エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《誕生日狂騒曲(後編)》

 

~碇家にて~

 

 着替えを終えたシイは再び黒い高級車に乗って、碇家へと向かっていた。ただ広い車内に友人達の姿は無く、一人きりの空間は何処か冷たく感じられる。

(ちょっと疲れちゃった。みんなは先に帰ったんだよね……)

 仕方ないと分かっていても、ついため息が零れてしまう。あれだけ盛大に自分をお祝いしてくれたことには、勿論感謝している。だが友人達や親しい人達と話すことすら出来なかった事が、シイの心に影を落とす。

(……一人はやだな。……寂しいよ)

 靴を脱いでシートに丸まったシイは、微かに伝わってくる心地よい震動に身を委ね、逃避するように眠りの世界へと落ちていった。

 

「……さん、…イさん」

「ん、んぅぅ」

 誰かが呼ぶ声に、シイは身体をよじりながらも起きようとしない。肉体的にも精神的にも疲れている彼女にとって、やっと得られた休息をそう易々と手放したく無かったのだ。

「シイさん。着きましたよ。貴方の家です」

「ん~後五分……」

「気持ちは分かりますが、ここで寝てたら風邪を引いてしまいますよ」

「むぅぅぅ」

 肩を揺すられて、ようやくシイは寝ぼけ眼のまま上半身を起こした。

「おはようございます」

「……おひゃようございます」

「マンションの下に到着しました。……身だしなみを整えた方が宜しいかと」

 運転手の壮年の男に促され、シイは緩慢な動作で車から降りる。そんなシイに男は手鏡を差し出し、彼女に自分の姿が確認できるように見せた。

 シートで寝ていたせいか髪には酷い寝癖がついており、赤く腫れた目には涙の跡、だらしなく開いた口にはよだれが垂れていた。

 普段なら大慌てで直すのだが、今のシイにはそれをする気力は無かった。

「……良いです。もう寝るだけですから」

「分かりました。では私はこれで失礼します」

「はい。ありがとうございました」

 走り去っていく車を見送ると、シイはゆっくりとした足取りで自分の家へと向かう。そして玄関の前に立つと、ロックが解除されている事に気づいた。

(あれ……そっか。レイさんはもう帰って来てるんだよね)

 自嘲気味に笑うとシイは家の中へと入る。だが家の中は何故か真っ暗だった。

「レイさん? ねえレイさん、もう寝ちゃったの?」

 廊下の電気をつけながら声を掛けるが、返事は無かった。既に就寝してしまったのだと、シイは少し寂しそうな表情で廊下を歩く。

 そしてダイニングに足を踏み入れた瞬間、

 

「「お誕生日おめでとう!!」」

 

 突然部屋の明かりがつき、同時に祝福の言葉とクラッカーの音が室内に鳴り響いた。

 

「え、え、えっ!?」

 驚きのあまりへたり込んだシイが見たのは、満面の笑みで自分を見つめている、家族と友人達、そしてゼーゲンの中でも特に親しくしていた人達の姿だった。

「やったわ~。大成功ね~」

「ママのアイディアが上手くいくなんて……」

 クラッカーを手にはしゃぐキョウコと、信じられないと言った表情のアスカ。

「ふふ、待っていたよ。シイさん」

「……お帰りなさい」

 カヲルとレイは、穏やかな微笑みをシイに向ける。

「どや。驚いたやろ」

「ちょっと脅かしすぎたかな?」

「ごめんね、シイちゃん。悪のりしちゃったかも」

 私服姿のトウジ、ケンスケ、ヒカリは驚いて座り込むシイに謝る仕草を見せた。

「シイちゃんおっ帰り~」

「や、今日は大変だったな」

「大変な役目を負わせてしまい、済まなかったね」

「お疲れ様、シイさん」

 加持夫妻と冬月、リツコはシイを労う。

「驚かせて悪かったな」

「惣流博士の発案でね」

「ちょっとしたサプライズですな」

 青葉、日向、時田が手にしたクラッカーを掲げて見せる。

「お帰りなさいシイちゃん。それと、お邪魔してます」

「私もお邪魔してるわ」

 マヤとナオコまでリビングに座っており、まさしく関係者勢揃いだった。突然の事態に混乱するシイに、ゲンドウとユイが歩み寄る。

「お帰りなさい、シイ。今日はごめんなさい。貴方の誕生日を大人の事情に巻き込んでしまったわ」

「……すまない。お詫びと言っては何だが、もう一度お前の誕生会をさせて欲しい」

「お母さん……お父さん」

 リビングに視線を向ければ、テーブルの上に料理とケーキが用意されていた。先のパーティーとは違いささやかなものだったが、シイにはそれよりも遙かに嬉しい物だった。

 

「……うぅ……うぅぅ……」

「「!!??」」

 へたり込んだシイが突然涙を流したことに、集まった面々は思いきり動揺する。自分達のサプライズが、シイを脅かしすぎてしまったかと。

 謝る一同に、シイはそうじゃないと首を横に振る。

「ち、違うんです……。嬉しくて……私が本当に欲しかったのは……これだったんだって……」

「ごめんね、シイ」

 ユイはシイの小さな身体を思い切り抱きしめる。それはこの場に居る全員の気持ちの代弁だった。

 

 

~やり直しパーティー~

 

 落ち着いたシイが上座に座り、碇シイの本当の誕生会が始まった。マヤお手製のチョコレートケーキに、十五本のろうそくが立てられ、加持がライターで火を着ける。

 ハッピーバースデーの合唱を笑顔で聴いたシイは、歌の終わりに合わせてろうそくを吹き消す。拍手と歓声、クラッカーの音が碇家のリビングを包み込んだ。

「それにしてもあんた、ひっどい顔してるわね。髪なんかぼさぼさだし」

「うぅぅ。車の中で寝ちゃって……」

 アスカに指摘され、シイは恥ずかしそうに寝癖を直そうとするのだが、手を離した瞬間髪はピンと跳ね上がってしまう。

「はぁ。ったく仕方ないわね」

「アスカ?」

「良いからジッとしてなさいって~の」

 シイの背後に座ったアスカは、櫛とスプレーで手際よく寝癖を整えていく。

「あんたも、もう十五才になったんだから、身だしなみには気をつけなさいよ」

「うん、ありがとうアスカ」

「シイさんは髪を伸ばしてみたりしないのかい?」

 カヲルの問いかけに、一同は興味津々と言った様子でシイに注目する。第三新東京市に来てからはずっとショートカットだったが、他の髪型も似合うはずだと。

「子供の時に一度だけ、伸ばしたことがあるんだけど……ちょっと」

「碇家の血ね。私もそうだけど、凄い癖っ毛なの。朝は特に悲惨なのよね」

「ふふ、成る程ね。僕としてはそんなシイさんも見てみたいけど」

 その場に居た面々は、それぞれ脳内で様々な髪型をしたシイを想像し、一様に頬を緩ませる。どんな髪型でも、シイの魅力は引き出される。だが全員が今の髪型が一番似合っていると言う、同じ結論に辿り着くのだった。

 

 

~チョコレートの思い出~

 

「わぁぁ、これ凄い美味しいです」

「私の自信作なの。喜んで貰えて嬉しいわ」

 チョコレートケーキに舌鼓を打つシイに、マヤは満足感に満ちた笑みを浮かべた。お菓子作りの先生として、ファンクラブの一員として、彼女がこのケーキに精魂込めた事は想像に難くない。

 他の面々も口々にマヤへ賞賛の言葉をおくる。

「にしても、シイも好きやな」

「ん、何が?」

「チョコや、チョコ。今日もぎょうさん貰ろうとったけど」

 トウジは感心と呆れが入り交じった表情で告げた。ゼーゲンの格納庫には、世界中から集められたトン単位のチョコレートが収められている。だがシイはそれをあっさりと受け入れた。

 女の子は甘い物好きと言っても、流石に限度がある筈だ。

「そ~いやさ、シイちゃんってチョコ以外の甘い物って、あんまり食べなかったわよね」

「あ、はい。甘い物も好きですけど、特別では無いので」

「……チョコレートだけ好きなの?」

 レイの問いかけに頷くシイを見て、一同は不思議そうに首を傾げる。彼らからすれば、チョコも甘い物で括られてしまう。何故チョコにだけ執着するのか、以前からの疑問がわき上がってきた。

「ふむ。何か理由があるのかな?」

「えっと……その……」

 冬月に尋ねられたシイは、少し恥ずかしそうにゲンドウをチラチラと見る。ゲンドウが関係しているのかと、視線が集まるが、当の本人にはまるで心当たりが無かった。

 そもそもゲンドウは甘い物が苦手なのだから。

 

「……私に何か関係があるのか?」

「あっ……そうだよね。憶えてないよね」

 寂しげな表情を浮かべるシイに、ゲンドウは動揺を隠しきれない。全く身に覚えは無いのだが、自分が何かしたのは確かなようだ。

 責めるような視線を浴びてゲンドウが冷や汗を流す中、シイは静かな声で語り始める。

「私はお父さんと一緒に居た記憶がほとんど無いけど、二つだけハッキリ憶えてる事があるの」

「な、何だ?」

「一つはお別れした時。離れてくお父さんの背中は、今でも憶えてる」

 碇家によって引き裂かれた父親と娘。それは長くシイのトラウマとして、心に刻み込まれていた。同時にそれはゲンドウのトラウマでもあり、彼の心に影を落とし続けた。

「もう一つは……お父さんとお別れするちょっと前」

「……むっ!」

 シイの言葉を聞いて、遂にゲンドウは思い出した。碇家の目を盗んで、シイの元から離れる直前に、自分がシイに対して行った事を。

 

「お父さん、私にチョコをくれてこう言ったの」

「シイ、これはチョコレートと言うお菓子だ。虫歯になりやすいから、お母さんはお前に食べさせなかったが、美味しいらしい。渡した事が知られたら怒られるから、これは二人だけの秘密だ……」

 その時の言葉を再現して見せたゲンドウに、シイは嬉しそうな笑みを浮かべる。

「美味しかったよ、お父さん。とっても甘くて……しょっぱかった」

 ゲンドウと別れて大泣きしたシイが食べたチョコレートは、決して忘れられない味だった。

「お父さんと二人だけの秘密。だからかな、私はチョコレートを食べてる時は、お父さんと繋がってる気がしてたの。胸の奥が暖かくなって……安心出来たの」

「シイィィィィ!!!」

 感極まったゲンドウは、全力でシイを抱きしめた。

 あの時は何かをシイに残したいと、探ったポケットにチョコが偶然入っていたに過ぎない。だがそれはゲンドウとシイを繋ぐ、大切な宝物になっていたのだ。

 まさかシイのチョコ好きに、こんなエピソードがあったとは思わなかった一同は、抱きしめ合う親子の姿にそっと涙を拭うのだった。

 

 

~プレゼントタイム~

 

「さて、と。そろそろ頃合いかしらね」

「そうね。あまり出し惜しみをする必要もないもの」

 アスカとリツコのやり取りに、リビングに居るシイ以外の面々が一斉にプレゼントを手に取る。あの誕生会では渡さないと、全員がこの場に持ってきていたのだ。

「んじゃ、まずはあたしからね。ほら、シイ。誕生日おめでと」

「ありがとうアスカ。開けても良い?」

 アスカが頷くのを確認してから、シイは綺麗にラッピングされた箱を丁寧に開けていく。アスカのプレゼントは、化粧道具一式だった。

「あ、これ。レイさんとお揃い」

「あんた達は揃って女の自覚が足りないのよ。来年は高校生なんだし、ちっとは気を遣いなさい」

「うん……今度使い方を教えてね」

 生まれてこの方一度も化粧をしたことが無いシイ。アスカはその反応を予想していたのか、当然だと力強く頷いて見せた。

「あたしが手ほどきしたら、そこいらの男なんかイチコロよ」

「……駄目だ、シイ」

「うむ。シイ君にはまだ早すぎる」

 過保護すぎるゲンドウと冬月に、一同は揃って苦笑いを浮かべるのだった。

 

「次はわしらやな。今回は三人一緒やで」

「さ、委員長」

「はい、シイちゃん。お誕生日おめでとう」

「ありがとう、鈴原君。相田君。ヒカリちゃん」

 友人達から贈られたのは、銀色のロケットだった。立派な作りをしており、まだ働いていない子供が買うには高価すぎる代物だ。

「こ、こんな凄いの貰うなんて悪いよ……」

「せやから三人一緒や。わしもちょいとだけやが、ネルフから給料出たしな」

「受け取って、シイちゃん」

「碇はさ、これから多分世界中を動き回ると思うんだ。忙しくてなかなか家に帰れなくても、そいつがあれば、お気に入りの写真を何時でも見られるから」

 画像データは端末に保存すれば何時でも見る事が出来る。だが写真にはデータとは違う、暖かみがあるとケンスケは信じていた。そしてそれこそが、きっとシイの支えになるだろうとも。

「……ありがとう。大切にするね」

 お小遣いを使い切った三人だったが、シイの笑顔と引き替えなら安い物だと、嬉しそうに頷いた。

 

「……私はこれを」

「ありがとうレイさん。お揃いだね」

 レイは公言していた通り、手編みのマフラーを贈った。いつか二人でお揃いの白いマフラーを巻き、並んで歩ける日を迎えようと言う約束の証だった。

「……きっと出来るわ」

「うん。頑張ろうね、レイさん」

 固く手を握り合う二人の姿に、大人達は希望を見た気がした。

 

 カヲルが最後にして欲しいと願い出た為、大人達が先にプレゼントを渡す。

「私と加持からは、これよ!」

「ぺ、ペンペン……のぬいぐるみ?」

「ああ、良く似てるだろ。俺の趣味さ」

「加持さん、お裁縫も出来るんですね」

 感心したようにシイはペンペンのぬいぐるみを抱きしめる。かつて家族の一員として共に暮らし、時に励ましてくれた彼の事を懐かしむ。

「ペンペン……今はアメリカに行ってるんですよね?」

「ええ。あっちの女の子にメロメロらしくて、張り切ってたわよ」

「温泉ペンギンは希少種だからな。子供でも生まれれば大ニュースになるさ」

 実験の過程で生まれた温泉ペンギンは、日本でペンペンしか存在していなかった。だが戦いが終わって暫くしてから、アメリカの実験施設に雌の温泉ペンギンが居る事をミサト達は知る。

 折角だからと加持がペンペンを連れて行った所、一目でハートを射貫かれたらしく、毎日積極的にアプローチを続けていた。雌を日本に移動させる許可が下りなかったので、ペンペンは単身アメリカに残った。

「今、あっちの政府を通じて、二人……を日本に迎えられる様に働きかけている所だ」

「ペンペンが振られちゃったら、失意の帰国になるから、そんときは慰めてあげてね」

「わ、笑えないですよ」

 遠く異国の地で頑張っているであろうペンペンに、シイは本気でエールを送るのだった。

 

 

「シイちゃん、お誕生日おめでとう。私からはこれなんだけど」

「これ……レシピですか?」

「うん。私が得意なお菓子のレシピ集なの」

 マヤから手渡された一冊の本を、シイは目を輝かせて捲っていく。丁寧に装本されたレシピ集は、市販のそれと比べても遜色ない出来映えだった。

「ありがとうございます。どれも凄く美味しそうで、作るのが楽しみです」

「喜んで貰えて良かったわ。私で良ければ、何時でもアドバイスするから」

「はい。完成したらマヤさんに持っていきますから、是非お願いします」

((う、上手い……))

 シイに喜んで貰い、かつ手作りお菓子の試食権をゲットしたマヤに、一同は思わず唸ってしまうのだった。

 

「次は私と母さんのプレゼントね」

「シイちゃん、おめでとう」

「ありがとうございます。……これって何かの機械ですか?」

 赤木親子から贈られたのは、名刺サイズの端末だった。片面は全て液晶画面で、もう片面はピンク色の特殊軽量合金で覆われている。

「これは今開発中の翻訳機なの」

「シイちゃんはこれから、世界中の人と交流すると思うけど、ネックなのは言語でしょ?」

「うぅぅ、はい」

 日本語以外まるで駄目なシイは、ナオコの言葉に困ったように頷く。

「でもそれを使えば、通訳無しでも会話が出来る様になるわ」

「凄いんですね……」

「実際に試した方が分かりやすいかもね」

 ナオコはシイに使い方を簡単にレクチャーすると、流暢な英語で話しかける。シイには全く理解出来なかったが、翻訳機は彼女の言葉を一瞬で日本語に変換して見せた。

 更に逆も可能で、シイが日本語で発した言葉を、任意の国の言葉に変換してくれる。

「どうかしら?」

「すっごい便利です。操作も簡単で、持ち運べる大きさですし」

「将来的には一般に普及させるつもりだけど、まずはシイさんに使って欲しかったのよ」

 人間同士が仲良くなりきれないのは、言語の違いも大きな要因だろう。赤木親子は解決策の一案として、この翻訳機の精度を高め、言葉の壁を無くそうと動いていたのだ。

「良かった……これで」

「だからって、勉強しなくて良い訳じゃ無いわよ?」

「……はい」

 ユイに釘を刺されてばつの悪そうな顔をするシイに、一同は苦笑するのだった。

 

「俺と青葉からは、これを贈るよ」

「きっと役立つと思うぜ」

「ありがとうございます。これはストラップですよね?」

 日向と青葉からは、ピンク色のペン型ストラップが贈られた。

「と思うだろ? でも違うんだよ。そいつは防犯用のスタンガンさ」

「すたんがん?」

「相手に電気ショックを与える武器なんだ」

 首を傾げるシイに、日向は真剣な表情で説明を続ける。

「こんな事言いたく無いけど、これから先、君は重要人物として命を狙われる可能性がある。当然護衛だっているし、勿論使わないのが一番だけど、万が一の時にやっぱり身を守る術は持っていて欲しい」

「せめて見た目だけは可愛くしてみたから、アクセサリーとして持ち歩いてくれると嬉しいな」

「はい。ありがとうございます」

 自分の事を真剣に心配してくれている二人に、シイも真剣な表情で頷いた。

「シイちゃんの生体認証が必要だから、奪われてピンチって事も無いから安心してくれ」

「えっと、どうやって使うんですか?」

「真ん中に銀色の筋があるだろ? そいつを二秒間握りしめて……」

 青葉の言葉通り、シイはピンクの棒の中央にある、銀色の筋をギュッと右手で握る。するとカチャッと何かのロックが外れる小さな音が聞こえてきた。

「後は先端が相手に触れれば、自動的に――」

「先っぽを……っっっっっっ!?」

 それは素直すぎる性格が招いた悲劇だった。深く考えずに、ストラップの先端を自分の左腕に押しつけてしまったシイは、自らの身体を持ってスタンガンの威力を実証してしまう。

 折角整っていた髪の毛は一瞬で跳ね上がり、ビクンと身体を震わせたシイはそのまま床に倒れ込む。

「「し、シイちゃん!?」」

「きゅぅ~……」

 シイは女性陣にボコボコにされている日向と青葉の姿を見ながら、意識を失った。

 

 

「さて、気を取り直して……私からはこれを贈ろう」

「ありらとう、おとーさん」

 まだ痺れが残っている為、少し舌っ足らずにシイはお礼を言いながら、ゲンドウからのプレゼントを受け取る。因みにあちこち跳ね上がった髪は、アスカの頑張りによって元通りになっていた。

「これ、とけー?」

「ああ。お前ももう直ぐ高校生だ。時間を守る事は、大人の最低条件だからな」

「ミサト。耳が痛いんじゃなくて?」

「むぅ~」

 時間にルーズなミサトが、リツコの皮肉に表情を歪める。その様子を微笑みながら見つめたシイは、ゲンドウから贈られた銀色の懐中時計を愛おしげに撫でた。

「電池の交換は不要だ。それは最後まで、お前と同じ時を刻むだろう」

「……ありらとう、おとーさん。たいせつにするね」

 幸せそうなシイの笑顔に、ゲンドウもまた満足げな笑みで頷くのだった。

 

 ようやく痺れが抜けたシイに、冬月がプレゼントを手渡す。

「私からはこれを贈らせて貰うよ」

「冬月先生、ありがとうございます。……眼鏡?」

「うむ。と言っても度は入っていないがね」

 シイはケースに収められていた眼鏡を手に取る。細いフレームはシイが好きなピンク色で、眼鏡に縁が無いシイは初めての眼鏡に興味がある様だった。

「ファッションで使っても良いが、君がこれから公に姿を晒せば、自由に街を歩くことも難しいだろう。そんな時はその眼鏡と、帽子でも被れば人の目を誤魔化せるかもしれんからね」

「ありがとうございます。えっと……どうですか?」

「「!!??」」

 そっと眼鏡を掛けたシイに、一同は動揺を露わにする。似合うとは思っていた。だが今目の前に居るシイの姿は、その予想を遙かに超えるものだったからだ。

 スッと冬月とリツコ、マヤの鼻から熱い物が流れた。

「……シイ。その眼鏡は、必要な時以外は掛けない様にしろ」

「やっぱり似合ってない?」

「うふふ、良く似合っているわよ。でもずっと掛けていると、目が悪くなってしまうの」

「そうなんだ……分かった」

 ユイの言葉を素直に信じて、シイは大切そうに眼鏡をケースにしまった。鼻にティッシュを詰めている三人の姿を見た面々は、名残惜しさと同時に、その封印が解かれないことを祈らずにいられなかった。

 

「は~い。次は私よ」

「ありがとうございます、キョウコさん」

「シイちゃんに似合いそうなのを、バッチリ選んで来たから」

 自信満々のキョウコに、一同は不安を隠せない。そしてそれは、現実の物となる。

「……こ、これって……」

「可愛いでしょ~。その下着」

 キョウコが贈ったのは、世にランジェリーと呼ばれる物だった。手に取ったシイも、他の面々も何とも言えぬ気恥ずかしさに、頬を赤くして黙ってしまう。

「ま、まま、ママ! 何て物贈ってんのよ!」

「おかしいの?」

「シイみたいなお子様に、そんなの贈っちゃ駄目に決まってるでしょ!」

 酷い言い様だが、今回は全員がアスカの意見に同意する。ユイやキョウコ、ミサトやリツコ、ナオコなどの大人の女性に贈るならいざ知らず、流石に十五才の少女には早すぎるだろうと。

「大丈夫よ~。女の子は直ぐ大人になるから」

「そうじゃなくて……あ~も~」

「シイちゃん。勝負を掛けるときは、それを使ってね」

「勝負、ですか?」

 何を言われているのか理解出来ないシイは、不思議そうに首を傾げる。そして彼女とキョウコを覗く面々は、それを想像してしまったのか、真っ赤な顔で視線を逸らす。

「大人になれば分かるわよ。だから約束、ね」

「はぁ……分かりました」

 イマイチ事情が飲み込めないながらも、素直に頷くシイ。その言葉を聞いた瞬間、冬月とリツコ、そしてマヤの鼻に詰め込まれたティッシュは、あっさりと限界を超えて赤く染まるのだった。

 

 

「…………さて、気を取り直して、私からのプレゼントね」

「ありがとうお母さん」

 ユイからのプレゼントは、ドイツの包丁セットだった。以前お土産で渡した包丁をシイが気に入った為、今度はセットでドイツから輸入していた。

 美しい輝きを見せる真新しい包丁を見て、シイは嬉しそうに微笑む。

「凄い嬉しい。お母さんに少しでも追いつける様に、お料理頑張るね」

「あらあら、嬉しい事を言ってくれるわね」

 既に今の段階で、シイの腕前はユイと同等かそれ以上に達していた。それでも自分を目標としてくれる娘を、ユイは愛おしげに抱きしめるのだった。

 

 

 そして最後の一人……自らトリを望んだ渚カヲルの番がやってきた。行動の読めないカヲルに、一体何を用意しているのかと、リビングの面々は好奇心と警戒心を混ぜ合わせた視線を向ける。

「ふふ、シイさん。お誕生日おめでとう」

「ありがとうカヲル君」

「僕からもプレゼントを贈らせて欲しい」

 そう呟くと、カヲルは足下に真っ黒な空間……ディラックの海を出現させ、そこから大きなプレゼント箱を一つ取り出した。

「な、ななな、なぁ!?」

「え? 今の何? 渚君の足下……」

「手品だよ」

 カヲルの正体を知らない二人が思いきり動揺するが、カヲルは手品の一言で片付けてしまう。そして取り出した箱を、シイに手渡す。

 今日一番の大きさを誇るそれに、期待と不安が同時に高まる。

「ありがとう……開けても良い?」

「勿論さ。気に入って貰えると嬉しいな」

 シイは丁寧に包装をはがしていく。大きな白い箱の中に入っていたのは、奇妙な形をした黒いケースだった。更にそのケースを開けると、茶色の楽器……ヴァイオリンが姿を見せる。

「これって……授業で習った……えっと」

「ヴァイオリンさ。弦楽器の中で、最もポピュラーな楽器だね」

 高価な贈り物ではあるが、一同はカヲルの意図が読めずに困惑する。シイは音楽に特別興味がある訳でも、また得意な訳でも無い。

 そんな気持ちが伝わったのか、カヲルは微笑みながら言葉を紡ぐ。

 

「歌、音楽、共にリリンが生み出した文化の極み。心を潤してくれる優しい友だよ」

「うん」

「そして音楽には、国境が無い。全てのリリンの心に等しく届く」

 多少の違いはあれど、基本的に音楽は万国共通の文化だ。

「だから、是非シイさんにも音楽に触れて欲しかったんだ。嫌いでは無いんだろ?」

「好きだよ。でも私、ヴァイオリンを演奏出来ない……」

「僕が教えてあげるさ。そしていつか、僕とアンサンブルして欲しい」

 リリンとアダム、ヒトと使徒。両者が奏でる旋律は、希望となって世界へ届くだろう。

「うん。時間が掛かっちゃうと思うけど、いつかきっと」

「楽しみにしているよ。そしてその時まで、僕は必ず君を守ってみせる」

 握手を交わすシイとカヲルの姿に、一同は明るい未来を見た。

 

 

 そして、主役であるシイの眠気が限界を迎えた為、誕生会はお開きとなった。最後まで睡魔に抵抗していたシイだったが、疲労感には勝てずに、安らかな寝息をたてながらゲンドウに布団へと運ばれていった。

 幸せに包まれて眠るシイ。だったが……。

 

~後日談~

 

「いやぁぁぁ。絶対にいやぁぁぁぁ」

 誕生会で歯磨きを怠ったシイは、虫歯を再発してしまった。両脇をレイに、足をゲンドウにホールドされた状態で、ゼーゲン総合病院へと連行されていく。

「レイさん! お父さん! お願いだから助けてよ!!」

「……ごめんなさい」

「許せ、シイ」

「碇です。ええ。今から娘を連れて行きますので、よろしくお願いします」

「いやぁぁぁぁぁ」

 かくしてシイの天国から地獄、そして天国……から地獄という、波乱に満ちた誕生日は幕を閉じた。

 

 




投稿が遅くなり、申し訳ありません。
最終チェックをしていたら、色々と書き足したくなりまして……気づいたら文字数が倍になっていました。

シイの誕生日、ようやく完結です。
気心知れた人達との時間は、彼女にとって忘れられない思い出になったでしょう。
誰も痛い目を見ず……うん、痛い目を見ずに終わりましたし。

次は碇家編ですね。原作で全く登場していないので、完全オリジナルの設定です。違和感があると思いますが、ご了承下さい。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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