エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

186 / 221
後日談《アダムとリリス(2)》

~チルドレン集合~

 

 放課後、シイ達は揃ってゼーゲン本部の食堂へとやってきた。それぞれが好きな飲み物を注文すると、角のテーブルに席を取る。

「さてっと。それじゃあチャキチャキ喋って貰いましょうか」

「ふふ、慌てなくても逃げはしないさ。少し落ち着かせて欲しいね」

 急かすアスカを宥めながら、カヲルは優雅に紅茶のカップを傾ける。

「今日はダージリンか。素敵な香りだ。心を潤してくれる」

「だーじりん? それ紅茶だよね?」

「……茶葉の種類よ。ダージリンはインドの茶葉だったと思うわ」

「はぁ~。カヲル君って何でも知ってるんだね」

 シイから尊敬の眼差しを向けられ、大した事では無いと謙遜するカヲル。それが面白く無かったのか、アスカはグイッとコーヒーを口に含む。

「ふ、ふふん、今日は……ブルーマウンテンね。まあまあの出来じゃ無いの」

「……豆の種類よ」

 シイの視線を受け、レイが頷きながら説明をする。

「アスカも分かるの? みんな凄いな~。私なんてジュースの果汁が何%かしか分からないのに」

「いや、それ結構凄いと思うで」

「全くだわ。因みに食堂のコーヒーはモカブレンドよ」

 突然聞こえてきた声に一同が視線を向けた先には、白衣姿のリツコが苦笑しながら立っていた。

 

「リツコさん、どうしてここに?」

「あら、本部に私が居るのは当然よ。寧ろ貴方達が勢揃いしている方が、不思議な位だわ」

 そう言いながらリツコはシイ達と同じテーブルに着席する。

「アスカ。もし興味があるなら、今度私の部屋に来なさい。一から仕込んであげるわ」

「はん。余計なお世話よ」

「姐さんは詳しいんでっか?」

「半分中毒ね。コーヒーが無いと頭が働かないもの」

 仕事柄徹夜する事も多いリツコにとって、コーヒーは掛け替えのないパートナーだった。こうして食堂に足を運ぶ暇が無い時も、コーヒーだけは切らさないようにと、部屋にコーヒーメーカーを置く程に重要視していた。

「わしには考えられへんわ。苦いだけっちゅう気がするさかい」

「所詮は嗜好品よ。余り拘らず、その人の好みにあった物を選べば良いと思うわ」

「……赤木博士は暇なのですか?」

 すっかり休憩モードに入っているリツコに、レイが冷静に突っ込みを入れる。

「残念ながら大忙しよ。この後も仕事がびっしり詰まってるから、こうしてシイさんから元気を分けて貰わないと倒れてしまいそう」

「た、大変。私で良かったら、一杯持っていって下さい」

「…………はぁ」

 シイに両手をギュッと握りしめられたリツコは、何とも満ち足りた笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、シイさん。お陰で頑張れそうだわ」

「良かった……。無理だけはしないで下さいね」

「ええ。ところで貴方達は何をしに本部へ来たの?」

 仕事に戻ろうと立ち上がったリツコは、去り際にシイ達へ本部に来た理由を尋ねる。

「この変態からアダムとリリスについての、ありがた~いお話を聞く為よ」

「酷い言われようだね。僕の何処が変態だって言うのかな?」

「……存在そのもの」

 ズバッと一刀両断するレイの発言に、流石にトウジがフォローを入れる。

「き、きっついな~。渚、あんま気にしたらあかんで」

「そうだよ。カヲル君はちょっと変わってるけど、いい人だもん」

「……判断に困るところだけど、ありがとうトウジ君、シイさん」

(アダムとリリス? ……大丈夫かしら)

 いつも通りのやり取りを繰り広げる子供達を余所に、リツコは足を止めて思考を展開する。カヲルとレイの存在が彼女を悩ませたが、最終的に問題無いだろうと言う結論に至った。

「では私は行くわ。何かあったら、何時でも連絡して頂戴」

「はい。お仕事頑張って下さい」

 シイに手を振り返しながら、リツコは食堂を後にした。

「さて、あまり遅くなってもいけないし、そろそろ始めるとしよう」

「うん」

「まずアダムとリリスの事を語るには、ファーストインパクトまで遡る必要がある」

 カヲルは紅茶で喉を潤すと、深く息を吐いてから語り始めた。

 

 

~カヲル先生の特別講座・ファーストインパクト編~

 

「かつて宇宙の何処かに『何か』が存在した。その『何か』は知的生命体を生み出す卵を、あちこちの星にばらまいた。俗な言い方をすれば、『神様』が生命の種をまいたと言う感じかな」

「神様……居たんだ」

「居たんやな……」

「正確には高度な知的生命体としか分からない。だが生命を生み出せる程の力を持った『何か』が存在していたのは確かだよ。ここにいる僕達が何よりの証拠だろうね」

 カヲルは苦笑しながら自分とシイ達を指さす。

 

「そしてこの地球にも生命の卵『白き月』と呼ばれる物体が落下した。白き月に宿っていた生命こそが、後に第一使徒と呼ばれるアダムさ。そして白き月からアダムの子供達、生命の実を持つ使徒が生み出された。元々地球に存在していたのは、リリンでは無く使徒だったんだよ」

「はぁ? じゃあ使徒は宇宙人だって~の?」

「……今の話を聞く限りは、生まれも育ちも地球だと思うわ」

「まあその辺りの定義は任せるよ。どちらにせよ、大した問題では無いからね」

 動揺するアスカに配慮しつつも、カヲルは話を続ける。

 

「本来一つの星に反映する生命体は一つ。だが何の因果か、地球にはもう一つ生命の卵が現れてしまったんだ。それが『黒き月』と呼ばれる、第二使徒リリスの卵だった。黒き月からはリリスの子供達、知恵の実を持つリリンが生み出された」

「私達も……使徒?」

「そうさ。第二使徒であるリリスから生み出された唯一の使徒、それが君達リリンだ」

「な、ならわしらと使徒が戦う理由なんか、あらへんやろ」

「……残念ながら、そうは行かないのさ」

 カヲルは寂しげに眉をひそめると、再び口を開いた。

 

「異なる生命体が一つの星に共存する事は出来ない。何故かは分からないけど、恐らく『何か』が決めたルールなんだろう。だから使徒はリリンを滅ぼそうとし、リリンもまた使徒を滅ぼそうとした」

「こっちは降りかかる火の粉を払っただけよ」

「……刷り込み?」

「可能性はあるね。『何か』が保険として、異なる生命体が一つの星に存在した場合、互いに滅ぼし合うように遺伝子レベルでプログラムしていたのかもしれない」

 戦う事を嫌い、博愛主義と揶揄されたシイでさえ、使徒を傷つけ滅ぼすことに一切の疑問を持たなかった。だがリリンの遺伝子を持つカヲルに対しては、他の使徒とは違う対応を見せた。

 カヲルの話はあくまで仮説だが、あながち的外れでは無いのかもしれない。

 

「でもさ、あんたの話が本当だとしても、使徒が確認されたのは十七年前でしょ? そんで実際襲ってきたのが二年前。その間使徒は何してたってのよ」

「黒き月が落下する前に、第三使徒から第十六使徒は既に誕生していたよ。けれども、黒き月が落下した衝撃で使徒達は休眠状態になってしまったんだ」

「身を守るため?」

「そうだね。そしてその間にリリンは急速に科学を発展させ、地球を実質的に支配した。これがファーストインパクトの真実さ」

 一気に喋って喉が渇いたのか、カヲルは紅茶のおかわりをカップに注ぐ。

「ふぅ。少し長話になってしまったけど……第一使徒と第二使徒が何故天使の名前では無いのか、理解して貰えたかな?」

「うん。アダムさんとリリスさんは特別なんだね」

「僕達を生んでくれた母たる存在。本来なら使徒と呼ぶべきでは無いのさ」

「てか他人事みたいに言ってたけど、あんた確かアダムの魂を宿してるでしょ?」

「魂はあくまで魂でしか無いよ」

 アスカの突っ込みに、カヲルは苦笑しながら答えた。

「魂と器、二つ揃ってアダムさ。今の僕はあくまで渚カヲル。それ以上でも以下でも無い」

「うん。カヲル君はカヲル君だよ」

「ま、そやな。わしらのダチの渚カヲル。それだけ分かっとりゃ十分やろ」

 シイとトウジの言葉に頷くレイとアスカ。心優しき友人達に、カヲルは嬉しそうな微笑みを向けた。

 

 

~補足~

 

「さて、これで僕の話は終わりだ。満足して貰えたかな?」

「まあまあね。てかあんたは、何でそんな妙な事まで知ってんのよ」

 訝しむアスカにカヲルは余裕の笑みを崩さない。

「ネタばらしをすると、実は今僕が語った事は全て、ある書物に記されているのさ」

「え? ヒトが生まれる前の事なのに?」

「偽物ちゃうか、それ」

「ふふ、気持ちは分かるけれども、残念ながら本物だよ。裏死海文書と呼ばれる、ゼーレによって秘匿された禁断の書。彼らが進めていた人類補完計画の根底でもあるね」

 何時何処で誰がどの様にして記したのかすら分からない。だがそれはゼーレに人類補完計画を実行させるだけの、説得力を持っていたのだろう。

「神の予言か悪魔の戯言か。まあ、恐らくは『何か』が授けたんだろう」

「ふ~ん。ちょっとだけ読んでみたいかも」

「既に処分済みさ。これからの未来には必要無いものだし、公に出来る物でも無いからね」

 だから今話した事は内緒だよ、とカヲルは紅茶のカップを傾けながら微笑んだ。

 

 

 カヲルの話が終わった時には、もうすっかり日が落ちていた。シイ達は本部を後にして、それぞれの家路につく。トウジとカヲルと別れたシイ達三人は、並んでマンションへと向かう。

「まさか、あの変態ナルシストが無茶ぶりに答えるとは思わなかったわ」

「無茶ぶり?」

「あんたは自覚無かったかも知れないけど、あの質問って普通は誰も答えられないわよ」

 シイからすれば純粋な疑問だったのだろうが、アダムとリリスについて正確に回答出来る者はそう居ないだろう。アスカにしてみても、精々カヲルを困らせてやろうと話を振っただけなのだ。

「そうかな? でもカヲル君のお話は面白かったよね」

「ま~ね」

「…………」

「あれ、レイさんどうしたの?」

 いつになく無口なレイの様子に気づき、シイは不思議そうに声を掛ける。そう言えばカヲルの話が終わってから、ほとんど口を開いていない。

「何よ、お腹でも痛いの?」

「……いえ、問題無いわ」

 無表情を崩さずに素っ気なく答えるレイ。だがそこに何か悩んでいる様子が混じっているのを、シイとアスカは見逃さなかった。

「カヲル君のお話で、何か気になった事があるのかな?」

「……いえ。ただ」

「ただ?」

「……モヤモヤするの」

 レイは自分の胸を軽く押さえながら小さく呟いた。

「具合が悪いんじゃ無いんだよね?」

「……ええ。言葉に出来ないけれど……何か大切な事を忘れている様な気がする」

「へぇ~。あんたもリツコの仲間入りって訳ね」

「……そうかも知れない」

 からかうようなアスカの物言いにも、レイは反論する事無く表情を曇らせる。その様子に自分の対応が失敗だったと察したアスカは、内心舌打ちするとさり気なくフォローを入れた。

「ま、大切な事ならその内思い出すんじゃ無い? 思い出せないなら大した事じゃ無いだろうし」

「……ええ。ありがとう」

「べ、別にお礼なんていらないわ。ってか、あんたが素直だと気持ちが悪いわね」

「……優しいアスカほどじゃ無いわ」

 静かな夜空にゴングが鳴り響き、アスカとレイの路上バトルが始まった。いつも通りの二人に苦笑しつつも、シイは何とも言えぬ不安を感じていた。

(レイさん……何か悩んでるのかな)

 見上げた夜空に瞬く星々は、シイの疑問に答えてくれはしなかった。

 

 




思いっきり説明回でした。
アダムとリリス編の前半は、こうした説明話が多くなってしまいます。
早く話を進めろと思われるかもしれませんが……どうかご容赦を。

投稿ペースが不規則になりますが、今回以上に間は開けない予定です。

今後もお付き合い頂ければ幸いです。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。