エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《碇家の夜》

 

~前夜~

 

 惣流・キョウコ・ツェッペリン博士。赤木ナオコ、碇ユイと並ぶ女性科学者にして、ゲヒルン時代には共に研究に励んだ、今のネルフを築いた功労者とも言える存在だ。

 ウエーブのかかった金髪と、年齢を感じさせない若々しい顔立ちは、安らかな寝息を立てていなければ、人形と勘違いしてしまう程美しかった。

 そんな彼女をナオコは、病室の窓から複雑な表情で見つめている。

「久しぶりね、キョウコさん」

 声も聞こえていない為、当然返事は無い。だがナオコは構わずに声をかけ続けた。

「明日、貴方のサルベージをするわ。担当は私だから、大船に乗ったつもりでいてね」

 長距離を移動してきた肉体疲労を考慮して、キョウコのサルベージは翌日行われる事になっていた。既に弐号機とMAGIの準備は整っており、時が来るのを待つだけだ。

「貴方に会えるのを待っている人がいる。貴方が会えるのを待っていた人がいる」

 アスカにとって最愛の母。キョウコにとって最愛の娘。この親子を再び向かい合わせる事が、自分の最後の大仕事だとナオコは考えていた。

「……じゃあ行くわ。次に会う時は、貴方から声を掛けてよね」

 ナオコは眠り続けるキョウコに背を向けて、静かに病室から離れていった。

 

 

 我が家に戻ったゲンドウ達は、荷ほどきもそこそこにして掃除を行っていた。数日とは言え放置されていた家の中は、ぱっと見では分からない程度だが確実に汚れている。

 本格的な掃除は後日行う事になったが、ユイが夕食の支度をしている間に、ゲンドウとレイが簡単に掃除をしているのだが。

「ほらあなた、テキパキ動いて下さい」

「あ、ああ」

「……司令。雑巾はちゃんと絞って下さい」

「む、すまない」

 妻と娘から容赦ない駄目出しを受けながら、ゲンドウは床を雑巾で磨く。ネルフの司令に雑巾がけをさせる二人に、アスカは苦笑するしか無かった。

 ドイツに同行していた彼女は、ゲンドウの頼りがいのある姿を見てきた。ゲンドウとユイのやり取りを盗み聞きして、二人の間に強い絆があるのを確認した。

 だからこそ、今目の前に広がっている光景が、ゲンドウには悪いが面白く見えてしまう。

「司令もレイとユイお姉さんの前には形無しね」

「えへへ~あしゅか~」

 家人がせわしなく動く中、アスカはリビングでシイの相手を任されていた。座るアスカの身体に、シイは甘えるように身体をすり寄せる。

 酔っ払ったシイとはまた違う無邪気さに、アスカは困惑しきっていた。

「あんた、ホントに子供になっちゃったのね」

「ん~? な~に?」

「何でも無いわ」

 事情を聞いても、まだアスカは何処か信じ切れないところがあった。人が若返るなど、これまでどんな天才だって成し遂げられなかった奇跡。

 あのリツコの才能と、その無駄遣いにアスカは小さくため息をつく。

 

「ま、あんたの場合は、小さくなってもあんま変わんないか」

「ん~」

「甘えん坊で寂しがり屋で、ホント猫みたいね」

 理性による歯止めがない分、今のシイは欲望に素直だ。人との繋がりを求める気持ちが、こうした行動に結びついているのだろう。

(あたしもこんな風にママに……)

 翌日に控えているサルベージを意識して、アスカは表情を曇らせる。その変化を察したのか、シイはすっと立ち上がるとアスカの頭を不器用に撫でた。

「いいこいいこ~」

「……あんた、何してんの?」

「あしゅか、かなしそ~にしてりゅ。こ~すれら、げんきになりゅの」

「……馬鹿」

 アスカは嬉しそうに呟くと、シイの小さな身体を抱きしめる。胸に大きな温もりを与えてくれた、この小さな少女に感謝を込めて。

 

 遅い時間と言う事もあり、アスカも一緒に夕食をごちそうになる事にした。五人で囲む食卓は、久しぶりに碇家のリビングを明るくさせる。

「事情は全てあの二人から聞いた。大変だった様だな」

「レイ、シイの面倒を見てくれてありがとうね」

「……いえ、問題ありませんでした」

 久しぶりに食べるユイの料理を味わいながら、レイは無表情で答える。この数日は確かに大忙しだったが、幼いシイと過ごしていて、少なからず自分も楽しいと感じていた。

 大変、と言う言葉は当てはまらないだろう。

「にしても、リツコって凄いんだか間抜けなんだか、よく分からないわ」

「優秀な科学者には間違い無いわね。ただ、ちょっと問題があるけども」

「君がそれを言うのか……い、いや、何でも無い」

 ユイにニッコリと微笑まれ、ゲンドウは慌てて発言を撤回する。冬月とリツコのあの姿を見た今、ユイを怒らせる事の愚を、十分過ぎる程理解していた。

「おか~しゃん、わるいこらの?」

「うふふ、シイは悪いお母さんは嫌い?」

「ううん、おか~しゃん、らいしゅき」

「あ~も~シイったら、どうしてそんなに可愛いのかしら」

 シイをギュッと抱きしめて頬ずりをするユイ。今のシイは丁度、彼女が初号機に取り込まれた時の年齢に近い。失われた時を取り戻すかの様に、ユイはシイを離そうとはしなかった。

 

「……ドイツはどうでしたか?」

「ああ。全て順調に片付いた」

 実際は長時間の会議を連日続け、決して順調とは言えなかったが、ゲンドウはそれを伝えない。親の苦労を子供は知る必要は無いと思ったからだ。

「……そうですか」

「ね~おと~しゃん。どいちゅってろこ? と~い~の?」

「ああ。ドイツはヨーロッパ……遠い所にある。飛行機でお空の上を飛んで行くのだ」

 ゲンドウの説明にシイは目をキラキラと輝かせる。

「い~な~。しいも~。しいもどいちゅいく~」

「うふふ。今度は家族揃って、旅行しに行きましょうね」

「あしゅかも。あしゅかもいっしょ」

 隣に座るアスカの服を、シイはグイグイと引っ張ってユイにアピールする。彼女の中では、アスカも家族と並んで大切な人なのだと理解し、ユイは笑顔で頷いた。

「……良かったわね」

「べ、別に。まあシイがどうしてもって言うなら、付き合ってやっても良いけど」

「……顔、赤いわよ」

「うっさいわね。これは……そう、暑いからよ。向こうは涼しかったから」

 レイの突っ込みにアスカは顔を真っ赤にしながら反論する。流石にユイの前で取っ組み合いこそしないが、この二人の関係は変わることは無かった。

「確かにドイツは過ごしやすい気候だったな」

「そうですわね。あら、忘れていたわ。シイとレイにお土産を買って来たのよ」

 ドイツの街を三人で歩いた事を思い出し、ユイはポンと手を打って告げた。

「……お土産ですか?」

「ふっ。ドイツならではの物を買い込んできた」

「お食事が終わったら見せてあげるわ」

「わ~い」

 よく分からずに喜ぶシイに、一同は苦笑するのだった。

 

 

 夕食後、リビングに移動したシイ達の前に、ゲンドウが大きなトランクをドンと置く。

「……司令。この中は全部お土産ですか?」

「ああ。これでも大分減らした方だ」

「あなたったら、珍しい物を全部買おうとするんですもの」

「ユイお姉さんもそうだった……い、いえ、何でも無いです」

 買い物の時に何かあったのか、アスカはユイの笑顔に慌てて両手を振る。レイは不思議そうにゲンドウへ視線を向けるが、ゲンドウが何とも言えない表情で小さく頷くのを見て納得した。

 きっと何かがあったのだと。

 

「ふっ、まずはこれだ!」

「うゎ~、おっき~くましゃん」

 ゲンドウが自慢げにトランクから取り出したのは、熊のぬいぐるみ、テディベアだった。愛くるしいその姿に、シイは目をキラキラさせて食い入るように見つめる。

「これはシイにだ。どうだ、気に入ったか?」

「うん、ありらと~おと~しゃん」

「む、むぅ。ふ、ふふふ」

 テディベアを抱きしめたシイから、頬へキスをされてゲンドウはだらしなく鼻の下を伸ばす。娘にデレデレの姿に三人は呆れつつも、気持ちは分かると内心彼に同意していた。

「そして、これはレイによ」

「……私に?」

「ええ、シイとお揃いなの」

「あんたの部屋って、全く飾り気が無いでしょ。これを飾るだけでも、ちっとはマシになるってもんよ」

 レイはユイから渡されたテディベアを戸惑いながら見つめる。今までにこうしたぬいぐるみなどの小物を、買ったことも貰ったことも無い彼女は、どうして良いか困ってしまう。

「そのこ、このこのおね~しゃん?」

「うふふ、そうよ。レイの熊さんは、シイの熊さんのお姉さんなの」

「はりめらして、よろしくね」

 シイは嬉しそうにレイのテディベアに、自分のテディベアを近づけて挨拶をさせる。

「……ええ、よろしくね」

 レイは小さく笑みを浮かべながら、二つのテディベアをくっつけた。

 

 

 ゲンドウのトランクからは、まるでディラックの海に繋がっているのかと疑うほど、次から次へとお土産が取り出されていく。

 アクセサリーなどの小物類、可愛らしい衣服類、そして大量のお菓子。リビングの机に積み上がっていくお土産の量は、明らかにトランクの体積を上回っていた。

「おと~しゃんすぎょい。まほ~つかいみらい」

「そ、そうか……ふふふ」

 手品のような光景に興奮するシイに、ゲンドウは得意げな笑みを浮かべる。

「因みに詰めたのはユイお姉さんだけどね」

「……ちらっ」

「荷物の収納にはコツがあるのよ。今度教えてあげるわ」

 テクニックで済むレベルでは無かったが、微笑むユイに誰も突っ込むことは出来なかった。

 

「こりぇな~に?」

「……ああ、それはバームクーヘンというお菓子だ」

「びゃ~みゅきゅ~ひぇん?」

 大きな輪っか状の菓子にシイは興味が引かれたようだ。袋に入ったそれを、つんつんと指で突きながら不思議そうに見つめている。

「……バームクーヘンは、ドイツの甘い焼き菓子だったと思うわ」

「ちっちっち。発音が違うわ。バウムクーヘンよ」

「Baumkuchenね」

 レイの発音を訂正するアスカだったが、ユイの発音はアスカのそれよりも遙かに流暢なものだった。自慢げに立てた人差し指が寂しげに震える。

「おか~しゃん、きゃっこい~。がいこくのひとみりゃい」

「……そこに本物の外人が居るわ」

「……ぐすん」

 プライドを砕かれたアスカは、そっと立ち上がるとリビングの隅で体育座りしていじけてしまった。

 

 

「あと、これはシイにお土産だったんだけど……今は渡せないわね」

「そうだな。流石に危険だろう」

「……何ですか?」

「これなんだけどね」

 ユイはトランクの底から、見事な輝きを放つ包丁を取り出した。

「前からシイが新しい包丁が欲しいって言ってたから、買ってきたのだけど」

「……今は危険ですね」

「ああ。まあこれはシイが元に戻った時に、お祝いとして渡せば良いだろう」

 三人はいじけるアスカを慰めるシイに視線を向けて、軽く頷き合った。

「それにしても良い包丁よね。そう思わない、あなた?」

「私には分からんが……」

「……すいません、私にも」

「あら残念ね。こんなに良く斬れそうなのに」

 ユイはうっとりするように包丁を眺める。蛍光灯の明かりを受けた包丁が怪しい光を放ち、それがユイの顔を照らす。

((こ、怖い……))

 笑顔のユイと包丁のコンビネーションに、ゲンドウとレイは真剣に怯えるのだった。

 

 

 子供達三人が寝付いた後、ゲンドウとユイはリビングで夫婦の時間を過ごしていた。ゲンドウはドイツのワインを、ユイはジュースを飲みながら、久々の我が家でリラックスする。

「……赤木君にも困ったものだ」

「うふふ、でも凄いと思いません? 若返りの薬なんて、人類にとっては未知の発明ですもの」

 自分もナオコやキョウコと並んで、天才と称された科学者だからこそ、ユイにはリツコの凄さが分かる。例え偶然の産物だとしても、リツコは人類の限界を超えて見せたのだから。

「ツェッペリン博士を……キョウコ君を思い出すよ」

「ですわね。あの子も突拍子の無い事をしでかすタイプでしたから」

 ゲンドウとユイは、大学時代に知り合った友人を思い浮かべる。眠り姫の彼女では無く、純真無垢の笑顔を振りまく金髪の女神を。

 二人は女神の復活を願いつつ、明日に向けて眠りにつくのだった。

 




妙な方向へ進んで居た話を戻す為、ワンクッション入れてみました。
キョウコがサルベージされれば、主要人物は全て揃います。終わりも近いこの時期の参戦ですが、最強のジョーカーにご期待下さい。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。


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