エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

160 / 221
後日談《慰安旅行~温泉戦線~》

~総員第一種戦闘配置~

 

 浅間山麓で営業している温泉旅館に、ゼーゲン一行を乗せたバスが到着した。良く言えば歴史を感じさせる建物、悪く言えば古い建物、それが近江屋の印象だ。

 ただ老舗旅館らしく女将や仲居の教育は行き届いており、不満が出ることは無かったが。

 

 

「ほう。これはなかなか良い部屋だな」

「ああ」

 仲居に案内されたゲンドウ達は、広々とした和室を見て満足げな表情を浮かべる。参加者があまりに大人数のため、階級や部署で部屋割りをする事が出来ず、結局男女別に大部屋に泊まることになった。

「畳と木の香り、良い物ですね」

「時田さんも分かりますか?」

「勿論ですとも。最近は畳に横になる事も減りましたから、余計にそう思えますよ」

「確かに」

 第三新東京市でも畳は存在するが、それらは化学物質で作られたイミテーション。セカンドインパクトによる気候変化で、畳の材料であるイグサが激減してしまい、本物の畳は希少な物となっていた。

 今では老舗旅館などに、セカンドインパクト以前から使用していた物が残るのみだ。

「「はぁ~良いな~」」

 荷物の整理もそこそこに、男性職員達は畳にごろんと寝転がり、懐かしい香りを感じながらリラックスする。早くも慰安旅行の目的、癒やしを十分に体験していた。

 

「あら? うふふ」

 そんな男部屋にやってきたユイは、寝転がる男達を見て笑みを漏らす。

「む、ユイ。どうした?」

「先程女将さんから聞いたのだけど、夕食までは少し時間があるらしいわ」

「そうか。どうしたものか……」

「私達はご飯の前に温泉に入ろうと思うのだけど、貴方達はどうします?」

「折角の機会だ。私達も入るとしよう。まあ、君達ほど長くは入っていないだろうが」

 このまま寝転がるのも悪くないが、折角の温泉旅館だ。ご飯の前に一度入浴するのも良いだろうと、ゲンドウはユイに答えた。

「ではご飯の時に集合しましょう。……覗いたら怒りますよ?」

「ああ、分かっているよ、ユイ」

 ゲンドウの言葉に頷くと、ユイは男部屋から離れていった。

 

 

「……全員集合」

 ユイが完全に居なくなったことを確認すると、ゲンドウは寝転がる男達に低い声で告げる。その威厳に満ちた命令に男達は一斉に起き上がり、ゲンドウの前に正座した。

「聞いての通りだ。女性陣はこれから温泉に入る」

「ではやるのか?」

「ああ。総員第一種戦闘配置だ」

 サングラスを軽く直しながら、ゲンドウは正座する男性職員を見回して告げる。その言葉が意味する事を察し、男部屋に緊張が走った。

「しかし碇、あまりに危険過ぎないか?」

「この場にはエヴァもMAGIも無い。チャンスだ冬月」

 力強く答えるゲンドウに男達はゴクリとつばを飲む。スーパーコンピューターMAGIが存在しない。それは彼らの行動が相手に補足される心配が無いと言う事だ。

「加持君」

「ご依頼の品はここに。計画の要ですね」

「ああ。近江屋の見取り図。これが我らの望みを叶える鍵となる」

 ゲンドウは加持から受け取った紙を、畳の上に広げる。それをスタッフ達はぐるりと囲い込む様に見入った。

「我々の陣地はここだ。そして目標はこの地点に展開すると思われる」

「ふむ、位置は悪くないな」

「問題となるのは垣根だ。この最終防衛ラインを突破するのは困難だろう」

 ゲンドウの指が、温泉の男湯と女湯を仕切る垣根の上をなぞった。

「よって正面突破を諦め、周囲に部隊を展開。包囲作戦が有効だと考えられる」

「リスクは高いが、やるしかないな」

 覚悟を決めたように頷く冬月。それは他の男達も同じで、全員が強い意志を瞳に宿していた。しかしただ一人、トウジだけが困ったような表情を浮かべている。

「あ、あの~、これって、ひょっとして覗きちゃいますか?」

「……加持君」

「ええ。さあ鈴原君、ちょっとこっちに」

 加持はすっと立ち上がると、トウジを連れて部屋の隅へと移動した。

 

「鈴原君。こう言った状況では、男は女湯を覗くというのがお約束なんだ」

「そ、そない話、聞いたこと無いですって」

「これが大人の世界だよ。そこに飛び込むか逃げるかは……自分で考え自分で決めろ」

「んなアホな……」

 真剣な加持の表情に、トウジは本気で困惑してしまう。健全な中学生として、当然そう言った事に興味はあるが、流石に知り合いばかりの風呂を覗くのは気が引けた。

「……君は、洞木さんの裸を見たことはあるかい?」

「な、ななな、何言っとるんですか」

「どうやらまだみたいだな。見たくはないかい?」

「そ、そりゃ……」

「今回は碇司令主導だ。万が一バレても、君に及ぶ責任は少ないだろう」

 言葉巧みにトウジを誘導していく加持。その自信に満ちた語り口と態度に、トウジからは徐々に悪いことをすると言う意識が薄れていった。

「臆病者はいらない。ただもし君が共に戦おうと言うのなら、俺達は喜んで迎え入れる」

「…………」

「まあ、後悔の無いようにな」

「……やります。わしもやります」

 他の男達と同じように、トウジの瞳にも強い意志が宿ったことを確認して、加持は満足げに頷いた。

 

 男達の輪に加持とトウジが戻ると同時に、部屋のふすまを開けてカヲルが姿を見せた。

「やあ、戻ったよ」

「ご苦労だったね。それでどうだった?」

「彼女達はまだ準備中のようだ。先手を打つなら、今すぐ動くべきだろう」

 密偵してきたカヲルの報告を聞き、男達に緊張が走る。

「……総員第一種戦闘配置だ。現場へ急行しろ」

「「了解」」

 ゲンドウの号令に男達は凜々しく答えると、手早く準備をすませて温泉へと移動するのだった。

 

 

 そんな男達の動きなど知るよしも無く、女性達はぞろぞろと温泉へと向かった。

「貸し切りですから、思い切り羽を伸ばせますね」

「ふふ、そうね。余計な気を遣わなくても良いのは助かるわ」

「母さんは元々気にしないでしょう」

「アスカちゃん~。ママが脱がしてあげるわね」

「い、良いってば。もう子供じゃ無いんだから」

「う~ん、風呂上がりの一杯も良いけど、お風呂で一杯ってのも捨てがたいわね……」

「葛城さん。お風呂でお酒を飲むのは危険ですよ」

「うふふふふ、私幸せ」

 賑やかな脱衣所だったが、その中でシイだけが表情を曇らせる。みんなとお風呂に入ることは嬉しいのだが、圧倒的な戦力差は彼女の心にダメージを与えていた。

(うぅぅ、お母さんも、ナオコさんも、キョウコさんも……みんなも凄い)

 以前ミサトとアスカと共に、この温泉に入ったときにも劣等感を覚えた。だが周囲に大勢の女性達が居る今の状況は、絶望感すらシイに与えてしまう。

 そんなシイの背後に、そっとレイが近づく。

「……大丈夫よシイさん」

「れ、レイさん!?」

「……前に聞いたことがあるもの。大切なのはバランスだって」

「何の事?」

「……小柄な貴方には丁度良いと思うわ」

「うわぁぁぁぁぁん」

 スパッとレイに心を叩き切られ、シイは泣きながら温泉へ向けて脱衣所を駆け抜けた。

 

 

「警戒中の同士より入電。『我、女湯に人影の侵入を確認。データを送る』との事」

「受信データを照合。パターンピンク、目標と確認」

 こっそり持ち込んだ防水携帯端末を操作していた青葉と日向が、ゲンドウ達へ報告を行う。既に別働隊は厳しい自然の中で待機をしており、臨時作戦司令部と化した男湯には、ごく少数の男達が残るのみだ。

「始まったな」

「ああ、全てはこれからだ」

 頭にタオルを乗せたゲンドウと冬月は、落ち着き払った様子で頷く。血気盛んな若者達と違い、彼ら年長組には大人の余裕が漂っていた。

「で、加持の兄さん。わしらはこれからどないするんです?」

「別働隊の動きをフォローする。ここに男達が揃っているぞ、とアピールするんだ」

「流石に全員がここから離れてしまえば、人気が無い事をご婦人方も警戒するでしょうからね」

 いまいち理解出来ないトウジに、加持は手本を見せようとそっと湯船から立ち上がる。

「葛城~。そっちの湯加減はどうだ~?」

「か、加持? あんたも入ってたの?」

「ああ。温泉ってのは良いもんだな」

「ま~ね」

 垣根越しに交わされる会話。それは恋人同士の何て事の無いやり取りなのだが、少なくとも加持は男湯に居て、温泉を満喫しているぞと相手に印象づけられる。

「こうしておけば、別働隊への注意が逸れるだろう。さあ、君もやってみろ」

「は、はいな」

 トウジは緊張した面持ちで、そこにいるであろうヒカリへと声を掛けた。

 

「ひ、ヒカリ。湯加減はどや?」

「ととと、トウジ!? そこに居るの?」

「あ、ああ、みんなとおるで。こっちはこっちで楽しんどるわ」

「そ、そう。こっちも楽し……きゃっ!」

 初々しい恋人達のやり取りは、ヒカリの可愛らしい悲鳴で中断した。何事かと訝しむトウジだったが、直ぐに原因は判明する。

「惚気話聞かせてくれちゃって~。ねえ鈴原、ヒカリの肌ってとっても綺麗なのよ」

「その声、惣流か?」

「白いしすべすべだし、そして何と、ヒカリってば着やせするタイプだったの」

「も、もう止めてよアスカったら」

 時々漏れ聞こえるヒカリの嬌声に、トウジは思わずゴクリとつばを飲み込む。垣根の向こうで何が行われているのか、想像が次々と溢れ出してとどまることを知らない。

 トウジは顔を赤く染めると、静かに湯船へ身体を沈めた。

 

「えへへ~、肌が綺麗って言ったら、シイちゃんもよね、っと」

「きゃぁ。ミサトさん、いきなり背後から抱きつかないで下さい」

「このもちもち肌、羨ましいわ」

「あはは、くすぐったいですって」

「でも、着やせするタイプじゃ無いけどね~……って、し、シイちゃん!?」

「うぅぅぅ」

 シイのうなり声と同時に、今度はミサトのなまめかしい声が男湯に聞こえてくる。彼女達にしてみれば軽いスキンシップなのだろうが、男達にとってはたまったものでは無い。

「ちょ、直撃です!! 理性が融解……」

「精神的ダメージが倫理観を掘削。本能が露呈していきます!」

「まだ聴覚的衝撃だ。アブソーバーを最大にすれば耐えられる」

 湯船の中で身体をくの字に曲げて、全力で欲望に抗う男達。そんな彼らを余所に、沈黙を守っていたゲンドウが雄々しく立ち上がる。

「冬月先生、後を頼みます」

「分かっている。ユイ君によろしくな……とでも言うと思ったか!」

 おもむろに女湯へ近づこうとするゲンドウの足首を掴み、冬月は強引に湯船へと引き込んだ。温泉の中でもがくゲンドウ。湯船にはサングラスだけがぷかぷかと浮かんでいた。

 

「ですが、司令の考えも分かります。このままでは理性の占拠は時間の問題です」

「分が悪いよ。女性と触れ合う機会はそうそう無かったからな」

「彼女達が本気を出したら、俺達なんてひとたまりも無いさ」

 悲しいことを言い合う日向と青葉だったが、それはここに居る面々のほとんどが思っている事だった。ネルフ時代はとにかく多忙で、職場以外で女性と過ごす時間など無かったのだから。

「人間の敵は人間か……」

「ふふ、お困りのようだね」

 劣勢に立たされた男達の前に、カヲルが悠然と歩いてきた。透き通るような真っ白な肌を、惜しげも無く晒すその姿を見て、彼らは何故か落ち着きを取り戻す。

 視覚イメージというのは、時に聴覚イメージを凌駕するのだ。

「渚君か。何かあったのかね?」

「大した事では無いけど、報告を一つ。別働隊が壊滅したよ」

 衝撃の事実に冬月達は表情を強張らせる。直ぐさま青葉と日向が端末で確認をするが、それはカヲルの言葉を肯定する結果に終わった。

「反応ロスト。応答ありません」

「マジかよ。あのメンツには、保安諜報部も……プロも入ってたのに」

「トラップが仕掛けてあったのさ。それも、かなりえげつない物が」

「ふっ、無茶をしおる。伊達に老舗旅館を名乗っていないか」

 絶望的な状況下だが、男達は何処か心躍る物を感じていた。リスクの無いゲームは楽しくない。これこそが、覗きの醍醐味なのだと本能で理解していたのだ。

「戦況は圧倒的不利か。さてどうする……」

「正面突破がおすすめですね。手入れは行き届いて居ますが、古き建物には必ず穴が存在する」

「なるほど。古典的ですが、それもまた面白い」

「気配を殺して近づこう。心を落ち着けて、呼吸を乱すな」

「さあ行くよ。おいで、リリスの子供達」

 カヲルに導かれる様に、男達は湯船からそっと立ち上がり、最後の戦いへと挑むのだった。

 

 

 

 数時間後、男達は近江屋の中庭に居た。身体に布団を巻かれ、足首を縛った縄で木から吊されている姿勢で。

「あなた……少しはご自分の立場を考えて下さい」

「ゆ、ユイ……」

「冬月先生もです! 全くいい年して、何を考えているんですか!」

「す、すまないユイ君」

 逆さづりのまま、浴衣姿のユイからお説教を受けるトップ二人。当然女性職員達からの株は大暴落だったが、それでも二人は何処か満足気だった。

 

「あんたね~……呆れて言葉も出ないわよ」

「面目ない。だが葛城、一つだけ言わせてくれ」

「何よ?」

「……綺麗だった。他の誰よりもお前が一番、な」

「な、何馬鹿言ってんのよ……」

 お説教の筈が、すっかり惚気ムードになっている加持とミサト。元々恋人関係の二人には、今回の一件もそれ程影響を与えなかった様だ。

 

「時田博士。貴方はもう少し理性的な人だと思ってましたわ」

「ははは、すいません。ただ美しい女性を前にして、どうしても歯止めが……」

「あら、良かったじゃないのりっちゃん。脈ありみたいよ?」

「母さんは黙ってて! 時田博士、覚悟して下さいね」

「お手柔らかに頼みます」

 赤木親子に説教を受ける時田は、引きつった笑みを浮かべるのだった。

 

「トウジの馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」

「す、すまん。ホンマにすまん。出来心やったんや」

「ウルトラ馬鹿ね。男の子ってどうしてこうエッチなのかしら」

「トウジの事信じてたのに……」

「言い訳のしようも無いわ。わしはお前の裸がみたくて、やってはいかん事をやってもうた」

「ふ~ん。で、どうだったの?」

「……ホンマに綺麗やった」

「トウジ……」

 二人の空気に当てられたように、アスカは舌を出しながらその場を離れた。

 

「……言い残す事はある? あっても聞かないけど」

「ふふ、悔いは無いよ。君達には未来が必要だ。特にシイさんにはね」

「う゛ぅぅぅ」

「……さよなら」

 カヲルはレイにサンドバッグにされながら、それでも幸せそうだった。

 

「不潔、不潔、不潔、不潔」

「あらあら、困った子達ね~」

「青葉……俺はもう、何も思い残す事は無い」

「俺もっすよ、日向さん。凄かったっす」

 日向と青葉は女性職員達にボコボコにされ、真っ赤に腫らした顔で、満足げに笑いながら意識を絶たれた。

 

 こうして近江屋戦線は膜を閉じた。被害甚大の男達だったが、満足げな彼らをみれば、結果として痛み分けといえるだろう。

 ただ別働隊の男達の消息は、依然として不明のままだった。

 




久しぶりに、本気で馬鹿をやった気がします。温泉旅行と言ったら、やっぱり覗きはお約束ですよね。……勿論リアルだと不味いですが。

慰安旅行は一応次回で終わりです。

後日談もこれで20話目。そろそろ折り返し地点を過ぎたと、思いたい所です。因みに以前投稿していた時は全30話だったので、これは確実に超えます。

慰安旅行編と次の話が終われば、割とテンポ良く進むかな~と。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。