エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《そうだ、京都に行こう(完結編)》

 

~穏やかな朝~

 

 翌朝、碇家の居間でシイ達六人が朝食を食べていた。

「あらあら、もう帰ってしまうの?」

「ええ。仕事が残ってますし、シイ達も学校がありますから」

 今回は週末を利用しての帰郷だったので、長期滞在は出来ない。メイは残念そうな顔をしつつも、四人の立場を考えれば仕方ないと頷いた。

「忙しいのは喜ぶべき事だ。充実している証拠だからな」

「はい。また今度……次はもっと長い休みを取り、お邪魔したいと思います」

「ふん、来たければ勝手に来い。隠居の身で暇を持てましているからな」

 素っ気なく返答するイサオだったが、彼がゲンドウ達の来訪を待ち望んでいるのは間違い無いだろう。イサオの顔は、妻であるメイですら久しぶりに思える程、生気に満ちているのだから。

 

「シイとレイも何時でも来て頂戴ね」

「うん。あ、お友達も一緒に良いかな?」

 自分の背中を押してくれ、心配してくれた友人達。上手くいったよと報告するだけで無く、シイは是非ここに招待したいと思っていた。

「勿論大歓迎だわ。……何時か好きな男の子も連れて来てくれると嬉しいけども」

「それって、カヲル君達の事だよね。そのつもりだけど」

 瞬間、イサオが手に持った箸が砕ける。シイの好きがライクであると分かっていても、つい反応してしまう悲しい性だった。

「お祖父ちゃん?」

「な、何でも無い……。メイ、あまり煽るな」

「うふふ、生きている間にひ孫を抱きたくて」

 悪戯っ子のように笑うメイだったが、どうやら望み薄らしいと確信した。勿論自業自得ではあるのだが。

 

 

~お土産~

 

 食事を終えたシイ達が帰り支度をしていると、メイが桐の箱を手に近づいて来た。

「シイ。レイ。これを受け取ってくれないかしら」

「これって……着物?」

「ええ。私のお古で悪いんだけど、サイズは仕立て直してあるわ」

「……綺麗」

 桐の箱に納められている青と薄紫の着物に、レイは目を奪われる。衣服に頓着する方では無いが、目の前のそれには何故か心惹かれる物があった。

「興味があるなら着付けてあげましょうか?」

「……お願いします」

「あ、私も。私も着る」

「うふふ。ユイ、ゲンドウさん。少し二人を借りるわね」

 メイはゲンドウ達に断ってから、二人を自室へと案内した。部屋に入ると待機していた使用人と共に、シイとレイを手早く着付けていく。

「良く似合っているわ」

「そ、そうかな」

「ええ。可愛いわよ、シイ」

 褒められたシイが頬を染める隣で、レイは不思議そうに着物を着た自分の姿を見つめていた。

「どうかしら、レイ」

「……分かりません。ただ、変な気持ちがします」

「それは嫌な気持ち?」

「……いえ」

 レイはシイと出会うまで、他人に興味が無いと思われていた。だがそれは、厳密に言えば違う。彼女は自分にすら興味が無かったのだから。

 だから食事も服も必要最低限しか欲しなかった。アスカに散々言われても、おしゃれなどには全く興味を示さなかったのだが、今回は自らの意思で着飾る事を選んだ。

 シイとは異なる理由、意味で幼いレイの心は、シイと同じ様にゆっくりとだが確実に成長していた。

 

「ねえお祖母ちゃん。私、お母さん達に見せてくるね」

 返事も聞かずにシイは部屋を飛び出し、ユイ達の下へと小走りで向かっていった。着物姿のシイを見た三人がどんな反応をするのか、メイは想像してつい笑ってしまう。

「うふふ、あの子は本当に人を笑顔にするわね」

「……シイさんは太陽です。明るくみんなを照らします」

「なら貴方は月ね」

 メイの言葉にレイは少し驚いた様子を見せる。

「月の光は太陽みたいに強く無いけれど、人を癒やす優しい光よ。どちらも違う魅力を持っていて、共に欠かすことが出来ないもの。シイにはシイの、レイにはレイの魅力があるわ」

「……私も行って来ます」

 シイの後を追って部屋から出て行くレイの後ろ姿を、メイは嬉しそうに頷きながら見送った。

 

 

~記念写真~

 

 出発の準備が終わったゲンドウ達に、メイが折角だからとある提案をする。それは六人揃っての記念写真を撮ろうと言うものだった。

 シイ達が大賛成だと頷く脇で、イサオが真剣な顔で何処かに電話を掛ける。

「……わしだ。今すぐ来い。……わしは今すぐにと言った。……分かれば良い」

「お祖父ちゃん、何処にお電話したの?」

「ふん、折角だから専門家に撮って貰おうと思ってな。快く承諾してくれた」

「全くお父様は強引ですのね」

 呆れたように苦笑するユイだったが、その強引さはしっかりとイサオから彼女にも、受け継がれていたりする。碇家の血は、思いの外濃いらしい。

 

 碇家の屋敷をバックに着物姿のシイとレイが並び、二人の後ろにイサオとメイ、その両隣にゲンドウとユイが立ち、碇家三世代の集合写真が初めて撮影された。

「……はい、OKです」

「ご苦労だった」

「いえいえ。こんな写真を撮らせて貰えて、プロ冥利に尽きます」

 無理矢理呼びつけられた筈のカメラマンだったが、嬉しそうな笑顔でイサオに答える。

「被写体が幸せそうにしてますと、撮ってるこっちも楽しくなりますから」

「そうか……ん?」

 不意にイサオの下に女性の使用人が近づき、何やらひそひそとイサオに耳打ちした。

「ふむ、成る程。……お前達、此奴らが共に写真を撮りたいと申し出たが、良いな?」

「勿論ですわ」

 反対する理由は何も無い。ユイの答えにゲンドウとシイ、レイが頷いたのを確認すると、イサオは大きく息を吸い込み、思い切り叫んだ。

「全員集合!!」

「「はっ」」

 大気が震えるようなイサオの呼び声と同時に、シイ達の周りに碇家使用人全員が姿を見せる。黒服姿の男性と着物姿の女性、その数は三十を下らない。

「ば、馬鹿な……」

 まるで気配を感じさせずに現れた使用人達に、ゲンドウは驚きを隠せない。一人二人ならともかく、まさか数十人も側に居て気づかないとは、流石に思わなかった。

「驚いたか、ゲンドウ。此奴らはわしとメイが信頼しておる、一流の使用人達だ」

「は、はぁ」

「ユイとシイはともかくとして、レイは驚かなかったの?」

「……驚いています」

 全くそうは見えないが、彼女なりに驚いていたらしい。

「まあ良い。では撮影を頼む」

「はい。みなさ~ん、視線をこっちに……全体的に詰めて下さい……前の方はしゃがんで……」

 まるで旅行の集合写真の様に並ぶ一同。こうして撮影された写真は、先の写真と合わせて、シイの大切な宝物に加えられるのだった。

 

 そして、イサオとメイ、使用人達に見送られる中、シイ達を乗せた車は第三新東京市へ向かって出発した。一泊二日の京都訪問は、全員の胸に大きなものを与えたのだった。

 

 

 

~帰って来ました~

 

 第三新東京市へと戻った四人は、一度ゼーゲン本部へと顔を出すことにした。今日一日オフなのだが、留守を任せてしまった礼をしようと思ったからだ。

 手に生八つ橋を持ったゲンドウを先頭に、シイ達が後に続く。まずは発令所へ向かおうとする一行だったが、本部に入って直ぐ異変に気づいた。

「司令、お疲れ様……ぐふっ」

「碇司令、碇補佐官、お休みの所申し訳ありませんが、急ぎの書類が……ごふっ」

 通路ですれ違う職員達が、揃いも揃ってその場に崩れ落ちてしまうのだ。老若男女問わないその反応に、ゲンドウは不思議そうに首を傾げる。

「……何か病気が流行っているのか?」

「ええ、厄介なものが。私も迂闊でしたわ」

 ゲンドウの言葉に、ユイは自分のミスを悔いるように答えた。京都から直接ここに来たため、シイとレイは着物姿のまま。これはゼーゲン本部にとって、最悪の状況だろう。

 バタバタと倒れていく職員達を乗り越えて、ゲンドウ達は発令所へと辿り着いた。

 

 ゼーゲン本部第一発令所。普段はゼーゲンの要として重要な役割を果たしているその場所は、今大多数の職員が床に倒れる惨劇の現場となっていた。

「こ、これは……」

「……全滅」

 目の前に広がる光景に、ゲンドウは呆然と立ち尽くす。腹心である冬月を始め、優秀なスタッフ達が軒並み倒れているのだ。動揺しないはずが無い。

「た、大変! 冬月先生! マヤさん! リツコさん!」

「大丈夫よ、シイ。みんな気絶してるだけだから」

 慌てて倒れている面々へ駆け寄るシイに、ユイは安心させるように肩を叩く。

「……私の大切な部下を……一体誰の仕業だ!」

「酷い、こんなの酷いよ」

「……許せない」

 何らかの襲撃を受けたと判断した三人は、大切な人達を傷つけられた事を怒る。だが一人事情を理解しているユイは、呆れ顔で真実を告げた。

 つまり、ここに居る面々はシイとレイの着物姿を見てダウンしたのだと。

 

「成る程」

「……理解しました」

「そんなのおかしいよ。だって私はレイさんを見ても倒れないもん」

 ゲンドウとレイは直ぐさま理解したが、シイだけは納得しなかった。言葉では伝わらないと判断したユイは、シイを引き連れて会議室へと移動する。

 そしてゼーゲン特別審議室の面々を強制招集した。

「随分と急な呼び出しだが、何か……」

「左様。もう少し時間に余裕を持って……」

「大体君と碇君は休暇では……」

「すまぬ。少々たて込んでいて遅れ……」

 現れた立体映像の老人達は、ユイの隣に立つシイを見て、バタバタと撃墜されていった。

「お母さん……みんな私を見て倒れちゃった……私が怖いの?」

「あなたの着物姿が可愛すぎて、驚いちゃったのよ」

「でも……」

「シイ、見てごらんなさい。みんな幸せそうな顔をしてるでしょう?」

 立体映像の老人達も発令所の面々も、全員が満足そうに微笑みながら倒れていた。それは彼らが抱いた感情が、決して恐怖では無い事の何よりの証拠だった。

 

 

 第三新東京市に再び太陽が戻ってきた。今はまだ小さい光だが、やがては世界中を照らし出す強く大きな光へと成長するだろう。

 ただ、近づきすぎると火傷では済まないのでご用心を。

 

 




『そうだ、京都に行こう編』完結です。

後は『アダムとリリス編』を終えれば、シリアス要素はあらかたクリアできるかと思います。ただじっくり書きたい部分なので、リアルの時間に余裕が出来るまで、少し間を開けさせて下さい。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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