エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《夢の終わり……?》

 

~帰って来ちゃいました~

 

 

 翌日もシイのネルフ本部散策は続いていた。今日はレイの他にカヲルも保護者役で同行している。レイにとっては不本意だったが、朝食の隙を突かれて直接シイに同行を許可されてしまっては、やむを得なかった。

「……大人しくしていて」

「勿論だよ。ただそれは僕よりも、お姫様に言うべきだと思うね」

「……言える訳が無い」

「まあ気持ちは分かるけど、本当に危ない時は厳しくするのも、優しさだと思うよ」

「……分かってるわ」

 先日の落下事故を指摘されてレイは表情を曇らせる。あれは保護者失格と言われても仕方が無いミス。もしカヲルが現れなかったらと想像すると、今でも背筋が凍り付く。

「れい、ろ~したの?」

「……いえ、何でも無いわ」

「れも、かなしそ~なかおしてりゅ。きゃをるがいじめらの?」

 カヲルは自分を責めるように見つめるシイに、参ったと両手を挙げて降参する。

「らめらよ。けんかしちゃら」

「ふふ、分かっているよ。僕とレイは仲良しさ。ねえ?」

「……そ、そうよ」

「えへへ~みんななきゃよし」

 右手をレイと、左手をカヲルと繋ぎ、シイは嬉しそうにはしゃぐ。その親子の様な光景に、通り過ぎていく職員達は優しい視線を向けるのだった。

 

 

 エヴァ弐号機が格納されている専用ケージでは、ナオコがサルベージの最終調整の指揮を執っていた。キョウコが搬送されたら直ぐにでも作業に取りかかれるように、調整は急ピッチで進められている。

 作業員がせわしなく動く現場に、シイ達が姿を見せた。

「あら、シイちゃん。それにレイさんと渚君も」

「……こんにちわ」

「ふふ、お邪魔するよ」

「おね~しゃん。こんにちわ」

 ナオコは作業の手を止めて、シイ達の元へと歩み寄る。忙しいはずなのだが、それをおくびにも出さない大人の対応に、レイとカヲルはそっと感謝した。

「お散歩かしら? でもここは面白い物なんか無いけど」

「うわぁ~、おっき~おかお」

 シイはケージに固定されている弐号機の顔を見上げると、キラキラと目を輝かせる。四つ目のエヴァ弐号機は、シイにとって興味が引かれるものだった。

「汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン弐号機。それが名前よ」

「はんよ~ひとぎゃた……うぅぅ」

「シイちゃんには少し難しかったかしらね」

 大人でも舌を噛みそうな正式名称に悪戦苦闘するシイを見て、ナオコは優しく頭を撫でながら微笑む。唯一の子育て経験者だけあって、子供の扱いは慣れた物だ。

 張り詰めていたケージの空気が、二人の姿にほんわか緩んでいった。

 

 

 あまり長居すると作業に邪魔になると判断したシイ達は、ナオコと別れてジオフロントに足を運んだ。地下とは思えない豊かな自然に、シイは大はしゃぎであちこち駆け回る。

「ずっと地下に居ては気が滅入るからね。たまには自然と触れ合うのも良いだろう」

「……そうね」

「きゃはは~、れい~、きゃをる~」

 グルグルと回りながら二人に呼びかけるシイ。だが草に足を取られてバランスを崩してしまい、思い切り前のめりに転んでしまった。

「……シイさん!」

「やれやれ、お転婆なお姫様だね」

 シイの元に駆け寄ると、レイはシイに手をさし伸べようとするが、カヲルがそれを止める。

「……何?」

「転んだのは柔らかい芝生の上。怪我はしてないよ」

「……それが何?」

「シイさん、自分で立ってみよう。君は強い子だよね?」

 レイの射貫くような視線を受けても、カヲルは表情を変えずにシイに自立を促す。大人は子供ではどうしようも無くなった時に、初めて手を貸す。何でも助けてしまっては成長は望めないのだ。

 それでも文句を言おうとするレイだったが、シイがゆっくりと立ち上がろうとする姿を見て口を閉ざす。芝生に手をついて、シイは傷みに耐えながら必死に身体を起こしていく。

「ら、らいじょ~ぶ。じぇんじぇん、いたきゅ……ないもん」

 目に涙を浮かべながらも、歯を食いしばって立ち上がるシイ。洋服は汚れてしまったが、カヲルの言った通り怪我は無いようだ。

「ふふ、良い子だね。ちゃんと我慢できて偉いよ」

「うん、しい……いいこらもん」

 カヲルは服に付いた芝生や汚れを払うと、一番の笑顔でシイの頭を撫でる。それは無条件に愛を注ぐ母親とは違う、厳しくも優しい父親の姿なのかも知れない。

 

「ははは、渚君はすっかりシイさんの父親だな」

「……加持監査官」

「三人とも。今日は散歩かい?」

 口に咥えていた煙草を携帯灰皿に押し込めると、加持はシイ達の元へ近づいてくる。ズボンの裾に土がついており、彼が今まで畑作業をしていた事を伺わせた。

「そんな所です。貴方は畑の?」

「ああ。最近はようやく時間が取れるようになったからな」

 三重スパイから解放され、純粋にネルフの特殊監査部主席監査官として働いている加持。それでも他の職員よりは仕事量も多いのだが、優秀な彼にとっては以前よりも楽になったと言う印象だった。

「かじしゃん、こんにちわ」

「や、シイさん」

 加持に駆け寄ったシイは、何かに気づいて足を止める。そして不思議そうに加持のズボンに手を伸ばし、土と共にくっついていた緑のツタをつまみ取る。

「こりぇな~に?」

「ん、ああ。そいつはスイカのツタだな」

「しゅいか?」

「興味があるなら、見てみるかい?」

「うん、みりゅ」

 シイは好奇心に瞳を光らせ、加持の後に続いていった。

 

「これがスイカだよ」

「ふぁ~しゅごい……」

 初めて目にするスイカにシイは感激する。加持のスイカ畑は決して広くは無いが、手入れは十分行き届いており、レイとカヲルの目から見ても立派な代物であった。

「へぇ。前にシイさんが手入れをしていたのを見たけど、なかなか立派じゃないか」

「……これがスイカ」

「はは、ありがとう」

 誰かに見せるためにやっている訳では無いが、それでも趣味を褒められて悪い気はしない。カヲルの賛辞に加持は少し照れくさそうに頭を掻いた。

「随分大きくなってるけど、もう食べられるのかい?」

「ああ。収穫したら君達にもお裾分けするよ」

「きゃをる、これたべられりゅの?」

「ふふ、食べられるよ。スイカと言ってね、とっても甘い果物なんだ」

 スイカは夏を代表する果物の一つだ。と言っても四季が失われて一年中夏の気候となった日本では、通年食べられているのだが。

「何なら食べてみるかい? 食堂に持っていけば切り分けてくれ――」

「がぶり」

 加持が言い終わる前に、シイは畑に生えているスイカにかぶりついた。予想外の行動にカヲルもレイも、加持ですら呆然として言葉を失う。

「うぅぅ、あまくにゃい……きゃをるうそちゅいた」

「い、いや、流石にそれは予想してなかったよ」

 泣きそうな顔で訴えかけるシイに、カヲルは動揺を隠しきれない。嘘はついていないのだが、シイの主観では自分は嘘つきになるだろう。意思疎通の難しさを改めて思い知らされた。

 

 

 その後、加持は幾つかのスイカを収穫して食堂へと運び込んだ。食堂スタッフは快く切り分けてくれ、テーブルには大皿数枚分のスイカが並べられる。

 流石に四人では食べきれないと、手の空いていた職員に声をかけ、冬月達がスイカとシイ目当てで食堂へ続々と集結してきた。

「ほぅ、これはなかなか見事なスイカだな」

「あんたの趣味も役立つ事があったのね」

「そいつは酷いな」

 ミサトと加持のやりとりに、集まった面々はスイカを堪能しながら笑う。ちょっとした休憩だったが、楽しい一時であった。

「……どう? シイさん」

「うん、しゅごいおいし~。あまきゅて、しゃきゅしゃきゅしてりゅ」

「……そう、良かったわね」

 顔中に汁と種をつけて笑うシイに、職員達は癒やされる。

「いや、これは本当に美味しいですね。どうです加持さん、もっと生産量を増やしてみては?」

「おいおい勘弁してくれ。趣味が本業よりも忙しくなっちまうさ」

「あら、良いんじゃ無いリョウちゃん。こっちを本業にしてしまえば」

「りっちゃんは相変わらずきついな。これでも最近は真面目に働いてるんだぜ」

 友人からの突っ込みに、加持は苦笑して答える。以前のように危険な仕事は無くなったが、主席監査官の彼は情報の開示や規制で八面六臂の活躍を見せていたのだから。

 

 楽しく談笑する面々。その中でレイは、シイがもじもじと落ち着き無く身体を揺すっている事に気づく。

「……シイさん、どうしたの?」

「うぅぅ、といれ」

 スイカは水分とカリウムが多い。沢山食べれば、それだけ身体に水分が溜まってしまう。身体の小さいシイにはそれが顕著なのだろう。

「……行きましょう。我慢できる?」

「うぅぅ、がんばりゅ」

 シイに手を引かれて、シイは食堂から出て行った。

 

 それから一分も経たずに再び食堂のドアが開かれる。シイが戻って来たにしては余りに早い。休憩しに来た職員課と、食堂の面々は入り口へと視線を向けて……全員がそのまま固まった。

 あり得ない人物が、そこに居たのだから。

「……今戻ったぞ」

「あらあら、みんなでスイカを食べていたのですか?」

「ちょっと~。あたしの分もちゃんとあるんでしょうね?」

 碇ゲンドウ、碇ユイ、惣流・アスカ・ラングレー。スケジュール通りなら今この時、まだドイツに居るはずの三人の登場に、一同はあんぐりと口を開けたまま言葉を発せない。

 そんな冬月達のリアクションを、自分達が帰ってきた事への喜びと判断し、ゲンドウは苦笑する。

「ふっ、そんなに感激されると、流石に照れてしまうな」

「い、碇……もう戻ってきたのか?」

「ああ。仕事が順調に終わったからな。無論、ツェッペリン博士もお連れした」

 ゲンドウの言葉は、もう冬月の耳に届いてはいなかった。予定よりも早い帰還。それは普段なら歓迎するところだが、今に限っては最悪の事態と言える。

「そそそ、そうか……無事で何よりだ」

「どうした冬月。身体が震えているぞ?」

「は、ははは、歳のせいかな。スイカで身体が冷えてしまったようだ」

 それが嘘であることは、三人以外の全員が分かっている。だが誰もそれを指摘しない。冬月の気持ちが痛いほど分かるから。

「あれ? シイとレイは何処に居るのよ」

「!!??」

 核心を突くアスカの言葉に、冬月の心臓が跳ね上がる。だが彼も伊達に副司令を務めては居ない。動揺を抑えながら、頭をフル回転させて言い訳を考える。

「きょ、今日は平日だからね。二人とも学校に行っているよ」

「あ~そっか。なんか曜日感覚狂っちゃってるのよね」

「渚君はサボりなのかしら?」

「自主休校、ですよ」

 ユイの突っ込みにも、カヲルは表情を変えずに答える。元々真面目な学生として認識されていない事もあって、ゲンドウ達は誰もカヲルの言葉を疑わなかった。

 

(まだだ、まだいける。シイ君の姿さえ見られなければ、誤魔化せる)

(で、ですが副司令。もうすぐ戻ってきてしまいます)

(私が席を外して、レイに事情を説明しよう)

「あ~済まないがちょっとトイレに……」

「……戻りました」

「たらいま~」

 冬月が席を立とうとした瞬間、最悪のタイミングでレイとシイが、食堂へ戻ってきてしまった。

 

「レイ? 学校に行っていた筈では……っっっ!?」

 ゲンドウは視線を食堂の入り口へと向けて、驚愕の表情を浮かべる。レイと手を繋いで立っている少女の姿は、幼き日のシイにそっくりだったからだ。

「あんたもサボり? てか、その子誰よ?」

 アスカは訝しむ様にシイを見つめるが、次第に表情を強張らせていく。目の前の小さな少女からは、シイの面影がハッキリと見えてしまったのだから。

「まさか……あんた……シイ……なの?」

「うん。おかえり~あしゅか。おか~しゃん、おと~しゃん」

 シイはレイから離れると、トテトテとユイ達の元へと駆け寄る。そんな彼女を優しく抱き上げると、ユイは慈しむようにそっと頭を撫でる。

「ただいま、シイ」

「えへへ~」

 母親の温もりに包まれ、シイは幸せそうに笑う。そのまま暫くユイが頭をなで続けていると、シイは穏やかな寝息を立てて眠りへと落ちていった。

 

 

「さて、冬月先生」

「!?」

「色々とお聞きしたい事があるのですけど」

 微笑みながら冬月に語りかけるユイ。だがその目は笑っておらず、冬月はただ身体を震わせる事しか出来ない。

「……そうだな。私も聞きたい事がある」

「うふふ、ちょっと場所を変えましょうか」

「ま、待ちたまえ。これには深い事情があってだな」

 必死で弁解する冬月に、アスカが呆れ顔で騒動の原因を予測する。

「ど~せまた、リツコが実験でもミスったんでしょ?」

「そんなこと無いわ。今回は偶然の事故で……あっ」

 慌てて手で口を塞ぐリツコだったが、失言が消える事は無い。ユイは笑顔のままリツコにも同行を促す。

 

「……邪魔をしたな。君達は休憩を続けてくれ」

「では皆さん、ごきげんよう」

 ゲンドウとユイに連れられて、食堂から消えていく冬月とリツコ。この後二人の身に何が起こるのか、想像するに難くない。

 一同は両手を合わせて、せめて二人と再び会える事を祈るのだった。

 




碇夫妻不在シリーズ、ようやく完結です。これで後日談の主目的の一つ、キョウコのサルベージも行えそうです。
シイがまだ元に戻っていませんが……何とかなるでしょう。


次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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