時間軸は少し戻り、第三話開始前のエピソードです。
~携帯電話~
「シイちゃん、貴方にこれを渡して置くわね」
「これ……携帯電話ですよね?」
「そうよん。ネルフスタッフは全員、業務用の携帯を持つ決まりだから、一応シイちゃんも、ね」
シイはなるほど、と頷きながらミサトが差し出した携帯を受け取る。それは何の変哲も無いごく普通の、一般に流通している物と同じ、折り畳み式のシンプルなものであったが、一つ気になる事があった。
「ありがとうございます。でも、どうして……ピンク色なんですか?」
そう、シイが手にした携帯は薄いピンク色だったのだ。支給される業務用携帯電話には、少し不釣り合いだと思ったシイは何気なく尋ねてみる。
「あ~それは……」
そんなシイの問いかけに、何故かミサトは言いづらそうに頭を掻いた。
※
その数時間前。ネルフ発令所は、とある話題で盛り上がっていた。
「ピンクっすよ、ピンク!」
「ああ。シイちゃんに似合うのは、やっぱり可憐で可愛いピンク色しかない」
「ですよね」
「うむ(素晴らしい選択だ。いっその事初号機もピンクに……いや、老人達が煩いな)」
彼らが話し合っていたのは、シイに供給する携帯電話の色であった。
「と言うわけだからミサト。シイさんに渡してね」
「え、て言うか、ピンクなんてあったの?」
真剣な顔で告げるリツコに、ミサトは思わず間の抜けた問い返しを行う。そもそも業務用携帯電話に、ピンク色などあり得ないだろうと思っていた。
事実ミサトの時は、白か黒から選べとしか言われなかったのだから。
「勿論特注よ。技術開発局が総力をあげたわ」
「あ、あんたね~。忙しいときに何やってんのよ」
「必要な処置だわ」
「ど・こ・が・よ! 良いじゃない白で。それならあの子にも似合うじゃない」
「ベターとベストは違うわ」
「だからってね。そもそもそんな予算、どっから出てきたの!」
ミサトは知らなかった。冬月が提案した『シイちゃん応援基金』は、既にエヴァの新装備が開発出来る程ふくれあがっている事を。
「貴方が知らない所からよ。それにこの件は、既に副司令の許可が出てるのよ」
「そりゃ……そうだけど」
不満そうに冬月を見るミサト。
「葛城一尉。上官に反抗的な態度をしたので、減俸10%だ」
「了解!」
「え、えぇぇぇ。そんな、誤解ですって。てかこれ以上減らされるとマジヤバめなんです」
「では、この件は君も同意したと言うことだな?」
冬月の言葉にミサトは渋々頷くしかなかった。これ以上の減給は、命の元であるビールに直結するからだ。
「じゃあはいこれ。貴方から渡してあげてね」
「はいはい分かったわよ…………」
やられっぱなしのミサトは、ついちょっとした反抗をしたくなる。受け取った携帯電話を片手に、わざと聞こえるような独り言を発してみた。
「あ~でも、そう言えばシイちゃん、確か青色が好きって言ってたっけ~」
((!!!!!!!!!!!!!))
その時発令所全員に電流走る。目を見開き、一切の身動きすら止めてしまった。
「な~んてね、驚いた? ちょっち冗だ――」
「総員第三種作業体勢。直ちにカラーリングの変更作業に入れ」
「了解!」
「赤木君、技術局を直ちに呼び出してくれ」
「はい。一課の意地にかけて、数時間以内に作業を終了して見せます」
「作業班より緊急連絡。スカイブルーとマリンブルーの、どちらにするのかと問い合わせです!」
「マヤ」
「MAGIは二対一で、マリンブルーを推奨しています」
「マリンブルーの在庫を照合……不足! 松代とアメリカ支部に応援を頼みます」
「構いませんね?」
「ああ。シイ君の望む携帯を用意しない限り、我々に未来は無い」
「……あの~冗談だったんだけど……」
もうミサトの声は、彼らに届かない。恐るべき手際で進められる作業に、ミサトはネタばらしをする機会を完全に失ってしまった。
その後腹をくくったミサトの土下座と減俸30%で、どうにか事態は収まった。
※
「……さん、ミサトさん」
「はっ!」
「どうしたんですか? 急に遠い目をして、何だか凄い悲しそうな顔してましたけど」
「ははは、何でも無いわ。ちょっち、ね」
無理矢理笑顔をつくるミサトに、シイは首を傾げる。そんな彼女から話題を逸らそうと、ミサトは先程の問いかけに答えた。
「えっと……色はね、他の色が丁度切れてたのよ。気に入らなかった?」
「ううん。私、すっごい気に入りました。本当にありがとうございます」
携帯を胸に抱きしめ、花の咲くような笑顔を浮かべるシイ。
(……癒されるわね)
その笑顔は、ボロボロになったミサトの心の慰めとなるのだった。
「あ、因みに、一応仕事用だけど、別にプライベートで使っても全然構わないからね」
「そうなんですか?」
「ええ。シイちゃん自分の携帯持って無いみたいだから。友達と連絡取るのに、携帯無いと不便でしょ?」
シイは頷き、早速携帯を操作する。
「えっと……じゃあ、ミサトさんの番号を教えて貰えますか?」
「へ? そりゃ構わないけど」
作戦部長である自分の番号は、確かに登録が必要だろう。だが今の話の流れで何故、という疑問がミサトに浮かぶ。そんなミサトの考えに気づいたのか、
「……だって、ミサトさんは家族ですから。一番に登録したいんです」
シイは頬を染め、少しだけ恥ずかしそうに告げた。そんなシイを言葉に、ミサトの心の防波堤は決壊する。
「う、う、うわぁぁぁぁん、シイちゃぁぁぁん」
「わわ、ミサトさん、どうしちゃったんですか」
突如泣き出してしまい、自分に思い切り抱きつくミサトにシイは困惑する。
「私の味方はシイちゃんだけよぉぉ」
「……えっと、よく分かりませんけど……私はミサトさんの事、好きですよ」
ミサトを宥めるように肩を優しく叩きながら、シイはそっと呟くのだった。
かくしてシイの携帯電話には、ミサトの携帯番号が一番に登録されたのだった。
だが、
「おのれ葛城一尉……」
「ミサト……安牌と思ってた私が甘かったのかしらね」
これが新たな火種を産むのだが、それはまた別の話。
原作劇中でシンジが持っていたのは、確か黒い携帯電話だったと思います。贅沢できる環境で育ってないと思うので、ネルフからの支給品だと妄想しました。
支給された携帯電話がピンク色……何だか嫌がらせに思えてしまうのは、気のせいでしょうか。
小話は全体に文章量が少ないので、同日に本編の投稿も行います。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。
※誤字修正致しました。