エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《写真が結ぶ絆》

~カメラマンケンスケ~

 

 放課後の第一中学校校舎裏で、商売に精を出す少年が居る。彼の名は相田ケンスケ。重度のミリタリーオタクにして、カメラをこよなく愛する彼は、不定期にここで写真の販売を行っていた。

 取り扱う商品は、同じ中学校に通う生徒達の隠し撮り写真。当然校則違反なのだが、彼を咎める者は居ない。何故なら第一中学校の生徒の大多数は、彼の顧客なのだから。

 

 

~鈴原トウジの場合~

 

「よっ。相変わらず繁盛しとるようやな」

「あれトウジ。珍しいね」

 いつも通り校舎裏で商売に勤しむケンスケの元に、ジャージ姿のトウジが姿を見せる。彼はかつての共に商売していた相棒だったが、恋人が出来てからは足を洗っていた。

「……今日は客や」

「はぁ~。あのさトウジ」

 恥ずかしげに視線を逸らすトウジに、ケンスケは呆れたように言葉をかける。

「委員長の写真なんて、直接言って撮らせて貰えば良いだろ? カメラなら貸すよ?」

「あ、アホ! そない恥ずかしい事、ヒカリに言える訳ないやろ」

 だからと言って恋人の写真を買うのはどうかと思うが、ケンスケはあえて突っ込むことをせずに、一冊のアルバムをトウジに手渡す。

 そこにはトウジの恋人である、洞木ヒカリの写真がびっしりと収められていた。ただその中にカメラ目線の写真はほとんど無く、隠し撮りである事は一目瞭然だ。

「普通恋人を隠し撮りされたら怒るもんだろ?」

「そらそうや。ただわしも関わってたさかい、今更自分だけ特別扱いは出来へんやろ」

「……トウジって本当に頑固だよね」

 ケンスケは口ではそう言いながらも、目の前の友人に決して悪い印象を持っていない。ここでもし自分の恋人の写真だけ売るなと言われれば、ケンスケはトウジに幻滅しただろう。

 良くも悪くも一本気。変わらぬ友人の姿に、ケンスケは少しだけ安堵していた。

 

「……決めたで。これとこれ貰うわ」

「はいよっと。二枚で六十円だね」

 トウジから代金を貰うと、ケンスケは二枚の写真を手渡す。

「のぅケンスケ。ちいと聞いときたいんやけど」

「委員長の写真は結構な人気だよ」

 友人の言わんとしていることを先読みして、ケンスケはさらっと答える。その答えが予想外だったのか、トウジは驚いた様に目を見開いた。

「ほ、ホンマか!?」

「何を今更。前に言ったと思うけど、委員長を狙っていた男子は結構多いんだよ」

「せやけど……」

「トウジと付き合ってるって知らない奴も居るしね」

 ケンスケから告げられた事実に、トウジはもう何も言えなくなってしまった。色々な感情が入り交じっている友人に、ケンスケはため息をつくとある物を差し出す。

「はぁ~。これ貸してあげるよ」

「わしはお前みたいに上手く出来へん」

「このボタンで電源を入れて、後はシャッターを切るだけ。簡単だろ?」

 ケンスケが手渡したのは、シンプルなデジタルカメラだった。彼が普段使うような高性能な物では無いが、普通に写真を撮るには十分な代物だろう。

「トウジはさ、もう少し我が儘になっても良いと思うよ」

「何やそれ?」

「恋人を独占したいと思うのは当然なんだからさ。それでトウジが撮った委員長は、他の誰の目にも触れない、トウジだけの委員長だよ」

「……借りとくわ」

 カメラをポケットに入れたトウジに、ケンスケは軽く微笑みながら小さく頷いた。去り際に彼が放った、サンキューな、の言葉は、ケンスケにとって何よりのお代だった。

 

 

~渚カヲルの場合~

 

「ふふ、お邪魔するよ」

「渚? こんな所にどうしたんだ?」

 思いがけない来客に、ケンスケは少し驚いた様に問いかける。

「君が面白い事をやっていると聞いてね」

「あ、そうか。渚には言ってなかったっけ」

 この学校に通う男子生徒ならば、ほぼ全員がケンスケの商売を知っているのだが、カヲルは転入して日が浅い事と、常に女子生徒の視線に晒されていた事もあり、存在を知らなかったのだろう。

「えっとさ。一応聞くけど……」

「ああ、心配しなくて良いよ。情報を漏らすつもりは無いから」

 警戒するケンスケにカヲルは微笑みながら答える。未だリリンのルールに疎い部分もある彼だが、ケンスケの置かれている立場は十分に理解していた。

「そりゃ何よりだよ。て事は」

「ふふ、写真を貰おうか」

「誰のって聞くまでもないよな。えっと碇のアルバムは……」

 鞄からシイの写真が収められたアルバムを取り出そうとするケンスケを、カヲルは片手を挙げて制する。

「君の評判は聞いているよ。全て貰おう」

「け、結構枚数あるぞ?」

「愛しいものを独占したいと思うのは当然だろ?」

 さらっと言い放つカヲルを見て、ケンスケはふと思う。この一割でも良いから、トウジも積極的になれれば良いのにと。

 

 シイの写真は人気があるので、枚数もそれに比例して多くなる。先に代金を渡したカヲルは、手際よく大量の写真を整理するケンスケの姿を見つめていた。

「君はシイさんの事を好きなのかい?」

「僕? 僕は碇をそう言った目で見たことは無いよ」

 これはケンスケの本心だった。ケンスケにとってシイはあくまで友人であり、恋愛感情を抱いたことは一度も無い。そして恐らくこれからも無いだろう。

「でもどうしてそんな事を聞くんだ?」

「好きでも無い相手の写真を、そんなに沢山撮れるのかなと思ってね」

 カヲルの言葉にケンスケは成る程と頷く。写真を撮るのも労力がいるし、それが隠し撮りであればなおさらだ。その原動力は何なのかと、彼には疑問なのだろう。

「……僕はさ、こいつが好きなんだよ」

「カメラかい?」

「ああ。初めは趣味の軍事物とかを撮るのに使ってただけなんだけど、段々と撮影する事にも興味が出てきちゃってさ。こいつを手にしてる時、ファインダーを覗き込む時、思い通りの絵が撮れた時、僕は幸せな気持ちになれるんだ」

 そう語るケンスケは頬が上気しており、普段よりも饒舌だった。カヲルもケンスケのミリタリーオタクぶりは知っていたが、カメラに関しては初めて知った。

「だから写真を撮る事は、僕にとって全く苦痛じゃ無いんだよ」

「成る程」

「変な奴だろ?」

「そうだね。ただ好きな事に夢中になるのは、リリンとして正しい姿だと思うよ」

 苦笑するケンスケにカヲルは微笑みながら頷く。それは決して馬鹿にした嘲笑では無く、純粋にケンスケに好意を持ったが故の笑みであった。

「っと、長話しちゃったな。ほい、これがシイの写真だよ」

「ふふ、確かに。では僕はもう行くよ」

 カヲルは写真の束を受け取ると、優雅に校舎裏から立ち去っていく。自分の話を聞いても、全く変わらぬ態度で接してくれたカヲルに、ケンスケは心の中で感謝するのだった。

 

 

 

 その数分後。優雅に立ち去った筈のカヲルは、全身ボロボロになって再びケンスケの前に戻ってきた。

「や、やあ……」

「渚!? 一体何があったんだよ」

 僅か数分の間に何があったのかと、ケンスケは思わず立ち上がってカヲルに問いかける。

「そこで……彼女に会ってしまってね……」

 説明はその一言で十分だった。渚カヲルをここまで追い詰める事が出来るのは、ケンスケの知る限り第一中学校には一人しか居ないのだから。

「はぁ~。ちょっと待ってなよ」

 ケンスケは大きくため息をつくと、手早く鞄から写真を取り出してカヲルに渡す。それは先程カヲルに販売した物と同じ、シイの写真だった。

「良いのかい?」

「僕の長話が無けりゃ、レイとも会わなかっただろうし。ま、アフターサービスだよ」

 写真を受け取ったカヲルは、少し驚いた様に赤い目を見開く。これまであまり会話もしていなかった自分に、ここまでしてくれるとは思わなかったのだろう。

 そんなカヲルの戸惑いを察したのか、ケンスケは少し悪戯めいて微笑む。

「それに渚の写真で大分儲けさせて貰ったからね。これ位は還元させて貰わないと」

「……ふふ。ならこれからは何時でも声を掛けて欲しい。ベストショットに協力するよ」

 ケンスケとカヲルはがっしり手を握る。これまでシイという存在で繋がっていた二人が、真の意味で友人となった瞬間であった。

 

 

 

~碇シイの場合~

 

「相田君」

「い、い、碇!?」

 校舎裏で商売を始めようとした矢先、シイに声を掛けられたケンスケは思い切り動揺する。カヲルの写真を販売してから、女子生徒の客も多いのだが、流石にシイの登場は全く予想していなかった。

「どうしたの? そんなに慌てて」

「い、いや、何でも無いんだ」

 首を傾げるシイに、ケンスケは冷や汗を流しながらも平静を装う。

(まだ、まだいける。碇一人なら、上手く誤魔化せば)

 目の前の少女が腹芸を苦手としている事を、ケンスケは経験から知っていた。話を上手く誘導すれば、この場を切り抜けられるだろうと、ケンスケは必死に冷静さを取り戻す。

「大丈夫?」

「あ、ああ、勿論。それでさ、碇は何か用があったのか?」

「うん。これを届けに来たの」

 シイは一枚の写真をケンスケに手渡す。それは体育中のアスカをきわどいアングルで狙った、言い訳無用の隠し撮り写真だった。

「どうして碇がそれを……」

「相田君の鞄から落ちたのを拾ったの」

 シイは単純にケンスケの落とし物を届けに来ただけだったのだ。それがこの写真で無ければ、どれだけ平和な事だっただろう。

「あの、さ。この写真なんだけど……」

「ううん、何も言わなくて良いよ。私にも分かったから」

 優しい微笑みを浮かべて首を横に振るシイに、ケンスケは己の終わりを察した。これがアスカの耳に入れば、間違い無くバッドエンドだろう。

 

 地面に膝を着きガックリと肩を落とすケンスケに、シイはしゃがんで視線を合わせてから言葉をかける。

「あ、大丈夫だよ相田君。私、誰にも言わないから」

「へっ?」

 予想外のシイの言葉に、ケンスケは信じられないと顔をあげる。絶望に包まれたケンスケには、シイの微笑みがまるで女神の様に見えた。

「ほ、本当か?」

「うん。相田君がアスカの事好きだって、誰にも言わないから」

「……は?」

 予想の遙か斜め上を行くシイに、ケンスケは間の抜けた声をあげた。勿論そんな事実は無いのだが、シイは完全にそう思い込んでいるらしい。

「相田君もアスカも大切な友達だから、私応援するね」

「い、いや、ちょっと待ってくれ」

 暴走しかけているシイに、ケンスケは動揺しながら待ったを掛ける。

「どうしてそう言う話になるんだ」

「え? だって相田君はアスカの事を好きだから、写真を持ち歩いてるんだよね?」

「ぼ、僕は……」

 ここでケンスケは選択を迫られた。このままシイの話に乗れば、商売の事は誤魔化せるだろう。だがお節介のシイが今後、自分とアスカをくっつけようとするのは目に見えている。

 かといって誤解を解けば、何故写真を持っていると言う話になり、商売の事がばれる可能性が高い。

(どっちに転んでも……明るい未来が見えない)

 ケンスケは思考の袋小路を彷徨っていた。

 

「アスカは男の子に人気あるよね。この間も下駄箱にラブレターが沢山入ってたし」

「……それだ!」

 シイの呟きにケンスケは活路を見いだした。

「あのさ、碇。誤解しているみたいだけど、僕は惣流に恋愛感情は持ってないよ」

「でも写真……」

「碇の言うとおり、惣流ってファンが多いだろ? だから写真を撮って欲しいってお願いされたんだ」

 決して嘘は言っていない。アスカにファンが多いのも、彼女の写真が求められているのも本当だ。ただお金を貰っている事を伝えなかっただけ。

「そうなの?」

「ああ。僕と惣流は友達だよ。碇と同じ様にね」

「そうなんだ……ごめんね、早とちりしちゃって」

 申し訳なさそうに頭を下げるシイに、ケンスケは安堵しながらも罪悪感に苛まれていた。

「えっと、さ。碇は誰かの写真欲しく無いか?」

「写真?」

「ああ。自分で言うのも何だけど、腕は悪く無いよ」

 ケンスケはカメラを手に笑って見せる。このままシイを帰してしまうのは、何だか非常に申し訳無く思えてしまい、せめて誰かの写真を挙げようと考えていた。

「渚でもレイでも惣流でも、誰の写真だって任せてくれ」

「……あのね。それじゃあ――」

 シイは少し考えてから、ケンスケに写真をおねだりした。

 

 

~絆の証~

 

 数日後、シイの自室には一枚の写真が飾られていた。

 恥ずかしそうに頬を染めながら手を繋ぐトウジとヒカリ。

 真ん中で微笑むシイと、彼女の肩に手を回そうとしているカヲル。

 そんなカヲルの手を思い切り抓るレイと、相変わらずの二人を呆れ顔で見ているアスカ。

 そして……初めて自分が被写体になる事に照れた様子のケンスケ。

 

 大切な友人達との絆を写した写真は、決して色あせぬシイの宝物となった。

 

 




ミリタリーオタクなのは有名ですが、実際にカメラが好きかは分かりません。またしても作者の妄想という事で、ご勘弁下さい。

男子生徒がメインと言う珍しい回でしたが、たまにはこういうのも良いかなと。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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