エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《加持リョウジと加持ミサト》

 

~新たな夫婦の門出~

 

 第三新東京市から少し離れた海辺の教会。そこで今日、一組の男女が夫婦としての門出を迎えようとしている。

 雲一つ無い青空の下で加持リョウジと葛城ミサトの結婚式は、着々と準備が進められていた。

 

「まさか私が受付をやるなんて、想像だにしなかったわ」

「ははは、良いではないですか。貴方は新郎新婦両方の親友ですからね」

 教会脇にある建物、そこは参列者の控え室として用意されており、入り口には礼服姿のリツコと時田が、受付役として待機していた。

「それに貴方の結婚式では、葛城さんが受付役をやると言ってましたよ」

「……遠回しな嫌味ね、それ」

 結婚相手どころか恋人すら居ないリツコには、ミサトの言葉は皮肉たっぷりに聞こえた。勿論ミサトにはそんなつもりは欠片も無いのだろうが、どうしても素直に受け取れない。

「赤木博士ほどの美人なら、いくらでも相手は居るでしょう」

「残念だけど過去も今も、そして未来にもそんな男性は存在しないわね」

「ふむ、世の男達は見る目がありませんね」

 本来ならばこうした話をリツコは好まない。だがこの場に二人しか居ない今、このまま無言で過ごすよりはましかと、時田の軽口に付き合っていた。

「時田博士こそ、再婚は考えませんの?」

「ご縁があればと思っていますが、何せ科学者の妻になろうと言うご婦人は、そうは居ませんので」

 個人差はあるだろうが、科学者は自分勝手な生き物だと時田は自覚している。研究の為に家を空ける事も多く、どうしても家族を二の次に考えてしまう。

 世間一般で言う幸せな家庭を築く事は、なかなかどうして難しい職業だった。

「よほど理解があるか、同業者か。どちらにしてもご縁は少ないでしょう」

「それに関しては同意します」

 しみじみと頷くリツコ。そんな話をしている間に、最初の参列者が姿を見せた。

 

「あら、赤木博士に時田博士。受付役お疲れ様ですわ」

「……ご苦労」

 礼服を身に纏った碇夫妻がリツコ達へと近づいてくる。何度見ても二人並んでいる姿に違和感を覚えるが、これで仲睦まじい夫婦だと言うのだから、世の中分からない。

「お疲れ様です司令、ユイさん。こちらにご記帳をお願いします」

「ああ」

「シイさん達は別行動ですか?」

「ええ。あの子達は友達と一緒に来るわ」

 時田の問いかけに記帳を終えたユイが答える。二人は新郎新婦の手伝いをする為、他の面々よりも大分早い到着となっていた。未婚者の多いゼーゲンにあって、ゲンドウ達の存在は貴重なのだ。

 二人は挨拶もそこそこに、式の準備をするために加持とミサトの元へ向かった。

 

 

 それから暫くすると、結婚式の参列者達が姿を見せ始める。リツコと時田はそれぞれの能力を無駄遣いして、テキパキと丁寧に受付業務をこなしていく。

 ナオコとキョウコの母親組。日向、青葉、マヤのオペレーター組。シイ、レイ、アスカ、カヲル、トウジ、ヒカリ、ケンスケの子供組と、顔なじみの面々も続々と受付を済ませていく。

 そんな中、黒塗りの高級車が教会の前に停車した。運転席から降りてきたスーツ姿の男が、恭しく後部座席のドアを開ける。

「到着致しました」

「……うむ」

 ゆっくりと車から降りてきたのは、キール・ローレンツだった。

「ちょ、ちょっと、あの人って……」

「ええ。ゼーレのキール議長ですね。私も直接見るのは初めてです」

 護衛の男を引き連れて、受付に近づいてくるキールに、リツコも時田も緊張を隠せない。世界を裏で操っていたゼーレのトップが、まさかこんな場所に現れるとは予想出来なかった。

「受付を頼む」

「は、はい」

「そう緊張する必要も無い。今ここに居るのは、ただの老人なのだから」

 バイザーを着けている時点で、ただのでは無い気もするのだが、キールからは言葉通り、周囲を威圧する雰囲気を纏っていなかった。

「失礼ですが、キール・ローレンツさんですよね?」

「ほう、私の事を知っているのか。君もネルフの人間か?」

「技術局の時田と申します。重ねて失礼しますが、新郎新婦とはどういったご関係で?」

「加持の元上司、葛城博士の協力者、そんな所だ」

 ゼーレの元スパイである加持にとって、キールは確かに上司だったとも言える。また葛城調査隊はゼーレによって援助と情報操作を受けていた為、ミサトの父親の協力者と言うのも間違いでは無い。

 善し悪しはともかくとして、キールも加持とミサトの関係者なのだ。

「ですがキール議長。貴方はお忙しいのでは?」

「仕事は他の議員達に押しつけてきた」

「そ、それは流石に……」

「良い。全てはこれで良い」

 何故か満足げにキールは何度も頷きながら、控え室へと姿を消していった。

 

 

 教会に集まった参列者達の前に、花婿の加持が姿を見せる。無精髭をさっぱりと剃った加持は、普段よりも若く凜々しく見えた。

 そんな彼の元に、純白のウエディングドレスを纏ったミサトがやって来る。シイとレイに裾を持って貰いながら、一歩ずつ祝福の拍手が響くウエディングロードを歩く。

 やがてミサトは、差し出された加持の手を取り、二人並んで神父から祝福を受ける。

 指輪の交換と誓いのキスが終わる時には、ミサトの目からは大粒の涙が溢れていた。そんな幸せの涙を、加持が優しく指で拭う。

 新たな夫婦の誕生に、参列した面々は心からの祝福を浴びせるのだった。

 

 

 そして、その時は訪れた。

「ほらほらりっちゃん、前に行きなさい」

「先輩、進路クリアです。最前列に移動して下さい」

「リツコさん。頑張って」

「まあ今回だけは、あんたに譲るわ」

「……最後のチャンス」

 教会のドアの前で、新郎新婦が出てくるのを待ち構える一同。リツコは女性陣のサポートを得て、その最前列にポジションを取ることが出来た。

「お願いだから……優しくしないで」

 ブーケトスを前に全員から気を遣われたリツコは、そっと涙を流した。

 

「みんな~お待たせ~。じゃあお待ちかねの、ブーケトス行くわよ~」

 すっかりいつものノリに戻ったミサトが、右手に持ったブーケを高々と掲げる。古来より花嫁からブーケを受け取った未婚の女性が、次の花嫁になると言われていた。

 リアリストのリツコは迷信だと鼻で笑うが、それでも折角だからと受け取る気満々で身構える。

「葛城、分かってると思うが、くれぐれもりっちゃんを狙うんだぞ」

「勿論よ。私は射撃だけは得意なの。てりゃ」

 ミサトは後ろ向きになって、参列者達へとブーケを放り投げた。それは彼女の狙い通り一直線にリツコの元へと向かって……いたのだが、突然の突風で煽られ、何故か離れた場所に居たヒカリの手に舞い降りた。

 手を上に伸ばした姿勢で固まるリツコに、誰一人声を掛けられない。非常に気まずい沈黙を打ち破ったのは、教会から遅れて出てきたユイだった。

「うふふ、大丈夫よ。こんな事もあろうかと、ブーケを沢山用意したから」

「さっすがユイさん。んじゃ、乱れ打ちよ~」

 天の助けとミサトは、ユイが用意した大量のブーケを次々に放り投げる。女性参列者の数と同数用意されたブーケは、青空を覆い尽くしながら舞い降りていく。

 マヤに、アスカに、レイに、シイに、その他女性職員達にブーケが舞い降りる。だが……何故かリツコの手には一つも届くことは無かった。

 

 絶望に打ちひしがれるリツコ。そんな彼女の元にレイがそっと歩み寄る。そして手にしたブーケを、リツコへと手渡した。

「レイ?」

「……私よりも、赤木博士の方が必要ですから」

「貴方って子は……」

 慈しむように、渡されたブーケを抱きしめるリツコ。気づけばリツコの周りには、ブーケを手にした女性達が集まり、全員がリツコにブーケを譲った。

 両手一杯のブーケは、リツコに胸一杯の暖かな心を与えるのだった。

 

「ええ光景やな。友情ってのはええもんや」

「でもみんな優しいね。折角貰ったブーケをあげちゃうなんてさ」

「ふふ、ブーケの話自体が迷信に近いからね。他の女性達は、それ程焦ってないって事なんだろう」

 少年三人の会話は幸いにして、リツコの耳に届くことは無かった。真実がどうであれ、水を差すのは野暮というものだろう。

 花に包まれて微笑むリツコは、花嫁に勝るとも劣らない輝きを放っているのだから。

 

 生物として不完全な人間だからこそ、次の世代へとバトンを繋ぐ事が出来る。

 恋をして、結婚をして、子供が生まれ、育ち、また恋をして……。永遠に続く生の螺旋。

 この星が愛に満ちている限り、それは終わることは無いだろう。

 人は愛を紡ぎながら、歴史を作るのだから。

 




エヴァンゲリオンはじめました、完。……嘘です。

加持とミサトの結婚は、大きな希望をシイに与えます。彼女がゲンドウと話した未来へのバトンを、ハッキリと形にしましたので。

この後の披露宴を終えれば、結婚狂騒曲は幕を降ろします。
そろそろやり残しを片付け始めましょうか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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