~神話~
激しい受験戦争を勝ち抜き、無事高校生となったシイ達。進学から数ヶ月が経ったある日、第一高校一年A組の教室でシイが難しい顔をして本を読んでいた。
「おっ、シイが読書なんちゅーのは珍しいのう」
「確かにね」
「でも本を読むのって、国語の勉強にも良いのよ」
シイが読書をしているという珍しい光景に、友人達が興味深げに近づいてくる。
「わざわざ休み時間に読むなんて、レイの真似でもしてんの?」
「……私は知識を得るために読んでいただけ」
「ふふ、読書は良いね。リリンが生み出した文化の極みだよ」
「はいはい。で、難しい顔して何読んでるのよ」
カヲルを軽く流したアスカは、シイが何の本を読んでいるのかを覗き込み、顔を強張らせた。そのリアクションに首を傾げる一同だったが、同じ様に覗き込み、やはり同じ様なリアクションをする。
シイが難しい顔をして読んでいたのは、誰もが予想していなかった聖書だったのだ。
「うぅぅ……ん? あれ、みんなどうしたの?」
よほど集中していたのか、今までアスカ達の存在に気づかなかったシイは、ここに至ってようやく自分が友人達に囲まれている事を知った。
「い、いやな、お前が読書なんて珍しゅうて見とったんやけど」
「……その本、シイさんが買ったの?」
「ううん、違うよ。これは受験の前に、ゼーゲンのお爺さんがくれたの」
受験の差し入れと言う名目で、碇家に送り込まれた大量の段ボール。食料品や参考書、必勝と書かれたはちまき等と一緒に、この聖書も含まれていた。
「ふふ、成る程。まさに神頼みと言う訳だね」
「アホくさ。このご時世に居るかも分からない神に頼るなんて、時代錯誤も良いとこだわ」
「……アスカもお守りを持っていたわ」
「う゛! あ、あれはママが……そう、ママの御利益があるのよ」
「……それで、何故聖書を読んでいるの?」
アスカの反論を華麗にスルーして、レイはシイに問いかける。本を入手した経緯は理解したが、あまり読書をしないシイが聖書に挑戦している理由が気になった。
「実は……感想を聞かせてくれって言われて……」
「「あぁ」」
その一言は全員が納得するに十分な理由だった。送り主から感想を求められたら、流石に読んでませんと素直に言う訳にもいかず、読むしか無いだろう。
「でも聖書って、凄い量があるわよね」
「あんた馬鹿ぁ? んなの適当に流し読みして、気になったとこだけ抜粋すれば良いじゃん」
「うぅぅ、でも折角送ってくれたんだし……」
適当に誤魔化しても良いのだろうが、シイは真面目に読破して感想を伝えるつもりだった。馬鹿正直と言えばそれまでだが、そんな素直さこそがシイの魅力かもしれない。
「なら碇が難しい顔をしてたのは」
「うん。難しい表現が多くて普通の本みたいに読めないの」
「ふふ、なら僕が手を貸そう。今は何処を読んでいるのかな?」
そっとシイの隣に回り込むと、カヲルは開いているページに目を通す。そして何故か、何とも言えぬ複雑な笑みを浮かべるのだった。
「まさか……この部分とはね」
「??」
「ああ、ごめんよ。……そうだね、簡単に説明すると、神様はアダムと言う最初の人間と、他の生物を作り出した。けど一人は寂しいとアダムが訴えたので、同じ様にリリスと言う女性を作り出したんだ」
カヲルはまるで物語を朗読するかのように、シイが理解出来るレベルで説明を続ける。
「でもリリスはアダムから逃げ去ってしまったんだ」
「どうして?」
「……大人の事情よ」
「事情というか情事と言うか、まあ色々あったんだよ」
この辺りの話は有名らしく、アスカ達も気まずそうにシイから視線を逸らす。
「また一人になってしまったアダムは、再び神様にパートナーを求めた。そこで神様は、今度はアダムから離れないよう、彼の肋骨を元にイヴという女性を作り出したのさ」
その後もカヲルは要点をかいつまんで話を続け、アダムとイブが楽園を追放されたくだりまで語り終えると、一端休憩だと大きく息を吐いた。
「どうだい、少しは役に立てたかな?」
「うん。凄い分かりやすかったよ。ありがとうカヲル君」
嬉しそうにお礼を告げるシイに、カヲルは満足げな笑みで頷く。
「聖書ちゅうのも、こないして聞くとおもろいもんやな」
「渚の語りが上手かったんだよ。僕も昔読んだことがあるけど、三日で挫折したね」
「古い書物だからね。読解にコツと根気がいるかも知れない」
「……ねえカヲル君。アダムさんって人間のご先祖様なんだよね?」
真剣な顔で確認を求めるシイに、カヲルは小さく頷く。あくまで聖書という書物の中だが、アダムとイブがヒトの祖であるのは間違い無い。
「……何か気になる事があったの?」
「うん。ならどうして第一使徒と第二使徒の名前が、アダムさんとリリスさんなのかなって」
「あんた馬鹿ぁ? そんなの人間が勝手につけたに決まってんじゃん」
「でもでも、他の使徒さんは天使の名前なのに、アダムさんとリリスさんは人間なんだよ?」
使徒が生命の樹を人類から守る為の存在とするのなら、リリスはともかく、人類の祖とも言えるアダムの名を持つのはおかしいと、シイはアスカに反論する。
「う゛……」
「それにアダムさんが第一使徒の名前なら、第二使徒はリリスさんじゃなくて、イブさんだと思うの」
「だから……それは……えっと……」
思いがけないシイの理論展開に、アスカは上手い答えが浮かばずに視線を泳がせる。そして、慌てる自分を見て嫌らしげに笑って居るカヲルを見つけ、丸投げすることにした。
「そ、そこの変態が詳しいわよ。ほら、シイ。聞いてみなさい」
「そうなの? 教えてカヲル君」
「ふふ、姫の望むがままに」
精々困らせてやろうと思ったアスカだが、優雅に一礼するカヲルに逆に驚いてしまう。まさかこの疑問に答えが出せるとは、想像だにしていなかったからだ。
「ただ、流石にここで話すのは不味いと思うね」
「……使徒の話は最重要機密事項」
「あ、そうだった……」
カヲルとレイに言われ、シイは慌てて口を押さえながら、周囲をキョロキョロと伺う。今更なシイの反応に、ヒカリとケンスケは苦笑しつつも大人の対応を見せた。
「渚。聖書の話、面白かったよ」
「私も楽しかったわ。また今度、聖書のお話を聞かせてね」
「ああ、勿論だとも」
あえて聖書の話と強調する二人に、カヲルは内心感謝しながら微笑む。
「続きは放課後に何処かでするとしよう。何なら本部でも良いしね」
「うん」
カヲルの提案にシイは素直に頷くと、放課後にアスカ達と一緒に本部へ出向く事を約束し、難しくなった授業に全力で立ち向かうのだった。
~大人の話~
国際機関ゼーゲン。かつて使徒殲滅を目的として設立されたネルフの後継組織にして、現在は世界平和と人類の未来を守る為に存在する世界規模の組織。
正式に発足してから一年あまりだが、地球環境再生計画や食糧自給計画等を積極的に推進し、一般市民にもその存在が認知されてきたのだが……。
「やはり維持コストが問題ですか」
「ああ。ゼーゲンの運営予算を削減するよう、正式に要請が来た」
加持の確認にゲンドウは渋い表情で頷く。彼はつい先程までゼーゲン特別審議室に呼び出され、予算削減の件について延々とやり取りを続けていた。
数時間を費やしての結論は、予算削減に応じると言うものだった。
「流石に老人達も不満を抑えきれなかったか」
「無理もありませんわ。ゼーゲンの年間予算は膨大ですもの」
「元々ネルフは金食い虫でしたからね。使徒無き今、遠慮無く予算を削れると」
人類の脅威たる使徒を殲滅する為に、ゼーレは支配下にあった国連に多額の予算を捻出させた。常識ではあり得ない金額を、惜しげも無くネルフに宛がった。
生き残る為に必要なのだと、世界各国は不満を抱きつつも従っていたのだが、それも既に過去の話。今のゼーゲンにはネルフ程の価値が無いと判断されていた。
「因みに削減の規模はどれほどに?」
「そこまで理不尽な物では無いよ。修正予算案で十分運営は可能だ」
ゼーゲンの予算を一任されている冬月は、削減要請の書類を確認するやいなや、直ちに予算案の修正を行った。その結果、本部の維持コストを削減すれば対応出来るとの結論に至った。
「……各国もゼーゲンの存在意義は理解している。潰すつもりは無いだろう」
「って事はやはり、今回の件は膨大な予算の整理以外に……」
「我々に保有しているエヴァを手放させる事が狙いだな」
汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン。人類の脅威たる使徒に唯一対抗出来る存在であり、人類が未来を勝ち取れたのも、エヴァの力によるところが大きい。
だが戦うべき相手を失った今、エヴァは通常兵器が一切通用しない最強の人型兵器として、その存在を知る人達からは畏怖の対象となってしまっていた。
「成る程。ゼーゲンが何を言おうが、エヴァを保有している事実は変わらない、と」
「エヴァの運用に関しては条約を結んでいるが……信じ切れなかったのだろう」
「無理もありませんわ。誰だって対抗出来ない武器を持たれたら怖いですもの」
「……頃合いだったのかも知れん」
小さなゲンドウの呟きに、ユイ達も納得の表情で頷いて見せる。不測の事態に備えて保有し続けていたが、もうエヴァを眠らせてあげる時が来ていたのだと、誰もが理解していたからだ。
「では碇。エヴァ五機は破棄する方向で進めるぞ?」
「ああ、頼む」
今回の要請にどの様な思惑があろうとも、ゲンドウに迷いは無かった。これから先、人類が紡いでいく未来にエヴァの出番は無いのだから。
~覚悟~
司令室で今後の方針を決めた後、ゲンドウはターミナルドグマの深部へ赴いた。ゼーゲンと名を変えた今も、本部の中枢であるこのエリアは変わらぬ姿で彼を出迎える。
厳重なセキュリティを通過したゲンドウは、ある部屋に足を踏み入れた。
僅かな明かりが照らし出す室内は、奇妙な模様が描かれた床と壁一面の水槽。そして部屋の中央にはLCLで満たされた、人一人が入れる程の細長い円柱状の水槽があるだけの無機質な空間だ。
ゲンドウはゆっくりと円柱状の水槽へと歩み寄り、そっと火傷痕の残る手の平で触れる。
「……頃合い、か」
先程自分が発した言葉を、自嘲気味に再び呟く。この場所で何が行われていたのか、何の為の施設なのか、それを知る人間は少ない。
それ故に公にすること無く、ひっそりとこの場所を破棄する事も可能だった。
(だが……それは許されない。私には責任がある)
ゲンドウは水槽から手を離すと、手の平の火傷痕を暫し見つめる。そして暫しの沈黙の後、覚悟を決めたかのように強く拳を握りしめた。
やがてゲンドウは、水槽に背を向けて退室していく。振り返らず去って行く彼は、気づく事が出来なかった。その背中を無数の赤い瞳が見つめている事を。
長く投稿を休止してしまい、申し訳ありません。
完成した作品を読んで、気に入らずに書き直し……の無限スパイラルを繰り返してしまい、あまり良い状態ではありませんでした。
今回の作品も、ブランクに見合う質とは言いがたいかもしれません。
ただ、何時までも未完のまま小説を放置するのも良くないと判断し、再開させて頂きました。
恐らく最後のシリアス一辺倒。
前半は相当説明回っぽいですが……ご飯弁を。
連日投稿ではありませんが、それ程間を開けずに投稿して行きます。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。