エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《秘め事》

~疑惑~

 

 ある日の夜、惣流家に来客があった。玄関を開けたアスカは、隣に住む住む少女の訪問に驚きつつも、とりあえず家の中へと招き入れる。

「あら~レイちゃんいらっしゃい」

「……お邪魔します」

「シイちゃんは一緒じゃ無いの?」

「……はい」

 レイの眉が一瞬動いたのを見て、アスカは彼女の訪問の理由が、シイにあると察した。

「ま、良いわ。そこ座りなさいよ。今お茶でもいれるから」

「……玉露で」

「図々しいわね。あんたに出すお茶なんて、出がらしに決まってんでしょ」

 そう言いながらも、アスカはストックしてある中で一番高級なお茶を出す。レイに気を遣った訳では無く、単に意地と見栄を張ったのだろう。

「ほら、お茶よ」

「……ありがとう」

「ありがとう、アスカちゃん」

 何故かレイと一緒にリビングに座るキョウコ。相談があるのだと察していたアスカは、キョウコに席を外して貰うかどうか視線で問い、レイは構わないとアイコンタクトした。

 

「……シイさんが最近おかしいわ」

「元々変な子でしょ?」

「……渚カヲルも」

 レイの言葉にアスカの表情がにわかに真剣味を帯びる。何時もの過保護かとも思ったが、カヲルが絡むと大抵はろくでもない事になるからだ。

「順を追って話なさい」

「……放課後、一緒に帰ってくれないの」

「はぁ? んなのあの子にだって都合があるし、仕方ないんじゃ無い?」

「……理由は教えてくれなかったわ。だから後をつけたの」

 相変わらず妙なところでアクティブなレイに呆れつつも、アスカは話の先を促す。

「……シイさんは音楽室に入っていったわ。……渚カヲルと一緒に」

「なっ!?」

「あら素敵ね~。秘密のデートかしら」

 パンと両手を叩き嬉しそうに微笑むキョウコだったが、他の二人にとっては笑い事では無い。

「その話、マジなんでしょうね?」

「……ええ。何度も確認したわ。今日もそうだった」

「ん? ならあんたは何で黙って引き下がったのよ」

 何時ものレイなら、疑わしきは罰せよの精神で音楽室へ突入しただろう。だがそれをせず、わざわざ自分に相談してきた事をアスカは不審がる。

「……勘違いと思い込みは危険だから」

「……あ、そう言う事ね」

 レイが以前の誕生日事件を言っているのだと察し、アスカは納得の表情で頷く。あの時の教訓があるからこそ、こうして相談に来たのだろう。

 

「因みにあたしは何も知らないわ。今回はシイの行動に関与してない。それは確かよ」

「……なら」

「うふふ、シイちゃんとカヲル君は、音楽室で逢い引きしてるのね」

「だ・か・ら、ママは表現がストレート過ぎるのよ!」

 わざとレイを煽っているのかと疑いたくなる程、キョウコの言葉は直球で発せられる。勿論彼女には悪気の欠片も無いのは分かっているが、文句の一つも言いたくなるのは仕方ないだろう。

「因みにあんたはどう思ってるの?」

「……シイさんは渚カヲルを友達としてしか見ていないわ。でも……彼は分からない」

 シイに施された歪んだ教育を知っているレイは、現時点でシイに恋愛感情は無いだろうと推測する。だがカヲルが言葉巧みに誘導すれば、何が起こるかは予測出来ない。

 無知は最大の防御であると同時に、弱点でもあるのだから。

「なら話は簡単ね」

「……直接聞くの?」

「それも悪く無いけど、はぐらかされる可能性が高いわ。だから今回は、現場を押さえるのよ」

 シイとカヲルが放課後、音楽室で何かをしているのは間違い無い。ならばこちらも何らかの理由をつけて、音楽室へ乗り込んでしまえば良いとアスカは説明する。

「でもこれは最終手段よ。まずは明日、シイの様子を見てみましょ」

「……分かったわ」

 アスカとレイは頷き合い、事態の究明を誓うのだった。

 

 

~不安は確信へ?~

 

 翌日、休み時間にアスカとレイは、事の次第をトウジ達にも話した。何か知っているかもと期待したが、彼らの反応も先日のアスカ同様だった。

「う~ん、悪いけど僕は何も知らないな」

「わしもや」

「ごめんね」

「……いえ、構わないわ」

 申し訳無さそうな三人に、レイは気にしないでと答える。何も知らないと言う事が分かった。これはシイとカヲルが自分達には内緒で、何かをしている事を意味するのだから。

「でもさ、碇に限ってデートってのは無いんじゃないか?」

「わしもケンスケと同じ意見や。シイはあれやし、もし付き合うてたら直ぐに分かるやろ」

 シイが隠し事を苦手としている事を、ここに居る面々は承知している。万が一カヲルと恋仲になったとしても、それを誰にも気づかせないと言うのは考えにくい。

「あたしとミサトの誕生日は終わったし……クリスマスはちょっと違うわよね」

「シイがプレゼントを用意する訳や無いからな」

「碇が僕達には黙ってて、渚にだけって言うのも引っかかるよ」

 もっともなケンスケの発言に、アスカ達は腕を組んで頭を悩ませる。そんな時、廊下からシイとカヲルの話し声が僅かに聞こえてきた。

 一同は無言で頷き合うと、そっと教室の壁に張り付き、会話に聞き耳を立てる。

 

「今日の放課後も付き合って欲しいんだけど、大丈夫かな?」

「ふふ、勿論さ。君からのお誘いに、僕は断る術を持たないからね」

「良かった~。やっぱり一人だとどうしても上手くいかなくて」

「初めは誰だってそうさ。少しずつ慣れていくのが一番だよ」

「やっぱり時間が掛かるよね。カヲル君に教えて貰って、何となくコツが掴めたと思うけど」

「それは凄い進歩だ。だけど無理はいけないよ。まだ痛いんじゃ無いかな?」

「あはは……うん。でも最近は血も出ないし、ちゃんとケアすれば大丈夫だよ」

「君がそう言うなら、僕は信じるしかないね」

 

「……あんた達。言いたい事はあると思うけど、今は絶対に……放すんじゃ無いわよ!!」

 全身からどす黒いオーラをまき散らし、廊下へ向かおうとするレイを、アスカ達だけでなくクラス中の生徒が総出で食い止めていた。

 腕を、足を、腰を、肩をがっしりとホールドされたレイは、それでも生徒達を引きずるように歩みを止めようとしない。赤い瞳に暗い光を宿し、無表情で生徒を引きずる姿は、まるで悪魔の様にも見えた。

「レイ。早まったらあかん!」

「お願いだから落ち着いて」

「まだ何も、何も確定してないよ」

 何とかレイを落ち着かせようと、トウジ達は必死の説得を続ける。彼らも今の会話に思うところはあったが、目の前で始まろうとしている惨劇を見逃す訳にはいかない。

「ったく、仕方ないわね……とぉぉりゃぁぁぁ!!」

「!?」

 大きく助走をとったアスカの跳び蹴りをまともに浴び、レイはその場に倒れた。普段のレイなら難なく回避して足関節を極める筈なので、よほど頭に血が上っていたのだろう。

 レイが完全に沈黙した事を確認すると、アスカは呆然としている生徒達に告げる。

「この一件は部外秘とするわよ。一切の口外は禁止、分かったわね」

「「は、はい」」

 アスカに気圧された生徒達は、背筋を伸ばして返事をした。

 これで一安心とため息をついたアスカは、ヒカリ達に目配せをして頷き合う。もう全てを明らかにするには、放課後の音楽室に乗り込むしか無いと。

 

 

 

~真実~

 

 そして放課後。シイとカヲルが音楽室へ入ったのを確認すると、アスカ達も音楽室の前に集結する。防音教室なので中の音は聞こえないが、逆にここでの話し声が中に聞こえることも無い。

「突入する前に一応確認するけど……レイはそれを外しちゃ駄目だからね」

「……何故?」

「あんた馬鹿ぁ? シイとあんたを守る為に決まってんでしょ」

 制服のリボンで両手を腰の後ろに縛られたレイは、不満げな声をあげるがアスカは即却下する。どんな答えが待っていたとしても、カヲルを傷つけられる事をシイは望まない。そしてレイが誰かを傷つけることもだ。

 ただ今のレイは暴走一歩手前なので、拘束具を用いないと本気で万が一が起こりかねない。一応カヲルを守る事にも繋がっているが、アスカにとっては妹分二人を守る為の選択だった。

「レイ、まずは話を聞いてからや」

「……分かったわ」

「じゃあ行くわよ……Gehen!!」

 アスカが合図と同時に音楽室のドアを開け、レイ達が一斉に中へと乗り込んだ。

 

「あれ、みんな。どうしたの?」

 音楽室の中では、シイとカヲルが並んで座っていた。机の上には何か教材の様な本が置かれており、一見すると二人で勉強をしている様にも見える。

「それはこっちの台詞よ。あんた達二人で何をしてるのかしら?」

 キョトンとした表情で一同に尋ねるシイに、アスカは質問で返す。その問いかけにシイは思い切り動揺し、慌てて机の上の本を鞄に隠した。

「なな、何でも無いよ」

「ふ~ん。なら今隠した本、見せて貰っても良いわよね?」

「えっと、それはちょっと……」

 詰め寄るアスカに、シイは冷や汗を流しながら目線を逸らす。あからさまに怪しいシイの態度に、アスカが尚も問い詰めようとするのをカヲルが制した。

「……シイさん。どうやらこの辺で年貢の納め時らしい」

「うぅぅ、そうだね」

「君達に全てを話そう。だから……彼女を決して放さないでおいてくれ」

 何時の間にか拘束具を引き千切っていたレイを見て、カヲルは本気でトウジ達にお願いをした。

 

 

「はぁ? ヴァイオリンを教わってた~!?」

「う、うん」

 カヲルの説明を聞いたアスカは、本気で呆れたような声を出す。それは教わっていた事では無く、自分達に隠していた事に対してだった。

「……どうして私達に隠していたの?」

「そや。別に悪いことちゃうし、そこは納得できへん」

「その……私、凄い下手だから……恥ずかしくって」

 俯きながら答えるシイの顔は、誰の目にも明らかなほど真っ赤に染まっていた。

「そりゃ楽器経験が無ければ誰だって上手くないと思うな」

「ねえシイちゃん。他に何か理由があるんじゃない?」

 ヒカリは碇シイと言う少女をよく知っている。確かに恥ずかしがり屋だが、自分が出来ない事を隠すタイプで無い事も、十分理解していた。

 一同の視線が集まる中、シイは消え入りそうな声で呟く。

「カヲル君にヴァイオリンを貰った次の日、家で一度弾いてみたの」

「……私とユイさんが健康診断だった日ね?」

「うん。お父さんは家に居て、構わないから弾いてみろって言ってくれたんだけど……」

「ど、どうなったの?」

「私のヴァイオリン聞いて、気絶しちゃったの」

 辛そうに語るシイ。自分の演奏で父親が倒れた事が、相当ショックだったのだろう。

 

「因みに、お義父さんの名誉の為に言っておくと、彼が失神したのはシイさんのヴァイオリンだけが原因じゃ無い。誕生会の後に大人達はアルコールを多量に摂取していたからね」

 二日酔いの頭にヴァイオリンの高音は最悪の相性だろう。至近距離で聞いてしまった事もあり、ゲンドウが不甲斐ないと言うのは可哀相だ。

「ならそれをシイに言いなさいよ」

「勿論言ったさ。ただシイさんは上達するまで、他の人に聞かせないと意思を固めていてね」

 カヲルの言葉にアスカ達はようやく納得出来た。もしシイがヴァイオリンの練習をしていると聞けば、興味本位で聞かせてくれと言ってしまっただろう。

 断れば自分達に嫌な思いをさせる。かといって了承するのも躊躇われた。

 だからシイは隠していたのだ。胸を張って良いよと言える時まで。

 

「これが全てさ。隠し事をしていたのは謝るけど、君達も少し反省すべきだと思うね」

「分かってるわよ。……シイ、悪かったわ」

 誰にだって秘密にしたい事がある。それはシイも例外では無いのに、今回自分達は無理矢理不可侵の領域に、踏み込んでしまった。

 アスカに続き、レイ達も頭を下げて謝罪を口にする。

「ううん。私の方こそごめんね。ちゃんとお話してれば良かったのに……怖かったから」

「……シイさん、折角だからみんなに君の演奏を聴かせてあげよう」

「えっ!?」

 驚くシイに、カヲルは微笑みながら言葉を続ける。

「基礎もあらかた終わって、簡単な曲なら弾けるようになった。頃合いだと思うよ」

「うぅぅ、でも……」

「僕もピアノでフォローするし……努力は嘘をつかないさ」

 そっとカヲルはシイの手を取る。放課後の練習だけでなく、家でも毎晩消音器で一人練習を続けていたシイの指先は、今も傷が残っていた。

「……うん、やる」

「それでこそシイさんだ」

 決意を固めて頷いたシイに、カヲルは心底嬉しそうに微笑んだ。

 

 

~旋律~

 

 放課後の音楽室で、シイとカヲルの即席演奏会が開かれた。見事な腕前を披露するカヲルとは対照的に、ヴァイオリンを始めて数ヶ月のシイの演奏は、まだまだ拙くミスも多い。

 だが彼女が奏でる旋律は、アスカ達の心へダイレクトに響く。僅か一分足らずの演奏だったが、音楽室にはスタンディングオベーションをした観客達の拍手に包まれる。

「何よ、結構やれんじゃない」

「……とても良かったわ」

「ええもん聞かせて貰うたで」

 口々に賞賛の言葉を向ける一同に、シイは顔を真っ赤にして笑う。一人でも、カヲルと一緒の時でも味わったことの無い感覚が、彼女の中に芽生えていた。

「ふふ、良い演奏だったよ。初めての公演をした感想はどうだい?」

「何だか……不思議。心がポカポカするの」

「音楽は心の交流さ。だからこそ、リリンの生み出した文化の極みたり得るんだよ」

 カヲルは嬉しそうにシイの頭を撫でるのだった。

 

 




エヴァと言えば音楽。なんて言うのは少し大げさですが、深い関係にあると思っています。チルドレン四人による弦楽四重奏(旧劇場版?)はとても印象的でした。

いつかはシイ達にも、希望の旋律を奏でて欲しいと願っています。

次回もお付き合い頂ければ幸いです。


……休日……と言う名の出勤……あれ?

※誤字を修正しました。ご指摘感謝です。

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