~動き出す男達~
第一中学校の空き教室。普段は立ち入る者など居ない場所に、しかし今多くの人影があった。
「ふふ、みんな集まってくれたようだね」
「なんや面白そうやからな」
「だね。渚から男子だけに話がある何て言われたら、流石に断れないよ」
ケンスケの言葉に空き教室へ集まった三年A組の男子生徒達は、揃って頷いて見せる。女子に人気のカヲルだが、決して男子に人気が無い訳では無い。
一見取っつきにくそうだが、実際話してみると面白くて頼りになる奴。それが男子のカヲル評だった。
「ありがとう。さて、今日集まって貰ったのは、文化祭の事なんだ」
「そういや、ぼちぼちそない季節やな」
「だね。来月にでもなれば、色々と話が出てくると思うけど」
流石に気が早すぎないかと言う面々に、カヲルは軽く首を横に振る。
「話が出る前に動いておきたいのさ。……僕の計画の為にはね」
「ほ~」
「へぇ」
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるカヲルに、トウジ達もつられて悪い顔で笑う。その反応に満足げに頷くと、カヲルは彼らに計画の全容を話した。
「……以上さ」
「渚、お前っちゅう奴は」
「流石って言うか、やっぱりって言うか」
「計画に賛同してくれる人は残ってくれ。勿論引き返しても構わない。全ては流れのままに、だからね」
一応の逃げ道を用意するカヲルだったが、誰一人としてそれを選ぶ者は居なかった。寧ろ全員が良い笑顔で、カヲルの計画を受け入れている。
「ありがとう。今この時、僕と共に戦う決意をしてくれた君達に、心から感謝しよう」
「水くさい事言うなや、兄弟。お前とわしらは運命共同体や」
「ここに居る全員にメリットがあるからね。こりゃ面白くなってきたよ」
盛り上がる男子生徒達を頼もしげに見つめながら、カヲルは早くも次を考える。
(第一段階はクリア、か。次は……彼女達に気づかれない様に進めるとしよう)
~暗躍~
「やあ、ちょっと良いかな?」
「か、カヲル様!?」
学校の廊下で、カヲルは女子生徒に声を掛けた。憧れのカヲルに直接話しかけられた女子は、驚きと興奮で顔を真っ赤に染める。
「君にお願いしたいことがあるんだ」
「は、はい。何でも言って下さい」
「そう緊張しなくて良いよ。実は――」
周囲に誰も居ないタイミングを見計らって声を掛けたが、それでも何処で話が漏れるか分からない。カヲルは女子生徒の耳元に口を近づけると、優しい声でお願い事を伝える。
「……と言うわけさ。協力して貰えないかな?」
「カヲル様の為なら喜んで」
「ふふ、ありがとう。とても嬉しいよ」
文字通り天使のような笑みを浮かべるカヲルに、女子生徒は夢見心地で廊下に倒れた。そんな彼女を抱え上げ、保健室に運びながら、カヲルは自らの計画が順調に進んでいる事を確信する。
(これで良い。……彼女は反対するだろうが、既に手遅れさ)
~そんなこんなで~
翌月、三年A組では文化祭の出し物を決めるためのホームルームが行われていた。委員長のヒカリが議長となり、自分達の出し物を決定する。
「それじゃあ、出し物のアイディアがある人は挙手をして下さい」
「ふふ、僕はメイド喫茶を提案するよ」
ヒカリの言葉に、待ってましたとカヲルが挙手をしながらアイディを出す。
「はぁ? あんた馬鹿ぁ? 何よそれ?」
「おや、知らないのかい? メイド喫茶というのは……」
「んな事言ってんじゃ無いの。何で文化祭で、そんなのやらなきゃならないのよ?」
アスカは怒り顔でカヲルに食って掛かる。だがそれすらもカヲルには想定内の出来事だった。
「勘違いしないで欲しいな。僕はあくまで一つの案を出しただけさ。これに決まるとは限らないだろ?」
「そうやで、惣流。お前さんが違う案を出せばええやろ」
「……そうね。こんな馬鹿げた出し物に、誰も賛成するとは思えないし」
今回提示された出し物の決定方法は、クラスメイトによる多数決。メイド喫茶なんて言う巫山戯た出し物に、誰も投票しないだろうとアスカは高をくくっていた。
だがその期待は直ぐに裏切られることになる。お化け屋敷や出店などごく普通の出し物を差し置いて、圧倒的な大差でメイド喫茶が採用されてしまったのだ。
「な、何でよぉぉぉ!?」
「ふふ、これがクラスメイト達の意思と言う事さ」
「まさかあんた、何かズルしたんじゃ無いでしょうね?」
「全ては流れのままにさ。決まった事に文句を言うのは、少し大人げないと思うね」
カヲルの正論に、アスカは反論する事が出来ずに押し黙ってしまう。そう、戦いとは刃を交える前に決着がついてしまう事が多々ある。
男子生徒とカヲルファンクラブの女子に根回しをしていたカヲルに、多数決で死角は無かった。
(さて、サードステージクリアだ。楽しくなってきたね)
~準備~
「さて、僕達は大きく三つのグループに分かれる必要がある」
メイド喫茶の発案者であるカヲルは、実行委員としてクラスメイト達の前に立ち、文化祭に向けて着々と準備を進めていた。
「まずは調理班。これは飲み物や軽食を用意する係だね。主に男子が担当するよ」
「あの、カヲル君。私はそっちに回った方が良いと思うんだけど……」
「駄目だよ」
「あかん!」
おずおずと手を上げたシイだったが、カヲルとトウジに即答で拒否されて、びくっとその手を引っ込める。
「君には接客班に回って貰うよ。これは今回の出し物で、一番重要なポジションだからね」
「でも……」
「あんな、シイ。正直わしら男が接客するんは、あまり受けが良くないんや」
「そうなの?」
「そや。お前が料理得意なのは分かっとるが、ここは我慢してくれ」
滅多に見せないトウジの真剣な表情に、シイはこくりと唾を飲みながら頷く。接客経験など全く無いが、それでも自分にそれが求められているなら、やるしかないだろう。
「と言うわけで、男子が裏方、女子が接客と言う配置で戦いに挑もうと思う」
「……残る一つの役割は?」
「ああ、そうだった。もう一つは宣伝班さ。プラカードを持って、校内で喫茶店を宣伝するんだ」
「地味な仕事ね」
「でもアスカ。大事な仕事だと思うわ……多分」
乗り気で無いアスカを、ヒカリはどうにかなだめすかす。真面目な彼女は、一度決まった出し物を成功させる方向に、既に思考を切り替えていた。
「プラカードは僕達男子が作るよ。当日校内を回るのは、手の空いた人が交代で担当する事にしよう。他に質問が無ければ、それぞれ準備を始めてくれ」
「「はいっ」」
リーダーシップ抜群のカヲルは、クラスメイト達を上手にまとめ上げていた。
~碇家にて~
「そう言えば、貴方達の学校はそろそろ文化祭があるのよね?」
夕食の席でユイが、ふと思い出した様にシイ達に尋ねる。多忙の中でも、娘達から渡されるプリント類は必ず目を通しており、その中に文化祭の案内があったと記憶していた。
「うん。来週の日曜日だよ」
「……今は準備中です」
「そうか。お前達は何をやる?」
「喫茶店だよ、お父さん」
文化祭の定番とも言える出し物に、ゲンドウは納得の表情で頷く。そんな彼も喫茶店の前にメイドの三文字が入っている事など、夢にも思わないだろう。
シイとレイが意図的に隠したわけでは無い。彼女達も普通の喫茶店との違いを理解していないのだから。
「お前達は料理担当か? 接客担当か?」
「接客担当だよ。私はお料理が良かったんだけど、女の子はみんな接客の方が良いって言われて」
「そうか。ならば良い」
ニヤリと口元に笑みを浮かべるゲンドウ。きっと彼の中には、シイとレイに持て成される自分の姿が、ハッキリと浮かんでいるのだろう。
そんな夫の姿に、ユイは呆れたようにため息をつく。
「全くあなたは……。仕事が終わらなければ、行っちゃ駄目ですからね」
「分かっているよ、ユイ。明日から泊まり込むぞ」
気合い十分のゲンドウに、はいはい、と再びユイはため息をつくのだった。
~三人寄ればかしましい~
文化祭の準備が進むある日、女子生徒達は男子を排除した教室に集まっていた。接客用の衣装を発注する為のサイズ合わせの為だ。
「はぁ~、別に制服で良いじゃ無い」
「でもアスカ。汚れたら困ると思うわ」
「そりゃそうだけど……。ま、いちいち気にしてても仕方ないし、ちゃっちゃと済ませちゃいましょ」
ヒカリがメジャーを手に女子生徒達の採寸を済ませ、補佐に着いたレイはヒカリが読み上げる数字を表に記入していった。
採寸が順調に進む中、アスカの数値を記入しながらレイが呟く。
「……困ったわ」
「ん? 何かあったの?」
「……アスカの胴回り、特注サイズが必要ね」
「なぁぁんですってぇぇぇぇ!!」
鬼の形相でレイへと襲いかかるアスカ。客観的に見てアスカのスタイルは、同世代の女子生徒のそれを大きく上回るものだった。ウエストが太いと言うよりも、他の女子生徒よりも全体的に身体が大きいと言うだけなのだが、やはりこの年頃の女の子は気にしてしまうものらしい。
教室で追いかけっこを繰り広げる二人に、クラスメイト達はまたかと苦笑いを向ける。
そんな喧噪の中、一人シイだけが教室の隅で体育座りをしていた。
「し、シイちゃん。大丈夫だって。ちゃんと特注サイズも用意できるから、ね?」
「……ぐすん」
調理班が良かったと、シイは涙目になりながら本気で思っていた。
~三人寄れば文殊の知恵~
男子生徒達は別の教室に集まり、打ち合わせを行っていた。
「なあ渚。ちょいと気になる事があるんやけど」
「何かな?」
「わしらの中で、料理が出来る奴なんかおらんで? ホンマに大丈夫なんか?」
「ふふ、問題無いよ」
トウジだけで無く、男子生徒達全員から不安げな視線を向けられても、カヲルは余裕を崩さない。
「料理なんて難しく考えなくて良いさ。飲み物は注ぐだけ、軽食も温めるだけのレトルトと冷凍だからね」
「確かにそれなら僕らでも出来るけど……」
「客が納得せーへんやろ」
「ふふ、だから問題ないのさ。客の目当ては料理では無いからね」
カヲルの答えに一同は納得の声を漏らす。普通の喫茶店ではそれなりの料理が求められるだろうが、今回三年A組が行うのはメイド喫茶だ。
料理に期待して来店する客はほとんど居ないだろう。
「僕達は運営を滞りなく行う為の裏方に徹せば良い。後は可憐なメイド達がどうにかしてくれるさ」
「……お前、ホンマにえげつないやっちゃな」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
揺るがないカヲルに、一同は改めて畏敬の念を示すのだった。
「因みに僕はある程度料理が出来る。必要なら腕を奮おう」
「おう、頼りにしてるで兄弟」
「じゃあ軽く段取りをしておこうよ」
ブレーン役のケンスケが、仕事を書き出して一人一人に割り振っていく。調理係も軽食班と飲み物班、デザート班に細分し、当日に混乱しないようにする。
また女子生徒が接客する以上、何らかのトラブルも想定されるので、監視役と対処役も必要だ。
「不埒な輩には僕が制裁を加えよう」
「OK。後は事前準備だね。教室をパーティションで区切って、厨房と休憩室を作るっと」
「食材の発注はどないする?」
トウジの言葉に男子生徒の一人が挙手をする。
「あ、俺の家商店やってるから、大体のやつは揃えられるぜ」
「ふふ、それは助かるよ。僕にもつてがあるから、具体的な品目を調整しよう」
「厨房に置く器具とかはどうする? 冷蔵庫とか冷凍庫も必要だよな?」
「対処済みさ。とある所から、業務用のものを借りる手はずが整っているよ」
カヲルの存在によって、打ち合わせは極めて順調に進んでいく。全ての話がまとまるまでに、三十分も必要無かった。
「……さて、そろそろ本題に入ろうか」
頃合いを見て告げるカヲルに、男子生徒達の顔が引き締まる。
「僕達の計画を成就させる為には、大切なポイントが三つある」
「何や?」
「一つ、決して悟られない事。情報の漏洩は勿論、アレを見つけられても失敗だから注意して欲しい」
「二つ、不埒者は決して見逃さない事。彼女達を守る事は目的以上に優先すべきだ」
「三つ、メイド喫茶を成功させる事。仮に失敗しても計画に影響は無いけど、後味が悪いのは遠慮したいね」
カヲルの言葉に男子生徒達は力強く頷き、文化祭への決意を新たにするのだった。
~最強最弱のメイドさん~
文化祭まで後数日。三年A組の準備も大詰めを迎えた頃、ようやく待望の制服が届いた。サイズの確認の為、メイド服に袖を通した女子生徒達を見た瞬間、男達はガッツポーズを決める。
「ふふ、勝ったね」
「ああ、間違いないで」
「考えてみれば、うちのクラスって可愛い子揃ってるもんな」
学校中で人気のあるアスカを筆頭に、レイとヒカリにも隠れファンが大勢居る。そして、ひときわ小さなメイド服を着たシイは、カヲルに勝ちを確信させる程の破壊力を誇っていた。
「ホント男子って馬鹿で単純ね。こんな格好の何処が良いのかしら?」
「でもアスカ、凄い似合ってるわ」
「……馬子にも衣装ね」
どうやっても褒めるつもりが無いレイに、アスカはいつも通りの皮肉を返す。
「はん、あんたは良いわね。胸が窮屈そうじゃなくてさ?」
「……そうね。アスカはお腹が苦しそう」
何処かでゴングが鳴り、再びアスカとレイがバトルを繰り広げようとしたのを、シイが慌てて間に入って止める。
「駄目だよ二人とも。この服借り物なんだから、汚したら怒られるよ」
「うっ! ま、まあ仕方ないわね」
「……ええ」
メイド服を着たシイに、上目遣いで見つめられてしまっては、もう逆らうことは出来なかった。
(やばいわね、この子。こりゃ当日は相当ガードをキチンとしないと)
(……シイさんは私が守るわ)
アスカとレイは短く視線を交わすと、小さく頷き合うのだった。
そして、文化祭当日を迎える。
文化祭編突入です。
まったり、しんみりする話が続いていたので、アホやりましょう。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。