エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《文化祭~狂宴~》

~放たれた獣たち~

 

 ゼーゲンからやってきた獣たちは、遂に文化祭の現場へとその姿を現した。冬月を筆頭に、リツコ、マヤ、青葉、日向、そして時田。いずれ劣らぬ歴戦の勇者達だ。

「ここが第一中学校か」

「データ照合。99,9999%間違いありません」

「いや、そこに書いてあるぞ」

「青葉、こういうのはノリだよ、ノリ」

「全く……だから女にもてないのよ」

 中学校の正門脇に思い切り派手に飾られている看板を指摘する。ただそれだけの行動で、皆から一斉に責められた青葉は心に深い傷を負った。

「さて、これからどうします? 全員で一度に行くのもあれでしょう」

「ペアを組んで、二人一組で挑むぞ。私と時田君。赤木君と伊吹二尉。日向二尉と青葉だ」

「依存ありませんわ」

「MAGIも全館一致で賛成しています」

「……惣流博士の開発した携帯MAGIか。便利だな」

 携帯電話サイズの小型端末で、本部のMAGIにアクセス出来るそれは、キョウコがたった数日で開発したものだった。それは開発責任者である赤木親子ですらなしえなかった功績。

 九の失敗を一の大成功でプラスにしてしまうキョウコは、非常に厄介な科学者だった。

「まずは私達が行く。十五分後に赤木博士達が。更に十五分後に青葉達だ」

「くれぐれも司令とユイさんに見つからないように」

「もし捕獲されても他の人の事は話さない、ですね」

「同士を売った者は、ファンクラブから永久追放……承知しました」

「了解です」

「準備は出来てます」

「各員の健闘を祈る。では解散だ」

 獣たちは拳を軽く合わせると、ツーマンセルで第一中学校へと姿を消した。

 

 

~第二次メイド喫茶会戦~

 

「……何だこれは?」

「シイ達の喫茶店の列みたいですけど、随分と人気があるのね」

「喫茶店とは、これほど人が集まるものだったのか」

 教室から延々と続く行列を見て、ゲンドウは素直に感心してしまう。文化祭本来の目的はさておき、他にも沢山の店が出ている中、これだけの集客が行える。それは十分に評価されるべき事だと思えたのだ。

「まあ折角来たんだ。並ぶとするか」

「そうですわね。丁度お昼くらいには入れそうですし」

 ここでは司令も親も関係無い。二人は行列の最後尾に着くと、他の客と同じ様に大人しく順番を待った。だが、次第に三年A組の教室が近づくにつれて、その表情が強張っていく。

 

「……ユイ、私は違う行列に並んでいたのか?」

「いえ、間違いありませんわ」

「そうか。ではあそこに書かれているのは何だ?」

「メイド喫茶ですわね」

「……シイも……か?」

「あの子とレイは接客担当と言っていましたわね。ただシイは料理が得意ですから、裏方を手伝っているかもしれませんけども」

 口ではそう言いながらも、ユイは間違い無くシイは今も接客をしているだろうと確信していた。彼女をあえて裏方に配置するメリットなど、欠片も無いのだから。

「シイとレイの……メイド姿か」

「楽しみですわね。企画をした子にお礼をしたいくらいに……」

 微笑みながら答えるユイだったが、目だけは笑っていない。ゴキゴキと指を鳴らす音は、周囲の喧噪に紛れて誰の耳にも届くことは無かった。

 

「シイちゃ~ん、次のお客様のご案内お願~い」

「は~い。いらっしゃいませ、……お父さん! お母さん!!」

 シイの驚いた声に、クラス中の視線が一斉に入り口へと集まる。そこにはサングラスを掛けた強面の髭親父と、一目でシイの母親だと分かる美しい女性が、仲睦まじげに並んで立っていた。

「来てくれたんだね」

「……ああ」

「嬉しいな~。あ、ごめんなさい。今席に案内するね」

 笑顔でゲンドウ達を席へと誘導しようとするシイだったが、ユイに首を横に振られて動きを止める。

「違うでしょ、シイ」

「え?」

「ここはお店で貴方は従業員。例え親子でも、仕事中はちゃんとお客として接しなさい」

 公私混同と言うには行き過ぎだが、肉親相手で態度が変わってしまっては、他の客に示しが付かない。厳しく注意するユイに、周囲の人達は厳格な母親なんだなと感心する。

「あ、うん。ごめんなさい。……お席にご案内します、ご主人様、お嬢様」

「あ、ああ」

「うふふ……お嬢様」

 心底嬉しそうに微笑むユイを見て、一同は察した。

((お嬢様って言われたかっただけだ……絶対))

 

「ご注文はお決まりですか、ご主人様、お嬢様」

「む、むう。そうだな、コーヒーとサンドウィッチを頼む」

「私はオレンジジュースとオムライスを」

「はい、かしこまりました。少々お待ち下さいませ」

 ペコリと頭を下げて厨房へオーダーを告げに向かうシイ。その後ろ姿を見つめていたゲンドウの頬は、一目で分かるほどだらしなく緩んでいた。

「あなた?」

「あ、ああ。何でも無い、問題無い」

 ユイにジト目で見つめられ、ゲンドウは慌てて表情を引き締める。

「全く……それにしても、まさかメイド喫茶なんて、流石に予想して無かったわ」

「最近の中学校は、随分と変わった出し物をするのだな」

「普通では無いと思いますわ。そうね……レイ」

 ユイは近くを通りかかったレイを引き留めると、事の次第を聞き出す。つまりは、一体誰がこんな企画を発案したのかと。

「……彼です」

「予想通りね。だとすると狙いは……なるほど」

 教室を軽く一瞥すると、ユイは何かを確信したかのように笑みを浮かべる。レイもゲンドウもそれが理解出来ずに、不思議そうに首を傾げるだけ。

「レイ。手が空いたら、一度連絡を貰える? ちょっと話があるから」

「……分かりました」

 そっとユイから離れるレイと入れ替わる形で、両手にトレーを持ったシイがゲンドウ達の席へと戻ってきた。小さな身体で大きなトレーを持つ姿は、何処か危なっかしくて庇護欲をそそる。

「お待たせしました。コーヒーとサンドウィッチです」

「ああ、ありがとう」

「お母さ……お嬢様には、オレンジジュースとオムライスです」

「ありがとう。あら、ケチャップは?」

「えへへ、私が文字を書くの。お嬢様、何て書きますか?」

 ケチャップを手にしたシイが、嬉しそうにユイへと微笑む。

「そうね……シイが好きな言葉で良いわよ」

「ん~じゃあ」

 少し考えたシイがオムライスにケチャップで書いたのは『大好き』の一言。ただそれは、これまでどうにか保っていたユイの理性を崩壊させるに十分過ぎた。

「あなた! 私はシイをテイクアウト致します。では」

 椅子から立ち上がったユイは、ひょいっとメイド姿のシイを脇に抱えて、出口に向かって駆けだした。まさかのお持ち帰りに、教室が一気に騒がしくなる。

「ゆ、ユイぃぃ!!」

「ユイお姉さん、ちょっと待って!」

「……それは駄目!」

「男子! お客様がシイちゃんを。渚君を呼んで」

「あかん。渚のやつ、黒い穴に逃げこんでしもうたわ」

 もはや暴走するユイを止める術無しかと思われたが、救いの手は誰もが予測しなかった所から差し伸べられた。ユイの前にすっと立ちふさがったのは、お手伝いをしていた担任の老教師。

「お祭りは楽しいものですが、羽目を外しすぎてはいけませんよ」

「はい……お恥ずかしいところを」

 学校で教師に逆らうことは出来ず、ユイの野望は一人の勇敢な担任によって防がれた。

 

 

 

~もう一人の母親~

 

 老教師に連行されていった両親を見送ったシイは、バックヤードに逃げるように隠れた。

「うぅぅ、恥ずかしかったよ」

「ホント、碇家って親馬鹿ばっかよね」

「……私は違うわ」

「自覚が無いのはもっとたちが悪いわ」

 一番シイを溺愛しているのは、どうみてもレイだろう。現にこのメイド喫茶でも、シイに不埒な行動をしようとした男性はカヲルの介入前に、一人の例外も無くレイにやられているのだから。

「それにしても、あの先生がこんなに役に立つとは思ってもみなかったわ」

「……相性の問題」

「相性?」

 よく分からないとオウム返しするシイに、レイは簡単に説明を加える。

「……ユイさんは私達に強く、私達は先生に強く、先生はユイさんに強い。三すくみ」

「色々と突っ込みたいけど、今は止めとくわ」

 そうこうしている間にも、店内の忙しさは全く変わっていない。アスカ達が抜けた分、他の女子生徒達に掛かる負担は大きくなっているだろう。あまり無駄話している暇は無さそうだ。

 

「んじゃ、さっさと仕事に戻るわよ」

「うん」

「……了解」

 三人がバックヤードからカーテンをくぐって、店内へと戻ろうとしたその時だった。不意にスピーカーからチャイムが流れ、続いて校内放送が聞こえてくる。

『迷子のお知らせを致します』

「大変だね……今日は人も多いし」

「はん。迷子は保護者の管理不行き届き。同情の余地は無いわ」

 自己責任だとアスカは切り捨てて、店内へと舞い戻る。だが、放送の続きを聞いて思わず足を止めた。

『惣流・アスカ・ラングレーさん。迷子のお母様を保護してます。至急職員室までお越し下さい』

「なっっ!?」

「これって、キョウコさん……だよね?」

「ママ……」

 人目も気にする余裕も無く、アスカはガックリと膝を床に着く。今日ここに来るとは聞いていたが、ナオコに同行をお願いしていたので、すっかり安心しきっていた。その分ダメージは大きい。

 

「あ、アスカ。ここは私達で何とかするから、お母さんを迎えに行って来て」

「そうだよ。キョウコさん、きっとアスカを待ってるもん」

「ふふ、何ならそのままここに案内してくると良い。当然君がお持てなしをするんだよ」

 クラスメート達からの暖かい言葉に、アスカは心の底から感謝して立ち上がる。そんな彼女の肩を、レイが優しく叩いた。

「……早く行って来て」

「あ、あんたに親切にされるのは、何か変な気持ちね」

「……だって、迷子は保護者の管理不行き届きだから……ぷっ」

「覚えてなさいよぉぉぉ」

 アスカは着替える事すらしないで、捨て台詞を吐きながら教室から走り去っていった。そしてアスカがメイド姿で校内を駆け抜けた結果、メイド喫茶の客は倍増してしまう。

 予期せぬ宣伝効果に、三年A組は割と本気で悲鳴をあげるのだった。

 

 

~第三次メイド喫茶会戦~

 

 メイド喫茶の一席に、無事保護されたキョウコと、不機嫌なナオコが向かい合って座っていた。あの放送はアスカだけでなく、必死にキョウコを捜索していたナオコも職員室へ引き寄せたのだ。

 ようやく合流出来た二人。当然ナオコはキョウコに不満をぶつける。

「全く、どうして勝手に動いたの?」

「あら? ナオコさんが知らない間に居なくなったのよね?」

「私は真っ直ぐここに向かったの。でも貴方は居なくなってたの。どっちが悪い?」

「アスカちゃ~ん。注文お願~い」

「人の話を聞きなさい!!」

 テーブルを思い切り叩いて叫ぶナオコだったが、キョウコにはまるで効果が無かった。その代わりとばかりに、注文を取りにやってきたアスカが、申し訳なさそうにナオコへ謝る。

「赤木博士、ママがご迷惑をかけて……本当にすいません」

「はぁ、はぁ、良いのよ。貴方が謝る事なんて何も無いわ」

「そうよ、アスカちゃん」

「貴方は反省すべき!」

「えっと~、私ミルクティーとオムライス」

 のれんに腕押し、糠に釘。ナオコから発せられる怒気を受けても、キョウコは微塵も表情を変えなかった。言っても無駄だと理解したナオコは、ため息混じりに注文をする。

「はぁ、……コーヒーとオムライスを」

「かしこまりました。ではお嬢様方、少々お待ち下さい」

 優雅に一礼して厨房へと向かうアスカ。クォーターと言う事もあってか、スタイルも容姿も日本人離れしている彼女は、このクラスで一番メイド姿が似合っているかも知れない。

 娘の姿をキョウコはうっとりと頬を染めて見つめていた。

 

 せめてものお詫びと言う事で、通常は一つのテーブルを一人のメイドが担当するのだが、特別にシイがナオコをもてなす事になった。それだけで機嫌が直ったナオコは、やっぱりリツコの母親なのだろう。

「ママ……じゃない、お嬢様。何てお書きしますか?」

「ん~なら、アスカちゃんから、私へのメッセージをお願い」

 ケチャップを手にしたアスカは少し悩んだが、先程のシイを思い出して『Ich liebe dich』と書いた。僅かなスペースに、複雑な文字を書き込んだ彼女の技量に、シイは驚きの声をあげる。

「す、凄いねアスカ。ケチャップでそんな細かい字を……」

「ふふん、これがあたしの実力よ」

 明らかな才能の無駄遣いだったが、アスカは自慢げに胸を張る。

「それドイツ語だよね。何て書いたの?」

「シイちゃん、これは……」

「あ~あ~、言わなくて良いのよ!」

 ナオコの言葉を大声で遮ると、アスカは頬を赤く染めて、スプーンでケチャップの文字を消した。キョウコはそんなアスカの手を引っ張り、思い切り抱きしめる。

「ま、ママ!?」

「私もよ、アスカちゃん」

 娘からの愛を伝えるメッセージに、キョウコは抱擁という形で応えるのだった。

 

「さあシイちゃん。私にも貴方のメッセージを書いて」

「わ、私もですか?」

「ええ。刺激的な……衝撃な言葉をお願いするわ」

 期待に満ちた視線を向けるナオコに、シイは困り顔で必死に言葉を考える。だがどうしても、気の利いた言葉が浮かばなかった。

 すると何時の間にか背後に立っていたレイが、シイの手からケチャップを抜き取ると、ナオコのオムライスにささっと文字を描いてしまった。

 ただ一言『ばあさん』と。

「な、ななな、何をするのぉぉ!!」

「……刺激的で衝撃的な言葉」

「意味が違うわ。私が求めてるのは、もっとこう……」

「……ばあさんはしつこい」

「ぐっ。貴方……碇司令に叱って貰わないと」

「……司令が言ってるの。ばあさんはしつこいとか、ばあさんは用済みって」

「嘘ね」

 暴言を連発するレイだったが、冷静さを取り戻したナオコはバッサリと否定する。

「気づいて無いかもしれないけど、貴方は嘘をつくとき鼻がピクピク動くのよ」

「……えっ」

「嘘よ。だけど、馬脚をあらわしちゃったわね」

「……あ」

 思わず鼻を触ってしまったレイは、ここで自分が騙された事を察した。

「……嘘は良くないわ」

「どの口が言うのかしらね。本当に司令……いえ、ユイさんに叱って貰いに行きましょう」

「……引っ張らないで……私が悪かったわ……反省してるわ……ごめんなさい……ユイさんだけは許して」

 ナオコに首根っこを掴まれたレイは必死の懇願空しく、ずるずると引きずられる形で、メイド喫茶からフェードアウトしていった。

 

 

 

~代打の切り札~

 

 文化祭の出し物とは言え、一日中働くのは体力的にも精神的にも厳しい。交代制で休憩を取れる様にシフトは組まれていたのだが、予想を遙かに超える客入りに上手く機能していなかった。

 しかもレイを不慮の事故で失った今、接客係は致命的な人員不足に陥っていた。その打開策として女子が提案したのは、新たなメイドの補充だった。

「て訳だから、あんたメイドになりなさい」

「ふふ、君が何を言っているのか分からないよ」

「客入りは衰えず、メイドは足りない。だからあんたがメイドになりなさい」

 アスカに詰め寄られ、カヲルは表情こそ変えないものの、その頬には一筋の汗が流れていた。これは今まで計画を順調に進めていた彼にとって、初めてとも言える予想外の展開だったのだ。

「少し落ち着こう。僕は一応男子生徒だ。流石に無理があると思うね」

「大丈夫だよ。カヲル君なら女の子のお洋服もきっと似合うもん」

「は、はは、ありがとう」

 少しも嬉しくない褒め言葉をシイから貰い、カヲルは乾いた笑いを零す。他の男子生徒達が巻き添えを避けて、厨房に籠もっているため、彼は孤立無援の状況だった。

「で、でも僕にはメイド服が無い。メイド喫茶の接客は出来ないね」

「ふ~ん。なら服さえあれば、あんたはやるのね?」

「あれば、ね」

 自身の有利を確信し、余裕を取り戻したカヲルだったが、バックヤードにやってきたヒカリの姿を見て、初めて表情を変えた。ヒカリの手には一着のメイド服が握られていたのだから。

「ど、どうして……僕は採寸していないのに」

「あんた馬鹿ぁ? ゼーゲンからあんたのデータを貰ったに決まってんじゃん」

「はい、渚君のメイド服。着替えたら直ぐに接客に入ってね」

 カヲルはヒカリから渡されたメイド服を見つめ、ガックリと肩を落としながら頷いた。

 

 




文化祭編、三話目が終了です。
順調にみんな壊れてきているので、作者としても一安心です。

今回の投稿で通算180話となりました。
後日談だけでも結構な話数……皆様のお付き合いに感謝です。

完結の目安としては、通算200話かな~と考えております。ただいい加減な作者ですので、多少の増減はすると思いますが、大体その辺りで目処を立てています。

投稿ペースについてですが、最後のシリアス『アダムとリリス編』突入前に、一度執筆のための時間を頂くかもしれません。物語の締めではありませんが、謎と投げっぱなしの処理の大事なエピソードですので、丁寧に書きたいと思うので。

まだ暫くは日常編を続けますが、もし投稿ペースが空くときはこちらでご連絡致します。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※誤字修正しました。ご指摘感謝です。

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