エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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3話 その4《使徒接近中》

 

 第三新東京市に向かって、ゆっくりと海上を浮遊する正体不明の物体があった。赤紫色のイカと表現するのが適当なそれの接近は、ネルフにもしっかりと観測されていた。

「目標確認。波長パターン照合……パターン青、使徒です」

 マヤの報告に、発令所の緊張感が一気に高まる。

「総員第一種戦闘配置だ」

 不在のゲンドウに代わり声を張り上げる冬月の命令で、ネルフ本部内へ戦闘配置を告げるアナウンスが流れた。休息をとっていたスタッフ達は大急ぎでそれぞれ所定の配置に着く。

「民間人の避難、完了しました」

「第三新東京市は戦闘態勢へ移行します」

 そびえていたビル群が地下へと収納され、第三新東京市は要塞都市へと姿を変えた。

 

 海上から陸上へ差し掛かった使徒へ、容赦ない砲撃が降り注ぐ。数えるのも馬鹿らしくなるほどの砲弾。それらは大多数が命中したにもかかわらず、足止めにすらならなかった。

「……税金の無駄遣いだな」

 メインモニターでその様子を見ていた冬月は、皮肉混じりに呟く。それにはスタッフ達も同意見らしく、苦笑いをしながら頷く。

「十五年ぶりに襲来したと思えば、今度は僅か三週間で次の使徒ですか」

「自分勝手な奴らね。女にモテないタイプだわ」

「……肝に銘じます」

 軽口に何故か真剣に返事をする日向に、ミサトは首を傾げながらも追求はしない。

「それで、エヴァは?」

「シイさんが先程到着したわ。現在起動準備中よ」

「間に合いそうね」

 ネルフと言えども、使徒に対してはエヴァンゲリオンしか対抗手段は無い。故にパイロットの安全確保と、本部への移動手段確保は極めて重大。それが予定通り行われた事に、ミサトはホッと胸をなで下ろす。

「目標はこちらに真っ直ぐ進路を取っています」

「OK。初号機は発進後、第三新東京市で使徒を迎撃させましょう」

 砲火の中を悠然と飛行する使徒に、ミサトは鋭い視線を向けるのだった。

 

 

 特別非常事態宣言発令時には、民間人はシェルターへと避難する事が義務づけられている。特殊合金で造られたシェルターは、外部と一切の接触を断つ。それは避難している民間人の安全を守ると同時に、使徒やエヴァを人目に晒させないと言う、機密情報保持の意味合いがあった。

 二年A組の面々も所定のシェルターに避難し、それぞれ床にシートを敷いてくつろいで居た。厳しい情報規制のせいで、使徒の情報を彼らは知らない。

 だからだろうか、避難中だというのに何処かのどかな空気が流れていた。

 そんな中、

「あ~また駄目だ」

 ケンスケが無念そうな声をあげる。その手には、携帯用のテレビが握られていた。

「何や、また文字ばっかなんか?」

「情報規制って奴だよ。肝心な事は、僕達に教えてくれないんだ」

 同じシートに座っているトウジに、ケンスケは不満げにテレビを見せる。そこには、非常事態発令中である説明分と、適当な景色映像だけが静止画で映っているだけだ。

「こんなおいしい場面なのに、どうして見せてくれないんだ」

「そりゃ危ないからやろ」

「この時を逃せば、次の機会があるか分からないのに~」

 相田ケンスケという少年は、重度のミリタリーマニアだった。だからこそエヴァと言う存在に憧れ、その戦闘シーンを見たいのだろう。それは一般人であるトウジには、理解できない感覚だった。

 

「……なあトウジ。ちょっと話があるんだけど」

「なんや?」

「その、さ。少し二人で、な」

「……しゃーないな」

 友人の言わんとしている事を察し、トウジはやれやれと頷く。そのまま二人は立ち上がると、離れた位置で女子生徒と談笑しているヒカリの元と向かう。

「のぉ、委員長」

「……何」

 トウジに呼ばれ振り返ったヒカリは、一目で分かるほど不機嫌だった。原因は言わずもがなだろう。

「わしら二人、便所に行って来るで」

「はぁ、先に済ませておきなさいよ」

「すまんな~。じゃあちょいと行ってくるわ」

 トウジは軽く手を振ってから、ケンスケと連れ添ってシェルターの通路へと姿を消していく。その去り際、ケンスケの顔がにやけていたのを、ヒカリは見逃さなかった。

(……まさか、ね)

「どうしたのヒカリ?」

「あの馬鹿コンビの事なんて、気にするだけ損よ」

「避難中に連れションだもんね」

「ホント、男子って嫌よね~」

 クスクスと笑う友達の声を聞きながら、ヒカリは心を決める。

「ごめん、私もお手洗いに行って来る」

 すっと立ち上がると、呆然としている友人達を背に、トウジ達の後を追って通路へと向かっていった。

 

 

 

 シェルター内の男子トイレでは、トウジとケンスケが並んで小便器で用を足していた。幸いにも他に人が居ないことを確かめてから、トウジは視線を向けずに尋ねる。

「それで、話ってなんや?」

「外に出たいんだ。手伝ってくれよ」

「アホか。外に出たら危険やさかい、こないとこへ避難しとるんやろが」

「この機会を逃したら、もう撮影するチャンスなんて無いかもしれないんだよ」

 ケンスケは右手に持ったカメラを掲げて、必死にトウジへ訴える。だがそれは、トウジには到底理解出来ない感情であった。普通の感覚では、わざわざ危険な場所へ飛び込むなんて、馬鹿げた行為としか思えないのだ。

 そんなトウジの心境を理解したのか、ケンスケは搦め手に出る。

「……トウジには転校生の戦いを見守る義務があると思うけどな」

 眼鏡をくいっと直しながら、ケンスケはそっと呟いた。

「何でや?」

「あのな、転校生がロボットに乗らないって言ったら、僕達みんな死んじゃうんだよ」

「ええか、わしの妹は――」

「転校生が戦ってくれなければ、怪我じゃ済まなかったと思うけど」

 ケンスケに痛いところを突かれ、トウジはうっと言葉に詰まる。それはトウジも薄々気づいていたこと。だが大切な妹を傷つけられた憎しみを、シイにぶつけずには居られなかったのだ。

「ある意味命の恩人だよ、彼女は。なのにあんな事しちゃってさ」

「それは……そうやけど」

「だからさ、せめて彼女が戦う所を見守らなきゃ」

 力説するケンスケに、トウジは負けたと小さくため息を漏らす。

「お前、ほんま自分の欲望に素直やな」

 ケンスケの言葉は、半分は本音、後はトウジを焚き付けるためだろう。自分達が遠く離れた場所で見守ったところで、何が変わるわけでも無いのだから。

 だがそれを理解している上で、トウジはケンスケの提案に乗ることにした。意味の無い行為をそれでもしようとするのは、シイに対して負い目を感じていたからかもしれない。

「へへへ、あそこの天井を外せば、手動で外に出られるハッチがあるんだ」

「お前、何処からそんな情報を持ってくるんや?」

「父さんがネルフの職員でね。ちょっと端末を弄って情報を覗いたんだ」

「……親父さんも大変やな」

 トウジはケンスケの父親に同情しながらも、外に出る手伝いをするのだった。

 

 

「エヴァンゲリオン初号機、起動完了」

「内蔵電源問題なし。外部電源の接続も異常ありません」

「射出カタパルトへ移動開始」

 発令所では、着々と使徒迎撃に向けた準備が整えられていた。出撃が迫るこのタイミングで、ミサトは作戦確認の為に通信回線を開く。

「シイちゃん聞こえる?」

『はい』

「今回は訓練通り、パレットライフルによる遠距離攻撃で行くわよ」

『はい』

 ミサトの指示に答えるシイだが、その声は何処か何時もと様子が異なっていた。ミサトがチラリと周りのスタッフへ視線を向けると、彼らも同じ感想を持ったらしく表情を曇らせている。

「シイちゃん、少し様子がおかしいですね」

「緊張してるんでしょうか?」

「気合いは入ってる見たいですけど……」

 読み取れぬシイの状態に、オペレーター達も困惑の表情を浮かべる。

(空元気で焦れ込んでる……そんな感じかしらね)

 そんな中ミサトは作戦部長として、冷静にシイの状態を分析していた。

「シンクロ率は前回とほぼ変わりなし……だけど、心理グラフが不安定だわ」

「神経パルスにも、若干の乱れがあります」

 マヤが心配そうに報告を行う。シイが通常の精神状態では無い事は、データにハッキリと表れていた。使徒との戦いが迫る今、非常に大きな不安要素と言える。

「朝は何時も通りだったわ。とすると……」

「学校で何か、心を乱されるような事があったと考えるのが妥当ね」

 ぎくり、とリツコの発言に冬月の肩が震えた。それを目ざとく見つけたミサトが、冬月に問いただす。

「副司令、何かご存じですね?」

「い、いや、何も……」

((じぃぃぃぃぃぃ))

(む、むぅ……)

 発令所スタッフから一斉に疑惑の視線を向けられ、冬月は思わず冷や汗を流す。

 シイを始めとするチルドレンは、保安諜報部によって秘密裏に護衛されている。そして、その保安諜報部は冬月の管轄下にあった。なので当然、シイの身に起こった事も知っている。いるのだが……。

(言える訳が無い。彼女が男子に殴られたなど知れたら……)

 間違いなく冬月は発令所スタッフから、総すかんを食らうだろう。それを防げなかったのは明らかに保安諜報部のミスなのだから。

 だがゲンドウが出張で不在の今、指揮系統がズタズタになるのは何としても避けなければならない。

(しかし黙秘を続ければ、かえって不審に思われるな。ここは)

「学校で少々友人とトラブルがあった様だ。それが影響してると思われる」

 嘘ではないが真実全てを話してもいない。大人らしいズルイ方法で、冬月は危機を脱した。

 

 

「友人とのトラブルか……シイちゃん結構打たれ弱そうだもんね」

「でも、使徒はそんな事情を考慮してはくれないわ」

「分かってるわ」

「使徒、第三新東京市に到達!」

 青葉の報告に、発令所の空気ががらりと変わる。結局国連軍による集中砲火は、本当に足止めにすらならなかったようだ。

 今はシイのメンタルケアをしている余裕は無い。あの精神状態の彼女を、戦場に送り出す事にミサトは少し迷う仕草を見せたが、

「エヴァンゲリオン初号機、発進!!」

 僅かな逡巡の後、迷いを振り払うような凛とした声で、初号機の発進命令を告げた。

 

 地上へと射出される初号機。プラグ内のシイは、思い詰めた表情でレバーを握りしめる。

(誰も……怪我をさせない。させるもんか)

 悲壮な決意を胸に、シイは使徒との戦いに挑む。

 




食べたら美味しそうランキングで、堂々一位のシャムシエル登場です。さて、どのような活躍を見せてくれるのでしょうか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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