エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《ドラッグパニック》

 

~全部リツコが悪い~

 

 

 ネルフドイツ支部に乗り込んだゲンドウ達は、挨拶と顔見せだけ済ませると、その足で支部に隣接している病院に向かった。

 病院の入り口にやってきた三人を、老年の男性医師が出迎える。

「ようこそ。碇司令、碇補佐官。そして……」

「お久しぶりです」

 何とも言えぬ表情を浮かべる医師に、アスカは丁寧な口調で挨拶をした。その姿に医師は何か言いたげに口を動かしたが、結局言葉にはならなかった。

「碇ゲンドウだ」

「碇ユイです。お世話になりますわ」

「グラーフです。彼女の担当医を任されています」

 ゲンドウとユイは二人の間の微妙な空気を察して、割り込むように名乗る。それに気づいたグラーフも、二人と握手を交わしながら自己紹介した。

「先生。早速ですが」

「ええ、ご案内します。どうぞこちらに」

 三人はグラーフに先導されて、病院の中へと入っていった。

 

 広い病院の中を無言で歩く一行は、やがて目的の病室の前へと辿り着く。ここまで来て、ようやくグラーフが三人と向き直って口を開いた。

「ここが彼女の病室です。入室はご遠慮頂いているので、そちらの窓から中をご覧下さい」

 グラーフの指示通り、三人はガラス張りになっている壁から中の様子を伺う。真っ白な病室の中には、一人の女性がベッドに上半身を起こして座っていた。

 胸に抱いた人形に愛おしげに語りかける女性、惣流・キョウコ・ツェッペリンを見て、三人は何とも言えぬ複雑な表情を浮かべる。

「ママ……」

「アスカちゃん、辛いのなら……」

 気遣うユイの言葉にアスカは首を横に振る。幼き日に目をつぶって逃げ出した光景。だが今は、真っ直ぐに現実を見つめる覚悟があった。

 アスカ達から少し離れた場所で、ゲンドウはグラーフに問いかける。

「状態は?」

「身体の方は問題ありません」

 魂の大部分をエヴァに残した事で、精神を病んでしまったキョウコ。だが病院スタッフの献身的な対応のお陰で、肉体的には健康状態を保っていた。

「……いけそうか?」

「ご連絡を頂いて直ぐに、メディカルチェックを済ませました。診断書もご用意できます。こちらの準備は全て整えてありますよ」

「助かる」

 ゲンドウは自分の要望に応えてくれたグラーフに感謝した。

 

「ただご存じの通り、彼女はドイツ支部が身柄を保護しています」

「分かっている。その為に私達がここに来たのだ」

 確認するようなグラーフの問いかけに、ゲンドウはサングラスを直しながら力強く言い切った。

 ゲンドウ達がドイツにやってきたのは、キョウコを本部へと連れて行く為だった。目的は当然、弐号機から魂をサルベージする事だ。

 だが、ドイツ支部がキョウコの移動に難色を示した。数度通信で交渉を重ねたが、埒があかないと判断したゲンドウは、自ら乗り込む事でキョウコの本部への移動を承認させるつもりだった。

「まあ、お二方が居るのなら大丈夫でしょう。では私はいつでも出発出来る様、準備しておきます」

「……頼む」

 グラーフは小さく頷くと、ゲンドウ達の元から去って行った。

 

「あなた。キョウコは?」

「移動は問題無い。後は私達が頭の固い奴らを説得すれば、全て片付く」

 ここから先は自分達の仕事だと、ユイは小さく息を吐くとアスカの肩にそっと手を乗せる。

「大丈夫よ、アスカちゃん。きっと上手くいくわ」

「既に本部では弐号機のサルベージ作業が進んでいる。安心しろ」

「……はい」

 アスカは病室のキョウコをちらりと見てから、二人に促されて病室の前から離れた。

 

 出口へと向かうその途中、ふと思い出した様にアスカは尋ねる。

「そう言えば、どうしてシイ達には内緒だったんですか?」

「うふふ、あの子は気にしちゃうから」

「……この事ばかり考えて、日常生活が上の空になるだろうからな」

「あ~なるほど」

 アスカが二人に同行した理由は、シイ達には里帰りと伝えられている。それはシイに余計な気遣いをさせたくないと言う、ゲンドウ達の親心だったのだろう。

「日本を離れるなんて、心配じゃ無いですか?」

「そうね。でもレイも居るし、頼りになる大人も着いてるから」

「……ああ。あの子は皆に守られている。問題無い」

 遠い空の下で今日も笑顔をいるだろう娘を思い、ユイとゲンドウは頬を緩める。シイにはレイが、友人達が、ネルフスタッフがついている。きっと何事も無く元気で生活しているであろうと、二人は安心しきっていた。

 

 

 

 

 ネルフ中央病院では、奇しくもドイツのゲンドウ達と同じように、冬月達が廊下から病室を見つめていた。中に置かれたベッドには、一人の少女が眠っている。

「どうやら状態は落ち着いたようだね」

「はい。全検査データに異常は認められません」

「はぁ~。良かったっすね」

「全くだよ。一時はどうなることかと思ったからな」

 すやすやと安らかな寝息を立てる、まだ年端もいかない少女の姿に、冬月達は安堵のため息を漏らす。それと同時に、不謹慎だとは思いつつも自然と頬がにやけてしまう。

「それにしても……これは危険だな」

「破壊力抜群、ですね」

「でもどうするんですか?」

「今は眠ってるから良いっすけど、何時までもこのままって訳には……」

「うむ。まずは一度本部に戻ってから、対策を練るとしよう」

 冬月達は少女に視線を向けてから、名残惜しそうに本部へと戻っていった。

 

 

 ネルフ本部会議室には、学校に行っているレイ達チルドレンを除く、本部の主要スタッフが集結していた。議題は勿論、病室で眠り続けている少女の事だ。

 参加者全員の着席を確認してから、冬月は静かに口を開く。

「さて。まずは事情を聞こうか、赤木君」

「……事故だったんです」

 全員にジト目で見つめられ、リツコは俯きながら声を絞り出す。

「事故? その結果があれか? 与えられた罰にしてはあまりに大きすぎる」

「……出来心だったんです」

「リツコ、あんたね。やって良いことと悪いことがあるでしょ」

「流石に今回ばかりは、弁解の余地がないでしょうな」

 普段は比較的リツコに甘いミサトと時田ですら、リツコへ厳しい視線を送っている。それだけ今回彼女が犯した罪は重いのだ。

「なありっちゃん。順を追って話してくれないか?」

「包み隠さず真実を語りたまえ。情状酌量が認められるやもしれん」

「りっちゃん……話してごらんなさい」

「……あれは今日の、午前中の事だったの……」

 加持達の言葉に促され、リツコはぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

「ふぅ、今日も忙しいわね」

 使徒との戦いが終わっても、リツコの仕事が減ることは無かった。むしろ独占していた技術の開示や、エヴァやMAGIの情報提供など、以前よりも忙しい程だ。

 白衣姿で本部をせわしなく動き回るリツコ。その前に、頭を押さえながら歩くシイが姿を見せた。

「あら、シイさん?」

「うぅぅ……リツコさん……こんにちは」

 青白い顔で無理矢理笑顔を作るシイ。昨日の一部始終を監視していたリツコは、直ぐさまシイが二日酔いで苦しんで居るのだと理解した。

「辛そうね。大丈夫かしら?」

「は、はい……うぅぅ」

「重症みたいね」

 声が頭に響くのか、顔をゆがめながら頭をさするシイの姿に、リツコは小さくため息をつく。本来なら二日酔いなど自業自得だと放っておくのだが、流石に昨日のあれは過失ではない。

 何よりも苦しんでいるシイを放っておく事など、リツコには出来なかった。

「そうね……二日酔いに効く薬があるんだけど、飲んでみる?」

「うぅぅ、良いんですか?」

「ええ。私の研究室にあるから、着いてきて」

 リツコはシイの手を引いて、自分の研究室へと向かった。

 

「えっと、何処にあったかしら」

「うぅぅ……リツコさんって……お医者さんみたいですね」

「半分は趣味みたいなものよ」

 リツコの研究室の戸棚には無数の薬が収められていた。そのどれもにリツコの手書きラベルが貼られていて、一目で自家製だと分かる。シイは痛む頭を押さえながらも、興味深げにそれを見つめていた。

「栄養剤……滋養強壮薬……肩こりが治る薬……しわを取る薬?」

「シイさんも大人になれば分かるわ。あ、これね」

 リツコは棚から小さな瓶を取り出すと、蓋を開けてシイに差し出す。栄養ドリンクの様な見た目だが、ラベルが手書きなのでやはりお手製なのだろう。

「ありがとうございます。ごくごく」

 疑いもせずに渡された小瓶の中身をシイは飲み干す。すると即効性があったのか、悩まされていた頭痛がすっと薄れていくのが実感できた。

 青ざめていた顔色はみるみる血色が戻ってきて、数分もしないうちに二日酔いは見事に消え去った。

「どうかしら?」

「凄いですリツコさん! 魔法使いみたいです! ありがとうございます」

 感激したシイに抱きつかれ、リツコはだらしなく頬を緩める。忙しいスケジュールに疲れていた彼女だが、シイのハグはどんな薬よりも効果があったようだ。

 

「もうすっかり良いみたいね」

「はい。本当にありがとうございました」

「ふふ、良いのよ。……お礼は十分貰ったしね」

 ボソッと呟く最後の言葉は、シイの耳には届かなかった。

 予定が詰まっている筈のリツコだが、折角の機会とばかりにシイとコーヒータイムを楽しむ。美味しいコーヒーを飲みながら雑談をしていると、不意にシイが机に置かれている小瓶に目をとめた。

「あれ? リツコさん。その薬はラベルが無いみたいですけど」

「それはまだ試験中の薬なのよ。ただ残念ながら失敗しちゃったけども」

「へぇ~、何の薬だったんですか?」

「若返りの薬よ」

 リツコは小瓶を手にとって、苦笑しながらシイに告げる。実際は肌年齢を若くすると言う、美容サプリメントに近いものなのだが、リツコはあえてからかうように表現をぼかした。

「女性は何時までも若くありたいと思う生き物なのよ」

「そうなんですか……」

「ふふふ。でもシイさんが飲んだら、それこそ子供になっちゃうかもしれないわね」

「も~リツコさんったら」

 冗談を言い合いながら笑う二人。和やかな空気が研究室に充満していく。

「何なら飲んでみる? 一応飲みやすい様に、チョコレートフレーバーにしてあるけど」

「はい、頂きます」

 チョコレート味ならば、とシイは受け取った薬を口に含む。人工的に作られた味だったが、口の中に広がるそれは確かにチョコレートドリンクであった。

 

「はぁ、とっても美味しいです」

「それは良かったわ。さて、名残惜しいけどそろそろ時間ね」

 壁の時計をチラリと見て告げるリツコに、シイは自分が長居してしまったと謝罪する。

「あ、はい。お忙しいのに、ごめんなさい」

「気にしないで。私が好きでやった事なのだから」

 頭を下げるシイに、リツコは優しく笑いかけながら席を立つ。シイもそれに続こうとして、異変に気づいた。

「あれ?」

「どうしたのかしら?」

「リツコさん、何だか背が伸びてませんか?」

 何を馬鹿なことを、とリツコは苦笑いしながら振り返り、思い切り顔を引きつらせた。元々小さかったシイが、さっきよりも明らかに縮んでいるのだ。

 それは着ていた制服がダブダブになっている事からも、見間違えで無いとはっきり分かる。

「し、シイさん!?」

「あれ、おかしい……何だか頭がぼやけて……きて」

 呟くシイの目は焦点があっておらず、表情はうつろだ。そしてその間にも身体は確実に縮み続けている。ここに至って、リツコはようやく事態の重大さに気づく。

「ままま、まさか今飲んだ薬が、本当に効いちゃったの!?」

「りつこさん……しい……どーなった……の?」

 首を傾げる動作を最後に、シイはパタンと俯せに倒れた。

「シイさん!? ま、不味いわ! きゅ、救護班、救護班!!」

 大慌てのリツコは、直ぐさまネルフ中央病院に連絡を取り、シイは緊急入院の運びとなった。そして、そのまま目覚める事無く今に至る。

 

 

 話を聞き終えた一同は、もう何も言えずにリツコを見つめ続けていた。今の証言を聞く限り、どう考えてもリツコが悪い。申し開きのしようも無いくらいに。

「……事故。不幸な事故だったの」

「赤木君。一度辞書を引いてみたまえ」

「とは言え困りましたわね」

 ナオコの言葉に一同は腕組みをして悩み込む。肉体が若返った以外は、シイの身体に異常は見られなかった。それは良いのだが、流石にこのままと言うわけにも行かない。

「まずはシイ君が目覚めるのを待つしかないか」

 全員が冬月の言葉に賛成し、ひとまずこの場は散会。シイが目覚めるのを待ってから、本人も交えて再度対策を検討する事となった。

 




続き物の後半戦です。

ゲンドウ達のドイツ出張は、キョウコを本部に連れて行く事が目的です。この小説ではキョウコが自殺していない以上、サルベージは可能な筈ですので。

日本は日本で大人しく帰りを待てないらしく、トラブル発生です。
リツコの扱いがちょっと酷いです。ファンの方、申し訳ありません。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。


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