エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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本編最終話です。


26話 その5《アイに満ちたケモノ達(後編)》

 

 シイを抱きかかえたユイは、まず冬月へ挨拶する事にした。ゲンドウとユイだけでなく、娘のシイもお世話になっている冬月は、碇家にとって大切な人物だ。

「冬月先生。ご無沙汰しておりますわ」

「おお、ユイ君……とシイ君?」

「えへへ、こんにちわ」

 ユイに抱っこされたままのシイは、少し恥ずかしげに挨拶をする。もう親に抱っこされる歳でもないのだが、両腕が動かない状態では、どうにも出来なかった。

「い、いや、これはこれで……ごほん。仲が良くて微笑ましいよ」

「先生にはあの人も、シイもお世話になりましたわ。ありがとうございます」

「私は大した事はしていないよ。精々年長者として、少しだけ助言をしたくらいだからね」

 謙遜する冬月だったが、彼が居なければこの状況はあり得なかっただろう。表だって活躍した訳では無いが、影の功労者なのは間違い無い。

「うふふ、先生は相変わらず謙虚ですのね」

(やっぱりお母さんと冬月先生って、仲良しさんだったんだ)

 母と師のやりとりを聞いて、シイは自然を頬が緩むのを感じていた。

 

「あら、冬月先生。飲んでいらっしゃらないのですか?」

「最近は酒を控えているんだよ。年のせいか翌日に残ってしまうからね」

「そう言わずに。久しぶりにお注ぎ致しますわ」

 ユイはそっとシイを下ろすと、近くのテーブルからワインボトルを手に取り、冬月に差し出す。

「さあどうぞ」

「あ、ああ」

 あの時からまるで成長していない冬月は、あっさりと前言を撤回して酌を受ける。相変わらず見事な表面張力を見せるユイのお酌は、冬月の身体に確実にアルコールを蓄積していく。

 二度、三度と続けると、冬月の顔はすっかり赤く染まっていた。

「惚れ惚れする飲みっぷりですわ。さあもう一杯」

「い、いや、そろそろ遠慮しておくよ。明日も大切な仕事があるからね」

「お母さん、冬月先生が倒れちゃうよ……」

 シイは冬月の足下が危ういのを見て、ユイをどうにか止めようと頑張る。だがそれは逆効果だった。ユイはこの状況を楽しんでいるのだから。

「あら、すみません。昔はもっとお酒に強かったので、つい」

「むっ!?」

 申し訳なさそうに冬月のプライドを刺激するユイ。老いたと言われて黙っていられる筈も無く。

「そうですわね。あれから時が経っていますもの。あの頃みたいには――」

「貰おうか」

 グラスを差し出す冬月にユイは心底嬉しそうに微笑んで、たっぷりのワインを注いだ。男の意地を見せた冬月だが、代償はパーティーからの強制退場だった。

「あわわ。冬月先生、しっかりして下さい」

「わ、私はまだ……若い」

「先生、先生~! 誰か来て下さい!」

(うふふ、やっぱり私は冬月先生の大ファンですわ)

 慌てふためくシイと医務室に運ばれる冬月を見て、ユイは思い出を確かめるように微笑むのだった。

 

 冬月を見送ったシイは、少し怒った様子でユイを咎める。

「もう、駄目だよお母さん」

「ファンクラブの会長様に、ちょっとお礼をしただけよ」

「????」

 ユイからすれば娘にファンクラブがあり、写真や動画が配られているとなっては、心中穏やかで無いだろう。先程の行為は、ファンクラブ会長の冬月に対するちょっとしたお仕置きも含まれていた。

 

 

「変わらないわね。ユイさん」

「ナオコさん。お久しぶりですわ」

 苦笑しながら声を掛けてきたナオコに、ユイは微笑みながら一礼する。

「ええ。まさかまたこうして話が出来る日が来るなんて、思いもしなかったけど」

「生きていれば、思いがけない事も起こりますわ」

「だから長い人生も退屈しない。まさしくその通りね」

 ナオコは小さく頷くと、ユイにグラスを手渡してジュースを注ぐ。ユイもナオコに返杯すると、二人は軽くグラスを重ね合った。

「まさかナオコさんまで出てくるなんて、思いませんでしたわ」

「私も同じよ。本来なら私の出番は無かった筈だから」

 人類補完計画が実施されていたら、当然ユイのサルベージはあり得ず、ナオコが本部に来る事も無かった。シイが狂わせた運命の歯車が、異なる未来へ向けて回ったからこそ、この状況が起こりえたのだ。

「シイちゃん、大きくなったわね。おばさんの事憶えてるかしら?」

「えっと……すいません」

「まあ当然ね。所長……碇司令があなたを自慢し回ったのは、まだこんな小さい時だったから」

 ナオコは近所のおばさんの様なフランクさで、シイに向かって話しかける。

「お父さんが、自慢?」

「ええ。もう見せびらかすみたいに、ゲヒルンの研究所を歩き回っていたわ」

「自慢してくれたんだ……」

 ゲンドウが自分を自慢だと思ってくれていた事に、シイは嬉しそうに頬を染めてはにかむ。その姿を見て限界を超えたナオコは、ノーモーションでシイに抱きついた。

「ふぁ?」

「あ~も~、相変わらず可愛いんだから。お肌もすべすべで、抱き心地も最高だわ」

「あ、え、その、ありがとうございます?」

「ねえユイさん。この子――」

「あげませんわ。シイは私達の大切な宝物ですもの」

 ユイは即答するとナオコからシイを奪え返す。大切な宝物。そんな母親の何気ない一言が、シイの心を暖かな気持ちで満たしていく。

「お母さん……大好き」

「あらあら、甘えん坊さんね」

 シイとユイのやりとりを、ナオコは微笑ましく見つめる。自分がこの親子を結びつける助けになれた事に、かつてない満足感があった。

「振られちゃったみたいね。なら私は愛する娘に慰めて貰うわ」

 ナオコはそう言い残すと、離れた場所で談笑をしているリツコの元へと歩いて行った。

 

 

「あらら、シイちゃんはお母さんにべったりね」

「幼い頃別れた親子の再会だ。無理も無いさ」

 シイとユイの元に近づいてきたのは、ミサトと加持のペアだった。シイの保護者役を務めていたミサトは、仲良し親子の姿を見て、自分の役割が終わった事を悟る。

「葛城ミサトさんと、加持リョウジさんね。シイが大変お世話になりました」

「とんでもない。私こそシイちゃんにはお世話になっちゃって」

 深々と頭を下げるユイに、ミサトは慌てて手を振る。

「葛城の場合、それが謙遜じゃ無いからな」

「余計な事言わないで」

 じゃれ合う二人は、もう誰が見てもカップルそのものだった。

「特に葛城さんにはシイの保護者役を務めて頂いて、本当に感謝してますわ」

「保護者と言っても、事務的な手続きが必要な時に出張っただけですから」

 家事全般をシイに任せていた事もあって、ミサトは感謝される事を申し訳無く思っていた。だがそんなミサトに向けて、シイは首を横に振る。

「そんな事無いです。ミサトさんは本当の家族みたいに接してくれて……凄く嬉しかったんです」

「シイちゃん……」

 共同生活のきっかけこそ成り行きだったが、共に過ごした月日はシイとミサトに、家族と等しい絆を与えてた。臆病で優しい少女と暮らした日々を思い、ミサトはそっと目頭を拭う。

「ふふ、それが答えです。貴方はきっと、良い母親になれますわ」

「あ、ありがとうございます」

「でもその前に、夫の手綱はしっかり握っておきなさい。これは先輩からのアドバイス」

「は、はい。心しておきます」

「いやはや……参ったな」

 ミサトと加持はもう身を固める覚悟が出来ているのだろう。寄り添う二人の間には、恋人同士とはまた違う優しい雰囲気が漂っていた。

 幸せそうな二人にシイもまた、自分の事に様に嬉しそうな笑顔を浮かべるのだった。

 

 

「おや、これはこれは」

 ミサトと加持と別れたユイ達の元へ、時田が顔を輝かせて近づいてくる。

「あら、貴方は?」

「私は時田シロウと申します。高名な碇博士にお目にかかれて、光栄の極みです」

 礼儀正しく頭を下げる時田に、シイは不思議そうに首を傾げた。

「お母さんって有名だったの?」

「うふふ、そんな事は無いわ」

「ご謙遜を。科学者の端くれとして碇博士とは是非一度、お話したいと思っていましたよ」

 科学者としての碇ユイは、ナオコの様に広く知られていない。書いた論文も少なく、若くしてエヴァに取り込まれた為、知名度で言えばキョウコにも及ばないだろう。

 だが彼女の残した論文を読んだ人間は、碇ユイの名前を決して忘れない。時田もその一人で、あまりに独創的な発想と着目点に衝撃を受け、是非一度会って話をしたいと思っていたのだ。

「何をご専攻されているのですか?」

「エネルギー開発です」

「……素晴らしいですね。これからの時代、時田博士の力が大いに発揮されると思いますわ」

 これはお世辞では無く、ユイの本心から出た言葉だった。何かを壊すのでは無く生み出す研究。それがこれからの未来に必要なものなのだ。

「碇博士も今後はネルフ……いえ、新たな組織に参加されるのですか?」

「そうですわね。あれだけ言って何もしないのは、流石に無責任ですから」

「赤木博士親子と、碇博士が居ればまさに鬼に金棒。共に働けるのを楽しみにしていますよ」

「こちらこそ」

 ユイと時田ががっちりと握手している間に、シイは二人から離れてとある人物の元へと向かっていた。

 

 

「お父さん大丈夫?」

「あ、ああ……問題ない」

 ユイの奇襲により倒れたゲンドウが、ひな壇の上で人知れず意識を取り戻していた。心配そうに覗き込むシイに、ゲンドウはニヤリと笑って見せる。

「この位で音を上げていては、とてもユイの夫は務まらないからな」

「……お父さんも大変なんだね」

「だが、それ以上のものを私はユイから貰っている」

 ゲンドウは離れた場所で時田と談笑しているユイへ、優しい視線を向ける。そこにはユイへの偽りない愛情が込められていた。

 

「……シイ。この会場を見てどう思う?」

「え? みんなとっても楽しそうに笑ってるし、幸せそうだなって」

 シイの答えにゲンドウは満足そうに頷くと、姿勢を正して会場全体に視線を向ける。

「いずれは世界中の何処でも、人々が笑顔で居られる。そんな未来を我々は目指さねばならない」

「お父さん……」

「ここはその第一歩となった。歴史に残らない様な小さな一歩だが、意味のある一歩だ」

 笑い声と笑顔が溢れるパーティー会場を、シイとゲンドウは並んで見回す。この光景が世界中に広がれば、それはきっと幸せな事に違いない。

「長い年月がかかるだろう。私やお前が生きている間には、実現する事は出来ないかもしれない。だが次の世代へとバトンを繋ぐ事は出来る。そうして繋がれたバトンは、いつの日かゴールへ辿り着く筈だ」

「……そうだね。私達が諦めない限り、未来は逃げたりしないもん」

「ああ。全てはここからだ」

 

 今は生まれたばかりの小さな光だが、やがて人類の未来を明るく照らす太陽に変わる日を願い生きていく。それこそが不完全な存在であるリリンだからこそ持ち得た『希望』なのだから。

 




長い間、実に140話にも渡る小説にお付き合い頂きまして、誠にありがとうございます。
ここまで辿り着けたのも、ひとえに読者様の存在があったからです。
特に感想や一言、ご指摘や叱責は執筆の励みとなりました。心より感謝申し上げます。


……と、いかにも締めの様な事を言いましたが、実はまだ続いたりしちゃいます。
ただ完璧に小話のノリなので、一応区切らせて頂きました。
本編後の世界で彼女達がどんな風に生きているのかを、後日談と言う形で投稿致します。

前投稿サイト様で、少々不完全燃焼で終了してしまった後日談は、再投稿に当たってエピソードの追加を行うつもりです。


『俺は本編再構成のエヴァを読みたいんだ。アホタイムはもう良いよ』と言う読者の方は、これまでのお付き合い、本当にありがとうございました。

『アホタイムでも何でも来い』と言う読者の方は、今暫くお付き合い頂ければ幸いです。

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