エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《誕生日狂騒曲(中編)》

 

~集結~

 

 六月六日、第三新東京市の上空を世界各国から集結した、無数の航空機が覆い尽くしていた。一機、また一機とゼーゲン本部へと降り立つ航空機。

 事情を知らない人は、何か重要な会議でも開かれるのかと思っただろう。

 少なくともこれら全てが、一人の少女の誕生会に参加する為に集結したとは、絶対に想像しない筈だ。

 

「ドイツ第一支部長、第二支部長、共に入館しました」

「アメリカ第一支部長と、副大統領もです」

「ゼーゲン関係者はA棟に、各国政府関係者はB棟に案内しろ」

 本部第一発令所では、大勢の参加者達をスタッフ総出で捌いていた。何しろ相手が相手だけに、対応にも慎重さが求められる。

「……全員の入館までどれ位掛かりそうだ?」

「早くとも、後一時間は」

「無理に焦って事故でも起こされたらかなわん。予定通りに進めろ」

 誕生会の開始時刻に間に合えば良いと、冬月は決して作業を急がせる事をしなかった。

 

 

~敬老会2~

 

「諸君。約束の時は来た」

「プレゼントも既に本部へ輸送済みだ」

「些か数が足りぬが、やむを得まい」

「「碇シイの誕生日に祝福を。ゼーゲンの名の下に」」

「……では、始めるとしよう」

 キールを先頭に、ゼーゲン特別審議室の老人達は、本部へと乗り込んでいった。

 

 

~シイご一行~

 

 授業を終えたシイ達は、冬月が手配した迎えの車に乗って、ゼーゲン本部へと向かっていた。普通の生活をしていれば一生乗る機会が無いであろう高級車に、一同は興味津々だ。

「うわぁ、凄いね。こんなに長い車なのに上手に曲がってるよ」

「あんた馬鹿ぁ? 運転手はプロなのよ、プロ。リムジンくらいお手の物でしょ」

「何やこれ、冷蔵庫がついとるで」

「駄目よトウジ。勝手に弄ったら怒られるわよ」

「ふふ、気にすることもないさ。ああトウジ君、僕にアイスティーを取ってくれるかな」

「要人専用の高級リムジン。こんな機会でも無い限り、一生乗る機会なんて無いよ」

「……そう、良かったわね」

 広い車内でシイ達七人は、初めての高級車を思い切り堪能していた。

 

「にしても、流石はシイやな。こない車でお出迎えなんて」

「私もこんなの初めてだよ。……今日に限ってどうしてだろ」

「それはやっぱ、誕生会の主役だからだろ?」

 冷蔵庫から取り出した飲み物を手にしながら、シイ達は本部までの道中で雑談を交わす。

「お姫様の送迎には相応の乗り物が必要さ。まあ少しやり過ぎだとは思うけどね」

「シイがお姫様ね~。さしずめこれはカボチャの馬車って感じかしら」

「……アスカは意地悪な姉ね」

「何ですってぇぇ」

 車内で取っ組み合いを始める二人を、トウジ達は呆れ顔で見守る。

「碇がシンデレラなら、レイと委員長も姉役になっちゃうのにね」

「せやな。そういやわしらは、こない格好でええんか?」

 シンデレラに触発された訳では無いが、トウジは自分のジャージを指さして首を傾げる。学校から直接本部に向かっているので、七人は制服のままだからだ。

「そうよね。せめて私服に……」

「ああ、それは心配いらないよ。本部に君達用の貸衣装を用意してあるらしいからね」

「貸衣装って……」

 カヲルの回答はヒカリの不安をかき立ててしまう。友人の誕生会に出席するだけなのに、貸衣装が用意してあると言われれば、普通の中学生なら当然の反応だろう。

「まあ僕達は何が起ころうとも、シイさんの誕生日を素直に祝えば良いのさ」

「結局わしらはそれが目的やしな」

「だね。思い出の写真は僕に任せてくれよ」

「……そうよね」

 心優しい友人達の姿に、カヲルは嬉しそうに微笑む。

「痛たたたたた!!」

「だ、駄目だよレイさん。アスカの右手、変な方向に曲がってる!」

「……ごめんなさい。こういう時、どんな顔をすれば良いのか分からないの」

「謝りなさいって~のっ!!」

 アスカの叫び声が響く中、七人を乗せた車はゼーゲン本部へと入っていくのだった。

 

 

~誕生会開催~

 

 ゼーゲン本部地下区画に位置する、巨大な多目的ホール。百人以上を余裕で収容できるその場は今、煌びやかな装飾と豪華な料理、そして大勢の誕生会参加者で埋め尽くされていた。

 フォーマルな衣装に着替えたアスカ達は会場の隅に陣取り、呆れ顔で辺りを見回す。

「はぁ。流石にあたしもこの展開は予想して無かったわ」

「でしょうね。私達だってそうだもの」

 子供達のお目付役を命じられたリツコも、アスカの言葉に同意する。最初はもっと小規模な、ゼーゲンの内輪だけでささやかに行うつもりだったのだから。

「こいつら全部、シイの知り合いなんか?」

「さ~ね。ただニュースとかで顔を見るような人が、あっちこっちに居るのは確かだけど」

「シイちゃん大丈夫かな」

 人見知りするタイプでは無いが、シイには臆病な面がある。これだけ大勢の前に出てくるのは、相当の覚悟が必要だろうと、ヒカリは心配していた。

「まあその点は心配いらないさ。ユイさんとレイが一緒だからね」

「そうよね……」

(僕としては、彼らがシイさんに惹かれてしまう方が困るけど。さて、どうなるかな)

 

 それから数分後、会場に冬月のアナウンスが響く。

「え~ゼーゲン本部副司令の冬月です。これよりゼーゲン主催の『シイちゃん十五才のお誕生日おめでとう会』を開催致します」

 企画当初から全く変更されなかった名称に、会場からは拍手に混じって笑い声が漏れ聞こえる。だがそれは碇家の面々に続いて主役のシイが壇上に現れた瞬間、歓声へと変わった。

 薄紫のドレスを身に纏ったシイは、まさに小さなお姫様と呼ぶに相応しい姿だった。緊張から表情を強張らせ、ギクシャクとぎこちなく歩く様子も含め、参加者は初めて直接見るシイに興奮を隠しきれない。

 異様な盛り上がりを見せる会場に向かって、マイクを手にしたゲンドウは言葉を発する。

「ゼーゲン本部司令の碇ゲンドウです。本日はお忙しい中、娘の誕生会へご出席頂き、誠にありがとうございます」

 威厳に満ちたゲンドウの挨拶に、会場の空気が少し引き締まる。

「ささやかではありますが、料理と飲み物をご用意しました。最後までどなたも楽しんで、共に未来を担う子供の成長を祝って頂ければと思います」

 一礼するゲンドウに拍手が送られる中、マイクはシイの手に渡る。会場中の視線が集まる中、シイは震える両手でマイクを必死に持って挨拶を行う。

 

「あ、あの……初めまして。えっと、そうじゃない人も居るけど……その、碇シイと申します」

 ペコリと頭を下げるシイに、会場の空気が一気に和む。

「皆さん凄い忙しいのに、こんな立派な誕生会を開いて下さり、本当にありがとうございます。その、あの、すっごく嬉しいです」

 緊張がピークに達しているシイは、恐らく自分が何を言っているのか分からなくなっているだろう。それでも感謝の気持ちを伝えようと、頑張って言葉を紡ぐ。

「それで、ですね……えっと……祝うとかじゃ無くてですね、今日はみんなが楽しく笑って居られたらって、そう思います。みんなで笑い合える事が、私にとって一番嬉しい事ですから」

 満面の笑みで挨拶を終えたシイに、会場が震える程の拍手と歓声が送られた。

 

 

~人気者の宿命~

 

 挨拶が終わって誕生会が始まると、シイは直ぐさま参加者に取り囲まれた。シイにおめでとうと伝える為に、我先にと大人達が殺到する。

「警戒シフトをCに移行しろ」

「駄目です! せき止められません」

「物理的接触を図るつもりか……」

 参加者にも要人が含まれているが、そもそもシイも重要保護人物だ。身辺警護は完璧の筈だったのだが、あまりに多くの参加者が詰め寄った為、あっさりと保安諜報部の防壁は崩壊してしまった。

「参加者は尚もシイちゃんに接近。接触まで、後二十」

「……参加者は現時刻をもって目標と認識する。第一種戦闘――」

「出来れば苦労は無いよ」

 いくらゼーゲンとは言え、世界中を敵に回すのは無理がある。でなければ、怯えるシイの隣に立っているレイが、黙っている筈が無いのだから。

「だが冬月。このままではシイが危険だ」

「人ごとの様に言うな。とは言え武力行使が出来ない以上……」

 その瞬間、パンパンと手を叩く渇いた音が会場に響いた。シイに挨拶をしようと詰めかけていた参加者達は、その小さな音に反応して動きを止める。

 手を叩いただけで場を制する事が出来る人物、それは世界広と言えども彼女だけだろう。

「皆様。お気持ちは大変嬉しいですが、どうぞお一方ずつ順番にお願いします」

 微笑むユイに参加者達は一斉に頷くと、何故か喧嘩することも無く一列に並び直す。そんな光景を目の当たりにしたゼーゲンスタッフは、全員同じ事を想像していた。

((お姫様のお母さん……女王様だ……))

 

 

 落ち着きを取り戻した参加者は、順番にシイとの対面を果たしていく。通訳係のユイを通じて、それぞれが祝福の言葉を贈る。

「この方はドイツの副首相ね。誕生日おめでとうって言ってるわ」

「ありがとうございます」

「今後も人類の為に、ゼーゲンと共に頑張ろうと言ってるわよ」

「はい。一杯大変な事があると思いますけど、みんな一緒に頑張りましょう」

 シイに両手で握手をされた壮年の男性は、至福の表情を浮かべていたが、順番待ちをしている面々からせっつかされて、名残惜しそうにその場を離れていった。

「こちらはゼーゲンアメリカ第一支部の支部長よ。誕生日おめでとうって」

「ありがとうございます」

「貴方と一緒に仕事が出来る時を、楽しみにしてると言ってるわね」

「その時は色々とご指導お願いします」

 再びシイは両手で握手をし、嬉しそうな相手は急かされるようにその場を離れる。まるでアイドルの握手会の様な光景が、先程から三十分以上続いていた。

 

「なんちゅうか、変な感じやな」

「だね。碇の誕生会って言うよりは、お披露目パーティーみたいだよ」

「あながち間違いでも無いわ。参加してきた連中も、最初はそれ目当てだったでしょうから」

 トウジとケンスケの突っ込みに、リツコはワインを傾けながら答える。シイと長く接してきた彼女には、これがシイの望む誕生会で無い事を理解していた。

「……納得いかないわ」

「あったりまえよ。シイにとって初めての誕生会だってのに……」

「その点は心配無用よ。司令とユイさんが何も考えていない筈ないもの」

「ふふ、これはあくまで公のパーティーと言うわけか」

 自称ぶどうジュースを飲みながら微笑むカヲルに、リツコは小さく頷く。

「この騒ぎは後一時間位で終わるわ。あまり食べ過ぎない様にね」

「ったく、人気者も楽じゃ無いって訳ね」

「……頑張って、シイさん」

 レイは今なお続く長蛇の列を見て、シイへエールを送るのだった。

 

 

「久しいな、シイ」

「キールさん!? 来てくれたんですか」

「我らの次期トップのめでたい日だ。祝福に来るのは当然だろう」

 キールは少し表情を和らげると、そっと右手を差し出す。

「君を産み育てた親と、君を支えてきた大人達と友人達、そして君に祝福を贈ろう」

「……ありがとうございます」

「良い。全てはこれで良い」

 シイと固く握手を交わしたキールは、満足げに何度も頷いた。

 

 キール以外の元ゼーレの面々も、続々とシイに祝福の言葉を贈る。実は彼らは立体映像でしかシイと対面した事が無く、直接触れ合うのはこれが初めてだった。

 満面の笑みと共に手を優しく握られ、敬老会の面々は数分と持たずに全滅した。

 

 

~祝電披露~

 

「え~ここで残念ながら本日会場に来られなかった方々からの、祝電を披露します」

 シイへの挨拶攻勢が落ち着いた頃合いを見計らい、冬月が会場へ向けてアナウンスを行う。もうこの時点で、これが誕生会の枠を外れていると言えるだろう。

「では青葉。頼んだぞ」

「了解。警戒中の巡洋艦『はるな』より入電。『碇シイさん、お誕生日おめでとう』との事」

「富士の電波観測所より『碇シイさんの十五才の誕生日を、心よりお祝い致します』」

「駒ヶ岳防衛ラインからは『おめでとうございます。今後もよろしくお願いします』」

「強羅絶対防衛戦は『誕生日おめでとう。これからも身体に気をつけて、頑張ってね』」

「浅間山地震研究所からのメッセージ『おめでとうございます。たまには遊びに来て下さい』」

「太平洋艦隊旗艦『オーヴァーザレインボー』より入電。『おめでとう。友達と仲良くな』との事」

 おめでとう、と言う祝福の言葉は、彼女の心を暖かな気持ちで満たしていく。続々と読み上げられる祝電を聞いて、少し疲れていたシイの顔に笑顔が戻った。

 

 

~プレゼント~

 

 誕生日と言えばプレゼント。それは今回も例外ではなく、シイには冗談抜きで山ほどのプレゼントが贈られていた。ただあまりにも量が多すぎたので、目録という形で冬月が紹介する事になった。

「アメリカ副大統領より、チョコレートの詰め合わせが贈られました」

「ありがとうございます」

 手を振ってアピールする米国人に、シイは壇上からお辞儀で感謝を伝える。

「続いてドイツ副首相からは、ウイスキーボンボンセットが贈られました」

「あ、ありがとうございます」

 苦い記憶が蘇り、シイは僅かに引きつった表情でお辞儀をする。

「日本政府首相から、板チョコの盛り合わせが贈られました」

「ありがとうございます」

「更に…………」

 プレゼントの発表は和やかに進んでいたのだが、次第に会場がざわざわと騒がしくなっていく。それもその筈。シイに贈られたプレゼントは全て、チョコレートだったのだから。

「……やはりか」

「リョウジが心配してたのって、これ?」

「ああ。シイ君がチョコレート好きというのは、周知の事実だからな」

 会場の隅で加持は苦い顔でミサトに答える。

 親しくなりたい人への贈り物は、好きな物を贈るのが安全策だ。シイのプロフィールにはチョコレートが好きと載っているので、ひょっとしたらと加持は思っていたのだが、見事に的中してしまった。

 

 参加者からシイに贈られたチョコレートは、トン単位で数える程の量。流石にこれは不味いと、会場に微妙な空気が流れる中、シイがマイクを手に立ち上がった。

「皆さん、本当にありがとうございます。私チョコレートが大好きなので、とても嬉しいです」

 輝かんばかりの笑顔でお礼を述べるシイに、参加者は驚きを隠せない。幾ら好物とは言え、これ程大量に送られれば普通は困ってしまうのだから。

「世界中のチョコレートが食べられるなんて、凄い楽しみです。……太って皆さんに笑われないよう、運動も頑張りますね。素敵な贈り物をありがとうございました」

 深々とお辞儀をするシイに、大きな拍手とおめでとうの声がおくられるのだった。

 

 

 碇シイの誕生会は盛況の後、幕を降ろす。

 そして……家に帰った彼女に、ちょっとしたサプライズが用意されていた。

 

 




区切りが悪いですが、急遽三部作に変更させて頂きます。

誕生会と言う名を借りた、社交界デビューでした。
結果的には、碇シイの存在を世界にアピールする、良い機会だったと思います。

とは言えこれではあんまりですので、もうちょっと続きます。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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