エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《三兄妹》

 

~まずは形から~

 

 第三新東京市の繁華街は、週末と言うこともあり多くの人で賑わっていた。エヴァ量産機との戦闘以降、非常事態宣言は完全に解除されていたので、人々の心にも以前に比べゆとりがみられる。

 使徒との戦いが行われていた時は途切れがちだった流通も安定し、要塞都市から真に人々が暮らす都市へと確実に移行しつつあった。

 

 そんな平和な街を、シイ達三人はのんびりと歩いていた。シイを守るようにレイとカヲルが両側に立つ姿は、仲の良い兄妹の様に見える。

「何だかこうして自由にお買い物するのって、久しぶりだね」

「……そうね」

「こんないい天気なんだ。家にこもっているなんて、勿体無かっただろ?」

「うん。ありがとうカヲル君」

 シイは心底楽しげに、隣を歩くカヲルに笑顔を向けた。見るものを幸せにする笑顔。カヲルはそれを見れただけで、満足感を覚えていた。

「……それで、何処に行くの?」

 カヲルに対抗するように、シイを自分の方へと軽く引っ張りながらレイは尋ねる。

「そうだね……シイさんは行きたいお店とか、やりたい事はあるかな?」

「ん~無い、かな。こうして二人と一緒にお出かけしてるだけで、凄い楽しいから」

「……ハードルが上がったわ」

「そのようだね」

 既に十分外出を満喫しているシイに、これ以上楽しんでもらう。カヲルは期待を裏切らないよう、頭の中でプランを練り上げるのだった。

 

 

「目標は繁華街北地区を移動中」

「MAGIに予想目的地を割り出させて」

「はい」

 ネルフ本部発令所ではオペレーター三人組とリツコ、それに冬月が真剣な表情でモニターを見つめていた。使徒戦以来出番が無かった主モニターは、第三新東京市に設置された監視カメラの映像を映し出す。

 楽しげに歩くシイ達の姿に、リツコ達は複雑な思いを抱く。

「シイさんが楽しんでいるのは何よりだけど……」

「はぁ。本当だったら隣を歩いているのは、私だった筈なのに」

「出遅れてしまったな。まさか直接乗り込んでいくとは……」

「ありゃ卑怯っすよ。普通の人間じゃ出来ない荒業っすから」

「結果が全てだろ。俺達が誘いをかける前に動いた。悔しいけどそれは認めるしかない」

 ここに居る面々は全員、シイを誘おうとしていた。ゲンドウとユイが不在という状況は、彼らにとって千載一遇のチャンスだったのだ。

 だが、朝一でベランダから登場と言う離れ業を披露したカヲルに、後手を踏んでしまった。彼らに出来ることは、こうしてモニターで状況を見守ることだった。

 

「まあ唯一の救いは、レイが一緒に居ることだな」

「ええ。敵に回せば厄介ですが、この状況下では本当に頼りになりますもの」

 冬月とリツコは心底安堵したように頷き合う。カヲルの天敵である彼女は、恐らく完璧にシイを守ってみせるだろう。それだけレイに対する信頼度は高かった。

「でも良かったですよね」

「何がだ、伊吹?」

「だってもしレイがシイちゃんを狙っていたら、それこそ手の打ちようがありませんから」

 マヤの言葉にその場に居た誰もがああ、と納得してしまう。近しい人間の中でシイが一番心を許しているのは、恐らくレイだろう。万が一レイにその気があれば、非常にまずい状況だった。

 だがレイは姉のポジションに納まった。これは彼らにとって、最大のライバルが消えたと同時に、最強の敵が誕生した事を意味する。まさにジレンマであった。

「碇とユイ君が揃って出かけたのも、彼女を信頼しての事だろうからな」

「ですわね。あの渚君もレイの前には形無しですから」

「あっ! 目標に動きがありました」

「三人は衣料品販売店へと入っていきます」

「保安諜報部は店外にて待機させます」

 監視カメラの映像が目まぐるしく切り替わり、店内の防犯カメラとリンクする。ネルフの強権とMAGIの無駄遣いが成し得る匠の技であった。

 

 

 シイはカヲルにエスコートされてやってきた店を見て、少し意外そうに尋ねる。

「ここ、お洋服屋さんだよね。カヲル君服が欲しいの?」

「……学生服しか無いものね」

「それはお互い様だろ? いや、今日はシイさんの服を買いに来たんだよ」

「わ、私の!?」

 驚いて自分を指差すシイに、カヲルはニッコリと頷く。

「制服姿の君も素敵だけど、可愛い服を着ているシイさんも見てみたくてね」

「……そうね」

 カヲルの提案に珍しくレイも即座に同意をする。今日も折角休日に外出していると言うのに、三人揃って学生服。あまりに飾り気が無さ過ぎた。

「でも今持ってる服は、まだ着られるから……」

「ん?」

「……シイさんは物持ちが良いのよ。服の綻びも直してしまうわ」

「ふふ、物を大切にするのはいい事だよ。でもサイズが変わったりは……あっ!」

 失言に気づいたときには時既に遅し。ガックリと肩を落として凹むシイ。そしてそんな彼女を慰めながら、カヲルに冷たい視線を向けるレイ。

 注意していた筈の地雷を、カヲルは見事に踏み抜いてしまった。

「ち、違うんだよ。僕はつまり――」

「ううん、良いの。成長してないのは……本当の事だから……」

「……泣~かせた~、泣~かせた~」

「だから違うって。君も煽らないでくれないか? 大体なんだいその歌は」

「……ユイさんが、もし貴方がシイさんを落ち込ませたら、こう言えって」

 またしても彼女か、とカヲルはドイツに居るであろうユイを思い切り恨んだ。

 

 

 どうにかシイのテンションを戻したカヲルは、お詫びとばかりにとある提案をする。

「ねえシイさん。君の服を僕に買わせてくれないかな?」

「え?」

 驚くシイにカヲルは余裕を感じさせる笑みを浮かべて答える。

「お詫びだよ。綺麗な服で着飾った女性とデート出来るのは、男として光栄な事なんだ。そしてデートで女性に財布を出させるなんて、あまりに情けないからね」

「……ありがとう。じゃあレイさん、選ぼう」

「え゛!?」

 レイの手をとって商品を選ぼうとするシイに、カヲルは思わず目を丸くする。そう、彼は失念していた。レイも女性であり、シイは人の言葉を素直に受け取る子だと。

「カヲル君って優しいよね」

「……そうね……くすくす」

 思惑が外れたカヲルに、レイは失笑しながらシイと共に店内を歩く。だがカヲルにとっては、それは些細な誤算だった。結果としてシイに服を買うことが出来るのだから。

(ゼーレからお小遣いはたんまり貰っていたしね。全ては流れのままに、かな)

 

 

 洋服を買うときのお約束といえば、呼んでも居ないのにやってくる店員の存在だ。今回も例外ではなく、レイとシイの元に笑顔の店員がそっと近寄ってくる。

「いらっしゃいませ。お探しの服はございますか?」

「え、えっと……」

「お客様は小柄ですので、こうした服などお似合いかと思いますわ」

「その、あの」

「勿論全て試着できますので、ぜひご利用くださいませ」

「うぅぅ、レイさん……」

 服を買うことに慣れていないシイは、店員のセールストークに困惑してしまう。思わず隣のレイへと救いを求めるが、そもそも買い物の経験がほとんど無いレイはもっと困っていた。

「ふふ、お困りのようだね」

 そんな二人を見かねたのか、カヲルが微笑みを浮かべてやってくる。先のやり取りから、カヲルがシイ達の知り合いだと分かっていた店員は、セールストークのターゲットをカヲルに変更した。

「お客様はこのお二方のお友達ですか?」

「まあ、友達以上恋人未満かな」

「あらあら、そうでしたか」

 チラッとシイに視線を送るカヲルに、店員は口元を手で隠してニコニコと笑う。カヲルの微妙な言い回しを聞いて、学生の甘酸っぱい関係とでも理解したのだろう。

「本日はどの様なお洋服をご所望ですか?」

「そうだね……この二人に似合う服を見繕って貰えるかな?」

「ええ、勿論ですとも」

 カヲルのアバウトな要望にも、店員は即座に答えてみせる。

「じゃあ二人とも、このお姉さんがコーディネートしてくれるから」

「さあさあお客様はこちらにどうぞ」

 水を得た魚の様に生き生きとする店員に背中を押され、シイとレイは未体験ゾーンへと突入していった。

 

 

「駄目です! 試着室内をモニター出来ません!」

「馬鹿な!?」

 青葉の絶叫に冬月が目を見開いて戸惑いを露わにする。

「直轄回路に切り替えられる?」

「いえ、保安諜報部は渚カヲルの存在があるため、店内に侵入できません」

「ちくしょー。何で試着室に防犯カメラが無いんだよ!」

 常識で考えれば当たり前の事だが、試着室には監視カメラが無いので、シイ達の着替えシーンはメインモニターに映らない。発令所のスタッフからは落胆のため息が漏れていた。

 ここにアスカが居れば、間違いなく言っていただろう。『あんた達馬鹿ぁ?』と。

 

 あらゆる手段を講じたリツコ達だったが、無情にも時間だけが過ぎていく。そして。

「……シイちゃんとレイの試着、終了しました」

「何てこと……」

 試着を手伝って居た店員がカヲルを呼んだのを、彼らはモニターで確認した。それは二人の試着が終了した事を意味する。お通夜の様な空気が発令所に漂う。

 だが試着室のカーテンが開かれた瞬間、一転して歓喜の声が沸きあがった。

「素晴らしい! 素晴らしいぞ!」

「シイさん……良い」

「レイとお揃いなのね。可愛い~」

「……生きてて良かった」

「……そうっすね」

 着替えを終えた二人を見たリツコ達は、手の平を返したようにうっとりと頬を染める。実はリツコと冬月以外の面々は、シイの学生服姿以外を見たことが無い。その二人も部屋着を見ただけで、本格的に着飾った姿を見るのは初めてだ。

 そんな彼らにフリルのついたワンピースを着たシイは、あまりに刺激的であった。

 

 

 試着室から出てきた二人と対面したカヲルは、思わず感嘆の声を漏らす。

「如何ですか? お二人によくお似合いだと思いますが」

「そうだね。よく似合っているよ、シイさん。それにレイ」

 カヲルに褒められて、シイは恥ずかしそうに頬を染める。外出着を着ることが少ない彼女にとって、慣れない格好で照れていると言うのもあるのだろう。

「変じゃないかな?」

「勿論さ。女神が天から降りてきたのかと思った位だよ」

「えへへ……ありがとう」

 大げさなカヲルの言葉をお世辞半分に聞いたシイだが、それでも褒められて嬉しくない筈が無い。まだ違和感があるのかワンピースを指で弄っているが、満更では無いようだ。

「君も似合っているよ。どうだい、服を変えてみた感想は?」

「……落ち着かないわ」

 表情こそ変えないが、レイも初めて着た外出着に戸惑いを感じているようだ。ただそれが悪い感情では無いと、カヲルはほんの僅か緩むレイの頬を見て理解した。

 

 カヲルは店員にカードを渡すと、この服を着ていく旨を告げる。こうしてカヲルが立てたデートプランの一歩目。着飾ったシイとデートをすると言うそれは、見事達成されたのだった。

 




執筆前に原作を見直したのですが、シンジとレイの学生服姿以外って、見たことないですよね。まあシンジは凄いセンスの部屋着を着ていますが、外出するときはずっと学生服だった気がします。
アスカだけは加持とのお出かけシーンなど、やはりおしゃれに気を遣ってましたね。

折角平和になったので、形から入ってみました。

今後もお付き合い頂ければ幸いです。

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