エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

184 / 221
後日談《お受験戦争》

 

~困った大人達~

 

「それで、彼女の様子はどうかね?」

「学校で特別授業を受けている他、家でも自習を毎日欠かしていません」

 暗闇の空間で特別審議室の面々に直接現状を伝えるゲンドウ。彼らの関心は間近に迫った、碇シイの受験に集まっていた。

 なにせ総司令就任の条件が大学卒業なので、万が一シイが高校受験に失敗すれば、彼らの計画は大きな痛手を被る。意識せずにはいられない。

「だが、先日の模擬試験。成績芳しくない、との報告もあるが?」

「誤報です。MAGIのレコーダーを調べて頂いても構いません」

「冗談はよせ。事実の隠蔽は君の十八番だろ」

「シイの学力は向上しており、受験に向けて順調に進んでおります」

「……もう良い」

 埒があかないと判断したキールが、ため息混じりに問答を制止する。その姿は同じ目的を持つ同士であるにも関わらず、何故か毎回仲違いするメンバーに少し呆れたようにも見えた。

「最終的に碇シイが大学を卒業すれば良い。その為の第一歩、くれぐれも誤るなよ」

「……はい。全てはゼーゲンのシナリオ通りに」

 審議を終えて去ろうとしたゲンドウに、メンバーの一人から待ったが掛かった。

「待て、碇」

「何でしょうか?」

「その……何だ……君の家に差し入れを送った」

「はい?」

「か、勘違いするな。シイちゃんが合格しないと、我らが困るから……それだけだ」

「はぁ……」

「話は終わりだ。時間を取らせたな」

 真っ赤な顔を見せないように、メンバーの一人はそっと立体映像を消した。後には何とも言えない気まずい空気だけが残る。

「……キール議長。あの方に良い病院を紹介しましょうか?」

「気にするな。あれはあれで、シイの事を気に掛けているのだろう」

「左様。彼女が人類を導く日を、我らは心待ちにしているのだからね」

「因みに我らも、僅かだが差し入れをさせて貰った」

「碇君、期待に応えてくれよ」

「……応えるのはシイだと思いますが、まあ一応分かりましたと返事をしておきます」

 ゲンドウは困ったように眉をひそめながら、今度こそ会議室を後にした。

 

 

~もっと困った大人達~

 

 ゼーゲン本部発令所では、いつもの面々が真剣な様子で作業を行っていた。

「この数値に間違いは無いな?」

「はい。MAGIによる計算誤差は認められません」

「厳しい戦いですわね」

 彼らが一様に険しい表情で見つめるのは、巨大なメインモニター。そこにはMAGIがはじき出した、シイの高校合格率が表示されていた。

「シイちゃんの第一志望は、第三新東京市第一高校。レベルは中の中、特筆事項はありません」

「合格率は50%強か……」

「あくまで現時点での計算結果。今後の追い込み次第では、さらなる上昇が期待できますわ」

「下がる可能性もありますけどね……す、すんません」

 その場に居た全員から凄まじい形相で睨まれ、青葉は全力で頭を下げた。

「でも今の時点で五割なら、何とかなりませんか?」

「判断が難しいですね。あの年頃の子は、当日の体調やメンタルに大きく影響されますから」

「うむ。可能な限り、合格率を高めておきたい所だな」

「副司令は元教師でしたよね? シイさんの家庭教師をされては?」

「……レイに拒否されたよ」

 しょぼんとする冬月の肩を時田とリツコが優しく叩く。この二人もまた、レイに家庭教師を断られたくちであった。まあこれまでの行動を考えれば、当然と言えるのだが。

「だが何もしないわけにも行くまい。私達は私達なりのやり方でシイ君のサポートをしよう」

「マヤ、例のデータは?」

「はい、過去十年分の入試問題は既に回収済みです。現在解答解説をつける作業を行っています」

 相変わらず仕事の早いマヤにリツコは満足げに頷く。発想力や開発力はまだまだだが、仕事の速度と正確さではもう一人前だと内心目を細めた。

 

「因みに、他の子達はどうなんでしょうか?」

「アスカはそもそも学卒ですから、何の問題もありません」

「レイも……まあ言い方は悪いけど、ユイさんと同じ遺伝子を持ってるから、頭は良いのよね」

「洞木ヒカリ、相田ケンスケ両名も合格ラインを超えています」

「渚も問題ないだろう。フォース……鈴原トウジはどうだ?」

「シイちゃんとどっこいどっこいですね。今は洞木ヒカリがつきっきりで、勉強を見ている様です」

 メインモニターに並べられた、シイと親しい友人達のデータ。この中で厳しい戦いを強いられているのは、シイとトウジの二人だけだった。

「彼我戦力差は五対二か……分が悪いな」

「いや、別にこの七人で戦うわけじゃないんで……」

「倍率は二倍程度。分が悪いと言うほどではありませんわ」

「残された時間はあと僅か。さて、どうなるかな」

 モニターを見つめる冬月の顔は最後まで険しいままだった。

 

 

~修羅場~

 

 受験日まであと僅か。十五年前に季節を失った日本では、真冬と言えどもかつてのような寒さは無く、強い日差しが容赦なく照りつけている。

 エアコンの無い中学校の教室は、極めて過酷な環境と言えた。

「うぅぅ、暑い……」

「あんた馬鹿ぁ? こっちはあんたの成績で背筋が凍ってんのよ!」

「お、上手いこと言いよったな」

「トウジも人のこと気にしてらんないでしょ。ほら、早く問題集の続きをやりなさい」

 ヒカリに耳を引っ張られて、トウジは強引に勉強へと戻される。今この教室ではアスカ達が教師役となり、シイとトウジの受験直前最終追い込みが行われていた。

「あんたもやるのよ。もう時間が無いんだから」

「う、うん」

 アスカに促され、シイは机に広げられた問題集を解き始める。ゼーゲンが総力を挙げて集めた、過去の受験問題をひたすら解く事で、少しでもテストに慣れるためだ。

「……シイさん、そこ違うわ」

「えっ!?」

「ふふ、その問題にはこっちの公式を使うんだよ」

 両サイドに立っているレイとカヲルが、シイが解き間違う度に素早く指摘を行う。隣の席で同じように勉強に励むトウジには、ヒカリとケンスケがアドバイスを送る。

(うぅぅ、じっと見られるのって、凄い緊張するよ)

(この汗、絶対暑さだけやないで……)

 何とも贅沢な学習環境だが、当の本人達にしてみれば相当のプレッシャーだった。

 

 

 

~受験前夜~

 

「シイ、レイ、ご飯よ~」

「……はい」

「う、うん……」

 ユイの呼びかけに、シイは疲労困憊と言った様子でダイニングへと姿を現した。既に目の下の隈は、仮眠程度の睡眠では取れないほど色濃く残っている。

「あらあら、大分追い込んでいるみたいね」

「うん、最後の頑張りどころだから……」

「体調が悪ければ、実力を発揮できんぞ」

「でも、まだやり残しがあるから」

「……この後、強制的に睡眠を取らせます」

 ぐっと拳を握ってみせるレイに、ユイは満足げに頷く。専属トレーナーの様なレイに対して、ユイは絶対の信頼をおいていた。

「さあ、しっかり食べて体力をつけなさい」

「ユイが腕によりをかけて、験を担いだ料理を作ってくれた」

「気持ちの問題だけど、少しでも、ね」

「ありがとうお母さ……ん?」

 シイは席に着くと同時に、食卓に並んだ料理を見て思わず絶句する。普段の食事とは比べられないほど、大量の料理が所狭しと並んでいたのだ。

「とんかつ……」

「勝負に勝つの語呂合わせね」

「これ、馬刺し?」

「桜肉で桜咲くね」

「ウインナー?」

「勝者のウィナーをもじったの。ドイツのお土産ね」

「納豆……」

「ネバネバするから、ネバーギブアップね」

「このフルーツは……伊予柑?」

「ええ。良い予感ってね」

「鯛の酒蒸し……」

「おめでたい、ね」

 この調子で、食卓に並べられた全ての料理が験を担いだものだった。母の気持ちは嬉しい。嬉しいのだが、ここまで行くと違う感情が浮かんでしまう。

「お母さん……私、そんなに頼りない?」

 実力を信頼されていないのでは無いかと、シイは密かにダメージを受けるのだった。

 

 

~受験当日の朝~

 

「じゃあお母さん、お父さん、行って来ます」

「……行って来ます」

「忘れ物は無いか? 受験票は? 筆記用具は? ハンカチちり紙は?」

「はぁ。あなた、これから戦いに行く娘達を、少しは信用してあげて下さい」

「う、うむ」

 本人達以上に取り乱しているゲンドウにユイは苦笑する。子供以上に親が緊張するのが、受験なのかもしれない。平静を装うユイですら、滅多にしない緊張を味わっているのだから。

「シイ、レイ。これを持って行きなさい。お父様達から送られてきたお守りよ」

「ありがとうお母さん」

「……ありがとうございます」

 遠い京都の地からの応援に、シイとレイはイサオ達にも感謝する。

「私もお前達に餞別だ。何も無いよりは役に立つ」

「うん。お父さんもありが……安産祈願?」

「……司令?」

「すまん。神社に行ったら、何故か学業成就だけが売り切れていた……」

 まさか自分の部下達が買い占めていたとは知らず、ゲンドウは苦渋に満ちた表情を浮かべる。因みにシイの鞄には、ゼーゲン一同から送られてきたお守りが山ほど入っていた。

「ううん、嬉しい。お父さんが一緒にいてくれるって、そう思うだけで安心するから」

「シイぃぃぃ」

 微笑むシイをゲンドウは泣きながら抱きしめるのだった。

 

 

~試験開始~

 

「では、始め」

 監督官の号令で、受験生達が一斉に問題用紙を開いて、解答用紙に答えを書き込んでいく。カリカリカリと、鉛筆が走る音が心地よく教室に響いた。

(はん、こんなの楽勝ね。……シイとあの馬鹿は大丈夫かしら)

(……問題無いわ。……シイさん達も、落ち着いてやれば行ける)

(ふふ、リリンの問題は型にはまり過ぎているね。……さて、あの二人はどうかな)

(うん、大丈夫そう。シイちゃんとトウジも、普段通りに出来れば……)

(過去問と大体似偏ってるね。これなら碇とトウジの奴も、何とかなるかな)

 教師役を務めた成績優秀組は楽々と問題を解いていき、早くも問題児二人の心配をしていた。そんな二人は周囲を気にする余裕も無く、必死に問題用紙と睨めっこしている。

(うぅぅ、緊張して頭が回らないよ……)

(落ち着け、落ち着くんやトウジ。まだ慌てる時間や無い)

 時計の針が進む音と、鉛筆の音だけが聞こえる静かな空間で、受験生達の静かな戦いは続いた。

 

 

 

~合格発表~

 

 受験日より数日が過ぎ、いよいよ合格発表の日を迎えた。シイはアスカ達と一緒に、合格者の番号が掲示される第一高校へと向かう。

「ほら、しゃきっとしなさい。まだ結果が出てないのよ」

「うぅぅ、絶対駄目だよ……」

「アホかお前は。こないところで諦めて、どないすんねん」

「おっ、トウジは自信あるの?」

「無い! そやさかい、もう腹は括っとるわ」

 潔いほどの割り切りを見せるトウジに、一同は感心するやら呆れるやら、何とも複雑な表情を見せた。この二人を足して二で割れば丁度良いなとも思いつつ、高校へと歩いて行く。

 

 やがてシイ達は、既に大勢の受験生が集まっている発表場所へと辿り着いた。心臓の鼓動が煩いほど高まる中、係員によってボードに掛けられていた布が外される。

 露わになる合格者の受験番号。一斉に視線が注がれ、歓喜の声と落胆のため息が同時に聞こえた。

「あたしは当然ね」

「……私も問題無いわ」

「ふふ、僕もだ」

「私も合格してたわ」

「おっ、僕もだね」

 教師役のアスカ達は、自分の番号があることを確認して、ひとまずは安堵する。だが直ぐさま思考を切り替えて、シイとトウジの合否を案じた。

「……ひ、ヒカリ……」

「トウジ……駄目だったの?」

「あった……わしの番号……あそこにあったでぇぇぇ!!」

 喜びを堪えきれず、トウジは人目も忘れてヒカリへと思い切り抱きついた。

「ちょ、ちょっとトウジ。こんな場所で……」

「お前のお陰や。ホンマ、ホンマありがと」

「……まったくもう。トウジが頑張った結果でしょ」

 顔を真っ赤にしつつも、優しくトウジを受け止めるヒカリ。すっかり二人の空間を作ったトウジ達とは対照的に、シイは受験票を片手に凍り付いた表情でボードを見つめていた。

 

 その様子を見て一同は最悪のケースを想像する。哀愁漂う小さな背中に、誰一人として声を掛けられない。アスカ達は視線で会話をすると無言で頷き合い、そっとアスカが代表してシイに近寄った。

「シイ……っ!?」

 肩に手を置いて声を掛けたアスカは、シイの顔を見て思わず言葉を失う。口を一文字に結んだシイは、目に涙を浮かべて今にも泣き出しそうな顔をしていたのだ。

「アスカ……私……駄目だった……みんな助けてくれたのに……番号……無いの」

「あ、あんた馬鹿だから、その、番号見間違えたりしてないの?」

「うん……980番が無いの……」

「ん?」

 シイに受験票を見せられたアスカは、眉をひそめて首を傾げると、そのまま視線をボードへと向ける。そして大きく息を吐き、思い切りシイの頭を平手で叩いた。

 様子を見守って居たレイ達は、アスカの行動に驚いてシイの元へと駆け寄る。

「アスカ、いくら何でも酷いと思うわ。シイちゃん傷ついてるのに」

「……腕の一本貰うわよ」

「ううん、アスカが怒るのも当然だよ。ごめんね、アスカ。勉強教えて貰ったのに……」

「はぁ。あんたはウルトラ馬鹿ね」

 呆れたようにアスカはシイから受験票を奪い取る。

「あのね、あのボードをよ~く見てみなさい。最後の合格番号は幾つ?」

「……189」

「で、あんたの番号は幾つ?」

「980」

「あのね、おかしいと思わないの?」

「ふふ、確か受験生の数は、200人弱だったね」

 ここに来て一同はようやく気づいた。極度に緊張していたシイ。最初から自分が落ちていると思うほど、自信が無い態度。そしてその受験番号。考えられることはただ一つ。

「あんたの番号、980じゃなくて、086なのよ。で、そこに書いてあるのは何番?」

「……086……って、あれ?」

「シイちゃん、合格してる」

「ほ、本当だ……私の番号がある。あるよアスカ!」

「はぁ~」

 雨空に太陽が差し込んだように、シイの表情が一気に輝く。両手を突き上げて何度もジャンプする姿に、彼らは心底安堵するのだった。

 

「ま、一応おめでとうかしら」

「……おめでとう」

「ふふ、おめでとうだね」

「シイちゃんおめでとう」

「おめでとさん」

「めでたいな」

「みんな……ありがとう」

 受験にさようなら。高校生活にこんにちは。そして共に戦った仲間達に、ありがとう。

 

 




碇シイ育成計画の第一関門、高校受験は無事に突破しました。
ここからは、華の女子高生編がスタート……かな?


投稿ペースについてお知らせがあります。
次の話から、本編投げっぱなし回収の『アダムとリリス編』に突入するのですが、執筆が間に合わなそうなので、投稿を一時中断させて頂きます。
『アダムとリリス編』の執筆が完了次第投稿を再開しますので、3、4日、長くても1週間程度で復帰出来るかと。
それが終われば、また投稿ペースは戻せると思います。

暫しのお時間を頂きますが、次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。