エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《祝福の日(後編)》

~レイ、逃げ出した後~

 

 物音に気づいたゲンドウ達が慌ててレイの部屋に入ると、倒れているシイとその手に握られていた手紙を見つけた。二人はシイを介抱しながら、己の甘さを悔いる。

「……これ程思い詰めていたとは」

「私のせいです。相談を受けていたのに、何も答えられなかったから」

「それは気づかなかった私も同罪だ」

 ゲンドウはユイの肩を軽く叩くと、直ぐに携帯電話を取りだして連絡を行う。

「私だ。レイの居場所は分かるか?」

「申し訳ありません。司令の家を出て直ぐに、監視をまかれました。現在、所在不明です」

「……分かった」

 ゲンドウは携帯電話をしまいながらため息をつく。優しい気持ちから始まった出来事は、すれ違いの末に最悪の状況に向かっていた。

(……問題無い。この程度のトラブルを乗り越えられずに、何が家族だ)

 ゲンドウはかけていないサングラスを直す仕草をすると、事態の収束に向けて動き出すのだった。

 

 

~レイとカヲル~

 

 レイが碇家から姿を消してから、大体半日ほどが過ぎた。太陽が第三新東京市を明るく照らす中、レイは第一中学校の教室に一人立ち尽くす。

(ここも……もう来る事は無いのね)

 多くの思い出を貰った場所。シイとアスカ、友人達との優しい記憶が詰まった教室。レイが名残惜しむように机を軽く撫でていると、不意に彼女へ声が掛けられた。

「やれやれ、随分と感傷的なんだね」

「……何しに来たの?」

「それはこっちの台詞だよ」

 敵意むき出しのレイに、カヲルはおどけつつも真剣な視線を向ける。

「書き置き一枚で失踪。ちょっと酷いんじゃ無いかな?」

「……貴方には関係無いわ」

「でもシイさんにはあるだろ?」

「…………もう関係ないもの」

「それは冗談で言ってるのかい? もし本気なら……流石に僕も怒るよ」

 教室の入り口から窓際のレイへと歩み寄るカヲル。普段は穏やかな彼にしては珍しく、その顔や声色にはハッキリと怒りの感情が表れていた。

「何故僕がここに来たのか……分かるかい?」

「……知らない。興味無いもの」

「シイさんに頼まれたからだよ。君に謝りたいから、どうかもう一度会わせて欲しいとね」

 カヲルの言葉にレイの表情が驚愕に歪む。自分を嫌い、避けていた筈のシイが、もう一度自分に会いたいと言うなんて思いもしなかった。

「彼女から許可を貰ってる。今ここで全てを話そう」

 

 

 カヲルから全てを聞いたレイは、呆然とした表情で椅子に座り込んでしまう。全身が震え、自分の足では立っていられなかった。

「無自覚とは言え君を傷つけた事は事実だ。シイさんも深く反省している」

「…………」

「ただ彼女の行動は君への好意から。それだけは信じて欲しい」

 嘘では無い。それはカヲルの目を見れば分かる。分かるからこそ、今のレイにはシイを信じられなかった自分に対する、罪悪感が溢れかえっていた。

「……私は、シイさんの隣に居る資格が無いわ」

「それを決めるのは君じゃ無い。シイさんだ。そしてシイさんは君を待っている」

「……シイさんは私を許してくれるの?」

「それを決めるのもシイさんだね。まあ、直接会って聞けば良いさ。僕はあくまでお手伝いだから」

 カヲルはあくまでレイを連れ戻すだけ。後は本人同士で解決する問題なのだから。

「気持ちの整理がついたのなら本部へ行くよ」

「……本部?」

「碇家はパーティーの準備中だからね」

 今回の一件。ユイはシイの友人達には、カヲルの除いて伝えていなかった。なので今頃碇家では、アスカ達が飾り付けや料理の準備で動き回っているだろう。

 全てはレイのために。レイの笑顔のために。

「……分かったわ」

 レイは瞳の奥に熱い何かを感じながら、カヲルに頷くのだった。

 

 

~父親と娘~

 

 ゼーゲン本部の司令室で、ゲンドウとレイは二人きりで向かい合っていた。冬月とカヲルは気を遣って席を外している。

 無言で見つめ合う二人だったが、やがてゲンドウはレイに近寄ると、優しくその身体を抱きしめた。

「……司令?」

「あまり親に心配をかけるな」

「……はい。すいません」

「お前の不安に気づけなかった、私達にも落ち度がある。すまなかった」

 シイとユイに抱きしめられた事はある。だがこうしてゲンドウに抱擁されたのは、記憶にある限りでは初めてだった。母や姉とは違う大きく力強い温もりが、レイの心に安心を与える。

「レイ、これだけは憶えておいてくれ。私達は家族だ」

「……はい」

「そして家族はどんな時でも味方だ。例え世界中が敵になろうとも、私達はお前の味方だ」

「……はい」

「お前がシイを守る様に、私とユイがお前を守る。だからもっと……頼ってくれ」

 父親からの言葉に、レイは抱きしめ返す事で了承の意を表した。

 

 

~姉と妹~

 

「どうやら解決した様だな」

「ああ。渚にも世話になった」

「ふふ、お気になさらずに。お父さんの頼み、断れる筈がありませんよ」

 図に乗ったカヲルの発言に、ゲンドウとレイは悔しそうな顔をする。今回は相当借りを作ってしまったので、いつも通り実力で黙らせる事が出来なかった。

「さっきユイさんから連絡があったよ。もう準備は出来たから二人を連れて来て、との事さ」

「分かった」

「……シイさんは何処に?」

 不思議そうに尋ねるレイに、ゲンドウは言いづらそうに視線を逸らす。

「う、うむ。シイは今、ゼーゲン中央病院に居る」

「っっ!?」

「ふふ、そう心配する事は無いさ。僕も今朝会ったけど、軽い怪我だからね」

 落ち着かせようとするカヲルの言葉だったが、レイの耳にはシイが怪我と言う単語だけが残る。自分が居ない間に何があったのかと、レイはゲンドウに説明を求めた。

「シイは、だな。お前の手紙を見てショックから意識を失った。そして今朝目覚めて直ぐ、お前を探しに行くと家を飛び出そうとして……玄関で盛大に転んだ」

「……え?」

「右足首捻挫に左膝の打撲。手と顔に多少の裂傷もあるが、いずれも軽傷だ」

 本来なら家で安静にしているべきなのだが、シイはレイを探しに行くと言って聞かなかった。パーティーの準備を手伝うことも出来ないので、ゲンドウが治療と身柄確保の為に病院に連れ込んだのだ。

 

「何を言っても聞こうとしないので、やむを得ず渚に手助けを求めた」

「僕が必ず君を連れてくるからと説得して、ようやく落ち着いてくれたんだ」

「……私のせいで」

「どう受け止めるかは自由だが、少なくとも今の君の顔を見て、シイ君は喜ばないと思うね」

 落ち込むレイを冬月がさりげなく励ます。内罰的なのが悪いとは言わないが、それも度を過ぎれば悪癖に変わる。今回の件については、レイだけに責任がある訳では無いのだから。

「これからシイを迎えに行く。冬月、後を頼む」

「ああ。ユイ君によろしくな。それとレイ……誕生日おめでとう」

「……ありがとうございます」

 冬月に見送られて、三人は司令室からゼーゲン中央病院へと向かうのだった。

 

 

 シイの病室に辿り着くと、ゲンドウとカヲルはレイだけを入室させる。今回の一件を解決させるには、二人だけの時間と場所が必要だと考えたからだ。

 恐る恐る病室の中に入ったレイは、ベッドの上で不安げに膝を抱えているシイの姿を見て、表情を曇らせる。彼女の右足首に包帯が巻かれ、顔と両手には沢山の絆創膏とガーゼが貼られていた。

「……シイさん」

「れ、レイさん!?」

 入り口に立っているレイを見て、シイはベッドから飛び降りて駆け寄ろうとする。だが、捻挫している右足を思い切り踏みしめてしまい、痛みからバランスを崩し、床に盛大に倒れ込んだ。

「シイさん、大丈夫?」

「うぅぅ……」

 レイは倒れたシイに駆け寄り、身体を抱き起こす。

「ありがとうレイさん」

「……気にしないで。貴方が怪我をしたのは、私のせいだから」

「転んだのは私がドジだからだよ。それにレイさんを傷つけたのは私だもん」

 レイがシイの背中を抱き起こしているので、二人は至近距離で見つめ合う。

「……ごめんなさい。私、レイさんの気持ちを考えないで、酷いことしちゃってた」

「……私もごめんなさい。勝手に勘違いして、貴方を疑ってしまったわ」

「これからも、一緒に居てくれる?」

「……これからも一緒に居たい」

 傷だらけのシイの身体をレイは優しく包み込む。シイは久しぶりに感じるレイの温もりの中、小さな声でお願いをする。

「あのね、一つだけレイさんにお願いがあるの」

「……何?」

「私は自分で何も出来無い子供だから、レイさんに愛想尽かされちゃうかもしれない。でも、でもね、お願いだから……黙って居なくならないで」

 胸に抱きしめたシイの顔から、涙が流れているのが分かった。自分の無配慮な別れの言葉が、彼女を深く傷つけたのだとレイは改めて自覚する。

「……ええ。約束するわ」

 小さなすれ違いから始まった一件は、二人の絆を一層深く結びつけて幕を降ろすのだった。

 

 

 

~初めての誕生日会~

 

 ゲンドウが運転する車でシイ達三人は、碇家へと戻ってきた。見事に装飾された室内と豪華な料理が、誕生日の主役の到着を華々しく出迎える。

「おかえりなさい、あなた、シイ。そして……レイ」

「……はい。ご迷惑をおかけしました」

「心配はしたけど、迷惑なんかじゃ無いわ。貴方は娘で、私は母親なんだから」

 レイをそっと抱きしめるユイ。もうシイとのすれ違いは解消したと聞いていたので、あえて掘り下げる事はせずに、無条件に彼女を受け止める。

「さあ。もうみんな待っているわ。主役の到着を、ね」

「……はい」

 ユイの言葉通り、リビングにはアスカを初めとする友人達と、隣人のキョウコと加持、ミサトの姿があった。全員がクラッカーを手にしており、パーティーの始まりを今か今かと待ちわびている。

「おっそ~い。主役が遅れてどうすんのよ」

「まあまあ。今日はレイの誕生日なんだからさ」

「そやで。にしても……シイは酷い有様やな」

 レイに肩を借りてピョコピョコと歩くシイを見て、参加者達は表情を曇らせる。転んで怪我をしたので準備に参加出来ないと聞いていたが、予想以上の状態だった。

「あ、あはは。ごめんね、準備を手伝えなくて」

「それは気にしなくて良いの。けど大丈夫なの、シイちゃん?」

「うん。全然平気だよ」

 グッと握り拳をつくるシイ。正直な所痛みはかなり残っているが、折角の誕生会に水を差す事は無いだろう。シイはレイの手を借りて、事前に用意してくれていた座椅子に腰を下ろす。

 それに続いてゲンドウとレイ、カヲルも席に着き、主役と参加者が全員揃った。

 

「……ほら、あんたが発起人なんだから、挨拶しなさいよ」

「う、うん。えっと座ったままで失礼します」

 アスカに脇腹を小突かれ、シイは緊張した面持ちで一同に言葉をかける。

「本日はレイさんの誕生会をしたいという、私の我が儘に協力して下さり、ありがとうございます。私の大切なお姉さん……みたいな妹が生まれたこの日を、みんなで祝って貰えたら嬉しいです」

 シイの挨拶に参加者は揃って微笑みながら頷くと、そっと手に持ったグラスを掲げる。

「それでは、碇レイさん。誕生日おめでとう」

「「おめでとう」」

「……ありがとう」

 グラスが重なる音が響き、レイの生まれて初めての誕生会が始まった。

 

 

~そしてもう一人~

 

 賑やかな雰囲気の中、テーブルの上に誕生ケーキが運ばれてきた。だがそれを見たシイは、不思議そうに首を傾げる。

「あれ? どうして二つあるの?」

「おかしくないやろ。何せ今日は、レイとユイさん、二人の誕生日やからな」

「あ、そうなん……えぇぇ!!」

 さも当然と答えたトウジに、シイは驚きの声をあげた。慌てて周りを見回せば、自分以外の全員は知っていたのか、寧ろ知らなかったのかと不思議そうな視線を向けている。

「あんた、まさか自分のママの誕生日を知らなかったの?」

「うぅぅ……うん」

 アスカの言葉にシイは申し訳無さそうに俯いてしまう。自分の親の誕生日を知らないのは、流石に言い訳出来なかった。父親であるゲンドウの誕生日は知っているのだから。

「ま、まあ君の場合、事情が事情だからな」

「ユイさんが初号機に取り込まれたのは、まだシイちゃんが小さい頃だし」

「ん~でもお友達はみんな知ってたのよね~」

 折角加持とミサトがフォローを入れたのに、キョウコがそれを台無しにしてしまう。アスカは母親から、トウジ達は誕生会への参加を加持達に頼んだときに聞いていた。

 当然シイも知っていると思っていたため、あえて伝える事は無かったのだが。

 

 何とも言えぬ空気がリビングに漂う。一同は少し緊張した様子でユイの様子を伺うが、ポーカーフェイスの彼女からは感情の変化を読み取れない。

 ただ娘が自分の誕生日を知らなかったと分かれば、良い気分では無い筈だ。

「……シイ」

「お、お母さん。ごめんなさい。私……」

「あら、何を謝るの?」

 頭を下げるシイに、ユイはおどけた様子で微笑む。

「貴方が知らないのは当然よ。お父様とお母様は絶対に教えないだろうし、ゲンドウさんが私のデータを全て抹消してしまったんですもの。ですよね、あなた?」

「う、うむ」

 ちらっとユイに視線を向けられ、ゲンドウは冷や汗を流しながら頷く。実験事故以降、ゲンドウはレイとの関連性を疑わせない為に、ネルフの力でユイのデータを抹消した。

 なのでユイの誕生日を知っているのは、それ以前から親交があった人間と、加持の様に独自ルートで情報を入手した人間に限られる。

「だから貴方が謝る事なんて何も無いわ。ほら、涙を拭いて」

「う、うん……」

 ユイとシイのやり取りを見ていた一同は、ホッと胸をなで下ろすと同時に、心に暖かい物を感じていた。

 

 

~結局何歳?~

 

「……これは何?」

 レイは手に取った小さなろうそくを、興味深げに見つめる。初めての経験なのだから、何故ろうそくがここにあるのか理解出来ないのだろう。

「ふふ。誕生日のケーキには、年齢の数だけろうそくを立てるのさ」

「立てたろうそくに火をつけて、一息で吹き消すの」

「ま、やってみた方が早いんじゃない? えっと十四本ね」

 アスカとヒカリがろうそくをケーキに立てていくが、不意にレイが待ったを掛ける。

「何よ」

「……私は十四才じゃ無いわ」

「あんた馬鹿ぁ? 中学二年生なら十四才でしょ?」

「……私が生まれたの、2004年だもの」

 突然のカミングアウトに、アスカ達は暫し言葉を失う。

 レイはサルベージされたユイの遺伝情報を元に、ネルフによって造られた。ならば当然、生まれたのはユイが事故にあった後となる。

「成る程。確かにそうだな」

「司令?」

「……ああ、間違い無い」

 ミサトの確認に産みの親であるゲンドウが頷いた。

「あらあら、そうなるとレイちゃんは~」

「ひぃふぅみぃ……十一才かいな」

「ふふ。どうやら誕生日云々ではなく、本当にシイさんの妹だったんだね」

 からかうようなカヲルの物言いに、レイ以上にショックを受けている人物が居た。

 

「レイさん……十一才……私は十四才……うぅぅ」

「き、気にしちゃ駄目よ。ほら、成長って個人差があるし」

 年下のレイと自分の身体を見比べて、思い切り凹んだシイに、ミサトが慌ててフォローを入れる。アスカほどではないが、それでもレイもスタイルは良い方だ。

「そうよシイ。あまり他人と比べるのは良くないわ」

「うん。きっとシイちゃんは、これから成長期なのよ。……多分」

 口々に慰めの言葉をかける面々。すると沈黙を守っていたキョウコが、スッとシイの背後に回り込む。

「ね~シイちゃん。大きくする方法を教えてあげましょうか?」

「本当ですか!?」

 振り返ったシイは、期待に満ちた視線をキョウコに向ける。

「ええ。それはね~」

 キョウコはシイの耳元で何やら囁く。一体何を吹き込んだのかと、キョウコをよく知るユイ達が不安げに見守る中、シイは小さく頷くと、ゲンドウを真っ直ぐ見つめる。

「お父さん」

「な、何だ」

「私の胸をも――」

 シイから発せられそうになった爆弾発言は、鬼気迫る表情で口を押さえたユイによって食い止められた。

「キョウコ! あなた何て事を吹き込むの!!」

「え~だって~。私には効果あったし、ユイも葛城さんもそうじゃないの?」

 予期せぬ所から飛んできた爆弾発言に、場の空気が凍り付いた。

 ゲンドウと加持は咳払いをしながら視線を逸らし、ユイもミサトも頬を赤く染めるだけで言葉を紡げ無い。シイとレイ以外の子供達も恥ずかしそうに俯いていた。

 そんな中、待ってましたとカヲルがシイの隣に近寄る。

「シイさん。僕で良ければ何時でも協力するよ」

「本当?」

「勿論……さ……」

 ユイ、レイ、アスカのトリプル攻撃を受けたカヲルは、何処か満足げな笑みを浮かべながら沈んだ。

 

 

 まだ気まずい空気が残る中、どうにかケーキに十一本のろうそくが立てられた。続いてユイのケーキにろうそくを立てようとして、アスカとヒカリの手が止まる。

「その……ユイお姉さん。ろうそくは何本立てれば」

「今年で二十八才になるわ」

「え゛」

「二十八本でお願い」

「は、はい」

 娘であるシイが十四才である以上、それが実年齢で無い事はアスカにも分かる。分かってはいるが、逆らうことなど出来はしない。

 震える手でろうそくを立てるアスカだったが、それに待ったを掛ける命知らずが居た。

「え~違うわよ。ユイは私と同い年なんだから、今年で三十八才でしょ?」

「ま、ママ……」

「えっとこうして、うんこれで良し」

 呆然とするアスカからろうそくを取ると、キョウコは太いろうそくを三本、小さなろうそくを八本。きっちに実年齢分立てて見せた。

「おめでとうユイ。もうすぐ四十才ね」

「……ありがとうキョウコ。そうね……私もそんな歳なのね」

 十年の空白があるユイにとって、二十七才の次が三十八才と言うのはショックなのだろう。満面の笑みで祝福するキョウコに、ただ力の無い渇いた笑いを浮かべ、呟く事しか出来なかったのだから。

 

 

~プレゼント~

 

 ろうそく消しもどうにか終わり、切り分けたケーキをみんなが食べ終えると、誕生会のメインイベントであるプレゼントを参加者が取り出す。

 初めての誕生日プレゼントに戸惑いながらも、レイは丁寧にお礼を言いながら受け取る。化粧道具や小物など様々な贈り物の中、一際みんなの注目を集めたのは、シイからのプレゼントだった。

「……マフラー」

「うん。見た目は悪いけど、ちゃんと暖かいと思うよ」

 手編みの贈り物は珍しく無いが、それがマフラーとなれば話は別だ。セカンドインパクト以来、四季が失われた日本では使う事が無いのだから。

 そんな疑問を察したのか、シイは少し照れたように頬を掻きながら、レイに視線を向ける。

「私はいつか、地球をセカンドインパクトが起きる前に、元気な地球に戻したいの」

 シイの抱く希望がどれほど困難で、時間がかかる物かを大人達は理解していた。あの生命力に溢れたこの星を、かつての姿に戻す事など、正直無理なのでは無いかと思ってしまう程に。

「勿論簡単な事じゃ無いのは分かってる。でもみんなが力を合わせれば、きっと出来るとも思うの」

「……そうね」

「だからこれから先、日本に冬って言う季節が来たら……それを使って欲しいな」

 これは必ず地球を回復させて、レイに自分の編んだマフラーを使って貰うと言う、シイからの明確な決意表明だった。

「……ならシイさんの誕生日には、私もマフラーを贈るわ」

「うん。楽しみにしてるね」

 遙か先の未来に希望を抱き、シイとレイは微笑み合うのだった。

 

 

 

 もう一人の主役、ユイにもプレゼントが贈られた。こちらも様々な贈り物が手渡され、特にゲンドウが贈った指輪は夫婦の絆を深めるのに一役買った。

「……どうしよう」

 嬉しそうなユイの顔を見ていたシイは、自分一人だけが何も用意していない事を悔やむ。するとそんなシイに、復活したカヲルがそっと近づき、助け船を出す。

「ふふ、お困りの様だね」

「うん。変な物を贈っても、困らせるだけだし」

「僕に良いアイディアがあるよ。今この場で用意出来て、確実に喜んで貰えるものがね」

 天の助けとはこの事か、とシイはすがるような視線をカヲルに向ける。

「本当、カヲル君?」

「君さえよければ、直ぐにでも手配するよ」

「うん、お願い」

 カヲルは恭しく一礼すると、何処からかプレゼント包装用のリボンを取り出す。

「良いかい? 僕が合図をしたら、ユイさんにこう言うんだ。ごにょごにょ……」

「?? それで良いの?」

「ふふ、間違い無く彼女は喜ぶよ」

 イマイチカヲルの意図を理解出来ないシイだったが、ユイの喜ぶ顔が見たいと、直ぐに決断した。

 

「私やる。お願い、カヲル君」

「仰せのままに」

 カヲルはみんなの注意がユイに集まっている隙を狙って、シイの全身に赤いリボンを巻き付ける。

「今だ!」

「うん。お母さん!」

「あら、どうしたの……シイ?」

 呼び声に反応してシイへ顔を向けたユイは、リボンでラッピングされた娘の姿に戸惑う。そんなユイに向かって、シイはカヲルから授けられた言葉を発する。

 

「あの、私がプレゼントだよ」

 

 その瞬間、リビングに居た全員が思いきりむせかえった。古典的ながらも絶大な破壊力を誇るそれを、まさかシイがやるとは思いも寄らなかったからだ。

「し、シイ。一体何処でそんな事を……はっ!」

「ふふふ」

 こんな事を吹き込むのは一人しか居ない。ユイが元凶に鋭い視線を向けると、既にカヲルはリビングの隅へと避難を終えていた。

「渚君。どう言うつもりかしら?」

「シイさんの望みを叶えただけですよ」

「ぬけぬけと……」

「おや、気に入りませんか? シイさんが貴方を喜ばせようと頑張ったのに」

 大げさに残念がるカヲルの言葉に、シイは悲しそうな顔で俯いてしまう。カヲルの真意を理解していないシイからすれば、単純に母親が怒っていると言う認識なのだから。

「ごめんねお母さん……嬉しくないよね」

「くっ。やってくれるわね」

「いつもお世話になっている事への、ほんのお返しですよ」

 散々シイへのアプローチを邪魔されていたカヲルからの、ささやかな反撃。ユイは大きく息を吐くと、シイを抱きしめながらカヲルに怖い笑みを向ける。

「この借りはいつか返すわよ。……シイ、ありがとう。とっても嬉しいわ」

「あ、えへへ」

 強張っていた母親の顔が笑顔になった事で、シイは照れたように笑う。イマイチ自分がプレゼントという意味が分からないが、それでもユイに喜んで貰えた事で満足だった。

 

 

 賑やかなリビングを眺めながら、レイは静かに物思いにふける。

(誕生日……この世に生まれ、健やかに育った事を祝う日。とても大切な日)

(家族……生活共同体。味方。大切な人達との絆)

(おめでとう……祝福の言葉。初めての言葉。心が暖かくなる言葉)

 初めての誕生会を通して、レイの心には沢山の思いが芽生えていた。それらを一つ一つ、自分の中で整理しながら、噛みしめるように反芻する。

 

 十一才の誕生日。碇レイは一つ大人になった。

 

 




前後編に分けた三月三十日。アホタイムを期待された方には申し訳ありませんが、少しだけ真面目な話にさせて頂きました。
ユイとレイの誕生日は、物語的な面からもあまり茶化したく無かったので。

ただその分、シイの誕生日はスーパーアホタイムになるでしょう。ネルフやゼーレが総力を挙げて……収集がつかないかも。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。


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