エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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26話 その2《天才の帰還》

 

 ゼーレとの直接対話を終えたシイ達は、そわそわして待っていた面々に事の次第を話した。シイが将来的に組織の長になるという事にアスカが猛反発したが、シイの覚悟を聞いて自らも協力を誓う事で決着した。

 いよいよこれから、未来への一歩を踏み出そうとしたネルフだったが、シイにはまだやり残している事があった。それは……。

 

 本部の会議室に移動してから、シイはみんなに自分の考えを話した。

「ユイさんの……強制サルベージ?」

「はい。お母さんの魂は、まだ初号機に居ますから」

「……シイさん。それは難しいと思うわ」

 申し訳なさそうにリツコは答えた。母親を求める気持ちは痛いほど分かるが、科学者として冷静に判断すると、可能性はほぼゼロだからだ。

「何でよ。シイは戻って来たじゃ無い。なら――」

「サルベージを成功させるのには、対象者が生きたいと強く思う気持ち、リビドーが不可欠なの」

「シイちゃんのお母さんは、それを望んでないって事?」

「以前のサルベージ結果を見る限りは、ね」

 ミサトの問いかけに、リツコはシイに気を遣いながら答える。だがシイにショックを受けた様子は無い。

「お母さんは……初号機の中で生き続ける事を望んでます」

「何でや? こっちの世界にはシイも司令もおるやろ。未練が無いっちゅうのか?」

「永遠に生き続ける事、人が生きていた証を残す事、それがお母さんの目的なの」

 シイは静かに説明を始めた。

 

「お母さんが目的を実現させるには、お父さんが進めていた人類補完計画が必要だった。そうだよね?」

「ああ。人類を神へと進化させる。それは永遠に生き続ける事と同義だ」

 人類の罪を贖罪してやり直しを求めたゼーレとは違い、ゲンドウとユイは生命の実を手にして、人類を神に等しい高みまで進化させる事を目的としていた。

 協力関係にあった筈のゼーレとゲンドウに不和が生じていたのは、同じ名前の計画実現を願いつつも、その着地点が大きく異なっていたからだ。

「でもお母さんは、それが失敗した時の事も考えてたの。だから私に全部お話したんだと思う」

「スペアのプランがあったと言う事かしら?」

 リツコの言葉にシイは頷く。

「それがS2機関です」

「エヴァ量産機で証明された、無限のエネルギーと不死とも言える再生力、か」

「はい。だから使徒を食べてS2機関を持った時、お母さんは目的を果たしていたんです」

 ユイは使徒を捕食する機会をずっと待っていた。そしてそれはシイが最もユイに依存した、第十四使徒戦で訪れる。ダミーを頑なに拒絶しシイが乗り込むのを待ったのは、直接真実を伝える為だろう。

 シイに情報を与えることで自分の目的の障害となり得る、ゼーレの人類補完計画を阻止して欲しかったのだ。展開によってはゲンドウの補完計画も止められるだろうが、それはもし失敗してもスペアプランで代用出来る。

 シイの行動も今の状況も、全ては碇ユイのシナリオ通りなのだ。

 

「と、とんでもない人なのね、ユイさんって」

「はい。私がこうしてサルベージをしようとしている事も、お母さん予測していると思います」

「……シイさん。そこまで理解しているなら、サルベージが事実上不可能だとも分かるわね?」

 戻ろうとする意志の無い魂を復元する術は無い。ユイがこの状況を予期していたとすれば、サルベージされない自信があるのだろう。

 全員が気まずそうにシイへ視線を向ける。だがシイは落胆するどころか微笑んでみせた。

「でも、お母さんが予想出来なかった事もあるんです。カヲル君が居る事もそうですし」

「ふふ、まあ使徒がリリンと共存を選ぶなんて、誰にも予想出来無いだろうね」

 碇ユイも全知全能では無い。全てを見透かしている訳でも、思い通り動かせる訳でも無い。渚カヲルが人類との共存を選んだことは、彼女の予想を完全に外れた事なのだから。

「ま、そうだろうけど……あんた何か出来るの?」

「出来ると思うかい?」

 自信満々に問い返すカヲルに、アスカは盛大なため息をつく。初めから期待していなかったが、使徒ならひょっとしてと思ってしまった自分が悔しかった。

「なあシイ。渚の奴が居っても、どうにもならんやろ」

「あ、うん。カヲル君は関係無くて」

「は、ははは。シイさんに言われると……結構きついね」

 悪気ゼロなのが分かってしまうぶん、カヲルの精神ダメージは大きかった。

 

「シイさん。何か策があるのね?」

「はい。実はサルベージに協力してくれる人が居るんです」

「協力者?」

「あり得ないわ。過去にサルベージを実行したのは、私か母さんしか居ないはずだもの」

 きっぱりと言い放つリツコ。そこには科学者としての強い自尊心が現れていた。暗に自分では力不足だと言われた様なものだから、当然の反応とも言えたが。

「ま、そーよね」

「赤木博士には実績がありますからな」

「ならその助っ人っちゅうのは、姐さんのおっかさんとちゃいますか?」

「……貴方には言って居なかったわね。母さんは十年以上前に、交通事故で亡くなっているの」

 ゲヒルンからネルフへと組織が移行する際、赤木ナオコは事故死した。リツコも詳細は聞かされていないが、公式記録にもそう記されている。

 なら一体協力者とは誰なのかと言う一同の視線を受けて、シイはリツコに声を掛けた。

「リツコさん。赤木ナオコ博士って、ちょっと変わった人ですよね?」

「え、ええ。そうね。自分のやりたい事は、どんな犠牲を払ってでもやる様な困った人――」

 かつてミサトに話した事を再びシイ達に説明するリツコ。だがその途中でふとある可能性を思いつき、言葉を止めて表情を強張らせる。

 リツコの知っているナオコならば、必要とあらば本当にどんな犠牲も払う。そう、自分の存在すらも。

 

「ちょ、ちょっと待って。まさか母さんは……」

「冬月先生」

「ああ。ナオコ君は亡くなっていないよ。戸籍上は事故死となっているが、ね」

 あまりのショックにリツコは言葉が出ない。ならば死んだ母の意志を継ぎ、これまで自分がやってきた事はなんだったのかと。

「君に真実を話さなかった事は、申し訳無く思っている。だが全てはナオコ君の意志だったのだ」

「……母さんの意志?」

「うむ。彼女はユイ君のサルベージに失敗した事を、大変悔やんでいた。ナオコ君にとってユイ君は仲の良い友人であり、自分と同じ領域に居る数少ない科学者だったからね」

 突出した才能は時に人を孤独にする。ナオコは孤独に悩むような人間では無かったが、それでも自分と同じレベルの友人は大切な存在だったのだろう。

「では、まさか」

「ナオコ君はサルベージの研究を続けたかった。しかしネルフに居れば、当然それに専念する訳にはいかない」

 冬月がここまで話すと、リツコ以外の面々も察しが付いた。

「って事は、リツコのお母さんは自分のやりたい研究を続けたいから」

「事故死を装った、と?」

「ああ。彼女はネルフの管理下にある施設で、今まで研究を続けていた」

 ネルフの権力は凄まじいものがある。それこそ人一人の死を偽装する位、朝飯前だった。もっとも極秘事項の為、この事実を知っているのは極一部だけだが。

「シイ君に話を聞いて直ぐ、私はナオコ君に連絡をとった。力を貸して欲しいとね」

「……母さんは何て?」

「快諾したよ。ユイ君を無理矢理にでも、初号機から引きずりだしてやると意気込んでいた」

「……ホント、困った人なんだから……」

 俯いたまま肩を震わせるリツコ。だが何処か嬉しそうにも聞こえる呟きが、彼女の複雑な気持ちを何より雄弁に語っていた。

 

「母さんは今?」

「既にサルベージの準備に取りかかっているよ」

「全く……娘に一言も無いなんて……母さんらしいわ」

 リツコは立ち上がると、口元に笑みを浮かべたまま会議室の出口へと向かう。何処に行くのかは分かっている。だからこそその場に居た誰もが黙って見送った。

 十年以上の時を経て再会する親子の対面を、邪魔する必要は無いのだから。

 

 

「……久しぶりね、ユイさん」

 ケージに格納された初号機に優しく語りかける女性が居た。まるで旧知の友人に再会したような、穏やかな空気を身に纏った女性こそ、リツコの母にしてMAGIシステムの開発者、赤木ナオコだった。

 もう結構な年齢の筈なのだが、白衣を着た姿は老いを感じさせない力強さに満ちあふれている。

「貴方の望み、邪魔させて貰うわ。あんな可愛い子にお願いされちゃ断れないものね」

「それには同意するわ」

 声はケージの入り口から聞こえてきた。ナオコが視線を向けるとそこには、すっかり歳をとった最愛の娘、リツコの姿があった。

「久しぶりね、りっちゃん。随分と大人になっちゃって」

「ええ。それだけ時が流れたって事よ」

「話は全部聞いたわ。立派に私の仕事を引き継いでくれたのね。ありがとう」

 リツコへ微笑みを向けるナオコ。たっぷり文句を言ってやろうと思っていたのに、母親の嬉しそうな顔を見てしまうと、もう何も言葉が出てこなくなってしまった。

 そんなリツコにナオコは近づくと、無言で優しく抱きしめた。思いを伝えるのは言葉だけでは無い。無言の抱擁だったが、二人は十年の空白を埋める思いを交わし合った。

 

 暫しの抱擁を終えると、リツコはナオコに話を聞く。

「母さんがサルベージの研究をしていたのは本当?」

「ええ。だって悔しかったから」

「悔しい?」

「私は完璧な理論を立てた筈なのに、ユイさんを戻す事が出来なかった。悔しくない訳無いでしょ」

 ユイが生還を望まなかった事は冬月から聞いていた。だがナオコにとってそんな事は関係無い。ユイのサルベージに失敗した、と言う結果だけが残るだけ。

 だからナオコは研究を重ねた。対象の意志に左右されないサルベージを。

「でも母さん。それは不可能よ」

「りっちゃん。科学者が不可能なんて言葉、簡単に口にしては駄目」

「だけど……」

「今出来ない事でも、年月を掛ければ出来るかもしれない。信じ続ける事が大切なのよ」

 リツコは技術や知識面では、既にナオコと同等かそれ以上の科学者だろう。だが精神の強さ、心の強さでは今なお遠く及ばない。

 エゴティストのナオコは、ある意味で科学者の完成像なのかも知れなかった。

 

「じゃあ母さんは、ユイさんのサルベージが出来ると?」

「可能性はあるわね。私は予言者じゃ無いから、確実にとは言い切れないけども」

 そう言いながらも、ナオコの顔は成功への自信に満ちあふれていた。ここまで困難な状況下においても、無理だと言わない母の姿がリツコには頼もしく見える。

「さて、それじゃあ準備を始めるとしますかね。手伝ってくれるでしょ?」

「……勿論よ」

「ふふ、待ってなさいよユイさん」

 ナオコは物言わぬ初号機に、挑発的な視線を向けるのだった。

 




一部設定変更の一部に当てはまらない程の、設定変更部分がここです。

リツコとナオコの親子関係は良好でした。なのでナオコはゲンドウに恋愛感情がありません。当然愛人関係にもなっていません。よってユイとの関係も良好です。
ですのでナオコがレイを殺す(レイに殺される)事もありません。

ユイのサルベージの研究ならば、冬月は全面的に協力するでしょうし、ネルフなら別の戸籍を用意する位は出来ると思います。

ナオコのキャラクターは原作を見る限りでは掴みきれなかったので、思いっきり良い母親にしてみました。最終兵器のご都合主義発動です。

本編も残すはユイのサルベージのみとなりました。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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