エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《日本とドイツ》

 

~カップルの日常~

 

 服屋を出て再び繁華街を歩くシイ達は、道行く人たちからの視線を集めていた。

「うぅぅ、みんな見てる……やっぱりこの格好似合ってないんだ」

「……まるで罰ゲームね」

「ふふ、違うよ。みんな君達に見とれてるのさ」

 カヲルの言葉通りシイとレイに向けられる視線は、どれも好意的なものであった。もしカヲルが隣を並んで歩いていなければ、たちまち二人は男達からナンパされていただろう。

 ピンクのワンピースを着たシイは、庇護欲をそそる雰囲気が一層協調されていた。可憐な姿はまさに、箱入り娘と言う言葉がぴったりだ。

 色違いで青のワンピースを着ているレイには、人形の様な美しさがあった。透き通るような白い肌と珍しい赤い瞳が、人とは違う神秘的な魅力を醸し出す。

 そしてそんな二人と並んで歩くカヲルにも、女性たちから熱い視線が注がれていた。傍目には美男美女のカップルと、その妹が仲良く歩いている様に見えるだろう。

(アダムとリリスのカップルか……あり得ないね)

 敏感に周囲の人の意思を察したカヲルは、自嘲気味に微笑むのだった。

 

 

「行かせてくれ!」

「駄目です! 絶対に許しません!」

 発令所ではシイ達の所に抜け駆けしようとする冬月を、リツコ達が総出で取り押さえていた。体力には自信のある冬月だったが、流石に若い青葉と日向には敵わない。

 無様にもうつ伏せの姿勢で組み伏せられてしまった。

「副司令。いい加減大人しくしてください」

「そうっすよ。あそこに行きたいのは、みんな同じなんすから」

「……不潔」

 もがく冬月を見てポツリと呟くマヤ。完全に自分の事は棚に上げていた。

「ふぅ。それで様子はどう?」

「はい。現在シイちゃん達は繁華街を南に移動中です」

 第三新東京市に設置された無数のカメラは、シイ達の姿を見失うこと無く追い続けていた。

「次は食事? いいえ、まだ早いわね。だとすると一体何処に……」

「映画とかじゃ無いっすか?」

「いやいや、ここはお店めぐりだろ。女の子はウインドーショッピングが好きだし」

「し、シイ君にはそれは当てはまらないだろう。ぐぅぅ、ここは公園で一息つくと思うがね」

 今後の動きについて、あーでもないこーでもないと意見を出し合うリツコ達。するとモニターに映るシイ達の足がピタリと止まった。

 

 

「あれ? ねえ、あそこに居るのって」

「……鈴原君と洞木さんね」

「彼らもデートしているみたいだね」

 視線の先には黒いジャージを着ているトウジと、こちらはおめかししているヒカリの姿があった。どうやらゲームセンターの店頭で、何やらゲームをしている様だ。

「人の恋路を邪魔したら馬に蹴られてしまう。ここは気づかない振りをしようか」

「……そうね」

「少しコースを変えよう……って、シイさん?」

「……遅かったわ」

 カヲルの気遣い空しく、シイはニコニコしながらトウジ達の下へと駆け寄ってしまった。

 

「鈴原君! ヒカリちゃん!」

「し、シイちゃん!?」

「よ、よぉ。奇遇やな~」

 予期せぬシイの登場に、トウジとヒカリは思い切り動揺する。周囲に公認されているカップルの二人だが、デートの最中に知り合いから声をかけられるのは、流石にきついものがあった。

 顔を引きつらせる二人へ、申し訳なさそうにカヲルとレイが近寄ってくる。

「デートの邪魔をしてしまったね。すまない」

「……ごめんなさい」

「え? あっ……ごめんなさい」

 頭を下げるカヲルとレイ。そしてその光景を見て、ようやく自分の行動が悪いことだったと悟ったシイも、慌てて謝罪する。

「う、ううん、良いのよ気にしないで。ねえ、トウジ」

「そやで。わしらは別に、やましい事しとる訳や無いからな」

 少し落ち着きを取り戻した二人は、シイ達へ構わないと軽く手を振る。そもそもこのメンバーで、隠し事をする必要など無いのだから。

 冷静になったヒカリは、普段と違う姿のシイとレイに気づく。

「あら、シイちゃんとレイちゃん、その格好」

「ほぉ~珍しいのぅ。お前らがそないおめかしして出歩くなんて」

「う、うん。ちょっとね……」

「今日は僕とデートだからね。こうして着飾ってくれたのさ」

 さりげなくシイの肩に手を回そうとするカヲルだったが、レイの鉄壁のガードに阻止されてしまう。そんな普段通りの三人に、トウジとヒカリから緊張感が消えていった。

 

「……二人は何をしていたの?」

「ん、ああ。ブラブラしとったんやけど、ちょいとこいつがな」

 トウジは大きな箱形のゲーム機を指さす。

「これって、ゲームなの?」

「UFOキャッチャーだね。確かお金を入れてクレーンを動かし、景品を取るゲームだったかな」

 カヲルの言葉を聞いて、シイはUFOキャッチャーを改めて見る。ガラス張りの箱にぬいぐるみが山積みにされており、二本爪のキャッチャーが上から吊されていた。

 何処にでもあるゲームなのだが、初めて見るシイとレイは興味津々の様子。

「なんや、シイもレイも初めてかいな」

「うん。ゲームセンターは不良さんが行く所だから、入っちゃ駄目だって言われてたから」

「私もそう思ってたけど、意外と女の子も遊んでるのよ。先入観って駄目ね」

 真面目な性格のヒカリはトウジに連れてこられるまで、ゲームセンターに立ち寄った事は無かった。不良のたまり場だと敬遠していた場所だが、いざ入ってみると自分の認識が間違いだったことに気づかされる。

 この二人は互いに足りない所を補う、お似合いのカップルなのかもしれない。

「話から察するに、散策中にこれを見かけて、君が洞木さんに取ってあげようとしてた、かな?」

「ま~大体そんなとこや」

「可愛いぬいぐるみだね。この猫さんとか、凄い可愛い……」

 大きな猫のぬいぐるみを見つめて、シイは目をうっとりさせる。第三新東京市にやってきたからは、厳しい財政事情もあって、無駄遣いを控えていたからシイだが、元々はぬいぐるみなど可愛い物が大好きだ。

 彼女には景品のぬいぐるみは、さぞ魅力的に映っているのだろう。

「……シイさん。欲しいの?」

「うん。でもこれって、私でも取れるのかな」

「ん~初めてやと、この大きさの奴はきついかもな。配置もちいと悪いし」

 そこそこ場数を踏んでいるトウジが、冷静に状況を分析する。店頭に置かれているUFOキャッチャーは、客目を引くために目玉商品を置く事が多いが、その分獲得は難しい。

「そっか……残念」

「まぁ、そないガッカリすんな。店ん中には他にも色んな景品があるさかい、見て回ったらええ」

「うん。ねえカヲル君」

「ふふ、勿論良いとも。シイさんが望むがままに」

 遊んでいっても良いかと視線で訴えるシイに、カヲルは微笑みながら頷く。シイの為のデートなのだから、彼女が望む事を拒否する筈が無かった。

「なら折角だし、私達も一緒に良いかな?」

「え、でも二人はデート中じゃ」

「トウジとはいつでも遊べるけど、シイちゃん達と遊べる機会はあまり無いから」

「そやな。ここは人数が多い方が楽しいで」

 断る理由など無い。シイは二人の提案に頷くと、期待に胸を膨らませてゲームセンターの中へと踏み込んで行くのだった。

 

 

 主モニターに映し出された景品のぬいぐるみを見て、リツコはうっとりと頬を染めていた。

「あのぬいぐるみ……良いわ」

「やれやれ、君の猫好きも大した物だな」

「あれって取れるのかな?」

「MAGIは千円の投資で獲得可能と回答しています」

「……MAGIって便利だな」

 トウジ達が加わった事でシイ達の状況は、デートから仲の良い友達同士の遊びへと変わっていた。それが発令所の緊張感を幾分和らげている。

「娯楽施設が賑わっているのは、平和な証だな」

「ええ。正直な所、こんな光景は想像出来ませんでしたわ」

 使徒との戦闘が続いていた時は、どうしても生活必需品や食料の確保を優先してしまい、ゲーム等の娯楽は後回しになっていた。

 最前線で戦っていたシイ達が娯楽施設で遊ぶ姿は、彼らにとって感慨深い物があった。

 

 

 初めて目にするゲームの数々。シイはおもちゃを与えられた子供のように目を輝かせて、色々なゲームに興味を持つ。そんな彼女を見守るカヲルとレイは、すっかり保護者になった気分だった。

「碇家が厳しい家だとは聞いていたけど、ここに来てからは遊びに行けたんじゃ無いのかい?」

「……シイさんは忙しかったから」

 学校にネルフに家事とフル回転だったシイには、自由に使える時間がほとんど無かった。学校帰りの寄り道が精々で、こうして時間を気にせず遊ぶと言う事は不可能とも言えた。

「なるほど。ならあの笑顔は頑張ったシイさんに与えられた、当然のご褒美かもしれないね」

「……そうね」

「君は遊ばなくて良いのかい?」

「……騒がしいのは苦手」

 そう言いながらも、賑やかな店内に入ってシイを後ろから見守るレイに、カヲルは苦笑する。姉から妹に注がれる愛情がいかに深い物なのかを再確認させられてしまった。

「レイさ~ん、カヲルく~ん、こっちこっち。五人で一緒に遊べるんだって」

「ふふ、ご指名だよ?」

「……行くわ」

 結局レイもシイに引っ張られる形で、初めての遊びを満喫するのだった。

 

 

 日本から遙か遠く離れたドイツ上空に姿を現したネルフの高速輸送機は、薄い霧を切り裂きながらネルフドイツ部のヘリポートへと着陸していく。

 やがて機体が完全に静止すると中からゲンドウとユイ、そしてアスカが順にヘリポートに降り立った。

「無事に着きましたね」

「ああ。予定通りだ」

 ゲンドウは軽くサングラスを直しながら、夜明け前の空に視線を向ける。

「アスカちゃん大丈夫? 疲れてないかしら?」

「……はい」

 気遣うように声を掛けるユイに、アスカは固い表情で答える。そこにはいつもの強気な姿は無く、何処か緊張している様にも見えた。

「気持ちは分かるわ。でも今から気を張っていたら、身体が参ってしまうわよ」

「全て我々に任せておくと良い」

「おばさま……司令」

 自分を気遣ってくれた二人に感謝を伝えようとするアスカだったが、大切な事を忘れていた。

「あらあら、アスカちゃん?」

「う゛っ……ユイお姉さん」

 良く出来ました、とアスカの頭を撫でるユイ。そこには少しでもアスカの緊張をほぐそうとする、ユイの優しい思いが込められていた。

「さて、それじゃあ頭の固いドイツ支部の方々に、ご挨拶しに行きましょうか」

「ああ。此度の計画は、何としても押し通す」

 サングラスを直して歩き出すゲンドウ。その二歩後ろを歩くユイ。頼もしい二人の姿を見て、アスカはようやく小さな笑みを浮かべた。

(待っててね、ママ。必ず……)

 登り始めた朝日が照らす中、三人はネルフドイツ支部へと乗り込んでいくのだった。

 




ここまで沈黙を続けていたアスカですが、実はゲンドウとユイに同行して、ドイツにやって来ていました。目的が目的ですので、日本で待っていられなかったのでしょう。

度々名前が出てくる京都の碇家ですが、原作でも登場していないので、作者の妄想で設定をさせて頂いております。
レイが養子になったので、一度ケリをつける意味でも挨拶が必要ですよね。
続き物を終わらせて、三月三十日を突破して……Q公開に間に合うかな……。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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