エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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26話 その4《アイに満ちたケモノ達(前編)》

 

 サルベージが成功した日の夜、ネルフ本部では大規模なパーティーが催される事になった。ユイの復活を持って、特務機関ネルフの役割は全て終了となり、今後は人類の未来を守る為の組織として再編成される。

 パーティーにはこれまでの労をねぎらうと同時に、過去への決別と未来への一歩を踏み出す意味が込められていた。

 

「あ~マイクテス、マイクテス。どうだ、青葉?」

「通信感度クリアです。音量も問題ありません」

 司会進行役の冬月は青葉からの報告に満足げに頷く。冬月はこうした催し事に参加する事があまりないが、几帳面な性格からいざ参加するとなると、徹底的にこだわるタイプの人間だった。

 料理や飲み物の手配から始まり、机の配置に段取り等々ほとんど一人で計画を立ててしまった彼は、充実感に満ちた微笑みを浮かべていた。

「冬月先生は相変わらずね」

「そうなの?」

「ええ。大学の時から変わらないわ。見ていてとっても面白い人でしょ?」

「そ、それは……私は何も言えないかも」

 椅子に座るユイに抱かれたシイは、困ったように苦笑いするのだった。

 

 

「ではこれより『さよならネルフパーティー』を始める。まずは司令の碇から挨拶を貰おう」

「……ああ」

 ゲンドウは大仰に頷くと、用意されたひな壇へと上がる。司令として最後の大仕事だと、ゲンドウは気合いを込めてマイクを手に取った。

「……碇ゲンドウだ。今日までの君達の働きに感謝する」

(あら。碇司令にしては随分とまともね)

「……それと同時に、人類が未来へと歩み出した事を共に祝いたい」

(ふ~ん。あの髭にしちゃちゃんとした挨拶じゃない)

「……また、MAGIの開発者である、赤木ナオコ君の復帰もめでたい事だ」

(うんうん)

「……私事ではあるが私の妻、シイの母親のユイのサルベージについても、君達に礼を言いたい」

(う、うんうん)

「……思い起こせば、我々ネルフは研究機関のゲヒルンとして誕生した。そして……」

(…………)

 日本人のスピーチは長いと相場が決まっている。ゲンドウもそれに漏れず、話す内容があっちこっちにぶれ始め、遂には昔語りが始まってしまった。

 グラスを手に乾杯を待っている職員達は、次第に表情を曇らせていった。

 

 十分後、まだスピーチを続けるゲンドウに、職員達の不満が限界を迎えようとしていた。気分が乗ってきたのか、珍しく饒舌なゲンドウだったが、終わりは突然訪れる。

「……そう、水面下で私はゼーレと駆け引きを続け……ぐふぅぅ」

 無言で背後に歩み寄ったユイに首筋を強打されて、強制的にスピーチを終了させらてしまった。妻から夫へ、まさかの一撃に静まりかえるパーティー会場。

 ユイはゲンドウからマイクを奪うと、職員達に向けて言葉を発した。

「初めましての方がほとんどだと思います。シイの母親、碇ユイです」

 女神の様な微笑みを浮かべるユイに、会場からはため息が漏れる。一部の男性スタッフには、子持ちだと知っていても頬を染めて見惚れる者すらいた。

「体調を崩したこの人に代わって、私から一つだけみなさんに伝えたい事があります」

(ふふ、体調不良で済ませちゃうのか)

(お母さん……)

(れ、レイよりたちが悪いかも)

(……私はあそこまで酷く無いわ)

(どっこいどっこいや)

「これから先、私達は沢山の問題や障害にぶつかるでしょう。でも希望を失わないで下さい。生きていこうとさえすれば、何処だって天国に変わるわ。だって私達は生きているんだから」

 碇ユイという女性は、周囲の空気を変える魅力を持っていた。彼女が出来ると言えば、どんなに困難な事でも出来る気がする。そんな彼女の言葉は職員たちの心へダイレクトに響いた。

「私達が生きている明日へ、乾杯」

「「乾杯!!」」

 ユイに傍らに倒れたままのゲンドウを置き去りに、パーティーは幕を開けるのだった。

 

 

 

「何て言うか、あれって一種のマインドコントロールよね」

「そうだね。彼女にはリリンを引きつける、不思議な力があるかもしれない」

 賑やかなパーティー会場の隅で、シイ達チルドレンは固まって食事を楽しんでいた。負傷の影響で両腕が動かせないシイも、レイに料理を食べさせて貰いご機嫌だ。

「でも間違い無くシイの母親だってのは納得だけど」

「全面的に同意するよ」

「……そうね」

「全くやで」

 シイが持つ周囲の人間を巻き込む不思議な魅力は、間違い無く母親から受け継いだものなのだろう。シイを身近で見守ってきたアスカ達は、しみじみと頷く。

「え、え、どうして?」

「君も将来、あんな素敵な女性になるって事さ」

 首を傾げるシイに、カヲルが必要以上に接近する。ここでいつもならレイが実力行使に出るのだが、今回は予想外の所から妨害者が現れた。

「あらあら、楽しそうね」

「お母さん」

「や、やあ……」

 微笑みを浮かべながらやってきたユイを見て、カヲルはシイから身体を離して顔を引きつらせる。ユイはそんなカヲルに軽く頷くと、自然な動きでシイを後ろから抱きしめた。

「駄目よ、シイ。男はみんな狼なんだから」

「?? カヲル君変身するの?」

「するかも知れないわね。……でも大丈夫。もし変身しても、お母さんがやっつけちゃうから」

 手を出すなオーラをまき散らすユイに、カヲルは両手を挙げて白旗を示した。あれが演技である事はユイにも伝えられていたが、要注意人物として認識されてしまったらしい。

 

 カヲルを牽制したユイは、アスカに声をかける。

「久しぶりね、アスカちゃん」

「え、えっと……」

「覚えて無くても当然だわ。前に会ったときは、本当に小さい時だったから」

「そうです、ね……」

 ユイに正面から見つめられて、アスカは動揺を隠せない。記憶には無いが母親の友人であり、自分の幼少時を知っている人物。非常に厄介な相手だった。

「本当に大きくなったわね。キョウコに似てきたわ。きっとこれからもっと美人になるわよ」

「ありがとうございます。おばさま」

 外向きの仮面を着けて丁寧な対応をするアスカに、しかしユイは軽く首を横に振る。

「そんな他人行儀にならないで。昔みたいにユイお姉さんって呼んで良いのよ」

「え? いえ、流石にそれは……」

 困惑するアスカにユイはただ微笑みを向けるだけ。なのだが、底知れぬプレッシャーを受けたアスカは、冷や汗を流しながら顔を強張らせる。

(こ、こりゃあかん。惣流の奴、完全に飲まれとるで)

(相手が悪すぎるね)

(……蛇に睨まれた蛙)

 そもそもアスカには、ユイをそんな風に呼んだ記憶が無い。本当にユイをそう呼んでいたのか、それすらも怪しいものだが、目の前の女性に逆らうのは愚の骨頂だとは理解していた。

「え、ええ。そうですね、ユイお姉さん」

「うふふ、良い子ね」

 笑顔が怖い。それをアスカは人生で初めて実感するのだった。

 

 続いてユイが声をかけたのは、この場でもジャージ姿のトウジだった。

「貴方は確か……」

「す、鈴原トウジです。シイのクラスメートやってますわ」

 気をつけの姿勢で挨拶するトウジに、ユイは微笑みを消してすっと目を細めた。表情の変化が見えないシイ以外の全員が、何事かと戦々恐々とする。

「ええ、知っているわ。シイの顔を殴った子よね?」

((あっ!?))

「腕白なのも良いけど、女の子には優しくしなくては駄目よ?」

「ほ、ホンマにすんません」

「お母さん。鈴原君はちゃんと謝ってくれて、もう仲良しで、それで……」

 ただならぬ空気を察して、シイは慌ててフォローを入れる。アスカの時もそうだったが、もうシイとトウジの間では済んだ話。気にして欲しく無いのだ。

「シイは本当に優しい子ね。大丈夫よ、怒ってないから」

((嘘だ……))

「ただね、鈴原君。一度壊れたら、二度と直せないものもあるの。後悔しないようにね」

「肝に銘じておきます」

 九死に一生を得たトウジは、もう一度深々と頭を下げるのだった。

 

「そして……」

 ユイはレイへと視線を向けると、少し困ったような表情を見せる。それはレイも同じらしく、互いに無言で視線を交わし合う。

「あ、紹介するね。綾波さんだよ、お母さん。私の大切なお友達なの」

「そう……お友達なのね」

「??」

 背後から抱きしめられている為、シイにはユイの表情を伺う事は出来ない。だが声の調子から、ユイがあまり喜んでいない事は分かる。

(なんや、変な空気やな)

(あんた馬鹿ぁ? あの二人の関係を考えれば分かるでしょ)

(綾波レイは、碇ユイの遺伝子から造られているからね)

(それがどないしたっちゅうねん。渚かて同じやないか)

(ウルトラ馬鹿ね。レイの場合はこいつと違うの)

(遺伝情報を元に造られたんだ。ある意味で、同じ遺伝子を持った同一人物とも言えるかな)

 綾波レイは碇ユイの遺伝情報を元に造られた身体に、別の魂を宿した存在。だがオリジナルとコピーでは無い。どちらもそれぞれ別の個体として存在しているのだ。

 そこに優劣は無い。綾波レイと碇ユイはどちらも、シイには大切な存在なのだから。

「レイちゃん、と呼ばせてね」

「……はい」

「シイを大切にしてくれて、ありがとう」

「……はい」

「それと、狼から守ってくれてありがとう」

「……はい」

「もし良ければ、シイのお姉さんになってはくれないかしら」

「!?」

 思いがけないユイの提案に、レイは動揺を露わにする。自分が生まれた理由と経緯を考えれば、そんな提案をされるなんてあり得ない事だと思っていたからだ。

「レイという名前は、あの人がつけたのね」

「……何故?」

 ユイの言うとおり、レイの名付け親はゲンドウだ。だがそれを何故ユイが知っているのか、レイは少しだけ警戒しながら答えを待つ。

「あの人は女の子が生まれたら、レイと名付けると言っていたの。だから直ぐ分かったわ」

「……碇さんは?」

「私はお父さんが考えた名前から、一文字ずつ貰ったの。だよね?」

 嬉しそうに答えるシイに、ユイはその通りだと優しく頭を撫でる。

「ええ。レイと言う名はあの人が考えた名前。きっと貴方を娘の様な存在だと思っていたのね」

「……私が娘?」

 ユイはシイから手を離すと、戸惑うレイの身体を優しく包み込む。それはレイにとって、初めて感じる母親の暖かさ。触れ合う身体から伝わる惜しみない愛情に、レイは何時しかユイに身体を預けるようになっていた。

(綾波さん……良かった)

(あんた馬鹿ぁ? もう綾波じゃ無いでしょ)

(そやな。これからは碇レイや)

(……ふふ、やってくれるね。これでシイさんに近づくのが、より困難になったよ)

 カヲル以外が好意的な視線を向けるなか、ユイとレイは互いの絆を確かめ合うのだった。

 

「正式な手続きは明日直ぐにしましょうね」

「……はい」

「良い子ね。あら、もうこんな時間。お世話になった皆様に挨拶をしなくちゃ」

 ユイは時計を見て呟くと、何故かシイを抱き上げる。

「え、え、え?」

「じゃあみんな、ゆっくり楽しんでね」

「あの、お母さん?」

「あら、お腹が空いたの? 後でお母さんが食べさせてあげるから、少し我慢してね」

 ユイは母性に満ちた笑顔でシイの言葉を封殺すると、そのままチルドレン達の前から離れていった。その鮮やかな去り際に、アスカ達は呆然と後ろ姿を見送る事しか出来なかった。

 

 




本編最終話が長くなったので、前後編に分けました。

ユイと直接面識がある人って意外と少ないですよね。ネルフだとゲンドウ、冬月、リツコと言う感じでしょうか。
まあユイなら三日もあれば、完全に掌握してしまうでしょうが……。

次で『本編は』終わりです。
前後編ですので、後編も連投させて頂きます。

最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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