エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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3話 その3《トラブル》

 

「のぅ転校生、ちょいと付き合って貰えるか?」

 授業が終わって直ぐ、ジャージの男子がシイに声を掛ける。朝の視線が間違いで無いことを示すかの様に、その言葉には怒気が混じっており、迫力に圧倒されたシイは、怯えながら従うしか無かった。

 歩くこと数分、先を歩く男子生徒が足を止めたのは、人気の無い校舎裏だった。誰にも助けを求められない状況に、シイの不安は最高潮まで高まる。

 そんな気持ちを振り払うように、シイは正面に仁王立ちしている男子生徒へと声を掛けてみる。

「あ、あの、私、碇シイと言います。二週間前に転入しました」

「おう、こいつから聞いとるわ」

 男子が親指で示す先には、何故か一緒に着いてきていたケンスケの姿があった。

「わしは鈴原トウジや。ちょいと事情があって、二週間ばかし休んどったさかい、会うのは初めてやな」

「そ、そうだね。よろしくお願いします」

 差し出されるシイの右手を、しかしトウジは握ろうとしない。握手を拒否されたと理解したシイの心には、怒るよりも先に不安がわき上がる。

「あのな、一つ確認するわ。お前があのロボットのパイロットちゅうのは、ほんまか?」

「……うん」

 突然男子生徒から発せられた意図の読めない質問に、シイは困惑しながらも肯定した。

 

 転入早々、質問攻めにあったシイは、エヴァのパイロットであることを暴かれた。

「ねえ、君があのロボットのパイロットってホント?」

「え、え~っと、確かこれは……ごめんなさい、守秘義務があるから」

「「本物だぁぁ!!」」

 完璧にシイの自爆だったのだが、その事実は瞬く間に広まる。先日の一件はネルフの情報操作によって、事故として処理されて居たが、それを素直に信じるほど彼らは子供では無い。

 様々な噂が飛び交う中、関係者が目の前に現れた。興味を持たない方がおかしいとも言えるだろう。

 だがその後エヴァの出撃は無く、碇シイと言う少女自身に魅力があった事もあり、この騒ぎは直ぐに収まった。一応ミサトから厳重注意されたが、特におとがめ無しだったため、シイもいつの間にか忘れていたのだが。

 

「そうか……なら、しゃあないな」

「えっ」

 ぼそりと小さな声で呟くトウジに、何がと尋ねる事は出来なかった。次の瞬間、シイの身体は地面へと吹き飛ばされてしまったのだから。

 殴られた、と理解したのは左頬に激しい痛みと熱を感じてからだった。

(何で……どうして……?)

 今まで人に思い切り殴られた経験のないシイは、混乱と恐怖に身体を支配される。立ち上がる事も出来ずに、ただ痛む頬に手を当てる事しか出来ない。

「何してるんだよトウジ。女の子を殴るなんて、やりすぎだ」

「黙っとれ。……すまんな転校生。わしはお前を殴らにゃあかん。殴らにゃ気が済まんのや」

「……どうして」

 無意識に溢れる涙を止められず、シイは鼻声で呟く。それが癇に障ったのか、トウジは苛立った表情で仰向けに倒れているシイの元へ歩み寄ると、襟を掴んで力任せに立ち上がらせた。

 制服のボタンが取れるほど強い力に、シイは身体を震わせて怯える。

「教えたるわ。わしの妹な、この間の戦いで大怪我したんや。崩れてきた瓦礫に挟まれてな」

「!?」

 トウジの言葉は、シイに今の物とは別の恐怖を与えた。

「わしが二週間休んどったのは、妹の看病しとったからや。祖父ちゃんも親父も、仕事やからな」

「あ、あぁぁ」

「お前や。お前のせいで、妹は怪我したんや」

 断罪するかのように責め立てるトウジの言葉に、シイの顔色は蒼白へと変わっていた。身体の奥底から沸き上がってくる恐怖に小刻みに身体を震わせる。

「味方が暴れて怪我したんやぞ。分かっとるんか!!」

「……ごめんなさい」

「謝って済むか!!」

 シイの襟を掴むトウジの手に、グッと力が込められる。両者に体格差があるため、身体を引き上げられたシイはつま先立ちの状態になってしまう。

「妹は両足骨折、頭に受けた瓦礫で今も集中治療室や。ええか、もし妹がこのまま目覚めへんかったら…………わしはお前を許さへん。絶対に」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 もうシイは、溢れる涙と共に謝罪を口にするしか出来なかった。

 

「おいトウジ、やりすぎだ」

「妹はもっと痛い目にあったんやぞ」

 制止しようとするケンスケに、トウジは激情そのままに声を荒げる。客観的にみて、トウジの言い分は完全に八つ当たりなのだが、頭に血が上っているトウジには、何を言っても効果が無かった。

 なおもトウジはシイを責め立てようとするが、

「ちょっと鈴原。あんた何してるのよ!」

 ヒカリが叫びにも似た声を出して駆け寄ってきた事で、それは幸いにも防がれた。

「ちっ、煩いのが来よったわ。ええか転校生、次からは足下にも気ぃつけや」

 ふっと手の力を緩め、トウジはヒカリの怒声を無視して校舎へ戻っていく。慌てて後に続くケンスケと入れ違う形で、ヒカリは地面に力なく座り込むシイの元へと走って近づく。

 腫れた左頬と乱れた襟。そして先程の状況から、ここで何が起きたのかを察した。

「碇さん……とにかく、直ぐに頬を冷やさないと」

「……良いの……悪いのは……私だから」

「何を言って……」

 ここに至ってシイが自分ではなく、虚ろな瞳で虚空を見つめている事にヒカリは気づく。

(そう、悪いのは私だ。彼から……家族を奪ってしまったのだから)

 

 

 ヒカリは近くの水道でハンカチを濡らすと、そっとシイの頬にあてる。熱を持った頬を冷やしてくれる刺激が、シイの意識を現実へと戻していく。途端、一度は止まっていた涙が再び流れ出す。

「……ごめんね。私、鈴原が碇さんに怒っているのを知ってたの。でも……止められなくて」

「私は……私は……ひっく……」

「ごめんね。ごめんね」

 優しくシイの頭を胸に抱いて、ヒカリはゆっくり慰めるように髪を撫でた。あまりに強いネガティブな感情と、優しい感情を続けて受けた事で、シイの心は乱れに乱れる。

「うわぁぁぁぁん」

 そのまま、ヒカリの胸の中で感情を爆発させて、思い切り泣く。もう休み時間が終わろうとしていたが、ヒカリはシイに胸を貸したまま、動くことは無かった。

 

「落ち着いた?」

「うん……ごめんね、迷惑かけちゃって」

 どうにか落ち着きを取り戻したシイは、照れと後悔が混じった表情を浮かべる。真っ赤に腫れた目と頬が痛々しく、ヒカリはトウジへの怒りを覚えずには居られなかった。

「良いのよ。あんな目にあえば誰だって……特に女の子なら怖くて当然だもの」

「…………」

「鈴原には、後で私から謝るように言っておくから」

 ヒカリの言葉にシイはピクリと肩を震わせてから、小さく首を横に振った。

「彼が怒ったのは……当然だから。誰だって家族を傷つけられたら、怒ると思うから」

「でもそれはシイちゃんのせいじゃ……」

「私も大切な人が傷つけられたら……どんな理由でも怒ると思う。だから……仕方ないの」

 まるで自分を納得させるかのように淡々と呟くシイに、ヒカリは危うさを感じた。少しは落ち着いたかと思っていたが、明らかに普通の精神状態では無い。

「あのね碇さん。今日はもう、早退した方が……」

「碇さん」

 休むように促そうとしたヒカリの言葉は、その場に現れた第三者によって遮られた。

 

「綾波さん?」

 レイはヒカリの呼びかけには答えず、座り込むシイに視線を向ける。

「……怪我、したの?」

「あ、ううん。平気……だよ」

「……そう」

 明らかな強がりだが、レイはそれ以上尋ねることをしなかった。本当に興味が無いのか、それとも気を遣ったのか、無感情の赤い瞳からは真意を読み取ることは出来ない。

「それで、どうしたの?」

「……非常招集。エヴァのパイロットは、本部に急行」

 一瞬驚いた表情を見せたシイだが、直ぐさま頷き立ち上がる。身体の痛みではなく心の痛みで足が震えるが、ヒカリに肩を借りて、どうにか身体を立たせる。

「……校門に迎えの車が来てるから」

「うん、今行くね……」

「ちょ、ちょっと待って」

 歩き出そうとした二人をヒカリが呼び止める。

「碇さん、そんな状態で……またあのロボットに乗るの?」

「うん、多分そうだと思う」

「無茶よ。少し休まないと」

「心配してくれてありがとう。でも……戦わないと……また怪我をする人が出ちゃうから」

 無理矢理微笑むシイに、ヒカリは胸が痛むのを感じていた。先程のやり取り……理不尽な暴力と罵声は、どれほどシイの心を追い詰めてしまったのだろう。

「……行くわ」

「うん。それじゃあ洞木さん、行ってくるね」

 レイと共に去っていくシイに、ヒカリは掛ける言葉を持たなかった。

 

(そう……戦わなきゃ。誰も……傷つけない為に)

 シイの瞳に光が宿る。だがそれは、いつものそれとは違う、何処か危うい光であった。




もしシンジが女の子だったら、果たしてトウジは殴っただろうか。そんな疑問を抱いていましたが、作者の見解は本編通りです。
ただその行動に対しての影響は、少し違ってきそうですが。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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