エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

174 / 221
後日談《そうだ、京都に行こう(後編)》

~対面~

 

 車を降りたゲンドウ達は、出迎えの使用人に案内をされて、門をくぐり玄関に足を踏み入れる。広い屋敷の中を少し歩き、やがて一行は中庭に面した応接間へと通された。

「当主様と奥様は間もなくいらっしゃいますので、少々お待ち下さいませ」

 使用人は一礼すると、音を立てずに襖を閉める。立っているのも何だと、応接間の真ん中に置かれた、茶色の高級そうな机の片側に座り、イサオとメイを待つことにした。

「喉が渇きましたね。緊張しているのかしら」

「あ、なら私が――」

「無用だ」

 腰を浮かし掛けたシイを、威厳に満ちた声が制止する。同時に襖が開かれ、着物姿のイサオがゆっくりと室内に入ってきた。そして彼に続いてメイと、お茶を用意してきた使用人も一礼して入室する。

 ゲンドウ達の対面に、イサオはどっしりと腰を下ろし、メイも隣に座る。六人の前にお茶を置いた使用人が立ち去り、応接間は碇家だけの空間となった。

 

 

「ユイ、シイ。久しぶりだな」

「二人ともお帰りなさい」

「ご無沙汰しておりますわ。お父様、お母様」

「ただいま、お祖父ちゃん。お祖母ちゃん」

 まずは娘と孫に対して言葉を掛けるイサオ。彼が宝物と公言してはばからない二人と再会出来た事に、厳しい表情が僅かに緩む。

「お前とは……もう何年になるか」

「ゲンドウさんと結婚して以来です」

 ユイがイサオと最後に直接会ったのは、セカンドインパクト前まで遡る。メイとは出産等の関係で連絡を取っていたが、当主であるイサオは半ば絶縁状態の娘と、気軽に会うことが出来なかったからだ。

「またお前とこうして話が出来る日が来るとは思わなかった」

「私もですわ」

「今更何も言うつもりは無い。……良く帰って来た」

 随分と柔らかくなった父親に驚きながらも、ユイは深く頭を下げて気持ちを伝えた。

 

「一年ぶりだな。元気そうで何よりだ」

「うん。お祖父ちゃんも」

「少し大きくなったな」

「え? えっと、ごめんなさい。大きくなって無いの……」

「そんなん見れば分かる」

 イサオは相変わらずの孫に少し安心したように、小さく笑みを見せた。

「……こっちだ」

「お胸?」

「心だ……成長したと思ったが、気のせいだったか」

 呆れたように言いつつも、イサオはシイの成長を確信していた。それはメイも同じなのか、シイの姿を嬉しそうに微笑みながら見つめる。

「積もる話は後にしよう。……あまり客人を待たせては悪いからな」

 スッとイサオの顔から笑みが消え、碇家当主としての顔に変わる。それと同時に和やかな空気は霧散し、応接間はピリピリと張り詰めた緊張感に包まれた。

 

 

「碇家当主、碇イサオだ」

「妻のメイです。遠い所を良く来てくれましたね」

 初対面であるゲンドウとレイに身体を向けると、イサオとメイは一礼して挨拶する。身内とは違う対応に距離感を再確認すると、ゲンドウは姿勢を正してそれに答える。

「碇ゲンドウです。本日はお会い出来る機会を頂き、ありがとうございます」

「……碇レイです」

 頭を下げる二人に頷くと、イサオはまずレイに話しかける。

「お前がユイの遺伝子から生み出された事は、既に聞き及んでいる。間違い無いな?」

「……はい」

「生まれの事をとやかく言うつもりは無い。ただ一つだけ、お前に聞いておく」

 相手を萎縮させるようなイサオの鋭い視線を、レイは動じずに真っ向から受け止める。肝の据わり方に感心しつつも、イサオは表情を緩めずに問う。

「ユイとシイを愛しているか?」

「……はい」

「ならば良い」

 親子と姉妹の絆が確かな以上、拒む理由は無い。イサオは満足げに頷いた。

「……それと」

「ん?」

「……私は司令……お、お父さんも愛しています」

 初めてゲンドウを父親と呼んだレイに、シイ達は驚きの表情を浮かべる。ゲンドウへの援護射撃という意味合いもあるだろうが、間違い無いレイの本心でもあった。

 それが分かるからこそ、微笑むメイの隣で、イサオは何とも言えぬ表情で黙ってしまう。

 

 三人との会話が終わり、ゲンドウとイサオは無言で互いに視線をぶつけ合う。すると不意にイサオは立ち上がり、ゲンドウに声をかけた。

「場所を移すぞ」

「はい」

 ゲンドウもスッと立ち上がり、イサオと共に中庭へと降りて行く。声が応接間に届かない池の前まで歩くと、イサオは足を止めてゲンドウの隣に立った。

 

 

 

~父親と夫~

 

「この度は、お話しする機会を与えて下さり、ありがとうございます」

「ふん、礼は不要だ。どうしてもと言うならシイにしろ」

「シイにですか?」

「あれがお前に会って欲しいと手紙を寄越さなければ、わしはお前と会うつもりは無かった」

 自分の知らないところで、娘が奔走していてくれた事に、ゲンドウは深く感謝する。同時にそうで無ければ何も出来なかった自分のふがいなさを、情けなく思う。

「シイは……私にいつも希望を与えてくれます。父親として情けない限りですが」

「今更だな」

 シイがネルフで何をしていたのかを、イサオはキールを通じて把握している。度重なる戦闘と負傷、入院。今更父親面するなと言うのが本音だった。

 

「六分儀、と呼ばせて貰う」

「……はい」

「ユイと交際を始めてから、私はお前の身辺調査をした」

 突然大切な娘が見ず知らずの男と付き合い出した。相手の事を調べたくなる気持ちは分かる。特にユイは名家のお嬢様なのだから、当然の行動とも言える。

「目的はユイを通じてゼーレと繋がりを持つこと。否定できるか?」

「いえ、否定しません。私がユイに声を掛けたのは、間違い無くそれが目的だったからです」

 あっさりと肯定するゲンドウに、イサオは内心驚いた。例え真実だったとしても、今この場では嘘で取り繕うだろうと思っていたからだ。

「なら恋愛感情は無かったのだな?」

「いえ……正直に言えば、声を掛けたときに一目惚れを」

 照れたように頬を染めながら、ゲンドウは視線を逸らす。出会いの切っ掛けはどうであれ、実際にユイと対面したゲンドウは、一瞬で心を奪われてしまった。

(報告通り、と言うわけか)

 ユイと付き合いだしたゲンドウは、ゼーレへのアプローチを行わなかった。寧ろユイの方からゲンドウをゼーレに紹介し、メンバーに加えようと働きかけていたのだ。

 邪推はいくらでも出来るが、ゲンドウの言葉が真実ならば納得出来る。

 

「わしも親だ。ユイもお前の事を愛していた事くらい分かる。……それは認めざるを得ない」

「…………」

「シイが生まれ、あれが幸せに暮らしていると聞き、正直わしは安堵した」

 娘の幸せを願わない親は居ない。イサオも例外では無く、ユイを奪ったゲンドウへの恨みはあったものの、一度会っても良いかとも思っていた。

 だがそんな気持ちは、あの事件で完全に消え失せてしまう。

「だからこそ、お前がユイを見殺しにした事が許せん」

「……弁解するつもりはありません」

 ユイの真意はどうであれ、危険な実験の被験者に彼女が志願したのを、止めなかったのは事実だからだ。

「何故止めなかった」

「……ユイは私にこう言いました。信じて欲しい、と」

「その結果、ユイは命を落とした」

「責任は全て私にあります。ユイを信じると決めたのは、私自身ですから」

 きっぱりと言い切るゲンドウを、イサオは鋭い視線で睨み付ける。それをゲンドウは真っ向から受け止め、両者は無言で視線を交わし合う。

 

 

 

~母親と妻~

 

「むぅ~、何話してるんだろう」

「そうね……ユイの話だと思うわ」

 応接間でお茶をすすりながら、メイはシイの疑問に答える。

「どうして分かるの?」

「うふふ、伊達にあの人と数十年一緒に居ないわよ」

「私のと言うと、やはり」

「ええ。貴方が一度死んだ時の事。ここだけの話、あの人は自分がゲンドウさんに抱いている感情が、嫉妬と八つ当たりだって分かってるの。素直に認めないだろうけども」

 長く夫婦として連れ添った二人の間には、言葉にしなくても伝わる程の信頼関係があった。イサオがゲンドウに向ける感情は、父親としてのそれを少々過剰にしたものだと理解している。

 だが一点だけ、ユイの実験事故だけは本気でゲンドウを恨んでいた。

「私の意思と言っても、お父様は聞かないでしょうね」

「どうして? だってそれはお父さんのせいじゃ……」

「頭では理解してても、心が納得するとは限らないのよ、シイ」

 幼いシイを諭すように、メイは静かに言葉を紡ぐ。

「ユイが被験者になる事をどうして止めなかったのか。ユイがそれを望んだとしても、ゲンドウさんの立場なら止められた筈だから。あの人が聞きたいのはそれでしょうね」

「……何でお父さんは止めなかったんだろう」

「ゲンドウさんは反対したわ。でも私が信じて欲しいとお願いして、押し通したの」

 ユイは口の渇きをお茶で潤すと、三人に向けて語り出す。

 

「私はゲヒルンでエヴァの開発を行っている時、ゼーレの人類補完計画の概要を知ったわ。原罪を贖罪して生命の卵に還り、完全な生命として、祝福された生命として再び誕生する……勿論反対だった」

「でもゼーレの存在はあまりに大きくて、公に反抗するのは不可能と判断した私は、ゼーレの計画を遂行しつつも最後で逆転する手段を選んだわ」

「リリスを依り代に出来なければ、ゼーレは必ず初号機を依り代にするはず。そして人類の行く末は全て、依り代の意思によって決定される。新生も滅びも……今のまま生き続ける事もね」

「その為にはどうしても初号機だけは、ゼーレの手に渡すわけには行かなかったわ。だから私が被験者となって、魂を宿す事にしたの。被験者がエヴァに取り込まれる事は、推測出来ていたから」

 

「ゲンドウさんはそれを知っていたの?」

「いいえ。あの人には実験の後に、冬月先生から伝えて頂きました。冬月先生にも事前にはお伝えせず、実験の後に届くように手紙を送りました」

 初号機の起動実験が行われた時点で、ユイの真意を知っている人間は居なかった。だからこそゲンドウ達は驚き悲しみ、必死でサルベージを行ったのだろう。

「お母さん……どうしてお父さんに黙ってたの?」

「あの人は優しい人だから」

 他に手段が無いと知っても、必ず実験は失敗してユイを失うと分かっていれば、ゲンドウは断固反対しただろう。それこそ身柄を拘束してでも、ユイを初号機から遠ざけたに違いない。

 だからユイは誰にも自らの考えを伝えなかった。表向きは実験事故としてエヴァに宿り、ゼーレの計画を阻止するその時を待っていたのだ。

 そして初号機が依り代となれば、知恵と生命の実を得て神に等しい存在となる。永遠に生き続けると言う、ユイが元々持っていた望みも叶う。

 自らが被験者になった時点で、ユイのシナリオは自動的に完結へ向けて歩み出していたのだ。

 

 かつてシイがユイから聞いた話は、ゼーレの人類補完計画の全貌と、ゲンドウの計画のみ。ユイの真意を初めて聞いたシイは、言葉を失ってしまう。

 レイも無表情ながら驚きを隠しきれていないが、メイだけは納得の表情でユイの話を受け入れた。

「ゲンドウさんとシイが居るのに、どうして貴方が被験者になったのか……ようやく分かりました」

「母親失格ですわね」

「私からは何も言いません。……あなたはどうですか?」

 中庭に視線を向けるメイにつられシイ達も中庭を見ると、そこには何時から居たのか、イサオとゲンドウが並んで応接間の直ぐ手前に立っていた。

 

 

~一歩一歩~

 

「お父さん、お祖父ちゃん……お話してたんじゃ」

「喉が渇いたから、茶でも飲んで一息入れようとしたが……」

 イサオは鋭い視線をユイに向ける。

「今お前が語った話、相違無いか?」

「はい、お父様」

「……そうか」

 ユイが頷くのを確認すると、イサオは小さく息を吐いて応接間へとあがる。そしてユイの元へ歩み寄ると、思い切り左頬を叩いた。

 突然の事態に動揺する一同を無視して、イサオは畳に倒れたユイに告げる。

「お前は六分儀に信じろと告げた。必ず失敗すると分かっているのに、それを伝えずに。……六分儀の信頼をお前は裏切ったんだ」

「……はい」

「どんな理由があろうとも、家族だけは裏切るな。……お前なりの葛藤があっただろうが、六分儀を夫として愛していたのなら、全てを打ち明けるべきだった」

 ユイの行動はゲンドウの心に傷を作り、結果としてシイを彼から引き離す事に繋がった。自分達と同じ思いを、ゲンドウにもさせてしまったのだ。

「返す言葉もありませんわ」

「……立て、ユイ」

 腫れた左頬を庇うこと無く、ユイはイサオの前に立つ。だが同時にシイとレイも立ち上がり、母を庇うようにイサオの前に立ちはだかった。

「どいていろ。これはユイの問題だ」

「やだ!」

「……どきません」

 シイとレイは両手を広げ、絶対にここから動かないと決意を込めた視線を向ける。

「良いのよ、二人とも。お父様のお怒りはもっともなの。私はゲンドウさんとシイを裏切ったのだから」

「裏切ってない! お母さんはずっと側に居てくれた! 守ってくれたもん!」

 初号機に乗っていたシイは、常にユイの存在を感じていた。どんな時でも自分を守ろうとして、何度も命の危機を救ってくれた。

「だから今度は私が守るの。だってお母さんは、お母さんだから」

「……家族はどんな時でも味方です」

 精一杯ユイを守ろうとするシイと、関節技を仕掛けようと身構えるレイ。ユイの瞳が潤んでいるのは、決して頬の痛みのせいでは無いだろう。

 

「……ユイは一人で悩み苦しみ、決断しました。それを察してやれなかった私は、夫失格と言われても仕方ないでしょう」

 ゲンドウは娘達の頭を優しく撫でると、シイ達の前に立つ。

「裏切ったのではありません。ユイは私達を信じていたからこそ、初号機に自らを取り込ませたのです。私達ならばきっと、ゼーレの計画を阻止して人類を守れると」

 イサオは鋭い視線を変えずに、しかし口を挟まない。

「そしてユイは帰って来てくれました。私達の信頼に応えてくれたのです。ユイの言葉に嘘はありません」

「あなた……」

「結果論と仰るかもしれませんが、今この時、私達家族は幸せです。それでもなおユイを叱責するのであれば、私にも同様にお願いします。妻の責任は夫の責任、私とユイは夫婦なのですから」

 ゲンドウは眼鏡を外して机に置くと、両手を背中に組み、全てを受け入れる姿勢を見せた。

 

「……ケジメはつけて貰う」

「はい」

 イサオは積年の思いを全て込めて、右手をゲンドウの頬へ叩き付けた……握り拳で。

 鈍い音が響き、ゲンドウの膝が震えるが、それでも彼は倒れずにイサオの前に立ち続けた。

「あなた!」

「お父さん……酷いよお祖父ちゃん。グーでぶつなんて!」

「……へし折る」

 非難の声を上げるシイと、飛びかかろうとしてゲンドウに取り押さえられるレイを見て、イサオは全く悪びれずに小さく息を吐いた。

「ふん。……娘と息子で折檻が違うのは当然だ」

「え? お祖父ちゃん」

「お父様」

 驚くシイとユイの視線を受け、イサオはぷいっと顔を背けた。

「もう日が暮れるな。メイ、夕食は六人分用意させろ」

「うふふ、そのつもりで準備してますわ」

 微笑むメイにイサオは小さく頷くと、そのまま応接間から出て行こうとして、ふと足を止める。

「……ゲンドウ。酒は飲めるか?」

「は、はい」

「……ふん。そうか」

 ゲンドウの答えを聞くと、結局イサオは振り返る事無く応接間を後にする。

 残された一同は暫し沈黙していたが、やがて全員が揃って深々と頭を下げるのだった。

 

 




後編ですがまだ完結していないので、もう少し続きます。

ユイが元凶の様な書き方をしていますが、一概にそうとは言えないと思います。立場や考え方の違う人は、感じ方や見えているものが違うので。
真実は人の数だけある。まさしくその通りかと。

そうだ、京都に行こう編は延長戦に突入です。ちょっとシリアスが続いたので、少し肩の力を抜いた話で締めたいなと思います。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

投稿時間が安定せずに申し訳ありません。仕事から戻って、誤字脱字チェックと文章の見直しをして投稿しているのですが、やたら気になるところがあり、修正に時間が掛かってます。
休みでもあれば書き貯め出来るのですが……週七勤って……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。