エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《誕生日狂騒曲(前編)》

~発端~

 

 加持夫妻の結婚式が終わって数日が過ぎたある日、ミサトはゼーゲンの司令室に姿を見せた。ゲンドウ、冬月、ユイと向き合う彼女が差し出したのは、退職届であった。

「一身上の都合により、明日0時を持って、ゼーゲンを退職させて頂きます」

「うむ。手続き一切は全て完了しているよ。……今までご苦労だったね」

 組織の事務面を取り仕切っている冬月は、退職届を受け取りながら労いの言葉をかける。ネルフの作戦本部長と言う大任を、良く果たしてくれたと言うのが素直な気持ちであった。

「シイの事も含めて、貴方には本当に感謝してますわ。ありがとうございます」

「いや~。シイちゃんにも迷惑かけっぱなしで……」

「これからは専業主婦に?」

「はい。まだまだ未熟ですけど、少しでもリョウジのサポートを出来ればと」

 微笑みながら答えるミサトからは、一皮むけた大人の余裕が感じられた。愛する人と添い遂げる覚悟を決めた事で、色々なものが吹っ切れたのだろう。

「……葛城三佐。いや、失礼。加持三佐」

「はい」

「これまでの君の功績に、感謝と賞賛を贈りたい」

 ゲンドウは椅子から立ち上がると、深々とお辞儀をする。司令であるゲンドウが、部下のミサトに行うには不適当な行動かもしれない。だがそれでもゲンドウは、目の前の女性に感謝を表さずにいられなかった。

「司令……お言葉、ありがたく頂戴します」

 そんなゲンドウに、ミサトも最敬礼で思いを伝える。

「夫を支え、そして子供を産み育てる。これからも君の戦いは続くだろう。健闘を祈る」

「はい。ありがとうございます」

 こうしてミサトは人生の戦いのステージを、ゼーゲンから家庭へと移行するのだった。

 

 

「さて、退職は明日の0時で受け付けたが……本部のパスは今週一杯まで使えるようにしておこう」

「荷物の整理と業務の引き継ぎは終わっていますが?」

 猶予期間は不要だが、とミサトは冬月に答える。

「実は今週の土曜日にシイの誕生会があるの」

「ええ知ってますよ。ちゃんとプレゼントも買ってありますから。でもそれが何か関係が?」

「うむ。少々厄介な事になっていてな。彼女のパーティーは本部で行う事になったのだよ」

 冬月の言葉にミサトは目を丸くする。確かにゼーゲン本部には先のパーティーで使ったような、大きなホールが存在する。だがそれを個人の誕生会で使用するなど、いくらシイとは言え考えづらかった。

「……最初は家で行う予定だった」

「ですよね」

「だが、ゼーゲンの職員達から……不満の声が上がってね」

「それはつまり、シイちゃんの誕生会に参加させろ、と?」

 ミサトの確認に冬月は困り顔で頷く。彼にしてもこの事態は予想外だったのだろう。

「家ではそれ程多くの人を受け入れられないので、特例として本部を使う事にしましたわ」

「はぁ……流石はシイちゃんと言いますか」

「まあそんな訳で、パーティーの日まで君のパスは残しておくことにした」

 ゼーゲンに移行したネルフだったが、まだ世間に公表していない機密情報や独占技術が山ほどある。部外者も申請さえすれば入館可能だが、それがまた非常に面倒な手続きを必要とした。

「難しく考えず、パーティーの招待状と思って下さい」

「そう言う事でしたら」

 ミサトは手にしたIDカードを軽く見つめて、再びポケットにしまい込むのだった。

 

 

~敬老会~

 

「碇シイ。我らに人類の希望を説いた少女」

「我らのシナリオを破り、新たなシナリオを紡ぐ希望の象徴」

「だが、彼女はこれまでまともに誕生日を祝われた事が無いと聞く」

「祝わねばなるまい。我らの手で」

「約束の日……六月六日に」

「それまでプレゼントを揃えねばならぬ。……ゼーレの総力を結集してな」

 

 

~ゼーゲン職員達~

 

 ゼーゲン本部第一発令所では、通常業務を大急ぎで終えたスタッフ達が、シイの誕生会に向けての準備を進めていた。

「整備班より、会場の装飾は何時から可能かとの確認が来てます」

「14:00からだ。それまでに通常業務を終わらせ、作業に備えろと伝えろ」

「了解」

「ネルフの他支部より、後何人参加出来るのかとの問い合わせが殺到してます」

「各支部五人までだ。プレゼントは事前に輸送させろ」

「はい」

「ゼーゲン特別審議室(旧ゼーレ)から、プレゼントは何トンまで持ち込み可能かと――」

「常識の範囲内にしろと言っておけ!」

「りょ、了解」

 誕生会幹事の冬月は絶え間ない問い合わせの嵐に、頭痛を堪えるように頭をさする。優秀な事務処理能力を持つ冬月だったが、今回の誕生会は彼の想像を遙かに超える規模へと膨らんでいた。

(赤木君達が居なければ、とっくに倒れているな)

 共同幹事のリツコとナオコ、時田も明日に迫った誕生会を無事執り行う為、忙しなく駆け回っている。だがそれでも追いつかない程、シイの誕生日へ向けられる期待は大きかった。

「副司令。搬入されたプレゼントが、用意していた第一格納庫に入りきりません」

「馬鹿な! ……ええい、第二、第三格納庫を開放。少しでも良い、スペースを稼げ」

「了解」

 大きく深呼吸をして、冬月はどうにか平常心を保とうとする。ファンクラブの会長として、シイの人気は誰よりも知っているつもりだったのだが、事は彼の予想を遙かに超えていた。

『副司令』

「加持君か。何かあったのかね?」

『ええ。日本政府の高官が数名、誕生会に参加したいと』

「……五人までだ」

 加持からの通信に、冬月は疲れ切った声で答えるのだった。

 

 

~そんな事はつゆ知らず~

 

 第一中学校の教室では、シイがケンスケとヒカリに本部の入館許可証を手渡していた。

「はい、これで本部に入れるよ」

「ありがとうシイちゃん」

「おぉぉ、こ、これがゼーゲンのパス。……写真撮っても良いかな?」

 職員が持つIDパスとは違う、白地に名前と顔写真が着いただけの臨時カードだったが、それでもケンスケにとっては宝物に見えるのだろう。

 事実一般人がこれを貰うには、相当な理由と長い月日が必要なのだから。

「ふふ、問題無いと思うよ」

「そんなカードで喜ぶなんて、ホント馬鹿ね」

 呆れるアスカだったが、彼女にもケンスケの気持ちが少しだけ理解出来る。この中で誰よりもエヴァとネルフに憧れ、しかし最後まで直接関わることが出来なかった。

 だが今回はシイの誕生会に参加する為とは言え、本部へ立ち入ると言う望みが遂に叶うのだから。

「にしても、本部でやるって聞いた時は、ホンマ驚いたで」

「私も驚いたけど、リツコさん達も参加してくれるって言ってくれて」

「……家では狭すぎるもの」

 この時点でシイ達は、詳しい話を聞いていなかった。なので精々顔見知りの職員達が、数名参加してくれるのだと思っていた。実際には参加者が百名を超える、大規模なパーティーに変貌しているのだが。

「ところでシイさん。君は何か欲しい物があったりするかい?」

「何よあんた。まだプレゼント買ってないの?」

「二つに絞ってはいるんだけどね。やはり喜ばれる物を贈りたいだろ」

「ありがとう。でも前に言ったけど、本当に何でも嬉しいの。だって今まで誕生日なんて……」

 すると今まで笑顔だったシイの表情が陰る。

「……祝って貰えなかったの?」

「ううん。ちゃんとおめでとうって言ってくれたよ。でも私の誕生日が来ると、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、お父さんとお母さんの事を思い出しちゃうみたいで」

 碇家の祖父母はシイを溺愛していた。当然誕生日を祝いたかったのだろうが、ユイを奪ったゲンドウへの憎しみが邪魔をしてしまい、素直にシイを祝福出来なかった。

 シイに全く非は無いのだが、結果として食事が豪華になる以外は普段通りの、ケーキやプレゼントと無縁の誕生日を、十年近く送ることになった。

 

「話には聞いてたけど、あんたんとこの人達は、相当司令の事を恨んでるのね」

「うん。この間お祖母ちゃんから、お母さんとレイさんと一緒に、顔を見せに来いって言われたけど」

「……司令は絶対に家に入れないって」

 碇家からすれば、ゲンドウはユイを殺した張本人。それはユイがサルベージされた今も変わっていなかった。意固地になっている面もあるのだろう。

「そらまた、えらい難儀な話やな」

「お母さんは怒っちゃって、お父さんと一緒じゃなきゃ絶対に行かないって」

 ユイにとって、ゲンドウは愛すべき夫だ。レイを養女にした事と、自分のサルベージの報告をしたくとも、夫を否定されて黙って居られる訳が無い。

 両者の関係は、修復不能に近いほど拗れてしまっていた。

 

「部外者が口を挟める問題では無いけど、一つだけ言わせて欲しい」

「カヲル君?」

「シイさんはどうしたいんだい?」

 赤い瞳で真っ直ぐ見つめられ、シイは暫しの間自分の気持ちを確かめる。

「私は……やっぱりお父さん達とお祖父ちゃん達に、仲良くして欲しい」

「ふふ、ならそうなるように努力すれば良い。大切なのはその人が何をしたいのか、だからね」

「……無責任」

「かも知れないけど、何もしないで後悔するシイさんの姿を、僕は見たく無いのさ」

 人は自分の選んだ道を後悔ない為に、精一杯生きる。例えそれが間違った選択でも、自分で選び全力を尽くした結果ならば、受け入れる事が出来るだろう。

 それは以前、シイが悩めるカヲルに向けて言った言葉。シイが使徒とゼーレとの対決の中で、自分の支えとしていた信念だった。

 

「……ありがとうカヲル君。何が出来るか分からないけど、私なりに頑張ってみる」

「ふふ、それで良い」

 瞳に決意の色を宿したシイに、カヲルは心底嬉しそうに微笑む。決して絶望せずに前を見続ける事、それが彼が好意を抱く碇シイの本質であり魅力だった。

「へぇ~あんたにしちゃ、まともな事言うのね」

「だね。渚ってこう言う事に、あんまり口出ししないタイプだと思ってたよ」

「ちょっと意外かも」

 褒めているのか微妙な言葉を、アスカ達は口々にカヲルに向ける。

「まあ、本来は部外者が口出す事でも無いけど……あながち無関係でも無いからね」

「どう言う事や?」

「将来的には、僕も碇カヲルにぃぃぃぃ」

 背後に忍び寄ったレイに思い切り手首を捻られて、カヲルは苦痛に表情を歪める。誕生日の一件以来、比較的カヲルへの制裁が甘くなったレイだが、シイに関しては見逃してくれないらしい。

「れ、レイさん。駄目だよ」

「……不穏分子の殲滅が、私の使命だから」

「でも、カヲル君何も悪いことしてないし……」

「……未然に防ぐ事が大切なの」

(い、碇家か……一度キールに話をしておこうかな。……これをどうにかした後に)

 カヲルは痛みに耐えながら、何とかシイの助けになれないかと思考を続けるのだった。

 

 

~一抹の不安~

 

 誕生会前日の夜、加持は疲れ切った様子で家へと帰ってきた。

「お帰り。随分と忙しかったみたいね」

「ああ。明日は重要人物がこぞって本部に来るからな、警備計画で相当揉めたよ」

 日本政府の高官だけでなく、各国の要人達も誕生会への参加を求めてきていた。万が一何かが起これば、ゼーゲンの責任問題になるだろう。

 保安諜報部と警備隊には、万全の警備態勢が求められていたのだ。

「お疲れ様。それにしても、シイちゃんの人気を改めて思い知らされるわね」

「……ま、一部の人間は素直に祝いに来るんじゃ無いだろう」

 シャツを脱いで部屋着に着替える加持は、少し不機嫌そうに呟いた。

「彼女がゼーゲンの次期総司令になるって事は、ほとんどの人間が知ってるからな」

「コネ作りって訳?」

「ああ。そして実質ゼーゲンを纏めている碇本部司令にも、良い印象を与えたいんだろうさ」

 勿論純粋にシイを祝いたいと言う人間が大多数だろう。だが一部には加持の言うとおり、ゼーゲンと深い繋がりを持ちたいと考える者達が、下心を出して参加するのも確かだ。

 政治の世界では当たり前の事だろうが、ミサトは不快感を隠せない。

「シイちゃんを大人の都合に巻き込むのは、ちょっち嫌ね」

「遅かれ早かれ、彼女はそう言う世界に足を踏み入れるさ。それに悪いことばかりじゃ無い」

「どう言う事?」

「直接彼女と触れ合った彼らがどうなるか、見物だと思わないか?」

 加持の言葉の意図を察し、ミサトは苦笑を浮かべる。シイにはユイ譲りの人を惹き付ける魅力があり、それは老若男女を問わない。あのゼーレですら、シイには骨抜きにされてしまったのだから。

 取り込むつもりが、取り込まれていたと言う事も十分あり得るだろう。

「そんな訳だから、そっちの方はさほど心配いらないさ」

「そ~ね。って、他に何か心配事があるの?」

「……シイさんの個人データ、簡単なプロフィールは参加者のほとんどが入手してるからな」

「大した情報なんて載ってないわよ?」

「杞憂で終わってくれれば良いんだが……」

 加持が何を心配しているのか分からず、ミサトはただ首を傾げる事しか出来なかった。

 

 夜は更け朝日が昇り、約束の時はやってきた。

 

 

 




遂にシイの誕生日がやってきました。……後日談をこれだけやって、まだ四ヶ月弱しか時間が流れていないことに、自分でも驚いています。

とんでもない事になりつつあるシイの誕生日。
果たして彼女は無事、十五才を迎える為の試練に打ち勝てるのか?

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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