エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《アダムとリリス(3)》

 

~エヴァンゲリオン破棄計画~

 

 汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオンは、人類の脅威たる使徒を殲滅する事を目的に建造、運用された兵器であり、全ての使徒を殲滅した以上はその役割を終えている。

 加えて機体の維持に掛かるコストは、通常兵器のそれとは比較にならず、今後本格化するゼーゲンの予算を圧迫する事は明白であり、一刻も早くエヴァを破棄する事が望ましい。

 そして、現状で世界最強の兵器である事は疑いようが無く、世界各国にとって驚異となっているのも事実。故にゼーゲンは武力行使を否定する意味でも、エヴァを手放す必要があった。

 

「では碇。ゼーゲンは保有するエヴァ五機を全て破棄。それで良いのだな?」

「はい。既に赤木博士が指揮を執り、準備を進めております」

 暗闇の会議室でゲンドウは、ゼーゲン特別審議室の面々に変わらぬ様子で報告をする。

「今回の予算削減要請については、我々も申し訳無く思っている」

「左様。あまりに急な事だったからね」

「だが人類が一丸となり、未来を目指す為には必要な事だ。……分かって欲しい」

「承知しております。人類が向かうべき新たなステージに、エヴァは不要なのでしょう」

 世界各国に強い影響力を持っている老人達だが、それでもゼーゲンに対する不満を抑える事は出来なかった。様々な問題を解決する為に、予算は幾らあっても足りないのだから。

「各支部におきましてもエヴァの関連設備は凍結、あるいは放棄を進めています」

「維持するだけでも莫大な予算が掛かるからな。正しい判断だ」

「冬月先生の修正予算案は目を通したよ。流石としか言い様が無いな」

 予算縮小を伝えられてからの僅かな間に、ゼーゲンの業務に影響を与えず、不要と思われる部分だけを的確に削減してみせた冬月の手腕は、審議室の面々に感嘆の声を上げさせた。

 彼が副司令の座に着いている限り、ゼーゲンは安泰だと思わせる程に。

「この件については君達に一任する。適切な処理を期待するぞ」

「はい。全てはゼーゲンの為に」

 ゼーゲン特別審議室の承認を経て、エヴァンゲリオン破棄計画は正式に発動された。

 

 

 

~シイの不満~

 

 その日の夕方、シイ達チルドレンはゲンドウに司令室へ呼び出された。冬月とユイを始めリツコや加持達が勢揃いする中、ゲンドウの口から彼女達に告げられたのは、戦友との別れだった。

「エヴァを壊しちゃうの?」

「ああ。最終決定は私が下した。不平不満は全て私が受ける」

「ううん、そんなんじゃ無いけど……」

 出会いこそ唐突だったが、エヴァと共に戦った一年弱の期間は、シイの中に鮮烈な記憶として残っている。嬉しい事も悲しい事も、全てを分かち合ってきた。

 だからこそ突然の別れに戸惑いを隠せない。

「その……わざわざ壊さなくても、何処かにしまっておくとか」

「シイ君の気持ちは分かるが、維持するだけで莫大な費用が掛かってしまうのだよ」

「使徒との戦いが終わっても、私達には解決しなければいけない問題が沢山あるの。役目を終えたエヴァを何時までも維持する余裕は、残念ながら今のゼーゲンには無いのよ」

 冬月とユイの言葉は理解出来る。だが今まで使徒と戦い人類を守ってくれたエヴァを、大人達があっさりと見限った気がしてしまい、シイはやり切れない思いだった。

 上手く言葉が出てこず俯くシイの頭を、アスカが少し乱暴に撫でる。

「ったく、情けない顔してんじゃ無いわよ」

「でも……」

「良い? エヴァはあたし達と一緒に戦って、立派にその役目を果たしたの。出番が終わった役者を何時までも舞台に残すのは残酷な事よ。……もう休ませてやんなきゃ」

 今の時点で役目を終えて破棄されれば、エヴァは使徒を殲滅した人類の守護者として名を残すだろう。人々から感謝されたままで眠らせてあげる事が、せめてものお礼だとアスカは考えていた。

 

「頼るだけ頼って、いらなくなったら捨てるなんて……私は嫌だよ」

「シイ君。そいつは違うな」

 少し拗ねたようなシイに、加持が真剣な顔で声を掛ける。

「もし君の言うとおり、エヴァを壊さないで保管しておくとしよう。だがもし誰かが奪ったら? そして戦争の道具として、人殺しの兵器として使われてしまったら? 考えた事はあるかい?」

「そ、それは……」

「俺達には責任があるのさ。エヴァを最後まで悪用されないよう管理し、眠らせてあげる責任がな」

 諭すような加持の言葉にシイは俯いたまま返事をしない。だが暫くの間何かを悩み考え、やがて顔を上げると小さく頷いて見せた。

「アスカちゃんは良いの?」

「ま~ね。弐号機とはそれなりに長い付き合いだし、寂しいってのも少しはあるわ。けど戦う相手が居なくなったんだし、そろそろ休ませてあげなきゃね」

 幼少より専属搭乗者として訓練を積んできたアスカにとって、弐号機は単に兵器では無くパートナーと言うべき存在だった。だからこそ役目を終えた今こそ、静かに眠って欲しいと願ったのだろう。

「鈴原君とレイ、渚も良いかね?」

「わしはオマケみたいなもんさかい、文句も何もありませんわ」

「……問題ありません」

「ふふ、僕もだよ。あの子は十分働いたからね。今度はちゃんと眠らせてあげるとしよう」

 トウジは参号機に搭乗してから日が浅い為か、破棄に特別な感情は無かった。レイとカヲルは元々エヴァに固執しておらず、破棄の事実を淡々と受け止めた。

 

「あの、エヴァを壊すのって、どうやるんですか?」

「パーツ単位に分解してから爆破処理するわ」

 シイの問いかけに、作業担当責任者であるリツコが答える。E計画責任者だったリツコにとって、まさに最後の大仕事なのだろう。

「何か嫌な終わり方ね。もっとこう、スマートに出来ないの?」

「大人の事情よ。世の中にはエヴァが復元不可能な状態まで破壊されないと、安心出来ない人も居るって事ね。……臆病者の声ほど大きいのは、世の常だもの」

「一応MAGIに危険性のシミュレートをさせたけれど、理論上は何も問題無いわ」

「勿論作業に際しては、細心の注意を払う。万が一を起こさない為にね」

 冬月の力強くも優しい言葉に、シイもようやく安堵の表情を浮かべて頷くのだった。

 

 破棄の詳しい内容や日程は、後日改めて通達される事になり、この場は解散となった。だが司令室から退室しようとするシイ達に、予想外の人物から待ったがかかる。

「……少し、時間を貰えるか?」

「お父さん?」

 滅多に無い司令からの誘いに、チルドレン全員が怪訝そうにゲンドウを見返す。

「お前達に話がある」

「そ、惣流。お前、何かやらかしたんか?」

「あんた馬鹿ぁ? あたしは別に怒られることなんて……少ししか無いわ」

 シイの父親としてならともかく、今のゲンドウはゼーゲンの本部司令として話している。それが余計に子供達の不安を煽った。

「えっと何かな? ううん、違うね。何でしょうか?」

「……レイは帰宅しろ。後の者達は着いてこい」

 ゲンドウは返事を聞かずに立ち上がると、司令室から出て行ってしまう。残されたシイ達は暫し顔を見合わせていたが、無視するわけにもいかず、困惑したまま後に続いた。

 

 

~隠していた事~

 

 ゲンドウを先頭にシイ達は、ゼーゲン本部のターミナルドグマへ足を踏み入れた。そこはチルドレンであっても立ち入る事を許されない最重要機密区画であり、薄暗い通路を歩くシイ達に緊張の色が浮かぶ。

「な、何ちゅうか、えらい寒々しい場所やな」

「私ここに入ったの初めてだよ」

「あんた馬鹿ぁ? あったらそれこそ問題じゃない」

「機密エリアだからね。司令達のような上級職員じゃ無いと、立ち入る事すら出来ない筈さ」

 無言で歩くプレッシャーに耐えかね、子供達は小声で会話を交わす。何処に行くかも知らされずに、機密区画へ連れてこられれば仕方ないだろう。

「ここって、本部のどの辺りなんだろう」

「ゼーレから貰ったデータを信じるなら、ターミナルドグマと呼ばれる機密区画だね」

「渚は随分落ちついとるな。来た事あるんか?」

「まさか。ただお義父さんが僕達に何かする筈が無いと、信じているだけさ」

 その自信はどこから来るのかと突っ込みたくなる程、カヲルの表情には余裕が見て取れる。相変わらずなカヲルの態度に、トウジとアスカが呆れ顔をする中、シイはこの場に居ないレイの事を考えていた。 

「どうしてレイさんは一緒じゃ無いんだろう……」

「さ~ね。司令の考える事なんて、あたし達に分かるわけ無いじゃん」

「レイだけっちゅうのは少し気になるのう」

「………むぎゅっ!」

 考え事に夢中だったシイは、前を歩くゲンドウが立ち止まったことに気づかず、思い切り背中にぶつかってしまう。

「うぅぅ、ごめんなさいお父さん」

「いや、良い」

 鼻をさすりながら謝るシイに、ゲンドウは気にしていないと頷く。

「ここだ」

「変なドアやな。妙な模様が描いてあるし」

「やばそうな臭いがぷんぷんするわね」

 トウジとアスカは、ゲンドウが背にしている黒いドアを見て顔をしかめる。作り自体は本部の他のドアと変わりないのだが、そこに描かれた見慣れぬ模様が怪しい雰囲気を醸し出していた。

 そもそも司令が直々に自分達を案内する程の何かが、この先に待っているのだ。そう意識してしまうと、自然と緊張感が身体を包む。

 ゲンドウが手にしたIDカードをカードリーダーに通すと、認証を示す青いランプが灯り、奇妙な模様が描かれたドアがゆっくりと左右に開く。

 その奥の光景を目にした瞬間、シイ達は思わず言葉を失った。

 

 薄暗い室内灯が照らし出す空間は、一言で表現するなら異質であった。

 広い室内の床には、ドアと同じ様な奇妙な模様が描かれており、無数の太いパイプがその上を這う。そのパイプが繋がれているのは、部屋の中央にはLCLで満たされた、人一人が入れる程の細長い円柱状の水槽。

「な、何や……ここ」

 暫し呆然と立ち尽くしていたトウジが、呟くように声を絞り出す。

「こんな場所があったなんて……って、あれ?」

「どうしたのよ?」

「私……ここ、見たことある」

 シイの呟きに、トウジとアスカは訝しげな表情を浮かべる。

「勘違いじゃ無いの? あんたここに来たの初めてだって言ってたし」

「ううん、ちゃんと覚えてるもん。確か……そう、レイさんがあの水槽に入ってたの。それでお父さんがそれを見てた。……零号機に見せて貰ったの」

 かつて機体相互換試験の際に、零号機からの逆流という形で、シイに送り込まれた無数の映像。今自分が居る場所が、その中に含まれていたとシイは確信する。

 

「……成る程。ここが彼女の場所ですか」

「そうだ」

「ど、どう言う事なの、お父さん」

 カヲルと意味深なやり取りをするゲンドウに、シイは動揺を隠せないまま問いかける。

「レイがユイのサルベージに失敗した時に得た、遺伝情報を元に生まれたのは知っているな?」

 質問には答えずに今更な確認を行うゲンドウに、シイは不満げな表情ながらも頷く。

「クローン技術は人類が遙か昔から研究し、既に実用レベルに達していた。だからレイを誕生させる事自体は、ゲヒルンの科学力を持ってすれば難しくは無かった」

 倫理的な問題で実用化こそされて居なかったが、セカンドインパクト以前にクローン技術は確立していた。ゲンドウの発言も真実なのだろう。

「だが、魂は違う。ヒトは命を生み出す術を得ても、魂を生み出す事は出来なかった」

「で、でもレイさんは心が、魂がある」

「そうだ。ユイの魂が初号機に残って居るにも関わらず、レイには魂が宿っていた」

「だからそれはレイさんの……」

「人工的に造られた生命体に魂は宿らない。……実証済みだ」

「いい加減にして! お父さんは何が言いたいの!?」

 まるでレイを否定するようなゲンドウの言葉に、シイは珍しく怒りを露わに声を荒げた。アスカ達が不安げに二人を見つめる中、ゲンドウは一度サングラスを直した後、真実を伝える。

「……レイに宿る魂は、人類の母たる存在であるリリスだ」

 

 




命がけの戦いを共にくぐり抜けてきた、チルドレンとエヴァ。母親の魂を抜きにしても、戦友の様な感情を抱くと思います。
最も多くの実戦を経験したシイと、最も長く接していたアスカは特にでしょう。


続き物なので、出来る限り速いペースで投稿していきたいと思います。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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