エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《祝福の日(前編)》

~レイの不安~

 

 中学校の短い春休みが終わりに差し掛かったある日、レイはゼーゲン本部のユイの元を訪れた。珍しい来客に驚きつつも、ユイは執務室へレイを招き入れる。

「今日はどうしたのかしら?」

「……相談があります」

 レイの言葉にユイは驚きと同時に、嬉しさを感じていた。家族となってからも何処か遠慮があるのか、レイはユイを頼ろうとしなかったからだ。

 もう一人の娘が自分を頼ってくれた。ユイは小さく笑みを浮かべると、レイに頷いて見せる。

「遠慮せずに言って頂戴」

「……シイさんの事です」

「シイの?」

「……はい。春休みに入ってから、シイさんに避けられています」

 少し落ち込んだ様子で告げるレイに、ユイの顔が険しくなる。シイとレイは友人として姉妹として、自分の目から見ても良好な関係を築いていた。それが急に変わるとは思えない。

「気のせい……と言えない何かがあったのね?」

「……はい」

 レイはユイにここ最近の出来事を伝える。

 

 最近自分に内緒で、シイが何処かに出かけている。こっそり後をつけてみると、ファミレスで自分以外の友人達と何やら楽しそうに談笑をしていたのだ。

 それも一度や二度では無く、このところ毎日続いている。後で何をしていたのかと聞くと、気まずそうに話題を逸らされてしまう。

 

 話を聞き終えたユイは、あごに手を当てて考え込んでしまった。

 シイがレイを嫌って遠ざけるとは思えない。だが今の話が本当ならば、確かに避けられていると言える。ユイは眉をハの字にして、シイの行動理由を必死に探っていた。

「……私は邪魔な存在なのですか?」

「っっ! 馬鹿言わないで!!」

 レイの言葉に思わずユイは声を荒げてしまう。

「貴方は私の娘なのよ。それは何があっても変わらないわ。お願いだからそんな悲しい事を言わないで」

「……すいません」

「いえ、私の方こそ怒鳴ってごめんなさい」

 頭を下げるレイの姿を見て、ユイは大きく息を吐いて冷静さを取り戻す。弱気になっている娘を相手に、怒鳴るなどもってのほかだ。

「貴方は必要な存在よ。私とゲンドウさん、そしてシイにとってもね」

「……でも」

「ねえレイ。貴方はシイの事が好き?」

「はい」

 即答するレイにユイは頷くと、更に言葉を続ける。

「シイもそう。だからちょっとだけ、信じてあげて貰えないかしら」

「…………」

「きっとあの子には何か事情があるんだと思うわ。貴方に言えない何かが」

「……はい」

 ユイの言葉に頷くレイだったが、心のしこりは消えなかった。自分はシイの家族で良いのか、隣を歩いても邪魔では無いのかと言う不安は、第三者では決して解消する事は出来ないのだから。

 

 一礼して執務室を去って行ったレイを見送ると、ユイは深いため息をつく。

「はぁ~。駄目な母親ね」

 レイが自分の言葉に納得しきれていないと分かっていても、それ以上のアドバイスが出来なかった。何より娘が悩んでいる事を、今の今まで察する事が出来なかった。

 ユイが母性溢れる女性だと言っても、実際に母親として生きていたのはシイがまだ幼い間。彼女はまだ母親として未熟なのだ。

「……それにしても、シイの事は気になるわね。何か考えがあるとは思うけど」

 彼女にとってシイは自慢の娘だが、困ったところも少なくない。自分譲りの頑固さもそうだが、純粋さ故に無自覚に他人を傷つける事がある。

「一度、ゲンドウさんに相談した方が良いかしら」

 娘と同じ様に、母親もまた悩むのだった。

 

 

~すれ違い~

 

 本部を後にしたレイは、自宅に向けてトボトボと歩いていた。表情こそ普段通りだったが、親しい人が見れば一目で彼女が落ち込んでいると分かるだろう。

(……私はどうすれば良いの)

 以前に比べて交友関係が広がったレイだが、その中心はやはりシイだ。そんなシイに拒絶される事は、レイにとって何よりの恐怖だった。

 俯きながら歩いている彼女の元に、不意に聞き覚えのある声が届いてきた。

「本当にありがとうね、カヲル君」

「ふふ、これくらいお安いご用さ」

(!!??)

 顔を上げたレイは視線の先にシイとカヲルを見つけ、慌てて二人から見えない様に身体を隠した。煩いほど高まる鼓動を必死で抑えながら、気配を殺して二人の様子を伺う。

「もしカヲル君が居なかったら、何回かお店を往復してたもん」

「確かにこの量を運ぶのは、女の子には少しきついね」

 路地の角から二人の後ろ姿を見ると、シイとカヲルの両手には買い物袋が握られていた。確かにあれを一人で運ぶのは、シイには無理だろう。

(……買い物? でもそれなら私に言ってくれれば……)

 モヤモヤした気持ちを抱えながら、レイは気づかれないように二人の後を尾行する。

 

「準備は順調みたいだね」

「うん。みんな手伝ってくれてるから、明日には間に合いそう」

「それは何よりだ」

(……明日? 明日に何があるの?)

 自分の知らない事を楽しそうに話すシイとカヲルに、レイの心は大いに乱れていた。

「となると、残る問題はレイだね」

「そうだよね……。明日は家に居ると思うから」

 突然出てきた自分の名に驚くと同時に、シイの残念そうな声を聞いたレイは、目の前が真っ白になった。まるで自分が家に居ては邪魔だと、そう言うニュアンスが感じられたからだ。

「確かに彼女が居たら意味が無いね。どうにか外に連れ出せないかな?」

「う~ん。お父さんとお母さんにお願いして、本部で時間を潰して貰うとか」

(……私は……貴方の邪魔なのね)

 立ち止まったレイから、シイとカヲルは遠ざかっていく。傷心のレイにはもう、二人を追いかける気力は残って居ない。だから……この後続く二人の言葉を聞くことが出来なかった。

 

「レイさん、きっと喜んでくれるよね?」

「勿論だよ。誕生パーティー。それもサプライズパーティーなんて、彼女には初めての経験だろうから」

 

 

 

~父親と母親~

 

 業務終了後、ユイは司令室に居るゲンドウを尋ねた。いつもとは違う困った様子のユイに、ゲンドウと冬月は驚きを隠せない。

「どうしたユイ」

「何かトラブルかね?」

「ええ、相談したいことがあります」

 ユイは二人に事の次第を説明した。

「シイ君がレイを避ける? それはあり得ないだろう」

「私もそう思いますわ。でもレイが嘘をつくとも思えません」

「ふむ。だとすると、シイ君には何か考えがあり、それはレイに隠さなければならない、か」

「……心当たりがある」

 頭を悩ませるユイと冬月に、ゲンドウが静かな声で告げる。

「あなた。教えて下さい」

「今日が何日か知っているか?」

「まだ呆けてはおらんよ。三月二十九日だ」

「そうだ。そして以前シイから、レイの誕生日を聞かれた事がある」

 ゲンドウの言葉を聞いて、ユイと冬月は全てを理解した。明日はレイの誕生日。シイはレイ以外の友人達と何かを話し合っていた。つまりは驚かせるつもりなのだろうと。

 

「可愛らしい考えだとは思うが……」

「あの二人にはまだ早かったですわね」

 隠し事が出来ないシイと、繋がりを失う事を恐れるレイ。サプライズパーティーを開くには、この姉妹はまだ子供過ぎたのだ。

「今回の件はすれ違いに過ぎん。明日、パーティーが開かれれば、自然と解決するだろう」

「そうだな」

「私達もレイへのプレゼントを買っておきましょうね」

 ホッと胸をなで下ろす三人。

「……ああ。勿論君へのプレゼントも用意している」

「当然私からも贈らせて貰うよ」

「あら? うふふ、ありがとうございます」

 自分の誕生日を憶えていて貰えた事に、ユイの表情にようやく笑顔が戻る。思えば誕生日を祝って貰ったのは、初号機の実験前が最後。実に十年ぶりなのだから。

「ん……そう言えば碇。シイ君に話したんだろうな。ユイ君も明日が誕生日だと」

「…………」

「おい、まさか」

「……忙しかった。言い訳はしない」

「それを言い訳と言うのだ。とにかく早く連絡しておけ」

「ああ」

 ユイに聞こえない様、ひそひそ話をする二人。娘が自分の誕生日を知らなかったと分かれば、ユイが悲しむのは目に見えているのだから。

 

 

~想い届かず~

 

 その夜、ゲンドウとユイはシイに事の真相を確かめた。彼女の口から語られた計画は、二人の予想通りレイに秘密で誕生回を企画し、驚かそうと言う物だった。

 やはりシイはレイを嫌っていないと安堵した二人は、レイの不安をシイに打ち明ける。

「貴方の気持ちは分かるけど、ちょっとやり過ぎたわね」

「……うん。私……」

 喜ばそうと言う相手を逆に傷つけてしまった。シイは自分の行動に後悔し、力なくうなだれる。そんな彼女の頭をゲンドウが優しく撫でた。

「その気持ちがあれば良い。ならばせめてレイを安心させてやれ」

「貴方がレイの事を好きだと、伝えてあげて」

「うん」

 シイは両親の言葉に頷くと、自分の部屋に居るであろうレイの元へと向かう。隠し事が出来ないと言われていた為、今までレイとの会話を避けてしまっていた。

 自分の行動がどれだけレイを傷つけたのか、そう思うと申し訳無い気持ちで一杯になる。

(ごめんねレイさん)

 もうばれても構わないから、レイとお話をしよう。自分が見たいのはレイの喜ぶ顔なのだから。シイは軽く深呼吸をすると、レイの部屋をノックする。

 だが返事は無い。二度三度とノックを続けるが、それでも反応は無い。

「もう寝ちゃったのかな……。レイさん入るね」

 スッと襖を開けると部屋の中は真っ暗で、レイの姿は無かった。不思議に思ったシイが明かりをつけると、綺麗に折りたたまれた布団の上に、一通の手紙が置かれている事に気づく。

 

「私に?」

 宛先に自分の名前が書かれている封筒を手に取り、シイは中から一枚の紙を取り出す。二つ折りされた手紙には、ただ一言だけ記されていた。

 

『さよなら』

 

 その言葉を目にした瞬間、シイは目の前が真っ暗になり、その場に崩れ落ちた。

 

 




少し前に話が出ていた、三月三十日の誕生日編です。
これが中学二年生のシイが体験する、最後の大きな出来事ですね。
ちょっと重めの話になりますが、より高くアホへと飛び上がる為の、バネだと思って頂ければと思います。


ある意味最悪の引きですが、後編は倍以上のボリュームがあるので、やむを得ずここで区切らせて頂きました。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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