エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《文化祭~開幕~》

 

~総員戦闘配置~

 

 第一中学校文化祭当日。ゼーゲン本部発令所では冬月指揮の下、着々と戦闘準備が整えられていた。

「情報は確かなんだな?」

「確認済みです。会場は第一中学校三階、三年A組に間違いありません」

「規模は?」

「女子生徒十六名、男子生徒十五名、計三十一名での運営です」

「では混乱を避ける為、予定通りグループ分けをして挑むぞ」

 青葉と日向からの報告を受けて、冬月は手であごをさすりながら指示をする。本日開催される第一中学校の文化祭。シイ達がメイド喫茶をやるという情報は、決定した日の内に入手していた。

 それ以来冬月は仕事の段取りを整え、全員が順番に参加出来るようスケジュールを調整してみせた。副司令冬月コウゾウの非凡な才は、本業と関係無いところで発揮されていた。

「碇とユイ君の動きはどうだ?」

「ご夫妻揃って、シイちゃんの様子を見に行くようです」

「よし。我々の動きとバッティングしないよう、連絡は密に行え」

「了解」

 本気を出した冬月は、ゲンドウ以上に絶対的な支配力を誇っている。今この瞬間、ゼーゲン本部はMAGIシステムも含めて、完全に彼の管理下にあった。

「後は……時が来るのを待つだけだな」

「ええ。マヤ、中学校内の監視カメラを、MAGIの直轄に回しておいて」

「既に切り替え済みです」

「流石マヤ。早いわね」

「それはもう、先輩の直伝ですから」

 微笑み合うリツコとマヤ。歪んだ師弟関係だったが、それを突っ込む様な無粋な者は居ない。この場に集った強者達の心は、ただ一つの方向へと団結しているのだから。

 メイド姿のシイにもてなされる。その為だけに彼らは動いていた。

 

 

~敬老会解散!?~

 

 暗闇の会議室に、ゼーゲン特別審議室代表のキールが姿を見せる。

「諸君。少々困った事態……」

 登場早々に審議を始めようとするキールだったが、ある違和感に気づく。本来居るはずのメンバーが、誰一人として参加していないのだ。

「諸君?」

 戸惑いながらも、再度呼びかけを行うキールだが、やはり返事は無い。暗闇の中でぽつんと一人佇むキールは、何時もよりも背中が小さく見えた。

(急用か? 否、全員が揃ってそれはありえん。連絡が無いのも解せない)

 ならばサボりかと一瞬考えたが、キールは呆れながらその考えを打ち消す。癖のある面々だが、不真面目な者は一人も居ない。何かがあったんだと思考を巡らせていると、不意に机の電話が鳴る。

「私だ」

『……キール。私だよ』

「無事だったか。既に予定の時刻は過ぎているぞ。遅れるなら連絡くらいしろ」

 メンバーからの通話に、キールは予期せぬ事件では無いと胸をなで下ろしつつ、事前連絡が無かったことを叱責する。だが受話器の向こうから聞こえてきたのは、嘲笑だった。

『ふっふっふ、悪いが君以外の全員、今日の審議は欠席させて貰うよ』

「……何を考えている?」

『人に仕事を押しつけるのは、君の専売特許では無いと言う事だ』

 男の言葉を聞いた瞬間、キールは全てを悟った。かつて加持夫妻の結婚式、カヲルの三者面談で自分が行った事を、そっくりそのままやり返されたのだと。

「ゼーゲンを裏切るのか?」

『逆だよ。ゼーゲンに忠誠を誓っているからこそ、今日だけは審議に参加出来ない』

「……第一中学校の文化祭」

 キールの呟きに、受話器の向こうで男が頷く気配がした。

『頑張ってくれ。私達は今日一日、英気を養わせて貰う』

『左様。他ならぬ我らの主、碇シイの接客を受けてね』

『『全てはゼーゲンの為に』』

 メンバー達は言うだけ言うと、一方的に通信を切ってしまう。まさかの裏切りに、キールは一人きりの会議室でガックリと肩を落とした。

「もはや叶わぬ願いか……だがこのままでは終わらぬ」

 キールが今居る場所はドイツ。どれだけ頑張っても、文化祭には間に合わないだろう。それでも一矢報いてやると、受話器を手にある人物へと連絡をとる。

「私だ……突然の連絡を詫びよう。実は君に頼みたい事がある」

 

 

 

~迎撃戦準備~

 

 文化祭開幕まで後三十分。第一中学校はすっかり祭りモードへと移行しており、シイ達の三年A組も最終準備に追われていた。

「渚君。女子の準備は終わったわ。男子はどうかしら」

「ふふ、お疲れ様洞木さん。こっちもあと少しだよ」

 厨房に顔を覗かせたヒカリに、エプロンと三角巾を装備したカヲルは笑顔で答える。カーテンとパーティションで区切られた教室の一角は、カヲルがコネで用意した冷蔵庫やコンロなどが設置されていた。

「まあ料理と言っても、そこに入っている物を温めるだけなんだけどね」

「飲み物も市販のを移し替えるだけ……ねえ、本当に大丈夫なの?」

「ヒカリ。お前の気持ちもわかるが、ここは渚に任せとき」

「そうそう。大盛況間違い無しだよ」

 不安げな表情を見せるヒカリに対して、何故か男子生徒達は成功を確信しているかのような、自信に満ちた表情を浮かべていた。

「君達が頑張ってくれれば大成功間違い無い。ふふ、期待しているよ」

「う、うん。分かったわ」

 未だ疑念はあるが、ここまで来た以上はやるしかない。ヒカリは厨房から離れてから女子を集めると、接客の最終確認を始めた。

「……ここまではシナリオ通りだ。相田君、そちらの準備は?」

「へへ、任せてくれよ。バッチリさ」

「憂いは晴れたね。さあ行くよ、着いておいで……アダムの同士、そしてリリスの子供達」

 様々な思惑が渦巻く中、文化祭の幕は切って落とされた。

 

 

~ゲンドウVSユイ再び~

 

「ほう、なかなかに立派だな」

「そうね、あなた。学生時代を思い出しますわ」

 開幕から大勢の来客で賑わう第一中学校を、碇夫妻は仲睦まじく歩いていた。シイのクラスへと向かいながら、正門から続く他のクラスの出し物を冷やかしていく。

「うふふ、美味しそうな食べ物ばかりね」

「腹が減ったのなら、何か買ってみたらどうだ?」

「あら、私はそんな食いしん坊じゃありませんわ。でもそうね、あれを頂こうかしら」

 ユイは近くのテントに歩み寄ると学生に軽く話しかけて、かき氷を購入した。大きなプラスティック容器に、山盛りにされた氷には、赤色のシロップがたっぷりとかけられている。

「ほう、かき氷か。懐かしいな」

「ええ。あなたと付き合っていた時、お祭りでよく食べましたよね」

「……そうだったな」

 甘酸っぱい記憶を呼び起こされ、ゲンドウは赤く染めた頬を指でかく。娘の様子を見るのが目的だったが、こうして夫婦水入らずで過ごす時間も悪くない、と内心思い始めていた。

「うふふ、美味しいわ。はい、あなたもどうぞ」

「……ああ」

 ストロースプーンですくった氷を、ユイはゲンドウの口へと運ぶ。一口、二口、三口、四口……ユイはペースを落とさずにゲンドウにかき氷を食べさせ続ける。

「ゆ、ユイ。私はもう良い。君が食べたかったのだろ?」

「あら? 私はかき氷はあまり好きではありませんわ」

「ならば何故買った? ん、そう言えば昔から君は、私に食べさせてばかり……っっっっ!!」

 会話の最中も氷を口に放り込まれていたゲンドウは、突然頭を押さえて苦悶の表情を浮かべる。アイスクリーム頭痛にもだえるゲンドウを、ユイは楽しそうに見つめていた。

(私が好きなのは、貴方のそんな可愛い所ですわ。うふふ)

 

 

~母親二人~

 

「付き合って貰って、本当に助かります~」

「気にしなくて良いわ。丁度暇だったし、貴方を一人で出歩かせるなんて危険過ぎるもの」

 私服姿のキョウコとナオコも、ゲンドウ達に少し遅れて第一中学校へと姿を見せた。二人がペアなのは、アスカからどうか面倒見て欲しいとお願いされたためだ。

「それにしても、メイド喫茶なんて企画。良く通ったわね」

「メイド姿のアスカちゃん……可愛いんだろうな~」

 娘第一主義のキョウコは、既にアスカの事で頭が一杯らしい。

「はぁ。くれぐれも私から離れないでね。貴方は自分の方向音痴を少し自覚した方が良いんだから」

「大丈夫ですよ。ネルフ本部ならともかく、学校で迷ったりしませんわ」

「……だと良いのだけど」

 まるで保護者のような気分で、ナオコはキョウコと共に校舎へと向かう。この時点でナオコは油断していた。既に一度キョウコが、ここで迷子になっている事を知らぬが故に。

(シイさんのメイド姿……良いわ。あの子が私を主とあがめる……ふふふ)

(あ、あの黒いバナナ美味しそうね~)

 ナオコが欲望に舌なめずりをしている間に、キョウコはふらふらとチョコバナナを売っている露天に進路変更してしまう。ナオコがキョウコとはぐれたと気づくのは、メイド喫茶の前に到達してからだった。

 

 

 

~第一次メイド喫茶会戦~

 

 三年A組は、ある種の戦場と化していた。何処から噂を聞きつけたのか、開店と同時にお客が殺到し、今では廊下に長蛇の列が出来ている。

 混乱を見越してカヲルはテーブル単位での時間制限を設けていたが、それを遙かに上回る客入りだった。生徒、来客、男と女の区別なく、とにかく人が押し寄せてきているのだ。

「お待たせしましたご主人様、オレンジジュースでございます」

「はい。コーヒーをお二つですね。かしこまりました、お嬢様」

「申し訳ありませんが、当店では撮影は一切禁止となっております。ご了承下さい」

 女は生まれながらにして女優。始めは恥ずかしさや戸惑いがあった女子生徒達だが、今では完璧な接客を行っていた。教室を縦横無尽に、しかし決して慌てた様子を見せずに動き回る。

「ほら、注文は何にするのよ……ご主人様」

 いまいち役になりきれないアスカだったが、それはそれで一部の客層に大変受けが良かった。レイは他の女子生徒のフォローに周り、極力接客を避けるような立ち位置を確保している。

 そしてシイは……。

「お待たせしました、お嬢様。ご注文はお決まりですか?」

「……が、我慢出来ない」

「はい?」

「貴方を頂くわ~」

「うぅぅ……」

 接客の度に足止めをされてしまい、時には抱擁も受けて(男でそれをやる勇者は居なかった)、ほとんど戦力として活躍できていなかった。

 最強と思われたエースは、最弱のエースでもあったのだ。

 

「ほい、オムライス出来たで」

「OK。後二つオーダーが入ったから、続けて頼むよ」

「はいな」

「渚~。用意してたオレンジジュースがもう無いよ!?」

「今追加を出そう」

 足下にミニディラックの海を出現させ、貯蔵してあったペットボトルを取り出す。明らかに手品で言い訳出来ない光景だったが、それを気にする余裕のある生徒はこの場に居ない。

「サンキュー」

「それが終わったら、君はアイスクリームを器にあけて、冷凍庫に入れておいてくれ」

 指示を出しながらも、カヲルはサンドウィッチ用の野菜を切る手を止めない。見込みを誤った為、事前に用意していた食材を切らしてしまい、追っかけ調理をしなければ間に合わない状況にあった。

「渚君、大変。お客様が女の子にちょっかいを……」

「ATフィールド全開!!」

 メイドに手を出そうとする不埒な輩は、全く隠そうとしない使徒の力で即時殲滅。三年A組のメイド喫茶は、カヲルが居るお陰でどうにか支障なく運営が出来ていると言っても、過言では無いだろう。

 そんな戦場に、担任の老教師が様子を見にやってきた。

「随分と盛況の様で何よりです」

「あ、良いところに。先生はそこのシンクで皿洗いをして下さい」

「い、いや、私はちょっと様子を見に来ただけで……」

「センセ、それ終わったらこっちに卵と油持ってきてや」

「保健室からタオルをパクって来て下さい」

「ポッキー足りないんで、買ってきて下さい」

「倉庫からガスボンベ持ってきて下さい」

「……うん」

 生徒達の迫力に押された老教師は、まずは袖をまくり上げて皿洗いを始めるのだった。

 

 熱い戦いは、まだ終わらない。




文化祭、いよいよ開幕です。
元々3部作でしたが、都合により4部作に変更させて頂きます。

目論見や野望、下心満載の文化祭。果たして無事終わるのか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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