~蘇る女神~
ゲンドウ達が帰還した翌日、ネルフ本部ではキョウコのサルベージ準備が着々と進められていた。既にスタンバイ出来ている弐号機へ、被験者であるキョウコが搭乗する。
精神的に不安定な彼女には、パニックを防ぐ為に睡眠薬が事前に投与された。その為キョウコは眠った状態で、エントリープラグのインテリアに座る事になる。
アスカやシイ達、発令所に集まった全員が固唾をのんで見守る中、サルベージは開始された。
「全探査針打ち込み完了」
「弐号機、搭乗者、共に異常なし」
「システムは全てMAGIの管轄下に入りました」
「了解。では、サルベージスタート」
ナオコの号令と共にスタッフ達が作業を開始する。基本的なプロセスはユイの時と同じ。ただ今回は説得を必要としない。キョウコの魂は弐号機と身体に分離しているので、そもそも対話自体が不可能だった。
「別れた魂は、自然と一つに戻ろうとする筈よ」
「でもそれじゃ、弐号機に残った魂に、ママの魂が引っ張られる事もあるって事?」
「リビドーが高まれば身体で、デストルドーが高まれば弐号機で、魂が融合するでしょうね」
アスカの疑問にナオコはさらっと答える。
「ちょっと――」
「勿論対策は立ててあるわ。今回はキョウコさんの魂に接触すると同時に、徹底的にリビドーを高めるイメージを流し込む手はずになっているから」
「何なのよそれ?」
「……見てのお楽しみよ」
疑惑の視線を向けるアスカに、ナオコは悪戯っ子の様に笑った。
「サルベージ、サードステージまでクリア」
「確認。最終ステージに移行」
「弐号機との接触を開始します」
「現在までに拒絶反応はありません」
一度同じ作業を経験している為、スタッフ達は手際よく仕事をこなす。ナオコは優秀なスタッフ達に、頼もしげな視線を向けるのだった。
「双方向回線の疑似解放開始」
「……接続を確認」
「赤木博士、そろそろアレを」
「ええ。では弐号機にデータを流し込んで」
「了解」
ナオコの指示に従って、マヤは端末を操作して弐号機にイメージデータを送り込む。それは発令所の主モニターにも映し出され、
「な、何よこれぇぇぇ!?」
それを見たアスカは顔を真っ赤にして絶叫した。
巨大なメインモニターには、アスカの映像が次々に映し出されていく。赤ん坊の時から来日するまで、アスカの成長記録とも言える秘蔵映像が惜しげも無く放出されていった。
「いやぁぁぁ、なんでぇぇ!?」
「キョウコさんにとって、貴方の存在そのものがリビドーの源なのよ」
したり顔でナオコが説明する間にも、モニターは秘蔵映像を映し続けている。最初は驚いていた一同だったが、可愛らしいアスカの映像に思わず和んでしまった。
「ほぉ~、惣流にもこない時があったんやな」
「ふふ、この頃は可愛げがあったのにね」
「あんた達うっさいわよ!」
「あしゅかがいっぱ~い。かわい~」
「……そうね。ぷっ」
「あ、あんた今笑ったでしょ」
自分の昔の姿を見られるのは、想像を絶する恥ずかしさなのだろう。アスカは顔を真っ赤にしながら、にやけるチルドレン達に噛みつく。
「はっはっは、何とも仲の良い親子じゃないですか」
「ああ。アスカはキョウコさんに似て美人になるな」
「ふふ~ん、アスカって甘えん坊だったのね。あんなにキョウコさんにべったりで」
「あ~も~見るなぁぁ!」
手をばたばたさせるアスカには、普段とは違う子供らしい魅力があった。
「大体、こんなのどっから持ってきたのよ!」
「ふっ、問題無い」
「可愛いわよ、アスカちゃん」
「し、司令、ユイお姉さん……まさか」
アスカの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
「見事な仕事だ、ユイ。ご苦労だったな」
「ふふ、どういたしまして。これだけのデータを集めるのには、流石に骨が折れましたけど」
仕事をやり遂げたと、満足げな顔を浮かべるゲンドウとユイを見て、アスカはデータ流出の犯人を知る。ゲンドウが会議している間、ユイも何かの仕事をしていると聞いていたが、それは結局教えて貰えなかった。
だが今この時、ユイがアスカの親戚を訪ね回り、ネルフドイツ支部に保管されていたデータを掘り起こし、アスカ自身も初めて見るデータの数々を集めていたのだと理解した。
「ユイさん。ご協力ありがとう」
「いえ、全てはキョウコのサルベージを成功させる為ですもの。効果はどうですか?」
「完璧だわ。凄い勢いでリビドーが上昇してるもの」
流し込まれていったアスカの映像は、キョウコの魂を確実に刺激した。リビドー計測の折れ線グラフは急上昇のカーブを描き、あっさりとサルベージ成功ラインへと到達していた。
「リビドー、更に上昇」
「境界ラインを突破しました。状況フリー」
「双方向回線を閉鎖。魂の定着作業へ移行しなさい」
「了解」
弐号機に宿っていたキョウコの魂は、現世へと引っ張り出された。やがて魂はキョウコの身体へと、本来有るべき場所へと戻るのだった。
※
ネルフ中央病院の病室で、穏やかな寝顔を見せるキョウコ。サルベージ後の精密検査でも異常は見つからず、後は目覚めを待つだけとなっていた。
その時は母子二人だけにしてあげたいと、ベッドサイドにアスカを残して一同は、病院を離れて本部の食堂へと集まる。軽い食事と飲み物を口にしながら、全員が仕事を終えた達成感を味わっていた。
そんな中、不意にシイが苦しそうな顔を見せる。
「う~うぅ~」
「……シイさん、どうしたの?」
「くりゅし~の~」
シイは胸を押さえながら、レイに訴えかける様な視線を向ける。その顔には大粒の汗が浮き出ており、体調不良なのは一目瞭然だった。
「シイ!」
「大変だわ。直ぐに病院に連れて行かないと……」
駆け寄る碇夫妻は娘の異変に顔が青ざめる。それは他のスタッフも同様で、心配そうにシイへと駆け寄った。
「呼吸が荒いわね……それに大量の発汗……っっ、凄い熱だわ」
「きゅ、救急車を呼ばなきゃ!」
「落ち着け葛城。病院なら目と鼻の先だ」
「直接連れて行った方が早いでしょうな」
「シイ、辛いんか? なんか欲しいもんはあるか?」
トウジの呼びかけにも、シイは口をぱくぱくさせるだけで言葉を返せない。熱で潤んだ瞳が、何かを訴えかける様に宙を彷徨う。
娘の危機にゲンドウは、シイの小さな身体を思い切り抱きしめる。
「シイ! 私が今病院へ連れて行ってやる!」
「……あ~……う~……」
「……碇です。今から急患を連れて行くので、大至急ドクターを。……私は大至急と言ったのよ」
ゲンドウがシイを胸に抱く間に、ユイは電話を片手に病院へ連絡を入れる。ピクリと頬を引きつらせて、不機嫌そうに電話の向こうへ凄むユイの姿に、一同は背筋が凍る思いだった。
「……最初からそう言えば良いの。では後ほど。……あなた、ドクターが快く治療を引き受けてくれたわ」
「そ、そうか……」
「さあ行きましょう。シイ、もう少しだけ頑張ってね」
力なくだらんと垂れ下がったシイの手を、ユイは両手で優しく握りしめて励すと、ゲンドウと共にシイを連れて病院へと駆けだしていった。
「……シイさん」
「ふふ、みんな大げさだね」
「随分と余裕やな、渚。お前なんか、一番に騒ぎそうなもんやけど」
動揺しきりの一同の中で、一人冷静なカヲルにトウジが突っ込む。常日頃からシイに過剰な愛を注ぐカヲルにしては、妙に落ち着いていると不思議でならない。
「まあ、シイさんの身体に何が起こっているのか、大体の予想はついているからね」
「……どう言う事?」
「彼女が飲んだ薬は遅くとも、四日以内に効果が切れると言っていただろ?」
カヲルの言葉に、会議に出席していた面々はハッと表情を変える。シイが薬を飲んでから色々あったせいで忘れていたが、今日で丁度四日。だとすれば……。
「じゃあシイちゃんが苦しんでたのは」
「身体が元に戻ろうとすれば、相当の負荷が掛かるだろうからね。それに」
「……それに?」
「ふふ、幾ら小柄な彼女でも、子供服は窮屈だろうから」
カヲルがクスッと笑いながら告げた瞬間、食堂に居たスタッフ達の目に怪しい輝きが宿った。あのまま身体が大きくなれば、当然今身に纏っている服は……破ける。
そしてそれを、ゲンドウとユイはまだ気づいては居ない。千載一遇のチャンスだった。
「「シイちゃん!!」」
先陣を切ったのはマヤとナオコ。それを青葉と日向が同時に追い、時田とその他スタッフ達が続く。風の様に駆け抜けていった彼らを、残った面々は呆れた様子で見送った。
「はぁ~。相変わらず馬鹿ばっかね」
「それだけみんな、シイさんを愛してるって事さ。まあ、ちょいと行き過ぎな気もするがね」
呆れるアスカに加持がフォローを入れる。シイが愛されているのは間違い無いだろう。ただその方向性が、少し間違っている気もするが。
「レイと渚は行かんのか?」
「……私が居なくても問題無いから」
「ふふ、僕も遠慮しておくよ。まだ殲滅されたく無いからね」
何かを予測している二人の言葉に、トウジは首を傾げる。だがそれを問い返す必要も無く、彼はカヲルが参戦しなかった理由を直ぐに理解することになった。
廊下から聞こえてきたのは、驚き戸惑うゲンドウの声と、スタッフ達が上げる歓喜の雄叫び。そして何かを殴打する破壊音と……断末魔の悲鳴。
「……シイちゃん、戻ったみたいね」
「だな」
見るまでも無く、今廊下で何が行われているのかが、手に取るように分かった。
「ま~一件落着やな」
「……そうね」
「ふふ、母は強し、かな」
なおも続く破壊音と悲鳴を聞きながら、カヲル達は全てが終わった事を理解するのだった。
長々と引っ張ってしまいましたが、ようやくキョウコのサルベージが終了しました。そのお陰で、後日談も何とか二歩目を踏み出すことが出来ました。
まだまだやり残しが沢山あるので、完結までは少々長い道のりになりそうです。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。
※キャラクター間違いを修正しました。ご指摘感謝です。