エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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26話 その1《未来へ踏み出す時》

 

 切り札であったエヴァ量産機を失った今、ゼーレに手は残されていなかった。戦闘終了後、彼らからゲンドウの元に一本の通信が入ってきた。

『君とタブリス、そして……碇シイと話がしたい』

 もはやゼーレに従う義理も義務も無かったのだが、ゲンドウはそれを了承する事にした。まだ本当の意味で、ケジメが付いていないからだ。

 負傷したシイの両腕に応急処置を済ませてから、三人はゼーレとの直接対話を始めるのだった。

 

 

「来たか……」

 暗闇でシイ達を待っていたのはモノリスでは無く、人の姿をしたゼーレの面々だった。一様に絶望した表情を浮かべており、キールの声にも何処か力が無い。

「今更何の話でしょうか?」

「君達に聞きたい事がある」

「おやおや、それなら貴方達が出向くのが礼儀では?」

「……非礼は詫びよう」

 カヲルの皮肉にも、キールは疲れ切った様子で素直に謝罪する。あまりに意気消沈した様子を見て馬鹿らしくなったのか、カヲルは口を閉ざしてしまう。

「それで、何を聞きたいのですか?」

「何故我々の計画を……人類補完計画を阻んだ? お前達は人類の滅びを望んでいるのか?」

「以前も言った筈です。私達は未来を望んでいると」

「……碇、お前には分かっている筈だ。補完計画をなさねば、人類は確実に滅びると」

 キールの言葉は単なる脅しでは無い。環境問題、食糧問題、難民問題、その他数多くの問題は、確実に人類を滅びへと誘っている。今まで人類は科学を発展させる事で、度重なる苦難を乗り越えてきたが、既に科学の進歩は限界を迎えているのだ。

 例え使徒の脅威が無くなっても人類に未来は望めない。それがゼーレの結論だった。

 

「……勝手に決めつけないで下さい」

「何?」

「私達の未来を、貴方達だけで勝手に決めつけないで下さい」

 今まで黙って話を聞いていたシイは、真っ直ぐにゼーレの面々を見据えて告げた。以前の気弱な少女ではなく、強い意志を抱いたシイの姿にゼーレは戸惑う。

「決めつけるも何も無い。人類の滅びを免れる為に、我らは動いてきた」

「そこにみんなの、今生きてるみんなの意志がなければ、それは決めつけなんですよ」

「補完計画が唯一人類の救い。そこに議論の余地は一切無い」

「ううん、きっとある筈です。みんなが力を合わせれば、きっと何とかなりますよ」

 力強く言い切るシイに、キールは呆れたようにため息を漏らす。シイの言葉には何一つ根拠が無く、キールには理想論にしか聞こえなかった。

「……彼女の娘とは思えない程、思慮が浅いな。所詮は子供か」

「ふふ、やれやれだね。君達は何も分かっていないよ」

「キール議長。未来を作り、未来を生きるのは子供達なのです。その子供が未来を望み、希望を持ち続ける限り、私達大人が諦めるのは些か情けないのでは?」

 カヲルとゲンドウの言葉に、キールは何かを考え込んで黙ってしまう。だが代わりとばかりに、それまで沈黙を守っていたゼーレの面々が口を開く。

「だが我々ヒトは、不完全な生命体だ」

「左様。個として脆弱な我らは、群れねば生きていけないよ」

「だからこそヒトは完全な生命体に、一つになるべきだった……」

「何故それが分からぬ……」

 弱々しい老人達の嘆きを、シイは首を横に振って否定する。

「不完全で良いじゃ無いですか」

「何だと?」

「私は臆病で弱虫で一人じゃ何も出来ないけど、みんなに助けて貰ってここまで来ました。ヒトにとって他人の存在は恐怖なんかじゃなくて、とっても優しくて大きな力になるんです」

「確かにリリンは個としての存在では弱い。でもそれを補い合う事が出来るのもリリンの力さ」

「補完計画など無くとも、人類は欠けている物を補えるのです」

 シイ達が出した結論に、ゼーレの面々は瞳を閉じて沈黙してしまった。

 

 

 長い無言の時が過ぎ、やがてキールが静かに口を開く。

「碇シイ。君の望む未来には、想像を絶する困難が待ち受けているぞ。それでも望むのか?」

「はい。みんなで頑張れば、きっと乗り越えられると思うから」

 何処までも真っ直ぐなシイの眼差しを確認して、キールは小さく頷いた。

「……ならやってみるが良い。もはや我らには何も出来ないのだから」

「はい。でも皆さんもですよ」

 シイの言葉にキール達は、何を言っているのか理解出来ないと首を傾げる。

「シイさんの話を聞いてたかい? みんなでと言っただろ。当然それには、貴方達も含まれているさ」

「「何っ!?」」

「世界中を一つにまとめるには、ゼーレの力は必要不可欠です。無論、表の世界に出て貰いますが」

 ゼーレの存在は良くも悪くも、世界の安定に貢献していた。表沙汰に出来ない事も多々あったが、今日まで仮初めでも世界が平穏だったのは、彼らの力があってこそだ。

 戸惑うゼーレの面々に、シイは姿勢を正してから深々と頭を下げる。

「お願いします。どうか力を貸して下さい。私は……みんなと未来を生きたいんです」

「あ、頭を上げたまえ」

「そんなに頼まれてしまっては……」

「断る訳にもいかない、よな?」

「左様。こんな年寄りが力になれるとも思えんが」

「必要としてくれるなら、少し頑張ってみるか、なんてな」

 ゼーレの面々はおろおろと動揺しながら、キールへと視線を向ける。彼らの気持ちは決まっていたが、最終決定はやはりキールに委ねてしまう。

 

「……一つ、条件がある」

「何でしょうか?」

「ネルフとゼーレを即座に解散することだ」

 予想外の発言にシイだけでなく、その場に居た全員が驚きの表情でキールを見つめる。だがキールは落ち着き払った様子で言葉を続ける。

「そして人類の未来を守る組織として生まれ変わらせる。どうかね?」

「あっ……はい!」

 もう使徒殲滅機関は必要無い。世界を裏で牛耳る秘密結社もだ。キールがシイの意志に賛同した事を理解して、ゲンドウ達はようやく胸をなで下ろした……のだが。

「そして、その組織の長を碇シイ、君にやってもらう。それが条件だ」

「はい……って」

「「えぇぇぇぇぇ!!」」

 キールの出した条件に、ゼーレの面々も加わって驚きの声を上げるのだった。

 

 

「驚く事はあるまい。そもそもこの状況を作り出したのは彼女なのだから」

「き、キール議長。流石にそれは無いでしょう」

 悪びれないキールに、ゲンドウは珍しく戸惑いながら反論する。それはゼーレの面々も同じで、口にこそ出さないがキールへ目で反対を訴えていた。

「碇シイには責任がある。どんな結末を迎えようとも、その時まで諦めないと言う責任が」

「も、勿論そのつもりですけど……。私にそんな大役は……」

「無論直ぐでは無い。資質はあるだろうが、今のお前はあまりに幼く無知だからな」

 予想外の展開にすっかり混乱してしまったシイに、キールは落ち着かせるように言葉を続ける。

「なら、どうするつもりなんだい?」

「碇シイが大人に……そうだな、大学を卒業するまで待とう」

 それまでの間に長に相応しい人間になれと、キールは言外に告げていた。協力要請を受けたとは言え、敗北した人間の言葉とは思えない無理難題に、流石にゲンドウ達も呆れ顔になる。

 だがキールは大真面目だった。

「未来を作るのは我々の様な老人ではなく子供……なるほど、それは正しいのだろう。だからこそ人類の未来を守る組織の長に、我々は相応しく無い」

「それは、そうですが……」

「全ては本人の意志次第だ。さあ、どうする碇シイよ」

 バイザーに隠された瞳で、シイを真っ直ぐに見据えるキール。長年ゼーレを率いてきた威厳に満ちあふれた姿に、ゲンドウ達は口を挟まない。

 これがある種の通過儀礼であると理解していたからだ。

 

「……やります。やらせて下さい」

 じっくりと熟考した上で、シイはキールの提案を受け入れる事を決意した。そこに迷いや後悔の色は無く、強い意志がはっきりと感じ取れる。

「いいのかい? 君の人生をリリンの為に捧げる事になるよ?」

「ううん、違うよカヲル君。未来はみんなで作るんだもん」

「全てのリリンは、リリンの為に、か」

「うん。……カヲル君も協力してくれる?」

「そのつもりだよ。僕の望みは君と共に生きる事だからね」

 シイとカヲルは微笑み合いながら固く握手を交わす。ヒトと使徒、今まで考えられなかった両者の結束は、死海文書から離れた、新たな未来の可能性を感じさせる。

 ゲンドウもゼーレの面々は、その光景を見て感慨深げに頷く。

 

「碇……やはりシイはユイの娘だな」

「ええ」

「もはやシナリオは無い。ここより先は、我々自身が道を見つけるのか」

「……それが、生きると言う事なのでしょう」

 

 これよりリリン、ヒトは自らの意志で歩み始める。




ひとまずゼーレとの決着はつきました。
ゼーレの扱いについては賛否、多分批判的な方が多いと思います。
作者が思うに彼らは純粋な悪ではなく、人類を思うが故に補完計画を進めていたと思っているので、壊滅では無く和解という形で落ち着きました。
罪を償うのに死は最悪の選択、と何処かの偉い人が言ってた気もするので。
それにゼーレを滅ぼしちゃうと、世界が大混乱になりますから。

このまま締めても良かったかもしれませんが、ちょっと蛇足します。まだシイにとって、最後のわがままが残っていますので。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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