~ウエディングスタンバイ~
翌朝、加持とミサトは碇家を訪問し、結婚の報告を行った。朝食中だった碇家の面々は、突然の報告に驚きこそしたものの、直ぐさま二人の結婚を祝福する。
仲睦まじいミサトと加持を見ていて、いずれはこうなるだろうと思っていたのだ。
「うふふ、とってもおめでたい事だわ」
「ああ。ゼーゲンの総力をもって、君達の門出を祝おう」
「おめでとうございます、ミサトさん、加持さん」
「……おめでとう」
とりわけ二人の結婚を喜んだのはシイだ。家族として暮らしていた女性が、思い人と結ばれる。それは彼女にとって本当に嬉しい事だった。
「ミサトさん……本当におめでとうございます」
「うん。ありがとうね、シイちゃん」
歩み寄ってきたシイを、ミサトは優しく抱きしめる。だが不意に、シイが不思議そうに眉をひそめた。
「あの、ミサトさん。ひょっとして赤ちゃんいます?」
「「!!??」」
「な、ななな、何を言い出すの!?」
身に覚えが無いと言えば嘘になるが、それでも現在の所ミサトに妊娠の兆候は出ていない。突然の指摘に、ミサトは思い切り動揺を見せる。
「ミサトさんのお腹、前よりも出ているから……あっ!」
「ふ、ふふふ」
時既に遅し。シイが失言に気づいた時には既に、ミサトの額には血管が浮き出ていた。そのままミサトはシイの頭に手を乗せると、思い切りわしゃわしゃと力任せに撫でる。
「うぅぅ、ごめんなさい。つい本音が……うぅぅぅ」
「シイちゃん、私から一つアドバイスね。発言はオブラートに包みましょう。良い?」
「ご、ごめんなさいぃぃ」
二人のじゃれ合いを、ダイニングの面々は微笑ましく見守って居た。いつの日かミサトがこんな風に、自分の子供と触れ合う日が来るのだろうと思い描いて。
シイとレイが登校した後、加持達は碇夫妻に色々なアドバイスを貰っていた。何せ身の回りに既婚者が少なく、夫婦揃っているとなると、本当に一握りしかいない。
結婚式の段取りから夫婦生活まで、ゲンドウとユイは若い二人に親身になって付き合った。
「それと、実は司令にお願いしたいことがありまして」
「私にか?」
「はい。俺達の仲人を頼めないでしょうか?」
結婚していて、かつ幸せな家庭を築いており、加持とミサト共通の上司。ゲンドウは仲人としての条件を満たしている、希有な人材だった。
「あらあら、この人で良いの?」
「ええ。司令以外に適当な人が居ないので。どうでしょう?」
「……ふっ、問題無い。私に任せておけ」
ニヤリと笑うゲンドウ。見た目はあれだが、内心は相当喜んでいるようだった。そんなゲンドウの姿に、ユイとミサトは苦笑しながら頷き合う。
「台無しにならないように、私がちゃんと手綱を握るから安心して」
「助かります」
「では俺達はこれで。色々と準備がありますから」
「そうね。何か手伝える事があったら、直ぐに言って頂戴。この人を貸し出すから」
「ユイ!?」
「あ、あはは、お気持ちだけ頂いておきます」
「また相談に伺います。では」
ショックを受けているゲンドウをひとまず置いて、ミサトと加持は碇家を後にした。
第一中学校の教室では、アスカ達が加持とミサトが結婚するとシイから伝えられていた。だがアスカのリアクションは、想像していたよりも軽い物だった。
「ふ~ん」
「あれ、アスカは驚かないの?」
「ま、予想してたしね。てか同棲してたんだし、やっとかってのがみんなの本音じゃ無い?」
アスカの言葉に、トウジ達も賛同するように頷く。若い男女が同棲していて、そのまま結婚すると言われても、さほどの驚きは無かった。
「にしても、加持の兄さんも遂に腹くくったんやな」
「結婚は人生の墓場って言うしね」
「はぁ。ホント男子って、ロマンの無い事いうのね」
ため息をつくヒカリに、クラスに居た夢見る乙女達が力強く頷いて賛同する。中学生には結婚はまだ遠い未来の事であり、そこに夢を持つのも当然だろう。
「ふふ、結婚か」
「カヲル君も興味あるの?」
「勿論さ。愛し合う男女が結ばれる。それはどんな生物であっても、祝福される事だよ」
「ふ~ん。あんたにしちゃ、まともな事言うのね」
アスカの皮肉にも、カヲルは微笑みを浮かべるだけ。それはまるで自分には手の届かない宝物を、羨ましそうに見つめている様にも見えた。
「式は挙げるのよね。きっと葛城さんは、ウエディングドレスが似合うと思うわ」
「ミサトはスタイル良いからね。黙ってりゃそれなりに美人だし」
葛城ミサトと言う女性は、一般的に美人の部類に入るだろう。家族の前でしか見せないだらしない姿に目をつぶれば、加持とミサトは美男美女のカップルに間違い無い。
「そうだね。でもちょっとお腹が出てたけど……」
「……アスカと同じ」
「な、何ですってぇぇぇ」
襲いかかるアスカをレイは軽々と避ける。そして一瞬の隙をついてアスカの手首を掴むと、流れるような動きでギリギリと間接を締め上げた。
日々洗練されていくレイの技術に、クラス中から感嘆の声があがる。
「かぁ~。相変わらず見事な手並みやな」
「うんうん。ビデオの撮り甲斐があるってもんだよ」
「はぁ。相変わらずなんだから」
「二人とも仲良しさんだよね」
クラスメイトもすっかりこのやり取りになれてしまったのか、騒ぐこと無く苦笑を浮かべている。本気で喧嘩している訳では無いと、誰もが分かっているのだ。
「っったく、いい加減離しなさいって~の。あんたね、こんなんじゃ嫁のもらい手が無くなるわよ」
「……私は結婚しないわ」
「はぁ? じゃあ何? あんたずっと一人で居るつもり?」
「……シイさんと一緒」
さらっと答えるレイに、アスカは呆れたようにため息をつく。幾ら仲の良い姉妹と言えども、シイが結婚してしまえば、一緒に居ることは難しいだろう。
「あんたね……シイが結婚したら、あんたは一人になっちゃうのよ?」
「……結婚すると思う?」
レイの言葉にアスカだけでなく、その場にいた全員がシイに視線を向ける。だが残念ながら、シイが結婚する姿を想像出来た者は、誰一人として居なかった。
「ひ、否定できないのが怖い所ね」
「まあシイの場合、状況的にもちょいときついで」
シイは将来、ゼーゲンの長として働く事を約束されている。そんな立場になれば、結婚も容易ではないだろう。考えれば考えるほど、シイが結婚するという可能性は低くなっていく。
「えっと、ひょっとして私、凄い可哀相な子みたいに思われてる?」
「ふふ、心配無いよ。君の為なら僕は何時でも、ウエディングドレスを用意してみせるからね」
「カヲル君はお裁縫得意なんだね」
割と直接的なアプローチだったのだが、あえなく撃沈してしまい、カヲルは軽くショックを受ける。このやり取りからも、立場等関係無くシイは結婚しないだろうと、みんなが何となく察した。
加持とミサトが結婚する。そのニュースは瞬く間に、ゼーゲン全体へと広がっていった。使徒との戦いが終わった今、ほとんどのスタッフが功労者である二人の結婚を素直に祝福する。
そんな中、一人の男だけが静かに涙を流していた。
「……葛城さん……お幸せに……」
「日向さん。今日は飲みましょう。俺奢りますよ」
「そ、そうですよ」
「しゃきっとしなさい日向二尉。技術局の若い子も連れて行ってあげるから」
「マジっすか!?」
リツコの慰めに反応したのは青葉だった。長髪を振り乱して、わりと本気にリツコの提案に食いつく。
「はぁ。貴方が喜んでどうするの?」
「……不潔」
「やれやれ。青葉は減給だな」
「ちょ、ちょっと待って下さいって」
冷たい視線を向けられ、青葉は焦りながらも必死に反論する。
「俺はただ、日向さんを少しでも元気づけようと……」
「良いんだよ青葉。ありがとう。葛城さんが幸せなら、俺はもう十分だから」
涙を拭いて眼鏡をかけ直した日向は、何処かすっきりとした表情に変わっていた。思いを伝える事も無かった恋心だったが、彼の中では整理が付いたのだろう。
そんな心の強さを見せた日向に、一同は頼もしさを感じていた。
「これからはシイちゃん一筋で…………ぐぶぅ」
上がった株は一瞬でストップ安まで下降した。その場に居た全員にボコボコにされた日向は、力なく発令所の床に転がされる。
「冗談は時と場所をわきまえて欲しいわ」
「全くです」
「……シイ君の伴侶となる男は、生半可な者には務まらんよ」
しみじみと呟く冬月。静かな口調だったが、重みのある言葉だった。
「ですわね。まず父親があの碇司令ですし」
「お母さん……姑がユイさんですよね」
「んで、小姑としてレイも居ると」
「「…………」」
全員が何となく察した。シイはきっと、多分、恐らく、結婚できないんじゃ無いかと。
そうして月日は流れ、加持とミサトの結婚式の日を迎える。
加持とミサトの話の筈でしたが、何だかシイの話になってますね。まあシイとレイ、カヲルの三人は結婚しなそうですが……後ケンスケも。
ミサト結婚編は後二話の予定です。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。