で無いのは察したが、それは自分が踏み込んではいけない領域だと理解している時田は、黙ってレイの隣に居続ける。

 顔見知りである大人。そんな距離感である自分が出来るのは、レイに歩み寄る事では無く、もしレイが必要としているならば力になる事なのだから。

 

「……時田博士には、大切な人が居ますか?」

「ええ、居ますよ」

「……大切な人に危機が迫っていて、自分が犠牲になれば助けられる時、どうしますか?」

「勿論、喜んで犠牲になりますとも……なんて格好いい事は言えませんね。状況にもよるのでしょうが、生憎と私は臆病者ですから。可能な限り、どっちも助かる方法を模索しますよ」

「……では、その方法が見つからなかったら?」

「ん~そうですね……」

 レイの問いかけに、時田はあごに手を当てて真剣に考え込む。

「天秤に掛けると思いますよ」

「……天秤?」

「はい。自分の命と大切な人の命を秤にかけ、失いたく無い方を選びます。まあ自分の命を捨ててでも、と決断するのは難しいでしょうけどね」

 きれい事で誤魔化す事も出来たが、時田は本心でレイの問いに答えた。

「……ありがとう」

 時田の言葉がレイの助けになったのかは分からない。だが少なくとも、お礼を言ってから立ち去れる程度には、レイの精神状態は落ち着いていた。

 去って行ったレイを見送ると、時田は珍しく険しい表情を浮かべる。

「どうやら、何かが起きている様ですね」

 久しく感じていなかった胸騒ぎに、時田は事情の把握をしようと友人の元へ向かうのだった。

 

 

~迷える心~

 

 ゼーゲン本部を後にしたレイは、マンション近くの公園でブランコに乗っていた。夕暮れの公園には既に子供達の姿は無く、静かな空間にブランコの音が寂しく響く。

(……私の魂を抜き取れば、全部解決する)

 時田の言葉通り、自分と全人類を天秤に掛けようとするが、そもそも釣り合うわけが無い。そしてレイも死ぬわけでは無く、記憶を引き継いだ新たなレイとして生き続けるのだから。

 失うのは今こうして悩んでいる、自分の人格と気持ちだけ。迷う必要など無い筈だ。

(……でも私は……)

 鎖を握りしめるレイの手に、ぎゅっと力が込められる。誰にも打ち明けられぬ思いが心の中を駆け巡り、レイを苦しめていた。

 そんな彼女に、少し驚いた様子で女性が声を掛けてきた。

「あら、レイじゃない」

「……元葛城元三佐」

 今日はどうにも知り合いに出会う日だと、レイはそっと視線を移す。そこには私服姿で胸に幼子を抱いているミサトが、不思議そうにレイを見つめていた。

「どうしたのよ、何か元気なさそうだけど」

「……いえ、問題ありません」

「あのね。そんな顔して問題無いって言われても、ちっとも説得力無いわよ」

 呆れたように告げるミサトは、おいでおいでとレイに手招きをする。

「ま、ここで会ったのも何かの縁だし、うちでお茶でもしましょ?」

「……ごめんなさい。もう少しここで」

「良いから良いから。着いてきなさいって」

 渋るレイの手を掴むと、ミサトは半ば強引にブランコから立ち上がらせ、自分の家へと招き入れた。

 

 

「コーヒーと紅茶、どっちにする?」

「…………水で」

「オッケー、コーヒーね」

 身の安全を図ったレイを華麗にスルーし、ミサトは手慣れた手つきでコーヒーを入れる。それは以前のミサトを知る人間なら、目を疑う光景だっただろう。

「はい、お待たせ」

「……飲める」

「相変わらずストレートね。私だって何時までも昔のままじゃ無いのよ」

 ボソッと聞こえた呟きに、どれだけ信用が無かったのかと、ミサトは苦笑しながらレイと向き合う様に座る。

「……元葛城元三佐。どうして私を」

「あ~ちょっちタンマ。私の事はミサトで良いわよ。一々面倒でしょ?」

「……分かりました。ではミサトさん、どうして私を連れて来たのですか?」

「そうね~。ちょっとしたお節介かしら」

 ミサトはコーヒーをすすりながら答えた。

「自分では気づいて無いかもしれないけど、今の貴方は何か悩んでるって丸わかりよ。それこそ、私が家に連れて来ちゃう位にね」

「…………」

「リョウジは職業柄、盗聴盗撮を警戒してるから、この家はその類いに関しては万全なの。あの子は寝てるし、リョウジもまだ帰ってこない。ここでの会話が外に漏れる心配は無いわ」

「…………」

「まあ、貴方が話したく無いのなら、無理には聞かないけど」

 レイは視線を下に落としながら、思考を巡らせる。自分の悩みを明かせば、ミサトに余計な気苦労をさせてしまうだろう。ゼーゲンを退職し、幸せな生活を送っているミサトを巻き込むのは躊躇われた。

 だが同時に、誰かに自分の思いを打ち明けたいと言う気持ちもある。

「……誰にも……言わないで下さい」

「ええ、約束するわ」

 力強く頷くミサトに、レイは自らの気持ちを全て打ち明けた。

 

 

 

~向き合う勇気~

 

 レイが全てを話し終えた時には、窓の外はすっかり夜の闇に包まれていた。時計の針が時を刻む音がダイニングに響く中、ミサトは小さく息を吐いてから口を開く。

「成る程ね。また随分とヘビーな悩みだわ」

「……すいません」

「私が無理矢理聞き出したんだし、謝る必要は無いわよ」

 俯くレイに、ミサトは気にするなと軽く手を振る。

「……ミサトさんはどう思いますか?」

「シイちゃん達と同じよ。サードインパクトは絶対に防ぐし、貴方も失わない。ぎりぎりまで諦めないで足掻く道を選ぶわ」

「……今、私の魂を封印すれば、確実にサードインパクトは防げます」

(そっか……レイは怖いのね)

 生き続けたいと明確な意思を持つレイが呟いた言葉で、ミサトは本心を察した。レイは恐れているのだ。リリスの魂に覚醒した自分を止めて貰えず、サードインパクトを起こしてしまうことを。

  

「そっか~。結局レイは、シイちゃん達を信じてないって事ね」

「……違います」

「あらそう? でもシイちゃん達は最後まで諦めないって、もしもの時は対処するって言ってたんでしょ? でもそれが信じられないから、貴方は逃げようとしてるのよね?」

「違います」

「ま、仕方ないか~。シイちゃんもアスカも、今はエヴァに乗れないただの子供だし、鈴原君は頼りないし、渚君は使徒だもんね。司令もユイさんも結局口だけだし」

「違う!」

 度重なるミサトの挑発に耐えかね、レイは思い切りテーブルを叩きながら声を荒げる。大切な人達を侮辱された怒り、それは初めてとも言える感情の爆発だった。

 それを待っていたミサトは、動じる事無く最後の問いかけをする。

「レイ。貴方は何を望むの?」

「……生きたい。みんなと一緒に……シイさんと一緒に生きたい」

「なら、最後までそれを思い続けなさい。どんなに辛くても、怖くても、逃げちゃ駄目よ。貴方はまだ生きてるの。死ぬのを考えるのはまだ早すぎるわ」

 肩で息をするレイに、ミサトは優しく微笑みかける。

「……でも、それは私のエゴです」

「な~に言ってんの。人間なんてね、我が儘の塊なんだから。レイはもっと自分に素直になった方が良いわ。……後悔したく無ければね」

「……その結果、人類を滅ぼしてもですか?」

「それを止めてくれる人達が居るでしょ? 貴方の信じてる人達が」

 ミサトの言葉にレイは長い沈黙の末、小さく頷くのだった。

 

 

 

「……ただいま」

「レイさん。お帰りなさい」

「何よ。随分遅かったけど、どっか寄り道でもしてたの?」

 帰宅したレイに、料理中のシイとくつろいでいたアスカが声を掛ける。

「……ミサトさんとお茶をしてたの」

「あれ、あんた元葛城元三佐って呼んでたわよね?」

「……何? その面倒な呼び方」

「むきぃ~。あんたね~」

 まるで呼吸をするかのように、しれっとアスカを挑発するレイ。そしてアスカもあえてそれに乗る。今まで通りのやり取りをする事で、変に意識をしてしまわないように。

 

「はい、お茶だよ。ご飯もあと少しで出来るから、ちょっと待っててね」

「……ありがとう」

「早くしてよね」

 ダイニングで向かい合ってお茶をすする二人に、シイは笑顔で頷くと台所で料理を再開する。小気味よい包丁の音が響き、鍋からは食欲をそそる香りが漂ってきた。

「……司令とユイさんは?」

「今日は遅くなるの。キョウコさんも泊まり込みだから、三人でご飯食べようね」

「……そう」

「あの二人に用事でもあったの?」

 少しガッカリしたレイの様子に、アスカが何気なく問いかける。

「……聞いて欲しい事があったから」

「ふ~ん。お小遣いアップしてとか?」

「……私にリリスの魂が宿っている事」

 その瞬間、シイは思わず振り返りながら包丁を思い切り振り下ろし、アスカは口に含んでいたお茶をレイに吹きかける。穏やかだった時間は、あっという間に崩れ去った。

 

「あ、あ、あ、あ、あんた……え、えぇぇぇ!!」

「……汚いわ」

「れ、れ、れ、レイさん。どうしてそれを」

 お茶で濡れた顔を、近くのタオルで拭きながら迷惑そうにアスカを睨むレイ。そんな彼女に、シイも思わず料理の手を止めて詰め寄った。

 何せ隠し通そうと決めた矢先に、本人からのカミングアウトを受けたのだ。動揺も当然だろう。

「まさかあんた、最初から知ってたんじゃ」

「……違うわ。あの時……」

 レイは落ち着いた様子で、シイとアスカに今日の出来事を話した。シイ達の会話を聞いて真実を知ったが、ミサトとのやり取りで受け入れる勇気を得たと。

「これって、状況は良くなったって言える?」

「私はレイさんに隠し事が無くなって、嬉しいけど」

「……平気。今はまだ、私は私だから」

 困惑する二人を安心させようと、レイは不器用ながら笑みを浮かべる。自分の運命を知り、それを受け入れ、立ち向かう決意を持ったが故の微笑みだった。

「まったく、こうなりゃとことん足掻くしか無いわね」

「うん。きっと出来る。一緒に頑張ろう」

「……ありがとう」

 共に困難に立ち向かおうと覚悟を決め、三人の絆はより一層深まった。

 

 

「……ん? 何か変な音が……って、シイ! あんた!?」

「どうしたの、アスカ?」

「手、手、手!」

 思い切り動揺しながら、シイの手を指さすアスカ。レイとシイは何事かと視線を向けて、同時に表情を歪める。シイの左手の甲から大量の血液が流れ出て、フローリングの床に流れ落ちていたのだ。

 動揺していて気づかなかったが、あの時振り下ろした包丁はシイの手を切っていたらしい。血だまりにポタポタと零れる血液。自覚してしまえば、もう冷静では居られない。

「…………きゅぅ~」

「いきなり気絶してんじゃ無いわよ!」

「……止血するわ」

「あんた馬鹿ぁ? 舌で舐めて止まる様な傷じゃ無いでしょ。救急箱は何処よ?」

 衝撃的な光景にノックアウトされたシイ。落ち着いているようで、動揺しているレイは傷口を舐め続け、アスカは怒りつつも急いで止血処置を行う。

 碇家の夜は騒がしく過ぎていく。

 

 

 気絶したシイを布団に寝かせ、ダイニングの後始末を終わらせた二人は、作りかけの夕食を完成させる事を諦め、レトルト食品を寂しく食べる。

「……美味しく無いわ」

「贅沢言わないの。私だってシイの料理が食べたかったわよ」

「……アスカ」

「何よ」

「……もし、私が私で無くなったら、躊躇しないで」

 レイの真剣な表情に、アスカも食事の手を止めて視線を交わす。

「……サードインパクトだけは、駄目だから」

「言われなくてもそうするわよ。余計な心配はいらないわ」

「……信じてるから」

 優しすぎるシイは、非情な決断が出来ないだろう。トウジも同様に、いざという時にレイを見捨てられない可能性がある。そしてカヲルは行動が読めない。

 だがアスカは違う。甘さと優しさの区別が出来ている彼女なら、どんな手段をとっても自分を止めてくれるだろう。

 レイからの強い信頼を感じたアスカは、無言で頷いた。最悪の場合、例えシイ達に嫌われる事になろうとも、必ず友人の願いを叶えると。

 

 碇家の夜は、静かに更けていく。

 

 




これまで沈黙を守っていた、レイがメインのパートです。

自分がリリスだと自覚した上で、それでも前を向いたレイ。
そんな彼女を救おうと動くのは、今まで絆を育んできた面々。
このまま解決出来れば理想ですが……さて。


次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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