エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《慰安旅行~第二次近江屋戦線、そして帰還~》

~最後の晩餐~

 

 温泉旅行の楽しみと言えば、温泉の他に豪華な食事があげられるだろう。ゼーゲン一行も例外では無く、近江屋の広間でみんな揃っての食事を楽しんで居た。

 女性陣の怒りが消えた訳では無いが、せめて旅行の間だけでもと言う切実な願いを受けて、渋々であるが覗きの件は後で厳罰を下す事を条件に、ひとまず流された。

 

 過去にゼーゲンの関係者がここまで揃って、食事をする機会など無かった。美味しい料理とお酒もあってか、広間は大いに賑わいを見せている。

「こりゃまた、えらい騒ぎやな」

「でも、皆さん楽しそう」

 盛り上がるスタッフ達に少々圧倒されながら、トウジとヒカリは並んで食事をしていた。子供達を除くほぼ全員がお酒を飲んでおり、素面の彼らとはテンションに差が出来てしまう。

「酒って、そない美味いんかな?」

「飲んだことが無いから分からないわよ。でも、シイちゃんを見ちゃったから」

「ま、ありゃ例外やろ。シイやし」

 僅かなアルコールでも酔っ払い、幼児退行したシイを思い出して二人は苦笑を浮かべる。そんな彼らの元に、キョウコが近寄ってきた。

「こんばんわ~」

「へ? あ、えっと、惣流のおっかさんの……」

「惣流・キョウコ・ツェッペリンよ。アスカちゃんがお世話になってます」

「そ、そんな、こちらこそお世話になってます」

 ペコリと頭を下げるキョウコに、ヒカリは居住まいを正して礼儀正しくお辞儀をする。彼女には病気療養していたキョウコが、治療を終えて日本に来たと知らせていた。

「うふふ、二人ともアスカちゃんから聞いてた通りの子ね」

「はぁ。因みに何て聞いとります?」

「いつもジャージを着てる関西弁の熱血馬鹿と、その恋人の可愛らしい女の子って」

 ニッコリ微笑むキョウコに、悪意は欠片も感じられ無かった。だからトウジも怒ることが出来ずに、困った様に乾いた笑いを浮かべる。

「は、ははは、えらいストレートですな」

「でもいざという時は勇気のある、そこそこ頼りになる男の子とも言ってたわ」

「惣流がでっか?」

 驚くトウジに頷くキョウコ。エヴァでの実戦を通じて、アスカはトウジの事を密かに認めていた。大切な友人の恋人として許せる程に。

「だから一度お話して見たかったんだけど~。想像通りで嬉しくなっちゃった」

「こりゃまた、参ったわ……」

「うふふ、ねえヒカリちゃん。こんな素敵な彼氏、逃がしちゃ駄目よ」

「は、はい」

 微笑むキョウコに、ヒカリは顔を真っ赤にして頷くのだった。

 

「あら、二人ともグラスが空ね。注いでも良いかしら?」

「勿論ですって、そりゃ何です?」

「うふふ、ドイツのぶどうジュースよ。とっても美味しいの」

 キョウコは瓶に入った赤い液体を二人のグラスに注ぐ。まるで血の色の様な赤。自分達の知ってるぶどうジュースとは少々違っていたが、ドイツは本場だからとトウジは勝手に納得した。

「んじゃ、頂きますわ」

「頂きます」

 ゴクリと一口飲んだ瞬間、トウジは口の中に広がる渋味に思い切り顔をしかめた。ここが旅館でなければ、盛大に吹き出していただろう。

「な、なんや、これ」

「あらどうしたの?」

「キョウコさん。これホンマにぶどうジュースでっか?」

 疑うようにトウジはキョウコを見つめる。するとそこにアスカが近寄ってきた。

「もうママったら。挨拶回りするって言って、何処に居るかと思えば……」

「ごめんねアスカちゃん。今この子達にお酌してたの」

「ふ~ん、……って、それワインじゃないの!!」

 キョウコが手にしている瓶を見て、アスカは思わず叫んでしまう。自分の母親が未成年に飲酒を強要していると知り、引きつった顔がにわかに青ざめる。

「や、やっぱそうか……。ど~も苦いと思ったんや」

「あらあら、間違えちゃったみたい」

「何処をどうしたら、ジュースとお酒を間違えられるのよ!」

「まあ、そう怒るなや。幸いわしも一口だけで済んだし」

「……いえ、手遅れだったわ」

 苦渋に満ちた表情を浮かべるアスカ。その視線の先には、先程から一言も発していないヒカリが居た。普段のきっちりした姿は何処へやら、浴衣をだらしなく着崩して赤く染まった肌を露出している。

 トロンとした瞳は、間違い無く彼女が酔っ払った事を周囲に教えていた。

「ひ、ヒカリもシイと同じ人種やったか……」

「日本人には多いらしいけど……てかママ! ヒカリを酔いつぶしちゃ駄目でしょ」

「怒っちゃいやよ。わざとじゃ無いのに~」

「わざとだったら、本気で怒ってるわよ」

 母親に説教するアスカを余所に、トウジはどうにかヒカリを正気に戻そうとする。だが完全に別世界へ旅立ったヒカリからは、まともな反応が返ってこなかった。

「あかん。こりゃ完璧に潰れとるわ」

「あら大変」

「ママのせいでしょ!」

「休ませてあげた方が良いわ。鈴原君、彼女を部屋まで連れて行ってくれるかしら?」

 全く悪びれないキョウコだったが、休ませると言う意見は的を射ていた。トウジはヒカリを抱きかかえると、部屋へと運んでいこうとする。

「もう布団が用意してある筈だから、寝かせてあげなさい」

「そうするわ」

「あ、そうそう。大切な事を言い忘れてたわ」

 ポンと手を叩くキョウコに、トウジは歩みを止めて振り返る。

「多分朝までみんなはしゃぐと思うから、ごゆっくり~」

「な、なななな」

「……ママ、ちょっとこっちに来て」

 顔を真っ赤に染めたトウジの前で、キョウコはアスカに引きずられていった。

 

 

 キョウコにたっぷりと説教をしたアスカは、大きなため息をつきながら大広間を見回す。すっかりお酒が回った大人達は、そこかしこで大騒ぎをしていた。

「ふっ、もう終わりですか、冬月先生?」

「馬鹿を言うな。まだまだこれからだ」

「うふふ、二人とも良い飲みっぷりですわ。さあもう一杯」

 ゲンドウと冬月は、ユイからのお酌で飲み比べの真っ最中。両者とも既に顔は真っ赤だったが、互いに勝ちを譲るつもりは無いようだ。

「ごくごく……問題無い」

「ぐびぐび……ぬるいな」

「はいもう一杯どうぞ」

「ごくごく……冬月先生、そろそろ限界では?」

「ぐびぐび……まだだ。アブソーバーを最大にすれば耐えられる」

「うふふ、お酒に強い男の人って素敵ですわ」

 微笑むユイは、既に限界を迎えつつある二人を上手に煽りながら、男同士の飲み比べを楽しんでいた。するとそこに、ワインを手にしたキョウコが乱入する。

「ユイ、飲んでるかしら~」

「あらキョウコ。私は……」

「えいっ!」

 ユイの返事を待たずに、キョウコは手にしたワインの瓶を口に突っ込んだ。勢いよくユイにワインが流し込まれ、あっという間に一本空にしてしまう。

「美味しいでしょ?」

「…………」

 一言も発すること無く、ユイは女神の様な微笑みを浮かべたまま、コテンと身体を横に倒した。安らかな寝息を立てる姿は、男達に絶大な破壊力を誇る。

「ユイは、昔から酒に弱かった……」

「なるほど。シイ君のあれは彼女の遺伝か」

「ああ。さて、私はユイの介抱をしなくては」

「まあ待て。それは私がやろう」

 同時に立ち上がろうとしたゲンドウと冬月は、互いに無言で視線を交わす。しばしの沈黙。そして二人は座り直すと再びグラスを手に取った。

「勝った方が、で良いな?」

「問題ない」

 眠るユイの前で二人は飲み比べを再開した。それを心底楽しそうに見つめていたキョウコは、勝負の結末を見届けずにその場をそっと離れた。

 

(ママ……次は何処に行くつもりなの?)

 あちこちにトラブルを起こしては去って行くキョウコを、アスカは見逃さないように視線で追った。次に彼女が向かったのはシイ達の席だった。

 

「そろそろ機嫌を直してくれないかな?」

「ふ~んだ。カヲル君なんか知らないもん」

「……女の敵」

 覗き行為よりもその後の発言によって、シイは完全にへそを曲げてしまった。カヲルはどうにか機嫌を直して貰おうと、色々と懐柔策をとるのだが結果は芳しくない。

「やれやれ。君達は誤解しているようだ」

「つ~ん」

「……ぷい」

「彼女達は既に成長を終えている。つまり、これ以上にはならないと言う事さ。でも君達は成長の余地を残している。無限の可能性を秘めているんだよ」

 力説するカヲルに、ピクリとシイが反応を示す。

「ほ、本当?」

「勿論さ。そして僕は成長を促進する手段を知っているが、試してみるかい?」

「うん、やる」

「……駄目。それは罠よ」

「ふふ、全てはリリンの流れのままに」

 シイに手を伸ばすカヲルと、それを阻止しようとするレイ。いつも通りの展開だったが、そこにキョウコが乱入者として現れた。

「あらあら、楽しそうね~」

「キョウコさん?」

「おや、珍しいお客さんだ」

「……どうも」

 ニコニコ笑顔で近づいてきたキョウコに、三人は動きを止めて挨拶をする。

「何のお話をしてたのかしら」

「た、大した事じゃ無いんです。……じぃぃ」

「……この人も敵」

 浴衣姿のキョウコは、シイとレイにとって憧れでもあり嫉妬の対象でもあった。そんな二人から向けられる視線にキョウコは首を傾げつつも、三人のグラスへ勝手にワインを注ぐ。

「折角の宴会なのに、グラスが空じゃ駄目よ。さあ、飲みましょう」

「で、でもこれお酒ですよね?」

「……未成年の飲酒は法律で禁止されているわ」

「ふふ、葡萄酒も飲めないなんて、君はまだまだお子様のようだね」

 レイを挑発するように、カヲルはくいっとグラスのワインを一気に飲み干した。そして、にやりと皮肉を込めた笑みを浮かべる。

「それでシイさんを守れるのかい?」

「あ、あの、関係無いと思うんだけど……」

「……ぐい」

 レイは両手で持ったグラスを、カヲルと同じように一気に飲み干した。初体験のアルコールが彼女の身体に一気に染み渡っていく。

「あらあら、良い飲みっぷりね~」

「れ、レイさん!? 大丈夫?」

「……ええ、もんらいないわ」

 顔色も表情も変えないレイだったが、既に呂律が回っておらず、赤い瞳も何処か虚ろだった。

「おや? ひょっとしてもう酔ってしまったのかい?」

「……いえ、全然酔ってにゃい」

 間違い無く酔っているのだが、本人が否定する以上追求するのは野暮だろう。何より久しぶりに優位に立てたカヲルは、実に楽しげな笑みを浮かべながらレイにボトルを差し出す。

「くっくっく、ならもう一杯いこう。君とこうして杯を交わすのも悪くないからね」

「……もりゃうわ」

 レイの身体はユイの遺伝子を元に造られている。アルコールの耐性も受け継いでしまっている訳で、二度三度とワインを飲んだレイは、コテンと横になって眠りに落ちた。

 

 

「ぜ~は~、危ないところだったわ」

 荒い呼吸をしながら、アスカは額に浮かんだ汗を拭う。あの後シイもキョウコの毒牙にかかり、いつものように幼児退行を起こした。

 流石に不味いと判断したアスカは、全速力でシイの身柄を確保して、カヲルから彼女を守った。とは言えこの状況では安全な場所は無く、仕方なく眠っているシイを胸に抱いて保護するしかなかった。

「にしても……これは酷いわ」

 もはや大広間に、素面の人間は残っていなかった。いや、まともな思考が出来る人間が残されていないと言った方が正確だろう。

 そんな乱痴気騒ぎの影には、常にキョウコの姿があった。ワインを武器に次々とネルフスタッフを沈めていく姿は、ある意味で撃墜王と言えるかもしれない。

 

「まあ、ママもその内飽きるでしょ。そろそろ良い時間だし、シイを連れてあたしは退散すると……」

「ア~スカちゃ~ん」

 そっと大広間から撤退しようとしたアスカの肩を、キョウコが優しく掴む。

「ま、ママ……」

「アスカちゃんったら、全然飲んでないじゃない」

「ちょ、ちょっとね。えっと、そろそろ寝る時間だから……」

「夜はこれからよ」

 肩を掴むキョウコの手からは、逃がさないぞ、と言う意思が明確に伝わってくる。シイを抱っこした状態で、それに抵抗出来る訳も無く……。

 

 第二次近江屋会戦は、生存者一名という結果を持って幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

~帰還~

 

 乱痴気騒ぎから一夜明けた大広間には、ネルフスタッフ達があちこちに転がったまま放置されていた。ふすまを全開にしても漂う酒臭が、行われていた宴会の壮絶さを物語る。

「困りましたわね」

「ええ、でもお客様ですし」

「おはようございます。何かお困りですか?」

 すがすがしい顔で朝を迎えたキョウコは、大広間を覗き込んで何やら困り顔をしている仲居達に声を掛けた。

「あら、お客様。実はもう朝食のお時間なのですが」

「見ての通りの状況でして。無理にお起こしするのも……」

「も~みんなお寝坊なんだから」

 根本的な原因が自分であると、一欠片も認識していないキョウコは、呆れ顔で大広間に横たわるスタッフ達を見つめる。強者共が夢の後。そんな句が浮かびそうな光景だ。

「しょうがないわね~。すいませんけど、フライパンとお玉を貸して貰えます?」

「はぁ、それは構いませんが、何をなさるのですか?」

「私が責任を持って、みんなを起こします」

 自信満々に微笑むキョウコに、仲居達は首を傾げながらも頼まれた物を用意した。キョウコはそれを受け取ると、右手に持ったお玉を思い切り左手のフライパンに叩き付ける。

 甲高い金属音が鳴り響き、木から鳥達が一斉に羽ばたく。そして大広間からは、この世の終わりの様な絶叫が近江屋に響き渡るのだった。

 

 

「うぅぅ……頭痛いよ」

「まだ頭の中にしびれが残ってるわ」

「ふふ、流石の僕も、これはきついね」

 朝食を終えたスタッフ達は、帰路につく前に売店で土産物を品定めしていた。二日酔いに加えてキョウコの音攻撃を受けた彼らは、一様に頭を抑えながら顔を歪めている。

「でも留守番してくれた人達に、お土産を買っていかないと……」

「……超絶マグマ饅頭ね」

「へぇ。随分と物騒な名前だけど、どんなお菓子なんだい?」

「口の中でマグマが広がるで」

 そっとカヲルの耳元でささやくトウジ。食べたものにしか分からない、極限まで鍛え上げた辛さ。トウジはあれから三日間、食べ物の味が全く分からなくなった。

「ふふ、それは興味深い。僕も一つ買っていこうかな」

「うん。確かこのあたりに……あれ?」

「……無いわね」

 売店の一角に、お土産のお菓子が大量に積まれていたが、そこにマグマ饅頭は無かった。キョロキョロと近くを探すが、どうにも見当たらない。シイは店員に尋ねてみることにする。

「すいません。前にここで売ってた、超絶マグマ饅頭ってありますか?」

「あ~あれね。評判が悪くて販売中止になっちゃったのよ」

「え~そんな~」

 残念そうなシイの背後で、トウジを始めとする犠牲者達が納得の表情で頷いていた。あんなものを販売していて、苦情が無い筈が無い。

「その代わりと言っては何だけど、『極限マグマ饅頭』が新発売になったの」

「「!!??」」

 想定の範囲外の展開に、犠牲者一同は目を見開いて驚く。苦情が出て販売中止になったのに、何故そう言う結論に到達するのか全く理解出来ない。普通は永久追放だろうと。

「美味しいんですか?」

「食べてみる?」

 店員はレジ裏からサンプルを取り出すと、蓋を開けてシイ達に差し出す。弐号機を思わせる真紅の饅頭を、レイが一つ手にとって口に運び、そのままもぐもぐと咀嚼をして飲み込んだ。

「レイさん、どうかな?」

「……美味しい。前のよりも、もっと辛くなってるわ」

「へぇ。それじゃあ僕も一つ……これは美味しい。リリンの生み出した文化の極みだよ」

(あいつら……舌壊れとるんちゃうか?)

 饅頭を絶賛するレイとカヲルに、トウジは初めて人間の限界と壁を感じるのだった。

 

 

 その後、ネルフ一行はバスで第三新東京市へと戻っていった。シイが買い込んだ極限マグマ饅頭は、留守番していたスタッフ達に泣いて喜ばれ、後に本当に泣かれる事になる。

 

 




惣流・キョウコ・ツェッペリン。本作で文句なしに最強キャラの彼女が、少しだけその力のベールを脱ぎました。
天然のトラブルメーカーという設定は、育成計画の影響を色濃く受けています。

慰安旅行編はこれにて完結です。
次は後日談っぽくない、少し本編ちっくな感じの話を入れようかと。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※誤字修正しました。ご指摘感謝です。

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