エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《そうだ、京都に行こう(中編)》

 

~キールとカヲル~

 

 早朝、湖の畔に立つカヲルは、とある人物との接触を行っていた。

「……成る程。碇メイは寧ろ賛成派で、問題なのは碇イサオと言うわけだね」

「父親とはそう言うものなのだろう」

 声は湖の上に浮かんでいる、漆黒のモノリスから聞こえる。カヲルと保護者であるキールの間に結ばれたホットライン。盗聴を気にする事無く、何時でも何処でも何度でも使用可能だった。

「だが先日、イサオより碇達四人を招くと連絡があった。あの頑固な男にしては珍しい事だ」

「影ながら頑張った誰かが居るって事さ」

 カヲルにはイサオの心を動かしたのは誰か、とっくに察しが付いている。だがそれをあえてキールに告げる事はせず、またキールも聞き返しはしない。

「いずれにせよ、賽は投げられた。我らに出来る事は、良い目が出るのを祈るだけだ」

「その碇イサオをよく知る君は、どう見ているんだい? 勝算がある戦いなのかな?」

「……分からぬ。人の心は他人に理解出来ぬものだからな」

 もしもユイがサルベージされていなければ、そもそもこの話は無かっただろう。理由はどうであれ、娘を殺した……守り切れなかったゲンドウを、イサオが許す筈が無いのだから。

 だがユイが存在している事で、僅かながら希望が生まれた。

「話し合いの場が持てただけでも、信じられない進歩だ。幸か不幸かは知らぬがな」

「へぇ、どう言う意味だい?」

「此度の機会が最初で最後だ。和解に失敗すれば、永遠に溝は埋まらない。あれはそう言う男だ」

 今まで曖昧だったが故に希望を抱く事が出来た。だが一度結論が出てしまえばもう戻れない。希望が絶望に変わってしまう恐れは十分にある。

 だがそんなキールの言葉に、カヲルは問題無いと微笑んで首を横に振った。

「自分で選んだ選択に後悔する者は、全力を出していない証拠さ。そして彼らは全力を尽くすだろう」

「私にしても、いい加減あの二人が和解してくれれば助かる」

「……さて、そろそろ時間か。情報に感謝するよ」

 カヲルの言葉を最後に湖の上からモノリスの姿が消え、辺りが再び静寂に包まれる。

(和解に成功すれば共に喜び、失敗すれば慰める。どちらにせよ、僕の出番はもっと後だね)

 ズボンのポケットに手を入れながら、カヲルは悠然と湖の畔から立ち去るのだった。

 

 

~京都行き決定~

 

 碇イサオがユイ達三人とゲンドウを、碇家に招きたいと申し出た。その衝撃的な報告を、シイ達は夕食の席でユイから聞かされた。

「ほ、本当なのお母さん!?」

「ええ。今日の昼にお母様から連絡が来てね。日にちもこちらの都合に合わせて下さるって」

「良かった……」

 シイは安堵したように大きく息を吐く。まだスタートラインに立っただけだが、それでも確実に前に進めた事が素直に嬉しかった。

「今週の土曜日、京都に行きましょう。あなたも……良いですか?」

「ああ、問題無い」

 普段通りに答えるゲンドウ。もう彼の中では覚悟は決まっているのだろう。

「レイも、良いわね?」

「……はい。問題ありません」

 こちらも変わらぬ様子で答える。碇家とは初対面になるが、レイに不安は無い。今の彼女には家族という絶対の味方がいるのだから。

「じゃあみんな、土曜日に向けて準備しておいて」

 かくして二つの碇家は、週末に京都で対面を果たすことになるのだった。

 

 

~発令所では~

 

「第26中継地点突破。現在まで周囲に異常はありません」

「そのまま警戒を続けろ。万が一の事態は何としても避けねばならん」

 ゼーゲン本部発令所では、シイ達が乗っている車の警戒が行われていた。何しろ重要人物が揃っている為、襲撃や暗殺には最大限の注意を払わなければならない。

 箱根から京都まで、前後を護衛の車が走行し、上空を警戒機が低速飛行。一定間隔で中継ポイントをもうけ、万全の警備態勢をひいていた。

「しかし、改めて考えてみると、シイちゃん一家って凄いっすね」

「本部司令に補佐官、次期総司令が勢揃いだからな。レイも将来的には重要な役職に就くだろうし」

 青葉と日向の言葉に発令所の面々も同意する。何より凄いのが、全員が血縁で選ばれた訳で無く、それぞれの才能を持って今の地位を確立している事だ。

 だからこそゼーゲンの内外からも、不満の声があがらないのだろう。

「デメリットもある。碇達が家族旅行でも行こうものなら、私の胃が痛みっぱなしだからな」

「心中、お察しします」

「あら副司令。何なら私が薬を出しましょうか?」

「遠慮しておくよ。業務が山積みでね、子供になっている暇はないからな」

 冬月の皮肉にリツコは参ったと両手を挙げて、すごすごと退散する。

 

「碇家ってのは、シイちゃん達を呼びつけられる程、偉いんすかね?」

「偉いとは少し違うが……影響力はゼーゲンとしても無視出来んよ」

 碇家は巨額の資産を持ち、世界の経済に深く関わってきた。そして世界中の同じ様な資産家や、大企業、軍隊に国家と言った相手にも、強力なコネクションを持っている。

 また世界を裏で牛耳っていたゼーレに対しては、資金援助を行うパトロンとしてだけで無く、自らもメンバーの一員として活動するほど、深い繋がりを築いていたのだ。

「す、凄い家なんですね……」

「ならシイさんは正真正銘のお嬢様だと?」

「定義にもよるだろうがな。ただ玉の輿などと考えん方が良いぞ。あそこの祖父母は癖が強いからな」

 渋い顔で告げる冬月に一同は驚きを露わにする。

「ふ、副司令はシイちゃんのお祖父さん達と面識があるんですか?」

「数回だけだよ」

「どんな方達なんですか?」

「……シイ君の祖父は、とにかく厳格な人物だった。ユイ君を溺愛していたが甘やかさなかった、と言えば少し分かりやすいか。シイ君にも同様だったらしい」

 その説明だけで、リツコ達はイサオの人となりが何となくだが理解出来た。

「祖母のメイさんはこう言うのが適切だろう。ユイ君をより強くした女性だ」

「「……それはそれは」」

「穏やかで人当たりが良く、理想的なお祖母さんだろう。夫であるイサオさんを支え、ユイ君とシイ君を育てた良妻賢母だな」

 過去に数回しか面識は無いが、冬月は今も鮮明に二人を思い出せる。それ程両者の存在感は大きかった。

 

「最終警戒地点を通過。司令達は京都市街へ入りました」

「いよいよですね。どれほど勝算があるとお思いで?」

「十割だ。碇は私達の司令でユイ君の夫、シイ君の父親だからな。他に理由がいるかね?」

 きっぱりと断言する冬月に、発令所の面々は納得の表情で頷くのだった。

 

 

~京都到着~

 

 車の窓から外を眺めていたシイは、見慣れた景色に懐かしさを感じていた。

「……ここが京都。シイさんが暮らしていた街」

「うん、そうだよ」

 目に入る町並みが、ここで暮らしていた時の記憶を呼び起こす。祖父母と過ごした毎日。友人達と過ごした日々。命をかける事など一切無い、平和な思い出がシイの脳裏に浮かんでいく。

「あっ! ほらレイさん。あの小学校に通ってたの」

「……そう」

「あそこの公園でよく遊んで――」

「……ここと第三新東京市、どっちが好き?」

 何時に無くはしゃいでいるシイの言葉を遮り、レイはストレートな質問をぶつけた。何故か少しご機嫌斜めなレイに首を傾げつつも、シイは質問に答える。

「どっちも好きだよ。私にとってはどっちも大切な人達が居る、大好きな場所だから」

 当然と言えば当然の答えだが、レイは少し不満だった。十年間と一年間、過ごした期間は比較にならないが、それでもシイならば、自分達と過ごした第三新東京市を選んでくれると思っていたからだ。

「どうしたのレイさん?」

「……何でも無いわ」

 様子がおかしい事を心配するシイに、レイはそっけなく答える。そんな二人の様子を隣で見ていたユイは、レイの気持ちに気づいていた。

(嫉妬ね。自分の知らないシイを知っているこの街への)

 

 だがシイは、レイの異変を違う意味で受け取ったのか、不意にレイの両手を掴む。そして緊張を解すように、微笑みながら語りかける。

「大丈夫だよレイさん。お祖父ちゃんは厳しくて怒ると怖いけど、本当は優しいから」

「……え?」

「それにお祖母ちゃんが居てくれれば、きっと助けてくれるから。だから安心して」

 ここでレイはようやく、シイは自分が緊張していると思い、励ましてくれたのだと察した。実際は緊張する事すら忘れていたのだが。

「もしレイさんが何か言われても、私が……お姉ちゃんが守ってあげるから」

「……ありがとう」

 シイの真っ直ぐな視線で見つめられたレイは、嫉妬していた自分が恥ずかしくなる。自分は碇シイの妹で、彼女に大切な人と言ってもらえた。

 好意は比較するものでは無いのだと、レイは小さく頷くのだった。

 

 

 そしてゲンドウ達は、京都碇家へと辿り着いた。

 回り始めた歯車は止まらない。和解か絶縁か。いずれかの結末を迎えるまでは。

 

 




碇一家って改めて考えると、やはり恐ろしいVIP一家だと思います。
前回に続いて再び説明回。ちょっとくどいなと反省です。

もう待った無しで、ゲンドウお父さんに頑張って頂きましょう。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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