エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《姉と妹、そして兄……》

 

~誕生日~

 

 シイ達はいつものように、お昼休みを第一中学校の屋上で過ごしていた。

「へぇ~。ヒカリのお姉さんは昨日が誕生日だったんだ」

「うん。でもお姉ちゃんったら、もうこの歳になったらめでたくないって」

「う~ん、そうなのかな? ミサトさんも言ってたけど」

 以前ミサトと同居していた時、シイとアスカでミサトの誕生日を祝った事があった。本人は二人にお礼を言いつつも、コダマと同じ台詞を残していたのだ。

 とは言え、流石に十四才の子供にそれを分かれというのは、酷な話だろう。

「この世に誕生した日を祝う。リリンの生み出した文化は祝福で満ちているね」

「相変わらず大げさなやっちゃな」

 カヲルの独特な言い回しにトウジは苦笑する。カヲルが使徒だと知らないヒカリとケンスケは、当初リリンと言う言葉に不思議がっていたが、今ではすっかり慣れてしまっていた。

「あ、そう言えばカヲル君の誕生日っていつなの? もしまだならお祝いを――」

「ふふ、とても嬉しいけど、生憎と過ぎてしまったよ。一応、九月十三日と言う事になっているからね」

 カヲルには一般的に誕生日と呼べる日は無い。ただユイの遺伝子とアダムの遺伝子を融合させた日、すなわちセカンドインパクトの日が、彼がこの世に生を与えられた日となっていた。

「なら次はちゃんとお祝いしようよ。私、マヤさんに教えて貰ってケーキを作るから」

「楽しみにしているよ」

 人類にとって忌むべき存在だったカヲル。当然誕生を祝って貰った事などある筈も無く、シイの言葉はカヲルにとって実は相当嬉しいものだった。

 

「それにしても、まさかあんたに誕生日があったなんてね」

「あくまで形式的なものさ。それにここのID登録に生年月日が必要だからね」

「……ん、あれ?」

 カヲルの言葉を聞いていたケンスケが、何かに気づいたように眉をひそめる。

「どうしたの相田君?」

「あのさ、渚はレイと同じで……ちょっと特殊な生まれ方をしたんだよな?」

 遠慮がちに尋ねるケンスケに、カヲルは気にするなと微笑みながら頷く。

 彼とヒカリはシイ達から、レイの生まれについて説明を受けていた。ネルフで保管されていたユイの遺伝子から、人工授精で誕生した、と。

 以前からユイとレイが酷似している事に気づいていた二人だったが、その説明を聞いて納得出来た。同時に秘密を話してくれた事に感謝し、決して他言しないと誓った。

「じゃあさ。レイにも誕生日があるんだよな?」

「あんた馬鹿ぁ? この変態にあるんだから、レイにだってあるに決まってんじゃん」

 酷い言われように苦笑するカヲル。ただこれがレイに気を遣わせないようにする、アスカなりの気配りだと気づいていたので、あえて突っ込みはしない。

「いや、そう言う意味じゃ無くてさ。ほら、レイの誕生祝いってやった記憶が無いから」

「言われてみると、確かにやっとらんな」

 この面々が友人となってから、ケンスケ、トウジ、アスカ、ヒカリの誕生日には、みんなが集まってささやかながら誕生パーティーを開いていた。

 ただレイに関しては、本人が誕生日を口外しなかった事と、彼女の生まれが機密事項であった為に、これまで誰も触れられずにいたのだ。

「ま、レイだけやらないってのは流石に不公平ね」

「ねえ、レイちゃん。誕生日を教えてくれない?」

 全てに決着が付き、ここに居る面々はレイの事を理解しているのだから、もう隠す理由は無いだろう。だがレイは困ったように小さく首を横に振る。

「……ごめんなさい」

「言っちゃ駄目って言われてるの?」

「……いえ、知らないの。誕生日」

 レイの言葉にシイ達は全員絶句した。

 

 

「ま、まあ、冷静に考えればあり得る話よね」

「そやな。これまで気にすることも、あんま無かったやろうし」

 レイは誕生してから、ほとんど外部と接触すること無く生活してきた。悪口になってしまうが、シイと出会う前は人形の様だった彼女が、誕生日に関心が無くても仕方ないだろう。

「レイちゃんは今、シイちゃんの家族なのよね?」

「……ええ」

「養子手続きはやっただろうし、本人が知らないだけで誕生日はあるって事だよな」

 ケンスケの呟きに反応したシイは、即座に携帯電話を取り出すと、短縮ダイヤルで電話を掛ける。知らないのならば、知っている人から聞けば良いのだと。

 数コールの後、受話器の向こうから低い男の声が聞こえてきた。

『……私だ』

「お父さん、シイだよ。あのね、誕生日を教えて欲しいんだけど」

 ゲンドウは娘からの電話に内心喜んでいたが、用件を聞いて少し寂しそうな声色で答える。

『四月二十九日だ』

「それはお父さんの誕生日でしょ。知ってるよ」

『そ、そうか……』

 主語を抜かれては誰だって自分の誕生日を答えると思うが、ゲンドウはシイに注意すること無く、嬉しそうに安堵の呟きを漏らした。

「そうじゃなくて、レイさんの誕生日を知りたいの」

『レイの、か?』

「うん。お父さんは知ってるよね?」

『……ああ』

 知らない筈が無い。ゲンドウはレイを造った張本人であり、今は父親でもあるのだから。

「教えて、お父さん」

『……レイの誕生日は、三月三十日だ』

「三月三十日……ありがとうお父さん」

 目的の情報を得たシイは、笑顔で感謝を告げると通話を終えた。

 

「みんな、レイさんの誕生日は三月三十日だよ」

「へぇ~ギリギリね」

「うん。後少し遅かったら、別の学年になってたものね」

 日本は四月二日から翌年の四月一日までを一学年とする。なのでレイの誕生日が少し遅れていたら、一学年下になってしまっていた。

 仮にそうなったとしても、特殊学級の二年A組に入れるため、生年月日を操作しただろうが。

「丁度一ヶ月先位やな。こりゃ盛大にやらなあかんで」

「だね。記念撮影は任せておいてよ」

 盛り上がる一同を余所に、何故かレイは暗い表情で俯いていた。

「レイさん……ひょっとして迷惑だった?」

「……いえ」

「でも辛そうな顔をしてるよ」

 自分のした事は余計なお節介で、レイを傷つけてしまったのではとシイは不安になってしまう。アスカ達もレイの異変に気づき、心配そうに事態を見守る。

「……シイさん達の気持ちはとても嬉しいわ」

「じゃあ――」

「ふふ、成る程ね」

 何故そんな顔をするのか。シイがそう尋ねる前に、全てを察したカヲルがニヤっと意地の悪い笑みを浮かべた。それに気づいたレイが鋭い視線を向けるが、カヲルはまるで気にしない。

「成る程って、あんた何か知ってんの?」

「簡単な事さ」

「……黙って」

 実力行使に出ようとしたレイだったが、その手をシイに止められてしまう。驚くレイに、シイは優しい微笑みを浮かべながら語りかける。

「ねえ、レイさん。辛い事があったらお話して。力になれないかも知れないけど、話すだけでも楽になることもあるし。頼りないとは思うけど、私とレイさんはお友達で姉妹なんだから」

「……それは」

「ふふ、折角だから甘えてみたらどうだい? お姉さんに、ね」

「「……はぁ!?」」

 カヲルの言葉に、シイとレイを除く全員が素っ頓狂な声をあげた。

 

「ちょっとあんた何言ってんのよ。レイがシイの姉でしょ?」

「どうしてだい?」

「そりゃ……見れば分かるじゃ無い」

 一同はアスカが指さすシイとレイを見る。身体の大きさは言わずもがな、身に纏っている空気や落ち着き具合なども、明らかにレイの方が大人びていた。

 何も知らない人が見れば、百人中百人がレイをお姉さんと認識するだろう。

「確かにシイさんは少し幼いね。でも今さっき、明確に答えが出ただろ?」

「誕生日か!?」

「ふふ、その通り。レイの誕生日は三月三十日。そしてシイさんの誕生日は――」

「……六月六日よ」

 カヲルの言葉を遮って、レイが全てを諦めたように答えた。

 碇シイはゲンドウに呼ばれて第三新東京市にやってきた時、既に誕生日を迎えていた。実はこの中で一番早くこの世に生を受けていた事になる。

「じゃあレイの様子がおかしかったのって」

「シイさんを姉として守っていた自分が、実は妹だと知ってショックだったのさ」

 流石に気にしすぎではとトウジ達は思ったが、レイは何も言い返さずに唇を噛みしめている。どうやらカヲルの推測は見事に的を射ていたようだ。

 

「あのね、レイちゃん。そんなに気にする事無いわよ」

「そうそう、委員長の言うとおりだって」

「お前はシイを立派に守っとるやないか。どっちが先に生まれたかなんて、些細な事や」

 ヒカリ達は口々にレイへ励ましの言葉をかける。

「はぁ~。あんたってつくづく馬鹿ね」

「……何故?」

「じゃあ聞くけど、あんたはシイが姉って分かったら、もう守らないって~の?」

「守るわ」

 一切の迷い無く、レイは赤い瞳でアスカを見つめて即答した。予想していた答えに、アスカはため息をつくと肩をすくめておどける。

「ほら、答え出てるじゃない。別に姉とか妹とか関係無くて、あんたがシイを守れば良いのよ」

「……そうかもしれない」

「ったく、普段は図太いくせに、変なところで神経質なんだから」

 今までレイがシイの為に頑張っていたのは、ここに居る誰もが認めているのだ。それは誕生日の前後で揺るぐような物では無い。

「ほら。シイからも何か言ってやんなさいよ」

「えっと……私はレイさんが一緒に居てくれると安心出来るし、凄く嬉しいな」

「……居るわ。貴方は私が守るもの」

 笑みを浮かべながらシイとレイは抱き合い、お互いの存在の大切さを確認するのだった。

 

「ふふ、これで一件落着かな」

「……まだ居たの?」

「随分と酷い言い様だね」

「そもそもこんなややこしい事態になったのは、あんたのせいでしょ」

 アスカの突っ込みに、カヲルは苦笑しながら首を横に振る。

「僕は何もしていないよ。戸籍上シイさんがお姉さんなのは事実なのだから」

「まあ、そりゃそうやけど」

「レイ。遠慮せずに、シイお姉ちゃんと呼んでみたらどうだい?」

 その瞬間、レイはカヲルを殲滅すべく飛びかかる。だが行動を予測していたカヲルは難なくそれを避け、シイの背後へと回り込んだ。

「……ずるいわ」

「ふふ、戦略と言って欲しいね」

 シイを盾にされてはレイも動きが取れない。悔しそうな視線を向けるレイを見て、シイは振り返ると窘めるようにカヲルへ声をかける。

「駄目だよカヲル君。レイさんをいじめちゃ」

「どちらかと言うと僕が虐められているのだけど……まあそれよりも、シイさんは僕にも碇ユイの遺伝子が使われている事を知っているね?」

 こくりと頷くシイに、カヲルは更に言葉を重ねる。

「つまり僕も、君とレイの兄妹と言う事になるのさ」

「ならカヲル君は私の弟だね」

 微笑むシイに、しかしカヲルは人差し指を振ってそれを否定する。

「え? だってカヲル君は九月生まれだよね?」

「それは間違い無いよ。ただ僕は、西暦2000年生まれなのさ」

 カヲルの言葉にこの場に居た全員が驚く。

 

「はぁ!? ならあんたは、あたしよりも年上だっつ~の?」

「そうなるね」

「ホンマか? ならお前は今三年生やろ」

「家庭の事情で休学していたから、と学校には伝えてあるのさ」

 嘘は言っていない。本当の事も言っていないが。

「もっとも、僕はレイと違って年齢の事なんか気にしないから、同い年の友人と接して欲しい」

「…………」

「も~いじめちゃ駄目だってば。それにカヲル君がお兄さんなら、妹には優しくしなきゃ」

 黙ってしまったレイを見かねて、シイは頬を膨らませてカヲルを注意する。いつもなら軽く謝って終わりなのだが、今回に限っては何故かカヲルは大げさに落ち込んでみせた。

「……ごめんよ。こんな僕に、君達の様な可愛い妹達が居ると知って、少しはしゃいでしまったようだ」

「カヲル君」

「レイ、すまなかったね。君に不快な思いをさせてしまった」

 深々と頭を下げるカヲルに、シイ以外の全員が不思議そうに首を傾げる。彼女達の知っている渚カヲルは、こんな殊勝な人間では無いからだ。

 何か裏があるのでは。その予測が正しかった事を、アスカ達は間もなく知る。

 

「ごめんね、カヲル君。私そんな気持ちを知らないで酷いことを……」

「良いんだよシイさん。ただ一つだけ、頼みたい事があるんだ」

「うん。私に出来る事なら」

「僕を一度だけでも兄と。そう、カヲルお兄ちゃんと呼んでくれないか?」

 この時、アスカ達はカヲルの狙いを理解した。今日に限って必要以上にレイに絡んでいたのも、殊勝な態度も全てはシイにそう呼んで貰うための伏線だったのだと。

 全力でカヲルの野望を止めようとするレイだが、時既に遅し。碇シイと言う少女は、自分の知らない言葉や理解出来ない事を問い返す癖があるのだから。

「カヲルお兄ちゃん?」

「…………」

 あまりの衝撃に、カヲルは言葉を紡ぐことが出来ない。それを今の呼び方では足りないと判断したシイは、再度禁断のワードを口にする。

「大丈夫? カヲルお兄ちゃん」

「……シイ、あかん。それ以上はあかん」

「もう渚は……」

 見かねてトウジとケンスケがシイを制止する。同じ男である彼らには分かっていたのだ。もうカヲルは限界などとうに超えている事を。

「シイさん……ありがとう。君に呼ばれて……嬉しかったよ」

「カヲルお兄ちゃん!?」

 シイのだめ押しを餞別に、カヲルは今までで一番良い笑顔を浮かべたまま、その場に仰向けに倒れた。

 

 トウジとケンスケに抱えられて、保健室へ運ばれていくカヲルを見送ると、アスカは呆れたように呟く。

「はぁ。結局あいつの思い通りって訳ね」

「……ええ」

「ったく、お兄ちゃんって呼ばれたくらいで、だらしないったらありゃしない」

「でも、シイちゃんに言われたら……ちょっと分かるかも」

 ヒカリの言葉を聞いて、アスカは少し考える仕草をすると、シイの耳元で何かを呟く。少し驚いた様子を見せたシイだったが、小さく頷くとレイの正面に立つ。

 そして。

「レイお姉ちゃん、大好き」

「…………」

 一瞬何を言われたのか分からなかったレイだが、頭が理解すると同時に白い肌が真っ赤に染まる。そして満ち足りた笑みをつくってから、やはり仰向けに倒れた。

「あわわ、レイさん、レイさ~ん」

「レイもアウトっと。ま、今ので分かったわ。確かにあれは反則ね」

 慌てて倒れたレイの介抱をするシイを見て、アスカは頬に汗を流しながら呟く。そして、これ以上犠牲者を出さないためにも、今後お兄ちゃん、お姉ちゃんと呼ぶことを固く禁じるのだった。

 

 

「碇。さっきの電話はシイ君からだったのか?」

「ああ。レイの誕生日を知りたかったらしい」

「誕生日? そうか。きっとお祝いをしたいと思ったのだろう。彼女らしいな」

 レイが良い友人に恵まれた事と、シイの優しさに冬月は表情を緩めた。今この時も自分達は多忙だが、あの子達が普通の子供らしい生活を送れているのなら、苦では無いと思える。

「……冬月。お前はレイの誕生日を知っているな?」

「当然だろ。何せその日は……むっ!?」

 不意に冬月の表情が険しくなる。

「碇。一応聞いておくが、シイ君はあの事を知っているのか?」

「……記憶には無い筈だ。私からは教えていない。本人から言うとも思えない」

「それとなく教えてあげろ。知らぬままその日を迎えるのは、私の胃にも悪いからな」

「……ああ」

 小さく返事をすると、ゲンドウと冬月は再び山積みの仕事へと取りかかる。今すぐに連絡を取らなかった事を、後で悔いることも知らずに。

 

 




今回は半ば状況整理のためのお話でした。
作者は原作のエヴァが作中で、どれほどの時間経過があったのか知りませんでした。諸説あるようですが、大体一年前後というのが多かったです。
この小説での時間経過は結構いい加減だったと思いますが、全てが終わった今現在を、西暦2016年2月末とさせて頂きます。

キャラクターの誕生日は公式の物そのままです。レイは生年月日不明でしたが、当初は3月30日となっていたので、そちらを使いました。
本編24話その1で、レイはカヲルと同じ誕生日と言っていましたが、訂正させて頂きます。


次からは続き物の話になります。お蔵入りしていたネタが多すぎて、あまり本筋を置いてけぼりにすると、それこそ本編と同じくらいの長さになりそうなので。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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